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■ Twitter  ブログ・ツイッター その 45  なでしこは立派だ。                [・・・・Twitter ブログ・ツイッター]

.■ Twitter  ブログ・ツイッター  その 45
        ブログでのツイッターです。
              日々のとりとめもないつぶやきです。
                     上が最新です。下の方は前回、前々回。

なでしこは立派だ。

なでしこは本当に強くなった。
ワールドカップでドイツ、アメリカを破り優勝したが辛勝での優勝、悪く言えばたまたま勝ったという見方もあった。
もう一度ドイツやアメリカ、イングランドとやれば勝てないだろうという人は多かった。
まして、アメリカもドイツもワールドカップの敗戦で日本を徹底的にマークして研究している。
だが、今回のアルガルベ杯では再度アメリカに勝った。
すばらしい。見事だ。
1-0ではあったが、試合内容が完全に押し気味で点数以上の勝利だった。
しかも最強のリーダー澤が欠場しての勝利だ。もし澤がいればもっと点を取っていたはずだ。
ここ数年間世界一の座を保ち続けた最強チームアメリカに堂々と勝った。
なでしこの世界一は本当だった。
ワールドカップのアメリカ戦、ドイツ戦はまぐれでなかった。実力での勝利だったのだ。

サッカーと言う体格、体力、身長の必要なスポーツでは日本人は非常に不利だ。
背の低い日本はアメリカ、ドイツなどと身長で10センチの差が有る。
これは試合中にゴール前でヘディング合戦が何度も有る事を考えると非常に不利だ。
同じ技術なら身長、体格のいい方が当然勝つ。
だが、その10センチもある身長・体格ハンデをはね返してなでしこはワールドカップ優勝、今回のアメリカ戦と勝った。

そして2時間前のドイツ戦。
死闘だった。ドイツはワールドカップで日本に負けた為にオリンピックに出る資格を失った。その復讐心と悔しさで怒り燃えている。
オリンピックに出れないドイツはこのアルガルベ杯決勝戦で死に物狂いで日本を攻めた。
ドイツもやはり身長は高い。しかもアメリカ戦同様エース澤がいない。
勝つのは困難だ。
2-0であっさり負けると予測するのが当たり前だ。

予想通りたちまち2点を取られた。
これで終わりだと思った。
だが、川澄が見事なシュートで1点を返した。ドライブのかかった見事なシュートだった。
さらに1点を取り同点とした。

澤がいない、身長で10センチも負けている、2点先制されている。普通ならもうがっくり来てそのまま2-0で敗戦するところだ。
だが、日本はあきらめず必死で戦った。すぐさまゴール前の密集ゾーンでバルサのような華麗なボール回しとシュートで同点とした。
この時点で本当に感動した。

ワールドカップのアメリカ戦と同じパターンだ。取られても取られても取り返し追いつく。くらいつく。しぶとい。あきらめない。
さらにドイツはPKから1点を追加して3-2とした。
普通後半で2-2からPKで点を取られたらがっくり来る。
PKの1点と言うのは本当にやる気を失う。気力が抜けてそのまま負けてしまう。

だが、なでしこはあきらめない。
すぐさま鮮やかに蹴り込み同点とした。
思わずテレビの前で拍手をした。

最後ドイツに蹴り込まれて4-3で敗北した。
だが、なでしこよ、本当に立派だった。
エース澤がいないのに、身長・体格で大きな差が有るのに、ドイツは試合間隔が長いが日本はアメリカ戦から中1日という過酷なスケジュール、それでも準優勝した。

もし、澤が体調不良でなく出場していればドイツ戦も勝っていた。
もし、日本人がアメリカ人、ドイツ人と同じ身長、体格だったら楽々と勝っている。

日本選手とアメリカ、ドイツの選手を比べると大人と子供のようだ。
試合を見ていて小さな日本選手が大きなドイツ、アメリカに跳ね飛ばされ、ジャンプしてもどうしても高さが及ばないというシーンを見ていると可哀相になってくる。

それでもなでしこはアメリカに勝った。
ドイツには惜敗したがいい試合だった。負けたが健闘した。ワールドカップ優勝チームとして恥じない試合内容だった。

なでしこの戦いぶり、勝利は本当に日本人に勇気を与える。
昨年のワールドカップ優勝で日本中が歓喜した。なでしこから日本中が大きな元気を貰った。
今回のアルガルベ杯でもやはり大きな元気を貰った。

小さな日本選手が大きなアメリカ、ドイツ選手にひるむことなく勇気を出して挑み戦い、点を取られても負けそうになっても、体当たりで倒されても、何度も何回もダメージを受けもう駄目だと思った絶望状態でも立ち上がり、取り返し追いつきなでしこは勝利する。

それは311大震災で巨大な自然の猛威、30メートルを越す恐ろしい津波に襲われて倒されて破壊されても勇気を失わずあきらめず戦い続ける日本人のようだ。
なでしこは大震災で打ちのめされて勇気を失いそうな日本人に大きな元気をくれた。
圧倒的な破壊力で襲われ何度倒されても立ち上がり戦う、そういった姿を見せてくれた。
なでしこは日本人に大きな勇気を与えた。
倒されても立ち上がり決してあきらめず戦い続ける闘争心をくれた。
なでしこは本当に立派だ。
ありがとう、なでしこ。

                      2012年3月8日


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 ゆりかもめとお台場の浜辺

先日ゆりかもめに乗ってお台場に行った。
ゆりかもめは快適でレインボーブリッジはいい眺めで非常にいい気持ちだった。ゆりかもめ&お台場は予想を超える楽しさだった。
銀座をぶらぶらしながら新橋まで歩き新橋からゆりかもめに乗り東京湾の海や走る船を眺めながらお台場に着いた。
お台場海浜公園の砂浜は白くきれいだった。江ノ島の泥色の浜辺とは大違いだ。
浜辺のすぐそばの軽食レストランのデッキチェアーでコーラを飲みスナックをつまんだ。料金は安い。良心的だ。スタッフも明るく元気で感じがいい。
すぐ前にはレインボーブリッジが広がる。いい眺めだ。
テーブルとデッキチェアーの色は白でテーブルのそばにはシュロの植木がいくつもあり、それが白のテーブル、きれいな青空ととてもマッチしていた。
2月だというのにまるで夏のハワイかグアムにいるような気分になった。
2月初旬だがいい天気で5月かと錯覚するような暖かさだった。
浜辺では恋人達や親子連れなどがレインボーブリッジを見たりかもめを眺めて楽しんでいた。いい光景だ。
ショッピングモールに行き昭和の店などを眺めた。昔懐かしい商品、グッズ、道具、ゲーム機などが有り面白かった。
その館を出てレストランで軽く食事をした。レストランの窓からはレインボーブリッジが正面に見えていていい眺めだった。
レストランはきれいで中は静かでいい時間を過ごせた。
大蔵大臣も満足の表情を浮かべていた。
レストランを出ると浜辺に沿って西の方へ歩いた。そこは遊歩道、テラスになっていた。柵によりかかりレインボーブリッジを眺めた。
浜辺から見るブリッジとは角度が幾分違いまた楽しめた。
ブリッジの上をひっきりなしに車が通る。湾の中を客船や貨物船が何隻も通っている。そのうちの何隻かはお台場の船着場にやって来る。船が着くと沢山の乗客が降りてくる。そしてお台場の観光を始める。
後ろを振り返ると大きな像が建っていた。右手を上げている。
何の像かと思いながら近づくと、それは自由の女神だった。しかも小さい。
二人で苦笑した。
場違いと言うか、何故ここに自由の女神があるのか?と首をひねった。
発想が中国の「物真似ブーム」ではないのか? 
どうか将来エッフェル塔や金門橋を作ったりしないように。
そのあと日本テレビ館へ行き売店や中を歩き回った。番組収録なども見たかったが時間がなくなり帰ることにした。残念。
大蔵大臣はさざえさんの売店の中を楽しそうに歩き回っていた。
今日のお台場観光は大成功だった。満点だ。楽しかった。
銀座をぶらぶらしたあと30分後にはお台場の浜辺に着いてかもめを見ながら波打ち際を歩いていると言うことは素晴らしい。
「また行こう」と大蔵大臣も私も珍しく意見が一致した。

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 夏祭り

少し前に、いやもうかなり前だが盆踊りに行った。
夏の暑い日だった。近所の神社だ。
朝から太鼓の音や民謡が流れていてにぎやかだった。
昼過ぎには屋台の人たちが来て準備をしていた。
金魚すくいの桶もあった。
子供たちが珍しそうに見ていた。
いったん家に帰り夕方日が落ちる頃神社に行くとすでに大勢の人が集まっていた。
近所のご婦人たちや商店街の踊り子達が神社のあちこちに立っていた。
子供の踊り子隊も沢山いた。
踊りが始まるのを今か今かと待っている。
この日のために毎日猛練習をしてきた。今夜は晴れ舞台だ。
見物人も神社の周囲、道路、付近の住宅の前にびっしりだった。
まっすぐ歩けないほどだった。
しばらくすると民謡の音が大きくなり盆踊りが始まった。
すっかり暗くなった神社の空に提灯が明るく輝いている。
裸電球もところどころに有り子供たちの頬をオレンジ色に照らしている。
少女達は浴衣を着ている。とてもいい。すっかり日本の夏だ。
小さい女の子も浴衣を着て口紅や頬紅を塗ってもらっていておしゃまで可愛い。
子供たちは踊りよりも金魚すくい、綿菓子、たこ焼きに夢中だ。
楽しい楽しい日本の夏祭りだ。
三階建てのやぐらからは威勢のいい太鼓の音が響く。
にぎやかな民謡が流れご婦人方が揃って踊る。
神社の境内は踊り子でいっぱいだ。
踊りは休むことなく何曲も続いた。
みんな上手だ。特に年配の人は一糸乱れず手さばきも足の動きも上手だ。
若い踊り子さんや飛び入りの男性はよく間違えてそのつど前にいるご婦人の動きを見て間違いを直す。
徳島の阿波踊りのような日本有数の大盆踊りもいい。
しかし、近所の神社で見る盆踊りもほのぼのとして楽しい。
たこ焼きをほおばりながら踊りを見続けた。
楽しい楽しい夏祭りだった。

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 真珠貝の唄

暑い。
ニュースでは全国各地36度、37度と言っている。
都内もどこも35度だ。
室内でも35度近くある。参った。
一日中サウナの中にいるようだ。
そんな時ラジオから「真珠貝の唄」が流れてきた。
目を閉じて聞いた。
青い海の中で真っ白な泡がいくつも浮かびその下の岩の陰ににきれいな真珠が光り輝いている。そういった光景が浮かんだ。
少し涼しくなった。
暑い夏は海の音楽が一番いい。
ありがとう、いい音楽を。


 青空 青空 青空

梅雨があけ最初の日曜日がやってきた。
朝窓から空を見るときれいな青空が広がっていた。
まるで南太平洋の島の空のような美しい青空だ。
青い空のところどころに雲が浮いている。その雲が真っ白だ。
純白の雲だ。今降り積もったばかりの真っ白い雪を筆にたくさんつけてその筆で空いっぱいの青いカンヴァスに真っ白な雲を描いたのではないかと思うような本当にきれいで真っ白な雲が真っ青な空にぽっかりと浮かんでいる。
太陽の強烈な日を受けた青と白が輝いている。その輝きで目が痛い。
東京の夏にこれほど美しい青い空は初めてだ。
秋や冬だとさわやかな青空を見る事ができる。
しかし、夏の空はどこかくすんでいて冬のように透明感がない。
排気ガスなどのせいだろう。
しかし、今日の空は本当に美しいきれいな青だ。
東京の空の空気がきれいになったのだろう。
工場や車の排ガス規制がとうとう効果を発揮してきたのかもしれない。
いいことだ。
東京にいて沖縄や南太平洋の島のような青空をいつでも見る事ができる事は非常にすばらしいことだ。
いい天気だ。気温は33度。海日和だ。
海の記念日は明日だが、そんな事は言っていられない。
早速水着をバッグに入れて家族全員で急いで小田急ロマンスカーに乗り込み窓から見える東京の街並みに手を振って江ノ島に向かい、江ノ島の浜辺で思いっきり海に飛び込んだ人は多かっただろう。
夕方テレビを見ると江ノ島は超混雑だ。
毎年のことだがすごい混みようだ。
小さな子供が大はしゃぎで泳ぎまくっていた。
梅雨が明けただけで日本中皆笑顔、笑顔だ。
夏来たり。
ロマンスカーには8月に乗るとして、朝食を食べたらすぐに公園に行った。
公園で真上を見あげた。
どこまでも青い夏が広がっていた。
真っ白い雲がほんわりと浮かんでいた。本当に真っ白な綿菓子だ。
木々の緑は深く万緑の夏である。
空も雲も木々も草も梅雨があけて夏のぎらぎらする太陽を受けて楽しそうだ。
みんな思いっきり夏の熱い日差しを受けている。

一応テニス・ラケットは持って行った。
こんな暑い日に壁打ちなどやっている人はいないだろう、と予想した。
が、壁打ちは混んでいた。みな33度の暑さをものとせず汗だくになってひたすらボールを追いかけている。
感心だ。この暑さで立派だと思いながら後ろで待っていた。
しばらくして皆どんどん交代する。やはり暑さでまいるのだろう。
早速炎天下でボールを叩いた。
梅雨時よりも空気が乾いているせいかボールが軽い。音もいい。
しかし、熱い。気温が33度と言っていたが、コートの中は36度はある。熱い。
足元から熱気が上がってくる。さらに空からも太陽光線が刺さってくる。
腕が痛い。暑いのでなく痛い。
汗がひどく暑すぎてまいった。30分と持たず15分ほどでコートを出た。
離れた水のみ場に行き水を飲み顔と腕を洗った。水が冷たい。いい気持ちだ。
ベンチに腰掛けて少し休んだ。汗がすごい。
ふと腕を見ると、真っ赤だ。
わずか15分ほどで腕がやけど状態となった。
ひりひりこそしないがやけどみたいに真っ赤になっている。
まるでパウル君みたいな色となった。
夏の太陽は殺人光線だ。
公園をあちこち歩き空を見上げて真っ青な空と雲を携帯で何枚も撮った。
東京ではじめての美しい青空だ。
きっと江戸時代の江戸の町の空はこういった青空だったのだろう。
と、考古学者か歴史学者のような事を考えながら、パチリ、パチリと撮った。
家に帰りパソコンに入れてみた。
きれいだ。拡大するとわっと青空が広がった。
部屋が一挙に夏の空となった。
拡大しても濃い青色はかすれない。濃厚な青のままだ。きれいだ。
雲がパソコン画面の右上あたりの位置で真っ白に輝く。
沖縄やハワイ、ニューカレドニアの空の色と比べた。
負けない。まったく負けていない。
沖縄、ハワイなどよりもずっときれいな青空だ。
東京の空が南太平洋の空よりも美しくなった記念する日だ。

公園では屋台がいくつか出ていた。
大きな箱に氷がいくつも入り缶ジュースや缶ビールが入っていた。
見ていると飛ぶように売れていた。
横には焼きそばの屋台もあった。
やはりよく売れている。
この暑いのに、と思ったが焼きそばには関係ないようだ。
パウル君は?と探したがパウル君の屋台は出てなかった。
帰り道お店に入りアイスクリームを買った。
そして、急いで我が家に走った。
帰るなり大蔵大臣にアイスクリームを上げると大変感謝された。
家に入ると太陽光線の直撃を受けないので涼しく感じた。
扇風機が心地よい風を送ってくれる。
まだクーラーをつけなくても我慢できる。
このままクーラーなしで頑張りたい。
だが、7月30日ごろには無理だろう。
帰り道に商店の店先を見ると近くの神社で盆踊りをいついつやる、と手書きのビラが貼ってあった。
金魚すくいもありますと書いている。
楽しそうだ。その日に行ってみよう。
屋台、盆踊り、真っ青な空、夏だ、夏だ。


     ♪ 小田急に飛び乗って
     遠ざかる街に手を振って
     江ノ島へ 江ノ島へ 走り続ける 
     夏が待っている 呼んでいる
     どこまでも青い空と 白い雲
     輝く太陽が 待っている
     夏の小田急は 湘南列車
     ロマンスカーに ボクとキミ
     君の笑顔が夏にはじけている
     江ノ島へ 江ノ島へ
     夏が呼んでいる



 梅雨時のテニス

ウェザーリポートによると30度。湿度は78。
せっかくの日曜日だというのに晴天とはいかない。曇っている。
ひどく暑いとは感じないが、かなり蒸す。梅雨だから仕方がない。
それでもここのところ雨ばかりだったので降らないのはうれしい。
昼すぎ公園へ自転車で散歩に出かけた。
一応ラケットを持っていった。壁打ちが空いていたらしてみようと思いながら。
曇り空で青空は見えないのに、空は明るくさわやかだった。
日曜日なので人はとても多かった。壁打ちできる場所も混んでいた。
今日は無理だなと壁打ちは半分あきらめて近くをぶらぶら自転車散歩して15分ほどして戻ったら一人分空いていた。
どうした事か? 並んで待っている人もいない。ラッキーだ。
早速コートに入り打ち始めた。

周りの人はみんな上手い。いいラケットを持っている。
しかし、そういった事は気にしないでひたすらボールを打った。
パコーン、パコーンといい音が空に響く。
いい高さで返ってきたボールを思い切り打った時真っ芯に当たると爽快だ。
ポイントがずれるとボールの圧力を感じるし、ラケットがずれて掌に軽い衝撃が来る。
しかし、完璧に真っ芯で当たるとボールに当たったという衝撃が全然ない。掌にも衝撃は全くない。
すーっと振りぬける。
音もやたらとパーンといった音はしないで、スコンっといった音となる。
そのボールが壁に突き刺さる当たるとパーンと激しい音を出す。
快感だ。

時折雲が切れてきれいな青空が見える。
もう夏はすぐそこだ。
壁打ちはコートでの競技でなく運動だ。体ほぐしだ。
打ち始めるとすぐ汗がばーっと出た。汗だらけとなった。
久しぶりだが、ボールには当たる。空振りはない。上達したか?
1時間ほどした。休み休みだ。少し動いて、座り込んでジュースを飲み、そしてまた打つ。また休む。
休んでばかりいるようだが、それでもかなりの運動となった。
本当は4時間ほどしたかったが後ろを見ると数人待っていたので1時間で切り上げた。それ以上知らん顔をしてやっていると後ろからブーイングが来る。
プレーが終わり公園の水のみ場で顔を洗った。冷たくてとても気持ちがよかった。
水道の水がこれほど気持ちがいいのは夏の時期激しい運動のあとだけだ。

帰り道花屋の前で花を見た。きれいな花ばかりだ。
菜の花のような黄色い花を買った。店の人がなにやらしゃれた名前を言っていたが難しい名前だったので忘れてしまった。
家に帰るとさっそく庭のベランダにぶら下げた。なかなかだ。ベランダが明るくなった。いい気持ちである。
大蔵大臣はあまり花など興味が無いから、ふーん、と知らん顔をしている。
美しさというものが理解できないのである。花より饅頭、団子、お菓子の人類だ。
その花の写真を撮りあとでパソコンで見た。
ありきたりの花がパソコンで画面いっぱいに大きくして見ると豪華な名花のように見えるから不思議だ。
花の後ろの庭も木が緑濃くて山奥のように見える。写真のトリックだ。
上手く撮ると京都の洛北の庭園のように撮れるかもしれない。
家に帰るとすぐシャワーを浴びた。ほとんど水に近い温度であびた。
爽快だった。
いい運動になった。体重も2キロは減ったはずだ。気のせいか体がとても軽い。
コートでしなくても壁打ちテニスだけでメタボは防げる。

一句、  五月雨の 合間を盗み テニスかな      津由野高円



 緑いっぱいの公園

ここのところ30度の日が続く。まだ梅雨も来てないのにもう夏のような気温だ。
今日は朝から曇っている。昨日はさわやかな青空だったが二日続けてとは行かないようだ。
昼頃はじっとしていても暑い。汗ばむ。
公園へ出かけた。
日曜日だからかなり混んでいるかと思ったらややすいていた。
意外だ。近くで何か大きな催し物でもあるのだろうか。
それでも広場で散策路で子供も大人も老人も若者もみな楽しそうに公園ライフを楽しんでいる。
野球をする人、バスケをする人、サッカーをする人、テニスをする人、広場や公園内道路をジョギングする人、みなそれぞれ楽しんでいる。
のんびりと公園の中を歩き、別に疲れているわけでもないがベンチに座りジュースを飲みながらひと時を過ごした。
家の中では、少し蒸すなあ、といった感じだったが公園では蒸すこともなく暑くもなく丁度いい感じだった。
公園の木々は深い緑色となっていて生き生きとしている。
2月頃はほとんどの木が枯れていて薄茶色の寂しい色をしていた。
それがすっかり緑色となり元気いっぱいの木々となった。
空を見上げると灰色の空だが白い雲がきれいな色をしていた。

格別何もない日だ。
平凡と言うか当たりさわりのない日だ。
それでもいい。
近所のありきたりの公園だが、ベンチでのんびりしているといい気分だ。
近所に日比谷公園のような名園があると最高なのだが、贅沢を言ってはいけない。
この公園で十分満足だ。
緑は美しく子供も大人も誰もが幸せそうな顔をして過ごしている。



 春

雨の日が多くなってきた。
冬が終わり春となったからだ。
季節が変わると今までとはがらりと違った天気となる。
上空に湿度、水分が有った場合冬なら雪となる。
しかし、気温が高いから雨となる。
雨が多くなったのではなく、雪とならず雨になっているだけなのだ。
専門的なことはテレビの天気予報官の方々にしてもらうとして、
さて、春は何を聞こうか。
寒い冬はそれに適した音楽がある。
春には春に適した音楽がある。
何がいいだろうか。
平凡に「春」とついた歌を聞くのもいい。
ちょっと調べてみよう。
多い。春とついた歌のタイトルはとても多い。
「春がきた」「春の小川」「春よ来い」などがある。
しかし、唱歌や童謡はいけない。
いけないといっても駄目と言うわけではない。
唱歌、童謡も好きだが普通の時はそれほど聞かない。
本を読んでいる時にラジオから唱歌が流れる時がある。
そういった時に聞く。
自分から積極的に聞くことはないが,流れてきた唱歌はそれなりに聞く。
春の歌で「早春賦」がある。
これは非常にいい。
歌で聞くのが普通だし、歌もいい。
しかし、クラシック演奏スタイルでピアノやギターで聞くといっそういい。

「春の声」もある。
ヨハン・シュトラウスだ。
これは抜群にいい。いかにもシュトラウスらしい美しい曲だ。
春の息吹が感じられる。山や高原の向こうから明るい春が堂々と押し寄せてくる。
今まで冷たく凍ったような原っぱや町全体がたちまち緑いっぱいとなる。
花も木々も山も丘も家も通りもすべてが春の香りに包まれる。
そういった曲だ。
とても素敵な曲だ。

とにかく春だ。
冬よさようなら。楽しい季節となった。



 白い部屋

先ほども書いたが、夕方NHKラジオで民謡や浪曲が流れていてそのあとに、鉛の船、頁がギンギンにかかりその落差に驚いた。
といっても、その驚きは「すごい、よくかけてくれた。」といった幾分賞賛の驚きだ。
だが、逆に見るとどうだろうか?
浪曲、落語を楽しく聴いていたおじいちゃん、おばあちゃんの耳に突然頁のギターがギンギンうなる。
たまげるだろう。
心臓に悪い。ぽっくり行ったらどうするのか?
さらに先ほどはお菓子の白い部屋が流れていた。
久しぶりに聞いた。いい曲だ。
やはり浪曲、落語ファンのおじいちゃん、おばあちゃんにはきついだろう。
NHKは曲を流す時は切り替えを考えないといけない。
浪曲のあとには演歌、それから、歌謡曲、ニューミュージック、そして、品虎、甲虫、鉛の空飛ぶ船・頁、あるいは金持黒モワの高速星と少しずつ変えていかないと。
ソフトランディングだ。
浪曲からいきなり鉛の船はきつい。きつすぎる。
お年寄りはそう思うだろう。
NHKは硬岩や金属はやめてせいぜいビリー・ジョエル、カーペンターズ程度にしておけば?
勿論希望を言えば、一日中ジャズを流してくれると有り難い。
しゃべりも解説もニュースも入れずひたすら24時間ジャズばかり流してくれるとNHKを尊敬してしまう。



 浪曲、落語、政治ニュース、鉛の船

ラジオを聞きながら本を読んでいる。
先ほどまで硬い政治のニュースをしていた。
その前は浪曲や落語をやっていた。
今、鉛の船の頁がギンギンにかかっている。
この落差。
信じられない。
TBS?文化放送?とラジオを手に取り局を確認した。
やはり、NHKだ。
何とも・・・・。



 眠れない夜はビリー・ホリディー

もう夜が明けるのに少しも眠れない。
不眠症か?
いけないこのままだと一睡も出来ない。明日が地獄だ。
いや、すでに今日か。
仕方がない、ビリー・ホリディーを聞いてから寝よう。
と、したらますます目が冴えてきた。
どうすればいいのだろう。
ヘレン・メリル・・・・。駄目だ。眠れない。
センチメンタル・ジャーニー。・・・・駄目だ。
こうなったら何でもいい。
そういえば、
ジェットストリームの昔のカセットが有った。この際音などどうでもいい。
これでどうだろう。
城達也のナレーションが心地よい。
少し良くなった。
何とか眠れそうだ。


 「寒い、」 

寒い一日だった。
昼過ぎ公園に行った。風が吹いていた。
人はあまりいなかった。
当然だ。
こんなに風のある日に公園でのんびり過ごす人はいない。
少しジョギングをした。
ダウンを着たままジョギングをしたので、すぐに暖かくなった。
寒い時はジョギングに限る。ぽかぽかになってきた。
中学生たちがバスケをしていた。
勿論全面コートでなくバスケのゴール台がひとつのスローイングだけのコートだ。
見ているとあまり入らない。
下手だと言うといけないが、上手ではない。
しかし、楽しそうにやっている。
公園のバスケはそれでいい。楽しければいい。オリンピックに出るわけではない。
のんびり楽しくやるに限る。
しかし、彼らもすぐに高校生になる。身長も180ほどとなり、ダンクシュートを簡単に決める選手になるだろう。
楽しみだ。
あまりにも寒くて風が強いので早々と家に帰った。
部屋に入り棚から大量のカセット・テープをひっぱり出した。
「さて、何を聞こうか、」


「美しく青きドナウ」

憧れの金曜日がやってきた。
さあ、日曜の夜まで天国だ。
では「天国への階段」を聞くとするか。

駄洒落はやめて、つつましく「美しく青きドナウ」を聞こう。
シュトラウスはいい。とても優雅だ。ウィーンの香りがする。
「美しく青きドナウ」はものものしい大作でなく小品だ。しかし、光り輝くような躍動感を持つ。
ベートーベン、バッハも素晴らしいが、シュトラウスのようなしゃれた気品はない。
そのあとは何を聞こうか?
手当たり次第に聞いてみよう。時間はたっぷり有る。

天国への階段か。ふ、鉛の船の頁。
ずいぶんご無沙汰だ。
この間大掃除の時に「Ⅱ」をチラッと見た。
しかし、「Ⅳ」は見かけなかった。もう段ボールの底の方だろう。
いやいや、しばらくしたら登場するだろう。


 「G線上のアリア」

クラシックでは何がいいだろうか。モーツァルト?
いいけれど、有名で当たり前すぎる。
ブラームス? 渋い。ほかには?
あるある、たくさんある。クラシックは名曲の宝庫だ。
ロックンロールしたけりゃ、チャック・ベリー。
スウィングしたけりゃ、ジャズ。
人生が辛くなったら、泣きたくなったら酒場で演歌。
だけど、
優美で気品のある音楽ならクラシック。
「美しく青きドナウ」は素晴らしい。
では、聞いてみよう、と思う。
しかし、
「G線上のアリア」
今夜はこれでおやすみとなる・・・。
  

 「コーヒールンバ」

この間エラを聞いたのですっかり満足した。
いや圧倒的な感動で幾分疲れた。
そういう訳で、夕方軽く聞ける音楽はないだろうか。
出来ればルノワールやモネを見ながらさりげなく聞ける音楽は? 
ジャズでもロックでも演歌でもいい。
サティー? ふ、ありきたりだ。
ルノワール、印象派、ドビュッシー、サティー・・・と連想が単純だ。
何かないだろうか?

ところで、音楽とはクラシックだけなのだろうか。
聞くべき歌はジャズだけなのか。
あるいはロック一筋が正しいのか?
演歌や歌謡曲は聞いてはいけないのだろうか?
いや、演歌、歌謡曲・流行歌にもずいぶんいい歌がある。
よく歌謡曲・演歌・懐メロとひとくくりにされているが戦前・戦後直後の歌手はジャズをよく歌った。
原語で歌ったり日本語歌詞で歌っている。いい歌ばかりだ。
その後ロカビリーの歌手達はアメリカのヒット曲に日本語の歌詞をつけてロックンロールした。
カバーと言うか替え歌というか、「庭の千草」のように翻訳唱歌の手法だ。

安易だ、と通の音楽ファンは非難するだろう。
ところが、そういったものに結構いいのが有る。
何しろ元の曲がいいから、いい日本語の歌詞をつけると当然ヒットする。
プレスリーのハートブレーク・ホテルも日本語の歌詞がつけられてヒットした。
平尾昌章や山下敬二郎のファンが日劇を何重にも取り囲んだと音楽雑誌に載っている。すごい。
日劇などと言っても今の大学生にはピンと来ないだろう。
有楽町マリオンだ。
そのマリオンの中の西武百貨店も今年暮れに閉店すると言う。先日のニュースで知った。
因みに、「有楽町であいましょう」は、そごうデパート。今の有楽町ビックカメラ。
全く関係ないが、あの鹿鳴館は日比谷公園の前、帝国ホテルの横あたりに有った。

江利ちえみはテネシーワルツを大ヒットさせた。
そういった翻訳流行歌は多い。
西田佐知子の歌で「コーヒールンバ」と言う歌がある。
勿論、外国の歌だ。
これがまたいい。非常にいい。
曲が軽快でアラビア風というか何と言うか中米の雰囲気と言うかいい感じだ。
もともと向こうでヒットした歌だから曲はいい。
そのいい曲に日本語の歌詞をつけて西田佐知子が歌うと、本家の歌よりもさらに良くなった。
この「コーヒールンバ」を無性に聞きたくなる時が時々ある。
しかし、このCDは持ってない。
たまにというか10年に一度ぐらいラジオや有線で聞くことがある。
それ以外はまずかからないから聞くのに困る。
聞く事が出来ないとなるとなおさら聞きたくなる。
しかし、聞けない。
ああ、どうしようか・・・。   
  

 天地創造

日曜日のあとの月曜日。
どうしてこんなに気分が重いのだろう。
金曜日の夕方から日曜日の夜7時頃にかけては非常に爽快だ。
体全体が軽やかでうきうきしている。
しかし、日曜日の夜10時を過ぎる頃からだんだんと気が滅入ってくる。
だんだんと月曜日に近づいていくからだ。
頭の中も胸も体中が鉛のようになっていく。
そういった灰色の世界が数日続く。
そして、金曜日の夕方になると再びさわやかな青空のような爽快な気分となる。
一週間が土曜と日曜だけだったら人々はどれほど幸せだろうか。
と、くだらない事を考えてしまった。

天地創造の時に神様がもっと一生懸命仕事をしていたら、と思う。
そうすれば、天地創造は一週間もかからず三日で終わっていた。
すると、一週間は月曜日、土曜日、日曜日だけとなっていた。
月曜日に仕事をしてあとの土曜、日曜は休みとなる。
神様がのんびり仕事をしたおかげで人類は余分に働く羽目となった。
Oh, my God.
いえいえ、
旧約聖書や神様を批判している訳ではありません。
ただ、もう少し急いで仕事をして欲しかったと言っているだけです。
  

 「マンチェスターとリバプール」

昨年暮れカセットが大量に出てきた。
CDで持ってない歌・曲が結構入っている。レコードから録ったものやエア・チェックしたものがそれらだ。ちょっと貴重だ。
「この歌がカセットに入っていたのか、」と失くした物を発見したような気分だ。
久しぶりで懐かしくもある。
カセットでそういった曲を聞くことにした。
公園から帰った夕方からカセットを積んで次々と聞いた。

CDから録ったものはある程度まとまりがある。ほとんどがカセット1本全部同じ歌手となっている。
ところがエア・チェックしたカセットは歌手などがばらばらで、ジャンルもばらばらとなっている。
連続録音しないでいい曲の時にその1曲とか、いい放送の時間帯に20分といった録音をしていたのでそういった秩序のない録音となっている。
ジャズのあとに歌謡曲がきてさらにクラシックがくる、といったとんでもない録音方法をしている。ひどい方法だと怒っても仕方がない。以前の自分だ。
CDからの録音と違いエア・チェックからなので、さほど好きでもない曲もかなり入っている。それは仕方がない。
ところがかけているうちにひょいと予想外にいい歌や貴重な歌、懐かしい歌に出くわす。
すっかり忘れていた歌に出くわした時は「ああ、これもヒットしていたなあ、」としみじみ。昔の友に会ったような気分だ。
「マンチェスターとリバプール」という歌が流れてきた。
「有った、有った、この歌、」と少し興奮。
今はこの歌はラジオでもテレビでも全く聞かない。
ラジオでも古いポピュラーのヒット曲は流れる。カーペンターズなどは時々かかる。プレスリーも。
この間はテネシー・ワルツがかかっていた。
古くても大ヒットした歌はよく流れる。
だけどこの「マンチェスターとリバプール」はラジオやテレビCMで聞いたことがない。
CDでも持ってないのでこの歌を聞くのは本当に10年を超える久しぶりだ。
ビートルズの歌で「It’s been a long long time.」と言うのがある。
まさにそれだ。
本当に久しぶりだ。
で、この歌が流れてその次も同じ系統の歌が続くかと思ったら、次は歌謡曲が流れた。
「むむ、」とうなってはいけない。
歌謡曲、流行歌にもいいのが結構有る。
音楽を聞くジャンルに関してはあまり気にしない。
いい曲、感動する曲だったら何でもいい。楽しければそれでいい。
ジャズであろうが、ロックでもクラシックでも歌謡曲でもいい。本当に何でもいい。
何曲かかけているうちに歌謡曲、流行歌でいいのが流れてきた。
  

 「ほおずき」

じーんとくる歌がある。
グレープの「ほおずき」もその一つだ。
グレープにはそういった歌が多い。
さだまさしは天才だ。
彼が歌の道に進まず純文学の道を歩んでいたらいい小説家になっただろう。
「ほおずき」「縁切り寺」「三年坂」「精霊流し」のタイトルで短編小説を書いたらどうだろうか。
きっと素晴らしい作品となるだろう。

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 意味のないつぶやき

日々ブログで意味のないつぶやきばかりしている。
本当にテーマも方針も方向性もない。
ただ毎日思った事をそのつど気ままに書いているだけだ。
以前はブログでそういった意味のない事を適当に書く事など思いもしなかった。
ツイッターの影響だ。
1、2行程度の非常に短いつぶやきが世界中で市民権を得た。
そうか、と感心してこのブログでも「つぶやく」事にした。
やってみると気楽でいい。
書く方は気楽だ。
しかし、読む人はたまったものではないだろう。
タイトルを見てクリックして読んでみたら意味のない事ばかり書いている。
「くだらない。時間の無駄だった。」と思うだろう。
申し訳ない。

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 「私のお気に入り」

ここ10年ほどJRのCFで「私のお気に入り」が流れている。
非常に感心するCFだ。
映画サウンド・オブ・ミュージックの中で使われている歌だ。
映画の主題歌の「ドレミの歌」は世界中で大ヒットしたが、「私のお気に入り」はヒットチャートとしては地味だった。
映画サウンド・オブ・ミュージックは1965年頃の公開で今の大学生や高校生だと生まれる以前の歌だ。
彼らにすれば「古い、」歌なのだ。
誰もがその歌を忘れていた。気にもしない歌となっていた。
ところがある日テレビCMに使われた。じわじわと好感を呼びいつしか非常な人気CFとなった。CD売り上げの言い方を借りるとゴールド・ディスクと言う事になるだろう。
このCFを見ているととても安らいだ気持ちになる。
このCFを作った制作チーム、プロデューサーに有難うと言いたい。
特にこの曲を選んだ担当者に、あるいはこの曲を使いましょうと強く押した係の人に敬意を表する。
このCFのおかげで京都旅行の人は増えた。
JR京都旅行のCFにこの曲を使わずほかの曲だと反響は半減していたはずだ。映像がいいと言うより曲がいいと言うより、この曲と映像とがぴったり合ったのだ。
そもそも京都とサウンド・オブ・ミュージックとは何の接点もない。
この曲よりもいい曲ならいくらでもある。京都に合った曲ならもっと適した曲がある。琴や雅楽の方がもっと合うだろう。
平凡に京都旅行のCFを作った場合京都の名所の映像を流し、それに琴や和風の曲、あるいは歌謡曲で京都とタイトルのついた歌を持ってくる。
それでもそこそこ反響を呼んだだろう。
しかし、このCFの音楽を担当した人は鋭い。
そういった平凡な方法をとらず、無数にある音楽の中からこの曲を選んだ。さらにオリジナルの歌を使わず演奏だけにした。そこも鋭い。脱帽だ。
歌や曲が世の中でヒットする為には当然作曲者と作詞者がいい曲・歌詞を作ることが一番大切で、同時に曲をうまく歌う歌手が必要なのだが、その音楽の良さを知り必死で売り出しをする人、プロデューサー、音楽担当者の力が非常に大きい。
と、実感するCFである。
音楽の賞の祭典が多くあり歌手と共に作曲者が表彰される。
しかし、評価されない曲、売れない曲を「この曲はいい、」とその曲の良さを知り力を入れて世の中に広めた人も表彰しないといけない。

もし、JR京都のCFにおいてこの曲を使うという鋭い人がいなかったら、この曲が復活しCFが反響を呼ぶ事はなかったのだ。
CFを見た人たちは「京都か、」といった程度の反応をしただけで、3~6ヶ月放映されてそれっきりとなっていただろう。
京都への旅行者もそれほど増えなかった。
若い人たちが「私のお気に入り」という佳曲を知る機会は失われていた。

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 いい天気だ

ラジオではだいたい最新のヒット曲や非常に話題の曲ばかりかかる。
聴取者のリクエストが多いからだろう。
たまに忘れていた曲がかかる時がある。ああ、この曲もヒットしたなあ、と思い出す。
テレビのコマーシャルも同じだ。
番組が中断して食品や自動車のCMに切り替わり音楽が流れ始める。おっ、と思うようないい曲がかかる時が多い。
テレビの場合予算があるのだろう、ラジオよりもいい曲がかかる。
ラジオもテレビもいい曲を使う、流すのだが、ラジオの場合はその時その時にいい曲をかけている、といった感じだが、テレビの場合はかなりいい曲をじっくり探してきてかけている、流しているといった感じだ。
正午となった。天気もいい。
公園に行こう。昨日行けなかったので今日こそ緑の空気を満喫しよう。
夕方はいい曲を聞こう。

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 ジャズ生演奏の店

昔ジャズの生演奏の店によく行っていた。
銀座スウィングのように生演奏と食事の店だった。
銀座スウィングのように有名なジャズ・メンでなくセミプロのような演奏者ばかりだった。しかし、演奏はうまかった。
以前はそういった店があちこちに有った。
ハンバーグ・ランチやスパゲッティー(当時はパスタなどと言わなかった)などの軽食を食べながら、ビールや水割りで演奏を聞いた。
とてもいい気分だった。
小さい店がほとんどだった。だから、すぐ目の前に演奏者がいるので迫力満点だった。トランペットなど強烈だった。
ウッドベースの弦はうなり胸や腹にブーン、ブーンと重たく響いた。
最近生演奏の店に行ってない。
しばらくしたら行ってみよう。
出来れば小さい店がいい。すぐ目の前、手の届く所に演奏者がいるような店だ。

ジャズ喫茶などもところどころに有った。
今街を歩いていてもジャズ喫茶を見かけない。
暗い店で巨大なスピーカーの前に座りLP演奏を何時間も聴いていた。壁にはよくクール・ストラッティンのジャケットがかかっていた。
ポスターが貼ってあるとコルトレーンが多かった。

コルトレーンと言えば金貨のようなメダルが出てきた。これもすっかり忘れていた。
確かLP発売の時の特典だった。貴重なものだ。

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 土曜日曜に聞く音楽

いい天気だ。青空だ。
公園に散歩でもに行こうかと思っていると、大蔵大臣が「買い物に行きましょう、」と言い出した。
仕方がない公園は明日にして買い物に付き合おう。どうせポーターにされるのだろう。
少し軽快なロックやポップスを聞いてから公園に行きジョギングをしたり壁打ちにでも行こうと思ったが延期だ。
春や秋は壁打ちはとても混んでいる。打つ場所がなくて困る。しかし、冬は壁打ちはあまり混んでいないのですぐ出来る、楽だ。
ところで夕方は何を聞こうか。
いつも一番好きな音楽ばかり聞いている。
当然だが、今回の土日は思い切って普段聞かない音楽を聞こう。
自分の好きな音楽ベスト 1000 のリストがある。
普段は当然その中のベスト100以内の曲ばかり聞いている。
ジャズが多い。
そういった聞き方をしないで、その中のベスト300あたりを聞いてみよう。
ここら辺は面白い。
ジャズがあまりない。
歌謡曲ありロックあり、ムードミュージックあり、オールディーズ、映画音楽、アメリカ・フォーク・ソング、日本フォーク、ラテン、クラシック、何でも有りの辺りだ。
メモを持っていき電車の中で今夜聞く曲のリストを作ろう。
「早く、」大蔵大臣の声が飛んできた。
さて、ポーターだ。

コール・ポーターは大好きだが、ただのポーターは嫌いだ。

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 ラフマニノフ

普段はだいたいジャズやポピュラー、ニューミュージックばかり聞いているのでクラシックはさほど聞かない。積極的には聞いてはいない。
時々シュトラウスやリストを聞く程度だ。
雨ですっかり暗くなった夕暮れ時カフェに一人いて窓の外をぼんやりと眺めている時に、ラフマニノフのP協一番が静かに流れてきたりすると、ぞくっとするほどの感動に襲われる。
普通ラフマニノフと言うと二番の方が有名だ。
だから、みんなほとんど二番を聞いているようだ。
しかし、陰鬱な夕暮れに一番を聞くと沈みこんでしまうような感動にひたってしまう。

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 何を聞くべきか。

音楽はとにかく素晴らしい音楽を聞けばいい。
感動する音楽を聞けばいい。
それで満足だ。毎日が、人生が楽しくなる。それでいいのだ。
今流行とか、今週のヒットチャート1位といった事はあまり関係ない。
自分自身が感動する音楽を聞けばいい。
その音楽が有名でなくても古くても気にする事はない。
と、思う。

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 やはり、コール・ポーター

ヘレン・メリル、「帰ってくれたらうれしいわ」 
ニューヨークの吐息と言われた彼女の名唱。
ハスキーな声がいい。
彼女の吐息がスピーカーからまるでそよ風のように吹いてくる。
なんともしびれる歌だ。
これで今夜はぐっすりと眠れる。
寒い冬の夜やっと家にたどり着いた時、ヘレンのようなセクシーな女性が「帰って来てくれてうれしいわ」と出迎えてくれたらどれほど幸せだろうか。

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 夜の訪れ

さて、夜が来た。
さて、何を聞くべきか。
コール・ポーターか、
いや、ポピュラーか、
では、まず・・・・・・、

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 「オール・オブ・ミー」

部屋に入り本を読みながらMDのスイッチを入れたらとてもいい曲が流れてくる時がある。
何が入っているか気もしないでかけたところ、その場の雰囲気や時間帯、調子にぴったりの曲が流れてきて、思わず「いい歌だ、」と感心してしまう。
自分で録音しておいて、しかもそのMDを昨日か何日か前に入れておいたのも自分自身だというのに。
しかし、自分でどのMDを入れておいたのかなどすっかり忘れてしまっていて、気にもしないでいつもどおり何気なくスイッチを入れたら、心情にぴったりの歌が流れてきて感心する時がある。
今「オール・オブ・ミー」が流れている。
今日はこの歌でおやすみだ。
ビリー・ホリディー。

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 コーヒータイム

夕方一瞬時間が空く時が有る。
暇ではないのだが、予定外にぽっかり時間が空く時がある。
夏ならまだまだ明るいので公園に出かけてジョギングをしたりする。
しかし、冬では暗くてそうはいかない。
当然CDとなるが、いや後でじっくり聞こうと思ったりすると、する事がなくなる。
ぼんやりとテレビのニュースを見る事となる。
特に大事件もないのでDVDでも引っ張り出して見ようと思うが、未開封のがないとやはりあとでいいや、となる。
大蔵大臣に「コーヒー、」と頼むとインスタント・コーヒーのビンをテーブルにドンと置いて立ち去った。
そして、ポットを指差した。いや、一瞬あごで指した。
率直というか露骨というか情緒がないと言うか、困ったものだ。
そのくせ、コーヒーカップを二つ持ってきている。
あきれた。

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 「マック・ザ・ナイフ」

帰った時にすぐ聞く音楽は何だろう?
いろいろだ。
昼から聞きたいと思って夕方帰り着いてやっと聞ける音楽もある。
特に決めていなくて何となくあれこれと適当に聞く時もある。
日によっては格別聞こうと思わない日もある。
そういう日は帰るとぼんやりとテレビでニュースを見ている。
昼頃から「あの曲を早く聞きたい。」と思うような日は幸せだ。
夕方、夜の楽しみがある。
目的がなく帰路を意味なく歩くほどつまらないものはない。
「早く、あのCDを、」と急ぎ足で帰る時は幸福だ。
満員電車も気にならない。
家に飛び込み棚からそのCDを取り出して手にした瞬間は砂漠でオアシスを発見した時と同じ気持ちだろう。
そんなCDは有るのだろうか?
いや、レコードでもいい。
ある、ある、これだ。
エラ・フィッツジェラルド。マック・ザ・ナイフ。
ライヴ・イン・ベルリン・ヴァージョンで。
抜群だ。
圧倒的な歌唱力で聞く者をぐいぐい引きこんでいく。
聞き終わった瞬間、嵐の海で荒波に襲われ目が覚めると浜辺にいて茫然としているといった気分になる。
虚脱感を伴う満足感がある。
真剣に聞けば聞くほど打ちのめされてしまう一枚だ。

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 近所ぶらぶら

普段あまり近所の商店街を歩かない。
大蔵大臣の所管だからだ。人の領分を侵略してはいけない。
歩いてもただ道路として使用しているだけだ。通り過ぎるだけだ。
ところがこの間ふらりと寄りじっくりと見ながら歩くと、以前とはがらりと変わってしまっていた。
新しい店が何軒も増えていて、逆に以前有った店がなくなってしまっていた。
変貌に左右前後きょろきょろしてしまった。
これはいけない、「近所浦島太郎」になってしまう。
自分が生活しているすぐ近くの街の様子を知らないのでは恥ずかしい。
それで出来るだけ商店街を通って帰ることにした。
今までは駅と自分の住まいとの間を直線で歩いていた。
2,3分遠回りになるが商店街を通って帰ろう、と決心した。
じっくりと八百屋、魚屋、総菜屋、薬局などを見てみると・・・・・。

   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 「バードランドの子守唄」

真夜中の一枚は何だろう。
今日のお別れの一枚。満足する曲で締めくくりたい。
昼間や夕方だと失敗しても気にしない。
しかし、深夜これで最後だ、と選んだ一枚が予想に反して良くないとその落胆は大きい。
うっかりすると眠れなくなってしまう。
心地よい眠りを、と選んだ一枚で不眠症になっては困ってしまう。
気合をこめて選ぼう。
バードランドの子守唄、クリス・コナー。
これで今夜は静かに眠れるだろう。
おやすみ、クリス。


あなたの吐息を聞きながら
おやすみするの
あなたの声がそっと聞こえてくる
うまく言えないけれど
小鳥たちは愛をささやく時
魔法のようなメロディーを奏でるのよ
それはすてきな子守唄
知ってる?
通りの小さな木も泣くのよ
あなたが もし いなくなったら
私もそんなふうに泣いてしまうわ
あなたのささやきは とてもすてき
バードランドの子守唄

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 ピーナッツ・ハコー    北村英治

散々迷ったあげくピーナッツ・ハコーにした。
棚を見ていたら目に入った。といってもハコーのCDを持っているわけではない。
ほかの演奏家のCDに入っているのだ。一曲だけゲスト出演だ。
しかし、その演奏がいいのだ。
とても軽快でスウィングしていて聞いていると自然と体がうきうきしてくる。
タイトルは、・・・・・。
その曲名を言うとその演奏を聞いてない人は「何だ、」と言って聞くのをやめてしまう。
せっかくの名演奏を聞かないでやめてしまう。
だから、曲名は言わない。
とにかくいい。
すっかりスウィングしてしまった。
久しぶりだったのでなおさら良かった。感動。
で、続けてクラリネットを聞くことにした。
北村英治。
かなりの高齢だ。老人というより老紳士。髪は真っ白。しかし、その白さがダンディーでいい。
しゃれた紳士が軽快にスウィングする。
以前ライヴを見に行ってCDサインをしてもらった。
握手もしてもらった。とても感激をした。
そのライヴはとても緊密でスリリングなライヴでバックの演奏とも息がぴったりと合っていた。楽しいひと時だった。
ピアノは若い人がやっていたがいい腕で聞きほれた。ベースがウッドでブーン、ブーンとうなり心臓までその音が押し寄せてきた。
勿論北村英治の演奏が一番良く感激のライヴだった。
おまけに彼は喋りが抜群で曲と曲との間のトークがしゃれていて、聴衆は爆笑、爆笑、拍手、拍手だった。そのトークだけでも一聴に値する。
演奏も軽快ならしゃべりもスウィングしていた。
北村英治のサイン入りのCDを聞きながらその時のライヴを思い出してしまった。

   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 大寒を過ぎると
 
大寒を過ぎたのでもう冬は終わりか?
暖かい日が続く。このまま春になって欲しいが、そうはいかないだろう。
節分の頃が一番危ない。油断していると雪が降ってくる。
いや、雪は綺麗で歓迎なのだが、寒さがこまる。
露天風呂に入り雪が降るのを眺めるのが一番いい。
何年前だろうか、冬に箱根に行った時天気予報が外れて大雪となった。
あたり一面雪化粧で何故か「聖なる箱根、」などと感じた。
静かな山奥で真っ白な景色は情緒を通り越して神聖である。
さて、今日は何を聞こうかな?
と、悩みながらフジコ・ヘミングで、リスト、愛の夢を聞いた。
む、夕方聞くリスト、愛の夢はいまいちだった。
クラシックは夕方は駄目だ。
いや、フジコ・ヘミングの演奏は素晴らしい。リスト・愛の夢自体が少し重たかったのだろう。
のんびり気楽に聞けない。どうしても真面目に聞かないといけない、と思ってしまうのだろう。
いい音楽でも聞く時間により感じが違ってくる。
その音楽の良さが一番発揮できる時間に聞かないといけない。
朝ならビバルディー。真夜中ならダークなジャズ・ボーカル。
赤提灯で飲んでいる時は演歌がぴったり合う。
時々赤提灯や居酒屋でモダン・ジャズが流れる時がある。どうも合わない。
おでんを食べている時にビリー・ホリディーの奇妙な果実、やめて欲しい。
古い言葉だが、TPOだ。

で、何を聞こうか?
また、ジャズ?
それもいいが、何かないだろうか?
ええい、面倒だ。とりあえず◎□△○を聞こう。
では、

   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 「時の過ぎ行くままに」

夜最後に聞く曲は何だろうか?
やはり静かなバラード系がいい。
女性ヴォーカルがいい。ペギー・リーはとてもいい。
けれど、昨夜と先ほど十分聞いた。
「時の過ぎ行くままに」はどうだろうか。
シナトラで。
映画「カサブランカ」の主題歌だ。
ハンフリー・ボガードとバーグマンの再開シーンで黒人ピアニストが歌う。
いい歌だ。
シナトラで聞いてみよう。
映画のシーンがよみがえる。

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 「ジャニー・ギター」

サッチモをすっかり聞いてしまった。
彼の心にジーンと来るヴォーカルには参ってしまう。
ダミ声で陽気でとても暖かいのにその声は何故かせつない。
明るいニューオーリンズの表通りなのにとても寂しい、といったふうだ。
昨夜はペギー・リーのブラックコーヒーで深い夜のしじまを堪能した。
今夜もペギーを聞きたくなった。
ペギー・リー、それはとてもブルーでジャージー。
ジャニー・ギター。


ね、ギターを弾いてくれる?
もう一度。私のジャニー。
あなたはほかの人よりずっとすてき。
あなたをどうしようもなく愛してるわ。

   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 素晴らしき世界

いい天気に誘われて公園に出かけた。
暖かで空は青くまるで春が来たかのようだ。
昨日よりもたくさんの人がいた。
すっかり茶色くなった芝生では家族連れが多く親も子供も元気に遊んでいる。
ボール投げや西洋たこで遊んでいる。
子供たちは元気に走り回っている。
そばで父親や母親は微笑みながら見守っている。
子供たちは時々母親の方を見て笑う。楽しく幸せな光景だ。
公園の周りの木々を見た。
青い空を見上げた。白い雲が浮かぶ。素敵な日曜日だ。
公園で過ごす人々の顔には笑顔があふれている。
顔見知りの人々は互いに挨拶をしている。
ベンチに座り芝生で遊ぶ子供たちを眺めた。
暖かい日差しの午後。
元気に遊ぶ子供たちは成長していく。両親に見守られながら。多くのことを学びながら。
子供たちは私たちが知っている事よりもずっと多くのことを覚えていく。そうして立派になっていく。
その子供たちはやがて大人になり自分の子供たちをこの公園に連れてくる。
そして、今と同じように自分の子供たちと楽しく遊ぶ。
やはり笑顔で家族全員で楽しく過ごす。
なんて幸せな光景なのだろう。
なんて素晴らしいのだろう、この公園は。
なんて素晴らしいのだろう、この世界は。

What a wonderful world.
サッチモの声が聞こえてくる。
サッチモの声はなんて素晴らしいのだろう。
家に帰って棚からサッチモのCDを取り出した。

   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 またまた公園へ

窓から差し込む明るい日差しで目覚めた。
カーテンを引くと青空が見えた。初秋の朝みたいだ。
大寒を過ぎてまだ2,3日しかたってないのにいい天気だ。
冬将軍は自分の役目を放棄して北極へ帰ったのか?
昨夜のペギー・リーは良かった。
思わず起きてすぐに聞きたくなる。
しかし、それはよくない。
ジャズは昼は聞いてはいけない。
すがすがしい朝や昼はビバルディーの四季を聞くに限る。
一日のスタートがさわやかになる。
部屋全体が軽快になる。
午後となった。もう1時となる。さて、今日も公園に行こう。
茶色に色を変えた並木道を歩きジョギングもしよう。
今日は200メートルほどは走ろう。
老人の方々が30分も楽々と走っているのをぼんやり見ていてはいけない。
一応テニス・ラケットも持っていこう。
「愛車で公園に行ってくる。」
そう告げると大蔵大臣は笑顔も見せず玄関の方を一瞥した。
「愛車? タイヤが二つしかないわ。」

   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 「ブラック・コーヒー」

夜のしじまが街をすっかり覆う頃、ジャージーな声がどこからともなく聞こえてくる。
ハスキーで幾分けだるい。目を閉じてソファにもたれて聞いているとそのまま眠りに誘われてしまいそうな声だ。
緩やかなテンポで音楽は流れる。
ペギー・リー、ブラック・コーヒー。
ジャージー・ブルーの暗闇に苦い香りが流れる。
ささやくように、うめくように、悲しむようにペギーは歌う。その後ろでトランペットが乾いた音を奏でる。ペギーの辛さに付き添うように、時にはただ横を通り過ぎるように。
ペギー、どうしてそんなにせつなく歌うの?
夜は静かに過ぎていく。

   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 冬の公園へ

家でごろごろしていても仕方がないので公園に行った。
11月ごろにはまだまだ緑濃い公園だったが、さすが冬だ。枯葉と落ち葉が多い。
常緑樹が多いから結構緑だが、それでも茶色一色の林が続く。
冬だというのに結構人がいた。
家族連れが割と多かった。
数日前は本当に寒かったが、ここ1,2日は暖かい、からか?
土日だから1000円高速で箱根や伊豆あたりへ出かけているかと思ったら結構みな近場で過ごしている。
少しか体をほぐそうと公園の中をジョギングした。
100メートルも走らないうちに疲れてやめたが、結構ほぐれた。体もホカホカしてきた。
ベンチに座ってみていると公園の中を20分も30分も走っている高齢の人がいる。元気なものだ。
やはり日ごろの鍛錬だ。毎日走ってないといけない。
たまに走ったりすると30メートルほどで疲れてくる。いけない、いけない。
4時ごろにはもう薄暗くなってきた。やはり冬だ。日が落ちるのが速い。
帰る時は商店街を通って帰った。公園からまっすぐ帰るより2,3分時間がかかるが、夕方の賑わいを楽しむ事にした。
あまり混んでいなかった。大きな売出しやバーゲンセールでもないと混まないかな。
商店街の中を注意しながら進んでいると新しい店が何軒か増えている。
一ヶ月ほど前から閉まったままの空き店舗もある。
少しすいていたがそれでも公園からまっすぐ住宅街を抜けて帰るよりは賑わいの中を通ってきたのでそれなりにそれなりだった。
家に着くとすっかり暗くなっていた。
夜、闇 ・・・・・、ジャズだ。

   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 昼のテレビは、

土日の昼間のテレビとラジオはあまりいいのがない。
主婦向けなのだろうか、お笑い、料理、生活関連が多い。
ラジオもおしゃべりばかりだ。
真昼間からジャズのライヴを放映して欲しいとは言わないが、もう少しいいのがないものだろうか。
新聞のテレビ欄をくまなく見て何かいい音楽番組をやってないか探した。ない。
困った。
棚からCDを出して聞いた。
ビリー・ホリディー。
しかし、昼間聞くとしっくりこない。
ほかのCDにした。

   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 読 書

大掃除をしていると思わぬものにでくわす。
押入れから本が大量に出てくる。
「おお、懐かしい。」
表紙や目次を眺めてしまう。
最初はぱらぱらと見る程度だったが頁をめくっているうちに熱中してしまいそのうちダンボールなどに腰掛けて真剣に読み出す。
そして、その本を読むと次の本を読み始める。
夕方我が部屋に闖入してきた大蔵大臣が叫ぶ。
「あら、まあ。朝から全然片付いてない!」

   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 名曲のおかげで、

去年の暮れのことだった。
大掃除をする事にした。部屋を片づけ始めた。
大きな箱があった。
「何の箱だっけ?」
中を開けるとカセットが大量に出てきた。
好きな曲ばかり録音している。かっての音楽ライブラリーだ。
今はMD、アイポッドで聞いているからもうカセットは聞かない。
大きな箱はスペースをとり邪魔だ。
不要なカセットはどんどんゴミ箱に直行した。
しかし、どうしても捨てられないカセットもある。
CDやMDで持っているから捨ててもよさそなものだが、どうしても捨てられない。
タイトルを見ると「ポピュラー名曲集」と書いている。
ご丁寧に曲目まで12曲ほど書いている。まめなものだ。苦笑した。
ふとラジカセに入れて聞いてしまった。
曲が流れてきた。
意外といい音だ。
カセットだしかなり昔録音したものなので音などフニャフニャで悪いと思ったら結構いい音だ。
6曲ほど流れた。片面が終わる。
A面の最後の曲となった。
曲はプレスリー「好きにならずにいられない」
いい曲だ、と思わずつぶやいた。
そして、B面をかけた。いい曲ばかりだった。聞きほれた。
そのカセットが終わると次のカセットをかけた。
またまたいい曲がかかった。
そしてまた次のカセットをかけた。
結局大掃除は全然はかどらなかった。

   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 「マイ・フーリッシュ・ハート」

今ラジオをつけたらジャズが流れていた。
スウィング・ジャズ・バンドだ。
誰だろう?
ジャズというとどうしてもモダン・ジャズばかり聴く。
しかし、スウィング・ジャズ・バンドもいい。
エリントン、ミラー、ベイシー・・・・・。
少し古びた感じのスウィング感がとてもいい。  

今、ビル・エヴァンスの「マイ・フーリッシュ・ハート」が流れ始めた。
クールで静かなタッチがいい。
エヴァンスの生真面目な顔が目に浮かぶ。
ラジオもこういうふうに24時間ジャズばかりかけてくれるといいのだが、

   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 「恋とは何でしょう?」

昨夜アート・ペッパーを聞いた。良かった。
同じアルト奏者でもポール・デスモンドはとても甘美だ。うっとりする。
だが、アート・ペッパーは軽快だ。その軽快さに引き込まれてしまう。





                 つづきます 




      ブログでつぶやくツイッターです。
      日々のとりとめもないつぶやきです。
      一番上が最新です。下は古いです。
      ・・・・・・・・・・・・・・  で区切っています。
      2010年1月22日からスタートしました。
      
      なお、時々短いですが、歌詞や訳詞を書いています。
      短いですが、著作権が存在します。ご注意下さい。
      特に、「バードランドの子守唄」の訳詞です。
      一見CDに付いている歌詞カードの訳詞と思われますが、
      このブログでのオリジナルの訳詞です。
      「ジャニー・ギター」も短いですがご注意下さい。



                    ナポレオン




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■竜馬の小説のあらすじ  紫四季 [・・・・ご案内]

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  ◆ 竜馬の小説「竜馬がくる~桂浜編」のあらすじ。




             作   紫 四季




 ■ 「竜馬がくる」 あらすじ  その 1


竜馬が幕末から現代にやって来て大活躍。
そして、再び幕末に還り大政奉還を成し遂げる。
竜馬が幕末慶応3年1867年の夏、京の三条大橋で雷に打たれ現代の桂浜にやって来た。
突然現代の高知市に来て驚く竜馬。はりまや橋で車や周辺のビルを見て非常に驚く。
桂浜で出会った竜馬の大ファンの美しい少女、楢崎京(ならさき・きょう)やその父楢崎将蔵、家族、海援隊の子孫などに現代の高知、京都、東京などを案内される。
現代で起きた大事件を竜馬が大活躍して解決。
やがて再び竜馬は慶応3年へと還って行く。その時京も一緒について行く。
京都、長崎、土佐などを舞台に大政奉還成立を目指して竜馬の大奮闘が続く。
京も竜馬に寄り添い幕末を駆け巡る。
大政奉還か武力倒幕か。西郷、大久保達と激論。西郷は総攻撃をかける寸前だ。
10月15日、とうとう大政奉還成立。感無量の竜馬。京も喜ぶ。
竜馬は約束した。近江屋事件を避けて明治の時代には一層日本の為に尽くす、と。
京は竜馬と二人で竜馬の作った新しい日本、明治時代を見る事を夢みた。

この小説では竜馬は25才としています。


ヒロインの京は幕末の竜馬の妻、楢崎お龍(おりょう)の生まれ変わりです。


大政奉還、明治維新の小説であると同時に青春ラブ・ストーリーです。




   ■ 「竜馬がくる」 あらすじ  その 2



京の父楢崎将蔵や家族は竜馬が本物である事を周りには秘密にする。
大竜馬祭の竜馬役の人だと説明する。
高知、京都、東京などを案内する。
竜馬はいつか再び幕末へ還れる時の為に現代の科学技術、政治システム、法律、歴史などを研究。京も手伝う。
京は高校3年生。高校は高知城の正面に有る。陸上部に入っている。
父は同じ高校の教師であり剣道部の顧問でもある。
優しい父であるが、道場に入ったとたん鬼になる。大竜馬保存委員会の幹事をやっている。
家族全員竜馬を尊敬している。特に京は友達の間でも有名な竜馬の大ファン。
竜馬はある日京や陸上部のみんなと高知城、はりまや橋、竜馬の生家、五台山、筆山、竜馬記念館、幕末大竜馬村、桂浜などを回る。よさこい祭りも楽しむ。
京の父、長岡、京などと京都、東京へ行き中岡、勝、陸奥などの子孫とも会う。
西郷、大久保、木戸の子孫とも桂浜で会う。京都で竜馬は寺田屋に行きその変わらぬ佇まいに懐かしい顔をする。
酢屋、近江屋と訪れ溜息を漏らす。一行は八坂神社、清水寺も訪れる。     
東京では千葉道場跡、江戸城、日本橋、銀座などを見てその変わりよう、大発展に改めて驚く。
首相が竜馬の来ている事を知り高知へ来る。首相は竜馬の大ファンだ。
首相がはりまや橋をパレードしている時テロ団に襲撃される。
竜馬は襲いかかるテロ団から首相を守る。
現代に来て10日ほどした時竜馬は再び幕末へ還れると分かる。京は悲しむ。
みんなに見送られて竜馬は桂浜から再び幕末へと還る。
幕末へ還る竜馬を追いかけ京も幕末へと行く。
ところが竜馬が現代から幕末へ持ち帰った機械、資料、本などはすべて途中で消滅。
違う時代の品物、資料は移動が出来ない。
竜馬の現代の記憶も着いてすぐに完全に消滅。
京の記憶も竜馬ほどではないが殆ど消滅していく。
京はかすかに残った未来の記憶を竜馬に伝えようとするが、未来の事を伝えようとするとどうしても言葉が出てこない。
伝えようとしない時は割と未来の記憶が有るのに、いざ竜馬に伝えようとするとその瞬間記憶がふっとすべて消えてしまう。
何も伝える事が出来ないまま京は竜馬の活躍を見守る。
幕末に還った竜馬は、京を連れて各地を回り倒幕大政奉還実現の為に大奮闘する。
京は幕末の各地の美しさに感嘆する。特に京の都、長崎の美しい港。
土佐へも行き昔の土佐も見て大喜び。竜馬の姉の乙女にも会う。
9月下旬から10月上旬にかけて竜馬は大政奉還実現の為に西郷、木戸さらに幕府の要人などとも会談を重ねる。
幕府の要人は竜馬の話を理解し受け入れの方向へと進む。
だが、逆に西郷、大久保、木戸、中岡達は竜馬の大政奉還策に頑として首を縦に振らない。
皆竜馬に面と向かって大政奉還策そのものに強く反対や激しく非難はしないが、言葉厳しく竜馬の大政奉還策の不備な点、漠然とした所を突いてくる。
さらに時おり穏やかな口調で大政奉還など実現不可能だ、慶喜が大政奉還を行なう訳などないと竜馬の政策の撤回を求めてくる。
それよりも早く一緒に武力総攻撃を行なおうと竜馬に迫ってくる。
竜馬譲らず。「今日内外の情勢を見れば、もはや幕府には大政奉還しか道はない。必ず大政奉還は成される。出兵を急ぐな、内戦の愚を避けよ」 と皆に説く。
西郷、木戸とも竜馬の要請により出兵を保留する。
勿論攻撃、武力倒幕を放棄した訳ではない。西郷の右手が高く上がれば薩摩、長州の兵は一斉に出撃する。土佐も続く。 
慶喜が大政奉還建白書を蹴った瞬間、一挙に総攻撃に入る。むしろ大政奉還よりもその方を西郷は待っている。
徳川慶喜の処遇をめぐって連日激論が続く。
竜馬と激論する西郷、大久保はすさまじい形相である。
あまりの凄まじい会談に、一緒にいる京は驚き一瞬にして胃が激痛に襲われた。





  ■ 竜馬の小説   あらすじ その 3   



幕末に着くとすぐに竜馬と京は、イカルス号事件の裁判の為に長崎へと向かった。
長崎に到着すると奉行所でイギリス側を交えて審問が始まった。
完全に海援隊の隊員が犯人扱いである。
審問の途中、証拠もなく推論だけで早く犯人を出せと迫るアーネストを竜馬は笑った。
失礼だと怒るアーネスト・サトウ。
失礼なのはそっちじゃと竜馬はテーブルを激しく叩いた。
後藤はあせった。「竜馬よ、我慢してくれ。何も言うな」
後藤はイギリスと土佐や倒幕側との関係がこじれるのを恐れた。
結局裁判は流れた。
長い裁判の間竜馬と京は小曽根英四郎の屋敷を拠点とした。海援隊の連中も集まった。
小曽根英四郎は長崎に入る貿易品の価格、品質、性能などの説明をし、欧州の工業力が一層向上していると竜馬に注意を促した。
竜馬と京はある日長崎の町や丘を歩いた。
亀山社中、グラバー邸、オランダ坂、出島を訪れた。
丘から眺める長崎の港は美しく二人はいつまでも見続けた。
グラバー邸から港を見ながら京は歌を歌った。長崎の歌だ。

長崎から京都へ戻る途中下関、鹿児島、土佐に寄る。
高知で竜馬は藩の重役達に大政奉還成立に全力を上げるように強く説得した。
いつまでも親徳川ではいけない。逆に情勢判断や時機を誤り薩摩、長州の後をただ付いて行くだけでは、新政府に於いて土佐藩の席はない、と激しく畳を叩いた。
また、すでに政局の最終段階である、万が一の場合には土佐藩も即動けるよう準備をしておくようにと強く述べた。重役達は竜馬の説明に絶句した。
竜馬達二人は桂浜、はりまや橋を見て竜馬の家に行く。
昔の桂浜は一層美しい。五色の石が輝く。実家に親戚、近所の人々、同志が多く集まる。
乙女は弟の帰りを喜んだ。京は乙女と楽しく話す。弟思いの優しい姉だ。

京都に戻った竜馬は西郷、大久保、木戸そして幕府の要人達と大政奉還について何度も会談をした。
危険だ。西郷達は今にも総攻撃をしかねない。
竜馬は必死で西郷達を抑えた。
そして、大政奉還の意義を説いた。何とか西郷達は攻撃を待ってくれた。
しかし、それはあくまでも慶喜がすぐに大政奉還をするという条件でだ。
慶喜が少しでも引き伸ばすようなら待てないと竜馬を睨む。
西郷、大久保、木戸は判断した。自分達の権益、保身のみを考えている幕府が大政奉還をする事など有り得ない、と。
慶喜が大政奉還建白書を拒否した時点で、竜馬、海援隊、陸援隊、土佐の軍を薩長軍に合流させ一挙に幕府を叩き潰す予定だ。
闘将西郷は薩長土の軍勢で短期間に幕府を壊滅できると確信していた。

京の都で竜馬は連日殆ど徹夜である。西郷達と会談している日以外は、机に向かい書物を調べ書類を作成してばかりいる。
忙しくてあまり話もしてくれない竜馬に少し文句を言って、京は土佐藩邸の下女のななとよく京の街を買い物に歩いた。土佐藩の者と知り新撰組が時々絡んでくる。
京の町は美しく、歩く人々の着ている着物は豪華である。
十歳になるななは頭も良く真面目に働く。
京はななの仕事を手伝うが、台所、風呂焚き、料理、洗濯などに悪戦苦闘。時々ななに笑われる。ななに読み書きを教える。

徳川にすれば、日本の発展は徳川幕府を継続しながら進めればいい事である。
現に、フランス、オランダなどから各分野で提案を受け欧米にも既に使節団を派遣し、各国と交流している。
科学、文明、諸制度も取り入れている。日本の発展は幕府を継続しながら十分行える。
大政奉還をして幕府がすべてを失わなければ新しい日本が出来ないというものではない。

幕府はやはり人材は豊富であるし、日常の行政実務に於いても優秀な役人が多い。
幕府が政権から退席したら、日常の行政の実務経験者が居なくなる。
薩摩や長州に全国の行政、財政、外交が出来るのか。そういった経験がない。
却って政治が大混乱になり国益を損なう。心配である。
だが、幕府が新制度を作り新しい政策を実施しようとしても幕府の前に立ちはだかる勢力がある。長州である。そして、このところ薩摩もである。さらに竜馬をはじめとする全国の倒幕の志士集団である。非協力的である。
それどころか総攻撃をかけるという声が聞こえて来る。
もう幕府だけで平穏に政策を実施していくのは不可能となって来た。
かといって公武合体制では上手く行かない。もう古い。
国内外の情勢は大きく動いている。
新しい、幕府主導の各藩による協議体を作らないといけない。早くいい政治体制を創らないといけない。
創ろうとするが上手く行かない。幕府は焦った。
薩長をはじめ全国の藩や朝廷も納得するいい方法はないか。 

大政奉還政策が聞かれるようになった頃、幕府の要人宅に知らない武士が何度も訪れるようになった。竜馬である。要人達は一様に驚いた。
後藤と時々来るので土佐藩の要職の者かと思ったが、名前を聞いて驚いた。
竜馬という名は危険人物として幕府の高級官僚、重臣達の間でも有名である。
竜馬は名高い倒幕派の志士だ。しかも、武闘派だ。剣豪と聞く。寺田屋事件の乱闘の事も聞いた。驚くほど豪胆な人物だ。
土佐を脱藩して浪人のまま薩摩、長州を拠点としている。
活動というより、各方面で暗躍している。幕府にすれば困った人物だ。
長崎では浪人のような連中をたくさん集めて海援隊と称して船で商売をし、そこで隊長をやっているという。
武士のくせに商人か船問屋のような事をやったりして変わった男だと重役達は首を傾げた。
薩長同盟を締結させたのも竜馬であると聞く。憎き人物だ。
では、西郷の連絡係として来ているのかと調べると違う。
竜馬が何故、後藤と一緒に居るのか。後藤に聞くと今は土佐藩に戻り大政奉還策に尽力していると言う。
そうか土佐藩の藩士に戻った訳か、それならもう過激な事もするまいと安心した。
だが、竜馬と会談して重臣達は別の驚きに遭遇した。
竜馬の述べる政策の内容のあまりの凄さに要人達は唖然とした。
欧米型の新政府を。憲法、議会、国会、海軍、天皇直属の国軍、中央集権国家、地方・各藩の行政は中央からの長官が、貿易、海運業、科学、産業、経済の発展、教育制度、能力主義、あらゆる面で欧米型の政治・社会体制にして日本を強国とする・・・・などである。
熱弁を振るう竜馬の話の中にはもう幕府など全く存在していない。遥か遠くの高い領域に到達している。
新日本論を述べる竜馬はまるで学者である。
ところがこの竜馬は自分で改革していく実践者だ。机上の論者ではない。
幕府、倒幕側双方を奔走する政治家だ。
さらに、竜馬と話しているとすぐにでも日本がそういった素晴しい国家になるという気がしてくる。驚く。
感心するのは大政奉還後に慶喜公が政府の重要職に就く事に否定的でないという事だ。
薩長方面からの声を聞くと、慶喜公・幕府を追放とか完全壊滅という動きが有る。
後藤や容堂公に聞くと慶喜公の新政権での重要職は保証されると言うが、それは土佐藩が徳川家と親しいからそう言うのである。
竜馬は、保証はしないが慶喜公の重要職は新日本の為に公が尽力・奮闘する限り構わないと述べる。
竜馬によると、肝心の薩長も大政奉還政策は支持していると言う。
薩長が大政奉還政策を支持しているとすれば障害がない。
竜馬の政策だと幕府の発展的解消となる。
新政府で幕府の人材も活躍出来る。
たんなる後藤の付き添いの部下かと思ったら、とんでもない。
大政奉還政策の話を詳しく聞くと後藤よりも遥かに具体的で深い。
大政奉還建白書の真の作成者が竜馬と判明した。

世界に通用する強力な新政府を作るのは幕府も当然真剣に模索している。
だが、妙案が出ない。幕府という巨大な機構をどうするか。
幕府、徳川家だけでなく全国の各藩の存亡、利害という大問題も有る。
家康公以来朝廷から将軍職を賜り日本国を統治して来た。
その間全国の各藩は幕藩体制に大いに協力してくれた。どの藩も各自の領地に於いて領民の為に善き政治を行なってきた。
そういった各藩の新時代に於いての存続を保証しないといけない。
長い間日本の政権担当者であった幕府にはその責任が有る。
薩長のように新政府が出来さえすれば、薩長以外の藩は壊滅しても構わないという暴論は、現政権者として許す訳にはいけない。
政治体制が変わる事は大変な事である。ただ変更すれば良いというものではない。簡単にはいかぬ。
また、どのような政治体制がいいのか。決定出来ない。
さらに新政府を創る時にいったい全国の藩、特に薩長が協力してくれるかという大問題が有る。

その点を竜馬に聞くと、薩長も新政府が出来るのが目的と言う。
薩長も大政奉還には賛成である。何が何でも戦争を好んでいる訳ではないと言う。
そうであるならいい事である。
竜馬の話し振りだと、西郷などの薩長の要人と連日会談をしているようだ。
夏前から薩長の軍がいつ攻撃して来るかと気懸りであった。
気配は有るしいつ攻撃してもおかしくない、だが攻撃して来ない。
竜馬が西郷達を抑えているのだと分かった。

竜馬の言う新政府の創建はあまりにも凄すぎて驚くが、大まかな点では幕府と同じ路線だ。
薩長の政策だと新政府が出来ると徳川は壊滅だ。薩長幕府となる。
そこまで行かなくても薩長主導だ。徳川は政権から除外される。
だが、竜馬の話だと朝廷に英仏のような議会が出来る。そこで、政策が決定される。
政権は天皇に戻るが、実質的な政権者はその議会の議長、若しくは総理大臣だ。
竜馬と話していると、重要職や主要な席に慶喜公が就いても格別問題はないと言う。
但し新政府、新しい日本の為に奮闘する事が条件だと念を押してくる。
そんな事は当然ではないか。徳川家は270年間国政に尽力して来た。
江戸のみならず、全国の村も町も発展して来た。
その間外国と紛争もなく戦争も起こさず、国内に於いては平和であった。
徳川家の誇るべき功績である。朝廷にも誠心誠意尽くして来た。
そう言うと竜馬は、まだ幕府は日本の事よりも幕府の権益を考えていると平然と言った。
失礼な、そんな事はないと怒ったが、幕府以外の者から見ればそう見えるのかも知れない。仕方がない。
今後は大政奉還策を採った方が幕府、徳川にとっても利益が出る。
幕府が消滅するのは権現様に申し訳なく慙愧に耐えないが、世界情勢の急激な変化だ。止むを得まい。
新政府に於いて慶喜公が奮闘し主導権を取れば再び徳川の時代だ。
第一竜馬の目指す新政府に於いては人材が大量に必要となる。
優秀な人材は徳川家に多くいる。慶喜公だけでなく幕府の役人も新政府で活躍するであろう。
竜馬はしきりと海軍や海運事業の重要性を説くが、海軍にしても幕府が全国で軍艦数、人材とも一番豊富だ。海軍に於いても幕府の優秀な人材が活躍出来る。
大政奉還政策を聞いた時、最初は怒ったが竜馬と何度も会談していると、大政奉還こそ幕府が採る唯一の政策と思えて来た。
竜馬の言う通り英仏の政治体制などと比較して、幕藩体制は今や時代遅れで新しい時代には有効に機能しない。
政策を決定するのは優秀な人材の集まる議会というものが最適である。 
大政奉還政策自体は幕府内でもかなり以前から検討はされて来た。
竜馬と親しい大久保忠寛、海舟なども提案している。他の重臣達も提案をしている。
だが、あまりにも不可能であるし、敗北の選択と見られて来た。
だが、竜馬の論だと新しい日本の為の必要不可欠唯一の政策である。

大政奉還により日本は生まれ変わり欧米に負けない強国となる。大発展の為の政策だと言う。
竜馬の言う事を聞いているとそう思えてくる。不思議だ。熱弁する竜馬につい引き込まれてしまう。
重臣達は何度も集まり会議をした。
オランダ、イギリス、フランスなどの公使からも意見を聞いた。
国内外の急変する情勢に対応するには、竜馬の言う大政奉還政策が最適であると結論が出た。
板倉、永井など重臣達は慶喜に大政奉還政策を熟慮検討するよう勧めた。
「新しい時代じゃな」 慶喜は静かに言った。

竜馬は気が向くと京を薩摩藩邸での西郷達との会談に連れて行ってくれる。
実物の西郷、大久保などは恐ろしいほど迫力がある。
幕末・維新の超大物西郷達と凄まじく激論。
大久保は大政奉還は不可能だ、早く攻撃しないと機を失うと竜馬に厳しく翻意を促した。
木戸、中岡も大久保に続いて竜馬を攻める。
西郷は黙って大きな目でぐっと竜馬を睨んだ。

大政奉還が成されるか、あるいは駄目かという10月11日、竜馬は必死で西郷達を抑えた。
「大政奉還は必ず成される。あと暫く待って欲しい。慶喜公も聡明な方じゃ。大政奉還の必要性はよく分かっちゅうはずじゃ。内乱は今の日本にとって危険じゃ。幕府はやはり財政、軍備、人員、人材に於いて日本一、簡単に勝てるとは限らん。
御三家、親藩、譜代、さらに徳川家に親しい外様大名も含めた幕府全体が薩長を攻撃するようになったらどうなるか分からん。フランス、オランダに援助を頼んだら危険だ。
劣勢となった幕府全軍が江戸に下がり、さらに会津、仙台、奥州へと下がって行けば終りのない内乱となる。冬となり雪深い東北での戦いは南国の薩摩、長州、土佐には不利じゃ。日本の国土 が田畑、町、物品、人心とも荒れる。
内乱により双方の優秀な人材が亡くなってしまう。産業力、国力が落ちる。財政も破綻する。政権を取ってもその後の財政不足で新政府運営が不可能になる。国力の落ちた日本へ列強がいともたやすく干渉、介入、侵攻して来る。どうするがですか?」

10月13日慶喜が各藩の重臣を二条城に招集した。
いよいよだ。西郷は全軍に攻撃の準備を伝えた。
竜馬と海援隊も近江屋に集結した。変事に備え最新型のライフルが大量に持ち込まれた。
京の都が緊迫に包まれた。 
夜近江屋に後藤から急報が入った。

「大政奉還成る」

近江屋が歓声に包まれた。
竜馬も海援隊の連中も京もみんな大喜びした。泣いている者もいる。
竜馬は慶喜の英断を賞賛した。
14日慶喜は朝廷に大政奉還上表文を提出し大政奉還を願い出た。
10月15日朝廷より慶喜に大政奉還勅許の沙汰書が出され、ここに大政奉還は正式に成立した。
この日をもって265年間続いた徳川幕府はもちろん、鎌倉幕府開府以来約680年続いた幕府は消滅した。
新しい時代の扉が開かれた。

翌日竜馬は薩摩藩邸に行き西郷達に会った。
作成した新政府の閣僚名簿を西郷に提出するためだ。
名簿の中に竜馬の名はない。
みんなどういう事だと尋ねた。
竜馬が新政府には入らん、海援隊と一緒にヨーロッパへ行くと言うと西郷達は全員激しく怒った。
これから新政府でやる事は山積している。
議会、憲法、外交、更に幕府解消の後処理、慶喜の処遇、各藩の領地の朝廷への返上、新しい社会制度、産業発展、工業化・・・・。
そういう時に新政府から離れては困る。負担が残りの者に全部かかる。
第一、新政権樹立の一番の功労者が新政府に入らないのでは大問題だ。
西郷が竜馬を睨んだ。

秋晴れの爽やかな日、竜馬は京とななを連れて八坂神社、清水寺などを巡り歩いた。
紅葉鮮やかな京都の山々を見ながら古都の一日を三人は楽しんだ。
貧しい家のななはこんな風に京の都を巡り歩くのは生まれて初めてである。
とても喜んだ。大好きな竜馬や優しい京と一緒で、しかもおはぎやお寿司がいっぱい入ったお弁当まで有る。
南禅寺に着き三人で楽しくおいしい弁当を食べながら、ななは生まれて初めて幸せというものを感じた。
10月下旬、竜馬と京は福井に旅立った。
大物藩主春嶽に早く上洛するように要請した。
また、新政府の最大の懸案である財政、大蔵の任を由利公正に引き受けて貰う事も要請した。
財政が上手く行かなければ新政府は即座に崩壊だ。
信じられない事だが新政府に財源は全く無い。
竜馬は困った。
由利しかいない。
由利は快く引き受けてくれた。
「これで新政府は大丈夫だ」 ほっとして竜馬達は帰途についた。

11月15日となった。
本来なら11月15日は近江屋事件:竜馬暗殺の日である。
その日竜馬と京の二人は土佐藩邸にいた。
京は竜馬に15日は決して藩邸から出ないように言った。
まして、近江屋など絶対行かないように頼んだ。
竜馬は格別気にもしないで、藩邸から出ないと約束してくれた。
京は竜馬に、近江屋事件を逃れて明治時代には大臣などをやって、更に活躍して欲しいと願った。
竜馬は明言した。
「明治になったらすぐ憲法、議会をやらないといけない。急を要する。憲法・議会こそ近代国家の要だ。そして、産業、科学、海運、教育などを発展させる。日本の為に頑張る。新政府が一段落したら、そのあとは海援隊を発展させ海軍、海運事業を強力に行なう。世界の海へ行くんじゃ。」
「そんなにあれもこれも出来ないわ」 京は微笑んだ。
「なあに、憲法、国会さえ済んだら、あとの政治の方は西郷、木戸、大久保さん達にやらせとけばいい。わしは船に乗って海援隊の連中とヨーロッパへ行くんじゃ」
竜馬の目が輝いた。
その後さらに竜馬は明治時代にやるべき事を種々述べた。

そんな竜馬を見て京は心から喜んだ。
竜馬と京は二人して縁側に座り庭の草花を見つめた。
京は心からの幸福を感じた。





     ・・・・・・・・・以上 あらすじ3 でした。
  



■竜馬の小説「竜馬がくる~桂浜編」は、左の欄の「最新記事一覧」の竜馬の小説:まとめ、あるいは左のカテゴリー欄の「竜馬の小説」をクリックしてお読み下さい。
連載ですから、その1 から順にお読み下さい。
「最新記事一覧」の「竜馬の小説まとめ1から25」を読むと1から25まで連続で全部読めます。


         ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


■「竜馬がくる~桂浜編」は実録物語ではなく小説ですのでご了承下さい。
小説「竜馬がくる~桂浜編」は簡略編です(300頁)。
本編の「「竜馬がくる~はりまや橋編」(1000頁)よりかなり短くしています。背景などの描写が省略されていて読みづらいと思いますが、大政奉還頃の竜馬の活躍を大いに楽しんで下さい。
◇作者は、 紫 四季 です。

◇大政奉還当時の幕末・維新小説であると同時に青春物語です。
読者は、高校生から28才ぐらいを想定しています。
30才以上の方は自分が25才の竜馬になった気分で読んでみて下さい。
◇文中に登場する人物、団体、大竜馬祭、竜馬保存委員会、大竜馬村などは架空です。
桂浜の波打ち際で小説のように遊ばないで下さい。桂浜は波が非常に荒く危険です。

◇小説の人名は有名な言い方を使用しています。
西郷吉之助、桂小五郎、三岡八郎・・・と書かず、西郷隆盛、木戸孝允、由利公正・・・と幕末明治全体で一般的・有名な言い方を使用しました。
◇官職名、職名等に於いても江戸時代・幕末の、議定、参議、卿、摂政、関白、太政官・・・などをそのまま使わず現代の用語を使っています。 総裁、総理大臣、大臣、内閣と置き換えています。
ただし、現代に同じ内容の役職、名称がない場合も有り正確に置き換えている訳では有りません。
人名、官職名を変えているのは、高校生、中学生などの若い読者も多くいるので読みやすくする為です。
年配の読者の方には逆に読みにくくなると思いますがご容赦下さい。

◆この「竜馬がくる~桂浜編」は「竜馬小論」同様高知、東京で一部配布していますのでお読みになった方が既に何人かいると思います。今回はこのブログでご覧下さい。
前回配布した本を一部手直ししています。

◆「竜馬がくる~桂浜編」 は1999年9月に完成した小説です。

◆この小説には主題歌が15曲有ります。主題歌付の小説です。

桂浜の歌、はりまや橋の歌、長崎の歌、竜馬の歌、「世界の海援隊」「俺は坂本竜馬」「すてきな京都」
「潮風が知っている」「あこがれ」「波はともだち」・・・・などすばらしい歌ばかりです。
これらの歌は大ヒットして日本中を流れるでしょう。
「竜馬がくる~桂浜編」もテレビ・ドラマや映画、舞台となり、多くの人々を感動させる事でしょう。


◆この小説の著作権は、紫四季に有ります。
◆紫四季の小説、小論、あらすじ、歌詞、楽譜、歌、イラスト、写真などには、すべて著作権等が存在致します。無断・複写・配布・引用・レンタル・ネット送信や掲載などはご遠慮下さい。



◆このブログにはいろいろな小説、短編物語、童話、評論などを掲載しています。

竜馬の評論「竜馬小論」、連載小説「森の中の宇宙人」、サッカー小説「広場のイレブン」、ロバート・ランブンの短編物語、童話などいろいろ入っています。 どうぞご覧下さい。
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ブログ・タイトルは「竜馬と小説と歌と歴史」です。
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「竜馬 小説」とダブル検索すると、300万ものホーム・ページ、ブログの中からこのブログが一番目に出てきます。驚きです。
それほど多くの人がこの小説「竜馬がくる~桂浜編」やこのブログを読んでいるのです。
「竜馬 評論」と検索しても一番目にこのブログが出てきます。
竜馬小論も多くの人が読んでいます。











       「竜馬と小説と歴史のブログ」館長  ナポレオン








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■竜馬小論「竜馬はハイテク人間」  紫四季  [・・・・竜馬の評論]

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  ※この頁には竜馬小論が10作ほど掲載されています。


  ⇒ 1.「竜馬は最先端  竜馬はハイテク人間  ハイテク集団海援隊」
       「竜馬は未来志向人間」    
     2.「竜馬は偉大な教育者」
     3.「海援隊と榎本武揚の蝦夷共和国との比較、竜馬と榎本武揚」  
     4.「大政奉還建白書は船中八策の模写」
         これは、
       「後藤象二郎は・・・」 「後藤、容堂、土佐藩は・・・」
        「何度見ても船中八策と・・・」 「大政奉還建白書の発案・・・」
       「竜馬の船中八策は・・・・」 の五作連続の合計です。


     5.「竜馬は自由人」    

     6.『大政奉還建白書とは、すなわち船中八策」

     7.竜馬の有名な写真

     8.「竜馬小論の各項目タイトル」
        
         などです。


    

            

■竜馬小論です。   
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幕末、蒸気船やライフルなどの欧米の近代機械・兵器をらくらくとこなした龍馬は日本有数のハイテク人間。海援隊も同様にハイテク集団。
そのハイテク人間龍馬が日本を変えてしまった。
維新の真の英雄坂本龍馬の評論です。どうぞご覧下さい。




 ■ 竜馬小論    



  竜馬は最先端人間

   ハイテク人間竜馬   ハイテク集団海援隊



                  紫 四季



竜馬はハイテク人間だ。海援隊もそうだ。
実は、この「ハイテク」「最先端」というのが竜馬の大きな武器だった。
軍艦、船、武器の最先端にいた。
これは、激動の政局で竜馬が先頭に躍り出る大きな武器だった。
幕末多くの志士、政治家が居た。だが、この、軍艦、船、武器などの最先端技術に苦労した、不得意だった。
みんな竜馬に水をあけられた。いつの時代も最先端技術をこなせる人物は貴重だ。
論語などの漢籍、つまり中国語の学問に弱い竜馬だったが、逆に欧米の軍艦、船舶、ライフル、機関銃、大砲、最新兵器などハイテク関係は日本トップ・クラスであった。
中国語よりも英語型だった。
東洋型でなく欧米型だった。
さらに、竜馬は近代思想の面でも最先端だった。
江戸時代、封建制、幕藩体制の社会の中に居て近代議会制国家・近代社会制度を理解できる政治思想面での最先端人間だった。
また、その近代国家を自分で創建していく事が出来る政治活動面での最先端人間だった。
竜馬の「ハイテク」「最先端」、これが大きな特色だ。
日本に当然竜馬よりも学問的に優秀な人物はたくさんいた。
だが、そういった人々は殆ど、思想、生き方、哲学、基盤、その人の世界が封建社会、江戸時代、武士社会、幕藩体制にどっぷり漬かっていて、その世界での完全な生活者だ。
その世界を取り囲んでいる大きな壁から飛び出た思考、生き方をどうしても出来ない。
壁の外の考えを知る事がない。
壁の外に世界が有るなどと想像もしない。
竜馬は、そういった強固な壁を非常に簡単に超えて行った。
壁の向こうの新しい世界へ行ってしまった。
思想面でも時代の先頭を進んでいく「最先端」人間だ。
殆どの人々は竜馬が壁を壊して通路を造ったのに、まだその通路を進む事すら出来ない。
頭も体全体もどっぷりと完全に封建社会、江戸時代、武士社会、幕藩体制に漬かりきっていて、頭が古い時代のままなので、次の時代へ足が進まない。
笑ってはいけない。実は、優秀な人々でも殆どがそうなのである。
学問は優秀なのだが、思想や人生観がどうしても新しい時代に切り替わらない。
永遠に江戸時代のままの思考なのだ。
いつの時代もこういった人々は多い。
勿論、竜馬のあとをすぐさまついて行った人もいる。
そういった人は、新しい時代を果敢に変えていった。
竜馬は時代を進んでいく人々の最先端にいた。
この進み方が大きな武器だ。
政治思想、政治活動、海運事業、船舶・航海技術、すべての面に於いて竜馬は「最先端」にいた。
「ハイテク」「最先端」、竜馬の大きな武器であった。






 ■ 竜馬のハイテク技術をみんなは必要とした。


 
                     紫 四季



竜馬が多くの人と懇意になる事が出来る理由は人柄だけではない。
竜馬が持つハイテク技術だ。軍艦、武器、最新器械の操作に堪能であった事が竜馬の大きな武器だ。
また、貿易会社海援隊に竜馬のようなハイテク人間を多数抱えている。
竜馬と海援隊のハイテク技術を多くの人々は必要とする。
政治力も抜群だ。海外政治体制の知識も豊富だ。
当時に於いて竜馬のこういった知識、政治能力が西郷、木戸、後藤などから必要とされた。







 ■  「竜馬小論」   竜馬は未来志向人間
 


                     紫 四季



孔子が生まれたのは紀元前551年だ。
幕府が唯一最高の学問とした朱子学が完成したのは竜馬の時代より500年も昔だ。
つまり、江戸時代の武士は2400年もの大昔の孔子を尊敬し、論語に傾倒しひたすらその習得に努めた。
そして、寛政異学の禁以降いっそう重点的に朱子学の精神を叩き込まれた。
論語や朱子学を丸暗記する事に全力をあげた。現代の受験生が問題集の解答を丸暗記するのと同じように。
孔子は確かに偉人だ。
論語には多くの鋭い人生訓が有る。
江戸時代の武士にとってそれらを学ぶ事は意義有る事だった。

しかし、それだけでは進歩というものがない。
多くの江戸時代の武士が大昔の孔子を模倣する事に全力をあげている時に、竜馬は西洋の近代兵器、船舶、機械、航海術、海運業、商取引、新しい事業スタイル:株式会社、海軍、政治思想などを学んでいった。
そして、完璧に習得していった。
さらに、日々の商取引、グラバーなど外人商人との駆け引きの中で実践的な事業経営スタイルを完成させていった。
さらに、長崎に入って来るたびに日毎に新型となっていく種々の最新兵器や機械をこなしていった。
竜馬は自分自身で亀山社中:海援隊というハイテク集団・新スタイル海運業を創めた。

竜馬の生き方は過去の孔子の書物を丸暗記するよりも、最新の欧米の機械、船舶、兵器を即座に習得していく現在進行形だった。
いや、急速な進化発展型だった。
また、新しい近代政治思想を即座にこなしていく新時代型だった。

江戸時代ほとんどの武士が大昔の孔子の書物を丸暗記し紀元前551年への過去回帰型・現状維持安住型だった。
だが、竜馬は違った。
竜馬は激動の時代を駆け巡りひたすら未来に向かって疾走して行った。
竜馬は立ち止まって過去を振り返る事などしない。
今の自分の位置で停滞しない。
竜馬はひたすら前に進む。

竜馬は未来志向の人間だ。



                      
                 2007.2.12.





 ■竜馬小論  「竜馬は偉大な教育者」



                 紫 四季



竜馬は教育者である。偉大な人物を多く育てている。
 

竜馬というと薩長同盟、大政奉還を成立させた事で有名である。
また、海援隊を率い海運事業を行なった事も賞賛されている。
幕末の英雄として多くのファンがいる。
ところが教育者として竜馬を取り上げる人はいない。
幕末優れた教育者としては吉田松陰が有名である。
久坂玄瑞、高杉晋作、伊藤博文など多くの人材を育てた。
だが、竜馬も多くの人材を育てている。
竜馬は海援隊で陸奥、中島、石田、長岡、野村、白峰、新宮などを育てている。

明治時代に日本国は幕末欧米列強と締結した不平等条約の改正に非常に苦労をした。
多くの政治家、外交官が試みたが悉く失敗している。
名政治家井上馨だけでなく幕末明治において最優秀と言われた大隈重信も失敗している。
その不平等条約改正を行ったのは竜馬の弟子である海援隊隊員陸奥宗光である。

また、1890年明治23年に国会が開催された。近代国家日本国念願の国会である。
その国会の初代衆議院議長は海援隊隊員中島信行である。
明治になり自由を求める国民により民権運動が盛んになった。自由党が結成された。日本初の政党である。その初代副党首が中島信行である。
そのほかの海援隊隊員も全員明治時代に政界、実業界、海軍などで活躍をした。

竜馬は多くの逸材を育て世に送り出している。
優れた教育者である。教育者竜馬という事を忘れてはいけない。
偉大なり竜馬。



※余談だが陸奥宗光は伯爵となった。
竜馬の弟子の陸奥宗光でさえ伯爵である。
ならば陸奥の先生である竜馬はそれよりも遥かに上である。
この点を見ても竜馬の偉大さが分かるのである。




       ※著作権者から掲載の許可を得ています。
          無断転載複写配布掲載禁止です。
    
            2005.9.7.   ナポレオン






 ■ 海援隊と榎本武揚の蝦夷共和国との比較、竜馬と榎本武揚



                  紫 四季


榎本武揚は蝦夷共和国を独立させて世界に認めさせようとした。
もちろんそういった事を実行しようとした榎本は非常に優秀だ。
欧米の近代法律に精通している榎本であるからこそ実現寸前だったのである。
上手く行けば英仏米蘭露などから承認を得るところだった。
素晴しく優秀で実行力もある。凄い。
世界に対して行なった蝦夷共和国独立宣言という高度な行動・方法をかなりの人々が賞賛している。

だが、根本的におかしい。
僅か数千人の兵士によって建国された蝦夷共和国が世界から独立国として承認されたとしよう。
素晴しい、などと喜んではいけない。
そのあと、他国に、例えば、すぐロシアに蝦夷共和国を武力侵略されて蝦夷共和国、つまり、北海道がロシアの領土となったらいったいどうするのか。
独立国として世界に承認された蝦夷共和国がロシアに軍事占領されても日本国はどうする事も出来ない。
僅か数千人の兵士しかいない国を軍事占領する事ぐらいロシアなどの国にすれば非常に簡単な事だ。
蝦夷が日本の領土ならロシアも迂闊に攻めて来ない。
また、蝦夷、北海道にロシアが攻めて来ても日本は当然戦う権利がある。
ロシアと戦争などしなくても比較的友好的であるフランスやイギリスから協力を得て、ロシアに厳重に抗議をしてもらい、結果ロシアを退散させる事は容易である。
当時、フランスは日本、特に幕府とは割と友好的であった。
また、イギリスはロシアが東南アジアで勢力を伸ばすのを快く思っていなかった。
ロシアの力は当時まだ弱く英仏はロシアなど及びもつかない強国であった。
しかし、蝦夷が独立国となってしまえば蝦夷共和国がロシアに支配されるのは、蝦夷共和国とロシアとの二国間の政治問題となるのである。
日本国にとって取り返しのつかない事となっていたのである。
ロシアでなくて、ドイツ、アメリカ、英仏蘭でも同じ事だ。
蝦夷共和国建国をしようとした榎本は恐ろしく優秀である。
だが、上記のように非常に危険な行為であった。

榎本は竜馬の内乱を避ける必死の船中八策、大政奉還政策の理念を全然理解していない。
竜馬と榎本武揚、比較してみると竜馬の方がやはり大局観、時代・国家を見る目に於いて遥かに勝る。

榎本は以前から北海道に蝦夷共和国を、と真剣に目指していた訳ではない。
鳥羽伏見の戦いで薩長土によって幕府が武力敗退して、その時点の薩長土憎さの感情や徳川幕府存続という時代遅れの考えで、突如、海舟や慶喜必死の恭順策を嫌い蝦夷へ脱走しただけである。
江戸より西の方は薩長土に完全に支配されている。
逃げて行く先が蝦夷しか無かっただけの事である。
本来強力な幕府を目指していた榎本が、逃げて行った先で仕方なく蝦夷共和国を突如建国宣言しただけの事である。
竜馬は日本に欧米型の統一近代国家を創建しようと生命を省みず長年奔走・大奮闘してきた。
だが、榎本は格別長年蝦夷共和国を建国しようと願っていた訳ではなかった。
行き当たりばったりの蝦夷共和国建国宣言であった。

また、榎本について行った部下達は日本の将来を願って行動を共にしたのであろうか。
榎本同様幕府敗退の口惜しさから、幕府復活を夢見て蝦夷へと向かっただけの事である。
海援隊は近代日本の完成を目指し日々活動してきた。
特に強力な海国日本を夢見て竜馬と共に命を賭けてきた。
日本の将来・方向・必要性を正確に知り何年間も日夜奮闘し続けた海援隊は立派である。
海援隊の目指していた事は明治早々実現し大きな成果となった。
竜馬と海援隊の行なってきた事は海国日本の大きな礎石・基盤となったのである。
海援隊の業績、その後の日本に対する成果を見る時素晴しいものがある。
榎本の蝦夷共和国とは桁違いである。

竜馬は若い頃から、蝦夷を開拓しようとしていた。
蝦夷に多くの浪人などを大量に送り込もうと具体的に計画して実行できる状態であった。
蝦夷の可能性を早くから熟知していた。
榎本は格別若い頃から、蝦夷を開拓しようとしていたわけではなかった。

優秀榎本が幕末に採るべき行動は、大政奉還成立後速やかに、新政府・日本の為に自分が欧州で得た先進技術・思想を生かす事であった。
だが、現実に大政奉還成立後榎本のとった行為は、幕府存続,幕府主導の新政府である。従来の姑息な幕閣となんら変わらない。困ったものである。
竜馬のように土佐藩や倒幕派、自分自身の利益も考えず、ただひたすら新しい日本の発展のみを願う純粋な気持と大きな違いだ。

竜馬・海援隊と榎本武揚・蝦夷共和国とを比較してみると、やはり竜馬・海援隊の方が数段上だ。

榎本武揚は大きなミスを犯した。蝦夷を独立国家として外国に認めさせようとした。もちろん、英仏などは認めない。当然だ。
だが、際どい。認めるかもしれないという空気が多少はあった。 
もし、各国が榎本の独立宣言を受け入れて蝦夷を正式に独立国として認めていたら大変な事となっていた。
正式に国際的に認められて日本国以外の独立した国となった蝦夷を、ロシア、アメリカ、あるいは、英仏などが大軍で榎本軍をた易く打ち破り占領したら、蝦夷・北海道は外国の領土となる。
そういった事をいったい考えていたのか。
蝦夷独立をしようとした榎本を凄い、やはり優秀であると賞賛する人が多い。
上記の事を十分考えて榎本を賞賛しているのであろうか。
確かに、榎本は頭脳明晰秀才だ。欧州に留学もした。
薩長藩閥政府の明治時代において、旧幕臣、そして、官軍と戦った朝敵の総大将だったというのに明治時代になっても政府に入り大臣として活躍した。
抜群に優秀な人物である。
だが、根本的に間違っているのである。

最後まで滅びゆく幕府に忠誠を尽くして戦った忠臣といった扱いで悲しみを誘い、多くのファンがいるようである。
個人ならそれでいいかもしれない。
だが、政治の上層部、指導層にいる人物はそうであってはならない。
個人の感情よりも国家・社会・国民の事を考えて行動しなければならない。

竜馬を見るとよく分かる。
常に自分や藩、所属する集団の利益よりも日本の事を考えて政治活動をしてきた。
竜馬が個人の権益、個人感情を優先して西郷に遠慮して大政奉還政策を採らなかったら日本はどうなっていたか。
竜馬が土佐藩からいい地位を提供されて重役となり、土佐藩の事を最優先にして動く人間となっていたら、日本はどうなっていたか。
榎本武揚はいつも幕府、徳川家の為に動き、竜馬はいつも新しい日本の為に活動し続けた。

竜馬と榎本武揚の精神を比較した時、いかに竜馬が優れているか良く分かる。



           ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


榎本武揚の蝦夷共和国が軍隊を50万人擁する国家であったなら独立してもどこの国からも侵略される事はない。
しかし、3000人ほどの軍隊しかいない「榎本共和国」が世界から承認されていたら、それは、ロシア、あるいは、その他の国に「どうぞ、侵略して下さい。わが国は軍隊はたったの3000人です。」と呼びかけるのと同じである。
幕末日本が英米仏露から簡単に侵略されなかったのはやはり日本国全体で20万人を超える軍隊を擁していたからである。
いくらフランスが小栗や慶喜に好意的であったとか、英国が西郷、小松を気に入っていたとしても日本国体で軍隊が5000人しかいなかったら簡単に植民地となっていたのである。
榎本武揚の行為・方法論は現代なら通用するし立派だ。
しかし、弱肉強食、帝国主義、侵略植民地時代、砲艦外交の当時にあっては「侵略国を自宅に呼び込む」自殺行為であった。




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            2005.8.21.    ナポレオン





 ◆「大政奉還建白書は船中八策の模写」




                     紫 四季



後藤象二郎は優秀である。
竜馬という人物がこれからの日本には重要と理解した。
後藤は同時に竜馬の持つ貿易、船舶、軍艦、兵器、海運、商社などの実務のノウハウも大いに必要とした。
だが、後藤が一番希望したのは、竜馬の持つ倒幕側等の豪華な人脈だ。
西郷、大久保、小松、木戸、あるいは海舟、春嶽、横井小楠・・・・、そういった人物、藩と土佐藩、後藤自身が懇意になる事によって、新政府に於いて土佐は間違いなく主流に入り込む事が出来る。
動きは早かった。たちまち竜馬に接近し意気投合した。
後藤は豪放な性格だ。竜馬を再び土佐藩に引き戻すよりも、土佐藩を竜馬に合わせてしまった。
竜馬が頑として土佐藩に戻らないので、困った末の方法だったかも知れないが、愉快な方法である。
竜馬が大物であるから当然だと言ってしまえば当然だが、なかなか出来る事ではない。
第一土佐藩に於いて倒幕派の竜馬が全面的に支持されている訳ではない。
保守的な連中から見れば、脱藩した勤王党の大物竜馬と手を組む後藤は許せない人物という事になる。
が、後藤はそういった非難など気にもせず竜馬との提携を続けその関係は一層深くなって行った。
西郷や大久保よりも若いが、やはり土佐藩を背負う男である。ただの優秀ではない。
後藤も人物である。

後藤、容堂、土佐藩は幕府の存続を必死で模索した
幕府と薩長間の戦争を回避出来ないか。
つまり幕府の壊滅を防止できないか。
何とか幕府と薩長がうまくやって行けないか。
共同政権を作れないか。
同時に、土佐藩がもう少し政局の重要な位置を占める事が出来るようにならないか。
妙案が出ない。

その時後藤は竜馬から船中八策を示された。
これだ。
後藤は喜んだ。

これで幕府と薩長が戦争をする事なく新政府が出来る。
同時に土佐藩が政局の主流になる事が出来る。
しかも軍事攻撃寸前の薩長も、船中八策、すなわち大政奉還政策を支持してくれるはずだと竜馬は後藤に明言した。
薩長も支持するとは凄い。
これ以上のものは無いと喜んだ。

後藤はすばやく土佐藩全体を動かした。いい手腕をしている。
竜馬が大政奉還政策の為に動くのは当然であるが、後藤も大政奉還政策の理解と支持を得るために精力的に各藩を回った。
すでに竜馬の船中八策、すなわち大政奉還政策を理解した後藤は竜馬の分身の如く大奮闘した。
大政奉還政策を説く後藤に対してどの藩も不可能だと驚いたが、土佐藩がそれほど力を入れるなら反対はしないと一応支持はしてくれた。
難関である薩長は竜馬が必死で頼んだ。

西郷も木戸も怒ったが、盟友であり親友の竜馬に頼まれ仕方なく一応総攻撃は保留してくれた。
ほかならぬ竜馬が推進する大政奉還政策だからしぶしぶ賛成である。
但し、大政奉還など不可能である。いつまでも待てない。慶喜が即座に大政奉還を実行する事が条件だと念を押された。

竜馬の発した船中八策という奇策と後藤の奮闘により土佐藩は幕末の最終段階に於いて先頭に躍り出て最後の大舞台で政局を主導する事となった。

そして、各方面から不可能だと言われ続ける中で大政奉還建白書は慶喜に受理され、即座に朝廷に大政奉還の上表文が提出された。 
翌日早くも朝廷に正式に受理された。

大政奉還成立。

倒幕側も幕臣も全国の各藩も、そして、当の竜馬や後藤も驚くあまりにも早い大政奉還成立であった。
慶喜に大政奉還建白書が提出されてから、わずか十日ほどの事である。
信じられない速さであった。

とにかく、この時点に於いて土佐藩は政局の最前列に位置する事となった。
これからの朝廷における議会に於いて必ず対立する薩長と徳川の間に入り、議題、政策を調停しまとめ上げて実施して行く重要な役割を持つ事となった。
いや、上手くいけば主導権を取れる。
更に大政奉還建白書に記載されている近代国家が完成した時には、大政奉還建白書を提出した土佐藩は大きな功績となり、完全に新国家の主流となる。
後藤も容堂も喜色満面となった。

何度見ても船中八策と大政奉還建白書はそっくりである。  
どちらも八項目である。
項目数だけではない。
書かれている内容がそっくりなのである。
勿論ご存知のように先に作成されたのは船中八策である。
竜馬が後藤象二郎に渡した船中八策を見て、後藤や容堂達は大政奉還建白書を作成したのである。
後藤や容堂達は大政奉還建白書を作成する時に、国家の重要基本項目として、徴税、財政、国境、交戦規定、前政権者の処遇、産業発展、社会制度、科学文明の海外からの取入れなど、あと五つや六つぐらい追加しても良さそうなものであった。
時間も十分に有ったのである。
しかし、増える事なく八項目のままであった。
名君と世に知られた容堂公と優秀後藤の二人をもってしても、船中八策以上の建白書は作成できなかった。
いかに竜馬の船中八策が当時のレベルを超えた高度な政策書であったかが理解できる。

大政奉還建白書の発案・作成は後藤の功績か?

「大政奉還建白書の発案及び作成は土佐藩が主導して始めた。
主力は後藤象二郎である。
竜馬はほんの少し参考程度の事を提案しただけだ。
後藤は竜馬の短い荒削りのメモ書き程度の船中八策を軽く参考にして、持ち前の学識と政治能力で高度の大政奉還建白書を完成した。
大政奉還建白書は後藤と土佐藩の大きな功績である。」
と、思っていた方は前述をご覧頂ければ、そうではないという事がお分かり頂ける。

竜馬の船中八策は後藤と容堂によって大政奉還建白書となり幕府を消滅させる事となった。

だが、どういう訳か幕末、明治に於いては、いや現代に於いても大政奉還成立は土佐藩と後藤の功績となっているようだ。
大政奉還建白書の真の作成者、大政奉還成立の真の功労者として坂本竜馬の名は、特に、大政奉還直後や明治初期に於いてあまり出なかったようである。
何故であろうか?
大きな理由が有ったのだろう。

だが、歴史は正しく坂本竜馬を評価する。
竜馬の功績を知る事の出来る二つの書類が現代にも残っている。
竜馬の船中八策と土佐藩が作成した大政奉還建白書両方の書類である。
船中八策と大政奉還建白書は同じ八項目、内容が複写したようにそっくりである。

後藤と容堂の書き上げた大政奉還建白書を見れば、竜馬の船中八策の模写であるとすぐに分かる。


             

         
       ※「大政奉還建白書は船中八策の模写」は、
          「後藤象二郎は優秀である」と
          「後藤、容堂、土佐藩は幕府の存続を必死で模索した」
          「何度見ても船中八策と大政奉還建白書はそっくり・・・」
          「大政奉還建白書の発案・作成は後藤の功績か?」
          「竜馬の船中八策は後藤と容堂によって・・・・・」
             の五作の合計です。
          重複となりますが、連続すると読みやすくなりますので、
          掲載しました。    



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              2007.1.14.  ナポレオン






  ◆「自由人竜馬」




                    紫 四季




西郷や木戸、大久保など多くの志士達は武力倒幕・戦争を睨んで活動していた。
西郷や木戸などは政治家であると同時に軍人・武将であった。
多くの志士達は毎日政治家というよりも軍人、戦士といった気構えで倒幕運動をしていた。
だが、竜馬は独特であった。
まるで商人のようであった。
もちろん多くの要人と倒幕や政治的な会談をしている。
だが、それ以外の竜馬を見ると船に乗って商業活動をしている。
竜馬と知らない人がそれを見たら商人と思うであろう。
つまり、小曽根や白石、伊藤のような大商人が倒幕運動をしているのと同じだ。
多くの志士は朝から晩まで武器を持ち常に攻撃する事ばかり考えている。
中岡がいい例だ。
西郷、木戸も同じだ。朝から晩までいつ攻撃の命令を出そうかと考えてばかりいる。
頭の中は戦争の事ばかりだ。
だが、竜馬は全然違う。
武器を運ぶ事も多いが、それ以外は通常の産物・商品を運んでいる。
完全に商人である。
そういった毎日では刀を抜く事もまずない。
刀より算盤を握り英語、オランダ語を話す時間の方が多かったはずだ。
算盤や英語、オランダ語も上手かった事であろう。
商人、実業人といった方がいい竜馬がいざ武力攻撃となれば、米や海産物を港に下ろして代わりに大砲、ライフルを大量に積み込み薩長の兵士も多数乗せて幕府軍に向かっていくのである。
ユニークな倒幕の武士である。
同時に海援隊という集団もユニークな倒幕の集団だ。

倒幕運動の中心にいたが竜馬を武闘派の武士、つまり軍人・戦士だと断定できない。
海援隊という会社を率いて海運業を行い活躍した。
別の角度から見るとまるで商人・実業家のようだ。
陸奥、中島といった後に明治時代に大活躍する大物を育てた。
そのほか多数の海援隊の隊員を育てた。
つまり後年政治家、思想家、軍人、官僚・官吏となる連中を育てた。
優れた教育者である。
竜馬を「教育者」として取り上げる人は殆どいない。
だが、竜馬は実践的な教育者だった。
海援隊は会社でありながら商船大学という学校の側面を持つ。

もちろん竜馬は政治家だ。
新政府創建を目指した。
薩長同盟において見せた竜馬の斡旋能力、交渉術は老練な政治家だ。
大政奉還直後に作成した新政府・明治政府の要職を記載した人事案は抜群である。
竜馬の作成した人事表と明治時代の政府要職一覧表はまったく同じだ。
大政奉還の時点で、明治時代に政府要職に就き活躍する人々を見事に予想している。
竜馬の人を見る目、未来を見通す目は鋭い。
遥か先の時代を的確に見る優れた政治家だ。
船中八策という政策書で大政奉還を成し遂げ日本を大きく変えた。
封建制の日本において劇的に進んだ議会制国家を目指し竜馬自身の手で完成直前だった。
封建制・幕藩体制と竜馬の目指した議会制近代国家を比較すると革命と言える大変化だ。
では、思想家か?
しかし、思想家だと言うとかなり雰囲気が違うと言う人が多い。

では、いったい竜馬は何なのだ?
と、分からなくなってくる。

竜馬は、自由人なのだ。






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                    2006.11.5.





                    
 ◆ 海援隊と新撰組



                  紫 四季



共に幕末同時代の集団だ。
人気が有る。共通点が有るからだろうか?

共に浪人集団である。
藩に属して来た正規の武士集団ではない。
いや、武士集団というより出身が武士でない者が多い。
寄せ集めだ。
その為に同じように考えて比較する人も居る。
倒幕側のヒーローと幕府側の崩壊していく哀しきヒーローとして扱う人もいる。
海援隊と新撰組、比較してみよう。





               つづく


             
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            2006.10.19.  ナポレオン


                     




■ 大政奉還建白書とは、すなわち船中八策



紫 四季



つまり慶喜は恭しく朝廷に竜馬の船中八策を差し出した。
そして、朝廷もそれを受理した。
日本はこの時大きく変わった。
大砲を撃つ事もなく刀を抜く事もせず、たった一通の書類によって、その瞬間幕府は消滅し歴史は方向を変えた。
一介の浪人の思想が日本の歴史を変えた一瞬である。

竜馬は非常に多彩な面を持つ英雄である。
倒幕派の志士であるが、限りない夢とロマンを持つ海の男。
だが、寺田屋事件に見られるように百人の役人を相手に平然と死闘を演じる千葉道場出の凄まじい剣豪、豪傑である。
ライフルなどの最新兵器を輸入し、兵器や軍艦などの近代機械の操作に堪能なハイテク人間である。
海援隊を率い潮の香りのする政治家、思想家。時代の最先端を行く男だ。
竜馬が求め続けたのは、ただひたすら新しい日本。
たんに幕府壊滅が目的ではなく大きな目標を目指した。
船中八策に有るように議会開設、憲法制定、統一近代国家、能力主義、平等社会、素晴しい日本の大発展である。
権力や名誉も財産も欲しない。
薩長同盟、大政奉還、この二つの内どちらか一つを成し遂げただけでも歴史的偉業であるというのに、何の後ろ盾も持たない浪人である竜馬が両方とも成し遂げてしまった。
凄まじいとか破天荒と言っても表現しきれない。桁外れの政治家であり、思想家である。

誠に坂本竜馬は天才である。
二度と竜馬のような真の英雄は出て来ないであろう。







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              2006.8.16.






■ 竜馬の有名な写真



                            紫四季


上野彦馬が撮った台座にもたれている写真である。
部屋の中で撮った写真だというのに、船の舳先かマストに立って前方の海を見ているように颯爽としている。
右手を懐に入れている。大切な物が入っているのであろう。
いったい何を持っているのか?
法律か海運の本だろう。みんなそう思う。
だが、ピストルである。
腕や手首の角度をじっくり見ればどう見てもピストルである。
本が入っていれば懐は大きく膨らむ。あの頃の本というのは殆ど大きく分厚い。
当時の外国の法律の本が文庫本サイズというのは寡聞にして知らない。




※竜馬の例の写真を見て、懐にはピストルを入れていると断定すると、「そのような事は分からない。確実な歴史の記録や当時の人の日記でピストルを入れていたといった記録が残っていないのに手首の角度だけで断定する事はおかしい。ピストルでなく本でないか。第一写真を撮る時に何故ピストルなど持つ必要があるのか?」と反論が出ると思います。
しかし、腕、手首の角度、懐のふくらみ具合からして間違いなくピストルです。



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                      ナポレオン





◆竜馬小論


                     紫 四季



■何故竜馬だけが大政奉還を実現できたのか?


大政奉還は横井小楠の影響を強く受けている。
また、幕府の大久保忠寛なども論を持っていた。海舟も早い段階から幕府の政治では駄目だと西郷に語っていた。
優秀な大隈重信や副島種臣などは論を持つだけでなく大政奉還を建白しようとした。行動に移した。だが、できなかった。見事に失敗した。
結局達成したのは竜馬のみであった。
何故幕末優秀と言われた人々が論を持ちながら、あるいは、実行しようと奔走しながら実現できなかったのか。
そして、何故竜馬だけが実行できたのか。
薩長同盟もそうであるが、竜馬以外に論を持ち推進する人々がいた。
だが、やはり実現できなかった。決裂寸前の土壇場竜馬の登場によりやっと薩長同盟は実現した。
何故竜馬だけが次々と偉業を達成する事が出来るのか?
ご存知のように竜馬は下級武士、郷士である。
西郷や大久保、木戸、小松、高杉のように藩の重臣や幹部でない。地位は低い。いや、全くない。浪人そのものである。
であるのに、偉業を成し遂げてしまう。
その理由は? 
 


             つづく



              作   紫 四季



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            無断転載複写配布掲載禁止です。


             2006.9.22.  ナポレオン








■ 竜馬小論


                     紫四季


■明治の大発展は西郷、大久保、木戸の大奮闘による。


明治になると維新の三傑によって矢継ぎ早に政策・改革が断行された。
そのスピードは予想以上であった。
政権が変わるとこうも国家の進展、改革がダイナミックに実行されるものかと国民は感嘆した。
廃藩置県も西郷の力によって混乱もなく達成された。
予想された何藩かの武力抵抗も起きなかった。
この達成により日本は軍事面でも経済面でも世界と互角に戦える体制が完成した。
完全なる統一中央集権国家の完成は幕末以来多くの志士・政治家達の大目標であった。
政治だけでなく、社会制度、産業、生活水準・・・・とあらゆる面で発展が成された。
総合的な国力は江戸時代よりも桁外れに大きくなった。
西郷、大久保、木戸の三名は私利私欲もなく日夜全精力を傾注して新日本の為に大奮闘した。

多くの後進国のクーデター時の政権打倒者達に見られるように、政権獲得時のドサクサに乗じて莫大な私財を蓄積するという事もなかった。
その気になれば、西郷、大久保、木戸達は明治政府開始早々に、いともたやすく巨額の財産を手に入れる事が出来たのである。
私財を増やす事を三人とも毛頭考えていなかったのである。
ただひたすら国家の大発展を願って大奮闘をした。

日本の明治時代のように世界中で多くの国が、封建制、古びた旧体制、あるいは植民地から新国家へと政変等によって体制が変わった。19世紀に於いても現代に於いても。
だが、意外と日本のように上手く大発展をしていない。
地理的にも時期的にも資源の面からいっても、日本よりも遥かに好条件の国はいくらでも有ったのである。
国家だけではない。大きな集団、事業集団などに於いても同様である。
知識を持った優秀な人材も十分いる。だが、上手くいかない。
何故か?
西郷、大久保、木戸のような凄まじい政治力と高潔な人格の両方を兼ね備えた人物が居ないからである。

西郷、大久保、木戸の三人が今もなお尊敬され続けているのは、その政治能力・手腕によって明治時代を発展させたからだけではない。
優れた人間性により140年後の現代人でも敬服せざるを得ないのである。




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          2006.2.14.  ナポレオン







■ 大政奉還建白書とは、すなわち船中八策


 
                  紫 四季


つまり慶喜は恭しく朝廷に竜馬の船中八策を差し出した。
そして、朝廷もそれを受理した。
日本はこの時大きく変わった。
大砲を撃つ事もなく刀を抜く事もせず、たった一通の書類によって、その瞬間幕府は消滅し歴史は方向を変えた。
一介の浪人の思想が日本の歴史を変えた一瞬である。

竜馬は非常に多彩な面を持つ英雄である。
倒幕派の志士であるが、限りない夢とロマンを持つ海の男。
だが、寺田屋事件に見られるように百人の役人を相手に平然と死闘を演じる千葉道場出の凄まじい剣豪、豪傑である。
ライフルなどの最新兵器を輸入し、兵器や軍艦などの近代機械の操作に堪能なハイテク人間である。
海援隊を率い潮の香りのする政治家、思想家。時代の最先端を行く男だ。
竜馬が求め続けたのは、ただひたすら新しい日本。
たんに幕府壊滅が目的ではなく大きな目標を目指した。
船中八策に有るように議会開設、憲法制定、統一近代国家、能力主義、平等社会、素晴しい日本の大発展である。
権力や名誉も財産も欲しない。
薩長同盟、大政奉還、この二つの内どちらか一つを成し遂げただけでも歴史的偉業であるというのに、何の後ろ盾も持たない浪人である竜馬が両方とも成し遂げてしまった。
凄まじいとか破天荒と言っても表現しきれない。桁外れの政治家であり、思想家である。

誠に坂本竜馬は天才である。
二度と竜馬のような真の英雄は出て来ないであろう。






              作   紫 四季




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              2006.8.16.


                    


■竜馬小論 



                紫 四季



■ 竜馬の生誕の碑の文字を書いたのは、大久保利通の孫の夫だ。

竜馬の生誕の碑が高知市内のはりまや橋の近くの上町に有る。
その碑の文字を書いたのは、大久保利通の孫の夫である。
幕末竜馬と共に新日本創建の為に戦ってきた大久保利通の家系の者が竜馬の生誕の碑の文字を書く。何という素晴しい事であろうか。
大久保利通の孫の夫とは内閣総理大臣吉田茂だ。
吉田茂の妻の祖父が大久保利通である。吉田茂の岳父の父が大久保利通である。
岳父とは外相、内大臣などを歴任し大正、昭和初期に活躍した政治家牧野伸顕だ。親英米派である。226事件では襲撃されている。後に伯爵となる。
竜馬と大久保利通は昭和になって再度つながった。
竜馬も明治時代を生きていればその実績、政治能力により、当然西郷や、木戸、大久保などと共に総理大臣をやっていたのである。
総理大臣としての後輩吉田茂が碑の文字を書いたという事である。
明治維新から80年ほど経った頃の事である。
幕末に共に近代国家を目指した二人が、維新後80年経って再びつながった。
大政奉還成立直後無念にも暗殺された竜馬の生誕の碑の文字を、大久保の孫の夫の吉田茂が書いた。
まるで、大久保の気持が子供、孫と伝わり、その夫を動かして碑の文字を書かせたようだ。
多くの人が竜馬の生誕の地を訪れて感動する。
だが、意外と前記の事を忘れていて竜馬の生誕の碑を見る時に大久保利通を思い出さない。




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             2005.9.13.  ナポレオン





                紫 四季


■ 少し竜馬の多彩な面に触れてみよう。

驚くほど多彩な人物である。
一般的には倒幕の志士と呼ばれている。
寺田屋事件では三吉慎蔵と共にたった二人で、包囲する幕府の百人の役人と死闘を演じている。
竜馬らしいところである。剛毅な剣豪だ。
百人に包囲されても悠然としている胆力の有る豪傑である。
竜馬を語る時この寺田屋事件の死闘の印象が大きい。
颯爽と京の町を駆け巡り、幕府の連中と激しく戦いながら倒幕を目指した格好いい勤王の志士、剣豪というイメージが有る。
だが、彼はやはり政治家である。
政策書船中八策を作成し新しい日本の政治、社会を築き上げていく思想家でもある。
薩長同盟を締結させ大政奉還建をも成立させた。
さらに彼は海援隊を率いる潮の香りのする海の男である。世界中の海を駆け巡ろうとしている夢を持つロマンの男でもある。
軍艦、最新兵器、ヨーロッパの新型製品を扱う時代の最先端を進む人物である。
現代で言えばハイテク人間である。




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            2005.9.9.    ナポレオン





 ■竜馬小論 

                紫 四季



世界を目指す者は海援隊に集まれ。


何という楽しく夢の有る言葉だろう。
身分も藩も問わない。土佐藩でも薩摩でも紀州でもいい、どこの藩でもいい。
武士でも町人でも農民でもいい。
海外に志が有り、船で世界中を駆け巡り貿易をしようと思う者は海援隊に来い。
そう呼びかけている。
海援隊規約にも大きく記載している。
本当に竜馬の夢を実現していくための集団だ。
幕末の動乱期に命をかけて国家の革命を成し遂げようとしている男が、同時にロマンチストさながらに青い 海原を走りヨーロッパへ行こうとしている。
そして、仲間を集めようとする。
驚いた事に多くの仲間が集まって来た。
何という楽しく夢の有る集団だろうか、海援隊は。
何という楽しくロマンの有る人だろうか、坂本竜馬は。






 ■日本・世界の歴史上多くの英雄・偉人がいる。


 しかし、竜馬ほど楽しく夢の有る英雄はいない。





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            2005.9.8.    ナポレオン






 ■竜馬小論
           

                     紫 四季


 ■ 薩長同盟成立。大政奉還政策と並ぶ竜馬の偉業である。

竜馬は薩長同盟締結斡旋に於いて、まず犬猿の仲だった薩摩と長州両藩の仲直りをさせた。
両藩には凄まじい憎悪の感情が有った。同盟を結ぶ場合、多少の政策の違いなら何とかなる場合も有る。
しかし、感情的に憎しみあっている時は、無理だ。感情のもつれ、憎悪は理屈、論理ではどうしようもないのである。誠に厄介だ。手に負えない。
政策は同じだが、感情のこじれや憎悪により敵対し反目し仲違いする事は多い。
特に長州は薩摩を激しく憎んでいる。
長州は薩摩と会津の陰謀により朝廷、京都を追われた。七卿落ちとなった。
さらに禁門の変、第一次長州征討とすべて薩摩にやられてきた。
それらの政変・事件で薩摩の主役は常に西郷だった。彼の為に凄まじい苦汁をなめた。
会奸薩賊と恨み続けた。憎し西郷だった。
長州は幕府により処罰を受けたが、むしろ幕府よりも薩摩と戦争をしかねないほど薩摩、西郷を恨んでいた。
長州と薩摩が同盟を締結するような雰囲気など微塵もなかった。
犬猿の仲である両藩の仲を先に友好的な状態にしておかなければ同盟の話し合いすら出来ない。
首尾よく軍事同盟を結んでも感情的な衝突ばかり起きてうまく機能しない。
双方の不信感、疑いの気持も解消しなければいけない。
仲直りさせる事も軍事同盟の締結同様大変であった。
その難事は竜馬の奇策により成功した。

次は薩長同盟という名の倒幕軍事同盟の締結である。
武力倒幕を目指しているが、完全に孤立している長州にとって同盟は得策だが、薩摩は久光の方針が公武合体、公儀政体路線であるから、武力倒幕に藩論が完全に固まっている訳ではない。
西郷、大久保、小松などの藩の首脳陣にすれば場合によっては危険な同盟だ。
長州が何かで自爆すればその巻き添えを食う。その時、西郷、大久保などは一挙に失脚する。
この頃の失脚は場合によっては生命の危険が有る。たんなる辞職、免職ぐらいでは済まない事がある。
まして、西郷は部下からは絶大な信望が有るが久光とは仲が悪い、憎まれている。何度も久光により失脚している。過酷な処罰を受けている。
長州はもう薩摩と同盟するしか道はない。同盟が成立しなかったらあとは藩が消滅するまで尊王精神を持ち続けて幕府と戦っていくだけだ。
しかし、薩摩にすればそのような爆弾を抱えて幕府に向かって行く長州と積極的に同盟をしなくても、自分の藩だけで全国や朝廷内に十分力を持っている。
大藩薩摩は全国でも有数の発言力を持っている。表面的には幕府ともうまくいっている。何も危ない長州を助けるような同盟は不要だ。
むしろ、薩摩だけでやっていった方が確実に政権を取れる。取れなくても主導権を得る事が出来る。日本に於いて徳川の次の位置を占める事が出来る。 
名目的には幕府でも実質的には薩摩が政治を動かせる。久光もその方向だ。
長州と同盟をすれば成功した時、その利益を半分取られる。割が合わない。
長州は放っとけば、すぐにでも沈んで行くのである。
それを助けて、しかも上手く行った時には利益を半分も取られる。
よく考えると馬鹿馬鹿しい。薩摩にとってあまり利益にならない。
長州と一緒にやらずに、薩摩だけでやった方が遥かに権力も利益も多く入る。
そういった不利益の有る、対等の同盟というよりも片務条約である薩長同盟を西郷、大久保、小松などを説得して締結させたのであるから、竜馬の手腕の凄さは格別だ。
王政復古宣言、慶喜追放、鳥羽伏見の戦い、戊辰戦争、江戸への総攻撃進軍、江戸城無血開城・・・・、政治家・武将西郷の圧倒的な勝利・活躍と比較して、やや過小に評価する人が多いが、竜馬の薩長同盟成立斡旋は偉業である。
勿論多くの人がやろうと試みた。しかし、竜馬以外では不可能であった。
薩長同盟斡旋を受けて西郷、木戸は何を考えたのか。
竜馬以外の者には不可能であったのに、何故、竜馬だけが成し遂げたのか?
他の者と竜馬と何処が違ったのか?




 ■竜馬小論 


「わずか2年で日本を完全に変えてしまった竜馬。」



       紫 四季


薩長同盟成立は1866年初頭。竜馬が満30歳の時である。
前年竜馬は亀山社中、つまり海援隊を結成している。竜馬満29歳の時である。
薩長同盟成立の翌年1867年竜馬は続いて船中八策、すなわち大政奉還建白書を完成した。それにより幕府は消滅した。竜馬が満31歳の時である。
薩長同盟といった政治の表舞台に登場してわずか2年で竜馬は徳川将軍、幕府、江戸時代、幕藩体制、封建社会を消滅させ、日本に新しい時代:明治近代国家の扉を大きく開けた。
誠に竜馬偉大なり。

西郷、木戸、大久保を維新の三傑として人々は賞賛する。
しかし、維新の真の英雄は坂本竜馬である。




    ※著作権者から掲載の許可を得ています。
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         2005.9.3..    ナポレオン



 ※年齢の事・・・・・・・・・竜馬は1835年11月生まれですから1866年の薩長同盟の年の11月には満31歳となります。しかし、薩長同盟成立時点、1866年初頭には、まだ満30歳でした。
大政奉還成立の慶応三年1867年の11月に満32歳ととなりますが、大政奉還成立は10月です。竜馬が満31歳の時です。
誕生日を過ぎているかどうかで満年齢の数え方が違ってきます。




     


■ 竜馬は小さい頃劣等生であった?

 

                         紫 四季

           

竜馬の本を見るとどの本にも幼年時代の竜馬をそういうふうに書いてある。
小さい頃は近隣に名が響く秀才ではなかったようである。
それどころか、普通・平凡というよりも劣等生であると書かれた本が殆どだ。どうやら本当らしい。
小さい頃は優秀でなかった。だが、後に偉大な業績を成し遂げたと書かれている。

さて、優秀でなかったと言うが何をもって優秀でないと、また逆に、優秀であると言うのだろうか。
ひたすら漢書、論語、朱子学などを暗記、暗誦するのが得意な者と、そういった二千三百年も大昔の文章などに学問の意義を見出さず意欲を持たない者もいる。
本来はこれからの新しい政治・思想が得意な者に、遥か古代、紀元前の古い論語などの政治の暗記を押し付けてもさほど興味を示す訳がない。
新時代の政治、思想、海運、貿易の授業が始まるまで悠然と待っているのである。
その姿を見て、竜馬は小さい頃優秀でなかったと言うのは正当ではない。
もし、竜馬の幼年期の教育所、塾に於いて海運、貿易、機械、船舶操縦、新しい時代・欧米の政治、思想などの講座が行われていれば即座に最優秀と賞賛されていたのである。
本領を発揮する分野、時期は人により違うのである。
新しい政治・思想、新しい文明の吸収、機械、船舶、貿易の得意な人間が古い論語、朱子学の暗誦に四苦八苦しているからといって頭脳平凡以下なりと判断してしまうのは大いなる過ちである。
その人物の真の優秀な点はどこかと見抜く事が必要だ。

竜馬は機械、物理、理工系であろう。
和歌、詩、論語、漢書、文章暗記の文科系ではない。大器晩成型だ。

話がそれて申し訳ないが、幼年、小学期の勉強は素早く覚えてすぐ答える授業中心。
利発な暗記・算数型の子供が有利である。
物事の本質をじっくりと考える物理、政治、数学系の子供は不利である。
暗記が素早く得意で利発な子が悪いといっているのではない。先生の言った事を即座に飲み込み覚えてその通り行なうといういい面が有る。
ただそういった利発な目立つ子供の陰に隠れて、じっくりと物の本質を時間をかけて自分の頭脳で考えるタイプの子供が目立たなくなる危険がある。
場合によっては自分自身の考え方で時間をかけてじっくりと独創的な答えを探している子供が、物覚えが遅い、理解が遅い、教えた事と違ったやり方や答えを言って来るおかしな子供だ、みんなと異なった考えを持っている変った子供であるなどと見なされてしまう。
あるいは先生が教えた事と違ったやり方で答えや解決策を持って来る先生にとっては面倒で困った生徒、時には先生が言った通りにしない生意気な生徒として先生から嫌われる。

混迷の時代にはこれから社会・国家が進むべき道を教えてくれる先生は居ない。
当然暗記得意の利発な秀才は方向が分からず、右往左往するばかりとなる。
自分の頭脳で時間をかけて情勢を見極め最善の道を進まねばならない。
真の優秀が必要となる。
激動・混乱の時代には必ずそういった人物が後方から登場し、平凡な秀才達を押しのけて先頭に躍り出て来るのである。
竜馬はまさしく混迷の時代の優駿である。

大器晩成の子供は早熟・利発な子供の陰に隠れてしまう。この点に要注意である。
意外な事であるが、歴史に名を残す偉人のうちかなりの人が子供時代に平凡とみなされて四苦八苦している。気をつけなければいけない。
また、いくら優駿と言っても狭い柵に閉じ込めていてはその速さは分からない。
狭い柵を飛び出し広大な原野に出て初めてその疾走する速さに気づくのである。
竜馬は土佐を飛び出て江戸へ行き、さらに薩摩、長州、神戸、福井、長崎、京都と各地を駆け巡って行く度に徐々に速度を上げていき、やがて激動の幕末を怒涛のように疾走し偉業を次々と成し遂げていったのである。
まさしく混迷の時代を駆け抜けた竜馬(りょうめ)である。

竜馬が幼年時代平凡な子であったという見方は的確ではない。
後年偉業を成し遂げるような人物の幼年時代にはきらめく所が必ず有る。
竜馬の幼年・少年時代の教授陣、周囲の人々はやがて大器となる人物の片鱗に気づかなかった。
迂闊であった。
                   




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               2005.6.1.     ナポレオン






 ■ 明治維新の真の英雄、竜馬。




維新の三傑は西郷、木戸、大久保である。誰もが認めている。
では、「維新の真の英雄」は誰か?
坂本竜馬である。





              作   紫 四季




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■ 下記は「竜馬小論」の各項目のタイトルです。タイトルのみ掲載。
   これらのタイトルを順次当ブログにて掲載予定です。
   下記に記載しているタイトルの順番と
     竜馬小論に掲載している順番とは違います。



◆ 明治維新の真の英雄は坂本竜馬。
◆ 大政奉還建白書とはすなわち船中八策。
◆ 薩長同盟締結斡旋。竜馬の大政奉還政策と並ぶ偉業である。
◆ 倒幕という事だけを考えれば、この薩長同盟成立により幕府壊滅は・・・・
◆ 少し竜馬の多彩な面に触れてみよう。
◆ 世界を目指す者は海援隊に集まれ。
◆ 日本・世界の歴史上多くの英雄、偉人がいる。
◆ 薩長同盟の後再び竜馬が破天荒な事をやり遂げた。
◆ 竜馬は小さい頃劣等生であった?
◆ 維新に於いて竜馬の活躍は群を抜いている。
◆ 竜馬は凄まじい努力家。
◆ 竜馬は優れた経営者
◆ 大政奉還政策を採らず薩長同盟により総攻撃をかけた場合・・・・
◆ この小論の中では大政奉還建白書と船中八策とは同じもの。
◆ 竜馬の特技
◆ 竜馬のハイテク技術をみんなは必要とした。
◆ 明治の大発展は西郷、大久保、木戸の大奮闘による。
◆ 政治力の落ちた幕府を追放した後、どのような国家なら日本は強国と・・・・
◆ 海援隊と新撰組
◆ 竜馬の生誕の碑の文字を書いたのは、大久保利通の孫の夫だ。
◆ 後藤象二郎は優秀である。
◆ 後藤、容堂、土佐藩は幕府の存続を必死で模索した。
◆ 何度見ても船中八策と大政奉還建白書はそっくりである。
◆ 大政奉還建白書の発案・作成は後藤の功績か。
◆ 竜馬の船中八策は後藤と容堂によって幕府を消滅させる事となった。
◆ 日本のみならず、世界の政権史上に於いてもすばらしき大政奉還。
◆ 慶喜は修正要求もせず大政奉還建白書を受理した。
◆ 船中八策はハイレベルである。
◆ 船中八策を現代人は当然と思うが、当時は革命的な政策だ。
◆ 幕末は軍事力で勝った方が正義という時代
◆ 大政奉還建白書はそれ自体が平和
◆ 大政奉還は成立した。現政権者からも日本中にも支持された。
◆ 大政奉還を検討している幕府の要人の屋敷を竜馬は訪れた。
◆ 言論の勝利である。
◆ 竜馬は言論、思想による政権交代を行なった。
◆ 竜馬の大政奉還建白書はオリジナルではない?
◆ 竜馬の真髄は政治家であり思想家である。
◆ 明治維新の本を見ていると、西郷、大久保、木戸はどの本に於いても・・・・
◆ 何故、大政奉還成立の日の翌日十月十六日が明治初日とならないのか。
◆ 革命とは? 明治維新は革命か?
◆ 戊辰戦争に於いて江戸城に対する攻撃を止めたのは、勝海舟と西郷である。
◆ 戊辰戦争は結局起きた。悲惨な内戦であった。
◆ 勿論、大政奉還政策は慶喜に辞職を要求するだけの政策ではない。
◆ 大政奉還建白書通りの国家となった時に日本は素晴らしくなる。
◆ いったい大政奉還政策とは何か? この凄まじいもの。
◆ 西郷は立派な人間だ。
◆ 竜馬の凄い所。     
◆ 西郷、小松など薩摩の人々は何故あれほど、竜馬を応援したのか。
◆ 竜馬はいい人々に恵まれた。
◆ 竜馬は孤独な英雄。
◆ 明治維新の真の英雄竜馬。
◆ 明治時代は竜馬の目指したとおりの時代となったのであろうか。
◆ 竜馬が大政奉還建白書を出さなくてもやがて誰かが出すだろう?
◆ 竜馬の有名な写真が有る。 
◆ 桂浜の竜馬の銅像の下に立ち、竜馬を後ろにして遠く太平洋を望めて・・・・
◆ 竜馬像の下で竜馬と同じポーズで海を見ていると気持がいい。
◆ 大政奉還は朝廷と慶喜との高度の契約
◆ 大政奉還は慶喜と朝廷の契約。破棄は許されない。  
◆ 大政奉還成立によって明治近代国家は完成した。
◆ 大政奉還が成立し徳川幕府が消滅した。
◆ 竜馬が大政奉還政策を採った理由は。
◆ 西郷達も竜馬の人脈には感心した。
◆ 竜馬が薩長同盟を成立させた事はどの本を見ても大きく評価されている
◆ 江戸時代の終結が大政奉還によって成されたという事は大きい
◆ 大政奉還には、重大な事が三つも入っている。
◆ 竜馬の先見性、柔軟性
◆ 竜馬は超越している。
◆ 倒幕なら薩長同盟だけで十分である
◆ 夢のような大政奉還政策
◆ 慶喜の大政奉還は大英断である
◆ 大政奉還建白書すなわち船中八策はすべてを超越した政策
◆ 薩摩藩家老小松帯刀 
◆ 小松帯刀は重要な人物である。
◆ 黒船来航で幕府が狼狽したとよく言われるが、幕府だけの問題であろうか
◆ 竜馬と薩長の間のすれ違い。      
◆ 西郷隆盛
◆ 竜馬の凄い点
◆ 竜馬は聞き上手か
◆ 西郷も竜馬の才能には感服   
◆ 竜馬の夢、世界の海援隊
◆ 寺田屋事件
◆ 竜馬は好奇心旺盛な科学者のようだ。探検家のようでもある。
◆ 竜馬七不思議    
◆ 竜馬は学問に於いて優秀
◆ 竜馬は学問は出来ない?
◆ 竜馬の学問のレベルは日本有数
◆ 竜馬の功績。    
◆ 竜馬は、「最先端」人間。
◆ 竜馬は時代の先頭にいた。
◆ 竜馬の功績。    
◆ 竜馬は薩長同盟を斡旋したのではない。
◆ 後藤象二郎の銅像を見たことがない。
◆ 西郷も以前は慶喜を支持していた。
◆ 竜馬は組織を嫌う自由人
◆ 何故、西郷は幕府に完勝すると確実に自信を持って予想したのか
◆ 竜馬は海援隊に於いて世界を志す者は藩や身分に関係なく集まれと宣言
◆ 大政奉還は即藩政奉還。法律的根拠がある。
◆ 竜馬の船中八策、すなわち大政奉還建白書の真の凄さ。
◆ いったい大政奉還政策、すなわち船中八策とは? この凄まじいもの。
◆ 寺田屋事件でおりょうの機転により竜馬は助かったが、竜馬だけでない。
◆ 薩長同盟に於いて見落としてはいけない事が有る。
◆ 他の人ではなくて、竜馬が薩長同盟の斡旋をしたという事が大きな意味。
◆ 即平和が訪れ近代国家となる。そんな夢のような政策が一体有るのか。
◆ 幕府も薩長も朝廷も全国みんなが賛成するような政策が有るのだろうか。
◆ 大政奉還建白書通りの国家となった時に明治維新の完了と言える。
◆ 明治時代に竜馬が居ればどうなっていたか。
◆ 竜馬が明治時代に過小評価された理由。
◆ 賢明な将軍慶喜の不幸。
◆ 慶喜は敗戦が確定した時、フランス軍の援助を要請しなかった。立派だ。
◆ 慶喜は亡命しなかった。立派である。
◆ 鳥羽伏見の戦いを避け慶喜が戦略を誤らず朝廷工作で政権に復帰し・・・・
◆ 明治維新は革命と言えるだろうか。
◆ 勝海舟は何故脱藩して倒幕側に入らなかったのか?
◆ ところで海舟といえば、疑問に思う事が二つ有る。
◆ 明治維新とはいつからいつ迄か。
◆ 竜馬と海舟、西郷の銅像を皇居前に作ればいい。
◆ 西郷は凄い。政治家として、武将としても凄い。
◆ 竜馬がいた土佐藩について。
◆ 竜馬は本当に海舟を斬りに行ったのか?
◆ 竜馬という事で中学生の方や小学生の方も読んでいる事と思います。
◆ 大久保利通は明治時代の英雄。
◆ 江戸時代と現代、どちらが優れているか。
◆ 日本文化・芸術論。  

     ・・・・・ ほか、




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それほど多くの人が小説「竜馬がくる~桂浜編」を読んでいるのです。






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■「銀座ぶらぶら歩き その7~スーザン・ボイル」 ナポレオン  [・・・・再掲載]

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 ■ 銀座ぶらぶら歩き その7



    「スーザン・ボイル」 「コージー・コーナー」



気がつくともう2009年は終わり2010年、平成22年となった。早い。
光陰矢の如し、だ。

大晦日の夜はやはり紅白となる。
別に法律でNHKを見るように強制がある訳ではないが、最後の日なので音楽界でその年ヒットした人々を見ながら新年を迎えようという気になる。
今年の紅白では話題のスーザン・ボイルが美しい歌声を披露した。
2009年の音楽界で一番刺激的でほほえましい人だった。
テレビ報道やユーチューブで彼女のオーディションの映像を見た人は多いだろう。
オーディションの舞台に出てきた彼女の野暮ったく冴えない顔と服装、体型、田舎丸出しのしゃべり、47歳という年齢を見て誰もが出場を間違っていると思ったことだろう。
審査員も同様だった。
「?? 早く帰りなさい・・・・」という表情だった。
観客はもっとひどい。露骨に眉をしかめ嘲笑していた。
しかし、スーザンが歌いだした瞬間審査員達の表情は一変した。
「えっ?」「まさか?「な、何???」といった何とも言えない表情となった。
会場も同じだった。一瞬まるで凍りついたように沈黙し次の瞬間賞賛の大拍手となった。

歌う直前までのどうしようもない野暮ったさと歌いだした瞬間の歌声の信じられない美しさ、そのギャップが審査員と見ている人々を一瞬にして魅了した。

何度ユーチューブを見ても愉快な光景だ。
今年一番見た映像はワールド・シリーズの松井のホームランでも新政権誕生でもオバマでもなく、スーザン・ボイルのオーディション光景だ。
おそらく皆さんも同様だろう。

紅白に出たスーザンの歌声は確かにすばらしかった。
しかし、何か物足りなかった。
そう、あの三人の審査員がいないからだ。
登場したスーザンに幾分こ馬鹿にしたような言葉と表情で質問をしたというのに、歌いだした瞬間驚き、いやあ、参ったといった表情をし、微笑み、立ち上がりスタンディング・オベーションをしたあの三人の審査員だ。
スーザン・ボイルの歌声は本当に美しく見ている人々を感動させる。と同時に愉快で楽しいのは、三人の審査員とのセットだ。
審査員達の最初のこ馬鹿にしたような質問・表情とそのあとのびっくりした表情が面白いのだ。
審査員の場面がなくいきなりスーザンが画面に出てきて歌っただけなら、世界中の人々はそれほど引き込まれなかった。
「綺麗な声をしているね。」でそのまま終わっていたはずだ。
しかし、冒頭のあの三人の審査員の質問と歌いだした瞬間の彼らの反応が何とも面白かったからあの映像を何度見ても楽しいのだ。
それで世界中で受けたのだ。
スーザン・ボイル騒動の主演は勿論スーザンだ。しかし、主演以上に光る演技をしたのがあの三人の審査員達だ。
名脇役賞を上げないといけない。
だから、今年音楽界で一番の話題の人物と言えば、スーザン・ボイルと一緒にあの三人の審査員も入れないといけない。

ところで、スーザン・ボイルの登場には別の教訓がある。
それは、歌手はやはり歌だ、という事だ。
ルックスは野暮ったく冴えない。体型も然り。おまけに47歳。
モデルや女優のオーディションだったら書類審査で落ちただろう。
しかし、いくら野暮ったくても田舎丸出しでも、会場全体から失笑を受けてもスーザンは万雷の拍手と賞賛を受けた。
何故?
歌がすばらしかったから。
今の歌手はルックスがいい。スタイルもいい。
だから、歌手になるには、ヒットするにはルックスが良くなければ、と思っている歌手志望の人が多いだろう。
そして、自分はルックスとスタイルが良くないから売れないだろう、と心配している人がいるだろう。
心配無用。
スーザン・ボイルを見ればいい。
歌さえうまければ人々は賞賛してくれる。大ヒットする。
自分の歌声に、あるいは作曲に自信があるなら自信を持って進みなさい。
スーザン・ボイルの教訓だ。

スーザン・ボイルの登場には二つの意味がある。
一つは、もう音楽界は飽和状態だから強烈な新人は出ないだろう、もう刺激的な事はないだろう、といった世紀末限界説をあっさり打ち砕いた。
それと、歌さえうまければ人々は拍手で受け入れてくれる、スターになれるという事だ。
ルックスとスタイルに自信がない新人にとって大きな福音だ。

紅白ではもう一人教訓となる歌手が出ていた。
女性歌手で歳は60を過ぎる。秋元順子だ。
デビューが60歳近く、紅白出場が61歳と完全に遅咲きだ。スーザン・ボイルの47歳をはるかに上回る。
やはり歌で勝負の人だ。
若いアイドル歌手のようにルックス、スタイル、若さで評価されている訳ではない。
歌手らしく歌で評価されてビッグになり紅白に出場となった。
顔じゃない、スタイルでない、若さでない、話題づくりでもない、大プロダクションの力と後押しでもない、本当に歌で勝負、歌で評価されて賞賛されている。
秋元順子の音楽活動も参考となる。
ひたすらデビューとヒットを夢見て歌手活動を行なってきた。しかし、デビューできない。大きなプロダクションに所属してなかったので強力なプロモーションがなくテレビ出演などをセットしてくれない。派手な売出しをしてくれない。孤軍奮闘だ。
年齢も60歳ほどだ。もう老人と言ってもいい年齢だ。若い人ばかりの音楽界・芸能界では60歳という年齢は致命傷だ。
何年も小さな酒場でジャズ、ポピュラーを歌う日々を過ごしてきた。
おそらく彼女自身もう大ヒットなど、いやデビューすらあきらめていただろう。紅白などとんでもないと思っていたはずだ。
このまま小さな酒場で誰にも知られず一生を終えると思っていただろう。
しかし、それでも彼女は歌い続けた。
そして夢が叶いデビューしヒットし紅白にも出場した。

スーザン・ボイルがオーディションで歌った歌のタイトルは「夢やぶれて」だったが、夢やぶれてどころか二人とも夢が叶った。
この二人の出来事は歌手志望の人々に大いなる励みとなる。
「自分はルックスが駄目だし若くないからデビューできないのでは?ヒットしないのでは?」
そういった心配はいらないという事です。
当たり前の事だが、歌手は歌さえうまければ、いい歌さえ歌えばデビューできヒットする。
頑張ってください。

さて、新しい年となった。平成22年、2010年だ。
元旦は昼頃のんびりとお参りにでかけた。
神社はかなり混んでいた。
振袖姿、着物姿の人はほとんどいなかった。
気のせいか誰もが黒や灰色の服装で背中をかがめていて楽しそうな笑い声があまり聞こえない。陽気な笑顔で歩いている人も少ない。
不況のせいだろうか。

だいぶ前に銀座コージーコーナーで食事をした。
昼過ぎに大蔵大臣とぶらぶらしていたら銀座のはずれに来た。
国境の向こうは・・・・、ではないがその先は京橋だ。
別に京橋を歩いてはいけないという事はないのだが、どうも心理的に銀座を越えて行きたくないといった気持ちがある。
自然と足が止まる。
ふと右を見るとコージーコーナーの看板が目に入った。
ランチタイム、パスタ・セット、サラダとドリンク付きで980円とある。
「えっ?」と思い二人でそのメニューをニ、三度見た。
確かに980円だ。安い。
高級な料理は好きだが安い料理はもっと好きだ。
店のドアを開け入ると階段が右手にある。少し狭い。
ゆっくりと上がり2階に着いた。
コージーコーナーのビル全体が小さいので当然2階のレストランも小さい。
レストランというよりも喫茶、軽食コーナーといった感じだ。
テーブルもほとんど二人掛けで、四人掛け六人掛けの大きなテーブルはない。入ってきた客を圧倒する豪華さより小さな居場所というつくりだ。
その小じんまり感がなかなかいい。
銀座というとついつい三越、和光を中心とした付近ばかり歩くから1丁目や8丁目のはずれにはなかなか来ない。来ても通り過ぎる。
ちょいと穴場という気もしないでもない。
ランチ・タイム980円はありがたい。
席に座ると窓から京橋の街が見える。
ビル群の中に製菓会社の本社ビルがほんの少し見える。
以前近所に住んでいた人がそこに勤めている。
そのビルを眺めながらのんびりとパスタを食べサラダをつまみ食後にわりかしおいしいコーヒーを飲みながらひと時を過ごした。
サラダと一緒にドレッシングがきた。2種類あり一つがゆずドレッシングだった。
それがとてもおいしかった。
パスタも980円という金額を考えるとおいしかった。
麺はほどよく柔らかくにんにくとオリーブの絡んだソースはじわっとおいしい。
食後のコーヒーも、セットだから仕方なく出した、といった味でなく十分おいしかった。
ランチセットは満足でした。
銀座の裏通りでなく大通りでサラダ、コーヒー付きのランチが980円は有難い。
是非ずっと続けて欲しい。
1階ではケーキを販売している。
銀座というのに値段が高すぎるといった事がなく手ごろな価格だ。
特にシュークリームの150円というのは非常に安い。
で、二人分買って店を出た。
行儀は悪いが買ったばかりのシュークリームを食べながら4丁目の方へと向かった。
例によって大蔵大臣が「歩きながら行儀が悪い」といった非難の目つきをした。
いいではないか。アメリカ人はハンバーガーを食べながら銀座のど真ん中を平然と歩いている。
空を見た。
いい天気だ。

京橋の先には八重洲がある。
銀座からはっきりと見えないが黒くシックな色調のブリジストン・ビルがある。
美術館となっていてルノワールの名画がある。
一丁目から歩いて5分ほどだ。
銀座にいて急にルノワールを見たくなったらすぐに見る事ができるから有難いものだ。



                     2010.1.2.



          ※銀座をぶらぶらしながら気ままに
           書いているエッセーです。
           2006年12月10日から書き始めています。
           現在進行形エッセーです。


          別頁の「銀座ぶらぶら・・その4と5、6」から続いています。
          先にその4と5、6をお読みください。
          4、5、6と7は連続していています。
          また、その1、その2、その3もご覧ください。
          その1などは、カテゴリー欄の「エッセー、日記」欄を
          クリックしてご覧ください。
          ※記載している店やレストランの味などの印象は私の
          主観です。
          また、記事を書いた時点での印象です。ご了承ください。



                       ナポレオン



        ※無断転載複写配布掲載禁止です。




 ◇下記は以前記載のものです。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 ■ 銀座ぶらぶら歩き   


     ◇◇◇ 荘村清志   ◇◇◇


銀座を歩いていると時々有名人を見かける。
前から歩いて来る人がどこか見覚えがあると思っていると有名人だったという事が有る。
あれっと思った時にはもうだいぶ後ろの方へ行ってしまい後姿しか見えなくなってしまっている。
名前を思い出した時にはもう人ごみの向こうに行ってしまい追いかけて話をしたり握手を求める事もできない。

この間の土曜日1月28日、銀座ヤマハの前を歩いていると店の人が数人チラシを配っていた。
何気なくもらったチラシを見て驚いた。
荘村清志だ。
そう、あの世界的なギタリストの荘村清志だ。
3時からヤマハの店内でミニ・コンサートとサイン会をするという。
信じられない。
世界の巨匠が銀座ヤマハの店内の小さな舞台で無料ミニ・コンサートをするという。
荘村清志のコンサートを見ようとした場合、普通はかなり前から予約をしないといけない。
直前だとチケットは入らない。予約してチケットが入っても前の方の席はまず取れない。はるか後ろで見る羽目となる。料金も高額だ。
その巨匠のミニ・ライブをあとしばらくしたら見ることができる。しかも、目の前、まん前で見ることができる。
これは素晴らしいと大喜びでヤマハに入った。
当然のことながら中は超満員だ。後ろの方に立ち開演を待った。
時計を見ると2時半だ。
しかし、30分はすぐに過ぎた。
3時になった。長い髪を後ろに束ねて黒いシャツを着た荘村清志が現れた。
非常に盛大な拍手が起きた。
1曲目はボサノバ調の曲だ。その後3曲ほどラテン系の曲を演奏した。
最新アルバムからの選曲だ。
指が驚く速さでギターのネックの上を動く。
鮮やかな超絶テクニックだ。
世界の巨匠がほんの5メートルほど前に座って素晴らしいテクニックを披露している。
感激だ。
ミニ・コンサートの30分はあっという間に過ぎた。
しかし、拍手は鳴り止まない。
誰もが大きな拍手をしてアンコールを求めている。

荘村清志は世界的なギタリストだ。超大物だ。
こういった無料のイヴェントなどでアンコール演奏などする訳がない。
そう思った。
しかし、盛大な拍手を受けて荘村清志は微笑んだ。
「では、定番のアルハンブラの思い出をやります。」と言ってトレモロを開始した。
滑らかに指が動く。
その動きはまるで魔法のようだ。
目の前にスペインの古い宮殿と庭園が浮かんで見えるようだ。
目を閉じると遠い世界に吸い込まれていく。銀座にいる事を忘れてしまいそうだ。
何度も何度もアルハンブラの主旋律が流れた。
やがてすばらしい演奏は終わった。
荘村清志はゆっくりと立ち上がり盛大な拍手に見送られながら舞台を去っていった。
ありがとう、素晴らしい演奏を。
イエペスのあと世界ナンバーワンとも言える巨匠の演奏を目の前で見ることが出来てその日は幸福な一日だった。

かなり前一度街で荘村清志を見かけたことがあった。
しゃれたレストランの前だった。顔は若々しかった。一言二言話したいと思い近づこうとしたら向こうへと歩いて行ってしまった。残念だった。
その頃も髪は長かったが後ろで束ねてはいなかった。フォーク系の歌手のように長い髪を5分に分けて伸ばしていた。
あれからかなりたって見た荘村清志はとても渋い演奏家となっていた。
しかし、巨匠といってもソファにどっかりと座り込んでいる引退同然の巨匠ではない。
顔は浅黒く精悍で目は温和だがぎらぎらしている。
ギターの道をひたすら歩み続ける挑戦者の目だ。
これからもいい演奏をし続けて欲しい。


     ※再掲載です。2006.2.3.に記載したものです。


     ◆銀座ぶらぶら歩きは、6、5、4とたくさん掲載しています。
      左欄の最新記事をクリックして御覧下さい。
      できれば4、5、6と順番通りお読み下さい。
      4、5、6と連続連載しています。


          ※無断転載複写配布掲載禁止です。
            著作権が存在します。


 ◇この下は前回の記載です。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 ■ 銀座ぶらぶら歩き・その7



     「有楽町 ビックカメラ」

 
満席では仕方がない。
では、コアビルの1階のケーキと紅茶のティーサロンはというとやはり満席だ。
困った。四つ角に立ち三愛のビルの喫茶店も窓際は満席だ。1階の注文カウンターを見ると混んでいる。これでは2階は窓の席だけでなく満席だ。
大通りをやめてみゆき通りに入った。並木通りの風月堂に通りかかった。連休だから満席だろうと思って何気なく覗くと窓際の席がひとつだけ空いている。
これはチャンスだと思いすぐ中に入り窓際の席に座った。
銀座大通の風月堂も並木通りの風月堂もいつも混んでいる。窓際の席はめったに座れない。
係の人がメニューを持ってきた。コーヒーが560円だ。あれ、安くなっている。以前は600円だったはずだ。いい事である。
銀座の大通りから入ってすぐのみゆき通りで風月堂のような有名店で560円だと安い、と感じる。
もちろん欲を言えば200円だが、勝手な事を言ってはいけない。
おいしいコーヒーを飲みながら二人で雑談をしたり買った物の話をしたりしながら外の通りを眺めた。
並木通りとみゆき通りは混んでない。平日の昼間と同じだ。すぐそこの銀座大通りやさっきの築地の大混雑が嘘のようだ。

大蔵大臣は買った物についてもう少しこれよりいいのが欲しかったと非難に満ちた目を向けた。困ったものだ。人間の欲望にはきりがない。そんなにハイグレードで高級な物が欲しかったら数寄屋橋へ行け、と言いたい。
数寄屋橋の宝くじコーナーで1億円のくじを買えばいいのだ。
「あとで数寄屋橋へ行け。」と文句を言うと、「どうせ当たらないからいい。」と言う。
「買わなければ当たらない。」と宝くじで1億円を当てる丸秘の必勝方法を伝授した。
その有り難い宝くじ必勝ノウハウを聞いた大蔵大臣は「くだらない、」といった顔をして私を見た。
人の親切が分からない人間だ。その必勝方法を守らない限り永遠に1億円は当たらない。いい気味だ。
風月堂を出て再度大通りに向かった。ウインドウ・ショッピングでなくショーケース・ショッピングをしようと思い鳩居堂に入ったが混んでいるのでユニクロに移動した。しかし、同じだった。人、人、人だ。大蔵大臣は2階に行きセーターを探した。安い。いいのがたくさん有った。フロアーでは多くの女性が服やジャケットを抱えて歩いている。一人で数点買うのがこの店の特徴のようだ。レジも大変混んでいた
ユニクロ絶好調・好決算の現実を目の前で見てしまった。感心。

大蔵大臣はH&Mにも行こうと新橋方面を指差した。
それは断った。左手が地球の重力に耐え切れない。足も1年ぶりに宇宙から帰還した宇宙飛行士のごとく重たい。
銀座に飽きて有楽町のビックカメラに向かった。そこの階段で少し休んだ。
最近はデパートでもなかなかちょっと一休みする椅子がない。
しかし、ビックカメラはいくつも一休みの場所がある。ありがたい。親切だ。
大蔵大臣は人の手の痛さも知らずにパソコンを見よう、とさっさと上へ上がって行った。

パソコンコーナーはそれほど混んでいなかった。
パソコンはどれも非常に安くなっている。しかも驚くほど高性能になっている。
ハードディスク300G、メモリー3Gといった説明書きが目に飛び込む。ウインドウズ98やMEからすれば夢のようだ。
あの頃ハードディスク10G、メモリー64で使っていたのが昔話だ。しかも電磁波いっぱいのブラウン管だった。
今は液晶画面がつやつやと輝く宝石のようになり機能も非常に増えて高性能となっている。
2002年?登場したXPを見て進化した性能と同時に、ハードディスク80Gを見てすごいと大喜びで買ったが、いまや80Gなどおもちゃだ。
そのXPをはるかに超える高性能のパソコンがその当時の半額で楽々と買える。
進化とは本当にすごい。

人類史上産業革命といえば蒸気機関の改良である。
それにより工場を中心とする産業パワーは飛躍的に伸びた。世界、いやイギリスのGDPを天文学的なものにした。イギリスが世界を制覇する原動力だった。
しかし、現代のパソコン、つまりコンピューターであるが、その登場とその後の性能のすさまじい向上は産業革命に匹敵する。
現在のノートパソコンを1950年ごろの世界初真空管コンピューターの性能と比較するとその性能は1億倍を軽く超えるだろう。
現代の15万円のノートパソコンと同じ性能のコンピューターを1950年代方式で作れば、そのコンピューターの大きさは太平洋の大きさでも不足する。
今電卓は500円で買える。正確で10年は軽く持つ。その電卓の性能を1950年当時のコンピューターで求めればその真空管コンピューターの大きさは広い部屋いっぱいとなるらしい。
製作費用も今の金額にして1000万円は越えるらしい。
たった50年ほどでこの進化だ。すさまじい。

感心しつつパソコンを眺めながら店内を歩き回った。
どのパソコンも高性能で安く、デザインは良く、画面はつるつると滑らかで宝石のように輝いている。人物の顔など非常に美しい。花の写真はため息がでるほどきれいだ。
パソコンの前に立ちじっと見ていると店員がさりげなく近づいて来て丁寧にそのパソコンのいい点を教えてくれる。
感心しているとさらにもっと高性能の機能のついたパソコンの所へ誘導してくれてさらに詳しく説明してくれる。
別に買うと一言も言ってない。ただ見ていただけだ。
それなのに、非常に詳しく丁寧に説明をしてくれる。
目の前のパソコンのいい点や高性能の点が良く分かる。
店員さんは非常にパソコンの操作や機能に精通していて何を聞いても即座に詳しく説明してくれる。
感心するほどだ。
その説明を聞いていて思わず「では、これを買います。」と言いそうになる。
説明を聞いてすごく分かり、有難うと礼を言ってその場を離れる時でも店員は不愉快な顔をしない。
また来てください、と親切丁寧に笑顔で見送ってくれる。時にはわざわざ名刺をくれる。
別の店なら、あるいは、他の業種の店なら説明を受けたら買わないといけないような圧迫を受ける。
あるいは、説明を受けて買わないでその場を離れる時に店員は少し不愉快な顔をする。
なんだ、買わないのか、といった表情となる。
しかし、ビックカメラではそういった事はない。
それは有楽町店だけでなく新宿のビックカメラでも池袋のビックカメラでも、ビックカメラのパソコン、デジカメ、携帯、大型テレビ、家電、とどの売り場でも同じように感じがいい。
だから、ビックカメラは行きやすいし、買う時も気持ちがいいし、買う直前にいろいろ質問をする時も気楽だ。
パソコンは今XP、MEと2台持っているが性能が古くて駄目だ。新しいのが欲しい。
デジカメも高性能の新型が欲しい。今持っているデジカメはすでに時代遅れだ。
大蔵大臣は大型家電をいくつか狙っている。
やがてそれらを求めてビックカメラに行く事となるだろう。
その時買う時も機能や性能について詳しく丁寧に教えて欲しい。

人類の英知、特に日本のパソコン技術者のレベルの高さに感動をしながらパソコン・フロアーをあとにした。手に富士通,NECなどのパソコンのパンフレットを数冊持って。
是非数寄屋橋のお世話になりたい。1億円とは言わない。28万円当たるだけで人類が到達した最先端、高性能のパソコンと言う名のコンピューターをいともたやすく手に入れる事が出来る。
大蔵大臣は地下1階の電気売り場に向かった。人類の英知にはさほど関心はなく、大型冷蔵庫、新式洗濯機に興味があるようだ。
途中1階の写真プリント機で写真を3枚ほどプリントした。本日の銀座と築地の写真だ。
携帯で撮ったというのにきれいだ。先ほどの1950年の真空管コンピューターを思えば携帯電話すら驚きだが、その携帯にカメラがいともたやすく内蔵されていてその写真が一昔前の金額の張るカメラと同じ写りだから驚く。しかも、写真店に撮り終わったフィルムを持参して24枚全部DPEする事もなく、携帯で撮った写真の中からたった1枚だけでもプリントできる。わずか30円で。しかもすぐに。
街を歩いていて何気なく撮った写真をすぐ近くの電気店やコンビニに入り1枚だけでも気楽にプリントして見て楽しめる。
カメラで撮ってから10分後にはその写真をもうプリントしている。早い。全く便利だ。
パソコン・コーナー、携帯コーナー、デジカメ・コーナー、大型テレビコーナー、DVD録画再生デッキ・コーナーを見るたびにまるで浦島太郎の気分となってしまう。
人類の進化と英知に乾杯。
家電コーナーで大蔵大臣がある商品の前で立ち止まった。少し大きく重たい。
家に有るのとさほど変らない性能だ。
大蔵大臣はその商品の色か何かが気に入ったようだ。
店員さんをよび説明を受け始めた。
店員さんも忙しいのだから、やたらと質問をしないようにと注意をした。
すると「買うからいいでしょう。」と言った。
オー・マイ・ゴッド、それならデジカメを買ってくれと文句を言った。
しかし、大蔵大臣はさっさと買ってしまった。
む・・・、私の両手を見てくれ。もう余裕はない。
重たい荷物を両手に持ちながら有楽町、銀座を歩く羽目となった。
ま、それでも楽しい築地、銀座の一日でした。

金融大臣のように海外旅行は出来なかったが、近場、公園、ジョギング、散策、築地、銀座とそれなりに楽しめた。
そうこうしているうちにシルバーウィークは終わった。
楽しい事はすぐに過ぎ去ってしまう。
さて、次のシルバーウィークは何年後だろうか。待ち遠しいものである。



                      つづく



 ◇下記は前回の記載です。


突然降って湧いたシルバー連休。有り難い。
9月19日(土)から23日(水)まで何と5連休だ。のんきなもので夏ごろまでそういった事など知らずにいたので非常に得をした気分だ。
夏休みが終わったと思ったら今度は秋休みだ。
正月、ゴールデンウィーク、夏休み、シルバーウィークと年に4回連休がある。4回有ると連休が次々とやって来るので気分的に楽だ。
今年だけらしいが是非毎年行って欲しい。
秋は行楽、紅葉、スポーツ、グルメの季節だから秋に5連休があると本当に助かる。

シルバー連休中はどこへ行こうかと迷った。
例によって大蔵大臣がおいしい寿司を食べたいと言い出した。
寿司?銀座? 銀座で非常においしい寿司を食べる金額が有れば箱根、鬼怒川、伊豆へ旅行できる。
で、寿司より鬼怒川はどうかと相談をした。
金融大臣にもどうすると声をかけたが、その時金融大臣はすでに荷物を持って玄関を出て成田へ向かうところだった。友達数人と外国旅行だ。すばやい。
いつ帰るのかと聞くと「3日後。」と返事があった。
3日?短い。それではヨーロッパは無理だ。ニューヨークも不可能だ。
ハワイか? いや、3日ではハワイもきつい。
グアムだな。グアム1泊3日9800円だろう。
金融大臣は格安旅行が得意だ。
以前も土曜日の朝姿が見えないので大蔵大臣に「いないぞ?」と聞くとグアムだと返事があった。
直前に格安券の案内か売込みがあるらしい。
ぎりぎりの金曜日にそういった案内が来るようだ。
土曜日の朝いないので、おや、と思うとその頃はすでにグアムの浜辺を散歩している。気楽なものだ。
グアムは飛行機で3時間ほどだから新幹線で京都や神戸へ旅行に行くのとさほど変らない。
京都は素敵な街だがやはり日本だ。東京と地続きだ。だが、行き先を南へ変えるとほぼ同じ時間で外国に着いている。国境を越えてしまっている。
そして、江ノ島や三浦海岸、御宿よりもはるかにきれいな太平洋の海に着く。
国内と違って南の潮風と椰子の並木道を満喫できる。

それなりにきれいなグアムだが食事となるとグアムはこれといったものはないらしい。
やたらと大きいハンバーグ、ステーキだけらしい。
外国はいいが、食事で困る。特に和食好きの日本人は外国の大味のステーキにはこまってしまう。寿司を食べたくて仕方がなくなる。

おいしい食事なら寿司だ。
金融大臣が南へ行ってしまったので、それじゃあしょうがないと鬼怒川へ行くのは次回にした。
大蔵大臣はどうしても寿司を食べたいらしい。
どこがいいだろうか、と考えた。
とにかくメトロに乗り銀座へ向かった。
どこに行こうかと話していると大蔵大臣が「築地」と言った。
そうだ、築地だ。
寿司なら築地。魚、生鮮なら築地。市場直結で安くて新鮮でうまい。
銀座をひとつはずすだけで非常に安くなる。新橋がいい例だ。
銀座を通り過ぎて築地で降りた。大蔵大臣は何度か築地の場外へ友達数人と買出しに行った事がある。近所の魚屋やスーパーの価格よりも2,3割安い値段がたまらないそうだ。
メトロ築地駅を降りて3分ほどで築地場外市場についた。一見昔風のレトロ商店街かと思うような店がびっしりと並ぶ。市場と言うより昭和30年代、下町の商店街だ。大晦日のアメ横に雰囲気が似ている。
とにかく混んでいる。まっすぐ歩けない。外人さんも多い。乾物屋、佃煮屋、明太子屋、魚屋、鮪専門店、餃子屋、プロ用の料理道具店、瀬戸物屋、そして寿司屋などが延々と続く。
値段は安い。主婦にはたまらない市場だ。
市場をぶらぶらして、一軒の回転寿司屋に入った。混んでいる。寿司はあまり廻っていない。せいぜい、鯵や玉子、ネギトロが回っている程度だ。ではどうやって食べるのか?
中の板前さんに直接注文をする。つまり、普通の寿司屋のカウンターに座り、トロ、海老と頼むのと変らない。回転寿司の意味がない。
しかし、その方がいい。食べたくもない干からびた寿司が回転のレールの上を通って来てそれを仕方なく食べるよりも板前さんに頼んで握ったばかりの寿司を食べるのが一番いい。目の前の板前さんに注文して握ってもらい食べるのは普通の寿司屋だ。回転寿司に入って回転寿司の値段で普通の寿司屋と同じように食べれる。いい事だ。
さすが築地だ。大トロもイクラも新鮮で安くてうまい。
勿論大トロが一皿2個で100円といった金額ではない。玉子やたこに比べてやはり大トロらしい高い金額だ。しかし、その金額が安いと思えるほどおいしい味だ。うまい。
大トロがおいしいのはさすがだが、そのほかのあわびやウニ、ぶり、イカなどもおいしい。
あちこちの街には100円ほどの安い回転寿司がある。値段が安いから非常に助かる。
しかし、そういった所では鮪もあわびも当然冷凍であり、ひどい所だと解凍が完全に終わってない寿司が回転レールの上を廻り、食べると舌の上で鮪の切り身がざりざりする。
先週近所の回転寿司に入ってその経験をした。かなり派手で大きな看板の店で味は満点といった雰囲気の店構えだったので幾分がっかりした。
築地では回転寿司屋ですらそういった事がない。鮪や大トロが取れたてのようにやわらかく甘くおいしい。大トロはやたらと脂でぎとぎとするわけでなくしっとりとした照りで甘く適度に脂がのりおいしかった。
店は混んでいた。超満員だ。何気なく入り口を見ると10人ほど並んでいた。すごい。
たくさんの人が待っていたが、申し訳ないけれどそういった事など全然気にしないでのんびりと食べた。
大蔵大臣の横顔を見るととても満足した表情だ。「おいしい、おいしい」と連発している。やはり築地はすごい。安くてうまい。満足だ。
すっかり満腹となり食事が終わり店の外に出てもっと驚いた。10人並んでいると感心していたが、外に出るとその後ろにさらに人が並んでいて合計20人ほど並んでいた。本当にすごい。
やはり東京中、いや、外人さんも多いから世界中から築地においしい寿司を求めてやってくるのだ。
市場の中を歩いているとどの寿司屋も10人ほどは行列している。
銀座・有楽町にも多くの寿司屋がありいくつかの回転寿司屋が有る。しかし、昼時を過ぎた午後に20人も入店待ちで並んでいる光景は見た事がない。
築地でおいしい回転寿司を満喫し銀座へ向かった。

銀座ではやたらと重たい買い物をする大蔵大臣のポーター役を務め、左手に地球の重力をずっしりと感じながら歩いた。
宇宙飛行士もそうだが地球の重力には困る。
連休中の銀座大通りは歩行者天国で大混雑だ。いつもの土日よりも混んでいる。
重たくて疲れたしのども渇きおいしいコーヒーをと思い通りの店を見たがどこも満席だ。
土日や連休中の午後銀座大通で喫茶店の空席を探すのは至難の業だ。
鳩居堂の先のニューメルサの1階のコーヒーサロン文明堂も満席だ。

          
         
                   ナポレオン   



        ※無断転載複写配布掲載禁止です。



◇下記は2009.9.22.頃の新掲載です。・・・・・・・・・・・・・・・・・



 ■ 銀座ぶらぶら歩き



   「夏の一日」「高円寺阿波踊り」



お盆休みは近場で過ごした。
大富豪はハワイやモルディブで。そうでない人は近所で。それが日本人の夏のすごし方だ。
お盆夏休み、近所の公園は混んでいた。大富豪でない人が多いようだ。
幾分ほっとしながら木々の間を散策した。
もしこの公園ががらがらでハワイやプーケットが大混雑だとしたら悔しいのであったが、そうでなくてよかった。と、妙に安心をした。
公園にいる人々が長年の親友のように思えてきた。
ベンチで遊ぶ子供やその親達を見ながら暑い夏の日々を過ごした。
天気は良く公園の樹木の緑と抜けるような青い空、白い雲が爽快だった。
真夏の暑い日差しの中雑木林の中を歩くと結構涼しい。
原っぱで少し走ったりして汗をかいたら木陰のベンチでジュースを飲みながら休んだ。流れ出る汗が気持ちがいい。爽快。
すぐ近くに木々の中を散策出来る公園がある事はいい事である。

公園の中を散歩ばかりしていたわけではない。時々近所で壁打ちをした。
別にウインブルドンに出場するわけではない。ただの体ほぐしだ。
そこでテニス仲間達に会った。久しぶりだ。みんなも国内、いや近場を堂々と選んだようだ。いい仲間である。
しばらくその人達とはコートでプレーをしてないので、秋になり涼しくなったらコートで一緒にしましょうと約束をして別れた。
考えてみるとここのところコートで全然テニスをしてない。
だからテニス仲間に会うのも久しぶりとなった。
夕方自転車でテニスコートへ行ってみた。
コートを覗いたが仲間はいなかった。みんなお盆休みで田舎に帰ったかな。
それとも軽井沢か。江ノ島あたりでのんびり海水浴か。
ま、秋になり涼しくなればどこからともなく現れてくるのが我が楽しき仲間達なのである。
暑い夏や寒い冬はあまりしない。歯を食いしばってまでテニスをする熱心な人はいない。
快適な春と秋のみプレーをする。春夏テニスクラブである。
そのくせテニスのあと居酒屋などへ行くと、全英、全仏の試合の批評を辛らつにするのである。
我が春夏テニスクラブの連中にかかれば全英の覇者も、まだまだ、らしい。
どうやらテニスはビールジョッキ片手にするらしい。
困った連中だ。
まっ、とにかくフェデラーとポトロに乾杯。

8月29日、まだまだうだるような暑さの中、高円寺阿波踊りに行った。
毎年テレビのニュースでにぎやかな高円寺阿波踊りを見るので興味があったからだ。
踊り子1万人、見物客120万人という数字を聞いてなおさら行こうと思った。
踊りは夕方6時ごろから始まった。期待を裏切らず迫力満点だった。
男も女も子供も老人もみんな踊りがうまい。編み笠を深くかぶった姉さん姿の踊り子が良かった。踊り子のあとを太鼓、カネを鳴らしながら男衆が続く。
町中に響くすさまじい太鼓とカネの音に圧倒された。太鼓の音が腹にどんどん響いた。
とにかく音がすごい。太鼓、カネの音が町中鳴り響き町中が興奮の坩堝と化したようだ。
大迫力であった。家に帰っても太鼓とカネの音が耳の奥で鳴り響き続けた。
テレビで見るのとはえらい違いだった。迫力満点。本当に圧倒された。
来年も高円寺へ。

銀座ではいろいろ祭りをやっている。
ジャズ祭りなどはセンスがありとてもいい。
パレードもよく行っている。すばらしい。
この高円寺阿波踊りを銀座大通でやったらどうだろうか。
絶対に受けると思うが。
毎年でなくても時々高円寺の踊り子の人々、さらには本場阿波の踊り子を呼んでやって欲しい。
銀座には阿波踊りはあわない、と言う意見が多いだろう。
そうかもしれない。しかし、間違いなく楽しめる。
銀座は中央区の一商店街ではない。世界の銀座であり。日本ナンバーワンの商店街だ。
日本中、世界中の人々が訪れる街だ。日本の銀座なのだ。
だから、日本中のすばらしい祭り、踊りをやってみてはいかがだろうか。
そうすれば銀座をぶらぶらするのがまたひとつ楽しくなる。



                つづく


                      ナポレオン  


     ◆これは新掲載です。銀座ぶらぶら歩き6に続きます。
      頁を作れば、「銀座ぶらぶら歩き・7」となるかもしれません。
      銀座ぶらぶら歩きは、6、5、4とたくさん掲載しています。
      左欄の最新記事をクリックして御覧下さい。
      できれば4、5、6と順番通りお読み下さい。
      4、5、6と連続連載しています。


           ※無断転載複写配布掲載禁止です。


◆下記は「銀座ぶらぶら歩き」の4、5,6のタイトル、目次です。
 以前の記事もどうぞ御覧下さい。単行本にすると220頁ほどとなります。

   1.「銀座」 「日比谷」  
   2.「国会議事堂」 「霞ヶ関」
   3.「東京タワー」   4.「上野動物園」
   5.「国立西洋美術館、モネ、ルノワール、ロダン」
   6.「皇居外苑」 「一般参賀」  「クリスマスの銀座」
   7.「銀座とセレブ」    8.「有楽町ガード下」
   9.「銀座で安く食事をするには?」  10.「銀座は意外と普通の街」
   11「神聖三段論法」    12.「アメ横とサッカー」
   13 「銀座は街の女王」 「新年と神社と仏教とキリスト教」
   14 「初詣と・・・、」 「銀座の名店」 「日本芸術と文明開化と音楽」
   15「滝廉太郎、・・・・、黒船来航と日本美術、北斎、」
   16「西洋音楽、クラシック、流行歌、ジャズ、」
   17「いい街銀座」 「行楽地銀座周辺」 18「銀座周辺ハイキング」
   19「自然のままの宮殿、皇居、観光客」
   20「皇居をマラソンする外人」
   21「楠木正成像と外人観光客とお弁当」「外人さんの団体」
   22「陽気なアメリカ人、静かなイギリス人」    
   23「外人に道案内は簡単だ。奥の手が有る。」     
   24「銀座の外人は丁寧」   25「そもそも英語はおかしい」   
   26「皇居サイクリング」   27「皇居サイクリングは景色抜群」
   28「子供にとって皇居は旅行気分」 29「東京の子供は有利だ」
   30「皇居一周マラソン」  
   31「日比谷公園とレストランとテニスコート」
   32「日比谷公園と森林浴と児童遊園」
   33「日比谷公園は広い」  「初の西洋式公園」
   34「日比谷公園のイヴェント、盆踊り」 35「日比谷図書館」
   36「日比谷公園で安く食事をするには」
   37「公園の中の無料休憩所」  38「デートなら皇居、日比谷公園」
   39「有名人、政治家とすれ違う」  
   40「27日の銀座歩行者天国」
   41「銀座に手頃なレストランは有るのか?」
   42「世界の高級街銀座に手頃なレストランが有る理由、」
   43「銀座は庶民の街?」  44「立春、混雑する銀座・・・、」
   45「オルセー美術館展が始まった。」  46「東京マラソン2007」
   47「村治佳織・アルハンブラの思い出」 
   48「銀座の街や駅で無料ジャズ・ライヴ」
   49「春爛漫。桜は満開。花めぐり」
   50「首相官邸の桜」「オルセー美術展がいよいよ終わる」
   51「感動のオルセー美術展」
   52「ゴッホの絵から影がなくなっている。オルセー美術展」
   53「名画が次々と現れる。オルセー美術展」
   54「ルノワール」 「モネ」  
   55「ゴールデン・ウィークが始まった」
   56「日比谷公園盆踊り」   57「国会議事堂参観」
   58「江戸天下祭り」  59 「江戸天下祭り・日比谷公園の屋台」
   60「江戸天下祭り、仮装行列は?」  61「銀座の街頭演奏家」
   62「年末大晦日」 63 「福袋  混雑 パン屋 」
   64「元旦 」  「銀座ライオン」 65 「春爛漫。桜。千鳥が淵。」
   66「春の銀座と外人観光客」  67「副都心線と銀座」
   68「出勤前の日比谷公園で涼をとる」 
   69「夏の暑い夜は有楽町ガード下」
   70「朝出勤前に皇居二重橋を散策して涼む」 「丸の内並木街」
   71「銀座四丁目、和光の所を国民的ヒーローが歩いていた」
   72 「銀座の真ん中で天ぷらが500円ほどで」
   73 「神宮外苑の近くでかまやつひろしに会う」
   74 「三笠会館で食事」
   75 「夏の一日」 「高円寺阿波踊り」
   76 「築地 銀座」



◆このブログにはいろいろな小説、短編物語、評論、歌詞などを掲載しています。
竜馬の小説「竜馬がくる~桂浜編」、竜馬の評論「竜馬小論」、連載小説「森の中の宇宙人」、「銀座ぶらぶら歩き」ロバート・ランブンの短編物語、ランブンの定理、オリジナルの新作の歌詞120曲などいろいろ入っています。
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             「竜馬と小説と歴史のブログ」 編集長 ナポレオン







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■「片思い」 歌 伊東和雄   [・・・・再掲載]

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   ◇ 歌



       「片思い」       ★★

                        詞 伊東和雄

         ♪
         あなたと話すのは
         あなたが好きだから
         あなたと街を歩くのは
         あなたが好きだから
         あなたとドライブに行くのは
         あなたが好きだから

         あなたに好きと言えないのは
         あなたが好きだから
         あなたに好きと うちあけて
         私の恋が消えたら
         とても悲しくなるから

         だから私はいつまでも
         片思い

         あなたと話をして
         あなたと街を歩き
         あなたとドライブして
         あなたの笑顔を見て
         私はとても しあわせ

         あなたに好きと言えないのは
         あなたが好きだから
         あなたに好きと うちあけて
         私の恋が消えたら
         とても悲しくなるから

         だから私はいつまでも
         片思い



   
       ◆再掲載です。2008.3.15.に掲載した作品です。

        ※歌詞は一部です。
        発売の時にすべて記載します。
        歌詞は発売の時には少し変更になります。
        歌詞のあとの日付は歌詞の完成日でなく掲載の日付です。

        
         ※著作権者から掲載の許可を得ています。
           無断転載複写配布掲載禁止です。

        
                       ナポレオン  


◆下記はこのブログに掲載の歌詞の目次です。左の最新記事一覧をクリックして、歌詞1、2、3、をクリックして御覧下さい。なお、歌詞1が最新です。

   ◇ 目 次     作詞、歌、音楽に関するご案内です。

        1. 「文豪と東京、フランス、ショパン・・・」  ★★★  歌詞               
        2. 「あれから」       ★★   歌詞  「あれから」より   
        3. 「優しい心がほしい」  ★★    歌詞   「あれから」より
        4. 「夢を信じよう」    ★     歌詞  「幸せがくる」より
        5. 「古ぼけたピアノ」        歌詞  「幸せがくる」より
        6. 「古ぼけたピアノ  パート2」  歌詞  「幸せがくる」より
        7. 「僕の友達について」        歌詞
        8. 「気ままに」           歌詞   
        9. 「なみだ」              歌詞
       10. 町を捨てよう         歌詞    「あれから」より    
       11. 歌はすばらしい        歌詞   「幸せがくる」より
        12. 古い壁を壊せ         歌詞    「あれから」より
        13. 二人の夢           作詞    「あれから」より
       14. 好きだ             作詞    「あれから」より
       15. アレアレア     ★★   作詞
       16. 森のレストラン        作詞   「あれから」より 
       17. フリーマーケット    ※恋のフリーマーケット  作詞
       18. 誘拐犯       ★             作詞
       19. 花言葉                    作詞
       20. 夏の公園                   作詞
       21. 湘南   江ノ島   江ノ電   ★★★   作詞
       22. 二人の江ノ島    ★           作詞
       23. 銀座へ行きましょう              作詞
       23. 君が好きだ                  作詞
       24. 暑中お見舞い申し上げます        作詞
       25. モンマルトルのピアノ弾き          作詞
       26. 映画のように                  作詞
       27. モンマルトルの思い出            作詞
       28. 波のきらめき                   作詞
       29. 心から愛したい                 作詞
       30. 僕たちはどこへ行くのだろう          作詞
       31. 気がついてね                  作詞
       32. 夏のなぎさ                   作詞
       33. 「都会の午後三時」               作詞
       34. 「江ノ島においで」                作詞
       35. 「ヨットにふたり」     ★          作詞
       36. 「南 風」                     作詞
       37. 「 涙 」                     作詞
       38. 「予約席」                    作詞
       39. 「恋をしてみたい」    ★           作詞
       40. 「軽井沢」                     作詞
       41.  「モンマルトルのピアノ弾き ~ 清らかな修道女」 作詞
       42. 「愛のよろこび」     ★★★         作詞
       43.  「 春 」                     作詞
       44.  「走れメロスのごとく」             作詞
       45.  「竹下通り」                    作詞
       46. 「もうすぐ江ノ島」     ★★★         作詞
       47.  「ラブリー・ブランチ」               作詞
       48.  「季節はめぐる」      ★★★       作詞
       49.  「江の島エンジェル」    ★          作詞
       50.  「真実の愛」                     作詞
       51.  「ハートはこなごな」               作詞
       52.  「私は知っている」                 作詞
       53.  「原宿午後三時」                 作詞
       54.  「Oh、my God」       ★        作詞
       55.  「キミは年下」          ★        作詞
       56.  「Yeah,I love you」             作詞
       57.  「さすらい人」                    作詞
       58.  「すてきな人」                   作詞
       59.  「じゃあね」            ★       作詞
       60.  「美しい花」                     作詞
       61.  「見つめて」                   作詞
       62.  「ブルー・バレンタイン」             作詞
       63.  「表参道のあの店」                作詞
       64.  「新婚家庭」           ★        作詞
       65.  「夏のかわいいベイビー」             作詞
       66.  「浜辺のパーティー」      ★★      作詞
       67.  「夢が逃げて行く」                作詞
       68.  「夏が消えていく」                作詞
       69.  「春の銀座」                    作詞
       70.  「時は過ぎ行く」        ★        作詞
       71.  「レモン」                      作詞
       72.  「愛していたのに」       ★        作詞
       73.  「夏の香り」           ★        歌詞
       74.  「思い出のアルバム 」              作詞
       75.  「愛していると言って」               作詞
       76.  「美しい少女」                    作詞
       77.  「夜の闇の中で」                  作詞
       78.  「愛の思い出」       ★★           作詞
      79.  「君を愛している」                   作詞
       80.  「  珈  琲  」      ★             作詞
      81.  「丘の上の一人の男」    ★★         作詞
      82.  「僕は今でも」                      作詞
       83.  「浜辺の少女」        ★             作詞
       84.  「湘南においで」                     作詞
       85.  「いつのまにか」       ★★            作詞
       86.  「ゆれる心」          ★            作詞
       87.  「夏の午後」                       作詞
       88.  「小さな手」          ★            作詞
       89.  「いつかきっと」                      作詞
       90.  「ふとした事から」                    作詞
       91.  「すばらしいあなた」    ★★            作詞
       92.  「子供たちは大人になる」                作詞
       93.  「魔法の鏡」                        作詞
       94.  「片思い」         ★★             作詞
       95.  「あの娘がいない」                    作詞
       96.  「 ミルク 」                        作詞
       97.  「湘南ララバイ」        ★             作詞
       98.  「小説」                          作詞
       99.  「恋のシンデレラ・ナイト」               作詞
       100.  「恋もアメリカン」                   作詞
       101.  「渚の少女」       ★★           作詞
       102.  「夏の終わり」     ★★★           作詞
       103.  「占い」                        作詞
       104.  「ダンス・パーティー」                作詞
       105.  「あの頃へ」         ★           作詞
       106.  「暗い闇の中で」                   作詞
       107.  「お願いだ」                      作詞
       108.  「愛される君」                     作詞
       109.  「いい気味だわ」      ★            作詞
       110.  「ニューオーリンズ」    ★            作詞
       111.  「てれくさいのさ」      ★            作詞
       112.  「あの頃は美しかった」                作詞
       113.  「彼は寂しかった」     ★            作詞
       114.  「さよなら、茅ヶ崎   ★★★           作詞
       115.  「茅ヶ崎ブルース」    ★★            作詞
       116.  「午後の陽射しの中」                 作詞
      117.  「見つめないで」                    作詞
   ⇒  118.  「青山通り」                      作詞
   ⇒  119.  「昔、そう、ずっと昔」                 作詞
   ⇒  120.  「 卒 業 」                      作詞
   ⇒  121.  「 青 山 」                      作詞



◆このブログにはいろいろな小説、短編物語、評論、歌詞などを掲載しています。
竜馬の小説「竜馬がくる~桂浜編」、竜馬の評論「竜馬小論」、連載小説「森の中の宇宙人」、「銀座ぶらぶら歩き」ロバート・ランブンの短編物語、ランブンの定理、オリジナルの新作の歌詞120曲などいろいろ入っています。
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        「竜馬と小説と歌のブログ」 編集長 ナポレオン








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■短編「最後のパン」 ロバート・ランブン 短編物語 [・・・・再掲載]


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 ■ 「最後のパン」
  


                     ロバート・ランブン



カトリーヌは美しい少女だった。
父は貴族の執事をしていた。
生活は裕福であった。
カトリーヌは両親や兄から愛され幸福な日々を過ごしていた。
だが、フランス革命が勃発し父が仕える貴族が没落し父も同様に没落していった。
カトリーヌの一家は生活に困窮した。
18歳になったカトリーヌはパリへ行き小さな店で職についた。しかし、革命派の連中がやって来てカトリーヌは店を追い出された。
父と母はある日襲撃してきた革命派の連中に連行された。兄は革命軍との市街戦の最中死亡した。
カトリーヌは困り果て父や貴族の知人を頼って行ったが、みんな革命の動乱の中で襲撃を受け行方不明となっていた。あるいは国外へ亡命していた。
両親も兄も失い住んでいる家も勤め先も追われカトリーヌは独りぼっちになってしまった。

ある日の夕方カトリーヌはセーヌ川にかかる小さな橋のたもとに居た。
その日は朝から食事もできず空腹だった。
そこへ数人の男達がやって来た。カトリーヌを取り囲み手をつかみ金を出せと脅した。
「金は持っていません。」カトリーヌは震えながら言った。
「それならそのコートと鞄を頂こうか、」男は鞄を引っ張った。カトリーヌは鞄を放さなかった。男はカトリーヌの腕や肩、頬を殴った。頬が切れて血が出た。
カトリーヌは大きな悲鳴を上げた。

悲鳴を聞いて一人の男がやって来た。
「やめろ。」男はカトリーヌの前に立ち持っていた棒で暴漢を殴りつけた。暴漢達は逃げて行った。
「大丈夫か?気をつけた方がいい。あの連中はいつもこのあたりでたむろしている。弱い人や女性を見るととたんに強盗になり金を巻き上げるのだ。」男は名前も言わず立ち去った。
次の日カトリーヌは町の小さな公園に居た。
この日もカトリーヌは空腹だった。昨夜は知人の家に行ったが知人も貧しく追い出された。
二日間全然食事をしていない。
ふと気がつくとカトリーヌの隣のベンチに鞄が有った。何気なく見ると鞄の口からパンが見えた。
カトリーヌは空腹に耐えかねてそのパンに手を伸ばした。
パンを口に持っていった時に、「何をしている。」と後ろから厳しい声がした。
はっと後ろを振り返ると昨日の男がいた。
男はカトリーヌを見て笑顔を見せた。「すみません。実は空腹で、」詫びるカトリーヌを叱りもせず男は「どうぞ、」と言った。

男はベルナールと言った。カトリーヌの父同様ある貴族に仕えていた。やはり貴族が没落した。ベルナールはパリに来ていろいろな仕事をしていた。25歳だった。
パリは革命騒ぎでろくな仕事はなかった。
男も金を使い果たしてそのパンが最後のパンだとカトリーヌに説明した。
カトリーヌは手を止めた。
だが、男は「いいよ。食べなさい。僕はこれから友人の家に行く。そこで食事ができる。」とカトリーヌにパンを食べるように言った。
最後のパンと聞きカトリーヌは食べる事が出来なかった。
「ごめんなさい。昨日は命を救ってもらったのに。あなたの最後のパンを盗んで、」カトリーヌは涙を流した。
男に対して申し訳ないのと自分自身の惨めさに泣いた。
「あなたはパンを盗んでいない。僕はあなたにパンを与えると言っている。僕は今日はパンを必要としていない。」
カトリーヌは泣きながらパンを食べた。
一個のパンはカトリーヌの空腹を少し和らげた。

ベルナールは立ち上がった。「僕はこれから友人の家に行く。そうだ。この棒を上げよう。昨日のような泥棒が襲って来たらこの棒で叩けばいい。」
ベルナールは昨日強盗を殴りつけた棒をカトリーヌに渡した。
「それから職を探す時は革命派の人の店で働いた方がいい。これからは革命派の世の中だ。貴族や王族の店を頼って働いてもそこはすぐになくなる。人と知り合うにも革命派の連中と親しくした方がいい。連中と親しくすれば職にもありつける。何もかもうまくいく。今は苦しいだろうけれど頑張って生きていきなさい。」
そう言ってベルナールは公園を去って行った。

カトリーヌはそれから友人の家を訪ね歩きやっとしばらく泊めてくれる人にめぐり会えた。
友人は革命派の人の店で働いていた。カトリーヌもそこで働けるようになった。
美しいカトリーヌはたちまち評判になった。

ある日立派な紳士がやって来てカトリーヌを食事に招待した。
その紳士は革命派の仕事を受け持ち工場を所有するようになり羽振りが良かった。
革命で激変する社会の成功者だった。いや、すでに富豪と呼べるほどの財産を得ていた。
紳士はカトリーヌと食事を何度もしているうちに、カトリーヌの品の良さと心の優しさを知りカトリーヌに求婚した。
幾つもの工場を持つ富豪から求婚されてカトリーヌは心が動いた。
紳士は立派で優しく趣味も言動もマナーもすべて上品だった。
そしてカトリーヌを心から愛していた。
カトリーヌはどうすべきか考えた。迷った。
ベルナールの言葉を思い出した。「これからは革命派の人々と親しくした方がいい。これからは連中の世の中だ。」

数日後熱く恋を語り求婚する男にカトリーヌはとうとううなずいた。
父の没落以後生活に困窮していたカトリーヌはたちまち富豪の夫人となった。
以前貴族のお城に住んでいた頃よりも遥かに豊かな生活をする事が出来るようになった。
数年が流れた。

カトリーヌの主人の事業はいっそう発展しますます財産は増えた。
カトリーヌは贅沢と言えるほどの生活をした。
パリの街はずれに新しく豪邸を買いそこで優雅な毎日を送った。
やがてルイ16世が革命広場で処刑された。社会は行き先のない濁流のように混沌としていき不安が広がった。
だが、カトリーヌの主人は事業をますます発展させた。いくら世情が騒然となってもカトリーヌの家庭は日に日に豊かになっていった。
カトリーヌの生活はさらに豪華になった。
いつしかカトリーヌは25歳となっていた。革命勃発から7年が過ぎていた。
その間両親は牢獄を転々と移されていくうちに行方不明となっていた。もちろんカトリーヌは両親を必死で探した。
しかし、見つからなかった。おそらく混乱の中で死亡したのだろう。 

またカトリーヌは密かにベルナールを探した。
命の恩人であり、最後のパンを惜しげもなく与えてくれた優しい心の持ち主だった。
あの時ベルナールが来なかったら自分はどうなっていたか分からない。ひどい目にあっただろう。また、ベルナールのパンを盗んだ事で役所に連行されていたら、長い間牢獄に入れられただろう。罪人となっていた。
今の幸福な自分はなかっただろう。
ベルナールに会ってあの時のお礼を言いたかった。十分なお礼をしたかった。
何年間も何度もベルナールを探した。
だが、ベルナールも見つける事は出来なかった。
実はあれ以来ベルナールは適した職につけず苦しい生活を送っていた。住所も不明となりもはや困窮者と言える人間へと落ちぶれていた。

ある日の午後カトリーヌの邸宅の部屋と庭で工事が行われた。
邸宅に何人もの工事の作業員がやって来た。
作業員は庭の修理と手入れをし4階の召使の部屋を手直しした。
作業員の一人が広い邸宅で迷いカトリーヌの部屋に間違って入った。
作業員は貧しい身なりで空腹だった。
カトリーヌの部屋に入った作業員は大理石のテーブルの上の沢山の宝石を見て驚いた。
壁際のテーブルにパンが有った。

空腹の作業員は思わずそのパンに手を伸ばして口に運んだ。
その時ドアーが開いた。カトリーヌが入ってきた。
「何をしているのですか?」
作業員はびっくりしてパンを持ったまま壁に向かい立ちつくした。
カトリーヌの部屋に入り込みパンを食べている作業員をカトリーヌは泥棒と思った。
カトリーヌはそばに有った棒で作業員の背中を強く数回叩いた。その棒は昔ベルナールから護身用にもらったものだった。
「この泥棒め。」
作業員は痛みでしゃがみこみうずくまった。さらにカトリーヌは棒を振り下ろした。棒は背中と肩を打った。

心が優しく上品なカトリーヌだが不正は嫌いだった。泥棒も嫌いだった。
「何故、人の部屋に入るのですか?何故パンを盗むのですか?」
カトリーヌはパンを持ったままうずくまっているみすぼらしい作業員を何度も叩いた。
「宝石も盗ったのでしょう?さあ、出しなさい。」
「宝石は盗んでいません。二日間食事をしてなくて空腹で、ついパンを食べようと思っただけです。すみません。」
「盗むより仕事をしてその稼ぎでパンを買いなさい。そのパンは返しなさい。」
言い訳をする作業員を許さずカトリーヌはなおも叱り叩いた。男の手からパンを取り戻した。
「下を向いていないで顔を上げなさい。」
作業員は顔を上げた。その顔をカトリーヌは棒で叩いた。頬から血が出た。痛みで顔をしかめた。
そして、カトリーヌを見あげた。
「・・・、」作業員は何か小さくつぶやいた。
カトリーヌを見上げる男の顔を見てカトリーヌも驚いた。
「あ、」
カトリーヌは棒を落とした。
「ベルナール・・・、」
カトリーヌは取り戻したパンを持ったまま立ちつくした。




                   終わり


      
     ※再掲載です。
      2006.10.8.に掲載した作品です。
     ※著作権者から掲載の許可を得ています。
      無断転載複写配布掲載禁止です。


                      ナポレオン


 ■■■ ロバート・ランブンの作品の案内 ■■■
            ※頁数のない作品は短編です。


■町の不思議な大きな木           200頁
■広場のイレブン              100頁
■うそつきのいない国            100頁
■広場の不思議な扉~ケーキ大戦争 50頁
■モンマルトルのピアノ弾き      ■しあわせの蒼い石
■最後のパン         ■勝利の伝令
■王様と奴隷         ■少年とライオン
■魔女のレストラン      ■黄金の国に行ったアキレス
■大砲を撃てと命じた王様     ■欲張りな王様
■王国の大馬鹿者         ■正直な子供と王様
■予言者             ■王様と王子を救った兵士
■オリンポスの歌自慢       ■夢画廊  
■哀しみのパンドラ        ■おとぎの国のはかり屋さん
■空を見て歩くヨハン       ■広場の賢者 
■おとぎの国の子供戦争      ■美しい落しもの
■とても美しい町         ■とっても偉い太陽 
■ソクラテスの皮袋        ■おとぎの国のはかり屋さん
■空が落ちてきた王国       ■幸せの箱          
■おとぎの国のものさし      ■一日で天国と地獄を見た男
■お星様はなぜ空にあるの?    ■夢を売る工場         
■メリーさんとクマとオオカミ   ■星座はどうしてあるの?         
■神々の黄昏~忘却編       ■乾杯~酒は悪魔の贈り物
■小鳥と少女       ■凱旋門でラ・マルセイエーズを歌う男
■りんごさんと馬さんたちのかけっこ
       ほか ・・・・・


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         「竜馬と小説と歌のブログ」 編集長 ナポレオン








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■音楽小説 「あれから」     作 伊東和雄 [・・・・小説]

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        2008.11.22.  更新しました。

    
          ★ 音楽小説「あれから」を更新しました。


           「あれから」のあらすじと本文を簡略に記載しました。 
           ビッグスターを目指す少年と少女の物語です。
           スターを目指して毎日公園で歌う少年。
           夢に向かって進む少年を見守る少女。
            

       ◇ヤフーで「歌 新作」と検索しますと、このブログが
         1600万中1位から10位の間で出ます。
          再度このブログを訪問する時にすぐ来れます。
          「歌 新作」と検索してご来訪ください。


      
   ■  目  次

    ⇒ 1. 音楽小説 「あれから」         あらすじ
                作 伊東和雄
       2. 小説 「幸せがくる」         あらすじ
       3. 小説 「うそつきのいない王国」     あらすじ
        4. 短編 「いたずら雲さん」         短編物語
       5. 小説 「涙のフォークボール」      あらすじ
            



  ■ 音楽小説「あれから」  あらすじ&本文


 
                         伊東和雄


1.少年は歌手を目指していた。
 曲を作りいい作品ができると駅前、街角や公園で歌った。
少女はレストランを持つ夢を持っていた。
2.少年と少女は共に夢を持っていた。
二人は夢を語り合い互いを応援した。少女はいつも少年を見つめていた。
少年はやがて自分の夢ばかりを追いかけるようになった。
少女の小さな夢など気にしなくなった。少年は町を出て大きな都会に行った。
少年の夢はかなった。そして、三年が過ぎた。
ふと思った。少年は町に戻った。
あの通り、あの角、あの公園、あの店。
少年は少女を探した。もう少女はどこにもいなかった。

3.地方の小さな町の街角で少年はいつもギターを弾いていた。
公園でも弾いた。
少年は歌手を目指した。
ギターで歌いみんなを感動させたかった。
スターになりたかった。
少年の大きな夢だった。
自作の曲、歌が出来るとすぐ街角で歌った。
だが、誰も振り向いてくれなかった。
立ち止まる人もいなかった。
黙って通り過ぎるだけだった。

少女は小さなレストランで働いていた。
夕方と日曜日だけのアルバイトだ。
少女には夢があった。
小さなレストランでおいしい料理、飲み物、ケーキでみんなに喜んでもらいたい。
小さいけれど幸せなレストランを開きたい、と。

ある日少女が公園を通りかかった時に、噴水の前で少年が歌っていた。
最初は何をしているのかと思った。
少年の前には誰もいない。
一人で歌の練習でもしているのかと思った。
でも、観客の前で歌っているような歌い方だ。
あまり上手でない、と少女は最初思った。
しかし、必死で歌う少年にどこか心を魅かれた。
少女は木の陰からしばらく見ていた。

次の日も少年は歌っていた。
やはり誰も聞いている人はいなかった。
公園に入る人は少年の前を通るが誰も少年の歌に注目をしなかった。
少女は木の陰から眺めた。
今日の歌は昨日よりはいい歌だった。
少女は思わず拍手をした。
少年は驚いたような顔をして木に隠れるように立っている少女を見た。
うれしいのか驚いたのか少年はしばらく下を向いて歌った。
声が上ずった。コードも間違えた。
少年は途中で歌をやめた。
少女は近づいた。
少年は有難うと言った。
「ボクの歌に拍手をしてくれたのは君が最初だよ。」
少年はとてもうれしそうに言った。
「いつもこの公園で歌っているのね。」
少女が聞くと「そうだよ。ここはボクのライヴ・ハウスさ。」少年は自慢するように言った。
「すごいわ。」少女は感心した。
「歌手になるの?」少女は聞いた。
「そうだよ。」
少年はきっぱりと言った。
自分の夢を明確に持ち力強く進んで行こうとしている少年を見て少女は感心した。

「この公園に来る連中はジャガイモとニンジンばかりだ。」
少年は怒ったようにつぶやいた。
「ふふ、」少女は笑った。
少年は笑う少女を見て変な顔をした。
「ジャガイモやニンジンは大切よ。」
「???」
少年は少女が何を言っているのか分からなかった。
「いいジャガイモとニンジンがないとおいしいスープは出来ないわ。」
何を言ってるのだろうといった顔をして少女の顔をると少女はまた笑った。
「私も夢が有るの。私は小さなレストランを持ちたいの。そこでおいしいスープ、ステーキ、ムニエル、ケーキでお客さんに喜んでもらいたいの。」
少女は自分の夢を語った。
「へぇ、すごいな。」
少年は料理やケーキなどには興味がなかったので適当に相槌を打った。
「今ね、おじさんのレストランでバイトしているの、今度来てね。」
少女は時計を見た。
「バイトの時間だから行かなくちゃ、さようなら。」
少女は公園の森の奥へと去っていった。
公園の森の中に小さなレストランが有る。
少女はそこでアルバイトをしていた。
少年は歌い終わるとそのレストランに行ってみた。
少し離れた所からレストランを眺めた。
きれいな店だった。
あまり近づくといけないような気がして離れた所から頭をきょろきょろしながら眺めた。
しばらくしておそるおそる入り口に近づいてメニューを見た。
スープやビーフ・シチュー、ステーキ、ドリンクなどが並んでいた。
料金は高かった。
少年は見てはいけないものを見てしまったような気持ちになりそこを足早に去った。

4.少年はもっといいギターが欲しかった。
駅前の楽器店にいいギターが陳列されていた。だが、高かった。
バイトをしようと思ったが、小さな町なのでアルバイトを募集している会社はほとんどなかった。
工場なら多少募集はしていた。
以前工場でバイトをしていた。だがそこの作業で指を痛めた。
重いものを運んだり機械を操作したりするのでどうしても手や指が傷ついた。つめが折れたりした。指を怪我したらギターが弾けなくなる。
工場のバイトはやめた。
本当はCDショップか楽器店でバイトをしたかった。
しかし、どちらも募集はしてなかった。
少女のレストランでバイトを募集していた。
いつものように公園の噴水の近くで歌っていた。
少女がやってきた。
少年は少女に聞いた。「ね、君のレストランでバイトを募集しているの?」

「ええ、募集しているわ。人がいなくて困っているの。週に5日ほど働ける人、土日祝日できる人よ。お昼と夕方よ。誰かいい人いないかしら。」
少女は困ったように返事をした。
「僕ではだめかい?ギターを買いたいのでバイトをしたいんだ。」
「えっ、あなたが?」
少女はうれしそうに言った。しかし、すぐ顔を曇らせた。
「募集しているけどウエイターよ。経験ある?」
募集しているのは経験者だった。即戦力のバイトを募集しているのだった。
「やったことないけど、無理かなあ。一生懸命働くよ。どうしてもギターが欲しいんだ。楽譜もたくさん買いたいし。仕事ができないうちは給料はすごく安くてもいいよ。仕事ができるようになったら普通の給料にしてくれればいいよ。」
少年は何とか雇ってくれと少女に頼んだ。
「いいわ、おじさんに頼んでみる。うちも人がいなくて本当に困っているのよ。」

少年は少女の勤めているレストランでバイトをすることになった。
夕方からラスト8時までだ。
小さなレストランだが料理はおいしくお得意さんが多くいて店はいつも混んでいた。
テーブルは10ほどだが、どうしてもホールに3人必要だった。
少女も働いているが、週に4日ほどしかできない。
ほかにフルタイムのアルバイトがいる。現在はその人と少女の二人しかいない。
土曜日曜は完全に手が足りない。
接客が遅れてお客からいつもクレームがくる。
だから、本当に困っていた。

少年は慣れないウエイターのアルバイトを始めた。ギターの代わりにお皿を持つ日が始まった。
少女が少年に教えた。
一言で言えば簡単なのだが、実際はなかなかうまくいかない。ミスの連続だ。
工場のアルバイトと違ってお客さん相手なのでミスをするとすぐ目の前のお客からクレームや叱責がくる。工場のようにミスをした場合追いかけてすぐ修正するといったことができない。
少女は高校一年の時からアルバイトをしてきているので慣れたものだ。
少女の教え方は上手で丁寧だった。
「仕事は簡単よ。料理を注文したテーブルに運ぶだけ。最初は見ていてください。」
お客が来ると少女は水とメニューを持ちテーブルに行き、注文を聞き、出来上がった料理やドリンクを運ぶ。
その動きはベテランのウエイトレスだ。スムースに仕事をこなしている。
年上のベテランの人と動きは変わらない。
始業前や暇な時に何度もお皿の持ち方やお客に対する言葉遣いを教えてもらったが、実際にやるとなると緊張して全くできない。
少年は顔が赤くなるのが分かった。
「最初は下げ物をやりましょう。」
少女はトレイを少年に渡した。
お客が帰った後にお皿やカップを下げる。テーブルを拭く。クロスが汚れていたらすばやく取り替える。
一番簡単で、お客と接しないので最初にやる分担としてはいい作業だ。
だが、それもなかなか難しい。
お皿を落としそうになったり、水の入ったコップを倒したり、スプーンを落としたりと最初の日に何度もミスをした。
先輩の人は暗い顔をした。
少女はにこやかだった。
「最初は誰でもそうよ。気にしない、気にしない。すぐうまくなるわ。」

少年は少女の動きを見て一生懸命仕事を覚えようとした。
少女の動きはリズミカルだった。
歩き方、手の動かし方、体の曲げ方など滑らかだった。
少女がテーブルに行くと少年の半分の時間でテーブルの上はきれいになった。
テーブルクロスを換える時、少年は悪戦苦闘をする。
しかし、少女はさっと換えてしまう。鮮やかだ。

お客としてレストランや食堂で食事をする時は当たり前に接客のサービスを受けていて何も感じないが、いざ、ウエイトレスなどの仕事を自分がするとなると、なかなか難しい。
最初の一日で少年はひどく疲れた。
「やっていけるかなあ?」
少年はすっかり落ち込んだ。
ギターを弾いたり歌を歌うなら得意だが、ウエイターの仕事などまったくできない。
自分が本当は不器用だということが分かった。
「大丈夫、大丈夫、すぐ慣れるわよ。私も最初はお皿を落として割ったり、コップの水をお客さんの服にかけたりしておじさんに何度も怒られたのよ。ナイフやフォークなど何回も落としていまだに10本ほど行方不明よ。」
少女は優しく少年を慰めた。

次の日も特訓は続いた。
「トレイはこう持ちます。グラスやお皿は中心よりも手前におきます。外側に置くとトレイが傾きグラスや料理のお皿が落ちます。」
「グラスは下の方を持ちます。グラスの上の部分はお客様が口をつけるので絶対に持ちません。触りません。」
「お皿はこう持ちます。親指は使いません。親指の先はお皿の外に出します。親指の根元でお皿を押さえます。親指が料理に触れないようにします。爪はいつもきれいにして短くしておきます。」
少女は丁寧に的確に教えていった。
少女の教え方は非常にうまかった。教えているが言葉が命令口調でない。
すべて「・・・です。・・・します。」「はい、つぎはこれを運びます。」と言った言い方だ。
これは少女の性格だろう。
通常は友達に教える場合でも、ついつい先輩として命令口調なる。
「こうしてね、こうするのよ、違う、違う、こうして。」
「あれやって、これやってね、」となる。
だが、少女はどういうわけかそういった言い方を絶対しない。不思議だ。
「トレイはここ置いといてね。」「この荷物を倉庫に運んでおいて。」と通常は言う。
だが、少女は「トレイはいつもここです。」「この荷物は倉庫に行きます。」と言う。
同じようだが、実は違う。
少女の言葉には命令や指示する口調は全然ない。
道具や備品などの場所、そして、次に移動していく場所を説明しているといった言い方だ。
もちろん、少年はそのことに気がつかない。
気がつかないが、少年は少女から圧迫感をぜんぜん受けない。気がつかないがとても気持ちがリラックスして仕事ができる。
通常どういった会社や工場、店でも先輩が新人に教えるときは、命令口調となる。
100%丁寧に教えても命令口調となる。当然だ。
時には、小姑のごとく口うるさい先輩が箸の上げ下げを注意するがごとくじっと監視する。それが指導や教育だと思っている。どこもそうだ。
普段は親切でいい人が、部下や新人、後輩を持ったとたん、突然小姑のごとくなり、口うるさい命令者となる。
部下は毎日がうっとうしくなる。仕事の能率が下がる。
そういった会社や店では新人はすぐ辞めていく。
少女はそういったことが全然ない。
先天的なのだろう。いい教え方だ。少女の部下となり働く人は誰でもリラックスして仕事ができる。結果として仕事が楽しくなり、やる気が出て仕事を早く覚える。
少年は一生懸命少女の説明を覚えた。
そして、失敗しながら作業を覚えていった。
一週間ほどすると何とかできるようになった。

バイトが終わると掃除が終わった店で少年はギターを出して歌を歌った。
少女はテーブルに座りじっとその歌を聴いた。
観客が少女一人のコンサートだ。
終わると少女は大きな拍手をしてくれた。
「いい歌だわ。きっと大ヒットするわ。」
笑顔でほめてくれる少女の声を聞いていると本当に今すぐにでもヒットしそうに思えてきた。
時間が遅いので2曲ほど歌うと店を出て帰った。
すっかり暗くなった森の小道を二人は並んで歩いた。
少年は少女の横顔を見た。
きれいな顔だ。
少女も少年を見た。
少年はあわてて目をそらした。少し顔が赤くなるのが分かった。
でも、なんだか幸せな気分だった。

少年は高校時代音楽ばかりやっていた。
ロックとポピュラーだ。
女の娘(こ)よりも音楽だった。女の娘たちと学校で楽しく話したりお茶に行ったり、みんなと海に行ったりするといったことは普通にしていた。ガールフレンドは何人かいた。
だが、特定の女の娘と恋人のように付き合うといった気持ちは全くなかった。
頭の中がロックと音楽で女の娘のことなど考えている暇などなかった。
暇さえあればギターを弾きCDを聞き作曲や作詞ばかりしていた。
授業中は作詞と作曲ばかりしていた。
夢は歌手で、作曲家だった。
その夢はすぐに実現すると確信していた。
頭の中は音符ばかりだった。少年の頭の中に女の娘などいる場所はなかった。

森のレストランでアルバイトをしだして、いつも少女といるようになって、少し女性というものを意識し始めた。
夕方、時には朝からいつも少女と一緒に仕事をしていた。
少年の一日の中に少女が一番長くいるようになった。
少年の気持ちが少女の方ばかり向くようになった。
作曲や作詞をしていても、家でギターを弾いていても目の前に少女の顔が浮かぶようになった。
少年は少女を主人公にした歌をいくつも作った。
軽快なラブソングや軽めのロックだった。
作った歌を歌ってみると少し恥ずかしかったが、わりといい歌だった。

レストランではホールは三人しかいないのでどうしても少年と少女はペアで仕事をするようになる。
テーブルのセッティングや片付け、小部屋の予約席のセット、片付けなどもいつも一緒にやった。
テーブルを移動する時は二人で持った。
注意深くテーブルを持つ少女の下を向いた表情に少年は見とれた。
テーブルの方、下を見る少女の目は二重がくっきりと目立ちまつげは長い。
正面から見る少女の顔は幾分丸顔でかわいい顔だが、下を向いた長いまつげの表情はドキッとする。大人の女性の表情だ。
じっと少女を見つめる少年に少女は気がついて、少女もじっと見返した。
「クロスをかけます。」
少女は長いクロスの端を少年に投げた。
二人はクロスの両端を持ちながら八人掛けのテーブルのセッティングをした。
「もう少しこっち、もう少し右、もう、少し・・・。」
仕事のリードは少女だ。
少年は少女の言うとおりにクロスを動かした。
少女と一緒に仕事をする少年は言いようのない幸福感を味わった。
この状態で、彼女との仕事をいつまでも続けていけるなら、楽しいだろう。
少女の表情、手や足、体の動きをぼんやり見ながら少年は思った。

「さあ、終わったわ。ね、食事をしましょう。」
今お客は二組だけだ。
先輩のウエイトレスもいる。
少女はすばやく少年をキッチンの中に誘った。
「チーフ、いただきます。」
少女はそう声をかけて鍋からカレーをすくった。
二人分盛りひとつを少年に渡すと、しゃがみこんだ。夕食だ。
しゃがむと完全に客席から見えない。
二人はキッチンのガス台の間でカレーを食べた。
狭い場所で体を寄せ合って、顔をくっつけるようにしてビーフカレーを食べた。
「おいしい、」少女は満足そうに食べた。
確かにおいしい。しかも少年の皿にはビーフが4個ほど入っている。
柔らかくてとろけるようだ。カレーはスパイスもきいていて、少年にとって初めて食べる高級な味だ。
家で食べるカレーとは段違いだ。

「うまいよ、最高だ。」少年は少女にささやいた。
「そうでしょう。」少女はうれしそうに答えた。
「もうひとつお肉いらない?」少女は自分の皿から肉をスプーンにすくい少年に渡そうとした。
「いいよ、いいよ、」少年はびっくりして遠慮した。
顔が赤くなるのが分かった。
「遠慮深いのね。」少女はその肉を自分で食べた。

レストランでバイトを始めてから少年が一番接するのは少女となった。
他の友達やガールフレンドたちとはめったに会わなくなった。
バイトの場所が比較的値段の高いレストランなので少年の友人たちは金銭面で来ることなどできなかった。
逆に言えば少女にすれば少年を一日中独占できることとなった。
少女もだんだんと少年に魅かれていった。
最初公園で見かけた時は、一人で黙々とギターを弾いている孤独なギター少年と言った感じで格好いいと思っただけだった。
正直言って少女は音楽や歌はあまり得意でなく少年の歌う歌がいいのか悪いのかよく分からなかった。
また少年の作曲した歌がどの程度のレベルかといった事も分からなかった。
なんとなくいいとは思った。
ただ、一生懸命応援しようと思っていた。

夜片付けの終わった店で椅子に座り少し離れた所で台に立ち歌う少年の歌を聞いている時は少し感動する。本当のコンサートやライブのような感じだ。
二人でアルバイトをしていると少年を独占しているといった気持ちとなった。少しうれしい気分だ。
二人ともだんだんと好きになっていった。

平日の三時ごろは二人一緒に休憩をとることができる。
平日なら三時ごろは店も暇になる。
ベテランの人がいるのでそれで大丈夫だった。
時にはおじさんがホールを一人でやる時もある。
そういった時は二人は森の池のベンチに座って話しながら過ごした。
「私、早くレストランを持ちたいの。」
少女は夢を語った。
少女の父は隣の駅の近くに使ってない事務所のような家を持っていた。
そこを少し改装すれば小さなレストランとなる。駅前だし近くにレストランはないので繁盛するはずだ。
少女は高校一年の時からそういった計画を持ちレストランの料理やウエイトレスの勉強のためにおじさんの店でバイトをしてきた。
そして、アルバイト代はすべて貯金してきた。
もうすでに小さな店なら出せるほどの貯金をしている。父も母も資金面で応援してくれると約束してくれている。
料理も高級なものはまだまだ作れないが、ちょっとした料理ならできる腕前となっている。
もし、少年が少女の作ったハンバーグ、パスタ、オムレツ、牛肉のソテーなどを食べた場合、そのうまさに驚くはずだ。
ファミレス程度の味の店ならすぐにでも開店できる。
パフェ類、ケーキ類も得意だ。
少女の夢は夢でなく現実寸前のことだった。非常に着実な計画だ。
まじめで堅実な性格だからだ。
「すごいなあ、」
少年は感心した。
そして、立派だと思った。
少年も夢を持ち必死で歌を作っている。客観的に見ていい歌をたくさん作っている。歌もうまいと自信を持っている。音楽仲間の間でも歌は一番うまいと言われている。
しかし、少女のようにすぐに夢が実現する状態かと言われると、はっきり言って遠い遠い夢だった。本当に夢の状態だった。
今までレコードメーカーや音楽プロダクションに何度も歌や作曲した作品を送っている。
全部没だ。返事すら来ない。
自信が有ったのに、ショックだった。
少年は日々をけだるい挫折感の中で生きていた。
夢を語る少年の目は輝き表情も話も輝くが、では、いつ実現するのかと聞くと、少年はうつむいてしまう。
夢はいくつも語れるが現実的なスケジュールは何一つなかった。
少女とは大きな違いだ。
少女は無理すれば、半年後にレストランをオープンできる状態だ。
少女は夢の中でなく現実の中を歩いている。
少年は夢の中をさまよっている。もがいている。

今すぐにでも開店できる状態のレストランの話をする少女の目の輝きに少年は魅かれた。
「小さなレストランを開き、そこで毎日朝から晩まで料理を作り、ウエイトレスもしてお客様にサービスをして喜んでもらうの。そうすれば毎日が楽しいと思うの。」
生き生きと話す少女に少年は見とれた。

少女はその時、そばに少年がいていつも一緒に仕事をしてくれたら、本当にすばらしいと思った。
でも、そういった事はとても少年に話せなかった。

少年は少女の夢の中に簡単に入り込めた。
料理を習った少年が料理を作り、それを少女がウエイトレスをして客席に運ぶ。
素敵な店の雰囲気と料理のおいしさ、きれいなウエイトレスでお客様は満足する。
二人でいつも一緒に働きともに生きていく。
そういった毎日は楽しい。
少年は少女の夢の中に入り、小さなレストランで二人楽しく仕事をする毎日を過ごした。
毎日が夢のように楽しく過ぎる。
少年は少女に好きだと打ち明け、少女は喜びうなづく。
楽しい日々が続く。いつまでも。
公園のベンチで二人とも同じことを考えた。

少女は現実としてそうなって欲しいと願った。
少年はいくら頑張っても作品が採用されない絶望感や不安から逃避するかのように少女の夢の中に逃げ込んだ。
少女の夢の中は温かくやさしく楽しい。
少年は楽しいアルバイトの日々の中、少女とペアで仕事をしている時の幸福感を思い出し、そういった日々が永遠に続けばうれしいと思った。
少女といつも一緒に仕事をしているなら、歌や作曲など捨ててしまってもいいとさえ思う事もある。
二人とも同じことを考えていた。
でも、二人ともそんなことを考えているのは自分だけだと思った。
自分が思っていることを相手に話したら笑われると思っていた。
甘い夢に浸っているうちに昼休みは終わった。
少年と少女は急いでレストランに走った。

休みの日には少年は作曲ばかりしている。
そして、その歌や好きな名曲を歌ってばかりいる。
ギターはかなりうまい。歌も。声はわりといい声をしている。結構響く声質を持っている。
いつもエレキギターを弾きながら作曲をするのでどうしてもハードな曲ばかり作曲をすることとなる。
レストランでバイトをしだしてからは生ギターで作曲をすることが多くなった。
その歌をエレピ:キーボードで歌うことも多くなった。
少女を歌った曲が多くなったからだ。
ラブ・バラードばかりとなった。

ピアノはあまりうまくない。
だが、ラブ・バラードを歌うときには最適だ。
少年はギターを置いてキーボードに向かった。
目を閉じた。
レストランのホールが浮かんできた。そこに少女がいる。
少女はゆっくりとテーブルの間を歩いている。
立ち止まりゆっくりと少年の方を見る。
長いまつげと黒い瞳でじっと少年を見つめる。


午後の陽射しの中
テーブルの横に立つ君
僕をじっと見つめている
I love you
とても君が愛しい
君の夢の中に僕はいる
甘く素敵な夢の中に
いつまでも君と
過ごしていたい
そう思う とても

I love you
すべてを忘れて
君の夢の中で眠っていたい
やさしいまどろみの中で
時を忘れて 生きてみたい
いつまでも君を
君だけを愛して
君を見つめていたい


歌い終わって少年は苦笑した。
さすがに甘すぎる歌だ。
エレキギターを手にした。
エイトビートでメジャー・コードとセブンス・コードばかりを軽快に弾いた。
歯切れのいいサウンドが部屋に響いた。


I love you,baby
とても愛してる
この頃 いつも君のことばかり
頭の中から 君が離れない
君の甘く切ないほほえみ
僕は もう 胸が痛すぎる
I love you,baby
どうか愛して欲しい
どうして君の事 これほど好きに
なってしまったのだろう 不思議
君の黒い瞳にじっと
見つめられて 僕は 深いめまい
I love you,baby
I love you,baby

最初は全部英語で歌った。
適当な英語だ。文法滅茶苦茶の英語だ。単語もかなりいいかげんだ。
だが、英語だとのりがいい。
ロックは英語の歌詞で歌った方がいい。
曲が簡単にできる。

歌っている間少女の顔や瞳が目の前でちらちらした。
本当にこの頃少年は家にいても、寝ていても、街を歩いていても少女の顔が目に浮かんでばかりいる。
きっと恋をしてしまったのだろう。本気で。
音楽野郎で音楽以外興味がなかった少年のハートを少女が破った。

少女に電話した。
少女はもちろんレストランで仕事をしている最中だ。3時頃なので多分少し暇なはずだ。
少女はすぐ電話に出た。
「はい、」
小さな声だ。だが、うれしそうな声だ。
「これから公園に行くよ。レストランの横の池のベンチに行くよ。休憩は何時から?」
「3時からよ。」
少年はギターを持って自転車を飛ばした。
公園の門を通り抜けレストランの前を過ぎ横の池に着いた。
ベンチに座っているとしばらくして少女が走ってきた。
「早いのね、」
「思い切りこいできたよ、」
「お昼食べた?」
「いや、家で歌ばかり歌っていた。おふくろは僕のことなど忘れている。」
「はい、」
少女は笑いながら紙袋を出した。
中にハンバーグとご飯が入っている。
「おお、最高、」
「キッチンから黙って持ってきちゃった。」
二人は笑いながらハンバーグを食べた。
食べ終わると少年は歌を歌った。
さっき作ったばかりの曲だ。
さすがに歌詞は変えて歌った。
あの歌詞で歌ったら少女に笑われそうだからだ。
それでもかなり甘いラブソングだ。
「いい歌だわ、」
少女は微笑んだ。
そして、いつか少女が主人公の歌を歌って欲しい、と思った。
「今度私の歌を作って歌ってみて、」
何度もそう言おうとした。
でも、恥かしくてとても言えない。
そんな事を言ったらたぶん顔が真っ赤になるだろう。
少年は笑い転げるだろう。
少女は黙った。
少年はいくつかラブソングを歌った。
この公園の奥には平日の午後はあまり人は来ない。
公園の奥の森の中の小さな池のベンチで二人は座って時を過ごした。
いい天気だ。
空は青くところどころ真っ白な雲がある。
そよ風が木々の葉をかすかに揺らす。
池に波はなく鏡のようだ。青空と向こう岸の木々が映っている。
少年と少女がひと時を過ごすには一番いい場所だ。
少女はこのまま時が止まってくれればいいと思った。
少年の横顔を見た。
少年はさっき作った歌を英語の歌詞で歌っている。
早口でスラング調で崩した発音で歌った。
そのため少女には歌詞はまったく聞き取れなかった。


I love you
Yes,I love you
I’m always thinking of you these days
You’re so sweet, and so beautiful
I wanna stay with you anytime everyday
If you say you love me
I’m so happy
When you touch my heart I’m gonna crazy
So say to me you love me
So tell me you love me,just now
Love me baby just now

歌い終わった少年は少女の顔を見た。
少女はすごいわ、とほめた。
「英語もうまいのね。いつも英語で歌を作るの?」
「いやあ、いんちき英語さ、」
少年は笑った。
「英語で作詞するなんてすごいわ、」
「ほんと?」
「ほんとよ、」
少年は、けど、詞の内容があまりよくないと言った。
少女は英語が不得意だから歌詞の内容が分からない、ごめんなさい、と言って、英語のできる少年を尊敬すると言った。
少年は内心苦笑しながら少女の眼をじっと見た。
少女も恥ずかしそうに少年の眼をじっと見た。

休憩の1時間はあっという間に過ぎた。
どうしてこういう時って時間は早く進むのだろうと少年は歯ぎしりした。
「じゃあね、明日。12時からでしょう?」
「うん、ラストまで。」
少女は森の小道を走りレストランへ走っていった。
少年は家に帰り二階に駆け上がりここ数日で作った曲をきちんとまとめ完成した。
詞も手直しして曲に完全に合わせた。
大体満足する歌ができた。
いい歌が50曲ほどとなった。
少女を知ってからできた歌が30曲ほどある。
歌でも少女がほとんどを占めるようになってきた。
もう少年から少女を切り離すことは無理だろう。
その事は少年もだいたい気がついている。
少女はそうなって欲しいと思っていた。
しかし、まさかすでにそうなっているとは思わなかった。
少女は少年が自分の事をそれほど真剣に思っているとは考えられなかった。
ガールフレンドの一人、いや、もしかしたら知り合いの中の一人ぐらいかもしれないと思っていた。
レストランのバイトの時に相手が自分しかいないから仕方なくいろいろ話しかけてくれるのかもしれないと思ったりした。
少年に「私のこと好き?」と聞きたかった。
だが、とても聞けなかった。
もし、「いや、べつに、」と言われたらショックだからだ。
怖くてとても聞けなかった。

次の日もアルバイトは楽しく笑顔と笑い声のうちに終わった。
終わると少年はロッカーからギターを持ってきて客席で歌を歌う。
少女はすぐ前のテーブルに座りその歌をじっと聞く。
夜のライヴだ。二人だけのライヴだ。
最高に楽しいひと時だ。
この瞬間のために二人はアルバイトをしているようなものだ。
少女を知ってから、少女に恋をしてから少年の歌はますます良くなった。
声もいっそう響くようになった。
音程もしっかりしてきた。以前のように声がフラットしたりひっくり返ったりするということが全然なくなった。
好きな娘の前で真剣に歌う毎日が少年の歌のレベルを完璧にしていった。
少年はそのことにあまり気がつかなかった。
しかし、少女は気がついていた。
「このごろとても声が響くわ。前よりすごく良くなったわ。」
「そう?」
少年は喜んだ。
そう言えば、以前よりも思ったとおりの声が出るようになった。
以前は頭の中で考えている歌と実際に口から出てくる声がぜんぜん違っていた。
だが、最近は頭の中で浮かんだメロディーや歌、音程がそのまま正確に口から出るようになった。
頭の中に譜面が浮かぶとそのとおりの歌が歌えるようになった。
全然知らない歌でも譜面だけで初見でギターを弾き歌えるようなった。
「よし、これでいいんだ。」
少年はいっそう自信を持った。
必ず歌手になりいい曲を作りヒットを飛ばせる自信ができた。
プロとして成功する。絶対間違いない、そう確信した。
少年は19歳だ。
春に高校を卒業して歌の道へ進もうとしていた。
大学など行く気はなかった。
それより一日でも早く歌手になりたかった。
大学で勉強するよりも曲を作る方が楽しかった。
高校を卒業した時点ですぐに歌手になれると思っていた。
自信満々だった。
だが、卒業直前にレコードメーカーやプロダクションに送った自信作が全部没となった。
かなり落ち込んだが、気を取り直して駅前や公園で歌い続けた。
歌っていれば必ずファンができスカウトが来ると思った、確信していた。
だが、それもなかなか思ったようにいかなかった。
歌っていると集まるのは高校時代の元バンド仲間やクラスメートばかりだった。
彼らの温かい拍手は励ましになったが、デビューにはあまり関係なかった。
だが、それでも歌やギターのテクニック、作曲能力はどんどん向上していった。
少年は単なる自信過剰な人間ではなかった。
未知の能力を秘めた音楽少年だった。

少女も19歳だ。
少女も大学など行く気はなかった。
高校一年の時からレストランを開くという夢、いや、確実な計画を持ちその計画通りに歩んでいた。
大学へ行くよりもおじさんのレストランで料理や接客の練習をした方がいいと考えていた。
少女は驚くほど堅実だ。19歳だというのに人生を50年も生きてきた人よりも遥かにすばらしい人生計画を持っていた。
しかも確実に計画通りのコースを進んでいる。
成功は間違いない。
少女は生まれた街で自分の夢がかなうと確信していた。
この街でレストランを持ち成功して幸福な人生を、夢に描いた通りの人生を送れると確信していた。
少年は自分の夢は、この街では無理だと思った。
東京だ、東京へ行かないとすべてはスタートしない。そう考えた。
そのとおりだ。
音楽やショービジネスでは東京へ行かないとだめだ。
地方の小さな町ではいくらいい歌を歌っていても誰も聞いてくれない。注目されない。
同級生や友人、ガールフレンド、恋人などが感心しただけで全国ヒットになるほど音楽の世界は甘くない。
東京へ行き、有力なプロダクションに入り大手のレコードメーカーと契約し全面的なバックアップを得た時にヒットする。
いくらいい歌でも、いくらいい歌を歌っていても地方の町で歌っていてはヒットなどしない。
「この町じゃだめだ。」

少年は東京へ行くことにした。
それは少女と別れる事となるかも知れない。
いや、少女を捨て去る事になるかも知れない。
今までの二人の甘い日々を消し去る事となる。
少年はそんな事など少しも考えなかった。
ただ目の前に東京の街が広がっているだけだ。
そこは成功の街だ。
自分の夢のかなう大都会だ。
少年が自分の夢に進み目の前に東京の街が広がる時その中に少女の姿はなかった。

アルバイトした金がかなりたまっていた。
アパートを借りて東京でバイトしながら直接プロダクションやレコードメーカーを訪問して売り込もう。
デモテープを郵送するよりも遥かに確実性がある。
いろいろなオーディションもすぐ受けることができる。
好きな歌手やバンドに直接会って売り込める。歌や曲を聞いてもらえる可能性が大きい。
少年は12月の初めにレストランのアルバイトをやめた。
少女に東京へ行くと打ち明けた。
少女は笑顔で励ましてくれた。
「頑張ってね。きっとスターになれるわ。」
精一杯笑顔で言ったが少女は心の中で泣いた。
もう気持ちが東京、歌手となっている少年は少女の心など気にかける事などなかった。
少女の笑顔をそのまま受け取り、「うん、必ず成功するよ。」と笑った。

少年が東京へ行く日少女は駅へ見送りに行った。
少年を乗せた新幹線が遠くへ消え去った時少女はホームに立ち尽くし顔をおおって泣いた。
自分の恋心を少しも打ち明けることができないうちに彼は行ってしまった。
少年は少女に何一つ恋らしい言葉をかけることなく行ってしまった。
「東京へ行ってアルバイト先やプロダクションなんか決まったらすぐ帰ってくるよ。電話もするよ。」
少年は明るく約束した。
しかし、少女はもう少年に会えないと不安を持った。
もう少年は二度と自分に会ってくれないと暗い予感がした。
不幸にもその予感は当たった。
そう、少年は去ってしまったのだ。

少年は東京に着くと早速不動産屋を巡り歩いた。
青山や六本木に行きやすい田園都市線でアパートを探した。
手ごろなアパートが有った。
家賃は安く部屋もきれいで、外は庭で広々としていい環境だ。風呂場も小さいがきれいだ。シャワーもついている。大家さんの家の二階で家族的な雰囲気がある。親切な大家さんだ。
予想以上にいいアパートだ。
東京のアパートは狭くて隣の家やビルとくっつくように密集していて日も当たらずじめじめしていておんぼろでひどいと思っていたが中にはいいアパートも有るのだと喜んだ。
歌手になるのだと言うと、喜んで部屋を貸してくれた。
「頑張りなさい、」大家さんと奥さんは笑顔で励ましてくれた。
礼金と敷金は各一ヶ月でいい、更新料はいらないと言ってくれた。
「良かった。」少年は喜んだ。
親戚や友人のいない東京では金が一番頼りだ。金がどんどん減っていくのは一番困るし、不安だ。
そういう時に、礼金や敷金、更新料をまけてくれて本当に感謝した。
もし東京で金がなくなったら親は当てにできない。
大学に行かない事ですでに勘当状態だった。さらに東京へ行くといった夜両親は大変怒った。
少年は怒って引き止める両親を振り払って東京に来た。
金がなくなった時に両親は絶対助けてくれない。
少年は東京で一人で生きていかなければいけない。

アパートの有る街の駅から渋谷まで15分ほどだ。
電車は地下鉄に乗り入れているので青山まで20分で直接行ける。
六本木までは電車や地下鉄で直接行けないが、表参道で降りて10分ほど歩けば六本木に着く。交通の便はいい。
駅前には小さなライヴハウスが有った。
早速覗いた。ハードなサウンドがホールいっぱいに響いていた。客席はロックファンでいっぱいだ。全員のりのりで楽しんでいる。
「やってるな、」
少年は胸が躍った。
「俺も早くライヴをやりCDを出しヒットを飛ばすぞ。」
少年は胸の中で叫んだ。
少年は夢に大きく近づいた。
あと少しだ。

少年の夢はもう届く所にあった。
少年が手の伸ばせばあとほんの少しで届く。
目の前の夢に手を伸ばすことに必死で少年は田舎の少女の事などすっかり忘れてしまった。
目の前の自分の夢に喜び興奮しそれで東京の毎日が過ぎていった。
東京に来てからは毎日青山、六本木、渋谷、表参道、原宿、新宿を歩き、そびえる高いビル、混雑する人通り、ライヴハウスなどを見てまわり、アパートに帰ると曲を作った。
アパートでは作曲ばかりやっていた。
テレビを見るとか漫画を読むとかゲームセンターに通うとか何か娯楽をするといった事など全然しなかった。
そういった事には興味などなかった。
できたばかりの知人を誘ってスナック、居酒屋などで酒を飲み酒の魅力におぼれて酒びたりになるといった事もしなかった。
ただひたすら音楽、歌、作曲だった。
歌作りに完璧に没頭していた。
東京という刺激のある大都会で曲は次々とできた。
アパートに帰ってギターを持ち昼間歩いた六本木、渋谷の町を思い出すとすぐにメロディーが頭に浮かんだ。
どれもこれもいいメロディーばかりだ。
東京という夢の街が少年の作曲能力に刺激を与えいっそう高めていった。
いい曲ができるとプロダクションやメーカーに売り込みに行った。
そういった忙しい毎日を過ごした。
そういった日々の中で少年は少女の事など思い出す暇などなかった。
少年の心を、歌、作曲、デビュー、東京、デモ・テープの売込みといった事が占領していて少女の入り込む隙間などなかった。
少年は少女の事を忘れていった。

アルバイト先も適当な所が見つかった。
青山のカフェだ。
夕方から深夜までだった。終電直前まで働いた。
時給は良かった。高い時給に驚いた。やはり東京だと感心した。
仕事は忙しかった。多くのバイト仲間ができた。
時折テレビで見かける歌手やタレントが店に来た。
支配人の目を盗んで少年は積極的に話しかけた。
歌手を目指している、作曲をしていると言うと歌手やタレントは「へえ、すごいね、頑張って、」と笑顔で励ましてくれた。
歌手やタレントと顔なじみになっていった。
バイト仲間に一人の女子大生がいた。
休憩時間にギターを弾く少年を見て興味を持った。
その女子大生も歌をやっていた。高校時代はバンドをやっていた。大学に入ってからはやってないが少年が歌手を目指していると聞き再び血が騒いだ。
少年のギターと歌は女子大生をとりこにした。
「うまいわ、」
腕を組み感心して少年をじっと見詰める美しい女子大生の目に少年は最初戸惑った。
少年の歌にすぐ合わせて歌ったりハモッたりする女子大生に少年は驚いた。
その娘(こ)は小さい頃からピアノをやっていてうまかった。
「君こそうまいよ、」少年は女子大生をほめた。本当に感心したからだ。
「あなたにはかなわないわ。いい曲を作るわね、」
女子大生も高校時代にいくつも曲を作ったが満足するものはできなかった。
だが、目の前の少年はいい曲をいくつも作っている。
「すごい、」
女子大生は感心した。
少年のやっているような種類の音楽、歌に女子大生は興味を持った。
「いい。こういった歌だ。」と思った。
「一緒にやればいい歌を、いい音楽をできるかも、」
女子大生はふと思った。
またバンドをやりたいと思い始めた。
日々のバイトの中で二人は急速に親しくなった。
女子大生は東京生まれだ。広尾だ。大学はいわゆるお嬢さん大学だ。
切れ長の目で美人で言葉遣いや動作、しぐさなどすべてにおいて東京生まれ、東京育ちの雰囲気を持っていた。大学1年だった。年は少年と同じだ。
そういった東京の雰囲気に少年はとても魅かれた。
地方の小さな町で生まれ育った少年はその女子大生の持つ東京の香りに心を奪われた。
女子大生はゆかりといった。

お嬢さん育ちのゆかりだが親から小遣いをもらってただ遊ぶよりもいろいろな刺激の有る所で働きたかった。
カフェはそういったゆかりに刺激を与えた。
もっともその青山のカフェは父の知り合いがオーナーをしている店だった。
ゆかりにしてみれば父親の知り合いの店で働くのは嫌だったが、知り合いということで簡単に勤めることができ、気楽に働けるしいろいろ優遇されるメリットがある。気が向いた時に適当に休めるという点が一番のメリットだ。
カフェで働きたいのと気ままに働きたい事を両立できるのでゆかりはその店を選んだ。
実際ゆかりは優遇された。大切にされた。
とはいえ美人でそれなりに真面目に働くゆかりは客の評判もよく支配人からも不満は出なかった。
バイト仲間からは有名なお嬢さん学校で美人でオーナーの知り合いという事で一目置かれトラブルもなくうまくやっていけた。
そうしている頃、少年が募集広告を見て店に入ってきた。
歌手を目指していると話す少年にゆかりはすぐ反応した。
バイトしている時ゆかりは少年を時々見た。確かに音楽をやっている雰囲気を持っている。
店が暇な時はフォービートで動き忙しくなるとエイトビートで、さらにシックスティーン・ ビートで動いている。
ゆかりはその動きを見て内心笑った。

少年とゆかりはバイト仲間と一緒にたまにカラオケに行ったりした。
少年の歌のうまさに全員驚いた。
そして、歌手として絶対成功すると言ってくれた。
ゆかりもうまかった。
少年は驚いた。
「うまい、」内心自分よりうまいと思った。
ゆかりは音程を絶対はずさない、譜面どおりにきれいに歌う。
だから聞いていてとても安心できるし不安定でいらいらするといった事がない。非常にリラックスして聞ける。
ゆかりの歌にみんな拍手した。そして、「二人でバンドを組んでやればいいじゃん。大ヒットだよ、」と誰かが言った。
「そうだよ、」他の連中も大声で言った。
「そうよ、」ゆかりは内心笑った。
少年はゆかりをじっと見た。
「ふふ、」
ゆかりは少年を見ながら微笑んだ。

バイトしている時ドリンクを出すカウンターの所でよく二人は歌を歌った。
即興の歌だ。
そこは客席から少し厨房の方に入っている。 
小さな声で歌えば客席には聞こえない。

♪公園通りを・・・とゆかりが歌う。続きを歌えと持ちかける。
少年がすぐ続ける。
♪二人で歩けば・・・
さらにゆかりが続ける。
♪みんな私たちを見詰める、憎い目で・・・・
♪僕らのファッションに嫉妬している。きっと。
「ふふ、そんなに格好いいセンスしてる?」
ゆかりが噴出した。
「何いってんだよ、歌じゃないか、」
確かに少年のファッションはそれほどセンスはよくない。
そのことでゆかりからいつもからかわれている。
ゆかりはいつもいいセンスの服を着ている。バッチリきまっている。高そうな服ばかり着ている。
「お嬢様だなあ、」少年はいつも心でつぶやいた。
しかし、少年はファッションにはあまり興味がないのでことさらファッションの話題に入ってゆかりをすごくほめたりはしなかった。
いつも頭の中は途切れることなく歌だった。
他の男のようにゆかりの美しさ、高い服や通っている大学にことさら興味を持ち擦り寄るように近づくこともせず歌、歌ばかりの少年にゆかりはますます興味を持った。
たとえばゆかりと一緒のテーブルに座ると誰でもゆかりにべたべたと話しかけてくる。すぐ食事やドライヴに誘う。
しかし、少年はゆかりと正面に座っていても頭にメロディーが浮かぶと、その曲を完成させることに必死になり、頭に譜面を書きコードを選び、替えて、格好いいさびを作るのに忙しくなりゆかりの顔など見なくなる。話も一切しない。すぐに1時間が経つ。その間ゆかりは少年の顔をじっと見詰めるが、少年はゆかりなど全然見もしない。テーブルのメモに音符やコードを書いたり天井を見たり目を閉じたり、テーブルをたたいてリズムを取り曲を必死で作り上げていく。
他の男とは大きな違いだ。
目の前に座っていてしかもじっと見詰めているのに、まったく相手にされないといった事はゆかりにすれば初めての経験だった。
そうした事がますます少年に対する関心を募らせた。
少年もゆかりにますます魅かれていった。
休憩時間に二人でテーブルに座り、特に作曲などをしてないでぼんやりしている時にゆかりから見詰められた時には少年の胸は強く締め付けられたように痛くなった。
ゆかりのきれいな目でじっと見詰められると何かジョークを言おうとしても何も言えなくなってしまう。
そういった少年の戸惑った顔を見るとゆかりはとてもいい気持ちになる。 

ゆかりはファッションには贅沢だ。
また化粧も時おり派手にする時がある。
少年がカフェでバイトをし始めた頃ゆかりは濃い色のブルーのアイシャドウーをして濃厚なルージュをしていた。
そしてやや冷たく重たい視線で少年を見ていた。
最初そういったゆかりを見て少年は自分よりはるか年上で25歳ぐらいと思った。
しばらくして19歳で自分と同じと知り驚いた。
今まで付き合ってきたガールフレンドとはまったくタイプの違う大人びた女性だった。
音楽を通じていろいろと話をするようになっても、その落ち着いた話し方や視線でどうしても少年はゆかりが年上に見えた。
化粧が軽めの時でもゆかりの視線や表情の濃厚さは変わらなかった。
ゆかりにじっと見詰められて2,3分話していると少年はほほや首筋にチョコレートがべっとりとついた気分になった。


そんなに強く見つめないで
君の瞳は僕の心を深く刺す
君が僕を見る時
氷のように冷たい
君は僕の何を見ているの?
僕の心をえぐるように
君はあやしく微笑む
君の濃厚な視線で
僕のほほや胸は
じっとりと汗ばむ

僕は君を見る
君の瞳に魅かれる
ほほえむ時の唇に吸い込まれる
君はすてきな香りを持っている
君といると いつも
その香りにつつまれる
僕はとまどいめまいを感じる

少年はいつもゆかりの事を考えるようになった。
少年はすっかりゆかりのとりこになってしまった。

ある日ゆかりは友達と一緒に少年のアパートにやってきた。
「うわー、汚いわね。」とゆかりは笑った。
笑われても事実だから仕方がないので少年は頭をかいて笑った。
狭い部屋中楽器や楽器のコード、CD、音楽雑誌でいっぱいだった。
床には作曲しそこなった譜面が散乱していた。
わずかの隙間に綿パンやシャツが置かれてあった。
ゆかりたちが来た時まずゆかりと友達の座る場所を確保するのに2,3分ほどかかった。
床の乱雑さに比較して壁はまともだった。
ロックバンドや歌手のポスターが貼られていていかにも音楽野郎の部屋といったいい感じになっている。
ゆかりたちが座るや否や少年はすぐ曲を弾いた。
「いい曲ができたんだ。今朝作ったばかりだ。」とギターを鳴らし歌いだした。
ゆかりは笑った。
「まず、ジュースぐらい出してよ。」
「ジュース?」
少年は辺りを見回した。
そんなものは少年の部屋にはなかった。
第一冷蔵庫がなかった。
「ひでえ、」
ゆかりと友達はあきれて天井を見上げた。
天井にギタリストのポスターが貼ってあった。
「誰?」
ゆかりの知らないアーティストだ。
「ランディー・ローズだよ。」
少年のお気に入りのギタリストだ。
ゆかり達は2時間ほど過ごして帰った。
想像を超えた乱雑な部屋だったがゆかりには面白い体験だった。
お嬢様ゆかりにとってカルチャーショックの2時間だった。

数日後今度は少年がバイト仲間と三人でゆかりの家を訪ねた。ゆかりの友達も来た。
広尾の駅を降り有栖川宮記念公園の横を通り静かな道を歩きしばらくするとゆかりの家に着いた。
非常に閑静な所だ。
ゆかりの家は非常に大きい。家と言うより邸宅だ。
今度は少年がカルチャーショックを受けることとなる。

ゆかりの家の近くにはフランス大使館など外国の大使館が多く有り道では外人や外人の子供と何度もすれ違った。スーツを着たビジネスマンでなく家族連れが多い。
服装は普段着だ。しかしいい服だ。女性は奥さんだろう。買い物袋を下げている。子供は上品な顔をしている。近所の大使館の家族連れと分かる。
家は洋館が多い。
外国に迷い込んだような気持ちになった。
ゆかりの家を見て少年とバイト仲間の友人は驚いた。
「すげえ、」
家は広く大きい。門も塀も驚くほど立派だ。
門を開けると向こうには広い庭が有った。テレビなどで時々見る外国の家のようなすばらしい庭だ。
少年はちょっと足が震えた。
「今日はパパもママも出かけていていないのよ。どうぞ。」
大きな門を開けながらゆかりは少年たちを招き入れた。
中から大きなシェパードが二頭走ってきた。
少年たちを睨んでいる。
「帰りなさい。」とゆかりが言うと、犬はクーンと声を出し素直に元の小屋の方に帰った。よく訓練されている。しかし、不審者の場合すぐさま襲いかかる。
門を過ぎ少しカーブとなっている石畳の小道を10メートルほど歩いて家の玄関についた。
ヨーロッパ風の立派な家だ。
玄関の付近にはバラがたくさん植えられている。そのほかきれいな花や草が見事に咲いている。
そしてその近くには外車が2台置かれている。
玄関に入ると大きな広間だ。靴を脱いで家に上がるといった事はない。
靴のまま広間に入りそのまま過ごす。
完全に西洋風の家だ。
少年とバイト仲間の友人は黙って顔を見合わせた。
少年の狭いアパートとは大きな違いだ。

広間に入ると「気楽にしてて、」とゆかりはみんなをソファに座らせ、奥に行きしばらくして全員にジュースを持ってきた。それがまたおいしいジュースだ。生の果実を絞ったジュースだ。
少年はこんなおいしいジュースを飲んだのは生まれて初めてだった。
少年のカフェでもフレッシュ・ジュースを出している。もちろん生の果実のジュースだ。1200円だ。お客から好評のジュースだ。だが、ゆかりの家のジュースはカフェのジュースよりもはるかにおいしい。
「今度このジュースをうちのメニューに入れるべきだね。」少年は言った。
「この味だと3000円だね。」バイト仲間が真剣に言った。
ゆかりはその話を黙って笑いながら聞いた。
気がつくと部屋には音楽が流れていた。上品なバロック音楽が静かに流れている。
話をしていると気がつかないが、声がとまるときれいな演奏がどこからともなく聞こえてくる。
こういった音楽のかけ方は居間にいるお客をとてもリラックスさせる。とてもいい気分になる。
「すてきだなあ、」少年は心の中でつぶやいた。

今日のゆかりの服装は地味だ。というより普通だ。
青山や六本木に行く時は派手な服と化粧で出かけるゆかりだが、自宅にいる時や近所の店で買い物をする時はごく普通の、といってもここら辺の女性やお嬢さんがしている服装で過ごす。
「あまり派手な格好をすると近所の目がうるさいのよ。ママに怒られるし、」ゆかりは静かに笑った。
今日のゆかりは上下とも白だ。やや長めのスカートにブラウスだ。品がいい。
いつものゆかりと違ってとても清楚に見えた。
おまけに言葉遣いまでいつもと違いとても静かで丁寧になっている。
いかにもいいとこのお嬢さんといった服装だ。
少年は自分とはまったく違う世界で日々を過ごすゆかりに見とれた。
窓から光が差し込んできてゆかりの白いブラウスとスカートのあたりが白く光っている。
ふんわりと光る白いブラウスと品良く座りこちらを見るゆかりを見て少年は心の中にそよ風が吹いてくるような気持ちになった。

広間の隅にアップライトだがピアノがある。生ギターも置いてある。
「ねえ、歌を歌いましょう。」
ゆかりがピアノを弾き始めた。
少年はギターを取りピアノに合わせてコードやリフを弾いた。
バイト仲間の連中はテーブルを手で叩き足を鳴らしリズムを取った。
最近バイト先で歌っている歌をゆかりが歌った。
ゆかりと少年が即興で作った歌だ。

とても重たくダークな夜
青山通りを二人は走る
風は冷たい
だけど、心は熱い
この道はどこへ続くのだろう
僕たち二人を乗せて
終わりのないかのように
いつまでも続く
この先にはきっと 
刺激的なエリアが有るだろう
真夜中の246は 寂しいけれど
二人なら そんな事はない
外苑前の小さなカフェで
二人は時を過ごした
深いブルーの闇の中
息を止めて見詰めあう 君と僕
時が不規則に音をきざみながら過ぎていく
僕たちを置き去りにして
そう、僕たち二人は
何もかもと無関係に過ごしていく
街を歩く人々や
流れる車
青白い闇
すべてと無関係に
二人は過ごしていく
真夜中の青山通り
真夜中の青山通り・・・・

この間即興で作ったばかりの歌を二人は軽快に歌った。
ゆかりのピアノはとてもうまい。
歌もうまい。
「すごい、」少年は感心した。
少年のギターがゆかりのピアノに置いていかれそうになった。
曲が終わった。
少年と友人は大きな拍手をした。ゆかりも拍手をした。
「うまいよ、」少年と友人は感心してゆかりをほめた。
「あなたこそ、すごくうまいわ、」ゆかりは少年を見てもう一度拍手をした。

ゆかりと友達が奥に行き今度はサンドイッチとコーヒーを持ってきてくれた。
ちょうどおなかがすいてきていたので助かった。
歌と演奏を中断して全員軽く食事をした。
「すごくおいしい、」バイト仲間が驚いた声を出した。
「本当にうまいや、」少年もほめた。
あまりおいしいので少年はあっという間に自分のサンドイッチを平らげた。
ゆかりが自分のサンドイッチを少年に寄越した。
少年は有り難くそれもあっという間に平らげた。
実はここの所あまり満足に食事をしてない。
コーヒーも驚くほどいい味だ。
香りがとてもすばらしい。
少年は自分の世界でない料理や飲み物にため息をついた。

サンドイッチを食べ終わると少年は再びギターを持った。
「ソロでどうぞ。」
ピアノを離れたゆかりが微笑んだ。
少年は軽くストロークで歌いだした。
「何を歌おう?」
「恋、」ゆかりが言った。少し真面目な顔だ。
「よせよ、」少年は不協和音を鳴らした。
「不思議な少女、」バイト仲間が言った。
少年はゆかりを見て笑った。

昔、そうずっと昔
不思議な少女がいた
深い森に住んでいて
いつも窓から街を見ていた
街では男たちが
粗野な歌を歌っていた
少女は窓を閉めた
だけど歌はガラスを通り
少女の耳に、胸に入ってくる
いつしか低級な歌が少女をとりこにした
少女は家を出た
歌に惑わされて
街へと歩き始めた
少女は森の生活を捨てて
街に出た
街で男たちと一緒に
歌を歌いだした
少女の目はぎらぎらと輝きだした

「な、何、それ、私の事?」
ゆかりが顔を少し赤くしながら抗議した。
「歌だよ、単なる歌。いちいち歌詞に反応するなよ、」
少年は笑いながら歌を続けた。
バイト仲間は腹を抱えて笑っている。
ゆかりの友達もくすくすと笑った。

ゆかりは悔しそうな顔で続きを歌った。

男たちはいつも
ひどい格好だった
食事もろくにとらず
歌ばかり歌っていた
歌といっても それは
叫んでいるだけ
心や精神が狂っているから
ゆがんだ精神構造を ただ
町中に撒き散らしているだけ
可哀想なのは街の人々
独りよがりの歌を聞かされ
毎日憂鬱になる
それでも少年は歌う
自分の挫折を、絶望を
悲しい声で歌い続ける

ゆかりが歌うと全員大声で笑った。
「これ、歌かよ。」
「絶対ヒットしない。」
「狂っているのはゆかりの方、」
「いい歌よ、」
ゆかりは少しほほを赤くして言った。

「もう少しまともなヒットしそうな歌を歌おう。」
バイト仲間が提案した。
「じゃ、オリコンの1位になりそうな歌を。」
「誰が歌うの?」
少年はゆかりを見た。
「You、」
ゆかりは少年を指差した。
少年はギターを鳴らした。
きれいめのメロディーを弾いた。


午後の陽射しを浴びながら
二人は神宮外苑を訪れた
銀杏並木をゆっくりと歩いた

「どう、こんなんで?」
ゆかりが続けた。

夏は過ぎ
少し風が冷たい
二人はうつむきながら
黙って歩いた
行きかう人はなく
ただ緑の影が二人をつつむ
男は絶望で言葉を失い
女は絶望が絶望でないと
知っている
男が寄りかかる重たい扉が
実はそれは喜びの部屋への
入り口だと知っている
だけど男は
すっかり希望を失い・・・・・・

「どこがオリコンの1位だよ、」
「前半が少し良かっただけ、」
「誰が買うか、この歌詞を」
「そうかなあ、」
ゆかりは平気な顔をした。

少年はギターを置いた。
これ以上即興をやっていると捻じ曲がった歌ばかりになってしまう。
どういう訳かゆかりは人の心を引っ掻き回す歌ばかり歌う。
ブレイクした方がいい。
「テイク・ファイヴ」
「そうしよう、」
みんなコーラを飲んだ。

「ねえ、いつ頃デビューするの?」ゆかりが真顔で少年に尋ねた。
「できるだけ早くと思うけどなかなか契約してくれないよ。」
「結構難しいんだよね、」ゆかりの友人がつぶやいた。
確かに。なかなか契約してくれない。
しかし、最近はプロダクションの人とも顔なじみとなり名刺もかなりもらった。
持参したデモテープもすぐ真剣に聞いてくれるようになった。
「ライヴやってみようよ。」
ゆかりが言った。
渋谷かどこかの小さなライヴ・ハウスに出ようと提案した。
小さなライヴ・ハウスでもとにかく出演しているとレコード・メーカーやプロダクションの注目を浴びる。
いい演奏をすれば声がかかる。
やっぱり売込みにはライヴが一番効果的だ。
とにかく実際の自分たちを見てくれる。自分たちの歌・演奏能力を見てくれる。
デモテープよりもはるかに効果的だ。
しかし、現在の流れはバンドだ。少年が目指しているソロ歌手のスタイルはなかなか受けない。
メーカーもバンドを一番望んでいる。
「やろうか、」少年はゆかりの顔を見て言った。
「やろう、やろう、」ゆかりは楽しそうに答えた。
ゆかりは再度バンドを組んでライヴをやりたくて仕方がない。ゆかりの血は騒いでいる。

「じゃあ、売れ線の曲を作るか、」少年は不安そうにつぶやいた。
「そうそう、とにかく売れ線の歌を作り注目を浴びることよ。そしてヒットするのよ。それから自分の好きな歌を歌えばいいのよ。まず最初にヒットすることよ。売れないのにいくらいい歌を作っても駄目よ。」
ゆかりが方向性や戦術を示した。確かにそのとおりだ。
注目を浴びてヒットすることが先決だ。
デビューもできず自分の好きな歌ばかり歌っていても何にもならない。
とにかくヒットすることだ。デビューすることだ。
自分の心の叫びや挫折、苦悩、あるいは夢や意気込みをいくら歌っても誰も聞いてくれなきゃ意味がない。
それより、妥協して売れ線の歌でヒットして、それから自分の好きな歌を歌っていけばいい。ヒットした後なら多少自分自身を主張する歌を作っても発売してくれるしファンも聞いてくれる。
現実的にならなければいけない。
独りよがりの歌を作る少年がゆかりとコンビを組んだことはいいことだ。
「二人で?」少年は聞いた。
「二人だけど、ドラムがいるわ。友達でやっているのがいるから、ライヴの時だけ入ってもらうのよ。彼は忙しいから練習の時は時々ね。」
「ベースは?」少年は指をあごにあてて考えた。
「別になくてもいいじゃん、」ゆかりはあっさり言った。
ギターとキーボードとドラムだ。トリオだ。シンプルだがそれで十分だ。
場合によってはギターとキーボードだけでもいい。
音の厚みが不足するがそこは少年のギターと歌でカバーすればいい。
いい歌さえ歌えばベースのない事など気にならない。
贅沢を言ってられない。人数もいない。資金もない。時間もない。最小の人数でやるしかない。
ゆかりの友人がドラムを手伝ってくれるので助かった。
完璧なバンド編成をあれこれ考えるよりも早くライヴハウス・デビューすることが先決だ。
荒削りでもとにかくスタートすることだ。船出することだ。
少年とゆかりはスタートすることにした。
ゆかりがぐいぐいと少年を引っ張った。
ゆかりが足早に進むコースは少年も望むコースだ。
二人はぴったりと息を合わせて進んだ。
いいコンビとなった。

ライヴハウスに出演できることになった。
ゆかりは作詞も始めた。
少年の作詞も非常にいいが、かなり独りよがりの主張がある。
自分の怒り、絶望、不安、挫折を叫んでいる歌が多い。とても売れそうにない。
少年に何度も歌全体の意味を聞いてやっと理解できるといった歌詞が多い。
ヒットを狙うなら分かりやすくし、ある程度きれいに格好よくまとめる必要があった。
誰もが初めて聞いた瞬間ぞくぞくするようなサビが絶対必要だ。
このぞくぞくするようなサビがないと歌は絶対ヒットしない。
ゆかりは少年の歌詞を幾度も手直しした。
ゆかりが手直しした歌詞を見て少年は感心した。
とてもきれいにまとまっている。
多くの人に受け入れられる売れ線の歌詞とはこういった歌詞か、と少年は納得した。
ヴォーカルはすべて少年がとった。
ゆかりはコーラスを受け持った。
ゆかりもうまいがソロで歌うには力不足だ。アマチュアならいいがプロとしてはやや弱い。
だが少年のヴォーカルはプロとして十分やっていけるレベルだ。
そこをゆかりは確実に見抜いている。
ゆかりにもヴォーカルを勧める少年を説得してヴォーカルはすべて少年にとらせた。
少年は首をかしげながらもゆかりに従った。
こういう点においてゆかりはとても頭が切れる。
自分も含めて相手と全体を見渡す冷静な目を持っている。
うぬぼれて自分が前面に出るといった事はしない。
お嬢さんだがぼんやりとはしてない。肝心の時に決してうかれない。とてもクールだ。
二人は新作をいくつも作った。
少年とゆかりの共同作業が始まった。新しいスタートだ。
貸しスタジオやゆかりの家で歌と演奏を何度も練習した。少年のアパートでは打ち合わせを何度も行った。歌った歌をMDに取りすぐに聞いた。
どれもいい出来だと思えた。
「よし、これでいいだろう。」「うん、だいじょうぶよ、」
二人は自信を持った。
「よし、行ける。」

3月中旬渋谷の小さなライヴハウスで初めてのライヴをやった。
記念すべき二人の初ライヴだ。
ゆかりの友人がたくさん来た。カフェのバイト仲間も何人か来た。
だが、それ以外の客はいなかった。
少年とゆかりは必死で歌い弾いた。
盛大な拍手が起きたが友人や仲間の拍手では意味がない。
翌週もライヴを行った。
だが、客はいない。すべて友人や知人ばかりだった。
少年とゆかりは落胆した。
しかし、めげずに必死でライヴをやった。
ライヴは週1か週2でやった。
本当は毎日でもやりたかったがライヴハウスがスケジュールを組んでくれなかった。
それに少年は生活費も稼がなければいけない。
アルバイトをそうそう休むわけにはいかない。生活費どころかその日の食事に困る。
音楽・歌に完全に打ち込みたいがそれより先に生活のために朝から晩までバイトをしなければいけない。
バイトばかりしていると当然歌や楽器の練習の時間が全然とれない。作曲や作詞をする時間もなくなる。
その事で少年は苛立ち苦しんだ。
ゆかりは少年の苦しみがよく分かった。
金持ちのお嬢さんのゆかりは、その気になれば少年の生活費の悩みを解決できる。
しかし、それをゆかりがやってしまったら駄目だ。下手すると二人の関係がうっとうしくなり壊れる。
ゆかりは生活の面で少年を助けることが出来るのにそれができない。
ただそばで見守り応援するしかない。
その事はゆかりをとても悩ました。
ゆかりの気遣いと悩みを少年は分かっていた。
二人はそういった悩みと苛立ちをすべて歌・ライヴにぶつけた。
二人はもがき苦しみながら歌い演奏した。
ゆかりは演奏や作詞、時には作曲やアレンジの面で、そして自分たち二人が音楽面でどういったコースに進むのがいいのかといった事などで必死で少年の手助けをした。
そして苦しむ少年を優しく励ました。苛立つ少年の愚痴に近い言葉を黙ってじっと聞いた。
ゆかりが出来ることはそれだけだった。
それは最善の方法だった。

客の来ないライヴハウスで必死に歌う少年に大きな不安がこみ上げてきた。
このまま終わってしまうのか?駄目なのか?
ゆかりも同様だった。
少年の歌とギター、作曲は絶対人気が出ると確信していた。また、自分も含めて自分たちのバンドはライヴをしたらすぐに人気が出ると思っていた。
だが、反応は悪かった。いや、ひどすぎた。
誰も来ない。一人も来ない。
「こんなはずじゃない。」
ゆかりにも絶望が襲ってきた。
少年とゆかりは客の来ないライヴを何度もこなした。
あっという間に2ヶ月が過ぎた。

やがて少しずつ客が増えてきた。
本当に最初のお客はゼロだった。その次が一人だった。
それから二人、三人と増えていった。
最初はみな面白半分、興味本位だっただろう。
だが、少年のギター、歌が興味本位の客を感心させた。
拍手も多くなり反応も良くなった。
また、ゆかりが美人だからゆかりに対する拍手も多かった。
そのうち熱心なファンが増えてきた。暇つぶしのファンでなく本物の歌手・バンドに興味のある真剣な音楽ファンだ。
ライヴをするたびに来るファンが増えてきた。
演奏が終わると熱心なファンは控え室や出口にやって来た。ファンたちは少年とゆかりをつかまえて歌を褒め、そして熱く音楽や歌に関して意見を述べた。
少年とゆかりはそういった熱心なファンを大切にして長い時間話し合った。
そして、そういったファン達が友人や知り合いをライヴに呼んだ。
客はさらに増えていった。
少年とゆかりはライヴハウス・ファンの間でだんだんと知られていった。
ライヴをこなしながら二人は曲をどんどん作った。
自信作が20曲ほどたまった。曲だけなら100曲ほど作った。
とにかく少年とゆかりが一緒にいれば曲は即興でどんどんできた。
その即興の曲を二人で2時間ほどかけて手直しするとすぐいい曲となった。
それらは二人が生み出した輝く宝石のようなものだ。
出来上がった曲を聴き二人は「僕たち二人の大切な曲だ。」「そうよ、宝物よ。」と熱く語った。
曲作りにおいて少年とゆかりはひとつとなった。ばらばらの二人でなくすばらしい曲を作る一つのアーティストとなった。
曲作り・歌作りにおいて少年とゆかりを分ける事は出来なくなった。
音楽面でも、さらに日々の生活・人生においても二人はすばらしいユニットとなった。
少年はゆかりを絶対必要とし、ゆかりには少年が不可欠となった。
曲作りで二人は自信を持った。
「僕たち二人は絶対大丈夫だ。」
少年とゆかりは見つめあった。

ライヴを精力的にこなしている7月半ばあるプロダクションの人が控え室にやって来た。
そこそこ名前の知られたプロダクションの社員だ。
少年とゆかりは緊張した。
「高橋といいます。」
名刺をくれた。
「なかなかいいね。ずっと三人でやるの?」
「ええ、当面は、」少年が答えた。
「作曲と作詞は?」
「曲は僕で、作詞は二人でやります。」
高橋はゆかりを見た。
「美人だなあ、」といった顔をした。
「いい作詞をしますね。ピアノもうまい。」
「有り難うございます。」ゆかりは手短に答えた。
頭の回転のいいゆかりはこういった時には簡単に答えるのが一番いいと知っていた。
くどくどと長たらしく音楽に対する情熱や夢、思い入れを語っても逆効果だと知っていた。
「今度いつやるの?」社員はスケジュールを聞いてきた。
「来週の今日です。その後も出ます。これを見てください。」少年はライヴの出演リストを渡した。
「有難う、また来るよ。名前は?」
高橋は二人の名前を聞いてきた。

「宮滝洋二です。」
「牧野ゆかりです。」
少し緊張しながら二人は答えた。
「そう、よろしく。」
プロダクションの人は二人の名前を手帳に書いて帰った。
いい感触だ。
「いけるかもね、」ゆかりがうれしそうに笑った。
「うん、」洋二はうなずいた。
「いける。本当に、」洋二は心の中で確信を持った。
次のライヴでもそのプロダクションの社員は来ていた。洋二たちのライヴをじっと真剣に聞いた。
いい演奏やヴォーカルが決まった時には大きな拍手をしてくれた。
きちんと評価しながら聞いてくれている。
舞台からそういった聞き方を見て洋二はうれしくなった。
ギターを弾きながらゆかりを見るとゆかりも小さくうなずいた。

洋二は高橋に自信の有る歌を聞いてもらった。
ライヴでまだ演奏してない歌ばかりだ。高橋が一度も聞いてない歌だ。
最近作ったばかりの歌だ。ほとんどがゆかりと一緒に作った歌だ。中には高校時代に作った歌もある。
高橋は非常に気に入った。
「いいね。どれもレベルが高い。それに独特のサウンドだ。君しか出せないサウンドをしている。詞もいい。」
高校時代に作った数曲の歌については「技術的に荒削りだしいまいちの点もあるが、だけど熱気がある。こういった熱気が大切だ。高校時代の曲をうまく手直しすればぐっと良くなる。」とほめてくれた。

ある日高橋が洋二とゆかりを近くの喫茶店に誘った。

喫茶店の奥の席に行くとそこに二人の年配の人がいた。
高橋の会社の部長と課長だ。
二人を紹介された洋二とゆかりは緊張した。
「デビューしないかい?」
高橋が真剣な顔で聞いてきた。
「えっ、」洋二とゆかりは驚いた。そして喜んだ。
幸運がとうとうやって来た。
高橋は洋二とゆかりにCDデビューと契約の話を切り出した。
高橋のプロダクションは洋二とゆかりがCDを発売するレコードメーカーもほぼ決めている。洋二たちは知らないが部長と課長は洋二たちのライヴをすでに2度ほど見ていた。洋二の歌とギターの腕を確認している。
デビュー曲はテレビ・ドラマの挿入歌となることも決定している。
もちろんその歌は洋二の作品である。
11月21日発売のCDシングルでデビューできる。
「お願いします。」
洋二とゆかりはそろって高橋や部長などに軽く頭を下げてデビュー、契約の了承をした。
「頑張ってください。いい才能をしている。」
部長が笑顔で洋二に言った。

高橋たちと別れたあと洋二とゆかりは急いで別の喫茶店に入った。
そして、ついさっきの話をしながら喜びを語り合った。
「すごいね。とうとうよ。」
ゆかりが頬をピンク色に染めながら洋二の手を強く握った。
洋二もゆかりの手を握り返した。
「デビューよ。夢みたい。」
「本当だよ。」
二人は高橋から渡された数枚の書類を見ながら今後のスケージュールを確認した。
デビューまで期間が無い。
デビュー曲の選定、レコーディング、イヴェントといろいろ忙しい。
スケジュール表には二人の予定がびっしりと入っている。

その日から二人の生活は一変した。
安いが給料が出ることになった。
洋二のアルバイト代よりもかなり安い給料だが、これで洋二はアルバイトをする必要がなくなった。
完全に音楽・作曲に専念できるようになった。
交通費や楽器に関する費用がプロダクションから出るのが有り難かった。
さらに、プロダクションの練習スタジオを無料で使える。毎日1時間ほどは洋二たちが使える。そのスタジオに置いてあるキーボードやシンセサイザーなどの楽器も自由に使える。

洋二たちと高橋はデビュー曲候補の3曲をさらに完璧に仕上げる作業を行った。
高橋と一緒にレコードメーカーに出かけディレクターなどにあいさつ回りもした。
レコーディング・スタジオも見学した。見学した時には他社専属のバンドがレコーディングをしていた。ヒットを連発している有名なバンドだ。
洋二とゆかりは興奮した。
もうすぐ自分たちもこのスタジオでああいうふうにレコーディングを行うのだ。
連日洋二とゆかりはプロダクションの近くの小さな練習スタジオで歌の練習をした。
練習といってもほとんどデビュー曲のレコーディングの練習だ。
録音した音を聞くと完璧だ。
そのまま原盤として使えるほどいい出来で録音できていた。
洋二たちの担当は高橋が行った。
数日してデビュー曲も決定した。
その曲は洋二もゆかりも高橋も全員がいい出来だと認める曲だ。
曲は洋二、作詞は洋二とゆかりだ。
「いけるよ。ヒットするよ。」
高橋は自信に満ちた顔で二人に言った。
高橋の自信満々の表情を見て洋二とゆかりは最高の気持ちになった。

レコーディングの練習や演奏の練習などをしない日は高橋と一緒に放送局や関連する音楽事務所へのあいさつ回りをした。さらに他のバンドと一緒にイヴェントなどをこなした。
事務所には有名なバンドや歌手がいた。
そういった先輩ともいえるバンドと一緒に動き回るのは大いに勉強になった。
ヒットを飛ばし続けているバンドの人たちは洋二の歌を聞いてほめてくれた。
「いけるよ。ヒットするよ。頑張って。」と励ましてくれた。
事務所の有名なバンドや歌手からほめられて洋二とゆかりは本当にうれしかった。そして、ますます自分たちはヒットすると確信を深めていった。
洋二たちはそういった先輩バンドのライヴに同行して機材の運搬やセッティング、ライヴ前のいろいろな作業や雑用の仕事をした。
そういった仕事は遠くや地方への移動も有り朝から深夜まで続いた。体力的にはきつかったが、非常に楽しい仕事だった。
音出しのチェックで舞台の中央でギターを弾く作業は身震いするほどうれしい仕事だった。
大きなコンサート会場の舞台中央で広い客席を見ながらギターを弾いて音を出す作業はまるでもう自分がスターになったかと錯覚するような気持ちにさせた。

そういった先輩バンドの手伝いの仕事をしながら、あいた日には歌と楽器の練習を猛烈に行った。作曲や作詞は一日中、あるいは仕事のあと連日深夜まで行った。
いい曲、詞がさらに増えていった。
それらの曲の中に非常に出来のいい歌が12曲あった。
その曲、詞を見て高橋は「これでデビュー・アルバムもすぐに出せるな。」と感心した。
デビュー曲が当たれば第二弾は春に出して、ファースト・アルバムは来年の夏ごろだ、と高橋は説明した。
二人はいっそう興奮した。
まるで自分たちの成功した来年を見ているような気持ちになった。
洋二とゆかりはデビューに向けて忙しい日々をこなしていった。

9月初め洋二は20歳になった。
もがき苦しみながら挫折と不安の中で20歳になった。
とうとうデビューが訪れた。

続いて同じく9月下旬ゆかりも20歳になった。
二人は六本木の小さいけれどしゃれたレストランで二人だけの誕生会を行った。
「20歳か・・・、」
洋二とゆかりは顔を見合わせて微笑んだ。
二人とも高校一年ごろから真剣に音楽をやって来た。
コースは違うがデビューして成功する夢を持っていた。
ゆかりは途中で早々と失敗しほとんどあきらめてしまっていた。
洋二は自信満々だったがいくらやっても認めてもらえずもがき続けた。
絶対成功する、いやすぐにでも成功すると確信していたが、挫折の日々を送っていた。
しかし、とうとうデビューもできることになった。 
二人は最高の喜びで誕生会を行なった。
「僕たちはもうガキじゃない。大人だ。」
洋二はまじめな顔でゆかりを見た。
ゆかりは黙ってうなずいた。
「デビューもできるし僕たち二人は絶対成功する。自信が有る。」
洋二は強く言った。
「うん、」
ゆかりも強くうなずいた。
「僕とゆかりはいいコンビだ。これからも二人でいい歌を作りどんどんライヴをして成功していこう。」
「うん、ずっとね、」
ゆかりは洋二の目をじっと見ながら真剣な顔で言った。
もう二人は昨日までの少年・少女ではない。
ライフワークの音楽と人生を真剣に見つめ進んでいく成功直前の大人だ。
二人は互いに音楽でも日々の生活・人生でも常に一緒だと感じだ。これからはずっといつも一緒に日々を過ごすと思った。
二人は互いに相手なしの人生を想像出来なくなった。

二人は真剣に愛し合っていた。
以前の二人は共通の趣味とも言える音楽だけで結びついていた。
だが、今は音楽だけでなく生活や人生のすべてにおいても強く結びついている。
二人は同じ道を手を強く握り合ってまっすぐ歩いて行っている状態だ。
もう二人が別々の道を歩むとか互いの手を離すといった事は有り得ない。
音楽が好きだった二人が偶然出会い一年ほど一緒に悪戦苦闘している間に、いつの間にか二人はすべてを理解しあい、さらに人生を共に進んで行く恋人となっていった。
二人は音楽ではもちろん、人生でもうまくやっていけるだろう。
「大好きだよ、」
洋二は自分の気持ちを告白した。
「私も。いつまでも。」
ゆかりは笑顔でこたえた。
二人は真剣に気持ちを伝えあった。
二人とも自分たちの未来は明るく輝いていると確信した。


                       つづく
          

  ※このブログへ小説「あれから」を掲載し始めたのは2008.
   1.9.です。   
  ※「あれから」のあらすじ完成、主題歌「あれから」の完成は
   7年前の2001年夏頃です。
   完成の時期と掲載の時期とが違います。ご注意下さい。
  ◇あらすじと本文が混じった小説ですが、著作権が存在します。
   小説中の歌詞にも著作権が存在します。

                   2008.1.9.


                      ナポレオン



       ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



◆ 小説「幸せがくる」  あらすじ



                      伊東和雄



昔貧しい孤児院があった。
コハト・ホームだ。
災害や親の失踪などでやって来た子供たちばかりだ。
中には病院で生まれたという子供もいた。
病院? 普通だと誰もが思う。そうではない。
病院の玄関に置き去りにされた子供なのだ。
ある年の暮れ、クリスマスというのに子供たちはケーキもなく寂しく過ごしていた。
一人の男がクリスマスの夜ケーキをたくさんプレゼントした。
マザー・石井十三子(とみこ)と子供たちは喜んだ。

マザー・とみこもクリスマスの為にケーキを買いたかった。
でも、全然費用が出来なかった。
以前は時々寄付があった。
しかし、最近は寄付をしてくれる人もいなくなった。
すっかりみんなから忘れ去られてしまった。
マザーは時間を見つけては近所の店や工場で働き運営の費用を工面した。
だが、そんな少ない金額では孤児院の運営はとても出来ない。
マザーは役所にも訴えた。
窓口で必死に係員に訴えた。頭を何度も下げた。
しかし、係員は冷たく言った。
「今年の予算はすべて終わりました。援助は出来ません。規程です。」
「でも援助を頂かないと子供たちの食べるものがないのです。」
「そういった事をここで言われてもねぇ。役所はあんただけのものじゃないんでね。」
「でも、何とかしていただかないと本当に子供たちが空腹で、病気になってしまいます。」
「そんな事は私には関係ないよねぇ。第一、あんたと私は親戚でもなんでもないんだから。あ、時間だ。帰ってください。」
係員は時計を見てさっさと立ち上がり奥の同僚がいる机に行きみんなとお茶を飲みだした。
まだ定時時間の3分前だ。
マザーは泣きながら役所を出た。

男は恰幅もよく堂々としていた。親切な笑顔だった。
ニコニコとしてケーキやお菓子を持ってきた男を見てマザーは神様かと思った。
部屋にあるピアノを弾きながら男はクリスマスの歌を歌った。
ケーキを食べながらピアノの弾き語りを聞き子供たちはつかの間の幸せを感じた。
しかし、男は心から親切にしたのではなかった。
経営していた会社が順調で懐が暖かかったので、無造作に恵みを行っただけだった。
「俺はいい人間だ。」と男は内心自慢した。
その翌日会社で従業員などに前夜の事を自慢した。
男はその後一、二回その孤児院を訪れお菓子などを与えた。
そして、その事を会社の連中や知人に自慢した。
「社長はいい人間ですね。」みんなほめた。
ほめられて男は有頂天になった。
人に自慢する為の慈善行為だった。

子供たちは悲しい毎日を過ごしながらも成長した。
もちろん多くのトラブルが有った。
マザーはそのたび幾度も泣き、苦労した。
男が偽善で行ったクリスマスのプレゼントだったが、子供たちはそういった男の高慢な慈善など知らず、純粋に感謝の気持ちを持ちながらすてきな思い出として大きくなっていった。
一番年上のエリは男がピアノを弾き歌う姿を見て心がとても楽しくなっていった。その事に驚き感動した。
毎日とても悲しいのに男が歌う歌で悲しみが消えた。
不思議だった。感動した。
子供たちは次のクリスマスにも男がケーキを持って来てくれないかと願った。
男が来たら一緒に歌を歌おうとクリスマスの歌やいろいろな歌、そして踊りも練習していた。
クリスマスの日子供たちは玄関で男を待った。
しかし、男は来なかった。
実は男はコハト・ホームの事などすっかり忘れてしまっていた。
単なる気まぐれの施しだった。
興味がなくなるとそれで終わりだった。
何年かするうちに男の会社は不況で倒産した。
男は職安に通う人になっていった。
子供の中で一番年上だったエリが歌手になりデビューをした。
エリはあのクリスマスの夜男が歌う歌を聞いて歌手を目指したのだった。
決してうまい訳ではないがひたむきに歌うエリの歌は少しづつ売れていった。
エリは孤児院の出身だと言う事を隠した。人気に響くからだった。
その為孤児院に行く事もしなかった。
本心は孤児院出身という過去を完全に消したかったのだ。
孤児院とは完全に縁を切りたかった。
エリは雑誌などのインタビューに対して普通の家庭で育ったという返事をしていた。
時が流れた。
コハト・ホームが閉鎖する事になった。
マザーも頑張ったが運営する費用が出なかった。
子供たちの事を考えてマザーは毎日泣いた。
ある日男は街をとぼとぼと歩いていた。
今は小さな工場に勤めていた。
テレビ局へ行く途中車で通りかかったエリがその男を見かけた。
すっかり見すばらしくなり服装もあの時よりもかなり貧弱になっていた。
あのクリスマスの夜に胸を張って堂々としていた面影は全然ない。
顔も生活苦の為に老け込んでいた。
あの時の男とはすれ違った知人でも気がつかないだろう。
しかし、エリは男を決して忘れなかった。
「おじさん、」
長い間探していた人だった。
男は振り返った。やはり、あの男だった。
エリは男が弾いたクリスマスの歌に感動して歌手を目指した事を告げ、歌がヒットして有名になったのはおじさんのおかげだと何度も有難うと述べた。
エリからそういった話を聞き何度も感謝され男は自分を恥じ反省した。
閉鎖する直前のクリスマスの夜男は久しぶりにコハト・ホームを訪れた。
少ない給料をほとんどはたいてたくさんのケーキを買い訪問した。
今度は心からのプレゼントだった。
男の心から偽善や高慢は消えていた。
子供たちやマザーは大喜びした。
そこへエリがやって来た。
エリは男に会い男から「私は偽善だった。偉ぶっていた。」と反省する言葉を聞いた時自分も反省したのだった。
エリはたくさんのケーキ、お菓子とおもちゃを持ってきた。
子供たちは飛び上がって喜んだ。
エリはマザーに分厚い封筒を渡した。中にはたくさんのお金が入っていた。
「マザー、これでコハト・ホームを続けてください。」
「エリちゃん、有難う」マザーはまた泣いた。
子供たちはホームが閉鎖しなくなったので大喜びした。
ケーキやジュースがテーブルに並べられた瞬間子供たちはケーキに突進した。
おもちゃも奪い合いとなった。
いつもひっそりとしているコハト・ホームが運動会のようなにぎやかさになった。
男もエリもマザーもそういった光景を微笑みながら見た。
男は部屋の隅のピアノを見た。
「懐かしい、」
「クリスマスの歌を弾いてよ、」子供たちがリクエストした。
男はピアノを弾きだした。
ますます古ぼけてしまいすっかり調律も狂ってしまっている。
「俺みたいなだな、」
男は苦笑いした。

男は一曲歌った。
「私も歌うわ、」エリも歌った。
みんなは大喜びした。男はエリの伴奏をした。
「僕たちもうたうよ、」
子供たちも歌いだした。
エリはみんなと一緒に歌い男は伴奏をした。
エリは子供たちの手をとり踊った。
子供たちも全員エリの真似をして踊った。
歌と踊りは続いた。
まるでミュージカルのようになった。
大喜びで次々と歌う子供たち、笑顔のエリ、心から喜ぶ男、喜びの涙をながすマザー。
コハト・ホームのクリスマスはいつまでも続いた。

悲しくても泣いてはいけない。
夢を信じよう。
幸せは必ずやって来る。


                       つづく

    ※このブログへ「幸せがくる」を掲載したは2008.1.10.です。



◇上記の小説「あれから」と「幸せがくる」の主題歌を一部別頁で掲載しています。
左の最新記事欄の上の方の「新しい歌 新作」をクリックしてお読み下さい。
 また、その頁で別の新作の歌詞の紹介も掲載しています。

◇この頁に掲載している「あれから」と「幸せがくる」は
 あらすじで一部の掲載ですが、著作権が存在します。
※このブログへの「あれから」の掲載は2008.1.9.です。
「幸せがくる」の掲載は2008.1.10.です。

           2008.1.12.    ナポレオン





  ■ 「うそつきのいない王国」     あらすじ



                   ロバート・ランブン



貿易商のエリックがジャンとうそつきのいない国へ行った時の貴重な記録です。
ニューヨークに住むエリックはフランスへ商用で出かけた。仕事に数日空きが出来たので古くからの友人であるフランス文化省局長のジャンを訪問した。
サンジェルマン通りのカフェで二人は会った。
ジャンはエリックの久しぶりの訪仏を歓迎した。
「どこか良い所へ案内して欲しい。だけどディズニーランドはお断りだ。フロリダで散々行って来た。」
エリックは驚くような所を案内しろと迫った。
ジャンは考えた。
真面目な顔をしてエリックに確認した。
「エリック、君は約束を守れるか?」
エリックは驚いた。
ジャンのそのような真面目な顔は初めてだった。
「ジャン、僕は正直な貿易商人で通っている。約束を破る事などありえない。今まで一度もうそをついた事はない。」
エリックは少しむっとして返事した。
「そうか、失礼した。分かった。では、いい所へ案内する。しかし、これはフランス国家の最高機密だ。これから行く所は絶対に秘密だ。分かったね。」
「何?国家機密の場所へ案内してくれるのか?」
エリックはたいそう喜んだ。
ジャンはエリックを文化省手配の特別車に乗せてパリを出発した。
車はアルプス方面に向かった。
途中で東に曲がり深い森の中を進んだ。
「ずいぶん深い森だ。ブローニューの森よりも大きい。」
貿易商人であるエリックはフランスの地理には詳しい。
しかし、このような大きい森は知らない。
どこだろうかと思った。
さらに車は進んだ。
半日進んでもまだ森の中だ。ずいぶんと大きな森だ。

「エリック、君は歴史に詳しいか?」
「ああ、一通りはな、」
エリックが退屈そうに返事すると、ジャンは重大な事だがと切り出した。
「ナポレオンがイタリアを侵攻する時にこの森を通った。
その時にここに有った小さな王国を占領した。
ところがこの王国は質のいい金を産出していた。
ナポレオンはこの王国の事を秘密にした。政府の最高機密としこの王国を諸国には秘密にしてずっと植民地にした。
産出する金の大半をフランスというよりナポレオン皇帝が独占した。
そして、ナポレオンは皇帝退位後殺害を狙う王党派と取引をした。
ナポレオンの命を保証するかわりにこの王国の存在を教えた。
ベルサイユ宮殿の秘密地下室の大量の純金を保管している金庫も教えた。
大量の金塊を王党派の連中に与えた。
それでナポレオンはギロチンを免れた。
さらに、この王国の秘密は王党派、革命軍、ナポレオン三世、共和制政府、現在の政府へと引き継がれている。貿易の輸出が年々減少していて没落に歯止めがかからないフランスが今日未だに豊かなのはこの金(きん)のおかげさ。」
ジャンはスイス近くにある秘密王国の事をエリックに話した。
「そんな王国が有るのか?」
エリックは驚いた。
「そうだ。何しろパリの五区と六区よりも小さな王国だが、金の産出量がすごい。毎年フランスの国家予算の5%ほどの金を産出する。」
「ほっ、本当か?」
「しっ、大きな声を出すな。」
ジャンはエリックの肩を叩いた。
「そうだ。その王国へ今から案内する。」
エリックは興奮した。
森はますます深くなった。木々は高くなり鬱蒼としてきた。
「この地域は森が深いので衛星写真でもただの森としか写らない。」
車が森から出た。
目の前に中世のような街並みが見えた。
こじんまりとした町だ。
「ここだ。」
ジャンは車から降りて前方の町を指差した。
イタリアやドイツの中世の町をそのまま再現したような街並みだ。
町の向こうには深い森が再び続く。

少し歩くと大きな門があった。
「ここが入り口だ。」
ジャンは門の前で立ち止まった。警備員がいる。大男だ。
「入り口でもあり国境でもある。」
「パスポートやビザがいるのか?」
エリックは一応確認した。
「ああ、いる。しかし、ビザなど誰にも発給しない。だから、誰もこの国には入れない。」
「じゃあ、どうやって入るのだ。」
「心配するな。僕は特別だ。この王国はフランスの植民地だ。この王国を担当しているのは文化省の僕の局だ。僕はこの国には特別外交官として入る事が出来る。さあ、入国しよう。」
ジャンは門兵に何やらパスポートのような物を見せて中に入った。
エリックもあわてて続いた。
中はすばらしく美しい。
まるで中世の町にタイムスリップして来たような錯覚に陥った。
「すごい。まるでルイ十四世のフランスだな。いや、ルネッサンス期のフィレンツェだ。」
エリックは感心した。
町の家はすべて石造りで道路は石畳だ。建物はすべて中世の様式で建てられている。
建物にはすばらしい神々や女神、天使の像が彫られている。
ミケランジェロよりも優れている。
遠くには神殿が見える。
ギリシャのパルテノン神殿よりもはるかに大きく荘厳だ。
車は走っていない。馬車が道を行く。
歩く人々の姿は中世の服装だ。
注意深く見ると絹の服を着ている人が多い。
豊かな国だ。
「まるでおとぎの国に迷い込んだようだ。」


エリックは感嘆してつぶやいた。
「ああ、そうだ。僕も最初この国に入った時は驚いた。今でも入るたびに興奮する。」
ジャンは立ち止まった。
「エリック。これからこの国で二、三日過ごすが、絶対にこの国ではうそをつかないで欲しい。」
ジャンは強く確認をした。
「ああ、うそなどつくものか。僕は生まれて一度もうそなどついた事がない。」
エリックはきっぱりと言った。
「そうか。それなら大丈夫だ。何しろこの国はうそをつくと重罪だ。気をつけてくれたまえ。」
ジャンは石畳の町を前方へと進んだ。
「どこへ行く?」
エリックは聞いた。
「そうだな。まず食事でもしよう。いや、コーヒーでも飲もうか?」
ジャンは通りに有る小さな店に入った。
どうやらカフェのようだ。
いや、レストランのようだ。
店の中には電灯はない。テーブルの上にはろうそくがある。
この国では電気を使わないようだ。
店に入りテーブルに座ってエリックは驚いた。
テーブルやいす、室内の調度品などあらゆる物に金が使われている。
しかも輝きがいい。
質のいい金を使っている。
「驚いた。さすが金の産出国だけの事はある。金をふんだんに使っている。」
運ばれてきたコーヒーを飲みながらジャンはこの王国について説明を始めた。
「この王国はもちろん王制だ。ここの王様もフランスとの現在の関係を変更したくない。中世のままの王制を続けたいのだ。フランスと関係を続ける限りフランスはこの国を保護していく。この国の王室は永遠に守られる。」
ジャンはこの王国がいつまでも現在の状態を続けていくと説明をした。
「という事は、フランスはこの国から産出される金(きん)をすべて奪い取るわけだ。」
エリックは皮肉を言った。
「奪うとは人聞きが悪い。税金を金(きん)でもらうだけだ。その代わりフランスはこの国がどこの国にも侵略されないように保護している。この森の周囲に農家があり農民が畑で仕事をしていただろう?」
「ああ、そういえば農家があったな。農民もいた。」
エリックは途中の光景を思い出した。
「あの農民は全部フランス軍の特殊部隊だ。不審者が近づくと即座に逮捕する。誰もこの王国には近づけない。」
ジャンは森、つまり王国の周辺警備の完璧さを自慢した。
「なるほど、それでどこの国もこの王国のことを知らないわけだ。」
エリックは感心した。
同時に内心何とかしてこの王国と貿易して巨万の富を得る事が出来ないかと考えた。
なにしろこのカフェの金の輝きはすごい。非常に質がいい。
「さて、行こうか、」
ジャンは店の外に出た。エリックも続いた。
通りは車がなく人が歩いているだけだ。人は多い。
のんびりしたものだ。
二人が歩いていると一人の少女というか女の子が近づいて来た。
「おじさん、花を買ってください。」
少女は花かごを二人の前に差した・・・・・・・・・・・・


※この続きは別頁でご覧ください。


  
                  2008.2.3.


         ◇著作権が存在します。
         ◇この物語の初掲載は2008.1.14.ですが、
           物語の完成は2001年です。
         ◇この王国の事はフランスの国家機密です。
            ほかの人には教えないで下さい。
           もし漏らすとナポレオン法典により罰せられます。


                 2008.1.14.     ナポレオン



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 ◇◇◇下記は新作です。短編です。

     「いたずら雲さん」

                   ロバート・ランブン


 ある日いたずら雲さんが子供を見つけた。
 子供はおいしそうなお菓子を持っている。
 大切そうにしっかりと持っている。
 雲は子供に微笑みながらささやいた。
 「ね、君、小石を僕に投げてごらん、」
 子供は言われたとおりに小石を雲に投げた。
 小石は三個になって落ちてきた。
 子供はすごいと喜んだ。
 雲はまた言った。
 「お菓子を僕に投げてごらん、」
 子供は喜んでお菓子を雲に投げた。
 雲はお菓子を受け取るとさーっといなくなりました。


                  おしまい


                  2008.1.21.


         ◇短編ですが、著作権が存在します。
         ◇著作権者の許可を得て掲載しています。
         

                 2008.1.29.     ナポレオン




 ◇次の小説は甲子園を目指した少年の涙と激痛の物語です。
   あらすじです。

 
     「涙のフォークボール」

           
                     中島茂雄



町坂は地方の高校一年生だ
甲子園を目指して頑張っている。
投手だ。
とはいっても控えだ。三番手だ。

連日猛練習でくたくただ。
先輩や監督からしごかれてばかりだ。
野球部だというのになぜか監督はいつも竹刀を持っている。
剣道の精神を野球にいかすのだ。
と監督は言っている。
大きなうそだ。
町坂がエラーをした時にお尻を叩くためだ。

今日は隣町のチームと練習試合だ。
そのチームは毎年甲子園に出場する強豪だ・・・・・


※この続きは別の頁に有ります。
そちらをご覧ください。





◆このブログにはいろいろな小説、短編物語、評論、歌詞、歌などを掲載しています。

竜馬の小説「竜馬がくる~桂浜編」「竜馬がくる~明治編」、竜馬の評論「竜馬小論」、新作の歌詞、歌、新作の小説のあらすじ、連載小説「森の中の宇宙人」、サッカー小説「広場のイレブン」、ロバート・ランブンの短編物語、童話、数学の定理などいろいろ入っています。 どうぞご覧下さい。
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検索画面のトップに出てきます。あるいは上位で出てきますので、再度このブログを訪問する時にすぐ来れますので便利です。

◇ロバート・ランブン   ◇紫四季    ◇森の中の宇宙人
◇竜馬小論     ◇銀座ぶらぶら歩き   ◇広場のイレブン 

   あるいは、ダブル、トリプル検索で、

◇「歌 新作」と検索しますと、1800万中1位から7位の間で出ます。
◇「歌詞 新作」と検索しますと、500万中10位ほどで出てきます。
◇「小説 新作」と検索しますと、950万中13位ほどで出てきます。
◇「作詞 新作」と検索しますと、500万中5位ほどで出てきます。
◇「竜馬 小説」と検索しますと、40万中トップで出てきます。
◇竜馬 小説  ◇竜馬と小説  ◇竜馬 評論  
◇竜馬 紫四季 ◇竜馬がくる 小説  ◇竜馬 ナポレオン 
◇小説と魔法の歴史年代暗記   ◇銀座 小説  ◇数学 小説  

ブログのアドレスは、 http://blog.so-net.ne.jp/rekishi/ です。
ブログ・タイトルは「竜馬と歌と小説と歴史」です。
タイトルとアドレスを確認してお読み下さい。

ヤフーで「歌 新作」と検索すると、1600万中1位で出ます。驚きです。
それだけ、このブログの歌詞、歌、新作の頁が読まれているのです。(2008.1.29.現在)
このブログに簡単に早く来る事が出来ます。再度ご来訪の時はご利用ください。

検索画面のトップに出てくるという事はそれだけ多くの人が、ロバート・ランブン、伊東和雄、紫四季などの短編物語、童話、竜馬の小説、竜馬小論、歌詞、歌などをご覧になっているからです。

「竜馬と小説」「竜馬 評論」「竜馬小論」と検索すると、やはりたくさんのホーム・ページ、ブログの中からこのブログ:竜馬の小説「竜馬がくる~桂浜編」が一番目に出てきます。
それほど多くの人がこの小説「竜馬がくる~桂浜編」、竜馬小論を読んでいるのです。








       「竜馬と小説と歴史のブログ」編集長  ナポレオン










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■新しい歌。作詞。その1.メイン [・・・・音楽]

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       2008.10.20.     更新新しました。 
 
  
            ★ 「新しい歌。作詞。1。」のメインの頁です。


               ★ 最新作はこの頁に載ります。

  ◆ 現在 121 曲  掲載しています。


           いい歌がたくさん出来ました。
         前回見た方は最後の方、⇒:矢印の歌詞、をお読み下さい。

      ◇いい歌には、目次に★  ★★  ★★★ と星表示をしています。
           三ツ星は非常にいい歌・歌詞です。 参考にして下さい。
        ◇歌詞はすべてオリジナルです。
        ◇「歌詞集」であると同時に、「詩集」でもあります。


    ◇ヤフーで「歌 新作」 と検索すると、1600万中1位で出てきます。
      「歌 歌詞 新作」と検索しますとこのブログが300万中1位
       か、2位で出てきます。   再度このブログにご来訪する時は、
       「歌 新作」と検索して下さい。  すぐ来る事が出来ます。
                    ・・・・・・ (2008.5.24.現在)

             

   ◆ 目 次     作詞、歌、音楽に関するご案内です。

    ※下記のうち、7番から86番までは、ほかの頁に移動しました。左の「最新記事欄」から「新しい歌。作詞。2。」、また「新しい歌。作詞。3。」をクリックしてご覧ください。

        1. 「文豪と東京フランス、ショパン・・・」  ★★★  歌詞               
        2. 「あれから」       ★★   歌詞  「あれから」より   
        3. 「優しい心がほしい」  ★★    歌詞   「あれから」より
        4. 「夢を信じよう」    ★    歌詞  「幸せがくる」より
        5. 「古ぼけたピアノ」        歌詞  「幸せがくる」より
        6. 「古ぼけたピアノ  パート2」  歌詞  「幸せがくる」より
        7. 「僕の友達について」        歌詞
        8. 「気ままに」           歌詞   
        9. 「なみだ」             歌詞
       10. 町を捨てよう         歌詞    「あれから」より    
       11. 歌はすばらしい        歌詞   「幸せがくる」より
        12. 古い壁を壊せ         歌詞    「あれから」より
        13. 二人の夢           作詞    「あれから」より
       14. 好きだ             作詞    「あれから」より
       15. アレアレア     ★★   作詞
       16. 森のレストラン        作詞   「あれから」より 
       17. フリーマーケット    ※恋のフリーマーケット  作詞
       18. 誘拐犯       ★          作詞
       19. 花言葉                作詞
       20. 夏の公園                作詞
       21. 湘南   江ノ島   江ノ電   ★★★   作詞
       22. 二人の江ノ島    ★          作詞
       23. 銀座へ行きましょう             作詞
       23. 君が好きだ                 作詞
       24. 暑中お見舞い申し上げます        作詞
       25. モンマルトルのピアノ弾き         作詞
       26. 映画のように                 作詞
       27. モンマルトルの思い出           作詞
       28. 波のきらめき                  作詞
       29. 心から愛したい                作詞
       30. 僕たちはどこへ行くのだろう        作詞
       31. 気がついてね                作詞
       32. 夏のなぎさ                   作詞
       33. 「都会の午後三時」              作詞
       34. 「江ノ島においで」                作詞
       35. 「ヨットにふたり」     ★          作詞
       36. 「南 風」                    作詞
       37. 「 涙 」                    作詞
       38. 「予約席」                   作詞
       39. 「恋をしてみたい」    ★         作詞
       40. 「軽井沢」                    作詞
       41.  「モンマルトルのピアノ弾き ~ 清らかな修道女」 作詞
       42. 「愛のよろこび」     ★★★      作詞
       43.  「 春 」                    作詞
       44.  「走れメロスのごとく」             作詞
       45.  「竹下通り」                    作詞
       46. 「もうすぐ江ノ島」     ★★★         作詞
       47.  「ラブリー・ブランチ」              作詞
       48.  「季節はめぐる」      ★★★       作詞
       49.  「江の島エンジェル」    ★          作詞
       50.  「真実の愛」                     作詞
       51.  「ハートはこなごな」               作詞
       52.  「私は知っている」                 作詞
       53.  「原宿午後三時」                 作詞
       54.  「Oh、my God」       ★       作詞
       55.  「キミは年下」          ★       作詞
       56.  「Yeah,I love you」      作詞
       57.  「さすらい人」                   作詞
       58.  「すてきな人」                  作詞
       59.  「じゃあね」            ★      作詞
       60.  「美しい花」                    作詞
       61.  「見つめて」                   作詞
       62.  「ブルー・バレンタイン」             作詞
       63.  「表参道のあの店」                詞
       64.  「新婚家庭」           ★        作詞
       65.  「夏のかわいいベイビー」            作詞
       66.  「浜辺のパーティー」      ★★      作詞
       67.  「夢が逃げて行く」                作詞
       68.  「夏が消えていく」                作詞
       69.  「春の銀座」                    作詞
       70.  「時は過ぎ行く」        ★        作詞
       71.  「レモン」                     作詞
       72.  「愛していたのに」       ★        作詞
       73.  「夏の香り」           ★        歌詞
       74.  「思い出のアルバム 」              作詞
       75.  「愛していると言って」               作詞
       76.  「美しい少女」                   作詞
       77.  「夜の闇の中で」                  作詞
       78.  「愛の思い出」       ★★                作詞
      79.  「君を愛している」                       作詞
       80.  「  珈  琲  」      ★                作詞
      81.  「丘の上の一人の男」    ★★               作詞
      82.  「僕は今でも」                         作詞
      83.  「浜辺の少女」        ★                作詞
       84.  「湘南においで」                        作詞
       85.  「いつのまにか」       ★★              作詞
       86.  「ゆれる心」          ★               作詞
       87.  「夏の午後」                            作詞
       88.  「小さな手」          ★                作詞
       89.  「いつかきっと」                          作詞
       90.  「ふとした事から」                        作詞
       91.  「すばらしいあなた」    ★★             作詞
       92.  「子供たちは大人になる」                    作詞
       93.  「魔法の鏡」                           作詞
       94.  「片思い」         ★★               作詞
       95.  「あの娘がいない」                       作詞
       96.  「 ミルク 」                           作詞
       97.  「湘南ララバイ」        ★               作詞
       98.  「小説」                             作詞
       99.  「恋のシンデレラ・ナイト」                  作詞
       100.  「恋もアメリカン」                      作詞
       101.  「渚の少女」       ★★             作詞
       102.  「夏の終わり」     ★★★            作詞
       103.  「占い」                            作詞
       104.  「ダンス・パーティー」                   作詞
       105.  「あの頃へ」         ★              作詞
       106.  「暗い闇の中で」                      作詞
       107.  「お願いだ」                         作詞
       108.  「愛される君」                        作詞
       109.  「いい気味だわ」      ★              作詞
       110.  「ニューオーリンズ」    ★              作詞
       111.  「てれくさいのさ」      ★              作詞
       112.  「あの頃は美しかった」                  作詞
       113.  「彼は寂しかった」     ★              作詞
       114.  「さよなら、茅ヶ崎   ★★★           作詞
       115.  「茅ヶ崎ブルース」    ★★            作詞
       116.  「午後の陽射しの中」                作詞
      117.  「見つめないで」                    作詞
   ⇒  118.  「青山通り」                      作詞
   ⇒  119.  「昔、そう、ずっと昔」                作詞
   ⇒  120.  「 卒 業 」                      作詞
   ⇒  121.  「 青 山 」                      作詞


  ※  130.   竜馬の主題歌の歌詞の説明

 
 ■■■■■  伊東和雄の作詞が、


発売に向けてスタートしました。新作です。
作詞の内容を大雑把に言葉のみで説明します。下記です。
タイトルは仮題です。


  ◇1. 「文豪と風景と東京、フランス、ショパン・・・の歌」 
                         ★★★

                        作詞  伊東和雄
   ♪♪♪
   春の清々しい風景と有名な文豪とを描いたもの。
   そして、文豪の小説に登場するものがいろいろ描かれている。
   幾分理解不可能な事に首を傾げ困りきる。ある人はたたずみ悩む。
   舞台は1900年頃の東京。そして、箱根や青空の瀬戸内海も。
   アカデミックな学問に関連したものも。有名な格言も出てくる。
   そして、舞台はさらにフランスへと移る。モンパルナスも。
   19世紀、芸術も絡む。
   ショパンもユトリロもレオナールも登場。♪♪♪

   ・・・・といった内容です。

のびやかで軽快でとても美しい歌です。
タイトルは発売の時に正式タイトルに変更となります。
正式タイトルは非常にきれいなタイトルです。

歌うのは合唱団。
合唱団のファッションにも注目してください。
またユニークな名前を持つ合唱団です。
歌のタイトルは春の美しい情景を描いたタイトルです。
作詞は伊東和雄です。作曲は行っていません。作詞のみです。
このブログで小説「森の中の宇宙人」と「あれから」を書いている伊東和雄です。

曲は流れるように美しく聞いた人は誰もが感動するすばらしい曲です。


早く発売できるように現在いろいろな方々にお願いをしています。
早ければここ一ヶ月、遅ければ二、三ヶ月で発売されるのではと思います。

春、美しい風景、文豪、文豪の作品の登場人物など、東京、学問、不可思議、苦悩、格言、箱根、瀬戸内海、青空、フランス、モンパルナス、音楽家、ショパン、ヘンデル、画家、ロートレック、ユトリロ、レオナール・・・・。

有線やラジオ、FM、テレビなどで上記の歌詞が流れるような美しい曲に乗って歌われたら、それは間違いなく伊東和雄の作品です。
聞いた瞬間誰もがすぐにその美しい曲に合わせて口ずさむでしょう。
非常に話題になるはずです。
おそらくヒットするでしょう。
もし、ユニークな名前を持つ合唱団が楽しいファッションで登場してこの歌を歌ったら大いに拍手をして一緒に歌って下さい。

みなさん、どうぞ期待してください。




この歌以外にたくさんの歌、作詞をこの頁に記載しています。
ずっと下の方、最後の方をご覧下さい。




  ■■■■   そのほかの作詞   ■■■■

    
 「あれから」 「優しい心がほしい」 「夢を信じよう」 「古ぼけたピアノ」
「フリーマーケット」「アレアレア」「誘拐犯」「花言葉」
など下記にたくさん掲載しています。


このブログにはこれから発売していくオリジナルの作詞がたくさん有ります。
ヒットすると思えるものがいくつか有ります。
今後もそういった作品を掲載していきます。
時々このブログを訪問してご覧下さい。

「あれから」「さよならの歌」「友だちについて語ろう」「幸せがくる」「古ぼけたピアノ」「星空をみつめて」「生意気言ってごめんなさい」「すてきなクリスマス」「歌はすばらしい」「酒場の三文歌手マリー」「拝啓大統領閣下」・・・・・。
「波はともだち」「潮風が知っている」「あこがれ」「はりまや橋から」「長崎の歌」「さようなら」「世界の海援隊」「俺は坂本竜馬」「なな」「すてきな京都」・・・・。

上記のうち「波はともだち」から「すてきな京都」までは竜馬の小説「竜馬がくる~桂浜編」の主題歌です。竜馬の主題歌は全15曲です。主題歌つきの小説です。
「長崎の歌」は仮タイトルです。発売直前にタイトルを変えます。
また、上の「幸せがくる」「古ぼけたピアノ」「星空をみつめて」「生意気言ってごめんなさい」「すてきなクリスマス」などはこれから掲載するミュージカル小説「幸せがくる」の主題歌です。
「幸せがくる」には主題歌が16曲ほど有ります。

上記以外にもオリジナルの詞はたくさん有ります。
オリジナルの作曲もいくつか有ります。
「花言葉」「アレアレア」「フリーマーケット」「誘拐犯」などです。
もちろん、発売するようにしていきます。

作詞は言葉だけで説明しても全然分かりませんので、そのうち作詞の一部を記載するようにします。


たとえば、「あれから」の歌詞を掲載します。
 その前に短いあらすじをご覧下さい。

     ◆小説「あれから」の大雑把なあらすじ

二人は共に夢を持っていた。
二人は夢を語り合い互いを応援した。少女はいつも少年を見つめていた。
少年は歌手になる事を夢見た。
いつも公園や街角で歌った。
誰も聞いてくれない。
少女が始めて拍手をしてくれた。
初めての観客だった。
少女は小さなレストランでおいしい料理をだしてお客さんに喜んでもらう夢を持っていた。
少年はやがて自分の夢ばかりを追いかけるようになった。
少女の小さな夢など気にしなくなった。少年は町を出て大きな都会に行った。
少年の夢はかなった。人気歌手になった。そして、三年が過ぎた。
ふと思った。少年は町に戻った。
あの時の二人で夢を語り合った事を思い出した。
あの通り、あの角、あの公園、あのレストラン・・・・。
少年は少女を探した。もう少女はどこにもいなかった。

             小説も伊東和雄の作品です。

※くわしいあらすじは、左の最新記事欄の上の方の、「■新作小説のあらすじ」をクリックしてご覧下さい。「あれから」と「幸せがくる」の二つの小説の詳しいあらすじが掲載されています。


  ◇2.  歌詞です。
 

     「あれから」         ★★
 
                       曲・詞 伊東和雄

   ♪  
   今僕はここにこうしている
   ふと気がつくと
   君の姿が見えない
   僕は自分の夢ばかり追いかけていた
   君の夢に気がつかないで
   いつも君は
   僕を見つめていてくれた
   だけど僕は
   自分の夢だけを追い続け
   君の事を、忘れてしまった
   あれから三年・・・、
   君はいない

   今この街に戻り
   あの頃の道を歩く
   この通りで
   あの公園で
   いつも君はいた
   僕は夢を語り
   君も夢を打ち明けてくれた
   君はいつも
   僕をみつめていた
   だけど
   あれから三年
   君はいない・・・・・

   この公園でいつも僕はギターを弾いた
   ベンチに座り
   噴水を眺めながら
   芝生に寝転んで
   森の小道を歩きながら
   いつも歌を歌った
   この公園は
   まるで僕のアトリエ
   広場で道行く人に歌いかけた
   でも、誰も聞いてくれない
   ある日
   通りかかった君が微笑んだ
   そして、小さな拍手をくれた
   初めての観客さ

   大きな夢を追い求め
   壁にぶつかり
   もがきながら走った僕
   ささやかで確かな夢を持ち
   少しづつ歩む君
   そんな二人の出会いだった・・・・
 
                    2008.1.9. 

※この歌は東京で夢がかない歌手になった少年が町に戻り少女を探す時の歌。
  歌手になって、自分に最初に拍手してくれた少女を思い出した。
  曲調はニューミュージック、ポップス調。



  ◇3. 歌詞をもう一曲記載します。やはり小説「あれから」です。
 

    「優しい心がほしい」     ★★

                   曲・詞 伊東和雄


    ♪ 
      楽しいひと時が
      もう終わる
      今日はありがとう
      こうして今日も
      歌を聞いてもらえた
      たくさんのみなさん
      ありがとう
      本当に、ありがとう

      あの日を
      思い出す
      はじめてのコンサート
      来てくれた人は
      ほんの少し
      あの日
      初めてのコンサートに
      来てくれた人は
      今日も来てくれているだろうか?

      いつも変わらず
      応援してくれる人が
      心のささえ

      僕は何もいらない
      輝く宝石や
      金貨は要らない
      欲しいのは
      みなさんの暖かい拍手
      心からの応援

      これからも
      僕に
      暖かい拍手をください
      歌う僕を
      一人にしないで
      みなさんの
      優しい心を
      ください

      僕はこれからも
      歌を歌い続ける
      愛の歌
      喜びの歌
      悲しみの歌
      みなさんに、歌う
      だから、
      みなさんは
      僕に
      暖かい拍手を、
      やさしい心を下さい 

                   2008.1.12.

 ※この歌は成功して大ホールのコンサートの最後の方で歌う歌。
   初めてのライブは数人だった。だが今は超満員。
   本当に有難う、これからも暖かい拍手をください。
    僕はいつまでも大好きな歌を歌い続ける。
    この歌を歌いながら、客席にあの時の少女がいないかと探した。
    しかし、少女はいない。
    曲調はポピュラー・ソング調。

※掲載の歌詞は短くしたものです。
 発売の時には、この掲載の歌詞と少し違ったものとなります。

一部を紹介するとこういった歌詞です。
「あれから」はギターで歌うシンプルな曲です。
「優しい心がほしい」はオーケストラも入ります。
これらの詞は両方ともオリジナルです。曲も詞も伊東和雄です。
小説「あれから」も伊東和雄の作品です。
これは今後掲載する小説「あれから」の主題歌です。
この小説は、夢を追いかける少年と少女の物語です。


           

    ☆ コハト・ホームの話と歌も有ります。


◆ 幸せがくる

やはり伊東和雄の作です。
小説も作曲も作詞もすべて伊東和雄です。
これは小説ですが、後半はミュージカルのように歌が続きます。
主題歌は16曲ほど有ります。

「さびしいクリスマス」「おいしいケーキ」「古ぼけたピアノ」「歌はたのしい」
「どうして私にはお母さんがいないの?」「星空を見つめて」「あなたはお父さん」
「みんなうそだ」「生意気言ってごめんなさい」「きっと来る」「思い出の人」
「もし、私が幸せになれたら」「一生懸命歌います」「これから始まる楽しいショー」
「夢を信じよう」「幸せがくる」
   ・・・などです。 最後に歌詞の一部を掲載しています。

    ◇下記が小説の大雑把なあらすじです。

昔貧しい孤児院があった。
クリスマスの夜男が孤児院にケーキをプレゼントした。
子供たちもマザー石井十三子(とみこ)も大喜びした。
男はそこでピアノを弾きながら歌を歌った。
子供たちはつかの間の幸せを感じた。
男のプレゼントに感謝してそれからの日々をすごした。
だが、実は男はただ慈善の真似事をして自己満足をしただけだった。
・・・・・・・・・・・・・・、

※くわしいあらすじは、左の最新記事欄の上の方の、「■新作小説のあらすじ」をクリックしてご覧下さい。「あれから」と「幸せがくる」の二つの小説の詳しいあらすじが掲載されています。


 ◇4. 下記が小説「幸せがくる」の中の「夢を信じよう」です。
       歌詞の一部です。


    「夢を信じよう」        ★


                   曲・詞 伊東和雄


       ♪
       何もない、
       けれども泣いてはだめだ
       誰もいない、
       けれども悲しんではだめだ
       いつか来る、
       幸せが。
       夢を信じよう
       きっと来る、
       このドアから、
       この窓から、
       きっとやさしい人が来る
       泣いてはいけない
       笑顔で待とう
       きっと来る
       夢を信じよう
       夢を信じよう

                  2008.1.10.


 ◇5. 新作です。


     「古ぼけたピアノ」

                 曲・詞 伊東和雄

       ♪ 
       さあ、歌おう
       ピアノをならそう
       古ぼけたピアノだけれど
       歌えば楽しい
       輪になって
       踊ろう
       歌おう
       古ぼけた調子はずれの音がする
       でも気にしなくていい
       歌おう
       ピアノに合わせて
       陽気に歌おう
       歌に合わせて
       鍵盤を叩け
       古いから壊れそう
       気にしない
       歌おう
       歌えば心が楽しくなる
       どんな悩みも悲しみも
       歌えば消えていく
       古いピアノだけれど
       気にしない
       歌おう
       さあ、陽気に歌おう
       楽しく歌おう

                 2008.1.12.


 ◇6. 新作です。


      「古ぼけたピアノ  パート2」

                      曲・詞 伊東和雄

       ♪ 
       ダンダンダン、
       さあ、歌おう
       ピアノよ、音を出してくれ
       ダンダンダン、
       古いピアノよ
       いい音を出してくれ
       今日は
       大切な演奏会
       りっぱな人が聞いている
       王様、女王、貴族たちだ
       ダンダンダン、
       壊れた音を出さないでくれ
       お願いだ
       いい音で鳴ってくれ
       今日は大切な演奏会
       いい音と
       いい調べを流してくれ
       今日だけは我慢してくれ
       ダンダンダン、
       古いピアノは友達
       お前を見ていると
       まるで自分さ
       古くておんぼろ
       もうお払い箱
       でも、
       頑張ろう
       頑張ればいい音もでる
       俺も頑張る
       お前も頑張れ
       ダンダンダン、
       今日は晴れの演奏会
       今日のお客はりっぱな人ばかり
       古いピアノよ
       いい音を出しておくれ
       古いピアノよ
       ダンダンダン


                  2008.1.12.


※「古ぼけたピアノ」は男が最初コハト・ホームを訪問した時に弾いたピアノです。
「古ぼけたピアノ パート2」は最後に訪れた時に弾いた歌です。
おんぼろで今にも壊れそうなピアノでした。音も狂っている。
しかし、そんなおんぼろピアノを囲んでみんな楽しく陽気に歌った。
曲調は軽いスウィング・ジャズやラグタイムのフレイヴァーが入っています。

※掲載の歌詞は短くしたものです。
 発売の時には、この掲載の歌詞と少し違ったものとなります。


◇◇小説「幸せがくる」とその主題歌16曲は、小説も作詞も曲もすべて伊東和雄の作品です。



       ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ◆  ご 案 内         ※この頁のうち、7番から86番までの歌は、ほかの頁に移動しました。 左の「最新記事欄」から「新しい歌。作詞。その2」、また「新しい歌。作詞。その3。」をクリックしてご覧ください。その頁に掲載しています。

       ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





  ◇87. 下記は新作です。



       「夏の午後」     

                           詞 伊東和雄

         ♪
         夏の午後 
         海岸通り
         車は走る 風の中
         流れる曲は サザンオールスターズ

         海を見れば 
         君の横顔 素敵だね
         君こそ 素敵なレディー
         いつまでも 
         僕の 夢の人で いてほしい

         この海が いつまでも 
         光り輝くように
         僕は君を 愛し続ける
         だからお願い  僕を
         愛してほしい いつまでも
         もうすぐ 江ノ島が見えてくる

         江ノ島に着いたら
         白い浜辺の上で
         君を強く抱きしめよう

         だからダーリン
         いつもでも 僕を
         愛して欲しい

                            2008.3.12.


       ※歌詞は一部です。
       発売の時にすべて記載します。
       歌詞は発売の時には少し変更になります。


                       ナポレオン 



  ◇89. 下記は新作です。



       「いつかきっと」     

                           詞 伊東和雄

         ♪
         あなたにさよならと
         手をふるけれど
         悲しい顔をしないで
         僕はいつまでも
         あなたを忘れはしない
         いつも二人が歩いた
         この角で
         あなたと別れて
         駅へと向かう

         信じてほしい
         いつかきっと
         二人は会えるでしょう
         いつかどこか
         小さな街で
         あなたともう一度
         会えるでしょう

         今日から僕は
         あなたと会える日を
         願いながら旅をする
         いつかきっと
         二人は会えるでしょう
         いつかどこか
         遠くの街で
         あなたともう一度
         会えるでしょう

         そしてその時
         僕は あなたを強く
         抱きしめて
         愛を語るでしょう

         そしてその時
         僕は あなたを強く
         抱きしめて
         愛を語るでしょう


                            2008.3.13.


       ※歌詞は一部です。
       発売の時にすべて記載します。
       歌詞は発売の時には少し変更になります。

       このブログの歌詞はすべて一部です。
       歌詞は一部ですが、著作権が存在します。
       歌詞のあとの日付は歌詞の完成日でなく掲載の日付です。

                           ナポレオン


  ◇90. 下記は新作です。



       「ふとした事から」     

                           詞 伊東和雄

         ♪
         ふとした事から
         恋は始まる
         互いに気づかないうちに
         知らないうちに
         街を歩き お茶を飲み 
         話題の映画を見て
         気がつくと ドライブしてる
         そしていつの間にか
         二人は
         肩をいだきあってる

         何の前ぶれもなく
         恋は始まる
         いつの間にかドアはそっと
         開き 二人は
         扉の中へ入り込む
         気がつくと 遠い未来の
         夢を話し合ってる
         二人は
         幸せな日々にいる


                            2008.3.13.


       ※歌詞は一部です。
       発売の時にすべて記載します。
       歌詞は発売の時には少し変更になります。

                            ナポレオン


  ◇91. 下記は新作です。



       「すばらしいあなた」     ★★

                           詞 伊東和雄

         ♪
         君のさりげない
         やさしさが好き
         いつも静かに微笑んで
         僕を見つめる

         僕がひどい間違いを
         した時でも 君は
         そっと知らないうちに
         直してくれている
         きどったり 偉ぶったりせず
         いつも丁寧で こまやか
         僕は今まで 大きな
         思い違いをしていた
         見かけや 外見の
         美しさ 流行こそ
         大切だと思ってた

         だけどそういった事が
         意味がなくむなしいと気づいた
         教えてもらった君に

         優雅とか 上品
         さりげなさ そして 思いやり
         といった事など 僕は
         まるで 分からなかった
         そういった大切な
         心づかいをすべて君から
         僕は教えてもらった

         君のさりげない
         やさしさが好き
         いつも静かに微笑んで
         僕を見つめる
         そんな君に
         僕はこの頃とても
         心をひかれてしまう

         今やっと君の
         すばらしさに気づいた
         君を心から
         純粋な気持ちで
         愛しています

         君を心から
         純粋な気持ちで
         愛しています


                            2008.3.14.


       ※歌詞は一部です。
       発売の時にすべて記載します。
       歌詞は発売の時には少し変更になります。

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                            ナポレオン





  ◇93. 下記は新作です。


       「魔法の鏡」     

                           詞 伊東和雄

         ♪
         魔法の鏡が有るなら
         聞いてみよう
         世界で一番
         私を愛している人は
         だれ?
         それはもちろん あなた
         と答えるはず
         そして私はうれしくなる

         魔法の鏡が有るなら
         聞いてみよう
         世界で一番私を愛している人は
         だれ?
         もし あなたでないなら
         許せはしない
         魔法をかけてこらしめるわ

         あなたが私を一番
         愛するようになるまで
         あなたは何も見えなくなる
         あなたが私を一番
         愛するようになるまで
         愛という言葉を言えない

         魔法の鏡が有るなら
         聞いてみよう
         世界で一番私を愛している人は
         だれ?

         魔法の鏡が有るなら
         聞いてみよう
         世界で一番私を愛している人は
         だれ?


                            2008.3.15.


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                            ナポレオン


  ◇94.下記は新作です。


       「片思い」       ★★

                           詞 伊東和雄

         ♪
         あなたと話すのは
         あなたが好きだから
         あなたと街を歩くのは
         あなたが好きだから
         あなたとドライブに行くのは
         あなたが好きだから

         あなたに好きと言えないのは
         あなたが好きだから
         あなたに好きと うちあけて
         私の恋が消えたら
         とても悲しくなるから

         だから私はいつまでも
         片思い

         あなたと話をして
         あなたと街を歩き
         あなたとドライブして
         あなたの笑顔を見て
         私はとても しあわせ

         あなたに好きと言えないのは
         あなたが好きだから
         あなたに好きと うちあけて
         私の恋が消えたら
         とても悲しくなるから

         だから私はいつまでも
         片思い

                            2008.3.15.


       ※歌詞は一部です。
       発売の時にすべて記載します。
       歌詞は発売の時には少し変更になります。

                            ナポレオン


  ◇95.下記は新作です。  軽快なポップスです。


       「あの娘がいない」       

                           詞 伊東和雄

         ♪
         あの娘は行ってしまった
         小さなバッグひとつで
         行ってしまった 本当に
         何も残さず 手紙すら
         理由は全く分からない
         きっと僕だろう 原因は
         行き先は分かっている

         友達の家だろう 今度も
         早く行かなければ
         今頃きっとあの娘は
         友達を集めて
         僕の悪口を言っている
         あとで僕はいつも友達から
         ひどく批判される
         最後に叱られてしまう
         それであの娘は喜ぶ
         気分が晴れるようだ

         あの娘は行ってしまった
         僕の愛車に乗って
         朝からいなくなっていた
         何も残さず 伝言も
         理由は分からない
         だけど原因は僕だろう
         行き先は分かっている

         あの娘は行ってしまった
         小さなバッグひとつで
         行ってしまった 本当に

         早く迎えに行かないと
         叱られてしまう 今度も
         早く迎えに行かないと
         叱られてしまう 今度も
                            2008.3.16.


       ※歌詞は一部です。
       発売の時にすべて記載します。
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                            ナポレオン


◇ 96.下記は新作です。    
ミディアム・テンポです。のんびりと歌って下さい。


     「 ミ ル ク 」

                           詞 伊東和雄

         ♪
         喫茶店にあなたと入り
         ミルクを飲んだら
         子牛ちゃんだね、と笑われた
         以来ミルクは口にしていない
         しかしコーヒーの苦さには
         いまだについていけない
         第一ミルクを入れるかどうかで
         迷ってしまう
         うかつに入れるとまた笑われそう

         家でならいいだろうと
         深夜こっそり冷蔵庫を開けると
         後ろから誰かに見られているようで
         いまだにミルクを飲めず

         物事は気にすると
         何もできなくなる
         一度笑われるととても臆病になる
         こういった性格を 早く直さないと 
         恋もできない
         ミルクひとつで人生が変わる

         同じ牛肉でも
         ステーキはほめられるのに
         なぜ、ミルクはいけないのだろう
         卵を食べても「チキンちゃん」と
         笑われないのに 不思議だわ

         喫茶店にあなたと入り
         ミルクを飲んだら
         子牛ちゃんだね、と笑われた
         以来ミルクは口にしていない
         ミルクひとつで人生が変わる

                            2008.3.17.


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                            ナポレオン



  ◇97.下記は新作です。
        ミディアム・テンポ、幾分スローで歌って下さい。


     「湘南ララバイ」       ★

                           詞 伊東和雄

         ♪
         夏のある日 浜辺で
         波に抱かれて 揺れてみた
         潮騒は子守歌
         僕をやさしく夢に誘う
         空に浮かぶ 白い雲が
         やさしく微笑む

         夏のある日 浜辺で
         あなたにもたれ まどろんだ
         潮風が子守歌
         僕はうとうと夢の世界
         そっと僕を 見つめている
         あなたの微笑み

         湘南ララバイ
         あなたは そっと優しく
         歌を歌ってくれる
         やさしい天使の
         愛の歌を

         湘南ララバイ
         あなたは 夢の人さ


                            2008.3.18.


       ※歌詞は一部です。
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                            ナポレオン



  ◇99.下記は新作です。
        軽快なロックンロール、R&Bです。ややロカビリー風。


     「恋のシンデレラ・ナイト」       

                           詞 伊東和雄

         ♪
         パーティーの夜
         時計が12時 すると あの娘は
         突然去っていく 何も残さず
         名前も知らない僕は
         街をさまよう 次ぎの日に
         あの娘を探して通りを駆ける
         次のパーティーで
         あの娘を見つけた やっと
         あの娘に手を差し伸べて 踊ってもらった
         12時までが恋のチャンス
         急がないと あの娘は消える

         楽しいステップ 恋のステップ
         あの娘の瞳が輝く 僕の胸は高鳴る
         時計の針を遅らせ
         何度もダンスをしたのさ
         二人は夜通し楽しく踊った
         時計を隠して 時間を忘れて
         楽しく踊ろう
         そして 甘いささやき
         お願い うなづいて 愛の言葉に
         いつか あの娘の手をとって
         好きだと打ち明けたい
         恋のシンデレラ・ナイト
         恋のシンデレラ・ナイト

                            2008.3.19.


       ※歌詞は一部です。
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                            ナポレオン




  ◇101.下記は新作です。
        小説「森の中の宇宙人」の主題歌・挿入歌です。


     「渚の少女」       

                           詞 伊東和雄

         ♪
         広い海を見て
         喜ぶあなた
         渚を歩き 波と話をする
         潮風をうけ 目を閉じて
         空を見上げてる

         あなたは遠くから
         一人でやって来た
         海の青さも
         波の白さも
         初めて知った
         渚に立ち 喜びにふるえ
         僕を見て 微笑む
         長い髪が
         潮風にゆれる

         僕はいつまでも
         あなたを守る 必ず
         あなたは一人じゃない
         僕を信じて
         もし あなたが寂しくて
         涙を流す日があったら
         僕はあなたをそっと抱きしめる
         そして 一緒に涙を流そう
         いつまでも いつまでも
         この海で すごしてほしい
         この海が あなたの
         新しい ふるさと

         広い海を見て
         喜ぶあなた
         渚を歩き 波と話をする
         潮風をうけ 目を閉じて
         空を見上げてる

         いつまでも いつまでも
         この海で すごしてほしい 僕と
         この海が あなたと 僕の
         新しい しあわせ


                            2008.3.20.

       ※ミディアム・テンポです。感じは湘南ポップスです。
       伊豆のどこまでも白く美しい浜辺で過ごす主人公たちの
       歌です。

       ※とうとう掲載が100曲を超えました。
       竜馬の主題歌やその他完成している歌詞が多く有りますので
       実際はもっと多いです。 
       次は200曲です。そしてさらに300曲、1000曲・・・・です。

       ※歌詞は一部です。
       発売の時にすべて記載します。
       歌詞は発売の時には少し変更になります。

       このブログの歌詞はすべて一部です。
       歌詞は一部ですが、著作権が存在します。
       歌詞のあとの日付は歌詞の完成日でなく掲載の日付です。

                            ナポレオン


  ◇102.下記は新作です。
         湘南ポップスです。江ノ島駅のホームで。


     「夏の終わり」      ★★★ 

                           詞 伊東和雄

         ♪
         別れ話をするならば(ベイビー) 駅のホームでしてほしい
         「もう会わないわ」と言い捨てて 電車に乗ってほしい
         人ごみの中 君のいないホームで 
         僕は泣きながら帰るのさ
         どうかうしろは見ないでおくれ(ベイビー)

         別れ話をするならば(ベイビー) 渚ではしないでほしい
         ここへ来るたびに君の事 思って泣いてしまう
         二人愛した この海の思い出を
         僕は大切にしたいのさ
         どうかこの海では微笑んで(ベイビー)

         二人愛したこの海にも 
         夏の終わりは来ていたのだね
         あれほど燃えた二人なのに 今はもう秋の風
         二人が乗った白いヨット
         日に焼けた君の腕と肩 
         夏の陽射しに光った赤い唇
         僕をじっと見つめた瞳
         僕の愛を受け入れて微笑んだ君の笑顔
         何もかも過ぎ去った
         二人座って海を見ていた浜辺の砂も
         秋風が吹きとばしてしまった

         別れ話をするならば(ベイビー) 駅のホームでしてほしい
         「もう会わないわ」と言い捨てて 電車に乗ってほしい
         人ごみの中 君のいないホームで 
         僕は泣きながら帰るのさ
         どうかうしろは見ないでおくれ(ベイビー)

                            2008.3.22.


       ※悲しい湘南ポップスです。ややスローです。
       場所は江ノ島、茅ヶ崎です。
       ♪二人愛したこの海にも・・・からがサビです。
       切々と心を込めて歌ってください。
       (ベイビー)はバックがコーラス。

       ※とうとう掲載が100曲を超えました。

       ※歌詞は一部です。
       発売の時にすべて記載します。
       歌詞は発売の時には少し変更になります。

       このブログの歌詞はすべて一部です。
       歌詞は一部ですが、著作権が存在します。
       歌詞のあとの日付は歌詞の完成日でなく掲載の日付です。

                            ナポレオン


  ◇103.下記は新作です。    軽快な歌です。


      「占い」     

                           詞 伊東和雄

         ♪
         街角で占い師に
         僕のこれからの人生を 占ってもらいました
         僕の手相を見たとたん 占い師は
         難しい顔で言いました
         強い星の下に生まれている
         こつこつとやれば成功するでしょう
         東の方向に注意をして
         色は緑が幸運を呼ぶ
         生前動物をいじめているので
         動物をとても大切にしなさい
         9月は幸運の月です
         いつも大切な事を忘れないように
         そうすれば必ずうまくいくでしょう

         いろいろと教えてもらった
         どうやらこれで僕は
         たぶん成功するでしょう
         慎重にやれば間違いない
         前世では僕は狩人だった
         動物をこれからは大切にしよう
         大事な事を忘れない事だ
         昨日と違って今日はいい占いだ
         すばらしい人生が見えてきた

         すっかり有頂天の僕を見て
         横を歩く君は笑いながら
         それで、私はどうなるの?
         私との未来はどうなっているの?
         前世であなたと私はどうだったの?
         私を大切には しないのかしら?

         そうだ、そうだよ 本当に
         肝心な事を 占い師は
         全然見てくれていないじゃないか
         一番大切な事 忘れているよ

         街角で占い師に
         僕のこれからの人生を 占ってもらいました
         いつも大切な事を忘れないように
         そうすれば必ずうまくいくでしょう

         いつも大切な事を忘れないように
         そうすれば必ずうまくいくでしょう

                            2008.3.23.


       ※とうとう掲載が100曲を超え、103曲となりました。
       次は200曲です。そしてさらに300曲、1000曲・・・・です。

      このブログの歌詞はすべて一部です。
       歌詞は一部ですが、著作権が存在します。
       歌詞のあとの日付は歌詞の完成日でなく掲載の日付です。

                            ナポレオン


  ◇104. 下記は新作です。
            軽快に歌ってください。


       「ダンス・パーティー」    

                           詞 伊東和雄

         ♪
         ダンスの夜は お願いだ
         僕の目だけを見つめて
         僕とだけ踊って
         ほかの男を見ないで
         ほかの男と踊らないで
         ほかの男の誘いを断って
         もしも君が ほかの男と踊って
         どこかへ行ったら 僕は悲しい

         ダンスの時にほかの男と踊り
         心をすっかり奪われて
         泣いた娘を何人も 知っているからさ
         だからお願い 
         僕の目だけを見つめて
         僕とだけ踊って

         僕の手を離さないで
         ほかの男と踊らないで
         誘いはうまく断って

         ダンスの夜は お願いだ
         僕の目だけを見つめて
         僕とだけ踊って
         ほかの男を見ないで
         ほかの男と踊らないで
         ほかの男の誘いを断って
         もしも君が ほかの男と踊って
         どこかへ行ったら 僕は悲しい

         二人だけで お願い
         今夜のダンスを 楽しもう
         二人だけで お願い
         今夜のダンスを 楽しもう

                            2008.3.23.

       ※とうとう掲載が100曲を超え、104曲となりました。
       次は200曲です。そしてさらに300曲、1000曲・・・・です。

       ※歌詞は一部です。
       発売の時にすべて記載します。
       歌詞は発売の時には少し変更になります。

       このブログの歌詞はすべて一部です。
       歌詞は一部ですが、著作権が存在します。
       歌詞のあとの日付は歌詞の完成日でなく掲載の日付です。

                            ナポレオン


  ◇105. 下記は新作です。

       「あの頃へ」    ★

                           詞 伊東和雄

         ♪
         昔行きのバスを もしも 見かけたら 
         僕はすぐに切符を買うさ
         あの頃に戻り 幸せな頃に戻り 
         君と楽しくすごそう

         あの頃二人 とても幸せだった 
         いつも笑顔ですごしてた
         僕が君を見れば君も僕を見つめた
         君が笑えば僕も同じように笑った
         帰り道いつもの街を歩くだけで幸せだった
         喫茶店では ただ話をするだけで幸せだった
         近くの公園でベンチに座るだけで幸せだった
         君と一緒にいるだけでとても幸せだった

         毎日何もかもが幸せだった 
         街も公園も森も輝いていた いつも
         何がいけなかったのか分からない
         今の僕たちは壊れてしまっている
         失ったあの頃の幸せを取り戻したい

         昔行きのバスが もしも 有ったなら 
         僕はすぐに飛び乗るさ
         昔行きのバスを もしも 見かけたら 
         君を連れて飛び乗るさ
         あの頃に戻って 二人幸せにすごしたい
         あの頃の幸せ もう二度となくしはしない

                            2008.3.24.

       ※とうとう掲載が100曲を超え、105曲となりました。
       竜馬の主題歌やその他完成している歌詞が多く有りますので
       実際はもっと多いです。 
       次は200曲です。そしてさらに300曲、1000曲、2000曲、
       3000曲、5000曲と増えていきます。
       ※作曲も増えていきます。
         やがて作曲・譜面なども掲載します。

       ※歌詞は一部です。
       発売の時にすべて記載します。
       歌詞は発売の時には少し変更になります。

       このブログの歌詞はすべて一部です。
       歌詞は一部ですが、著作権が存在します。
       歌詞のあとの日付は歌詞の完成日でなく掲載の日付です。

                            ナポレオン


  ◇106. 下記は新作です。
       Don’t cry baby.の Don’t は16分音符の長さです。
       短いです。 cry に強いアクセントが有ります。
        テンポはミディアムです。


       「暗い闇の中で」    

                           詞 伊東和雄

         ♪
         Don’t cry baby.暗い闇の中で
         悲しみに打ちひしがれていてはいけない
         君の苦しみは僕の苦しみ
         君が悩むなら僕も悩もう
         絶望の中で泣いていてはいけない

         Don’t cry baby.暗い顔をしないで
         涙を流しているわけを教えてほしい
         君の悲しみは僕の悲しみ
         君が孤独で寂しい時には
         僕がその悲しみや孤独を消し去ろう

         君を苦しめる闇を消し去ろう
         絶望の中で横たわる君を
         僕の手で抱きかかえ救おう
         どうか泣かないで 寂しさに負けないで
         僕が君を助けよう 救いだそう

         Don’t cry baby.暗い闇の中で
         悲しみに打ちひしがれていてはいけない
         君の苦しみは僕の苦しみ
         君が悩むなら僕も悩もう
         絶望の中で泣いていてはいけない

         どうか泣かないで 寂しさに負けないで
         僕が君を助けよう 救いだそう

                            2008.3.25.


       ※とうとう掲載が100曲を超え、106曲となりました。

       このブログの歌詞はすべて一部です。
       歌詞は一部ですが、著作権が存在します。
       歌詞のあとの日付は歌詞の完成日でなく掲載の日付です。

                            ナポレオン



  ◇107. 下記は新作です。  軽快に歌ってください。


       「お願いだ」    

                         詞 伊東和雄

         ♪
         ねえ、頼みがあるのさ
         君は優しい人だから
         僕の頼みを聞いてくれるよね
         お願いだ どうか 助けてほしい
         ひとつだけ 聞いてほしい
         簡単なことなんだ
         一言だけ僕に言ってほしい
         それだけさ 簡単さ
         お願いだ どうか 助けてほしい

         僕に言ってほしい言葉は
         愛してる、
         という言葉だけ
         たったそれだけ 簡単だ

         お願い どうか 
         僕を助けてほしい
         お礼はできる もちろん
         君のためなら何でもできる
         愛してる、
         と僕も言えるさ
         心を込めて 真剣に
         好きだと 言える

         ねえ、頼みがあるのさ
         君は優しい人だから
         僕の頼みを聞いてくれるよね
         お願いだ どうか 助けてほしい
         ひとつだけ 聞いてほしい
         簡単なことなんだ
         一言だけ僕に言ってほしい
         それだけさ 簡単さ
         お願いだ どうか 助けてほしい
         

                      2008.4.3.


       ※とうとう掲載が100曲を超え、107曲となりました。

       このブログの歌詞はすべて一部です。
       歌詞は一部ですが、著作権が存在します。
       歌詞のあとの日付は歌詞の完成日でなく掲載の日付です。


                         ナポレオン 


  ◇108. 下記は新作です。 


       「愛される君」    

                         詞 伊東和雄

         ♪
         君はいつもみんなから愛されている
         君も同じようにみんなを好きになり
         食事に行ったり映画に出かける
         みんなも君も楽しい毎日を送っている
         いわゆるもてている 君は
         君のきれいな顔や愛くるしい微笑が
         自由気ままなしぐさや 振る舞いが
         愛される理由なのだろう

         やがて楽しい日々が過ぎて
         しばらくすると みんな去っていく
         結婚ともなると誰もが遠ざかっていく
         君はそのたび悲しみ 涙を流す
         自由きままに振る舞うのが
         どうやらいけなかったようだね
         けれども君はめげもせず
         涙を拭いて 再びみんなに笑顔をふりまく
         そしてふたたび誰からも愛され
         楽しい毎日を過ごしていく

         君はいつもみんなから愛されている
         君も同じようにみんなを好きになり
         食事に行ったり映画に出かける
         みんなも君も楽しい毎日を送っている
         君のきれいな顔や愛くるしい微笑が
         自由気ままなしぐさや 振る舞いが
         愛される理由なのだろう

                      2008.4.4.


       ※とうとう掲載が100曲を超え、108曲となりました。

       ※作曲も増えていきます。
         やがて作曲・譜面なども掲載します。

       このブログの歌詞はすべて一部です。
       歌詞は一部ですが、著作権が存在します。
       歌詞のあとの日付は歌詞の完成日でなく掲載の日付です。


                         ナポレオン 


  ◇109. 下記は新作です。 


       「いい気味だわ」    ★

                         詞 伊東和雄

         ♪
         友達から聞いたけど
         あなたは昨日浜辺で
         一日中海を見ていたそうね
         海を見ながら泣いていたそうね
         あなたのようなひどい男が泣くなんて
         いい気味だわ
         友達が言っていたけど
         ずいぶん長い時間泣いていたそうね
         夕陽になると大声で泣いたそうね
         いい気味だわ
         少しは反省したかしら
         もし、その涙が反省の涙なら
         少し考えてもいいわよ
         あなたから電話が来たら
         受話器を取ってもいいわよ

         友達から聞いたけど
         私を心から好きだと言ったそうね
         それが本当なら少し考えてもいいわよ
         もし、あなたが私だけを
         愛するのなら
         それはとてもいい事よ
         もし、あなたが私だけを
         愛するのなら
         私はとてもうれしいわ

         友達から聞いたけど
         私を心から好きだと言ったそうね
         それが本当なら少し考えてもいいわよ
         あなたが私を心から愛するなら
         私は浜辺にあなたを迎えに行くわ
         そして泣いているあなたを
         そっと抱きしめてあげるわ

         もし、あなたが私だけを
         愛するのなら
         それはとてもいい事よ
         もし、あなたが私だけを
         愛するのなら
         私はとてもうれしいわ

                      2008.4.7.


       ※とうとう掲載が100曲を超え、109曲となりました。

       ※作曲も増えていきます。
         やがて作曲・譜面なども掲載します。

       このブログの歌詞はすべて一部です。
       歌詞は一部ですが、著作権が存在します。
       歌詞のあとの日付は歌詞の完成日でなく掲載の日付です。


                         ナポレオン 


  ◇110. 下記は新作です。 

     スウィング・ジャズです。軽快に。
      歌もトランペットもサッチモ風に。
      トランペット、トロンボーン、クラリネット、太鼓で。


      最初、トランペットが、
      パアーパ、パパ、 パアーパ、パパ、 パパパパパー
      と入ります。


       「ニューオーリンズ」    ★

                         詞 伊東和雄

         ♪
         ニューオーリンズ、ニューオリンズ
         ベイズン・ストリート
         ブルース、ブルース、
         悲しいブルース
         イエー、ダバダバ、ダバダバ、ダバーダー

         トランペット 吹きながら
         通りを 歩いて いると
         たちまち みんな 集まる
         悲しい 楽団 出来上がる
         ブルース、ブルース、
         暗いブルース
         トロンボーン コルネット
         壊れたドラム 叩いて
         陽気にブルース 歌うのさ
         ダバダバ、ダバダバ、ダバーダー

         ニューオリンズ、ニューオリンズ
         広い 通りが 
         俺たちだけの ブルース かなでる
         会場さ
         ベイズン、ベイズン・ストリート、
         ニューオリンズ、ニューオリンズ
         俺たちの 悲しいブルース
         聞いてくれ

         ダバダバ、シュビズバ、ダバダバダー、
         ダバダバ、シュビズバ、ダバダバダー、
         ダバダバ、シュビズバ、ダバダバダー、
         ダバダバ、シュビズバ、ダバダバダー・・・・・・・


                      2008.4.15.


       ※とうとう掲載が100曲を超え、110曲となりました。

       このブログの歌詞はすべて一部です。
       歌詞は一部ですが、著作権が存在します。
       歌詞のあとの日付は歌詞の完成日でなく掲載の日付です。


                         ナポレオン 


  ◇111. 下記は新作です。 


       「てれくさいのさ」     ★


                         詞 伊東和雄

         ♪
         君にどうして愛をささやかないのかって?
         どうしてじっと見つめないのかって?
         どうして花束をよこさないのかって?
         どうして君の手をとり真剣な顔で
         甘い言葉をささやかないのかって?

         てれくさいのさ

         いつも君を愛している
         心から愛している とても
         君も僕を愛している
         だから ほんとうは
         君の瞳をじっと見つめて
         愛を告げたい
         君の手をとり
         愛している と言いたい

         時には豪華な花束を
         君に贈りたい
         浜辺で 海を見ながら
         甘いセリフも言ってみたい

         でも てれくさいのさ

         いつも君を愛している
         心から愛している とても
         君も僕を愛している
         君を強く抱きしめて
         じっと君の目を見つめて
         甘い言葉をささやきたい

         でも てれくさいのさ


                      2008.5.1.


       ※とうとう掲載が100曲を超え、111曲となりました。

       このブログの歌詞はすべて一部です。
       歌詞は一部ですが、著作権が存在します。
       歌詞のあとの日付は歌詞の完成日でなく掲載の日付です。


                         ナポレオン 


  ◇112. 下記は新作です。 


       「あの頃は美しかった」     

                         詞 伊東和雄

         ♪
         この海で
         君の事を愛した 心から
         だけど二人は傷ついた 
         君は去った
         僕は一人になってしまった
         でも 僕は後悔していない

         あの頃は美しかった
         夏の海が太陽できらめくように
         君はいつも輝いていた
         幸せな時を二人は過ごした

         今 一人きりで海を 寂しく
         見つめている僕だけれど
         あの頃を思い出すと、
         目を閉じると、
         君の美しい笑顔が浮かんでくる
         君の甘い声が聞こえてくる
         去って行った君だけれど
         目を閉じると 今でも
         僕の隣にいるような気がする

         この海で
         君の事を愛した 心から

         あの頃は美しかった
         夏の海が太陽できらめくように
         君はいつも輝いていた
         幸せな時を二人は過ごした


                      2008.5.6.


       ※とうとう掲載が100曲を超え、112曲となりました。

       ※作曲も増えていきます。
         やがて作曲・譜面なども掲載します。

      ※歌詞は一部です。
       発売の時にすべて記載します。
       歌詞は発売の時には少し変更になります。

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       歌詞のあとの日付は歌詞の完成日でなく掲載の日付です。


                         ナポレオン 


  ◇113. 下記は新作です。 


       「彼は寂しかった」     ★

                         詞 伊東和雄

         ♪
         彼の事を時々思い出す
         いいやつだった
         いつも堂々としていた
         いつも先頭にいた
         いつも強がっていた
         いつも陽気に笑っていた

         彼は実は寂しかった
         彼は実は孤独だった
         彼は実は傷ついていた ずっと
         彼は実は愛に飢えていた
         彼は本当の愛を探していた

         彼の強がりは実は寂しかったから
         孤独を隠すためにいつも笑っていた
         傷を隠す為にいつも堂々としていた
         彼は寂しい自分を知られたくなかった

         彼は時々森を歩いていた
         彼は時々高原に立っていた
         彼はよく森のベンチに座り
         じっと遠くを見ていた
         きれいな空をいつまでも眺めた
         そして 愛の歌を歌った
         いつもでも 愛の歌を歌っていた

         彼には
         やさしく微笑む人々が見えていた
         永遠の平和が見えていた
         永遠の愛の世界が見えていた
         そこに彼自身がいるのが見えていた

         ある日彼は突然いなくなった
         彼のいたあとを見ると
         永遠の愛が有った
         誰もが微笑みあう世界があった
         彼はもう帰ってこないけれど
         私たちに永遠の愛を残してくれた

         彼の事を時々思い出す
         いいやつだった
         いつも堂々としていた
         いつも強がっていた
         いつも陽気に笑っていた
         でも、時々寂しそうだった
         でも、時々寂しそうだった
        

                      2008.5.17.


       ※とうとう掲載が100曲を超え、113曲となりました。

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       歌詞のあとの日付は歌詞の完成日でなく掲載の日付です。


                         ナポレオン 


  ◇114. 下記は新作です。 


       「さよなら、茅ヶ崎」     ★★★

                         詞 伊東和雄

         ♪
         ベイビー、しばらくお別れだ
         理由(わけ)は聞かないで
         嫌いになったわけじゃない
         愛しているよ
         だけど
         僕はしばらく さよならさ

         覚えているかい?
         茅ヶ崎の浜辺を二人歩いたね
         夏の陽射しを受けて
         きらめいた君の瞳
         愛くるしい笑顔
         やわらかい君の
         手や肩 そして 唇
         すらりと伸びたきれいな足
         思い出す 今も

         いついつまでも
         僕は君を愛すると誓った
         その言葉は嘘じゃない
         ベイビー、苦しいんだ
         どうか責めないで欲しい
         僕は今でも君を愛している
         心から
         でも 僕はしばらく
         いなくなるんだ
         さようなら 
         愛しているよ
         いつまでも

         だからお願いだ
         涙を見せないで
         笑顔で手を振ってほしい
         ベイビー、お願いだ
         泣かないで、
        
         ベイビー、しばらくお別れだ
         理由(わけ)は聞かないで
         嫌いになったわけじゃない
         愛しているよ 心から
         だけど
         僕はしばらく さよならさ

         笑顔で手を振ってほしい
         ベイビー、お願いだ
         泣かないで、

         笑顔でさよならと言って
         ベイビー、お願いだ
         泣かないで

                      2008.5.25.


       ※とうとう掲載が100曲を超え、114曲となりました。

       ※なおここ数日掲載していた音楽エッセーは左の「カテゴリー」
       欄の「歌・音楽エッセー」をクリックしてお読みください。

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                         ナポレオン 

  ◇115. 下記は新作です。 


       「茅ヶ崎ブルース」     ★★

                         詞 伊東和雄

         ♪
         茅ヶ崎の浜辺を歩くと
         あいつを思い出す
         陽気なやつだった
         いつも僕らを楽しませてくれた
         あいつはある日突然やって来た
         おかしな格好で浜辺を歩き回った
         僕らは最初笑っていた
         だけどよく見ると意外とセンスがあった
         いつのまにか あいつは人気者になった
         しんみりとした顔で浜辺の僕らに
         愛する娘(こ)の事を語った
         それを聞いて僕らはつい涙ぐんだ

         あいつは実はシャイなやつさ
         馬鹿騒ぎをしたり
         陽気に遊んでいたが
         実は一人ぼっちだったのさ
         僕は知っている
         夕暮れ時に
         あいつはよく一人 ヨットの陰で
         うつむいていた
         海に向かって悲しそうに歌っていた
         昼間ヨットの上で笑っている彼とは
         大きな違いだった

         あいつはこの浜辺で
         十分遊んだ、騒いだ
         静かな時間が欲しくなったのだろう
         分かるさ、分かるよ
         パーティーで派手に騒いだ後は
         何だかとてもむなしいのさ
         にぎやかな花火のあと
         友達とはぐれて
         夜の浜辺を人ごみの中
         うろうろしていると
         とても孤独になるのさ

         あいつは茅ヶ崎で十分遊んだ
         誰もが彼を知っている
         彼は茅ヶ崎のヒーローさ
         以前の彼はそれでとてもうれしかった

         でも、彼は寂しくなったのさ
         それで急に
         彼はこの浜辺を去ったのさ
         理由(わけ)は分からない
         どこへ?
         それは誰も知らない
         彼自身も知らない
         分かっている事は
         彼はもうここにはいないのさ
         彼はずっと遠くへ行ったのさ

         さよなら、元気でな
         でもみんな待っているよ
         あいつが再び茅ヶ崎に戻って来て
         陽気に騒ぐ日を待っている
         そして、みんなの前で 再び
         愛する娘の事を歌う日を
         みんな待っている

         さよなら、元気でな
         君こそ茅ヶ崎そのものだった
         さよなら、元気でな
         また茅ヶ崎に帰っておいで
         そして、また
         茅ヶ崎の歌を歌っておくれ


                      2008.6.3.


       ※とうとう掲載が100曲を超え、115曲となりました。

       ※歌詞は一部です。
       発売の時にすべて記載します。
       歌詞は発売の時には少し変更になります。

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                         ナポレオン 


  ◇116. 下記は新作です。 
    小説「あれから」の主題歌、挿入歌です。

       「午後の陽射しの中」     

                         詞 伊東和雄

         ♪
         午後の陽射しの中
         テーブルの横に立つ君
         僕をじっと見つめている
         I love you
         とても君が愛しい
         君の夢の中に僕はいる
         甘く素敵な夢の中に
         いつまでも君と
         過ごしていたい
         そう思う とても

         I love you
         すべてを忘れて
         君の夢の中で眠っていたい
         やさしいまどろみの中で
         時を忘れて 生きてみたい
         いつまでも君を
         君だけを愛して
         君を見つめていたい
         I love you
         I love you 


       ※歌詞は一部です。
       発売の時にすべて記載します。
       歌詞は発売の時には少し変更になります。

       このブログの歌詞はすべて一部です。
       歌詞は一部ですが、著作権が存在します。
       歌詞のあとの日付は歌詞の完成日でなく掲載の日付です。


                         ナポレオン 

                      2008.9.10.


  ◇117. 下記は新作です。 
    小説「あれから」の主題歌、挿入歌です。

       「見つめないで」     

                        詞  伊東和雄

         ♪
         そんなに強く見つめないで
         君の瞳は僕の心を深く刺す
         君が僕を見る時
         氷のように冷たい
         君は僕の何を見ているの?
         僕の心をえぐるように
         君はあやしく微笑む

         僕は君を見る
         君の瞳に魅かれる
         ほほえむ君の唇に吸い込まれる
         君はすてきな香りを持っている
         君といるといつも 
         その香りにつつまれる
         僕はとまどいめまいを感じる 
 

       ※歌詞は一部です。
       発売の時にすべて記載します。
       歌詞は発売の時には少し変更になります。

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       歌詞のあとの日付は歌詞の完成日でなく掲載の日付です。


                         ナポレオン 

                      2008.9.30.


  ◇118. 下記は新作です。 
    小説「あれから」の主題歌、挿入歌です。


       「青山通り」     

                        詞  伊東和雄

         ♪
         青山通りを二人は走る
         風は冷たい
         だけど、心は熱い
         この道はどこへ続くのだろう
         僕たち二人を乗せて
         終わりのないかのように
         いつまでも続く
         この先にはきっと 
         刺激的な街が有るだろう
         真夜中の246は 寂しいけれど
         二人なら そんな事はない
         外苑前の小さなカフェで
         二人は時を過ごした
         深いブルーの闇の中
         息を止めて見詰めあう 君と僕
         時が不規則に音をきざみながら過ぎていく
         僕たちを置き去りにして
         そう、僕たち二人は
         何もかもと無関係に過ごしていく
         街を歩く人々や
         流れる車
         青白い時間
         すべてと無関係に
         二人は過ごしていく 
         青山通り
         青山通り
         246
         246
         246(two four six)
 

                      2008.10.4.

       ※とうとう掲載が100曲を超え、118曲となりました。
       ※歌詞は一部です。
       発売の時にすべて記載します。
       歌詞は発売の時には少し変更になります。

       このブログの歌詞はすべて一部です。
       歌詞は一部ですが、著作権が存在します。
       歌詞のあとの日付は歌詞の完成日でなく掲載の日付です。


                         ナポレオン 


  ◇119. 下記は新作です。 
          小説「あれから」の主題歌、挿入歌です。


       「昔、そう、ずっと昔」     

                        詞  伊東和雄

         ♪ 
         昔、そう、ずっと昔
         ひとりの少女がいた
         森の中の家に住んでいた
         いつも窓から街を見ていた
         街では男たちが
         たえまなく歌を歌っていた
         聞いたこともない歌だった
         少女は窓を閉めた
         聞いてはいけない歌だと思った
         だけど歌や音楽はガラスを通り
         少女の耳に、胸に入ってきた
         いつしか歌は少女をとりこにした
         ある日少女は家を出た
         歌に誘われて
         街へと歩き始めた
         少女は静かな生活を捨てて
         街に出た
         街で男たちと一緒に
         歌を歌いだした
         少女の目は輝きだした
         今までずっと探していたものに
         とうとう出会った 


       ※とうとう掲載が100曲を超え、119曲となりました。

       ※歌詞は一部です。
       発売の時にすべて記載します。
       歌詞は発売の時には少し変更になります。

       このブログの歌詞はすべて一部です。
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       歌詞のあとの日付は歌詞の完成日でなく掲載の日付です。


                         ナポレオン 


                      2008.10.7.


◇120.  下記は新作です。
           小説「あれから」の挿入歌です。


       「 卒 業 」     

                        詞  伊東和雄

         ♪ 
         僕らは今街に出る
         住み慣れた校舎を去り
         未知の世界に旅立つ
         重い不安 希望の街

         校舎を出たあとも
         誰かが用意したレールを
         歩いて行けば楽だろう
         高級車に乗せてもらい
         運んでもらえば気楽さ
         格別に何もしないうちに
         いい街に着く
         至れり尽くせりの人生はいいものさ

         だけど僕は 
         自分の道を進む
         その道はきっと荒野だろう
         いや、道などない
         自分で切り開いていくのさ
         自分の足で歩いていくのさ
         誰も手を貸してくれない
         頼りになるのは自分の手、足、精神

         雨も降るだろう
         嵐に襲われるだろう
         誰も助けてくれない
         行こう、さあ、行こう

         行き先の決まったレールは
         降りてしまおう
         僕たちは自分の道を進む
         自分で切り開いた道を進む
         自分の道を進もう 
         嵐に打ち勝ち
         困難に打ち勝ち
         自分の夢に向かって進もう
         行こう、さあ、行こう
         進もう、さあ、進もう
         卒業 今僕たちは旅立つ
         卒業 今僕たちは
         自分の夢を求めて旅立つ
 

                      2008.10.12.



       ※とうとう掲載が100曲を超え、120曲となりました。
       ※歌詞は一部です。
       発売の時にすべて記載します。
       歌詞は発売の時には少し変更になります。

       このブログの歌詞はすべて一部です。
       歌詞は一部ですが、著作権が存在します。
       歌詞のあとの日付は歌詞の完成日でなく掲載の日付です。


                         ナポレオン 


◇121.  下記は新作です。
           小説「あれから」の挿入歌です。


       「 青 山 」     

                        詞  伊東和雄

         ♪ 
         この街で
         二人は生きている
         笑いながら 微笑みながら
         冷たくしたり 
         時にそっけなくしたり
         知らないそぶりをしたり
         そして、泣いたりもする

         何が欲しいんだろう 
         時代の先端?
         きらめくファッション?
         まばゆい宝石?
         それとも 
         ありふれたしあわせ? 
         気ままな日々?
         刹那的な快感?
         漠然とした安定?

         いいのさ 
         理由など 定義など
         とにかく二人はこの街で
         生きている
         そして
         今の一瞬が
         とても刺激的で
         楽しければいい
         お互いに
         そう、それが青山


                      2008.10.20.



       ※とうとう掲載が100曲を超え、121曲となりました。
       竜馬の主題歌やその他完成している歌詞が多く有りますので
       実際はもっと多くなります。 
       さらに300曲、1000曲、2000曲、3000曲、
       5000曲と増えていきます。
        ほとんどが伊東和雄の作詞です。
       日本でも最大クラスのオリジナル歌詞ブログとなります。
       この中からヒットがいくつも生まれていきます。

       ※作曲も増えていきます。
         やがて作曲・譜面なども掲載します。

       ※歌詞は一部です。
       発売の時にすべて記載します。
       歌詞は発売の時には少し変更になります。

       このブログの歌詞はすべて一部です。
       歌詞は一部ですが、著作権が存在します。
       歌詞のあとの日付は歌詞の完成日でなく掲載の日付です。


                         ナポレオン 

 ※目次に掲載の 7番から86番 までの歌詞は、ほかの頁に移動しました。左の「最新記事欄」から 「新しい歌。作詞。その2」、また「新しい歌。作詞。その3。」をクリックしてご覧ください。

★このブログの別の頁で「歌手・バンド募集」の頁ができました。このブログに掲載の歌詞を採用する歌手・バンドを募集しています。詳しくは「歌手・バンド募集」の頁をご覧ください。左の欄の最新記事欄のその頁をクリックしてお読み下さい。CD録音・デビューをする歌手・バンドにはいいニュースです。



■このブログに掲載している歌詞、歌、曲、小説、物語、童話、そして、ランブンの定理などはすべて発売をする予定のものばかりです。
 「銀座ぶらぶら歩きは」は日々のとりとめもないエッセーですから、特に発売する予定はありません。

本当に皆さんにお勧めしたいのは、竜馬の小説「竜馬がくる~桂浜編」「竜馬小論」「森の中の宇宙人」と竜馬の主題歌15曲です。
仮タイトルで記載していますが、「長崎の歌」は本当に感動する歌です。
また、仮タイトルですが、「高知の街の歌」、これは衝撃的な歌です。
初めて聞いた時、衝撃を受けます。
とてもいい歌ばかりです。
もちろん、冒頭の合唱団による「文豪と美しい風景、東京、フランス、芸術家・・・、」の歌もお勧めです。

◆これから発売していく予定の歌詞を一部載せました。
これからも歌詞を掲載していきます。
ほとんどがこのブログで掲載予定の小説や短編物語の主題歌です。



  ◆ 130. 「竜馬がくる~桂浜編」の主題歌について説明します。 ◆◆◆

15曲有ります。竜馬の小説の主題歌です。
主題歌つきの小説です。小説は現在ブログで掲載しています。あらすじも記載しています。ご覧下さい。
映画にサントラが有るように、サントラが有る本といった感じです。

◇ ご 案 内  
この頁の5万字制限による字数不足のため、竜馬の主題歌の詳しい説明は音楽エッセーに移動しました。
 左のカテの、「音楽」のカテをクリックしてご覧ください。
 この歌詞の頁の前の頁に移動しています。


         ※この頁に掲載している歌詞は一部分の掲載ですが、
           すべて著作権が存在します。
         ※「あれから」の歌詞の一部の掲載は2008.1.9.です。
          「夢を信じよう」の歌詞の一部の掲載は2008.1.10.です。
          ※それぞれの歌詞の最後に日付を入れていますが、それは
           このブログへの掲載の日付です。作品が出来た日付では
           ありません。

        ※この頁に掲載している歌詞はすべて元の原詞とは異なります。
           原詞の一部です。ある行は全部変えています。
            言葉もところどころ変えています。
           ワン・コーラスの掲載が多いです。
           正規に掲載する時や発売の時は原詞で掲載します。


                    2008.1.9.    ナポレオン


◆このブログにはいろいろな小説、短編物語、評論、歌詞、歌などを掲載しています。

竜馬の小説「竜馬がくる~桂浜編」「竜馬がくる~明治編」、竜馬の評論「竜馬小論」、新作の歌詞、歌、新作の小説のあらすじ、連載小説「森の中の宇宙人」、サッカー小説「広場のイレブン」、ロバート・ランブンの短編物語、童話、数学の定理などいろいろ入っています。 どうぞご覧下さい。

◆このブログに来る時にアドレスを忘れた場合は、ヤフーやグーグル、SO-NET、SO-NETブログなどで下記の言葉で検索して下さい。
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◇「歌 新作」と検索しますと、1600万中1位から11位ほどで出ます。

◇竜馬 小説    ◇竜馬と小説   ◇竜馬 評論  
◇小説と魔法の歴史年代暗記    ◇数学 小説

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タイトルとアドレスを確認してお読み下さい。



       「竜馬と小説と歴史のブログ」編集長  ナポレオン





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■銀座ぶらぶら歩き・6 [・・・・エッセー、日記]

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           2008.9.21.  更新をしました。



       「銀座ぶらぶら歩き  その 6 」です。
   
        

   ◇先日に続いて記載しています。
    この頁では下記の目次の57番目から記載しています。



    初めての方は、左の最新記事欄をクリックして
    ひとつ前の頁の「銀座ぶらぶら歩き・4と5」をご覧ください。
    最初の1番から56番あたりまでをお読みください。
    銀座・・・4と5とこの6は連続していて4と5と6でひとつです。


   ◇前回ご覧になった方はこの頁の最後の方をお読みください。
        ※ 単行本換算で219頁ほどの文章量です。
   ◇なお、記載してる店が良いとか良くない、また、料理の味が良い、
    良くないといった事はあくまでも私の主観です。ご了承ください。
    また、記事を書いたその時点での事です。記事を書いてから半年後、
    1年後、2年後となると味、接客、雰囲気、金額などが違ってくること
    もあるかと思います。
    


  ◆ 目 次

      この頁では、目次の57番あたりから記載しています。


   1.「銀座」  「日比谷」   2.「国会議事堂」 「霞ヶ関」
   3.「東京タワー」   4.「上野動物園」
   5.「国立西洋美術館、モネ、ルノワール、ロダン」
   6.「皇居外苑」 「一般参賀」  「クリスマスの銀座」
   7.「銀座とセレブ」    8.「有楽町ガード下」
   9.「銀座で安く食事をするには?」  10.「銀座は意外と普通の街」
   11「神聖三段論法」    12.「アメ横とサッカー
   13「銀座は街の女王」 「新年と神社と仏教とキリスト教」
   14「初詣と・・・、」 「銀座の名店」 「日本芸術と文明開化と音楽
   15「滝廉太郎、・・・・、黒船来航と日本美術、北斎、」
   16「西洋音楽、クラシック、流行歌、ジャズ、」
   17「いい街銀座」 「行楽地銀座周辺」 18「銀座周辺ハイキング」
   19「自然のままの宮殿、皇居、観光客」
   20「皇居をマラソンする外人」
   21「楠木正成像と外人観光客とお弁当」「外人さんの団体」
   22「陽気なアメリカ人、静かなイギリス人」    
   23「外人に道案内は簡単だ。奥の手が有る。」     
   24「銀座の外人は丁寧」   25「そもそも英語はおかしい」   
    26「皇居サイクリング」  27「皇居サイクリングは景色抜群」
    28「子供にとって皇居は旅行気分」 29「東京の子供は有利だ」
   30「皇居一周マラソン」  31「日比谷公園とレストランとテニスコート」
   32「日比谷公園と森林浴と児童遊園」
   33「日比谷公園は広い」  「初の西洋式公園」
   34「日比谷公園のイヴェント、盆踊り」 35「日比谷図書館」
   36「日比谷公園で安く食事をするには」
   37「公園の中の無料休憩所」  38「デートなら皇居、日比谷公園」
   39「有名人、政治家とすれ違う」  40 「27日の銀座歩行者天国」
   41「銀座に手頃なレストランは有るのか?」
   42「世界の高級街銀座に手頃なレストランが有る理由、」
   43「銀座は庶民の街?」  44「立春、混雑する銀座・・・、」
   45「オルセー美術館展が始まった。」  46「東京マラソン2007」
   47「村治佳織・アルハンブラの思い出」 
   48「銀座の街や駅で無料ジャズ・ライヴ」
   49「春爛漫。桜は満開。花めぐり」
   50「首相官邸の桜」「オルセー美術展がいよいよ終わる」
   51「感動のオルセー美術展」
   52「ゴッホの絵から影がなくなっている。オルセー美術展」
   53「名画が次々と現れる。オルセー美術展」
   54「ルノワール」 「モネ」  55「ゴールデン・ウィークが始まった」
   56「日比谷公園盆踊り」   57「国会議事堂参観」
   58「江戸天下祭り」  59 「江戸天下祭り・日比谷公園の屋台」
   60 「江戸天下祭り、仮装行列は?」  61「銀座の街頭演奏家」
   62 「年末大晦日」 63 「福袋  混雑 パン屋 」
   64 「元旦 」  「銀座ライオン」  65 「春爛漫。桜。千鳥が淵。」
   66 「春の銀座と外人観光客」  67「副都心線と銀座」
   68 「出勤前の日比谷公園で涼をとる」 69 「夏の暑い夜は有楽町ガード下」
   70 「朝出勤前に皇居二重橋を散策して涼む」 「丸の内並木街」
   71 「銀座四丁目、和光の所を国民的ヒーローが歩いていた」
   72  「銀座の真ん中で天ぷらが500円ほどで」
   73  「神宮外苑の近くでかまやつひろしに会う」
  ⇒ 74 「三笠会館で食事」



  ◆ 銀座ぶらぶら歩き  その 6 




     ・・・・・ 銀座・有楽町・日比谷・皇居・霞ヶ関 ・・・・・




だいぶ前の話になるが、5月に国会議事堂を参観した。
普段国会議事堂を参観する時は裏の通用門から入る。
平日昼ごろ国会議事堂の裏の道路を通っていると小中学生がよく団体で参観に来ている。
授業にゆとりが有るのか、季節がいいのか5月や9月10月は国会参観に適しているようだ。
その時期に国会周辺を歩くと小中学生の団体に遭遇する。

別に学生の真似をするわけではないが国会議事堂を参観した。
当日は裏手からでなく正門から堂々と入場した。
これは気持ちがいい。

国会議事堂正門は普段は開かない。
いつ通っても大きな門は閉まっている。
正門前を通っていて門が開いているのを見た事がない。
選挙後の議員初登院の時や陛下入場の時だけ正門は開く。
普段一般人や学生が参観で入る時は前述のように裏手の門から入る。

当日は特別参観日だったので正門から入れた。
皇居の堀あたりから国会議事堂を見ると少し遠くになるのでそれほど迫力は感じない。
また、議事堂正門前の道路を歩いていて議事堂を見てもそれほど迫力は感じない。
だが、正門から中に入り議事堂に歩いていくとだんだんと議事堂が大きくなってくる。
議事堂に入る石の階段の所に立ち議事堂を見ると、議事堂の大きさに圧倒される。
間近で見ると大きい。

塀の外から議事堂を見ているあまりと気がつかないが、正門から議事堂の建物まで50メートルほどある。
だから、正門の所から議事堂の建物を見てもそれほど大きいと感じないのだ。
だが、正門から入り歩いて建物の玄関に向かっていると議事堂がどんどん大きく迫ってくる。
その巨大さの前で自分が小さな蟻のように感じられてしまう。

議事堂の建物の玄関の階段を数段上がると4本の円柱に着く。
その円柱は大きく高い。
まるで古代ギリシャの神殿のようだ。
その円柱を過ぎて中に入る。
中央広間に着く。

玄関の階段を上がり円柱を通り中央広間に入るという事は一般人はなかなかできない。
陛下、各国大統領の入場時、そして、選挙後の議員の初登院の時だけだ。
だから、国会議事堂の中央玄関から階段を登り円柱を通り、中央広間に入るのは非常に珍しく貴重な体験だ。
パルテノン神殿の円柱を思わせる柱を過ぎて赤い絨毯が敷き詰められた階段を上がり広い中央広間に着くと、「おお、とうとう来たぞ。」といった幾分高揚した気分になる。

国会議事堂の中は重々しく廊下、議事堂を巡り見るたび厳かな気持ちになってくる。
いつもテレビで見ている議事堂、予算委員会の部屋に自分が立っているというのは非常に不思議な気持ちだ。

国会の正門から入り柱のある入り口を通り赤じゅうたんを上がると中央広間に来る。
国会議事堂の中央の高くとがった建物の真下に位置する。
その広間には銅像が有る。
台座が四つ有り国会開設に奮闘した板垣退助、初代内閣総理大臣伊藤博文、日本初の政党内閣からの総理大臣大隈重信の三人が立っている。
日本の政治を語る時に最重要の三人であるが、国会議事堂をテーマとした時でもやはり最重要の三人だ。
三人の銅像は写実的であり見事だ。立派でもある。威厳に満ちている。
こういった見事な銅像を見ているといっそう三人が立派に思えてくる。
台座は四つで立っているのが三人。
残りひとつの台座はそのままだ。
誰が立つのか未定のようだ。
いまだに未定のまま空白状態とはなかなか選ぶのが難しいようだ。

明治政府を語る時西郷隆盛、大久保利通、木戸孝允ははずせない。
初代総理大臣は伊藤博文だが、明治政府の実質的な初代総理大臣は西郷隆盛だ。非常にすばらしい活躍をしている。ただ、総理大臣といった役職名がなかっただけだ。
で、西郷隆盛はどうだろうか。
そうすると、いや、大久保利通の方がすさまじい活躍をした。明治政府を完璧に整えたのは大久保利通だ、第一西郷隆盛は西南戦争で政府に反乱を起こしたといった声も起きるだろう。
いや、いや、木戸孝允も二人をしのぐ仕事をしているといった声も出てくる。
なかなか難しい。
では、戦後占領下といった悪条件の中でマッカーサーと互角にやり合い日本の復興:発展の基礎を作り上げた吉田茂はどうか?
すると、政治家としては活躍したが、国会議事堂と吉田茂は格別密接な関連はないと否定する人も出てくるだろう。
第一、彼は国会内でコップの水をまいたりバカヤローと怒鳴ったり種々問題を起こしていると眉をひそめる人もいるだろう。
いやいや、いっそう難しい。
早く、空白の台座に最適の人を選んで欲しい。
                       ・・・・・2007.10.1.頃

さて、国会観覧は一休みして、
天下祭りに行ってみよう。
先日9月29日、30日江戸天下祭りが有った。

日比谷公園、日比谷、丸の内のコースだ。
江戸天下祭りは日比谷公園から日比谷、丸の内仲通りを通り丸の内ビルの間で行われた。
神輿、山車、木遣り、踊りの行列が延々と続く。

銀座から有楽町に出てオープン間近のイトシアを横目で見ながら駅を通り抜け丸の内仲通りに出て神輿を待っていると日比谷方面から行列がやって来た。
大きな音が丸の内ビル街に響く。
まったくはじめて聞く独特の音楽だ。
朝鮮通信使の一行だ。
これはなかなか迫力がある。

日本の神輿行列だと神輿の前後でせいぜい20メートルほどだが、朝鮮使節の一行は長い。
もう終わるかと思ってもどこまでもどこまでも続く。
江戸時代の朝鮮使節は数百名の規模と本などに書いていたが、まるでその再現のようだ。
本当に500人ほど通ったかと思うほど行列は長い時間続いた。

特に音楽が良かった。迫力満点だった。
太鼓、鐘、ラッパ、笛?が有りさらに三味線か胡弓のような弦楽器も有ったと思う。
音楽は現代の韓国を想像させるものではなく、まったくはじめて聞くような異国情緒あふれる音楽だった。
特にラッパの音は大きく強烈だった。
耳にびりびりと響いた。
朝鮮使節と知らないで聞くと中央アジアか西アジアを連想させるような音楽だ。
行列の中央あたりでは車のついた平たい山車のような台座に使節の代表を乗せて運んでいた。
衣装も独特だった。普段テレビなどで見る朝鮮民族衣装といったふうではなく、派手な色の衣装を着ていた。
白、黄色、濃紺の衣装が多かったようだ。
衣装は首・肩から足首まで有り、腰のあたりをひもでとめるといった事をしていないので男性も女性も背が非常に高く見える。

また、帽子をかぶりその帽子の上に1メートルほどもある長いひらひらする布が伸びていて、そのはちまきのような布が歩くたびにゆれる。
さらに、演奏にあわせて楽隊の人全員が首をぐるぐると回す。するとその布が大きくくるくると回る。それが非常に面白い。
衣装、音楽、回る布と刺激的な光景だった。

江戸時代朝通信節の一行はこういった楽隊で演奏しながら山陽道?、東海道を江戸に行進して行ったのだろう。
こういった楽隊が非常に大きな音で太鼓、笛、鐘を鳴らしながら行進したとしたら江戸時代の街道沿いの農民、町民、いや武士までも皆驚いた事だろう。
テレビも新聞もなく鎖国時代の江戸時代において普段の自分たちの周辺では決して見る事のない音楽隊、音楽、衣装をした数百人の異国の人々が行進するのを見れば珍しいというより興奮するだろう。

延々と続いた朝鮮通信使一行のあとに日本の神輿や山車がやって来た。
朝鮮使節一行の激しい音楽を聞いた後なので、日本の神輿一行が非常に静かに思えた。
もちろん、日本の神輿連中は威勢良く叫び神輿を上下に揺らしながら歩く。
いつも見ている光景だ。いつもはその光景で激しさと威勢のよさを感じる。
だが、朝鮮使節の激しく音を鳴らす楽隊の後に日本の神輿を見たので、どうしても日本の神輿が静かに感じた。

日本の神輿は各地の神輿が次々とやって来た。
神田、赤坂など東京の神輿だけかと思っていたら近県の神輿もいくつか通った。
山車は頂上にいろいろな人物の大きな人形を乗せていた。
刀を持った武将、平安貴族のような女性などいろいろだ。

後でパンフレットを見ると、弁慶、牛若丸、徳川家康、神武天皇などが有ったようだが、見ている時はどの山車の上に誰を飾っているのか全然分からなかった。

神輿と違い山車は、大声を上げながら練り歩くといった事をしないで静かに進む。
山車の前には数人の若い女性や少女が着物姿で杖などを持ちやはり静かに歩く。
杖には鈴がついていたようだ。その杖を突きながら歩くので杖をついた時にシャリン、シャリンと音がする。
そういった光景は初めて見た。
女性の着物も通常時代劇で見るような着物と違い幾分独特で巡礼にぴったりといった着物だ。
夕暮れやや暗くなった広い道で、そういった着物とシャリンシャリンと静かに響く杖の鈴の音、けばけばしいほど金色や青、赤を使った山車とその上の平安風の武士の大きな人形などを見ていると江戸時代にタイムスリップしたような気持ちになった。

祭りは続く。

山車の行列では前を歩く女性が着物と日本髪だったので良かった。
外人が着物姿の女性の写真を一生懸命撮っていた。
神輿かつぎの威勢のいい掛け声を聞きながら、山車、神輿の進行方向とは逆に歩き日比谷、帝国ホテルの前を通り日比谷公園へ行った。

大芝生広場でかなり大きな音響でコンサートをやっていた。
大芝生の向こう、公会堂の手前では対馬、沖縄?など全国各地の屋台と言うか店が出ていた。
またまた、ビール、焼き鳥、たこ焼き、焼きそばとなった。
ベンチに座りビールと焼き鳥で楽しんだ。

祭りに屋台はつきものだ。
たしか広島のお好み焼きもあった。ヴォリューム満点だ。
後で食べようとしたら、たこ焼きと焼き鳥とビールでおなかがいっぱいになりお好み焼きはあきらめた。次回にしよう。
大蔵大臣は全国各地の屋台を巡り珍しい品を見て喜んでいた。
例によって人のビールとつまみには予算を削減するが、自分が買う民芸品のような物には予算制限はないようだ。
一つ二つと買い込んでいた。いい気なものだ。
ま、おいしく、楽しい一日であった。

神輿、山車の行進は日比谷公園の正面口から、大通りを渡り帝国ホテル前、宝塚劇場、日比谷、丸の内だ。
威勢のいい神輿が丸の内を進みその掛け声がビル街に響いた。
普段ダークスーツやリクルートスーツのサラリーマン、OLだけが歩く日本一のビジネス街がたちまち下町となった。
丸の内に突如浅草、巣鴨が入り込んできたようなものだ。
もちろん沿道のサラリーマン、OLは大喜びで拍手をしていた。
サラリーマン、OL以外に老齢の紳士淑女も多く来ていた。
誰もが祭りを楽しんでいた。

翌30日も祭りは行われた。
ただし、神輿・山車は29日だけだったようだ。
これで、阿波踊り、博多どんたく、花笠音頭、ねぶた祭り、よさこい踊り、よさこいソーラン踊り、京都時代祭りなどが入るともっとすごくなる。
だが、そうすると江戸天下祭りでなく日本祭りとなる。
難しいだろうか。
それなら江戸時代と江戸の町を代表する人々をj仮装行列で行進させると面白い。
京都の時代祭りの江戸版だ。
江戸時代祭りだ。

たとえば、徳川家康、家光、吉宗、慶喜、大岡越前、遠山の金さん、鬼平犯科帳の鬼平、銭形平次、八丁堀の旦那。旗本退屈男、丹下左膳。新井白石。大奥の人々。紀ノ国屋文左衛門、北斎、歌麿、浮世絵のモデルの美人娘達。歌舞伎役者、花魁、江戸の芸者衆。一心太助、大久保彦左衛門、やじさん・きたさん。近松門左衛門。松尾芭蕉。柄井川柳。大田道灌。平賀源内。目黒のさんま屋の主人、軽業師、大道芸人、南京玉簾、おそば・饅頭などの屋台売り。下町の職人・町人。町の火消しの連中。大店の旦那、番頭・丁稚。服部一族・忍者、井伊大老、千葉周作、勝海舟、山岡鉄舟、新撰組、ついでに忠臣蔵、水戸黄門・・・・・・。
おもしろいと思うが、どうだろうか?

行列する人を一般公募、ボランティアーで募集すればたくさん集まる。
大岡越前、徳川家康、などは応募が多く人気となるだろう。
                      ・・・・2007.10月。

少し前の事だが、
夕方おいしい食事をしたくなった。
で、我ながら狡猾とは思ったが大蔵大臣を誘った。
何しろ我が財布は軽い。
大蔵大臣を連れて行けば銀座も怖くない。
メトロに乗りほどなく銀座に着いた。
大通りをぶらぶらして適当なレストランに入った。
平日の夕方だというのにわりと混んでいた。
出されたメニューの最初の頁の一番上の方の料理を頼んだ。
そのあたりの料理を頼む限り食後胃痛に襲われる事はない。

豪華な食事とはほど遠いがそれなりの食事を楽しんだ。
最初は胃袋の空間を満たすのに必死で余裕がなかったが、食事の後半あたりで気がつくといい音楽が流れていた。
生演奏かなと思い周囲を見たが、楽団はいなかった。
帰りにレジでそのCDを飾っていないかと注意してみたがCDは置いてなかった。
レジの女性に曲名を聞こうかと思ったが後ろに何人か待っているのでやめた。
こういう時には非常に残念なのである。
「いい音楽だ。」と思いながらそのままとなってしまう。

店の外へ出るとネオンが明るく輝いていた。
店に入った時はまだ明るかったのに出ると暗くなっていた。
ネオンが美しい。
四丁目の交差点に向かった。
デザートやワインなどをやたらと頼まなかったので料理代金は予算以内でレジで大蔵大臣の方を振り返る必要はなかった。
という事は大蔵大臣の財布の中は手つかずだ。
余った予算はその年度内に使い切るのが官庁の原則だ。
であるから手付かずの予算は使い切らなければいけない。
四丁目あたりでなにかいい物を見つけて予算消滅に協力しなければいけない。
何かいい物はないか、と大通りを探しながらぶらぶらと歩いた。

大通りで男がジャズを演奏していた。
テナーサックスだったが緩やかな演奏でなかなかうまかった。
前にはCDと帽子を置いていた。
CDは自分のCDのだ。自主制作盤だ。
プロかセミプロのようだ。
帽子はもちろん野球をするためではない。
その日のパンのためだ。
品が悪いとは思ったが中を覗くといくらか入っていた。が、多い額ではない。
演奏が上手くても音楽だけで食べていくのはなかなか大変だ。
大変というよりも非常に厳しい。
そういった厳しさの中で街頭で音楽活動をするという事には感服する。
街頭の演奏家・歌手から明日の大スターが誕生する事もある。

音楽・演奏・作曲・作詞・歌の才能が有りながら、オーディションや楽団、レコード会社、音楽プロダクションとどうしてもコネを持てない、あるいは、応募して軽く落とされたといった人は多いはずだ。
そういった才能のある音楽家の「最後のステージ」が街頭だ。

音楽・演奏・歌・作曲などを志す人は多いと思う。
だが才能が有っても実際問題どこも採用してくれない。
挫折する。
もうやめて平凡なサラリーマンになろうと思ってしまう。
地方から上京してきて活動している若者は田舎に帰ろうとしてしまう。
だが、あきらめてはいけない。
まだ街頭というステージがある。
頑張って欲しい。

幸い銀座は街頭演奏家・歌手に暖かい。
銀座の大通りや歩行者天国で今まで多くの街頭演奏家を見た。
だが、演奏中に警官や商店街の係らしき人が来て追い払う光景は見た事がない。
みんな長い時間演奏している。
だから、才能ある音楽家は銀座の大通り、歩行者天国をステージとして演奏し歌って欲しい。
銀座の人々はすばらしい音楽才能を待っている。


今年もあと3時間となった。
じわじわと押し寄せてくる「来年」という年に期待もあるし、去っていく「今年」が名残惜しくもある。
今年はいい年だったろうか?
平凡と言えば平凡だった。
いい歌を作れただろうか?
一曲はいいのが出来た。
あと二、三曲は平凡だ。
いい曲、いい歌を作ると言うのは本当に難しい。
今日の紅白歌合戦やテレビ東京の懐かしの歌番組を見ていると、次から次に歌が流れてくる。
テレビ東京の方はタイトルどおり往年の名曲が次々と流れてくる。大半が演歌・歌謡曲系だ。
紅白の方は今年のヒット曲が多いが、それでもずいぶん昔のヒット曲が出てくる。
ん?今年のヒット曲の紅白歌合戦ではないのか?と疑問をはさんでも仕方がない。
往年のヒット曲や演歌を歌わないと年配のファンが見てくれないらしい。
大晦日に心に残るヒット曲を聞きながら過ごす。その為には、一番好きな歌・歌手が登場してくれた方がいいようだ。
それなら、「心に残る日本のヒット曲紅白歌合戦」となる。
「今年:2007年」という看板を外さないといけない。

NHKと12チャンネルの両方で歌番組をやっているので、しょちゅう切り替えながら見ている。
二、三分おきに切り替えるのは忙しいが、どっちかではいい歌が流れてくる。
時々両方とも知らない歌や好みでない歌が流れる。
予想外に往年の名曲が流れてくる。
12チャンネルは懐メロばかりかと思ったら結構ポップスが流れる。
先ほど紅白で寺尾聡がルビーの指輪を歌っていた。
もう25年?ほど前の大ヒット曲だ。
25年前だと歌謡曲や演歌なら、「懐かしの歌声」と枕詞をつけられるがポップス系の歌にはそういった言い方は適用されないようだ。
また、ルビーの指輪は古さを感じさせない。
ルビーの誕生石と言うが、その月が何月かは知らない。
曲調は秋だ。秋の少し寒い日に人気のない神宮外苑を一人寂しく歩いているとぴったり来る歌だ。いい歌だ。
画面の歌詞テロップに合わせて歌ってみた。難しい。
寺尾聡はささやくように語りかけるようにあっさりと歌っているが、ああいった歌い方は難しい。
譜面の音符の上を軽やかに、でもなくスキップするようでもなく、秋風に枯葉が音符の上をかさかさと転がっていくような感じで歌わないといけない。と言いながら音程やリズムが上下に小刻みに動く。
ぼんやり聞いている時は気がつかないが、いざ歌ってみるとあちこち難しい所に気がつく。
そういった隠し味のような難しい部分を軽くこなさないと、いい歌をいい歌として歌えない。
プロの歌手のように歌うという事はとても大変だ。
銀座の大通りを鼻歌を歌いながら歩くのが一番気楽だ。


銀座にまた大きな有名店のビルが完成した。通りがいっそう豪華になった。
右を見ても左を見ても角を曲がっても世界の超有名店ばかりだ。
圧倒される。
しかし、見ているだけでいい気持ちだ。
ミキモトの前に来ると当たり前の事だが、クリスマス・ツリーは門松のようなクス玉のようなオブジェになっていた。
ああ、正月だな、と感じる。

クリスマス・イヴ頃の銀座はやはりきれいだった。
京橋から新橋方面を見ると大通りの両側の木々に宝石のようなイルミネーションが飾られていてそれは息を呑むほどの美しさだ。夢のようだ。
ミキモトの店頭の巨大なツリーがまた見事だった。
有楽町の方に行きマリオンの通路を通ると、目がくらくらするような気になった。
天井も壁も床もきらきらと光っている。まばゆい。
まさしく聖なる世界だ。
意外と出来たばかりのイトシアが特に豪華なクリスマス・デコレーションをしてなくて、あれ、と思った。
いや、それぞれの店舗の中はきらびやかに飾っていたのかな?

元旦に銀座を歩くとがっかりするが、クリスマス・イブの頃の銀座、有楽町は本当に美しい。それは来年も同じだ。
永遠に続く美しさだ。

格別銀座で正月用の買い物が有る訳ではないが、ぶらぶらと買い物に出かけた。
たいした物を買うわけではない。
第一大蔵大臣と一緒だ。
出費は厳しく制限される。
CDショップに入り、誰か知り合いが来てないかときょろきょろ探しながら、お気に入りのCDを手にした。
これは?と大蔵大臣に聞くと、「家のCDを全部処分したら買ってもいい。」と返答があった。
困ったものだ。


隣の木村屋に入った。
意外だ。混んでない。珍しい。
年末休みに入り東京を離れ故郷に帰っている人が多いのだろう。
そういえば隣のCDショップも少しすいていた。
店には悪いがすいているのはいい事だ。
混雑する店で人をかき分けながら買い物をするのは好きではない。人ごみで疲れる。
普段の木村屋は平日の4時ごろでも混んでいて、順番がなかなか来ない。
しかし、すいている。すぐ買えた。待たずに買えるのはいい事だ。
大蔵大臣は木村屋のパンが好きだから何個も買っている。
少しCDに予算を回して欲しいと願うが要求が通る事はない。
本屋に行き探した。ない。仕方がない。適当に一冊買って出た。
本屋にはあれほど無数の本が有るのに、自分の探す本が意外と無い。不思議だ。
この本と決めないで、何かないかなと思いながら本屋の棚を見ていると、次々といい本が目に飛び込むというのに。

おなかが空いてきた。
何を食べようかと大蔵大臣に聞いた。
聞いてから、しまった、と思った。
大晦日間近に要求を聞いたりしたら大変だ。
「あれがいいわ。」などと高級なものをリクエストされたら大変なこととなる。
ATMの位置を確認しながら銀座を歩くのは疲れる。
幸い「あっさりしたのがいいわ。」と言ってくれた。
ふ、我が財布の中身を知っているようだ。鋭い。
「では、あそこがいい。」と目についた店に飛び込んだ。
寿司屋の前で「ここは?」と聞いてみると、「もっとあっさりしたのが、」と言う。
寿司よりあっさりとは、何が有るのか?
深く考えないで適当に店に入り座った。
メニューが来た。
何やら注文をした。
何を注文したのかと思っていると、料理がきた。
結構カロリーの高いものだ。
何が、あっさりだろうか。
『それが、あっさりか?』と心の中で文句を言いながら食べていると、やはり大蔵大臣は料理を一つ残した。行儀が悪い。
そんなカロリーの高いものを注文するからだ。あっさりではなかったのか、と声に出して言った。
しかし、納得するような返答もせず大蔵大臣は喫茶店に入った。
ブラック・コーヒーをおいしそうに飲みだした。
コーヒーに関して薀蓄は持ってないが、ブラック・コーヒーはあっさりしているとは思えない。
急にレモン・ジュースを飲みたくなったが、そういったものはない。仕方なくコーヒーを頼んだ。

ぼんやりと大通りを眺めながら飲んだ。
道行く人の服装をじっくりと見た。
みんないい服を着ている。
けばけばしい服装の人はいない。しゃれたセンスのいい服ばかりだ。
銀座には高級でいい雰囲気がある。
それは超有名店だけが作っているのではない。
道行く人たちのいいセンスのファッションだ。
いいファッションの人々で通りが埋め尽くされるから銀座全体が非常にいい感じとなる。
なるほど、と感心しながら我がファッションを見た。
平凡だ。いけない。こんな格好で歩いていると銀座を追い出される。
今度いいスーツといいネクタイを買わないといけない。
大蔵大臣を見ると知らん顔をしてコーヒーをすすっている。まだ飲んでいる。

大通りに出た。
ビデオ・カメラを持ったスタッフが和光の前にいる。
何やらアンケートらしきものをしている。道行く人がにこやかに答えている。
夕方のニュースあたりで流れるかな?

デパートに入ってみた。混雑している。
木村屋とCDショップがすいていたので油断した。あわてて外に出た。
買い物が決まっていれば混雑も我慢できるが、店内をぶらぶら、と軽い気持ちでいる時は混雑するデパートの一階は歩けない。


気がつくと大通りは空いていた。
やはり年末だ。銀座の人口も減っている。
有楽町へ行きビックカメラで小物をいろいろ買った。一種の正月用品だ。
しかし、混んでいる。大変混んでいる。
ほかの店のように少しはすいているのでは、と思っていたが普段と変わらない。
いつもどおり混雑混雑だ。
そごうの頃はすいていたのに、と昔を懐かしみながら外に出た。
もう暗くなっていた。
冬は日が落ちるのが早い。

夜スーパーへ一緒に買い物に出かけた。
超混雑だ。まっすぐ歩けない。
特に牛肉、刺身のコーナーがすさまじい。
覗いてみると普段置いてある手ごろな価格の品はない。
すべて普段の2倍ほどの値札がつけられた牛肉や刺身ばかりだ。
大とろ、中とろ、豪華盛ばかりだ。牛肉コーナーでは有名ブランドの牛肉ばかりのようだ。和牛ばかりで外国の牛肉が見当たらない。輸入禁止か?
どうやら年末の日本では金持ちばかりになるようだ。

日ごろ見ない値札の金額を見て目が回った。
売り場から離れたいすに座った。
いすに座って超混雑する売り場を眺めた。
熱気だ。年越しの熱気だ。日本で一番高揚する日だ。
アメ横と変わらない。
どの人の買い物かごをみてもいっぱいだ。どのかごも刺身、牛肉、豆腐、ネギが入っている。しかも山盛りだ。すごい。
年末年始はすき焼き、刺身が定番のようだ。
重たい荷物を持って家に着いたらほっとした。
何か買ってくれるかと思ったらそういう事は全然なかった。
では、何故スーパーまで行ったのか?
ポーターにされたようだ。
もう来年はスーパーなど行かない。

家で普段見れないCDやDVDを引っ張り出して見ていた方がはるかにいい。
いい歌、名画さえ見れれば、大晦日にすき焼きや刺身がなくてもいい。
年越し蕎麦さえあれば十分だ。
ま、贅沢を言うなら少し大きめの海老天が乗っていれば申し分ない。

あと1時間で今年も終わりだ。
さようなら、2007年よ。
少ししんみりしてくる。
こういう時はどういう歌がいいのだろうか?
クリスマスの時なら、輝くツリーを見ながら大通りで、ホワイト・クリスマスやサイレント・ナイトを歌いながら歩いているとぴったりくる。
しかし、大晦日にぴったり来る歌は何だろう?
意外とジャズは合わないと思う。
明るい午後の日差しを浴びるニューオーリンズでなら、セントルイス・ブルースがいい。軽快だ。スウィングしていながら哀愁がある。やはりブルースだ。
しかし、大晦日にぴったりの歌はないだろうか?
ラスト・ワルツはどうか?
いいと思える。
豪華でにぎやかなパーティーも終わり去り行く人たちにお別れの歌だ。
しんみり来る。
しかし、もっとぴったりのいい歌があるはずだ。
何かないだろうか?
                   ・・・;2007.12.31.


正月の銀座は混んでいた。
人口が増えたのか?と思うほど大通りもどの店も人、人、人だった。
年末で懲りているからデパートの一階はさけた。
テレビで見たが正月二日の日は福袋が飛ぶように売れたようだ。
さて、中に羽でも入っているのかと思ったが、そうではない、バッグ、ジャケット、宝石、アクセサリーなどがいっぱい入っているらしい。
それで値段が1万円とか3万円らしい。どうやら5万円から7万円ほどの品物が入っているようだ。
ブランド・ファンが殺到するはずだ。
テレビで見ていると6000人ほど並んだらしい。
6000人だと大通りが埋まる。歩行者天国にしないといけなくなる。
ちょっと四丁目の角からメルサの方へ、などと思っても人、人、人で行く事が出来ない。
「福袋協奏曲、」ふとそう思った。
すごいと言うかバイタリティーと言うかすさまじい熱気だ。
いくらお得な福袋でも正月二日目に3万円ほどの買い物に6000人も並ぶとは景気がいいのだろう。
来年の福袋はもっとすごくなるだろう。


正月の銀座は人が多くて熱気がありかえって楽しかった。
人影まばらの街を歩くのは寂しいのである程度混雑した街の方がいい。
木村屋に入ってもパンを買うのに困った。
家族にパンを頼まれていたので、こしあんとうぐいす、などと必死で覚えて入ったが混雑するのでいったん出た。
店の中を歩けないと言うより動けない。
50センチほどの目の前のパンを手に取ろうとしても動けないので手に取ることができない。
隣のCDショップに入ったりほかの店などぶらぶらしてしばらくして軽い食事をした。
幾分メニューが年末と替わっている。
値上げという訳ではないが、普段有る料理やお得なセットがなくなっている。
「あ、残念、」と嘆いた。
正月だから仕方がないか。

それからあちこち覗いているうちにパンを買うことをすっかり忘れてしまい、どういう訳か通りかかったケーキ屋で「そうだ、おみやげ」などと突然思って小さなケーキを四個ほど買って店を出た。
それからメトロに乗ったが、電車が動き出してからパンの事を思い出した。
買い忘れたのがパンだったから良かったが、これが福袋だったらとんでもない事となっていただろう。
ケーキ屋の店員さんは愛想が良かった。感じがいい。
しかし、感じがいいのは木村屋のこしあん、うぐいすなどのパンを売っている窓ガラスの近くのコーナーの店員さんたちだ。
みんな愛想がいいし親切だ。
いつ行っても感じがいい。
みんな若い店員さんなのに年寄り・老人の人がゆっくり買い物をしてもせかせかと急がす事もせず丁寧親切に応対している。
普通どういった商店でもレストランでも若い店員さんだと若いお客には愛想がいいが、年寄りのお客には無愛想と言う事がある。
しかし、木村屋ではそういった事がない。そういった光景を見た事がない。
感心する。
都内各地いろいろな店が有るがあれほどいつも感じのいい店員さんたちはなかなかいない。

                       ・・・2008.1.4.

二日の日のテレビ・ニュースで皇居の一般参賀の様子が映されていた。
普段人など歩かない二重橋を民族移動のごとくたくさんの人が進む。
「ゲルマン人か?」
と思ってしまう。
宮殿の前も人、人、人だ。
一般参賀にも行こうかと思ったが正月はあれこれと忙しく結局いけなかった。
テレビで参賀の様子を見て満足する事にした。


昨年秋ごろ日比谷濠を歩いていると前に立ってる人から突然聞かれた。
「Excuse me, where is the emperor palace?」とか何とか言っていた。
あまりよく聞き取れなかったがエンペラーとか何とか聞こえたので、たぶん皇居だと思い「そこですよ、」と左の森を指差した。
その外人さんはニコニコして「I see,thank you.」とうれしそうに祝田橋の角を右に曲がって行った。
皇居は英語だとエンペラー・パレスと言うようだ。
パレスというので外人はベルサイユ宮殿のような豪華絢爛たる宮殿が建っていると思って皇居を捜し歩くのだろう。
しかし、どこにも巨大な宮殿はない。
有るのは、濠と石垣と緑濃い森だ。外人からすれば池の有る大きな公園にしか見えないのだろう。
どこにもベルサイユ宮殿のような王宮はない。
だから、途方にくれるのだろう。
日比谷濠にいても通行する人に聞かないと皇居が分からない。

もちろん、皇居、つまり天皇の宮殿には行き着けない。
二重橋で行き止まりだ。それ以上は進めない。
そこからは白い天守閣のような櫓は見える。だが、皇居の建物は見えない。
高い木々、森にさえぎられて見えない。
皇居に行った、見たと言っても二重橋とその先の森、櫓・お城を見るだけだ。
広い意味で皇居と言うと、濠と皇居外苑に囲まれたエリアを指す。
しかし、狭い意味では天皇の宮殿、つまり二重橋のたもとに立って見る深い森の向こうの宮殿を指す。
その宮殿は正月の一般参賀の時と天皇誕生日の時にしか庶民は行く事はできない。見る事もできない。
だから、狭義ではあの外人さんは皇居に行き着く事はできない。残念でした。
一般参賀の日を狙って皇居内に入り宮殿じっくりと見るのはかなり通の外人さんだが、はたしてあの人は正月二重橋を渡っただろうか?


元旦は雨も風もなくいい天気だった。
神社は去年より混んでいた。
景気がいいのか。
いや不景気の時の神頼みか?
着物姿の若いお嬢さんがあまりいない。
男性も着物姿の人が少ない。
今年だけのことか、毎年の減少傾向なのか?
どうなのだろうか。
神社にお参りをしてぶらぶらしていると屋台が有った。
大きなたこ焼きとお好み焼きなどがいいにおいと湯気を出して参拝客を誘惑している。
参拝したあとで小腹が空いていた。
朝のお雑煮はすっかり消化されている。
早速買って食べた。

大蔵大臣はたこ焼きがいいとか言っていたが面倒なので全部お好み焼きにした。
寒い日に屋台の前でほかほかのお好み焼きはあったかい。
元旦の楽しみは勿論参拝であるが、屋台などでたこ焼き、お好み焼きなど普段食べないものを食べるのがまたいい。
今話題のミシュランの三ツ星レストランの味は当然最高だろうが、正月参拝時に寒さと空腹に震えながら、屋台で食べるお好み焼き、たこ焼きは最高の味である。
下町の三ツ星だ。
第一屋台で食べるたこ焼き、お好み焼きなどはいくら食べても財布が悲鳴を上げない。
そこがすばらしい。その点は三ツ星レストランもかなわない。
大蔵大臣がもんじゃ焼きの屋台を探したが、ない。
来年はもんじゃ焼きの屋台がある神社へ参拝しよう。
こういった考えはばちあたりかな。


正月も最後の日我が家の金融大臣が食事をご馳走してくれると言ってくれた。
それは有り難いとご馳走になった。
夕方全員で出かけた。
大蔵大臣はニコニコしている。
金融大臣は数年前までは我が家の文部大臣と消費大臣を兼任していて、教育とスポーツとレジャーと消費ばかり担当していたがいまや予算配分すらしてくれるようになった。
店に入った金融大臣はどんどん料理を頼む。豪勢なものだ。
大蔵大臣にそれとなく聞くとこの不況下だというのになかなかの黒字だと言う。
すばらしい。
当方は緊縮財政が続いていると言うのに、む、どうした事か?
「能力の違いよ、」と大蔵大臣が笑った。
大蔵大臣は適当な事を言うが、大雑把な点では当たっている。
反論が出来ない。
早く財政を健全化しなければいけない。

所有している作曲と作詞と小説のファイルを見た。
ヒットする曲や詞や小説は有るか?
有る。
しかし、発売するまで少し時間がかかるのが多い。
早く発売してヒットをして金融大臣を返礼の晩餐会に招待しなければいけない。
今すぐ発売できる手持ちの歌や小説は伊東和雄の「文豪と美しい風景と東京、パリ、モンパルナス、ショパン、ルノワール」や「森の中の宇宙人」、そして「広場のイレブン」、「竜馬がくる~桂浜編」、「潮風が知っている」「長崎の歌」「世界の海援隊」、「拝啓大統領閣下」、「歌はすばらしい」、「夢を信じよう」「幸せがくる」など数点だ。
それらの歌や小説にヒットしてもらわないといけない。
竜馬関連の主題歌15曲は小説と同時発売でないといけない。
「森の中の宇宙人」、「広場のイレブン」、「文豪と東京、フランス」などは一作品だけですぐに発売できる。
まず「文豪、東京、パリ、ショパン」にヒットしてもらいたい。
ただこの歌は普通のソロの歌手では駄目で合唱団でないといけない。それにステージ衣装が少し独特だ。
その点が少し大変だ。
少し大変なところはあるが、とりあえず早速発売をお願いしてみた。
適した合唱団が見つかるだろうか。
どうなるか?
発売する直前や発売後に銀座で発売記念ミニ・ライヴなどが出来るとすばらしい。

                      ・・・2008.1.5.

少し前にライオンに行った。
急にのどが渇いたからだ。
のどが渇いたぐらいなら自動販売機のジュースでも飲めばいいだろうという声が聞こえそうだ。
確かに。安上がりだ。
しかし、のどを潤しながらひと時を楽しみたい時もある。
ライオンはいい雰囲気を持っている。
ドイツ風であり、戦前昭和の雰囲気がある。面白い。
普通の居酒屋や酒場でビールを飲むなら、つまみは何でもいいが、壮大なドイツ風の店だとやはりドイツのソーセージを食べたくなる。おいしい。
ビールはもちろんおいしい。
ちょうど飲み頃の冷たさだ。
ふらりと行けばいつでもいい気分になる。
銀座をぶらぶらする時のオアシスのような店だ。

ライオンは銀座以外にあちこちに支店が有る。
生演奏をやっていた支店がほかの町に有った。
その店には時々出かけた。
料金が手ごろでビールはもちろんのこと料理もおいしかった。
生演奏を楽しみながら楽しいひと時をいつも過ごすことができた。
ある日久しぶりにその店に行ったら改装してしまいきれいにはなったが、生演奏がなくなっていた。
大変残念だった。
いつも込んでいたから赤字という訳ではないと思うがいったいどうしたのだろう。
テーブルに座り以前ステージの有った場所を眺めながら食事をしたが、全身の力が抜けてしまった。
非常な落胆とはああいった時の事を言うのだろう。

その町を訪れるとその店を訪ねるがいまだに生演奏を再開してないようだ。
あのバンドの人たちはどこへ行ったのだろうか?

銀座の店はクラシックの生演奏をしている。
もちろんそれも非常にいい。
いいのだが、どうしてもクラシックを聞きながらだとついつい背筋が伸びる。
まじめに聞かなければいけないと思ってしまう。

銀座には他にも生演奏の店がたくさんある。
どれも楽しい。
有楽町の下のガード下のように赤提灯も楽しい。
遠慮なしの騒々しさともうもうたる煙と焼き鳥のにおいが楽しい。
しかし、生演奏の店で飲むビールもまたおいしい。


春爛漫となった。
先週の土日が花見には最適の日々だった。
土曜日に出かけた。
天気はよく電車にも花見に行くと思える家族連れが多くいた。
弁当を持って行こうかと思ったが、大蔵省が「団子を食べましょう。」というので弁当はやめた。
花見の場所に着くなり団子やを探した。
だが、団子屋はない。
屋台が出ていた。
屋台で焼きそばや焼き鳥を食べてそれから桜の下に行きのんびりと眺めた。
満開で一番いい時期だ。
青空に薄い桃色の花が清清しく、しかし、豊かに咲き誇っている。
日本、を感じる瞬間だ。
桜の下で焼きそばなどを食べれるといいのだが、桜の下はすでに先客でいっぱいだ。
ドンチャン騒ぎはしてないが、やはりビールやお酒がいっぱい置いている。
花より酒だ。
女性は団子だが、男性はやはり酒だ。
女性は砂糖、男性は左党。
普通昼間から酒を飲んでいると非難される。外で酒を飲んでいるとやはり非難される。
だが、不思議な事に花見の時期は真昼間外で堂々と酒を飲んで、さらに多少酔っ払って顔を赤くして陽気になっていてもあまり非難されない。
のん兵衛にはたまらない季節だ。
青空の下天下の無礼講だ。
平和なものだ。

足を伸ばして千鳥が淵へと行ってみた。
皇居二重橋から歩いて15分ほどか。
地下鉄の半蔵門で降りれば歩いて3分ほどだ。
イギリス大使館の前あたりの桜が一番見事だ。
見事というしかない。
普段でも千鳥が淵辺りは景勝地だが、桜の時期は美麗だ。
いつもなら堀の両側は緑濃く静かなたたずまいだ。
桜の季節は桃色の衣をいくつもいくつも並べたように、千鳥が淵全体が桜色一色となる。
あでやかだ。
堀を見下ろすとたくさんの人がボートに乗って楽しんでいる。
ボートから岸と空を見上げると美しい。
両岸だけでなく空全体を桜が埋め尽くしていて、「桜空」となる。
空中桜で、空が桃色だ。
空を見る時、青空も美しい。夜空いっぱいの星も美しい。
だが、空いっぱいの桜花の美しさは息を呑むほどだ。
空を見て、桜いっぱいというのは千鳥が淵でしか味わえない光景だ。

千鳥が淵の岸は花見客で大混雑だ。
イギリス大使館の前が一番込んでいた。
外人も多くいた。おそらく大使館関係の人だろう。
マラソンをしている外人も多くいた。
外人さんはマラソンが好きだ。
この時期皇居をマラソンするのは非常にいい。
皇居の堀の周りはどこも桜が多いからだ。
千鳥が淵ほどではないが、桜の木が割りとある。
マラソンをしながら皇居の桜を全部見るのもいいだろう。
健康と風流と一石二鳥だ。

千鳥が淵をイギリス大使館の前から右回りに歩いていくと3分ほどで靖国神社に出る。
靖国神社には天気予報で出て来る東京の桜がある。
東京の桜の開花は靖国神社の桜で知らせる。
千鳥が淵で桜を楽しんだら、ついでに靖国神社に行きその桜を見るのもいいだろう。
靖国神社の桜を見たら、そのまますぐ目の前に有る北の丸公園に入り武道館や公園の桜を見るのもいい。
本数は少ないがいくつか有る。
混んでないのでのんびり見る事ができる。

北の丸公園の桜を見たら、そのまま足任せに大手町、和田倉門と歩いていけばいい。5分ほどだ。
東京駅の正面あたりだ。
本数は少ないが桜も有る。
千鳥が淵からここまで歩いて来たらかなり疲れる。
もう少し頑張って堀沿いに歩いて白い第一生命のあるビル辺りまで来て、そこで東に折れて有楽町、銀座に行き手ごろなレストランで、いや和食店でそばでも食い、ついでに団子を頼んで食べるのもいい。
花と団子と銀座だ。
大手町や和田蔵門から日比谷の第一生命ビルまではのんびり歩いて5分ほどだ。
第一生命ビルには終戦直後GHQ本部が有りマッカーサーが執務をしていた。
皇居前の一等地だ。一番眺めのいいビルだ。
四階か五階あたりに部屋が有ったらしいが、毎日窓から皇居外苑や二重橋、さらにその向こうにうっすらと見える宮殿や御所を眺めていい気分だったろう。
逆に皇居にいた昭和天皇や皇居内の人々は遠くに見える第一生命ビルが鬱陶しかっただろう。
日比谷掘りや皇居外苑あたりを歩いていて第一生命の白いビルを見るたびにそんな事をついつい考えてしまう。


仕事をしながら窓の外を見ると桜が美しい。
普段は青空と高いビルばかりが見えるが、今頃は薄桃色の花があちこちに見える。
きれいだ。
仕事もしないで窓際に座りおにぎりとお茶でも飲みたくなる。

近くのビルには当然桜などないが、少し離れたところには桜の木が有り美しい。
皇居を見ると緑が色濃く美しい。
皇居の深い森の中にも桃色の木がいくつか見える。

東京タワーや六本木ヒルズも見える。
東京タワーに上り都内を見ればおそらく桜満開で美しいだろう。
普段は窓の外を見ても、ビルばかりでさほど面白くもない。
空も青空の時はいいが、曇っていると灰色でうっとうしい。
しかし、桜の頃は窓の外を見るたびに感心する。

イギリス大使館の人々は幸せだ。
目の前の千鳥が淵の美しい桜を見ながら仕事ができる。
また、昼時は堀の散策路に行き弁当・ランチを食べながらひと時をすごす事ができる。
いいものだ。

同様に新宿御苑や上野公園の近くの高いビルで仕事をしている人もいい。
仕事に疲れたら窓の外の見事な桜を見てリラックスできる。

銀座はきれいな街だが、並木道には桜はない。
もし銀座の並木道に桜が有ったら春の銀座はいっそう美しくなる。

ミキモトでは、よく入り口に花や木を持って来て植えている。飾っていると言うべきか。
しかし、桜の木を飾ると言うことはしないようだ。
桜の木を丸ごと持って来たら綺麗で道行く人々には有り難いが、桜の木にすれば痛んでたまったものではないのだろう。植物愛護の観点からそうしないのだろう。

春の銀座は暖かくコートも要らずのんびりと歩ける。
中には昼時の近所の会社の人だろう、ワイシャツやブラウスで歩いている人が多い。
すっかり春だ。
何か銀座全体が明るくなったような気がする。

CDショップに寄ってみた。
最近入り口でジャズばかり店頭演奏している。
ジャズはいい。
見ていると全部欲しくなる。
中に入り、入り口付近の新作コーナーを見ると、やはり春だ。ビッグ・アーティストの新譜がたくさん出ている。
お目当ての歌手の新譜を見てみた。
出ていない。残念だ。
地下一階に降りてポピュラー・コーナーを覗いた。
特に何かというのはなかった。
そのうちいいのが出てくるだろう。

最近銀座に外人の観光客が多い。
今は円高だが少し前まで幾分円安だったからその影響だろう。
以前北海道のスキー場にオーストラリアのスキー客が多いといったニュースを見た。
その国の通貨や経済力に比較して円が割安に感じるのだろう。
観光客が多いのは日本にとってもいいことだ。
銀座はじめ各地の商店にとてもいい事だ。
ミキモトの前はいつも外人がたくさんいる。
やはり、日本に来たら真珠なのだろう。
中を覗くと中にも外人客がいる。

最近はトヨタ、ソニー、ホンダ、松下:パナソニックと日本のブランドが世界を席巻している。
高性能で高品質の代名詞だ。
日本製品がその品質により機械や最先端製品などでほとんどのジャンルを完全に制している。
だが、そのさきがけがミキモトだ。
戦前からミキモトの名前は世界、ヨーロッパにとどろいていた。
トヨタもソニーも松下も世界に進出してない時に、いや、ソニーなどまだなく、トヨタも車を作っていない時から、ミキモト真珠はヨーロッパ、アメリカを制していた。
ヨーロッパ社交界の貴婦人たちをうっとりさせてきた。
当時日本が世界地図のどこに有るかも知らないヨーロッパ上流階級の貴婦人たちが、真珠だけは「ミキミモト。トレビアン。」と言ってミキモトを愛した。
古来真珠は海の底の貝だけが作り出す夢のような宝石だった。
深い海の底の貝の中にすばらしい宝石が有るとは、神秘としか言いようがない。
取れる真珠は当然少なく貴重品で憧れの的だった。
それを御木本幸吉が養殖に成功した。
昔彼の伝記を読んだが、それは苦難の連続だったようだ。
自然界の宝石を自分で作り出すと言う発想・着眼点がすごい。
また、それを何年も失敗しながらついに成功させたチャレンジ精神がすごい。
日本人には珍しいパイオニア精神を持っていた。
彼のおかげで世界中の女性は美しい真珠を簡単に手ごろな価格で買い求めることができるようになった。
御木本氏が養殖に成功しなかったら、金額以前に真珠という物を手に入れることが不可能に近い事だったろう。
もちろん真珠が非常に安いとは言えない。
やはりちょっとしたペンダントよりは高額だ。
それでも古代から19世紀までの真珠の驚くような金額と比較すると安い。
ミキモトの前を通ると、御木本幸吉のレリーフが飾っている。
創業者のレリーフを堂々と入り口に飾ることには少し苦笑するが、それでもその御木本翁の顔を見るたびに上記のような事を考えて尊敬の念が沸いてくる。

ビートルズが来日した時に宿泊したのはヒルトンホテルだった。
ヒルトン・ホテルは現在は新宿だが、当時は首相官邸の斜め隣に有った。今は工事中だ。
時々音楽の雑誌などで、そのビートルズがヒルトン・ホテルの会場で記者会見をしている様子が載っている。
金色の四角の壁をバックにしてジョン・レノンやポールが会見している写真がよく載っているから見た方は多いだろう。
その部屋は真珠の間と言う名前だ。
その部屋の天井には無数の真珠がブドウの房のように垂れ下がっていた。その房がいくつもいくつも天井を覆っていた。
だから、真珠の間なのだが、天井中真珠の房だらけだ。
金額にして作った時点で10億円とか言っていた。
真珠の間で一度その天井を見たが見事なものだった。
あの見事な10億円の真珠はどうなったのだろうか?とミキモトの真珠を見ると思い出す時がある。

外人観光客はミキモトの前、デパートの前、和光の前に多い。
彼らは世界の銀座で何を買い求めるのだろう。
食事はどうするのだろう。どこでするのだろう。
時々食事をしていると外人が数人で入ってくる。
静かなものだ。外人は数人で来てもあまり騒がない。
アメリカ人は結構騒がしい。
だが、ヨーロッパ系の人は静かだ。
服装から見てどうやら東欧系らしい観光客も多い。
言葉が英語でもフランス語でもないから多分東欧系だろう。
北欧系は金髪の人が多い。
オランダ人は背が高い。
アメリカ人は服装が派手というかカラフルだしラフだ。
ヨーロッパの人の服装はシックだ。いい感じだ。
和光やミキモトの前で固まって話す人の言葉を何気なく聞いているとヨーロッパの人が多いようだ。
あまり観光慣れしてなくて混雑する銀座で途方にくれているような感じがしないでもない。

メトロでもよく外人を見かける。
だいたいマナーがいい。
特に商用で来ているらしい、あるいは長期滞在しているらしいビジネスマンらしい外人はマナーがいい。
大きな外人が座ると大体その隣の席は狭くなる。
そこを無理して座ると外人はすっと横に寄ってくれる。
軽く会釈をすると男性でも女性でも軽く会釈をする。
時には男性でも女性でも笑顔を見せる。
とてもいい事だ。
そこで一言二言、銀座のおいしくて安い店を教えようかとか、どこの国から来たかとか、話をすれば面白いのだが、うかつに話しかけて早口で方言交じりで話されたらさっぱり分からなくて混んでいるメトロの中で恥をかく、ので話しかけることはしない事にしている。
よほど英語、フランス語がうまくなってからだ。
第一イギリス人と話をして、発音や文法を満員電車の中で直されたりしたらみっともない。
外人が増えて町が何がなんだか分からなくなるのは困るが、マナーのいい外人や観光客が増えるのは歓迎だ。
                      ・・・2008.4.3.

2時ごろたまに行く店に食事に出かけた。
混んでいると思ったら、席が空いていた。
満席状態だがかろうじてひとつだけ空いていた。
助かった。
混んでいて店の人は忙しく動き回っているが、注文を聞きに来ると別に慌しい感じをさせないで、丁寧に聞いてくれる。
食事時はどの店も超満員で戦争状態で店の人も非常にあわただしい。
こっちまでなにやら忙しくなってくる。
落ち着いて食べる事ができない。
しかし、その店は注文を聞きに来たり、料理を運んでくる時も慌しさを感じさせない。
丁寧でいつも笑顔だ。話しかける言葉も温かみがある。
どの係の人が来てもみんな丁寧で親切だ。
たまにしか行かないから店の人は私の顔など全然知らない。料金も手頃というよりも東京の平均と比較しても安い部類に入る。それなのに、もう10年も通い続けているような客として親切にしてくれる。言葉や笑顔、態度にとても温かみがある。
落ち着いて食べる事ができる。
有りがたい。
料金が非常に手ごろなのが助かる。
具体的に言うとファミレスよりも安い。
普通はどの店でも料金が安くなると係の対応は雑になる。
言葉遣いもコンビニやファミレスのように機械的と言うかマニュアルどおりの話し方となる。
言葉も笑顔もお辞儀もマニュアルどおり。
一見丁寧なようだが、ロボットと話しているのと同じだ。
だが、その店はとてもおいしいし、サービスや係の人の対応も温かみが有りいいレストラン並みで非常に親切だ。
そういった手ごろでいい店が銀座には多い。
いい街だ。
                        ・・・2008.4.9.

梅雨に入って大分たつ。
銀座も毎日雨ばかりだ。
この土日も雨だった。
四丁目の角ではカラフルな傘がいくつもひまわりのように開き道を埋め尽くしている。
やや人通りが少ない。
歩行者天国を歩く人も非常に少ない。
雨のせいだろうか。
もしかしたら、副都心線の影響ではないだろうか?
東上線、西武線、有楽町線の人などは今までは新宿、渋谷に行く時は池袋で山手線に乗り換えなければならなかった。
面倒だった。
しかし、副都心ができ乗り換えなしで新宿、渋谷に行くことが出来るようになった。
急行までできたようだから渋谷へは非常に早く着く。
気楽だ。
すると、今まで池袋、銀座で買い物や食事をしていた人たちが、新宿、渋谷へ行ってみよう、となる。
新宿なら銀座に来るよりも早く着く。
また、地下鉄の急行というのも珍しいから一度乗ってみようといった気になるかもしれない。
新宿三丁目の駅で降りると伊勢丹の前だ。
デパートの買い物ファンにはたまらない。
銀座という街は落ち着いていてセンスが有るが、新宿、渋谷に比較するとエキサイティングといった点では負けるかもしれない。
最新のファッションや時には奇抜なファッションに身を包み、通りの店から流れ出るすさまじい音量の音楽を聞きながら、混雑する通りを大声で笑い、話しながら歩けるのが新宿や渋谷の楽しさだろう。
若者向きの最近の流行の服や靴、グッズなどを売っているのも新宿、渋谷だ。
食事も安い店が多い。手軽だ。
そういった町全体を求める人々、若者は銀座より新宿、渋谷だ。
さて、どうなのだろうか。 
雨で人通りが少なかっただけなのか?
多少副都心線の影響があるのか?

雨の中、銀座通りを歩いていて気がついた。
銀座の人の傘はとてもカラフルだ。
特に女性、年配のご婦人方の傘がとてもカラフルだ。
とても色鮮やかな傘を差して歩いている。
夏の日傘かと思うほどきれいな色だ。
色も中間色、パステル調が多く上品な色でデザインもしゃれている。
山の手線のほかの町を歩いていても雨が降ると傘は黒とかこげ茶が多い。
だから、雨が降ると通りが黒っぽく暗くなる。
だが、銀座は雨が降ると街全体がいっそう鮮やかになる。
こういったどうでもいいような事一つとっても銀座はほかの街と違っていて楽しい。

4,5日前に御木本の前を通ったら例の店先のスペースにアジサイがたくさん植えられていた。
五月雨に濡れるアジサイ・・・、とても風情がある。

隣のCDショップでは店頭にテレビを置きシナトラのライヴを流していた。
いいですね、シナトラ。
中に入ろうと思ったが濡れた傘を持っていたし入り口のニューアルバム・コーナーの所がとても込んでいたのでやめた。
その隣のパン屋は雨だというのに超混雑。
道路を挟んでパン屋の前のデパートを見ると入り口は人がいっぱい。
通りが多少すいていてもやはり有名店はどの店も超混雑だ。
                            ・・・2008.6.22.

梅雨も開け連日真夏日が続く。
抜けるような青空は海で見ても銀座で見ても気持ちがいい。
ただし、暑くて参ってしまう。
早朝から気温は30度近いから、朝銀座について会社に入る時には汗だくとなっている。
スーツもワイシャツもびしょびしょだ。
毎日これでは参ってしまう。
そこで朝は少し涼むことにした。
少し早く家を出て、銀座に行く前に日比谷公園に寄った。
日比谷公園については今までに何度も記載しているが、本当にいい公園だ。
広大で花壇も広く木々がたくさんある。
大花壇の西側の大きな木々の下を歩いていると山の中を歩いているような気分となる。
木々の葉が空を覆っているので日光はまったく届かない。
涼しい。
大都会で避暑地の気分を味わえる。
のんびりと森の中を歩きせせらぎを聞き、池のベンチに座り鯉が悠然と泳ぐ姿を見ていると、今日は休日かと思ってしまう。
とてもいい気持ちになれる。

朝は日比谷公園も人影は少ない。
幾人かはいる。
ただし早朝いる人たちは公園の主のような人々ばかりだ。
そう、家を持たない人々だ。
日比谷公園を住家のごとく使用している。
そういった人たちが大きな木の下やベンチにいる。
だいたい大きなバッグを2,3個持っている。
初めて来た人や若い女性の人々はそういった光景を見るとがっかりする。
日比谷公園はすべての人に解放されているからあまりどうこう言っても仕方がない。
あきらめて気にしないことにしている。
しかし、多くの人は公園の景観を損なうと文句を言う。
確かに。
難しいと言うかやっかいな問題だ。

大噴水の前のベンチに座りコーラを飲みながらひと時を過ごす。
汗をかきながら飲むコーラは最高においしい。
噴水の水が空高く上り青空に吸い込まれるように伸びていく。
真夏の太陽の光を浴びて純白に光る。
すがすがしく清涼な眺めだ。

再び涼を求めて森の中を歩いた。
噴水を通り過ぎて少し行くと松本楼がある。
森の中のこじんまりしたレストランだ。
入り口のメニューを見ると、パスタが冷製になっている。
カキ氷も並んでいる。
夏だ。
森の中のレストランで蝉の声を聞きながら冷製パスタを食べ食後にかき氷を食べるといい気持ちだろう。
レストランの客席を覗いた。
誰もいない。
しかし、昼時となると満席となる。
外のテラスもいっぱいとなる。
昼は少し早めに行き席を確保する必要がある。

松本楼を過ぎて少し歩くとテニスコートが見えてきた。
使用時間の前なのでまだ誰もコートにはいない。
コートの入り口前でラケットを持った女性が二人いる。
今日の予約者だ。
早朝のテニスは爽快だろう。
いいプレーをしてください。

そろそろ会社に行かないといけない。
日比谷公園の正門を抜けて帝国ホテルの横を通り日生劇場を見ながらのんびり歩いた。
ガードを抜けてマリオンを過ぎソニービルのミニ尾瀬か何かのような小さな緑を見ながら四丁目を目指した。
急げ。
日比谷公園でのんびりしすぎた。遅刻しそうだ。
三愛の信号で少し引っかかり、やっと和光の前に来た。
空を見た。
さわやかな青空だ。雲が真っ白だ。夏真っ盛りだ。
このまま海に行きたくなる。
江ノ島が呼んでいる・・・・。
三越や三愛、行きかう人々を見ながら観念して会社へと歩いた。
ドアを開けタイムカードを通した瞬間「仕事」という一日がスタートする。
勿論仕事は楽しい。面白い。
しかし、快晴の真夏の青空を見てそのまま海に行かず、仕事をする事は残念というか悔しいというか・・・。
江ノ島や海辺の近くの会社、いや、リゾートホテルなどで仕事をしている人がうらやましい。
うちの会社も湘南の浜辺近くに支店を出してくれないだろうか。
夏の間だけそこへ転勤。
そうすれば最高だ。
昼休みに浜辺を散歩できる。
早朝は泳げる。
普段は銀座ぶらぶら歩きがいいが、夏は湘南ぶらぶら歩きにかぎる。

           ・・・2008.7.20.頃。

暑い。
本当に暑い。
夏だから当然だが、それでも暑い。蒸し暑い。
仕事を終えてネオンきらめく銀座を歩いていると、のどが渇く。
汗がスーツとシャツをビショビショにしてくれる。
こういう時にそのまままっすぐ帰宅できる人は立派だ。意思の強い人だ。
そういった人は砂漠でも楽々と横断できるだろう。
だが、凡人はやはりオアシスを求める。
のどの渇きを癒すために、銀座のオアシスへと急いだ。
銀座はもちろん世界でもトップクラスの洗練された高級な街だ。
街は美しくどの店も高級な店やいい店ばかりだ。
銀座に来ている外人観光客は誰もが「きれいな街だ。」と感心したような表情で歩いている。
ところがその高級な街の中心、銀座四丁目、から歩いて4分で高級、洗練、ハイセンスとは正反対の地区がある。
有楽町のガード下だ。
まるで下町のような雑然とした雰囲気と賑やかさ、騒々しさ、時に喧騒、陽気な乾杯の声と大きな話し声、タバコの煙、もうもうたる焼き鳥の煙でいっぱいだ。
不思議な空間だ。
ガード下の飲み屋街のスタートはおそらく戦後の屋台、急ごしらえの板張りの飲み屋だろう。
終戦直後の事を書いた本などを見るとよくその写真が載っている。
すさまじい空襲で破壊されてしまい廃墟となった東京で雨露をしのいで店を出せる所、食事や飲み物を出せる場所がガード下だったのだろう。
空襲を逃れたJR、当時の国鉄の線路は健在だった。
その下の空間は雨が降らず急ごしらえの食べ物屋を出すには最適の空間だった。
当時はすさまじい食糧難で銀座近辺の人々は飲食店を求めた。
店も商売だからとにかく店を構えて飲食物を売らないといけない。
だが、廃墟となった銀座界隈で新たにビルや店を作り営業を開始するなど不可能だ。
とにかく空腹とのどの渇きを癒したい人々と、何でもいいから食べ物と飲み物、酒を置いて儲けたいといった店側、その双方の要望を即座に解決したのが有楽町のガード下だ。
今ではガード下の飲食店も多くはきれいに改装してしまい、首都高速下の名店街と同じようになってきている。
だが、まだまだ昭和20年秋の雰囲気をそのまま残している飲み屋がいくつもある。
戦後、闇市、ガード下、靴磨き、復員兵といった言葉が浮かんでくる。
そういった飲み屋に来ると、昭和20年にタイムスリップしてしまう。
60年間使い続けているかと思うような戦後風のテーブル、ベニヤ張りかと思うような壁、その壁には筆やマジックによる手書きのメニューのビラ。
椅子も年季が入っている。
さらに、入りきれない人は、外のみかん箱?やビールのケースに座り飲む。
道路がみかん箱風のテーブルとのん兵衛で占領されている。
女性、特に若い女性はこの通りを歩くことすら嫌がるだろう。
何もかもすぐ隣の銀座とは正反対だ。
銀座のきれいな店で飲むビールはもちろんおいしい。ライオンのビールはとてもおいしい。
しかし、何故かこのガード下で飲むビールもおいしい。

一人で行くのも何だから会社の連中を三人誘った。
「えっ?ガード下?」
みんな不安そうな顔をした。
どうやら行った事がないようだ。
当然だ。
飲むなら会社のすぐそばのレストランやバーで飲めばいいのである。
いい店が会社の近くに無数にある。
それを何もわざわざ四丁目から4分も歩いて、銀座とは正反対の「そのような場所」へ行く理由などないのである。
会社を出た三人はライオンやコアビルの看板を見ている。
「有楽町などと遠くでなくても、ライオンやすずらん通りの店でいいではないか?」と言いたそうな顔をしている。
それでも決心したか、とぼとぼと歩き始めた。
その速度は遅い。
まるで屠殺場に連れて行かれる牛の如くだ。
かといって立ち止まる事はしない。
有楽町のガード下とはいったいどういう所か、と興味があるのだろう。
いや、人生勉強と思ったのかもしれない。
全員非常に遅いスピードで有楽町のガード下へと歩いた。
不二家、数寄屋橋交番を過ぎ、ニュートーキョーのビルも過ぎてほどなくガード下の飲み屋街に着いた。
どの店も混んでいる。
店の中には座れない。
当然外のビールケースのテーブルに座ることとなった。
三人は困ったような途方にくれたような顔をして座った。
座ったとたん椅子を見たりビールケースのテーブルを見て珍しそうな顔をしている。
三人はいつも四丁目近辺の高級な店でばかり飲んでいるようだから、無理もない。
銀座四丁目あたりの店では絶対味わえない体験だ。
当方はガード下や赤提灯専門だから平気というより大変リラックスできる。
しかし、三人は何とも言えない気分だろう。
ははは。
笑ってはいけないが面白い。
やがてビールが運ばれてきた。
楽しき真夏の夜の始まりだ。

真夏の熱帯夜に赤提灯の前の道路で飲む。
当然クーラーなど無い。
風も無い。蒸し暑くてたまらない。
だが、運ばれてきた生ビールを一口飲んだとたん一瞬にして涼しくなった。
よく打ち水をして都会の温度を下げるといったことをしているが、それよりビールだ。
ビールを飲んでクールビズだ。
ガード下のうだるような暑さの中でクーラーもないのに生ビールを飲むととたんに涼しくなる。
いいことである。
飲んでいると頭の上を電車がごとごとと大きな音を立てて走る。
時々新幹線の金属的な音が響く。
鉄道ファン、国鉄ファンならさらにいい気分となる。

飲みながら雑談が始まった。
なんということのない話ばかりだ。
あまり堅い話はしない。
仕事や政治の話をするとビールがまずくなる。
スポーツや日常的な事、テレビの番組のことなどを適当に話しながら時間が過ぎた。
飲んでいる我々のそばを人が何人も通る。
当然だ。道路で飲んでいるのだから。
我々のそばを人が通るのでなく、人々が普通に歩いている場所で平然と我々が、そして、多くの呑兵衛たちがビールケースのテーブルで堂々と飲んでいるだけだ。
銀座にしろ有楽町にしろ土地は坪1000万円を超える。
その高い土地の道路をガード下の飲み屋は平然と店として使用している。
大体どの店も3坪ほどは使用している。道路にビールケースのテーブルが張り出している。
たくさんの客がそこで当たり前に飲んでいる。
警官が来て注意などすることもない。
のんきなものだ。
横のテーブルを見ても、隣の店のビールケースの上の客を見てもみな陽気に飲んでいる。
どこも満席だ。
どうでもいいような話ばかりして飲んでいるうちに時間がだいぶ過ぎた。
帰ることにした。
一人は山手線での通勤だ。
その人にとってガード下は最適だ。
帰ろうと思ったらすぐ電車に乗れる。
残りの三人はメトロだ。
山手線の人と別れてメトロに向かった。
電車は混んでいた。
が、うまい具合に空席がひとつだけあった。
「ついている。」とつぶやきながら、腰を下ろして目を閉じて早速眠りに入った。
乗り過ごさないかどうか心配だ。
果たして自分の駅でちょうど目がさめてくれるか、それとも終着駅で駅員に起こされるか・・・。
そういったことなどお構いなく電車進んで行く。
ゴトゴトゴト・・・。
電車のこの響きがいっそうほろ酔い気分の乗客を深い眠りに誘いこむ。
それはまるでローレライのよう。

・・・2008.7.31.頃。


大蔵大臣が「ショッピングに行きましょう。」と珍しく誘ってくれた。
ほー、それはいい。
誘うからには何か買ってくれるのだろうと甘い期待を胸に出かけた。
CDを買ってくれるかもしれない。
いろいろ買い物をした。
大きな袋となった。
当然重い。誰が持つのか?
決まっている我が家のポーターだ。
この暑いのに汗をかきながら重い袋を抱えて歩くとは・・・。
ぶつぶつ文句を言っていると、小さなレストランの前で「食事でもしましょうか?」と大蔵大臣が微笑んだ。
どうしたことか?サマージャンボでも当たったのか?
海鮮パスタを注文した。大蔵大臣はおいしそうなパフェを頼んだ。
エビもホタテも冷凍のようだが、それなりにおいしかった。ソースがかなりおいしかった。気に入った。
「おいしいでしょう?」大蔵大臣が自信満々に聞いた。
ご馳走してもらっておいて「まずい。」などとは言えないから、「おいしい。」と軽く答えた。ついでに「ホタテが冷凍ものだ。」と言った。
「当たり前よ。」大蔵大臣は平然と答えた。
天然物のホタテやエビが入っているパスタは自分の財布で食べにいきなさいと言わんばかりの顔だ。
「そうか?じゃあ、今度三笠会館にでも食べに行くかな。」と言うと、「あら、いいわね。」とうれしそうに微笑んだ。
別に君と行くわけじゃないかもしれない、会社の人か誰か他の人と行くかもしれないと突き放した。
大蔵大臣は少し悔しそうな顔をした。いい気味だ。
店を出ると喫茶店に入った。
パスタの返礼だ。
実を言うと大蔵大臣に寿司をご馳走しようと思っていたのだ。
ここ二週間ほど寿司をぜんぜん食べてない。すごく食べたかった。
そう思っていたところ先に「食事をごちそうする。」などと言ってくれたので、予算が浮いた。
で、悪いのでコーヒーをご馳走することにした。
大蔵大臣はコーヒーが好きである。
しかも偉そうにいつもブラックで飲む。
さらに、コーヒーの味が分かるのである(らしい)。
私はコーヒーはブラックで飲めないので、ブラックで平然と飲む大蔵大臣を少し尊敬するのである。
私は飲んだコーヒーがおいしいのか、どうかと言ったことなどあまり分からない。
「どう?」と聞くと大蔵大臣は「かすっぽい。」と文句を言った。
人にご馳走をしてもらっておいてかすっぽい、と文句はないだろうと思ったが、そういえばそういった味がする。
こういう味がかすっぽいのかと感心しながら、ミルクをさらに入れて飲んだ。
ミルクをたくさん入れると別段かすっぽくもなんともない。
そういえば風月堂のコーヒーはかすっぽくもなく、いい味だった。
あそことあそこのホテルのコーヒーもいい味だった。
大蔵大臣は、どこそこのコーヒーはすごくおいしかったなどとおいしい店を幾つか述べた。
そうか、今度行ってみようか。
そういったおいしい店で飲んでいると、コーヒーの味が分かるようになるかもしれない。
いいことである、かもしれない。
しかし、先に寿司を食べに行きたい。
銀座の大通りの店で飲むおいしいコーヒーの値段はそこら辺のすし屋の並寿司よりも高いのである。
それなら格別コーヒー通でない私はおいしいコーヒーよりも寿司を選ぶ。

先日みゆき通りをぶらぶらしてから大通りに出た。
鳩居堂にやってきた。
中に入るとお客でいっぱいだ。
しかも外人さんが多い。
扇子、団扇、和紙や和風の文具などが外人さんを魅きつけるのだろう。
いい図案の扇子がたくさんあった。団扇も600円ほどでいろいろ面白いデザインのものがあった。
棚の上には千代紙と言うか和紙がたくさんおいてあった。
きれいなデザインだ。
値段が安い。
A全サイズで630円ほどだ。非常に手ごろだ。
こんなきれいな和紙を使っていろいろな細工物を作るといいだろう。
鳩居堂を出て隣の花屋をのぞき、信号を渡り和光へと向かった。
ビル全体に白い布がかかっている。工事中だ。耐震工事と書いている。
しかし、工事中だが1時間ごとに鐘はなる。律儀なものだ。

和光の二つ隣のCDショップに入った。
ボーナス・シーズンである。強力盤がいくつも出ている。
と言っても店頭ではジャズを演奏している。
昼間聴くジャズはどうも場違いのような気がするが、それでも名曲がかかるので自然と体がスウィングしてしまう。
ジャズはいいものだ。

相変わらず朝も暑い。
で、また出勤前に涼むことにした。
先日同様日比谷公園にしようと思ったが、別の場所にした。
時間がたっぷりあれば小石川の後楽園や駒込?の六義園などがいいのだが、出勤前にそんな時間はない。
皇居二重橋に行くことにした。
皇居で涼めるのか?と言った疑問が当然出る。
涼めないかもしれない。
日比谷公園と違って、森のような所はない。
せいぜい楠公像のあたりの松林ぐらいだ。
それでも行くことにした。
この暑さで、朝まっすぐ会社に行くのはどうもいけない。
どこかでいったん涼むか一休みでもして行かないと体全体がボーっとしてよくない。
で、朝、出勤前に皇居、二重橋を目指した。
日比谷濠、松林、砂利道をひたすら進み二重橋に向かった。
暑い。
しかし、暑いけれどとても開放感がある。いい気持ちだ。
出勤前にいつもと違う道を歩き、いつもと違う場所に行きそこでしばらく過ごしてから会社にいくととても気分がいい。
さらに涼めるとなおさらいい。
人間は時々非日常的なことをしないといけない。

非常に広い松林を右と左に見ながらひたすら歩き続けた。
だんだん二重橋が近づいてきた。
観光客が幾人かいる。
外人さんも多い。
空は真っ青だ。
二重橋の向こうの緑が色濃くとてもきれいだ。
伏見櫓の壁の白さが目にしみる。

二重橋の堀の前に立ちただじっと橋を見た。
前の前には橋と緑の木々、白い小さなお城のような伏見櫓しか見えない。
後ろを振り返ると丸の内のビル群が見えるはずだ。
近代的な街が広がっている。
内堀通りや日比谷堀あたりでは無数の車が通行する音で騒がしいはずだ。
だが、前方を見る限り波のない静かなどろんとした深い緑色の堀と石垣、色濃い緑の草や木々があるだけだ。
車の音も聞こえない。シーンとしている。
時折歩く人の音がするだけだ。
世界有数の近代的な巨大都市東京の中心に居ることを忘れてしまう。
通勤客、ビジネスマンはいず、買い物客もいない。
観光客が何人かいるだけだ。
10分ほど歩けば東京駅や有楽町の駅で多くの通勤客や買い物客でごった返している。車のアクセル音やクラクションも響く。都会の喧騒だ。
しかし、ここは静かである。
観光客は白やうすい色の軽装が多い。ポロシャツに綿パン、ブラウス、Tシャツ、ワンピース、短パン、そして、タンクトップの人もいる。
ラフな観光、散策の服装だ。
スーツ姿の人などいない。
ダークスーツで白いワンピース、ポロシャツなどの人々に入り込むと完全に浮いてしまう。こういうのを野暮と言うのだろう。
みんながせっかくいい気持ちで観光しているのに申し訳ない。
ここにいる人たちはすべて、二重橋を見て辺りを散策ししばらくしたら観光バスに乗り次ぎの観光地に向かう。
あるいはメトロや電車に乗り東京タワー、上野、秋葉原、青山、原宿などへ向かうだろう。
中には東京駅に急ぎ新幹線に乗り込み京都へ向かう人たちもいるだろう。
みんなこの後も楽しい旅が待っている。非常に楽しい日を過ごす。
きっと心の中はうきうきしているだろう。
幸せ気分で開放的な気持ちだろう。
だが、一人だけあと1時間ほどで仕事をする羽目となる人間がいる。
これから1時間後、原宿、明治神宮、東京タワーなどにいる人々と、仕事に打ち込む一人の人がいる。
天国と地獄だ。
と、考えながら観光客の人々や二重橋を見た。
けれどいい気分だ。
あと1時間後に悲劇が待っているが、やはり今の瞬間はいい気分だ。
カメラと小さなバッグを手にし微笑みながら二重橋や宮殿方面を見ている観光客達と同じいい気分となれることができる。

幸せそうに二重橋のたもとにたたずみ伏見櫓や宮殿あたりの森を見て写真を取っている観光客の横で、それなりに皇居、二重橋という観光地で楽しみながらしばし時を過ごした。
しかし、どうしても暑い。
分かっていたはずだが木陰というものがない。
少し桜田門方面に歩き、ベンチの所で休んだ。
そこは少し陰になっている。
遠く丸の内や大手町、坂下門あたりを眺めながら休息をした。
時計を見るとだいぶ時間が経っている。
汗が少し引いたところで、馬場先門の方へと戻った。
再び左右の広大な松林を見ながら玉砂利を踏み内堀通りを渡り、いったん楠公像の所へ来た。
売店が開いていた。結構朝早くからやっている。
見ると観光バスが何台か止まっている。早い。
これぐらい早い時間からスタートして夜7時ごろまで都内を回ると、かなりの名所を回ることができる。
バスだから、いちいち電車や地下鉄に乗ることもなく、名所から駅まで歩く必要もない。
常にバスが名所の入り口に止まり、見終わったらすぐにバスに乗る。
便利だし楽だ。
おそらくコースは,東京タワー、六本木ヒルズ、明治神宮、新宿御苑、迎賓館(前を通るだけ)、小石川後楽園、大江戸博物館、秋葉原電気街、上野公園、湯島天神、清澄庭園、六義園、古川庭園、浜離宮庭園、首相官邸や国会議事堂(前を通るだけ)などだろう。

これらの名所のうちいくつかを見てない人は、はとバスに乗ってみればいい。
能率的に名所を見ることができる。
だが、費用がかかる。おそらく3500円とか、あるいはもっとかかるだろう。
そういった費用が気にならなければそれでいけばいい。
だが、もっと安く、と思えば、地下鉄の720円ほどの一日フリーパスを買えばいい。
そのフリーパスで上記の名所はまず全部回れる。
ただし、駅からその公園などの名所まで歩くこととなる。エスカレーターのない階段も多い。そういった駅では階段がこたえる。
はとバスに乗りドア・ツー・ドアとはいかない。
楽な方をとるか、節約コースを取るかその人次第だ。
どっちのコースをとっても都内の名所を楽しむことはできる。

売店の横の自動販売機でコーラを買い近くの木陰のベンチに座り飲んだ。
よく冷えていて非常に気持ちがいい。炭酸がのどを刺激しながら胃袋へと落ちて行った。おいしい。
隣のベンチでは外人さんが二人いる。恋人同士のようである。
二人ともTシャツ、短パン、サンダルとラフな散策スタイルだ。
観光の本らしきものとパンフレット、地図を見ながらしきりと相談をしている。
今日これから周遊するコースの計画を練っているのだろう。
ということははとバスの乗客ではない。
電車、メトロで都内の名所を回る人たちだ。
うまく能率的に回っていい観光をして欲しい。
北京オリンピックが開催中だというのに、北京に行かずわざわざ東京都内を観光してくれるとは有難い。
東京都知事に代わってお礼を申し上げる(エヘン)。

楠公像を後にして馬場先門を過ぎ、丸の内オフィス街に入った。丸の内仲通りだ。
人通りは少なく非常に静かな感じだ。
新東京ビル、新国際ビルのあたりだ。
丸の内は街全体が非常にきれいで高層のビルが多い。そして、非常にしゃれている。高級感にあふれている。
オフィス・ビルなのだがビルの1階にはテナントが入っている。
通りに向けたウィンドウでは高級感あふれる品物を飾っている。銀座よりもしゃれているのではと思ってしまう。
ビルの入り口から中をのぞくと中は名店街になっていて、レストランやコンビニ、さらに病院まである。便利なものだ。
丸の内の街はすべて高層オフィス・ビルばかりで他の駅のように地元の商店、商店街は存在しない。すると、そこで働く人は食事や日用品の買い物に困窮することとなる。
だから、どのオフィス・ビルもビル内に飲食街や日用品を扱う店・テナントを入れている。
丸の内を歩いていると商店やレストランが通りに全然ないので、食事や買い物に困ると思うが、心配ご無用、オフィス/ビルの中の名店街に入ればいい。
食事もできるし、簡単なものなら日用品も買える。
ただし、レストランは安くない。その点が困る。

丸の内仲通りは非常にきれいな通りで道もしゃれた石畳となっている。
並木もビル群と非常にいいバランスで植えられていて、街の景観としては申し分ない。
さぞかし都市デザイナーが腕を振るったことだろう。

1853年に大改造をしたパリがいい例だが、街の景観・美を最大限重視した都市づくりはそこを歩く人や日々暮らす人をうっとりさせる。
銀座は歩いていて非常に楽しいが、この丸の内仲通りも歩いていて非常にいい気持ちとなる。
特に石畳と並木がいい。
銀座の大通りには店が並木で隠れないように並木を置いてない。
並木が大きいと通りの反対側からその店を見ても全然見えない。遠くから見たとき並木にさえぎられその付近の店が全然見えなくなる。商売上マイナスだ。
おそらくそういった理由で並木をはずしているのだろう。
だから、きれいだがどこか整いすぎている。
だが、丸の内仲通りは並木が贅沢に植えられている。木は大きく高く緑いっぱいだ。
丸の内全体が森の中のようになる。
非常に自然というか、緑が美しい。
オフィス・ビル群の冷たさを緑の並木が完璧に覆い隠している。
夏でも通りは木陰となり木漏れ日の中を歩くことができる。オフィス・ビル街で自然を感じることができる。
炎天下でも幾分涼しい。
とてもうまく作っている。

通りを左に折れた。程なく国際フォーラムが見えてきた。
昔東京都庁があった場所だ。
今ではみんなその事をすっかり忘れていて、しゃれた劇場、催し物会場といった認識でしかない。
国際フォーラムも入り口付近には大きな木や並木があり、林のような雰囲気となっている。やはりいい感じだ。
有楽町のガード下をくぐり、イトシアを通りマリオンを抜けて数寄屋橋を過ぎ、ソニービルのある大きな交差点を渡った。
ソニービルでは入り口に大きな水槽を置いている。中には沖縄の魚やさめなどがたくさん入っている。
たくさんの人が水槽に顔をくっつけるようにして見ている。沖縄を体験できる。
人間はいい気持ちだろうが、中で泳いでいる魚、さめはたまったものではない。
きれいな沖縄からはるか離れた銀座に連れて来られて、循環式の水槽で泳ぐ羽目となる。
おそらく「いい加減にしろ。」といいながら泳いでいることだろう。
だいたい動物園にしろ植物園にしろ人間にしてみればいい気分だが、動物や魚、花にしてみれば迷惑この上ない。
と、余計なことを考えながら歩いていると四丁目についた。
出勤前のミニ観光は終わった。楽しかった。いい気分だった。
さあ、仕事だ。
今日も一日頑張りましょう。
さて、次の出勤前のミニ観光はどこにしようか?
                       ・・・2008.8.15.頃。

銀座四丁目は銀座の中心と言える所だ。
もちろん、一丁目から八丁目まで有名な名店が多く有り、何も四丁目だけが銀座でないし、また銀座の中心だと言うと批判が来るだろう。
ただ一般的にはメトロの銀座駅を降りると四丁目交差点であり、有楽町駅方面から銀座へと来る人は、まず、四丁目の交差点、三越、和光、三愛の有る四丁目交差点を目指す。
多くの人がなんとなく銀座の中心を四丁目の交差点と思っている。
また、そこらあたりが一番混雑している。
一丁目のコージー・コーナーや八丁目の博品館あたりは、通る人が少なく、人影まばらと言った時間帯がある。
だが、四丁目の交差点周辺はいつも大変混雑している。
銀座らしい銀座だ。

銀座四丁目には多くの人が来る。
普通の人も来るし、有名人も来る。
先日、その四丁目和光あたりを超有名人が歩いていた。
日本中の人がその人の顔をよく知っている国民的ヒーローだ。
何年も輝かしい記録を打ちたててきた人だ。
誰もがその人から、勇気をもらい、誰もがその人を賞賛してきた。
当然周りの人々はたちまち気がついて、その有名人を取り囲み銀座が大混雑となると思った。
だが、その時誰もその有名人に気がつかなかった。
帽子を深くかぶっていたからかもしれない。
いや、それとも銀座を歩く人々は有名人には慣れっこになっていて、イチロー、松井、北島、福原、長島クラスの超有名人が歩いていても、格別じっと見たり、周囲を取り囲んだりといった事をしないのかもしれない。
私は、銀座ででも霞ヶ関ででも、有楽町ででもどこでも有名人や著名人を見かけると、じっと見つめる悪い習慣がある。
歌手や俳優・女優、スポーツ選手、政治家、評論家、著名人・・・と誰でも有名な人ならじっと見つめるというか、見とれてしまう。
しかし、その日銀座の中心ともいえる四丁目、三越、和光、木村屋、山野楽器あたりを、国民的ヒーローが歩いていたのに、誰も気がつかず、大混雑とならなかった。
意外でした。

ここのところ、大変な有名人といった人を見かけていなかった。
久々だ。
普通のタレント、有名人なら時々見かける。
しかし、先日のような超有名人は久しぶりだった。
目の保養というと失礼だろう。非常に楽しく貴重な経験だった。

銀座と有楽町、丸の内、霞ヶ関、八重洲、日比谷など銀座周辺は有名人、タレント、著名人がよく歩いている。
3日ほど前帝国ホテルでぼや騒ぎがあった。
テレビで報道していたからご存知でしょう。
その数日前、帝国ホテルの前をのんびり歩いていたら、前方から美人が歩いてきた。背が高く非常にスタイルのいい女性だった。
帽子をかぶっていた。ややうつむいて歩いていた。
どこかで見た顔だ。
「誰だったかな?」と思っているうちに、その美しい女性と私はわずか20センチの距離ですれ違った。
いつもの悪い癖でその女性の後姿をじっと見つめた。
しかし、名前が出てこない。顔はなんとなく覚えている。
後になって街角に貼ってあるポスターにその人が載っていた。
「ああ、この人だった。」

有名スターや著名人の顔をよく覚えることにしよう。
そうしないと、すれ違ってもその有名人の顔を知らないために、有名人と遭遇したことに気がつかないで終わってしまう。
挨拶も、声もかけないでのんきに歩いてしまうこととなる。

また、歩く時は周囲をきょろきょろ見ながら歩くことにしよう。
そうしないと、自分が大好きな歌手や音楽家、スターが歩いている時に、気がつかないで通り過ぎてしまう。
もし、そうなったら大変残念である。
銀座を歩く時にきょろきょろしながら歩くのは、非常にみっともないが、できるだけそうしながら歩こう。

・ ・・2008.8.21.頃。

北京オリンピックは終わった。
テレビの画面が急に静かになった。

柔道の谷亮子選手はまたしてもメダルを取った。
これでオリンピックで五回連続メダルを取ったことになる。1992年から2008年まで17年間オリンピックという世界最高の大会で常にトップの成績を残してきた。
1回だけならメダルを取ることも可能かもしれない。しかし、五大会連続、17年間トップクラスに君臨しメダルを取り続けることは非常に困難だ。
彼女はそれを成し遂げた。
しかも前回、前々回と二回連続で金メダルを取っている。
さらに世界柔道選手権では1993年から2007年まで7連続金メダルを取っている。
前人未到の大記録である。谷選手を超える柔道家はもう二度と出ないだろう。
本当にすばらしい。
まさしく国民的ヒーローである。

給料が出た直後は銀座を歩く時でも怖いもの知らずだ。
食事をする時に店の前で財布の中を確認する必要はない。
どういった店でも気楽に入ることができる。
店の入り口にある料理のサンプルと金額を見ても心臓が震えることはない。
料金を気にしないで、いや、金額を見もしないで入って行く。
気楽な時期だ。
そういった期間が給料直後数日は続く。
セレブになった気分でもある。
だが、給料日から数日も経つと、それまでの勢いはどこへやらかなり薄くなった財布を握り締めながら歩くこととなる。
通りを歩いていて気に入った品物を見つけても、おいしい食事をしようと思っても、財布の中身を考えて来月にしようと自分に言い聞かせる。
そして、自分はぐっと我慢する。何も我慢強いわけでも聞き分けが言い訳でもない。
金を90円しか持ってない時は、自動販売機の100円のジュースすら買えない、という現実だ。
現実の前には欲望はあっさりと消え去る。

では、銀座を歩いていて空腹になったらどうするか?
財布に合わせた店に行くしかない。
ところが銀座には1000円以内で食事ができる所がたくさんある。有難い。

給料直後なら、本当に、銀座大通りでも、並木通り、みゆき通りなどの通りででもしゃれた店を見かけたらそのまま入っていけばいい。
どの店に入っても、まず、満足する。あなたもあなたと一緒の恋人も、あるいは家族も。
しかし、給料日から数日を過ぎた頃にはそういったしゃれた店には気楽に入る事ができなくなる。
当然、予算1000円以内、できれば800円以内と決めてから店を探すこととなる。
絶望することはない。その予算で行ける店はいくつもある。
銀座大通にもいくつか有るが、大通りから中に入った、すずらん通り、並木通り、ガス灯通り、みゆき通りなどにはたくさん手ごろな店がある。
本当に有難い。
すずらん通りに入るとすぐてんぷらの「小はげ天」の看板が見える。
はげ天と同じ店か系列か関連している店のようだ。
入り口のメニューを見ると、天丼が500円ほどから有る。
銀座四丁目の交差点、三愛のビルから直線距離で30メートルほどだ。
銀座のど真ん中といってもかまわない。そういった所で500円ほどで天丼を食べることができる。信じられない。だが、本当である。
最初入り口ウインドウの料理のサンプルの値段を見た時に目を二回ほどこすった。
そして、一緒にいた大蔵大臣の腕を急いで引っ張り「見なさい。」と大きな声を出した。
コロンブスがアメリカ大陸を発見した時のような気分だった。
これなら給料日前日銀座をぶらぶらしていても空腹で行き倒れとなることはない。安全だ。
もちろん、700円、900円ほどの天丼も有る。900円ほどの天丼を食べるとさらにおいしい。
500円ほどで食べることができるからといって、セルフ・サービスではない。
入って座ると、店員さんがお茶か水を持ってきてくれる。丁寧に注文を聞いてくれる。
500円ほどの天丼を注文してもいやな顔をするということはない。愛想が良い。
安くておいしくて丁寧で愛想がいい、と三拍子、四拍子そろった店だ。
こういった店を覚えておくと銀座をぶらぶらする時に非常に助かる。
ところで、愛想がいいという点は非常に大切だ。
いくら安く食べることができて、味もそれなりにおいしくても店の人が無愛想だと気分が良くない。大変がっかりする。
値段が安いとどうしても、経費カットで人件費を削るから、あわただしくなり店員や店主の応対が雑になり、さらには無愛想となる。
しかし、「小はげ天」はそういったことがない。丁寧で感じがいい。
1000円の天丼を注文するお客に対する応対を500円ほどのお客にもしてくれる。いい気分となれる。
実は銀座にはそういった安くておいしくて、さらに、丁寧で親切で感じのいい店が多い。
たとえば、・・・・・。
                    2008.8.30.頃。

出張に行った。
といっても都内の支店だ。連絡というか顔合わせというか、のどかなお出かけだ。
わずか半日だ。しかし、気分は出張気分だ。半日出張だ。
昼ごろ銀座線に乗り青山一丁目で降りのんびりと歩いた。わずか銀座から10分ほどの支店に出張だ。
渋谷や新宿よりも手間がかからない。
ところがこの支店がいいのである。
何故かと言うと青山一丁目で降りるからだ。
青山のハイセンスなビル群を見ながら、のんびりと青山ぶらぶら歩きができる?
違う。
そう、神宮外苑をぶらぶらできるのだ。
メトロの青山一丁目を降りて少し渋谷方面に歩く。
すると神宮外苑の入り口に着く。
右手、北方面に曲がるといちょうの並木道が長く続く。その光景はまるで名画のようである。美しい。
晩秋には並木道の木々の葉が輝くような黄色となり息を呑むほどすばらしい。
並木の下の道には黄色の枯葉がじゅうたんのように敷きつめられる。
その並木道を歩いていると自分が名画の中に入り込んだような錯覚となる。

今は夏だから並木の木々は濃い緑で、並木道も神宮外苑全体が元気に満ちている。
しかし、秋も深まりいよいよ季節が秋に別れを告げ冬に出会うような時期には並木道はため息が出るほど美しくなる。
季節が秋と冬が入れ替わる頃にもう一度訪れよう。

もちろん夏でも神宮外苑はすばらしい。
いつもは日比谷公園や皇居外苑が近くだからたびたび訪れるが、この神宮外苑も大好きな散策路だ。
銀座からすぐ近くなのに意外となかなか訪れることがないのである。
ちょうどそこへ半日出張の声がかかった。
仕事の内容は仕事だから、いいとかどうとか何とも言いようがないが、場所が最高なのである。
場所に釣られて喜んで出かけた。
昼時、夏の暑い陽射しの中を神宮の並木道を歩いた。 
木々がうっそうと茂り木々の葉にさえぎられて夏の日差しは道に届かない。木漏れ日さえほとんどない。
そのためやや暗い道をゆっくりと歩いた。
人影はほとんどない。たまに人に出会うだけだ。
同じ時刻、銀座や渋谷の街は混雑していてまっすぐ歩けないほどだ。
だが、神宮外苑には人はほとんどいず、並木道を歩く人もまばらだ。
さびしい?
いや、これぐらいが散策をするには一番いい。
人とほとんど出くわさないので、歌を歌いながら歩いた。
そう、あの歌を歌いながら。
すばらしい並木道を大好きなあの歌を歌いながらゆっくりと歩いた。幸福なひとときだ。

並木道を抜けてさらに歩くと聖徳記念館に着く。せいとく・と読み、しょうとく・とは読まない。明治時代を思わせる石造りの重厚な建物だ。明治天皇治世下の業績を描いた大きな絵画が50点ほど展示されている。
それらの絵画は大きさのせいもあるが迫力がありすばらしい。しかし、以前何度も見たので今回は中に入らなかった。
第一、 仕事中である。絵を見て来たなどと言ったら怒鳴られる。 
記念館の前の池の所を歩きながら、シナトラやコール、ルイの歌を歩きながら歌った。
近くに誰もいなかったので歌の途中で中断することもなく数曲フルコーラスで歌えた。いい気分だった。

支店は神宮外苑の近くだ。
支店に着くまで神宮外苑をぶらぶら歩きができた。
楽しいものである。
もちろん、支店は神宮外苑の中にはない。
支店に行かなければ行けない。神宮外苑を出た。
当然人通りが多くなる。
前から来る人をよけながら歩いていて、ふと前を何気なく見ると、何と、あの有名人が歩いてきた。互いにまっすぐ歩いているとぶつかるほど同じ直線上を歩いていた。
1メートル前で気がついた。
驚いた。
そのまままっすぐ歩くと当然ぶつかるので、私は少し右によけながら、声をかけた。
「かまやつさん、こんにちは。」
彼はチラッと私を見て「ああ、こんにちは、」と軽く返答をしてそのまま自分のコースを進んで行った。
声をかけられたが知らない男だ。しかし、仕事関係で会った男かもしれない、無言でいるのもいけない、一応返事だけは丁寧にしておこう。そういった感じだった。
銀座を歩く時は誰か有名人がいないかと気をつけながら歩くが、その時は無防備というか何も気にしないで歩いていたので、幾分驚いた。
歩いて行くかまやつひろしを見ていると、彼はひょうひょうとした足取りで人ごみの中に消えて行った。
周囲には多くの人がいた。私が「かまやつさん、こんにちは、」と声をかけた時にも周囲には何人も人が歩いていた。
だが、誰も振り向かず、騒がず、混雑もせず、何の変化もないまま、「その時」は終わった。
あれほど多くの人がいたのに、誰も気づかず、騒がず、平穏なままだ。
先日の銀座の超有名な国民的ヒーローの時と同じだ。
有名人に出会って喜ぶ自分が喜び過ぎか、有名人を見てもクールで表情ひとつ変えない周囲の人々が当然なのか、分からなくなってきた。
周囲の人はクールなのか、それとも、ただ気がつかなかっただけなのか?
いづれにしても半日出張の大きな収穫だった。
大スターに目の前で声をかけ、「ああ、こんにちは、」と声をかけてもらえただけで感激だった。

午後会社に帰って若い連中に「今日神宮外苑の近くで、かまやつひろしに会ったよ。」と自慢をした。
「すごい、」
とみんな驚くと思った。
だが、全員「????」と言った表情をした。
そして、「知らない。」と言った。
多少むっとした。
あの大スターのかまやつひろしを知らないとは、いけないではないか。
スパイダーズ時代はヒット、ヒットですごかった。
しかし、「何時のことですか?私が生まれる20年前ではないですか?」と言われて返答のしようがなくなった。

ああ、時は流れる。

そうなのだ。
若い人に言わせると、シナトラもコールもルイもミラーもジュリー・アンドリュースもエルビスもビートルズも加山雄三もユーミンもサザンもみんなデビュー時期は若い人の生まれる前なのだ。しかも、大半が生まれる20年、30年前なのだ。
だから、「当然」知らないのだろう。

わが愛すべきローズマリー・クルーニーなどは、さしずめ「それって、ハーブの一種ですか?」と言われてしまうだろう。
今の若い人でローズマリー・クルーニーを知っている人はまずいない。
また、ローズマリー・クルーニーと聞いて「カモナ・マイ・ハウス」を思い出してもらっては困る。
彼女はジャズ歌手だ。
しかも飛び切り魅惑の声だ。さらに瞳も顔も美しい。
そのすばらしい歌声でもう何年も、いや何年以上も私を魅了し続けている。
今日もあと1時間ほど。
今夜はローズマリー・クルーニーを聞きながら眠るとしよう。

                     ・・・2008.8.30.頃

日曜日だというのに雨でまいった。
雨だとどうも出かける気にならない。家でごろごろして歌を歌ったりCDを聞いて過ごそうと思った。
しかし、おなかがすいてきた。
で、大蔵大臣に「銀座に食事に行こう。」と誘った。
金融大臣も誘ったが日曜日だというのに仕事が山積していて休出するそうだ。かわいそうに。第一部下も何人か休出するので行かない訳にはいかないらしい。金融大臣は会社に出かけた。モーレツ社員だ。
出かける時に金融大臣は「食事代をカンパするわ。」と銀座で食事をするには十分な金額を置いていった。む、夏のボーナスがまだ残っているようだ。しっかりしている。
それにしても優しい。感謝である。
給料前なので一人800円の予算で食事をしようと計画していたが、カンパが入ったので予定を大きく変更して、それなりのいいレストランに行く事にした。
「とにかく行こう。」とあわただしく玄関を出た。
玄関の鍵を閉めて30分後銀座に着いた。
雨が少し降っている。傘を差しどこにしようかと相談しながら歩いた。
「だいぶ予算があるから帝国ホテルかオータニに行き昼のランチを食べよう。」と言うと、大蔵大臣は雨が降っているから歩きたくないと言う。ずぼらだ。
おかげで帝国ホテルで食事をしそこなった。
では、銀座のホテルでもいいかと思ったが、本当に雨の中を歩くのが面倒になってきた。二人ともずぼらなのである。
四丁目から一番近いレストラン。いくつも有る。
三笠会館にした。
三笠会館は並木通りに有る。四丁目の交差点から三越、和光を右後ろに見ながら数寄屋橋、有楽町方面に歩く。すると、薬局がある。そこを左に曲がると、その通りが並木通りだ。
角の薬局から30メートルほどの所に三笠会館は有る。
銀座でもかなり古い方のレストランだ。名門レストランの部類に入る。
昔はいかにも昭和のレストランといった感じで落ち着いたいいタイプの洋食レストランだった。
しかし、最近は1階が前面黒色を基調としたレストランとなり重々しく高級感が漂うレストランとなった。
傘をたたみながら入り口のメニューの表示台を見た。
2階のイタリアン・レストランのメニューがおいしそうだ。
「2階に行こうか?」と大蔵大臣に確認した。
しかし、大蔵大臣は金融大臣がカンパした金額を知っている。
「ここがいいわ。」と7階を指差した。
一瞬心臓が凍りついた。
2階とは金額大きく違う。
だが、いいだろう。金融大臣のカンパの金額は7階のコース料理の金額を大きく上回る。
金融大臣に感謝しながら7階行きのエレベーターのボタンを押した。
日曜日だからかなり待たされると覚悟しながら7階で降りた。
7階はわりと混んでいたが、待たされることはなかった。
すぐ席に案内された。
窓の外を見ると小さな庭になっていて大きな葉の観葉植物のような草がびっしりと植えられていた。
その為向こうのビルはあまり見えず、ぼんやり見ていると緑の庭のレストランにいると思える。 
濃い緑いっぱいの庭があるというのは落ち着く。
オータニでも赤プリでもホテルは敷地が広いからだいたいレストランの窓の外は広い庭となっている。緑が美しい。椿山荘のレストランの庭など非常に広大で素晴らしく見とれてしまう。
だが、三笠会館のような街中のレストランで、しかも7階で緑がいっぱいの庭があるとは感心する。
鉄板焼きのテーブルに案内された。
大きな茶色いメニューを見ると岩手牛の鉄板焼きのコースがある。
「これでいいだろう。」
同じコースを頼んだ。
ハウス・ワインも頼もうかと思ったが窓の外は明るい。明るいとどうもアルコールを飲む気がおきない。コースに食後のコーヒーがついているのでコーヒーだけにした。
スープは岩のりのスープだった。
これはなかなか美味だ。
岩のりのスープというと岩のり自体に土臭さがありそれが鼻につく。
だが、そういった味もにおいもなくいい味だった。
「これはおいしい。」大蔵大臣も感心していた。
サラダは小さな器のミニ・サラダでレタス中心で小さなミニ・トマトが一切れは入っているだけで、アスパラなど入ってなくてどうという事はないが、やはりドレッシングがいい味だ。
料理を注文するとしばらくしてシェフが来た。お皿に大きなステーキを持っている。
大きな高いコックさんの帽子をかぶったシェフが手際よくステーキを焼きカットしていく。
カットした肉を私たちのお皿に2,3個ずつ乗せてくれる。
手元には箸がある。カットした肉は箸でいただく。
ステーキ・コースとなっているがスタイルは和食式だ。味噌汁もついている。
ご飯はおわんだ。確かに食べやすいから実用的だ。
熱々の肉をほおばった。
岩手牛とはどういった味だろうかと心配したが、柔らかく甘く霜降りの油がとローとしていて口の中で溶けていく。おいしい。
「岩手牛って南部牛、それとも、水沢牧場?」などと二人で話しながらゆっくりとステーキを食べた。
大きなステーキはほどなくなくなり二人の胃袋に納まった。
満足である。
満腹になると余裕が出てくる。店内を見るとやはり年配や老夫婦が多い。
若い人はあまりいない。
もう50年も三笠会館に通い続けているのではないかと思えるような、老夫婦?らしきお客は微笑みながらステーキを食べている。幸福な光景だ。
向こうもこちらを見て似たような事を思っているのかもしれない。
ステーキを食べ終わるとシェフは皿に盛ったキャベツ、もやしなどの野菜をステーキの脂で焼いた。その野菜はステーキの脂の味がついてとてもおいしかった。
残ったミニ・サラダを食べ、味噌汁も飲み干した頃食後のコーヒーが来た。
実はこういったコース料理のセットの食後のコーヒーはあまり期待してない。
単品で頼んだコーヒーとは大きく味が違うからだ。
だが、コーヒーはそれなりにおいしかった。
コーヒーにうるさい大蔵大臣が黙って飲んでいる。
「どう?」と聞くと「おいしい」と返事が返ってきた。
まあまあだ。
かすっぽくもなく変な酸味もなくバランスの取れた味だ。
しいて言えば、濃厚なモカの香りがあるといいのだが。
と、あまりコーヒーに詳しくもないくせに能書きを言ってはいけない。
そういった芳醇な香りや味を求めるなら単品で注文するか、コーヒー専門の喫茶店に行くべきだろう。
大蔵大臣はよくそういった専門の喫茶店に出かけている。
食後のコーヒーを飲みながらぼんやりと庭の緑と他のお客を眺めながら時を過ごした。

おいしい食事に満足して三笠会館を後にした。
四丁目の交差点に行くと歩行者天国だ。雨だのにやっている。いい事だ。
食事代をカンパしてくれた金融大臣にお土産を買わなければいけない。
おいしいプリンを探して三越の地下街をさまよった。
混んでいる。まっすぐ歩けないではないか。
三越を出てからふと我が会社を見た。
事務所のカーテンは閉まったままだ。普段はカーテンは開いている。窓際にいつも誰かが座り一生懸命仕事をしている。
さすがに日曜日は誰もいない。休出して必死で仕事をする人はいないようだ。
みんなどこかへ出かけ楽しんでいるのだろう。
あるいは銀座に来てすぐ近くのレストランや喫茶店で楽しんでいるかもしれない。
誰にとってもいい日曜日であるように。

金融大臣のおかげで予算が少し余った。
で、御木本に行きちょっとしたネックレスかペンダントを買って大蔵大臣にプレゼントする事にした。
「御木本に行こう。」と言うと、「何しに?」と聞いてきた。
何しに?御木本に何しに行くのか? 真珠、宝石を買うしかないではないか?
「うーん、」と大蔵大臣は考え込んだ。
「真珠もいいけれど、服がいい」と言い出した。
欲しい服があるようだ。
結局御木本に行かず、洋服代を大蔵大臣に渡した。
その金額でそこそこのブラウス、場合によっては安いスーツを買える。
大蔵大臣は宝石や真珠、指輪を宝石箱にいっぱい溜め込んでうっとりするといったタイプではない。
それよりも洋服だったりおいしい食事だ。御木本の天敵のような性格だ。

プリンをたくさん抱えてメトロに乗った。
日曜日のメトロはすいている。
金融大臣のおかげで楽しい日曜日だった。
感謝だ。
                  ・・・・2008.9.21.頃。

                      つづく


            2006.12.10~2008.9.3.



          ※銀座をぶらぶらしながら気ままに
           書いているエッセーです。
           2006年12月10日から書き始めています。
            現在進行形エッセーです。


          別頁の「銀座ぶらぶら・・その4と5」から続いています。
          先にその4と5をお読みください。
          4と5とこの6は連続していて4と5でひとつです。
          また、その1、その2、その3もご覧ください。
          その1などは、カテゴリー欄の「エッセー、日記」欄を
          クリックしてご覧ください。
          ※記載している店やレストランの味などの印象は私の
          主観です。
          また、記事を書いた時点での印象です。ご了承ください。


                       ナポレオン


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■新しい歌。作詞。その3. [・・・・音楽]

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       2008.3.23.   更新新しました。 


            「 そ の  3 」

         ★ 「新しい歌 作詞 その 3 」 の頁です。

★新作は、「新しい歌 作詞。その1.」の頁をご覧下さい。この頁は56番から80番までのみの掲載です。1番から55までは「新しい歌 作詞 2 」をご覧ください。



      ◆ 現在 106 曲です。   いい歌がたくさん出来ました。  
        前回見た方は最後の方、⇒:矢印の歌詞、をお読み下さい。
        いい歌には、目次に★  ★★  ★★★ と星表示をしています。
        三ツ星は非常にいい歌・歌詞です。 参考にして下さい。
        ◇作詞集の頁であると同時に「詩集」の頁でもあります。

    ◇ヤフーで「歌 歌詞 新作」と検索しますとこのブログが300万中1位
      で出てきます。  再度このブログにご来訪する時は
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   ◆ 目 次     作詞、歌、音楽に関するご案内です。

    歌詞のうち、56番から82番までがこの頁で掲載しています。1番か55番までと81番から106番まで、あるいは最新作までは別の頁の「新しい歌。作詞。その1.」と「新しい歌。作詞。その2.」の頁を見てください。

     左の「最新記事欄」から「新しい歌。作詞。」をクリックして
      ご覧ください。 左の欄の1番目か2番目にあります。
        なお、1番もこの頁で掲載しています。


        1. 「文豪と東京、フランス、ショパン・・・」  ★★★  歌詞               
        2. 「あれから」       ★★    歌詞  「あれから」より   
        3. 「優しい心がほしい」  ★★    歌詞   「あれから」より
        4. 「夢を信じよう」     ★     歌詞  「幸せがくる」より
        5. 「古ぼけたピアノ」          歌詞  「幸せがくる」より
        6. 「古ぼけたピアノ  パート2」   歌詞  「幸せがくる」より
            7. 「僕の友達について」     歌詞
            8. 「気ままに」           歌詞   
            9. 「なみだ」             歌詞
          10. 町を捨てよう       歌詞    「あれから」より
           11. 歌はすばらしい      歌詞   「幸せがくる」より
           12. 古い壁を壊せ       歌詞    「あれから」より
          13. 二人あtの夢         作詞    「あれから」より
          14. 好きだ           作詞    「あれから」より
           15. アレアレア     ★★   作詞
          16. 森のレストラン        作詞   「あれから」より 
          17. フリーマーケット   ※恋のフリーマーケット 作詞
          18. 誘拐犯       ★    作詞
          19. 花言葉             作詞
          20. 夏の公園           作詞
          21. 湘南   江ノ島   江ノ電   ★★★    作詞
          22. 二人の江ノ島   ★          作詞
          23. 銀座へ行きましょう            作詞
          23. 君が好きだ                作詞
          24. 暑中お見舞い申し上げます       作詞
          25. モンマルトルのピアノ弾き       作詞
          26. 映画のように               作詞
          27. モンマルトルの思い出         作詞
          28. 波のきらめき               作詞
           29. 心から愛したい              作詞
          30. 僕たちはどこへ行くのだろう       作詞
       31. 気がついてね              作詞
       32. 夏のなぎさ                作詞
       33. 「都会の午後三時」           作詞
       34. 「江ノ島においで」             作詞
       35. 「ヨットにふたり」     ★        作詞
       36. 「南 風」                  作詞
       37. 「 涙 」                   作詞
       38. 「予約席」                 作詞
       39. 「恋をしてみたい」    ★        作詞
       40. 「軽井沢」                  作詞
       41. 「モンマルトルのピアノ弾き ~ 清らかな修道女」 作詞
       42. 「愛のよろこび」     ★★★      作詞
       43. 「 春 」                    作詞
       44. 「走れメロスのごとく」            作詞
       45. 「竹下通り」                   作詞
       46. 「もうすぐ江ノ島」     ★★★       作詞
       47. 「ラブリー・ブランチ」             作詞
       48. 「季節はめぐる」      ★★★     作詞
       49.  「江の島エンジェル」    ★        作詞
       50.  「真実の愛」                    作詞
       51.  「ハートはこなごな」              作詞
       52.  「私は知っている」               作詞
       53.  「原宿午後三時」                作詞
       54.  「Oh、my God」       ★        作詞
       55.  「キミは年下」          ★       作詞
       56.  「Yeah,I love you」            作詞
       57.  「さすらい人」                  作詞
       58.  「すてきな人」                  作詞
       59.  「じゃあね」            ★      作詞
       60.  「美しい花」                    作詞
       61.  「見つめて」                   作詞
       62.  「ブルー・バレンタイン」            作詞
       63.  「表参道のあの店」              作詞
       64.  「新婚家庭」           ★       作詞
       65.  「夏のかわいいベイビー」          作詞
       66.  「浜辺のパーティー」      ★★    作詞
       67.  「夢が逃げて行く」               作詞
       68.  「夏が消えていく」               作詞
       69.  「春の銀座」                   作詞
       70.  「時は過ぎ行く」        ★       作詞
       71.  「レモン」                     作詞
       72.  「愛していたのに」       ★       作詞
       73. 「夏の香り」           ★       歌詞
       74.  「思い出のアルバム 」             作詞
       75.  「愛していると言って」             作詞
       76.  「渚の少女」                   作詞
       77.  「夜の闇の中で」                作詞
     ⇒  78.  「愛の思い出」    ★★      作詞
     ⇒  79.  「君を愛している」           作詞
     ⇒  80.  「  珈  琲  」      ★     作詞
     ⇒  81.  「丘の上の一人の男」   ★★   作詞

     ※  90.   竜馬の主題歌の歌詞の説明

 

■■■ 下記に55番から65番の歌詞を掲載します。 ■■■



   ◇56. 下記は新作です。 ロックン・ロールです。



       「Yeah,I love you」


                         曲・詞  ナポレオン

          ♪
          Yeah,I love you
          Oh,baby,come on,come on
          I wanna hold you tight
          I hope you touch my hands
          I wanna kiss your lips
          So,please love me,baby
          Yeah,baby I loveyou
          I’m in love with you all the time
          Oh baby,come on,come on
          Please tell me
          Please love me
          Yeah,baby,baby、 I love you
          Yeah,baby,baby、 I love you

                             2008.2.16.


    ※古いノートから。  ロックン・ロール、R&Bです。
    これでも歌詞か?と笑ってしまいますが、ギターや英語の歌の練習には
    まあまあいいのです。
    この歌詞を日本語に訳して歌っても、ロックン・ロールにはなりません。
    英語の詞はのりがいいので面白いのです。
     コードは、C G7 F だけです。あるいは、G D7 C で。
    ガチャガチャやって楽しんでください。
    今見ると恥ずかしいですが、それでも当時は英語の歌を自分で作詞作曲
    したぞ、などと真面目に喜んでいた。
    ビートルズやストーンズの作った歌を歌うのも楽しいが、自分で作詞作曲
    した英語の歌を歌うのもまた面白い。

       ※歌詞は一部です。
       発売の時にすべて記載します。
       歌詞は発売の時には少し変更になります。

       このブログの歌詞はすべて一部です。
       歌詞は一部ですが、著作権が存在します。
       歌詞のあとの日付は歌詞の完成日でなく掲載の日付です。

       

  ◇57. 下記は新作です。 



       「さすらい人」


                         曲・詞  伊東和雄

          ♪
          旅に出よう
          今僕は旅に出る 
          行き先はない
          理由もない そして ただ一人
          男が旅に出るのに 理由がいるだろうか
          男はいつも 街を出る
          決して安住はしないのだから
          いつも夢を求めて 旅に出る
          小さな荷物がひとつ
          始発列車のベルを聞き 
          行き先知らず席に着く
          僕の目指す駅は 夢
          曲がりくねった線路の向こうに
          誰も知らない 小さな駅が有る

          男はいつも さすらい人
          夢を探し求める旅人
          汽車に乗り 時には歩き 
          吹雪の山道さえ登り
          はるか彼方の 夢へと進む

          男はいつも 旅に 出る
          男はいつも 旅に 出る


                             2008.2.16.

    

       ※歌詞は一部です。
       発売の時にすべて記載します。
       歌詞は発売の時には少し変更になります。

       
                       ナポレオン 
 



  ◇58. 下記は新作です。 



        「すてきな人」


                         曲・詞  伊東和雄

          ♪
          キミはこの頃 とてもきれい
          うっとりするほど きれいになった
          言葉も しぐさも とてもすてき
          周りの誰もが 驚いている
          ファッションの センスもいい
          いったいどうしたの?

          それはあいつの せいだろう
          キミはあいつを 愛したからさ
          あいつは とても いい男
          周りの誰もが ほめている
          僕たちの 間でも 
          あいつは人気者

          あいつがキミを好きになったら
          二人はとっても似合いのカップル
          みんな二人をほめるだろう

          僕はキミに興味はないけれど
          キミのように美しく
          とても素敵な女性が
          目の前に 現れて
          恋人になってくれたら
          人生は 最高だろうね

          キミのように美しく
          とても素敵な女性が
          目の前に 現れて
          恋人になってくれたら
          人生は 最高だろうね



                             2008.2.16.

    
       このブログの歌詞はすべて一部です。
       歌詞は一部ですが、著作権が存在します。
       歌詞のあとの日付は歌詞の完成日でなく掲載の日付です。

       
                       ナポレオン 
 


   ◇59. 下記は新作です。 



        「じゃあね」


                          詞  伊東和雄


          ♪
          じゃあね、
          と手を振って 
          さよならをした
          小さな駅の南口
          あなたはぽつんと一人
          改札口にたたずんでいる

          通りを
          渡ってから
          うしろを見ると
          あなたはじっと 立っている
          私を見守るように
          微笑みながら 手を振っている
    
          商店街の端っこの 角に来て
          後ろを見ると やはりあなたは
          手を振ってくれてる
          何か大切な忘れ物を
          したようで とっても 寂しい
          大きく笑顔で手を振ると
          あなたも笑って手を振った
          京王線の 小さな駅の 南口


                             2008.2.17.

    
       ※ほのぼのとした気持ちで歌ってください。
       生ギターでどうぞ。 ややゆっくりのミディアム・テンポです。
       こういった光景は皆さんもよく経験しているでしょう?
       そう、その時の事を思い出して歌って下さい。

       ※歌詞は一部です。
       発売の時にすべて記載します。
       歌詞は発売の時には少し変更になります。

       
                       ナポレオン 


   ◇60. 下記は新作です。 



        「美しい花」


                          詞 伊東和雄


          ♪
          美しい花になりましょう
          朝の光をあびて
          清らかに 咲きましょう
          午後のそよ風に吹かれ
          花びらを揺らしましょう
          訪れる小鳥たちと
          楽しい話をしましょう

          美しい花になりましょう
          いつもきれいでいて
          あなたが来る日を待ちましょう
          ある日 あなたが来て 
          素敵だと言ってくれたら
          私はきっと 心から
          喜ぶことでしょう

          あなたが 優しく 私を
          抱いてくれる時 私は
          恋に震えて 泣くでしょう
          そして 光り輝き 甘い香りで
          あなたをつつみ
          あなたに愛を語るでしょう
          あなたに愛を捧げるでしょう


                             2008.2.17.

    
       ※歌詞は一部です。
       発売の時にすべて記載します。
       歌詞は発売の時には少し変更になります。

       このブログの歌詞はすべて一部です。
       歌詞は一部ですが、著作権が存在します。
       歌詞のあとの日付は歌詞の完成日でなく掲載の日付です。

       

   ◇61. 下記は新作です。 ロックン・ロールです。 


        「見つめて」

                          詞 ナポレオン


          ♪
          いつもあなたは歌う
          すてきな恋の歌
          じっと私を見ながら
          熱く燃えてる視線
          あなたの瞳やまなざし
          とても いかしてる
          あなたが私の事を
          もっと知りたいと歌う
          それは すごくいい感じ

          いつかあなたが本当に
          愛を 告げてくれたら
          私はきっとしびれる
          あなたの一言で

          いつかあなたが本当に
          愛を 告げてくれたら
          私はきっとしびれる
          あなたの一言で

          I’ll fall in love.
          I’ll fall in love.
          I’ll fall in love with you.



                             2008.2.18.

       ※ロックン・ロールです。
        軽快ですが、ミディアム・テンポです。
        例によって古いノートから。

       ※歌詞は一部です。
       発売の時にすべて記載します。
       歌詞は発売の時には少し変更になります。

       

   ◇62. 下記は新作です。 


        「ブルー・バレンタイン」

                          詞 伊東和雄


          ♪
          楽しく二人で 昨日も遊んだ
          僕のジョークに 君は笑ってた
          帰る道さえ 一緒だったね
          僕は今日こそ 最高の日と
          思っていたよ 信じていたよ

          ああ、悲しみの バレンタイン・デー
          昨日の君は どこへ行ったのさ
          妙に朝から 静かな君で
          それは必ず 最後に僕に
          小箱をくれて 喜ばさせる
          いたずらだろうと 思っていたのさ

          ところが君は 僕の目の前を
          知らん顔して 通り過ぎた
          すました顔して 僕の目の前を
          小箱をかかえて 通り過ぎた

          小箱とともに 君の愛が
          僕の知らない ところへ消えた

          小箱とともに 君の愛が
          僕の知らない ところへ消えた




                             2008.2.18.


       このブログの歌詞はすべて一部です。
       歌詞は一部ですが、著作権が存在します。
       歌詞のあとの日付は歌詞の完成日でなく掲載の日付です。

       
                       ナポレオン 



   ◇63. 下記は新作です。 


        「表参道のあの店」

                          詞 伊東和雄


          ♪
          表参道のあの店は
          僕たち二人のお気に入り
          通りに面したあの席で
          笑顔でいつも話してた
          何気なく記念写真を
          楽しく撮った事もある
          二人にっこり笑ってた
          その一枚は僕たちの
          記念すべき第一歩
          と、当たり前に思ってた

          秋も半ばを過ぎたころ
          いつもの席に なぜか
          君の姿がなくなった
          いつも僕が一人だけ
          ぽつんと座る日が続く

          あの時何気なく撮った
          一枚きりの写真が
          二人の悲しい思い出
          冬さえまだ 来ないのに
          僕たち二人の想い出が
          写真をひとつ残して
          遠くへ消えてしまった




                             2008.2.18.

       
       ※歌詞は一部です。
       発売の時にすべて記載します。
       歌詞は発売の時には少し変更になります。



   ◇64. 下記は新作です。 


        「新婚家庭」

                          詞 伊東和雄


          ♪
          ぴかぴかの新婚家庭に招かれて
          食事を一緒にしてみれば
          そこは甘い甘いパラダイス
          かわす言葉はとろけるほどで
          見つめあう二人の瞳は
          ハート・マークのベイビー・ピンク

          地球温暖化のほんとの原因は
          これだととっさに理解した
          思わず横のストーブに
          ほてった頬を近づけて
          体を冷やしてみたりした

          招待客というよりも
          あやうく恋の日射病
          ぴかぴかの新婚家庭
          というショーを たっぷりと
          見せられた今日一日でした


                             2008.2.20.


       ※ほんわかとのんびりと歌ってください。
       
       ※歌詞は一部です。
       発売の時にすべて記載します。
       歌詞は発売の時には少し変更になります。

       このブログの歌詞はすべて一部です。
       歌詞は一部ですが、著作権が存在します。
       歌詞のあとの日付は歌詞の完成日でなく掲載の日付です。

       
                       ナポレオン 



   ◇65. 下記は新作です。 


        「夏のかわいいベイビー」

                          詞 伊東和雄


         ♪
         いつも君はいたずら
         海にいる時は コバルト・ブルー
         浜辺につくと 輝くホワイト
         渚を純白に染め
         冷たいしぶきを僕らにくれる
         沖にもどれば コバルト・ブルー

         浜辺のヨットの僕たちを
         沖へと誘惑しておいて
         潮風を味方にして
         大きく激しい波で
         ヨットを転覆させようとして
         僕らを喜ばせる

         君は夏のかわいいベイビー

         You’re a pretty little waviee.
         You’re a pretty little waviee.



                             2008.2.20.


       ※ waviee  ウェイビー は、伊東和雄の造語です。
        「かわいい波」と解釈して下さい。
        wave と baby が一緒になったものです。
        ee と e が二つ続きます。
        ウェイビーのビーを幾分長く伸ばします。
        ウェイビーー というかんじで伸ばします。
        この造語は湘南で、日本中の海で自由に使ってください。
       ※伊東和雄はこの言葉の著作権、商標をフリーとしますから、
        ほかの人も、この言葉の商標登録をしないで下さい。
       

       ※歌詞は一部です。
       発売の時にすべて記載します。
       歌詞は発売の時には少し変更になります。

       このブログの歌詞はすべて一部です。
       歌詞は一部ですが、著作権が存在します。
       歌詞のあとの日付は歌詞の完成日でなく掲載の日付です。

       
                       ナポレオン 
       

  ◇66. 下記は新作です。 


        「浜辺のパーティー」     ★★

                          詞 伊東和雄


         ♪
         歌っておくれ    (イエイ、イエー、)
         踊っておくれ    (イエイ、イエー、)
         今日も楽しく    (イエイ、イエー、)
         陽気に騒ごう    (イエイ、イエー、)
         ここは浜辺の    (イエイ、イエー、)
         素敵なレストラン    (イエイ、イエー、)
         ここは俺たちの     (イエイ、イエー、)
         素敵なレストラン    (イエイ、イエー、)

         甘い調べが     (イエイ、イエー、)
         流れる中で     (イエイ、イエー、)
         君と二人       (イエイ、イエー、)
         手を取り合って    (イエイ、イエー、)
         ダンスをすれば    (イエイ、イエー、)
         夏の太陽       (イエイ、イエー、)
         光り輝く       (イエイ、イエー、)

         みんな歌おう     (イエイ、イエー、)
         みんな踊れよ     (イエイ、イエー、)
         今夜は楽しく    (イエイ、イエー、)
         陽気に騒ごう    (イエイ、イエー、)
         ここは浜辺の    (イエイ、イエー、)
         素敵なレストラン    (イエイ、イエー、)
         夜は果てしない     (イエイ、イエー、)
         素敵なレストラン    (イエイ、イエー、)

         夜風の中で     (イエイ、イエー、)
         愛する君を      (イエイ、イエー、)
         強く抱いて      (イエイ、イエー、)
         愛をささやき     (イエイ、イエー、)
         ダンスをすれば    (イエイ、イエー、)
         波もざわめき    (イエイ、イエー、)
         星もきらめく     (イエイ、イエー、)

         夏の太陽       (イエイ、イエー、)
         光り輝く         (イエイ、イエー、)


                             2008.2.21.



       ※歌うたびにイエイ、イエーと掛け声が入ります。
        その時の雰囲気で、オー、オーでも、ゴー、ゴーでも
        いいです。盛り上がればいいので掛け声は適当に。
        テンポはミディアム・テンポです。ややスロー。
        陽気に盛り上がるように歌って下さい。
       ※甘い調べが・・・・、と夜風の中・・・が、サビです。
       ※夏の浜辺で、10人ほどでコーラ、ジュース、焼きそば
         などで、豪華なパーティー?をしている時の歌です。
       

       ※歌詞は一部です。
       発売の時にすべて記載します。
       歌詞は発売の時には少し変更になります。

       このブログの歌詞はすべて一部です。
       歌詞は一部ですが、著作権が存在します。
       歌詞のあとの日付は歌詞の完成日でなく掲載の日付です。

       
                       ナポレオン 



  ◇67. 下記は新作です。 


        「夢が逃げて行く」

                          詞 伊東和雄


         ♪
         夢がかけて行く
         夢を追いかけて行く
         夢が逃げて行く
         長い道を走る 一人の少年
         目の前の夢を追いかけて
         ひたすら走る

         決してゴールのない
         マラソンのように
         いくら走っても 少年は
         夢に追いつけない
         並んでも夢はすぐに逃げて行く
         どうしてもその姿を
         捕まえることができない

         西日を浴びて 東へ
         走るランナーは
         自分の影を追い越せない
         いくら走っても 目の前の
         自分の影には届かない
         この長いコースは 夢路
         いつまで走っても
         決して夢に追いつけない

         夢がかけて行く
         夢を追いかけて行く
         夢が逃げて行く
         夢が逃げて行く


                             2008.2.21.

   

       ※歌詞は一部です。
       発売の時にすべて記載します。
       歌詞は発売の時には少し変更になります。

       
                       ナポレオン 



  ◇68. 下記は新作です。 


       「夏が消えていく」

                          詞 伊東和雄


         ♪
         夏は過ぎ去る
         浜辺から人が
         消えてしまう
         まるで 潮がひくように

         白いパラソルが
         風に倒れて
         砂をかぶっている
         あの少女たちも
         みんないなくなった
         にぎわっていた
         浜辺も今は
         灰色の世界
         物音ひとつ
         しなくなった

         夏が過ぎ去る
         南風は帰り
         秋風が吹いている
         寂しそうな
         音だけがひびく

         夏が過ぎ去った
         浜辺から人が
         消えてしまった
         あの少女たちも
         みんないなくなった
         秋風が吹いている
         寂しそうな
         音だけがひびく







                             2008.2.22.

   

       ※歌詞は一部です。
       発売の時にすべて記載します。
       歌詞は発売の時には少し変更になります。

       このブログの歌詞はすべて一部です。
       歌詞は一部ですが、著作権が存在します。
       歌詞のあとの日付は歌詞の完成日でなく掲載の日付です。

       
                       ナポレオン 



  ◇69. 下記は新作です。   銀座の歌です。


       「春の銀座」

                          詞 ナポレオン


         ♪
         春の風に誘われて
         銀座をぶらぶら歩く
         和光の角を左に曲がり
         甘い香りに惑わされ
         小さなパンをひとつ買う
         ミキモトではきれいな
         真珠に思わずため息

         歩行者天国では
         ギターを持った若者が
         恋の歌を歌ってる
         お昼時になると おいしい
         レストランを探して
         通りをさまよう
         それはきっと小さな
         通りの中に有るはず
         画廊の隣かな
         すずらん通り 並木通りを
         のんびり歩く

         春の風に誘われて
         銀座をぶらぶら歩く
         みんな通りをのんびりと
         楽しそうに歩いてる

         春の風に誘われて
         銀座をぶらぶら歩く


                             2008.2.22.

   
       ※歌詞は一部です。
       発売の時にすべて記載します。
       歌詞は発売の時には少し変更になります。



  ◇70. 下記は新作です。


       「時は過ぎ行く」        ★

                          詞 伊東和雄

         ♪
         もうずいぶん時がたつ
         空が青い日だった
         二人は渚を歩いていた
         いつも私の横には
         あなたがいてくれて
         そっと肩を抱いてくれた
         沖を見ると小さなヨットが
         夏の光に輝いていた

         海岸の小さなレストラン
         窓辺のいつもの席で
         リゾットを食べながら
         私もあなたも ただ
         水平線を見つめた
         そういう時あなたはいつも
         甘いささやきをくれた

         流れる湘南放送
         いつものDJが
         恋の歌を流していた
         それは二人のお気に入り

         あれから時は流れた

         Time’s gone by.
         Time’s gone by.


                             2008.2.22.

   
       ※歌詞は一部です。
       発売の時にすべて記載します。
       歌詞は発売の時には少し変更になります。

       このブログの歌詞はすべて一部です。
       歌詞は一部ですが、著作権が存在します。
       歌詞のあとの日付は歌詞の完成日でなく掲載の日付です。

       
                       ナポレオン 


  ◇71. 下記は新作です。


       「レモン」

                          詞 伊東和雄

         ♪
         レモンを頬にあて
         目を閉じる
         それは君の香り
         いつもすまして
         知らん顔をしてる
         君の香り

         あの日
         君に出会った
         愛していると言った
         君は知らん顔をした
         君の手を取り
         愛して欲しいと言った
         君は手を払い
         くるりと向こうへ
         行ってしまった
         少し微笑みながら

         黄色いレモンを
         そっとかじる
         それはあの時の
         君の香り
         甘くすっぱい
         君の香り
         それは
         切ない恋の味


                             2008.2.23.

   
       ※歌詞は一部です。
       発売の時にすべて記載します。
       歌詞は発売の時には少し変更になります。

       
                       ナポレオン 



  ◇72. 下記は新作です。


       「愛していたのに」      ★

                          詞 伊東和雄

         ♪
         君と話していても
         もう君は君じゃない
         そう僕も僕じゃない
         二人はもう二人でない
         あの時微笑んでいた
         君は 
         もうどこにもいない
         あの時やさしかった
         僕も 
         もうどこにもいない
         すべてが終わったのだろうね
         きっと

         君と話していても
         もう君は君じゃない
         そう僕も僕じゃない
         今はもう
         意味のない会話ばかり
         仕方なく
         言葉を交わしているだけ

         互いに愛していたのに
         通り過ぎたそよ風が
         二度と戻らないように
         僕たちもあの頃に
         戻れないのだろうね

         何故だろう?
         二人は愛していたのに
         互いに愛していたのに

         何故だろう?
         二人は愛していたのに
         互いに愛していたのに


                             2008.2.25.

   
       ※ミディアム・テンポですが、幾分テンポは速いです。
        生ギターのストロークで歌って下さい。
       ※歌詞は一部です。
       発売の時にすべて記載します。
       歌詞は発売の時には少し変更になります。

       このブログの歌詞はすべて一部です。
       歌詞は一部ですが、著作権が存在します。
       歌詞のあとの日付は歌詞の完成日でなく掲載の日付です。

       
                       ナポレオン 



  ◇73. 下記は新作です。



       「夏の香り」

                      詞 伊東和雄


   ※この歌はSo-Netのメンテナンス中に消滅しました。
復旧するまでノートの記録を見て記載しました。先日載せた詞とはかなり違います。



       ♪
       海岸通りを潮風を受けて車は走る
       海は午後の夏の光を受けて輝く
       海の色が葉山とは少し違う
       江ノ島が見えてくる
       ほら、と指差すと
       君は僕の肩越しに
       海を見つめ うれしそうな顔をする
       その時甘くすてきな香りがする
       僕の知らない香りさ

       車は鵠沼を過ぎ
       茅ヶ崎へと進んでいく
       逆光の中で海は銀色に輝く
       サーファーは波の上で踊り
       ヨットは帆に風を受け
       水平線へと進んでいく

       君は時々南を見る
       やはり甘い香りがする
       僕が送った香りはどうしたの?
       いつから君は香りを変えたの?
       君はそんな事を気にもせず
       じっと海を見つめている
       あまり僕の顔を見なくなったね

       車は午後の湘南を進む
       僕の知らない香りを乗せて

       車は海岸通りを進む
       僕の知らない香りを乗せて



                         2008.2.25.


       ※まさか、ブログの記事がメンテナンス後に消滅するとは
         思わなかったので、保存をしていませんでした。
         困りました。
         ほかの小説やエッセー、数学定理なども同じです。

       ※歌詞は一部です。
       発売の時にすべて記載します。
       歌詞は発売の時には少し変更になります。

       このブログの歌詞はすべて一部です。
       歌詞は一部ですが、著作権が存在します。
       歌詞のあとの日付は歌詞の完成日でなく掲載の日付です。




  ◇74. 下記は新作です。


       「思い出のアルバム」      

                          詞 伊東和雄

         ♪
         あの頃二人で聞いたアルバム
         何故かふと取り出して聞いてみた
         幸せな恋を歌う甘いメロディー
         ハスキー・ヴォイスがたまらない

         ところどころ傷んだジャケット
         歌詞に引いてる赤いライン
         君のお気に入りのフレーズ
         ラインを引きながらうっとりと
         君は歌詞に聞きほれていた

         君もこのアルバムを時には
         聞くのだろうか? 一人で
         二人が大好きだった アルバム

         お願いどうか、時々聞いてね
         二人が好きだった このアルバム

         僕はあの頃とは趣味も変わり
         あらゆる面で生き方も変わった
         だけど時々この歌を どこかで
         思いもかけず聞いたりすると 何故か
         あの頃へ 戻ってしまう

         お願いどうか、時々聞いてね
         二人が好きだった このアルバム


                             2008.2.27.

   
       ※歌詞は一部です。
       発売の時にすべて記載します。
       歌詞は発売の時には少し変更になります。

       
                       ナポレオン 




  ◇75. 下記は新作です。


       「愛していると言って」      

                          詞 伊東和雄

         ♪
         お願い 愛していると言って
         この海よりも 空よりも 太陽よりも
         私を好きだと言って
         海を見ないで 空を見ないで、
         太陽を見ないで ほかの人を見ないで
         私だけをじっと見つめて
         そして、愛している と言って

         潮風に流されて沖へ行かないで
         ほかの人と楽しそうにダンスをしないで

         私だけを深く愛して
         そして、愛している と言って

         私だけを深く愛して
         その時 私はあなたのものよ

         私だけを深く愛して
         その時 私はあなたのものよ


                             2008.2.29.

   
       ※歌詞は一部です。
       発売の時にすべて記載します。
       歌詞は発売の時には少し変更になります。

       このブログの歌詞はすべて一部です。
       歌詞は一部ですが、著作権が存在します。
       歌詞のあとの日付は歌詞の完成日でなく掲載の日付です。

       


  ◇76. 下記は新作です。


       「美しい少女」      

                          詞 伊東和雄

         ♪
         美しい少女が
         渚に立ち じっと海を見ている
         亜麻色の髪が 潮風にゆれる
         そのきれいな瞳を見ていると
         誰もが彼女に恋をしてしまう
         心を奪われてしまう

         彼女をヨットに誘ってみよう
         湘南のすばらしい海を 見せてあげよう
         軽快に海原をすべるヨットの上で
         彼女はきっと喜ぶだろう
         そして僕らに微笑んでくれるだろう
         だけど その微笑を見たら
         僕たちは
         ますます彼女に恋をしてしまうだろう

         美しい少女が
         渚に立ちじっと海を見ている
         誰もが彼女に恋をしてしまう
         心を奪われてしまう



                         2008.3.3.

   
       ※歌詞は一部です。
       発売の時にすべて記載します。
       歌詞は発売の時には少し変更になります。

       
                       ナポレオン 





  ◇77. 下記は新作です。


       「夜の闇の中で」

                          詞 伊東和雄

         ♪
         夜の闇の中で
         君からの電話が響く
         受話器をとると
         君の少しハスキーな声が
         僕の耳をくすぐる
         この暗闇の中でさえ
         君の電話があれば
         僕はもう孤独でない

         夜の暗闇の中で
         君からの電話が響き
         僕の心は
         明るく輝き始める

         君の優しい声が
         君の甘い声が
         僕の孤独を消してくれる
         僕の心を癒してくれる
         そして 燃えてくる
         僕は君に愛を感じる

         夜の闇の中で
         君からの電話が響き
         君の優しく甘い声
         僕は君に愛を感じる


                         2008.3.3.


       ※歌詞は一部です。
       発売の時にすべて記載します。
       歌詞は発売の時には少し変更になります。

       このブログの歌詞はすべて一部です。
       歌詞は一部ですが、著作権が存在します。
       歌詞のあとの日付は歌詞の完成日でなく掲載の日付です。




  ◇78. 下記は新作です。


       「愛の思い出」   ★★

                          詞 伊東和雄
             
             
             ♪
             わたしが心から愛したあなた
             二人は別れてしまったけれど
             私はいつまでも愛している

             思い出せば
             楽しい事ばかり よみがえる
             春の公園では
             素敵な香りに包まれて歩いた
             夏の海では         
             一日中ヨットで波に揺られていた
             日焼けした私の肩をやさしく
             抱いてくれた そして
             甘いささやきをくれた
             秋の並木道では
             風から私を守るように
             そっと包むように だいてくれた
             何もかもが夢のようなすばらしい日々
             
             二人は別れてしまったけれど
             私はいつまでも愛している

             二人は別れてしまったけれど
             私はいつまでも愛している


                         2008.3.4.


       ※歌詞は一部です。
       発売の時にすべて記載します。
       歌詞は発売の時には少し変更になります。



                       ナポレオン 




  ◇79. 下記は新作です。


       「君を愛している」

                          詞 伊東和雄
             
             
             ♪
             僕と君は愛し合っている
             もう決して離さないさ
             いつも二人は一緒さ
             君が南の無人島へ行くなら
             僕も一緒に行きそこで暮らそう

             君が雪深い北国に行くなら
             僕も一緒に行きそこで暮らそう

             君が灰色の都会へ行くなら
             仕方がないけれどそこで暮らそう

             君が行く所へ僕は行くさ
             君が住む所で僕も暮らす
             僕は君を愛しているからさ
             いつも君と一緒に暮らそう

             君と僕は愛し合っている
             二人はとても愛し合っている
             君が南の無人島へ行くなら
             僕も一緒に行きそこで暮らそう


                         2008.3.6.


       ※歌詞は一部です。
       発売の時にすべて記載します。
       歌詞は発売の時には少し変更になります。

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  ◇80. 下記は新作です。


       「 珈 琲 」      ★  

                         詞 伊東和雄
             
             
             ♪
             ラジオから甘いジャズが流れてくると
             いつもあなたを思い出す
             夜になるといつもあなたは珈琲を飲んでいた
             マティーニよりも珈琲を愛してた
             そして聴く歌はいつも甘いジャズ
             ゆったりしたフォービートに身をゆだねて

             「モカを、」
             それがいつものあなたの言葉
             深い黒と苦味を愛した
             ジャズを聴きながら静かに飲み
             お代わりは?と聞くと
             「コール・ポーターを、」
             とつぶやく
             「そんな珈琲はないわ、」
             と笑うと
             「ス・ワンダフル」
             と私を見つめる
             レコードに針を落とすと
             あなたは目を閉じ
             とてもいい気持ちで微笑んでいた

             ラジオから甘いジャズが流れてくると
             いつもあなたを思い出す
             「ス・ワンダフル」・・・・


                         2008.3.7.


       ※ジャズです。甘いタッチで歌ってください。

       ※歌詞は一部です。
       発売の時にすべて記載します。
       歌詞は発売の時には少し変更になります。


                       ナポレオン 


  ◇81. 下記は新作です。


       「丘の上の一人の男」     ★★

                           詞 伊東和雄

           ♪
           一人の男がいた
           彼はいつも丘の上で歌っていた
           彼は孤独だった
           彼は愛の歌を歌っていた
           彼は人々に愛を伝えようとした
           彼は一人で歌った

           一人の男がいた
           彼はいつも森の中で歌っていた
           彼は悩んでいた
           彼は悩みについて歌った
           彼は人々の悩みを救おうとした
           彼は救おうとしてた

           一人の男がいた
           彼はいつも一人で歌っていた
           彼は一人だった
           彼はすべてを歌っていた
           彼は人々にすべてを伝えようとした
           彼は一人で伝えた

           一人の男がいた
           彼はいつも一人で想像した
           彼は夢を持った
           彼は愛について思った
           どの場所にも愛があふれる事を願った
           彼は一人で願った

           一人の男がいなくなった
           丘に行くとピアノが残っている
           彼はいなくなった
           彼はどこにもいなくなった
           彼は人々に何かを伝えて去った
           彼は一人で去った

           男はいなくなったけれど
           丘からいつもピアノの音がする
           彼はいないけれど
           彼の心はいつもここに有る
           彼の音楽はいつも丘に流れている
           彼の愛はなくならない


                            2008.3.9.


       ※悲しみと苦悩の中で愛を歌った男の歌です。
         ピアノの弾き語りでどうぞ。       

       ※歌詞は一部です。
       発売の時にすべて記載します。
       歌詞は発売の時には少し変更になります。

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       歌詞のあとの日付は歌詞の完成日でなく掲載の日付です。


ナポレオン


  ◇82. 下記は新作です。


       「僕は今でも」     

                           詞 伊東和雄

         ♪
         街角で君を見かけた
         相変わらず きれいだね
         僕は今でも君を愛している
         君はあの日僕のもとを去った
         今僕の目の前を 君は
         あの頃と同じように歩いている
         声をかけて 手をとり
         あの頃のように話をしたい
         カフェで楽しく過ごしたあと
         街を一緒に歩いてみたい
         あの頃に戻りたい もう一度

         だけど君はもう遠い人
         君の心に僕はいない
         君はとても楽しそうに
         街を歩いている
         自由になり気ままに
         楽しいひと時を過ごしている

         僕は今でも君を愛している
         あの頃に戻り もう一度
         君とこの街を歩いてみたい

         僕は今でも君を愛している
         僕は今でも君を愛している

                            2008.3.10.


       ※歌詞は一部です。
       発売の時にすべて記載します。
       歌詞は発売の時には少し変更になります。

       このブログの歌詞はすべて一部です。
       歌詞は一部ですが、著作権が存在します。
       歌詞のあとの日付は歌詞の完成日でなく掲載の日付です。


                       ナポレオン 


  ◇83. 下記は新作です。


       「浜辺の少女」    ★

                           詞 伊東和雄

         ♪
         彼女はこの海を職業としている
         夏になると海に来る人のために
         小さいけれど家を作り
         泳ぐ人たちを休ませてあげる
         飲み物や食事も出してあげる
         泳ぎ疲れた人には 
         デッキ・チェアーを用意してあげる

         時々浜辺を歩き
         泳いでいる人を見る
         監視台の上に立ち
         はるか沖を眺める

         彼女はこの海を職業としている
         夏になると毎日この浜辺で働く
         大変だけれど楽しい
         泳ぐ人のために役に立っている
         海に来る人が快適に過ごせると
         彼女はとてもうれしい
         海に来る人の事だけを考えてる

         午後には浜辺を歩き
         時には沖へと泳ぐ
         溺れている人を見つけ
         助ける時もある

         彼女はこの海を職業としている
         夏になると毎日この浜辺で働く
         それが彼女の喜び 楽しみ 誇り

         彼女はこの海を職業としている
         夏になると毎日この浜辺で働く
         それが彼女の喜び 楽しみ 誇り


                            2008.3.10.


       ※歌詞は一部です。
       発売の時にすべて記載します。
       歌詞は発売の時には少し変更になります。




  ◇84. 下記は新作です。



       「湘南においで」    

                           詞 伊東和雄

         ♪
         もしキミが湘南に来るなら
         ボクはキミのために何でもしよう
         愛する君がここへ来るなら
         ボクはキミのために何でもしよう
         キミが来た時に雨が降っていても
         空が灰色でも 波が荒れていても
         キミの希望通りにしてあげよう
         だから早くこの浜辺においで

         雨を止めよう 空を青くしよう
         波を静かにしてみせよう
         この浜辺に来て少し待っていて欲しい
         1日待ってくれれば雨を止めよう
         空もすぐに真っ青にしよう
         波にも静まれと命令しよう
         1日だけ待って欲しい
         キミの希望通りにしてあげよう
         だから早くこの浜辺においで

         もしキミが夕陽を見たいなら
         ボクはキミの望みをかなえてみせる
         この浜辺でボクの隣に座り
         西の方を見ていて欲しい
         ボクは真上の太陽に命じよう
         すると数時間もすれば
         キミは美しい夕陽を見ることができる

         もしキミが湘南に来るなら
         ボクはキミのために何でもしよう
         だから早くこの浜辺においで
         だから早くこの浜辺においで

                            2008.3.10.


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                       ナポレオン
 

  ◇85. 下記は新作です。



       「いつのまにか」    ★★

                           詞 伊東和雄

         ♪
         いつの間にかあなたを
         好きになってしまった
         それほど好きではなかったのに
         時々会って微笑んだり
         一緒に街を歩く程度だった
         たまにカフェで話したり
         話題の映画に出かける程度だった
         でもそういった事が何度もあると
         だんだんと好きになっていった

         気がつくと
         一番好きな人になっていた
         あなたがいない日は
         寂しくて仕方がなくなった
         あなたがいない日に
         街を歩くと孤独を感じる
         あなたがいない夜は
         寂しくて耐え切れなくなった

         いつの間にかあなたを
         好きになってしまった
         それほど好きではなかったのに
         時々会って笑顔をかわし
         一緒に街を歩いている事が
         カフェで長く話す事が
         何度もドライヴに行ったりする事が
         私の人生で一番大切な事になっていた
         あなたが一番好きになっていた

                            2008.3.11.


       ※歌詞は一部です。
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                       ナポレオン 


  ◇86. 下記は新作です。



       「ゆれる心」     ★

                           詞 伊東和雄

         ♪
         潮風にヨットがゆれるように
         私の心はゆれた
         ヨットを走らせながら
         好きだと言ったあなた
         浜辺で あなたの優しい言葉
         私の手をとり真剣に見つめてくれた
         心はすっかりときめいた
         ほんとうの恋だと信じた

         でも、潮風にヨットが流されて
         風に砂が飛ばされて行くように
         あなたはどこかへ行ってしまった
         夏の潮風とともに
         消えてしまった私の恋

         ヨットの上でゆれた気持ち
         浜辺でときめいた心
         熱く燃えたこの心
         でも 今では
         秋の風に震えているだけ


                            2008.3.11.


       ※歌詞は一部です。
       発売の時にすべて記載します。
       歌詞は発売の時には少し変更になります。


                       ナポレオン 


※目次に掲載の 56番から82番 までの歌詞がこの頁で掲載しています。 ほかの歌詞は左の「最新記事欄」から 「新しい歌。作詞。その1。」、また「新しい歌。作詞。その2。」をクリックしてご覧ください。

★このブログの別の頁で「歌手・バンド募集」の頁ができました。このブログに掲載の歌詞を採用する歌手・バンドを募集しています。詳しくは「歌手・バンド募集」の頁をご覧ください。左の欄の最新記事欄のその頁をクリックしてお読み下さい。CD録音・デビューをする歌手・バンドにはいいニュースです。

■このブログに掲載している歌詞、歌、曲、小説、物語、童話、そして、ランブンの定理などはすべて発売をする予定のものばかりです。
 「銀座ぶらぶら歩きは」は日々のメモ書き程度のエッセーですから、特に発売する予定は有りません。

本当に皆さんにお勧めしたいのは、竜馬の小説「竜馬がくる~桂浜編」「竜馬小論」「森の中の宇宙人」と竜馬の主題歌15曲です。
仮タイトルで記載していますが、「長崎の歌」は本当に感動する歌です。
また、仮タイトルですが、「高知の街の歌」、これは衝撃的な歌です。
初めて聞いた時、衝撃を受けます。
とてもいい歌ばかりです。
もちろん、冒頭の合唱団による「文豪と美しい風景、東京、フランス、芸術家・・・、」の歌もお勧めです。

◆これから発売していく予定の歌詞を一部載せました。
これからも歌詞を掲載していきます。
ほとんどがこのブログで掲載予定の小説や短編物語の主題歌です。



◆◆◆ 90. 「竜馬がくる~桂浜編」の主題歌について説明します。 ◆◆◆


15曲有ります。竜馬の小説の主題歌です。
主題歌つきの小説です。小説は現在ブログで掲載しています。あらすじも記載しています。ご覧下さい。
映画にサントラが有るように、サントラが有る本といった感じです。

◇ ご 案 内  
この頁の5万字制限による字数不足のため、竜馬の主題歌の詳しい説明は音楽エッセーに移動しました。
 左のカテの、「音楽」のカテをクリックしてご覧ください。
 この歌詞の頁の前の頁に移動しています。




         ※この頁に掲載している歌詞は一部分の掲載ですが、
           すべて著作権が存在します。
         ※「あれから」の歌詞の一部の掲載は2008.1.9.です。
          「夢を信じよう」の歌詞の一部の掲載は2008.1.10.です。
          ※それぞれの歌詞の最後に日付を入れていますが、それは
           このブログへの掲載の日付です。作品が出来た日付では
           ありません。

        ※この頁に掲載している歌詞はすべて元の原詞とは異なります。
           原詞の一部です。ある行は全部変えています。
            言葉もところどころ変えています。
           ワン・コーラスの掲載が多いです。
           正規に掲載する時や発売の時は原詞で掲載します。

                    2008.1.9.    ナポレオン




◆このブログにはいろいろな小説、短編物語、評論、歌詞、歌などを掲載しています。

竜馬の小説「竜馬がくる~桂浜編」「竜馬がくる~明治編」、竜馬の評論「竜馬小論」、新作の歌詞、歌、新作の小説のあらすじ、連載小説「森の中の宇宙人」、サッカー小説「広場のイレブン」、ロバート・ランブンの短編物語、童話、数学の定理などいろいろ入っています。 どうぞご覧下さい。
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◇竜馬 小説    ◇竜馬と小説   ◇竜馬 評論  
◇竜馬 紫四季 ◇竜馬がくる 小説  ◇竜馬 ナポレオン 
◇小説と魔法の歴史年代暗記    ◇数学 小説

ブログのアドレスは、 http://blog.so-net.ne.jp/rekishi/ です。
ブログ・タイトルは「竜馬と小説と魔法の歴史年代暗記」です。
タイトルとアドレスを確認してお読み下さい。

ヤフーで「歌 新作」と検索すると、1000万中トップで出ます。驚きです。
それだけ、このブログの歌詞、歌、新作の頁が読まれているのです。(2008.1.29.現在)
このブログに簡単に早く来る事が出来ます。
再度ご来訪の時は「歌 新作」と検索してご来訪下さい。

検索画面のトップに出てくるという事はそれだけ多くの人が、ロバート・ランブン、伊東和雄、紫四季などの短編物語、童話、竜馬の小説、竜馬小論、歌詞、歌などをご覧になっているからです。

「竜馬と小説」「竜馬 評論」「竜馬小論」と検索すると、やはりたくさんのホーム・ページ、ブログの中からこのブログ:竜馬の小説「竜馬がくる~桂浜編」が一番目に出てきます。
それほど多くの人がこの小説「竜馬がくる~桂浜編」、竜馬小論を読んでいるのです。








       「竜馬と小説と歴史のブログ」編集長  ナポレオン









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■新しい歌。作詞。 その2. [・・・・音楽]

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       2008.3.11.   更新新しました。 



         ★ 「新しい歌 作詞 その2」 の頁です。


★新作は、「新しい歌 作詞。その1.」の頁をご覧下さい。この頁は7番から55番までのみの掲載です。



      ◆ 現在87曲です。   いい歌がたくさん出来ました。  
        前回見た方は最後の方、⇒:矢印の歌詞、をお読み下さい。
        いい歌には、目次に★  ★★  ★★★ と星表示をしています。
        三ツ星は非常にいい歌・歌詞です。 参考にして下さい。


    ◇ヤフーで「歌 歌詞 新作」と検索しますとこのブログが300万中1位
      で出てきます。  再度このブログにご来訪する時は
       「歌 歌詞 新作」と検索して下さい。  すぐ来る事が出来ます。
       「歌 新作」と検索すると、1700万中16位ほどで出てきます。



   ◆ 目 次     作詞、歌、音楽に関するご案内です。

    歌詞のうち、7番から55番までがこの頁で掲載しています。2番から6番、そして、56番から81番までは別の頁の「新しい歌。作詞。その1.」の頁を見てください。

     左の「最新記事欄」から「新しい歌。作詞。」をクリックして
      ご覧ください。 左の欄の1番目か2番目にあります。
        なお、1番もこの頁で掲載しています。


        1. 「文豪と東京、フランス、ショパン・・・」  ★★★  歌詞               
        2. 「あれから」       ★★    歌詞  「あれから」より   
        3. 「優しい心がほしい」  ★★    歌詞   「あれから」より
        4. 「夢を信じよう」     ★     歌詞  「幸せがくる」より
        5. 「古ぼけたピアノ」          歌詞  「幸せがくる」より
        6. 「古ぼけたピアノ  パート2」   歌詞  「幸せがくる」より
            7. 「僕の友達について」     歌詞
            8. 「気ままに」           歌詞   
            9. 「なみだ」             歌詞
          10. 町を捨てよう       歌詞    「あれから」より
           11. 歌はすばらしい      歌詞   「幸せがくる」より
           12. 古い壁を壊せ       歌詞    「あれから」より
          13. 二人の夢         作詞    「あれから」より
          14. 好きだ           作詞    「あれから」より
           15. アレアレア     ★★   作詞
          16. 森のレストラン        作詞   「あれから」より 
          17. フリーマーケット   ※恋のフリーマーケット 作詞
          18. 誘拐犯       ★    作詞
          19. 花言葉             作詞
          20. 夏の公園           作詞
          21. 湘南   江ノ島   江ノ電   ★★★    作詞
          22. 二人の江ノ島   ★          作詞
          23. 銀座へ行きましょう            作詞
          23. 君が好きだ                作詞
          24. 暑中お見舞い申し上げます       作詞
          25. モンマルトルのピアノ弾き       作詞
          26. 映画のように               作詞
          27. モンマルトルの思い出         作詞
          28. 波のきらめき               作詞
           29. 心から愛したい              作詞
          30. 僕たちはどこへ行くのだろう       作詞
       31. 気がついてね              作詞
       32. 夏のなぎさ                作詞
       33. 「都会の午後三時」           作詞
       34. 「江ノ島においで」             作詞
       35. 「ヨットにふたり」     ★        作詞
       36. 「南 風」                  作詞
       37. 「 涙 」                   作詞
       38. 「予約席」                 作詞
       39. 「恋をしてみたい」    ★        作詞
       40. 「軽井沢」                  作詞
       41. 「モンマルトルのピアノ弾き ~ 清らかな修道女」 作詞
       42. 「愛のよろこび」     ★★★      作詞
       43. 「 春 」                    作詞
       44. 「走れメロスのごとく」            作詞
       45. 「竹下通り」                   作詞
       46. 「もうすぐ江ノ島」     ★★★       作詞
       47. 「ラブリー・ブランチ」             作詞
       48. 「季節はめぐる」      ★★★     作詞
       49.  「江の島エンジェル」    ★        作詞
       50.  「真実の愛」                    作詞
       51.  「ハートはこなごな」              作詞
       52.  「私は知っている」               作詞
       53.  「原宿午後三時」                作詞
       54.  「Oh、my God」       ★        作詞
       55.  「キミは年下」          ★       作詞
       56.  「Yeah,I love you」            作詞
       57.  「さすらい人」                  作詞
       58.  「すてきな人」                  作詞
       59.  「じゃあね」            ★      作詞
       60.  「美しい花」                    作詞
       61.  「見つめて」                   作詞
       62.  「ブルー・バレンタイン」            作詞
       63.  「表参道のあの店」              作詞
       64.  「新婚家庭」           ★       作詞
       65.  「夏のかわいいベイビー」          作詞
       66.  「浜辺のパーティー」      ★★    作詞
       67.  「夢が逃げて行く」               作詞
       68.  「夏が消えていく」               作詞
       69.  「春の銀座」                   作詞
       70.  「時は過ぎ行く」        ★       作詞
       71.  「レモン」                     作詞
       72.  「愛していたのに」       ★       作詞
       73. 「夏の香り」           ★       歌詞
       74.  「思い出のアルバム 」             作詞
       75.  「愛していると言って」             作詞
       76.  「渚の少女」                   作詞
       77.  「夜の闇の中で」                作詞
     ⇒  78.  「愛の思い出」    ★★      作詞
     ⇒  79.  「君を愛している」           作詞
     ⇒  80.  「  珈  琲  」      ★     作詞
     ⇒  81.  「丘の上の一人の男」   ★★   作詞

     ※  90.   竜馬の主題歌の歌詞の説明

 


 ■ 伊東和雄の作詞が、


  発売に向けてスタートしました。新作です。
  作詞の内容を大雑把に言葉のみで説明します。下記です。
  タイトルは仮題です。


  ◇1. 「文豪と風景と東京、フランス、ショパン・・・の歌」 
                         ★★★

                        作詞  伊東和雄
♪♪♪
春の清々しい風景と有名な文豪とを描いたもの。
そして、文豪の小説に登場するものがいろいろ描かれている。
幾分理解不可能な事に首を傾げ困りきる。ある人はたたずみ悩む。
舞台は1900年頃の東京。そして、箱根や青空の瀬戸内海も。
アカデミックな学問に関連したものも。有名な格言も出てくる。
そして、舞台はさらにフランスへと移る。モンパルナスも。19世紀。芸術も絡む。
ショパンもユトリロもレオナールも登場。♪♪♪

・・・・といった内容です。

のびやかで軽快でとても美しい歌です。
タイトルは発売の時に正式タイトルに変更となります。
正式タイトルは非常にきれいなタイトルです。

歌うのは合唱団。
合唱団のファッションにも注目してください。
またユニークな名前を持つ合唱団です。
歌のタイトルは春の美しい情景を描いたタイトルです。
作詞は伊東和雄です。作曲は行っていません。作詞のみです。
このブログで小説「森の中の宇宙人」と「あれから」を書いている伊東和雄です。

曲は流れるように美しく聞いた人は誰もが感動するすばらしい曲です。


早く発売できるように現在いろいろな方々にお願いをしています。
早ければここ一ヶ月、遅ければ二、三ヶ月で発売されるのではと思います。

春、美しい風景、文豪、文豪の作品の登場人物など、東京、学問、不可思議、苦悩、格言、箱根、瀬戸内海、青空、フランス、モンパルナス、音楽家、ショパン、ヘンデル、画家、ロートレック、ユトリロ、レオナール・・・・。

有線やラジオ、FM、テレビなどで上記の歌詞が流れるような美しい曲に乗って歌われたら、それは間違いなく伊東和雄の作品です。
聞いた瞬間誰もがすぐにその美しい曲に合わせて口ずさむでしょう。
非常に話題になるはずです。
おそらくヒットするでしょう。
もし、ユニークな名前を持つ合唱団が楽しいファッションで登場してこの歌を歌ったら大いに拍手をして一緒に歌って下さい。

  みなさん、どうぞ期待してください。




  この歌以外にたくさんの歌、作詞をこの頁に記載しています。
  ずっと下の方、最後の方をご覧下さい。




  ■■■■   そのほかの作詞   ■■■■


    ※歌詞のうち、7番から30番までがこの頁で掲載しています。
        1番もこの頁で掲載しています。
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     「新しい歌。作詞。」の頁を見てください。
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  ◇7. 次の歌は特に小説の主題歌ではありません。
      歌としての歌です。



    「僕の友達について」

             曲・詞   伊東和雄

       ♪
       僕のともだちについて
       少し話したい
       とてもいいやつさ
       いつも静かで
       時々陽気になる

       僕の友達について
       伝えておきたい
       旅が好きだよ
       いつも気がつけば
       海や山にいる

       僕の友達について
       教えてあげたい
       僕が泣いた時
       そっとそばにいて
       なぐさめてくれる

       僕の友達について
       友達になるといい
       きっと好きになる
       皆さんをきっと
       楽しくさせる

       僕の友達について
       楽しいやつさ
       僕が歌を一人
       歌っていると
       喜んでくれる

       僕の友達について
       知ってもらいたい
       名前も覚えて欲しい
       僕の友達の名は、
       「歌」、なのさ、


               2008.1.12.


   ※ギターの弾き語りです。ミディアム・テンポです。
     語りかけるように歌います。
   ※一部です。発売の時には少し変更になります。


◇8. 次の歌も主題歌ではありません。
    歌としての歌です。


    「気ままに」

                   曲・詞  伊東和雄

       ♪
       あなたが私でないように
       私はあなたでない
       あなたが空を飛ぶとき
       私は森を歩く
       あなたが海を行くとき
       私は街を歩く

       私があなたでないように
       あなたは私でない
       私が花を見つめるとき
       あなたは雲をみている
       私が船を見るとき
       あなたは波を見てる

       自由に浜辺を
       歩けばいい
       自由に風のように
       流れて行けばいい
       自由に波のように
       気ままであればいい

                2008.1.13.


 ※自由気ままに歌ってください。
   あなたが波になったように歌って下さい。
 ※一部です。発売の時には少し変更になります。
   このブログの歌詞はすべて一部です。
   発売時に歌詞が少し変更になります。
   掲載は詞の後の日付ですが、完成した日はかなり前です。



◇9. 下記は新作です。

    「なみだ」

                    曲・詞 伊東和雄

       ♪
       悲しい時は
       なみだが出る
       つらい時は
       なみだが落ちる

       でも、なみだが出ても
       悲しみは出て行かない
       なみだがあふれても
       苦しみは消えない

       悲しい時に
       いくら泣いても
       つらい時に
       泣き続けても
       心の痛みは消えない

       泣いた時
       涙のかわりに
       悲しみや
       悩みが
       流れていけばいいのに


                      2008.1.13.


◇10. 下記は新作です。


    「町を捨てよう」

                  曲・詞  伊東和雄

       ♪
       町を捨てよう
       思い出の町を
       楽しく
       とてもいい町
       だけど
       町にいてはいけない
       町を捨てよう
       町を捨てよう

       夢のかなう町へ
       行こう
       希望の町へと
       行かなければ
       古い町に
       立ち止まっては
       いけない

       いつもの町
       何もない町
       何ひとつ
       変わらない町
       町をすてて
       希望の町へと歩く
       希望の町へと歩く
       歩くのだ
       歩くのだ


                 2008.1.14.


   ※小説「あれから」の主題歌、挿入歌です。
    少年が町を出て東京へと行く時の歌です。
    少年は町さえ出れば、すぐスターになれると思った。
    東京へ行きさえすればすぐスターになれると思った。

   ※一部です。発売の時には少し変更になります。
   このブログの歌詞はすべて一部です。
   発売時に歌詞、言葉が少し変更になります。
   行ごと三行ほど入れ替わります。
   掲載は詞の後の日付ですが、完成した日はかなり前です。



◇11. 下記の歌は小説「幸せがくる」の主題歌です。


    「歌はすばらしい」

              曲・詞  伊東和雄


       ♪
       悲しい時は
       歌を歌ってみよう
       何もない部屋で
       壊れた椅子に座り
       目を閉じて
       歌を歌おう

       楽しい思い出
       庭のきれいな花
       素敵な人
       いろいろなことを
       思い浮かべながら
       歌を歌おう

       なみだであふれた
       心が
       やさしく満たされる

       つらい時は
       歌を歌おう
       すべてを忘れて
       歌を歌おう


             2008.1.14.

   ※小説「幸せがくる」の主題歌、挿入歌です。
    エリがある日孤児院のがらんとした部屋で歌う歌です。 
    ※歌詞の一部です。発売の時には少し変更になります。
 


◇12. 下記は小説「あれから」の主題歌・挿入歌です。
    街角で少年が歌った歌です。


   「古い壁を壊せ」
 
               曲・詞  伊東和雄

       ♪
       俺はいつも
       まっすぐ生きている
       ひたすら
       前を見つめて
       進むだけ
       大きな壁が
       俺をふさぐ

       ふさぐ壁を
       壊して俺は
       がむしゃらに
       前へ前へと
       突き進む
       壁を崩して
       俺は進む

       誰も俺を
       とめる事は出来ない
       古い壁や
       出来損ないの壁が
       俺を邪魔して
       立ちふさがる

       壊せ壁を
       超えて行け
       壁の向こうは
       俺の世界
       そこでは
       古いやつらは
       いらない
       古いやつらを
       追い払え
       俺は俺の
       世界を進む
       俺は俺の
       世界を進む


                      2008.1.15.


   ※小説「あれから」の主題歌、挿入歌です。
     生ギターでハードに歌う歌です。テンポは速く強烈な歌です。
    少年が街角で歌った歌です。誰も振り返らない歌です。
    ※歌詞の一部です。発売の時には少し変更になります。



 ◇13. 下記は「あれから」の主題歌・挿入歌です。


   「二人の夢」

               曲・詞   伊東和雄

       ♪
       公園のベンチに座り
       噴水とバラの花壇を
       見つめて二人
       互いに夢を語り合った

       二人の夢は
       遠くに見える
       虹のようだね
       空のかなたで
       輝くけれど
       とてもそこには
       二人、届かない

       夢を語る
       君の横顔
       君の瞳は
       まるで宝石

       僕は君に
       心の中を
       打ち明けたくて
       君の瞳を
       見つめたけれど
       何も言えずに
       時が流れた

                  2008.1.16.

     ※生ギターで歌うミディアム・テンポの歌です。
     ※歌詞の一部です。発売の時には歌詞は少し変更になります。


 ◇14. 下記は「あれから」の主題歌・挿入歌です。


    「好きだ」
 
               曲・詞  伊東和雄

       ♪
       君と知り合ってとても素敵
       君の微笑を見るたび幸せ
       本当だ
       本当だ
       信じて欲しい
       君の事をとても好きなんだ

       僕は君が好きだと言う
       その時君が
       僕を好きだと言ったら
       とてもうれしい
       とてもうれしい


                 2008.1.16.


  ◇「あれから」の主題歌・挿入歌です。
   少年はこの歌を少女に「新曲だ、聞いてくれ。」と言って歌った。
   この歌で愛を伝えた。
   少女はこの歌のように好きだといって欲しいと思った。
   しかし、少年は言葉ではどうしても「好きだ」と言えなかった。
   歌では歌えるけれど言葉では言えなかった。
  ◇生ギターで歌うロック調、アップ・テンポの歌です。
    歌で愛を告白する軽快な歌です。
    ※歌詞の一部です。発売の時には歌詞は少し変更になります。
  ◇このブログへの掲載は2008.1.16.ですが、
    完成はかなり前です。
    小説「あれから」が完成するより前に完成していた歌です。



◇15. 次の歌の「アレアレア」はずいぶん前に完成した歌です。

ほかの歌とタイプが大きく違うので発表するつもりは全然なかったのですが、この頁でポピュラー、バラード、ロック、ポップス、ニューミュージック系といろいろなタイプの曲を掲載したので、思い切って載せてみる事にしました。
タイプが違うという理由で掲載する予定がなかっただけで、歌の内容・レベルが低いという訳ではありません。
「アレアレア」とはタヒチの言葉で「喜び」をさします。
19世紀ヨーロッパ社会の没落と行き詰まりを感じてタヒチへ逃避するように移り新しい芸術と人生を求めた画家のゴーギャンがタヒチで出くわしたのがこの言葉です。
リズムはミクロネシア・タッチで曲は陽気な南洋風。演奏では打楽器の響きが楽しい。
アレアレアという喜びの言葉が呪文のように何度も何度も繰り返されます。
リード・ヴォーカルが歌うと後ろのメンバーがアレアレアと陽気にコーラス。
アレアレアのかけ声が大変陽気で元気で大騒ぎで楽しいのです。
大好きな娘(こ)に好きだと言ってもらい喜ぶタヒチの青年の歌です。
ラテンやレゲェ、ミクロネシアの音楽をうまく歌う楽団がこの歌を歌うと、宣伝が行き届けばヒットします。夏のパーティーの時の踊りには最適の歌です。
タヒチのきれいな海、浜辺、空、自然、人々、そして、ゴーギャンの絵を思い浮かべながら歌うといっそうご機嫌に歌えます。
では、歌いましょう、アレアレア!



   「アレアレア」     ★★


               曲・詞 ナポレオン

       ♪♪
       天気はいい    アレアレア
       海は青く
       風は静か
       魚がとれた    アレアレア
       今日は祭り    
       楽しく騒げ     アレアレア

       隣の村から
       好きな娘が
       やって来た     アレアレア
       大好きだ
       と言ったら
       私もよ、と
       微笑んだ      アレアレア

       アレアレア!  アレアレア
       アレアレア!  アレアレア

       祭りで二人は
       楽しく踊った
       とてもうれしい
       二人は幸せ    アレアレア

       祭りで二人は
       楽しく踊った
       とてもうれしい
       二人は幸せ    アレアレア

       アレアレア!   アレアレア
       アレアレア!   アレアレア
       アレアレア!   アレアレア
       アレアレア・・・・・・・・・・

                 2008.1.17.


      ※リード・ヴォーカルが歌うとバックはアレアレアと
        かけ声をかけて下さい。陽気に楽しく。

         このブログでの発表は2008.1.17.です。
          しかし、完成は、ずっと、ずっと、かなり前です。
       ◇この歌は特に何かの主題歌ではありません。
       ◇歌詞は一部です。原詞と少し違います。
         発売の時に原詞にします。
       ◇歌詞は一部ですが著作権が存在します。


 ◇16. 下記の歌も「あれから」の挿入歌です。


     「森のレストラン」

                  曲・詞  伊東和雄

       ♪
       森の中の
       小さなレストラン
       花に埋もれ
       陽射し浴びて
       白い壁が輝く

       庭に並ぶ
       小さなテーブル
       午後のひととき
       過ごす人々
       楽しいざわめき

       いつも
       かろやかで
       みんなに
       笑顔を
       ふりまく君

       夏の風が
       すがすがしい

              2008.1.19.


◇「あれから」の挿入歌。
◇公園の中の小さなレストランでバイトをしている少女を通りがかりに少年は見た。
少女は庭のテーブルで明るく元気に働いている。
木漏れ日を浴びて笑顔が光り輝いている。
声をかけるのも忘れてその姿をじっと見る少年。
◇ミディアム・テンポですが少し軽快な歌です。
◇歌詞の一部です。発売の時には歌詞は少し変更になります。



 ◇17. 下記は新作です。


  「フリーマーケット」

                曲・詞  伊東和雄

       ♪
       恋をした
       だけど 悲しい恋  涙があふれた
       次の日曜日
       空を見た いい天気
       公園に行き  フリーマーケットで
       その悲しい恋を 並べて売った
       売れるわけないと
       ぼんやり 空を見ながら 過ごした
       みんな その恋を見て 冷やかした
       とても 恥ずかしかった
       しばらくして 誰かが 買ってくれた
       ありがとう、
       その金貨を 握りしめ 早速街へ
       きれいなお店で 新しい恋を買った
       今度こそ
       失恋、しない

              完成     2008.1.23.


  ◇悲しい恋はぽいっと捨てましょう。
   いつまでも泣いてないで、新しい恋を探しましょう。
   すてきな恋を見つけましょう。


      ※歌詞は一部です。
      発売の時にすべて記載します。
      歌詞は発売の時には少し変更になります。
      このブログの歌詞はすべて一部です。

                       ナポレオン



 ◇18. 下記は新作です。 ★


    「誘拐犯」
 
               曲・詞  伊東和雄

       ♪
       誘拐は無期懲役と言うけれど
       気にしなくていいわ、とあなたに笑う
       早く私をさらって下さいと
       あなたにせがむ
       けれどあなたは
       まだまだ勇気を持てないみたい

       品行方正、超紳士
       酔ってもきちんと送ってくれる
       あなたは
       まだまだ誘拐犯にはなれないみたい
       悪いことはいけない事だけど
       早く私をさらって下さい
       早く、私をさらって下さい

       わたしを誘拐する日は
       6月のある晴れた日がいいわ
       突然あなたはやって来て
       有無を言わさず
       私の手をとり連れ出して
       丘の上の小さな教会へと
       駈けて行くのよ

       そして神父さんの前で
       私を永遠に愛すると誓うのよ
       何よりも大切にすると約束するの
       きっとその時
       鐘が鳴り響くでしょう
       ステンドグラスから
       輝く光が射しこんで
       二人を美しくつつむでしょう
       その時二人はとても幸せ
       早く私をさらって下さい
       早く、私をさらって下さい


                      2008.1.25.


       ※歌詞は一部です。
        発売の時にすべて記載します。
        歌詞は発売の時には少し変更になります。
        このブログの歌詞はすべて一部です。

                       ナポレオン


 ◇19. 下記は新作です。


   「花言葉」

                  曲・詞  伊東和雄

       ♪
       花言葉は「幸せ」
       そんな花を下さいと
       花屋に飛び込み
       小さなかわいい花を買った

       花言葉は「愛」
       そんな花が欲しいと
       花屋を訪れ
       いろいろな花を見ました

       本当の愛を
       見つけて
       本当の愛を
       手に入れる日は
       いつでしょう?

       花咲くきれいな公園を
       あなたと二人
       すてきな花を持ち
       一緒に歩く日は
       いつでしょう?

       花言葉は「愛」
       そんな花をあなたに
       差し出して
       かわいいあなたを抱きしめたい

       本当の愛を
       見つけて
       本当の愛を
       手に入れる日は
       いつでしょう?

       花言葉は「愛」
       花言葉は「愛」


                     2008.1.26.


       ※歌詞は一部です。
        発売の時にすべて記載します。
        歌詞は発売の時には少し変更になります。
        このブログの歌詞はすべて一部です。

                       ナポレオン


  ◇20.下記は新作です。

     「夏の公園」

               詞  伊東和雄
      
        夏の風ふく 
        森の小道を              
        あなたと二人で
        静かに歩く
        森の中には レストラン
        テラスでお茶を 飲みながら
        ひと時過ごす 夏の午後
        木漏れ日あびて
        輝く笑顔

                      2008.1.26.

        ※歌詞は一部です。
        発売の時にすべて記載します。
        歌詞は発売の時には少し変更になります。
        このブログの歌詞はすべて一部です。

                       ナポレオン



◇21. 下記は新作です。 三作品です。別々の作詞です。
     この三つの作詞は非常に重要なのです。
     この三つは是非覚えておいて下さい。
    その意味が、一ヵ月後から半年後の間にお分かり頂けると思います。

  


  「湘南」 「江ノ島」 「江ノ電」   ★★★



                   詞 伊東和雄   ( 三作品とも )


  「湘南」
   ♪
   光り輝く 湘南の 
   沖より来たる 若者の
   サーフボードの 波を切る
   音の激しさ 夏来たり  
 
  「江ノ島」
   ♪
   潮風そよ吹く 江ノ島よ     
   すべるヨットの 白い帆よ
   はるか南を 見渡せば
   青く広がる 太平洋
  
  「江ノ電」
   ♪
   ごとごと走る 江ノ電は
   軒先かすめて 走りたる
   窓辺の風鈴  りんりんと 
   風に吹かれて 夏涼し           

                  2008.1.28.  ( 三作品とも )


        ※歌詞は一部です。
        発売の時にすべて記載します。
        歌詞は発売の時には少し変更になります。
        このブログの歌詞はすべて一部です。

                       ナポレオン


  ◇22. 下記は新作です。 ★


    「二人の江ノ島」

               曲・詞 伊東和雄
  ♪
   二人で行った 江ノ島は   
   波は穏やか 風静か
   浜辺に座り 海を見た
   白いヨットが きれいだね

    浜辺を歩き 手を握り
    風に肩を 寄せ合って
    好きだと君を 見つめたら
    君は微笑み うなずいた

        あれから一年 たちました
       一人で来ました 江ノ島に
       風は冷たく 荒れる波
       遠いあの日に 涙ぐむ


                2008.1.28.

   ◇歌詞の三番も記載しました。
        
        
                       ナポレオン

        ※ミディアム・テンポのポップスの曲です。
         生ギターでもエレキでもどちらでもどうぞ。
         前半は楽しく三番はしんみりと。
         ウクレレを持っている人は
          ウクレレでのんびりと弾くと楽しいですよ。
          ウクレレで弾く時は三番は歌わない方がいいですね。
         

        ※歌詞は一部です。
        発売の時にすべて記載します。
        歌詞は発売の時には少し変更になります。
        このブログの歌詞はすべて一部です。

                       ナポレオン



 ◇23. 下記は新作です。


   「銀座へ行きましょう」

                   曲・詞 ナポレオン


       ♪
       銀座へ行きましょう 
       いつものように
       素敵な店が 待っている
       窓をながめて ショッピング
       レストランでは 三ツ星気分

       買い物は楽しい
       銀座は楽しい
       人生も楽しい

       歩行者天国 大道芸人
       素敵な音楽 奏でてる
       微笑むカップル
       道行く人も 楽しい笑顔
       通りも街も 幸せ気分
       街中に喜びが あふれてる

       宝石店では  
       ため息もらす
       パン屋では おいしいパンを
       たくさん買って
       本屋では 話題の本を
       一冊買って
       CDショップで 音楽仲間と
       出会ってみたり

       銀座は楽しい
       通りを歩けば
       幸せという名の
       風がいつも吹いている

       銀座は楽しい
       楽しい銀座
       銀座へ行きましょう
       いつものように

       銀座は楽しい
       銀座は楽しい


                      2008.1.31.

        ※軽やかで軽快な歌です。
        ※銀座へ行くとよくこの歌を口ずさみながら
          歩いています。

         ※歌詞は一部です。
        発売の時にすべて記載します。
        歌詞は発売の時には少し変更になります。
        このブログの歌詞はすべて一部です。

                       ナポレオン


 ◇23. 下記は新作です。


  「君が好きだ」


                  曲・詞 ナポレオン


       ♪
       君が好きだ
       とても好きだ
       その目が好きだ
       いたずらな しぐさが、
       微笑む唇、
       すべてが好きだ

       僕を悩ます
       魅惑の瞳
       つめたい そぶりも
       なぜだか 好きだ

       だから、
       愛してほしい
       好きだと言って
       一度でいいから
       好きだと言って

       君が好きだ
       とても好きだ
       すべてが好きだ

       愛してる
       愛してほしい
       君が好きだ
       君が好きだ
       愛してる

                      2008.1.31.


     ◇かなり以前に作った歌です。
     古いノートをながめていたら見かけたので掲載しました。
     ロックンロール調の歌です。アップテンポでのりがいい歌です。
     最初に英語の歌詞を書きそれから曲を作りました。
     それから日本語にしました。ですから曲ののりはいいです。
      ♪♪♪♪♪♪、♪♪♪♪♪♪、の連続です。
     最近はこういった曲や歌詞はなかなか作れないですね。
     原詩の英語はこの日本語の歌詞の直訳ですので、英語に直訳して
     上のリズムで歌ってみて下さい。のりがよくて面白いでしょう。
        
        ※歌詞は一部です。
        発売の時にすべて記載します。
        歌詞は発売の時には少し変更になります。
        歌詞は一部ですが著作権が存在します。
        このブログの歌詞はすべて一部です。

                       ナポレオン



 ◇24. 下記は新作です。


   「暑中お見舞い申し上げます」


                   詞 伊東和雄

       ♪
       暑中お見舞い申し上げます
       元気でしょうか?
       懐かしい きれいな文字が
       絵葉書に 綴られている
       思い出の 浜辺を一人で
       散歩して ふと私を
       思い出して 葉書をくれた

       懐かしい 文字を見てると
       心が とても揺れるわ
       でも、もう あの頃へとは
       二度とは 二人戻れない
       今はもう 遠い出来事

       絵葉書に 名前や住所は
       何一つ 書いていない
       でも文字を 見るだけで
       あなたと すぐ分かるわ

       暑中お見舞い・・・、心でつぶやいて
       あの日の あなたとわたしに
       さよならを 言いました
       思い出に さようなら
       思い出よ さようなら


                       2008.2.1.


        ※歌詞は一部です。
        発売の時にすべて記載します。
        歌詞は発売の時には少し変更になります。
        歌詞は一部ですが、著作権が存在します。
        このブログの歌詞はすべて一部です。
        歌詞のあとの日付は歌詞の完成日でなく掲載の日付です。

        
                       ナポレオン



 ◇25. 下記は新作です。


   「モンマルトルのピアノ弾き」


                 詞 ロバート・ランブン

       ♪ 
       黄昏せまる テアトル広場
       通りの裏の 小さな酒場
       夜ともなれば やつらが集う
       ピカソを語り 芸術家きどり 

       作品見れば お粗末なもの
       隣に座る 詩人は酔って
       支離滅裂な 詩を叫んでる
       どこか怪しい 自称芸術家

       俺は酒場の ピアノ弾きさ
       そっと奏でる ロートレック
       モネの追憶 ゴッホを偲ぶ 
       モンマルトルの 夜は更ける


                         2008.2.2.


        ※短編物語「モンマルトルのピアノ弾き」の主題歌
         のようなものです。
        ※歌詞は一部です。
        発売の時にすべて記載します。
        歌詞は発売の時には少し変更になります。

        歌詞は一部ですが、著作権が存在します。
        このブログの歌詞はすべて一部です。
        歌詞のあとの日付は歌詞の完成日でなく掲載の日付です。

        
                       ナポレオン



 ◇26. 下記は新作です。

   「映画のように」

                 詞 伊東和雄

      ♪
      昨日見た 映画のように
      あなたに愛され
      あなたを愛した私
      幸せな時を過ごした
      二人だけど
      やはり映画の
      ラスト・シーンのように
      涙にぬれて
      別れてしまった

        ハッピーエンドは
        望まないけれど
        あなたを失うなんて
        思いもしなかったわ


                         2008.2.3.

      ※ハッピーエンド・・・・から、サビです。
      ※歌詞は一部です。
       発売の時にすべて記載します。
       歌詞は発売の時には少し変更になります。

       このブログの歌詞はすべて一部です。
       歌詞は一部ですが、著作権が存在します。
       歌詞のあとの日付は歌詞の完成日でなく掲載の日付です。

        
                             ナポレオン


  ◇27. 下記は新作です。

     「モンマルトルの思い出」

                     詞  ロバート・ランブン

 モンマルトルには 昔
 本物の芸術家がいた
 ユトリロはいつも路上で
 カンヴァスを広げていた
 さびしい男さ

 ゴッホやピサロもいた
 ムーランジュールでは
 ロートレックがいつも
 夜を過ごしてた
 悲しい男さ

 ピカソ ルノワール モネ
 みな本物だった
 モンマルトルを描き
 パリやセーヌも描いた
 時代を描き続けた
 いいやつらさ

 モンマルトルは  そう
 芸術家の アトリエだった
 誰もが モンマルトルを愛し
 モンマルトルで 育った
 古きよき時代さ

 だが、ここにいる連中は
 情けないほど 偽者だらけ
 酒代がなくなると
 テアトル広場に行き
 カンヴァスを広げ
 観光客相手に
 芸術論を語り
 安っぽい絵を描いて
 売りつける 
 そんなやつらさ

 モンマルトルには もう
 本物の芸術家は いない

                      2008.2.3.

       ※歌詞は一部です。
       発売の時にすべて記載します。
       歌詞は発売の時には少し変更になります。
       短編「モンマルトルのピアノ弾き」の主題歌です。

       このブログの歌詞はすべて一部です。
       歌詞は一部ですが、著作権が存在します。
       歌詞のあとの日付は歌詞の完成日でなく掲載の日付です。

        
                             ナポレオン


  ◇28. 下記は新作です。「森の中の宇宙人」の主題歌です。


       「波のきらめき」

                   曲・詞  伊東和雄

   ♪
   青い海 白い波
   真珠のきらめき
   波にたわむれ
   あなたの笑顔に
   つつまれる
   白いヨットで沖を走る
   揺れる舟の中
   二人楽しく語り
   見つめあった

    好き、と言いたいけれど
    言葉 見つからない
    あなたは私を見つめ
    黙って微笑む
    揺れるヨットで
    私の肩を
    そっと抱きしめ
    ささやいた
    きれいだ、と

     いつまでも
     こうしてヨットで
     揺られていましょう

      青い海 白い波
      真珠のきらめき
      潮風が二人を
      やさしくつつむ

                      2008.2.4.


    ※歌詞は一部です。
    発売の時にすべて記載します。
    歌詞は発売の時には少し変更になります。

       このブログの歌詞はすべて一部です。
       歌詞は一部ですが、著作権が存在します。
       歌詞のあとの日付は歌詞の完成日でなく掲載の日付です。
       
       この歌は小説「森の中の宇宙人」が完成した2001年にできました。
       「森の中の宇宙人」の主題歌、挿入歌はまだほかにも有ります。

        
                             ナポレオン


  ◇29.  下記は新作です。

   「心から愛したい」

                  詞  伊東和雄

    ♪
    愛したい 君を心から
    君を強く抱きしめたい
    君を愛すれば
    僕たち二人
    幸せになれるだろうか?

      幸せになれる恋なら
      君を強く抱きしめたい
      君を愛する事で
      君が幸せになれるなら
      君を愛したい

     愛したい 君を心から
     君を強く抱きしめたい

                     2008.2.6.


    ※曲はニュー・ミュージック系のバラードです。
      ギターをスローにストロークしながら切々と歌います。
      ♪幸せになれる恋なら・・・の所がサビです。

    ※歌詞は一部です。
    発売の時にすべて記載します。
    歌詞は発売の時には少し変更になります。

       このブログの歌詞はすべて一部です。
       歌詞は一部ですが、著作権が存在します。
       歌詞のあとの日付は歌詞の完成日でなく掲載の日付です。
       
                       ナポレオン 



  ◇30.  下記は新作です。

    「僕らはどこにいるのだろう」

                      詞  伊東和雄

    ♪
    僕らはどこにいるのだろう
    出口のない部屋にいる
    窓もない部屋にいる
    暗くはないけれど
    灯りが見える事はない

      僕らはどこにいるのだろう
      入り口のない部屋にいる
      何もない部屋にいる
      柵や垣根はないけれど
      だがどこへも行けない

    僕らはどこにいるのだろう
    毎日何をしてもいい
    どこへ行ってもいい
    どこへも行くことができる                
    しかしどこへも行けない

      僕らはどこにいるのだろう
      出口もなく入り口もなく
      何をしてもいい場所
      どこへでも行ける
      しかし、ここはどこでもない
      何をしてもいいが
      何もできない場所
      広いけれど何もない

      僕らはどこにいるのだろう
      ここにはたくさんの人がいる
      みな何かをしている
      だが何もしていない
      みんな話をしている
      しかしそれは話ではない
      みんな笑っている
      けれどそれは笑顔でない

     僕らはどこにいるのだろう
     出口もない入り口もない
     柵も窓もないこの場所で
     僕らは何をしているのだろう
     僕らは何をするのだろう
      
      僕らはどこにいるのだろう
      僕らはどこにいるのだろう
      
      僕らはどこへ行くのだろう
      僕らはどこへ行くのだろう
      

                    2008.2.7.


    
    ※歌詞は一部です。
    発売の時にすべて記載します。
    歌詞は発売の時には少し変更になります。

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       歌詞のあとの日付は歌詞の完成日でなく掲載の日付です。
       
                       ナポレオン 





  ◇31.  下記は新作です。
        小説「あれから」の主題歌・挿入歌です。


    「気がついてね」

                      詞  伊東和雄

     ♪
     公園のベンチで 楽しく話す
     あなたの瞳 輝いている
     遠くに見える 輝く星や
     自分の未来を 語っているわ
     あなたの瞳は はるか遠くの
     ことばかりを 見つめているわ

      そんなあなたは 天文学者
      となりの私を 忘れているわ
      遠くの星や 未来について
      語るあなたは 素敵だけれど
      となりに座る 私のことを
      少し見つめて ほしいのよ

      遠くの星より あなたのとなりの
      小さな星を 抱きしめてね
      遠くの星より あなたのとなりの
      小さな星を 抱きしめてね
      
            

                    2008.2.7.


    
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                       ナポレオン 



   ◇32.下記は新作です。
       小説「森の中の宇宙人」の主題歌・挿入歌です。


    「夏のなぎさ」

                      詞  伊東和雄

     ♪
     夏の海にもし 天使がいるなら
     僕の願いを 聞いて欲しい
     なぎさを歩く あの少女に
     僕の気持ちを 届けて欲しい
     海を見ている 少女に僕が
     とても好きだと 言って欲しい

      もし潮風に なれるならば
      ヨットの上で 彼女の頬を
      やさしく撫でて 彼女の耳に
      とても好きだと ささやくのさ
      そしてヨットの 帆をふくらませて
      広い海へと 誘っていくのさ
            
            

                    2008.2.8.


    
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                       ナポレオン 



   ◇33.下記は新作です。
       

    「都会の午後三時」

                      詞  伊東和雄

    ♪
    午後三時 味気ない
    インスタント・コーヒー・タイム
    ふと窓から外を見る
    青い空に小さな
    白い雲がひとつ
    きっと江ノ島の
    空も同じでしょう

    今頃君は潮風をうけ    
    波の上をサーフボードで
    飛んでいるでしょう

    青山のビルに
    くすんだ風が吹く
    窓を全部開いて
    書類もペンも放り投げ
    今すぐ江ノ島へ
    飛んで行きたい
    制服を脱ぎ捨てて
    夏の水着を着て海辺へ
    都会の夏の日の
    午後三時                 
            

                    2008.2.8.


    
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  ◇34.下記は新作です。
    

    「江ノ島においで」

                      詞  伊東和雄

    ♪
    夏の新宿には
    潮風もなく
    七月の渋谷には
    ヨットなどない
    八月の青山には
    海は見えない
    お盆の霞ヶ関は
    灰色のスーツ

     おいでよ
     江ノ島へ
     すてきな
     風がふく
     青い海が 君らを待っている
     うんざりするような 
     夏の都会を出て
     緑の江ノ島に
     おいでよ 早く

     緑の江ノ島に
     おいでよ 早く



                    2008.2.8.


    
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  ◇35.下記は新作です。
    

    「ヨットにふたり」

                      詞  伊東和雄

    ♪
    ゆれるヨットにふたり
    波と風にゆだねて
    広い広い海原に
    ぽつんとヨットがひとつ
    波にまかせて ゆらーり 
    風にまかせて のんびり
    白いヨットは漂う

    夏の午後の海原
    マストにもたれてふたり
    ぼんやり水平線を
    眺めてコーラを飲んで
    うとうと眠ってみたりする

    波にゆれるヨットは
    海のちいさなゆりかご
    ゆれるヨットにふたり
    ごろんと横に寝ころんで
    大きな空を見上げる
    夏の午後の太陽が
    ふたりをじんわり焦がす

    黙っていると なんなので
    僕を見つめる君に
    とてもきれいと言ってみた
    喜ぶ君にもう一度
    ほんとにきれいだ この海は

    怒った君に もう一度
    君の笑顔は すてきだよ
    とてもきれいだ すてきだよ



                    2008.2.8.


    
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  ◇36.下記は新作です。
    

    「南 風」

                      詞  伊東和雄

    ♪
    はるか遠くの美しい
    珊瑚礁からやって来た
    エメラルド色の南風
    南の海の想い出を
    教えて欲しい 僕たちに
    南の香りを浜辺の
    僕らにください いっぱい

    はるか遠くの美しい
    街からやって来た
    亜麻色の髪の少女よ
    君の街の想い出を
    教えて欲しい 僕たちに
    白い渚を歩こう
    ヨットで沖へくりだそう

    亜麻色の髪の少女よ
    やさしく僕らに微笑んで
    浜辺で僕らと一緒に
    楽しく夏を過ごそう

    亜麻色の髪の少女よ
    やさしく僕らに微笑んで    


                   ※南風   みなみかぜ

                    2008.2.9.


    
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  ◇37.下記は新作です。
    

    「涙」

                      詞  伊東和雄

    ♪
    涙がでて来るわ 悲しい
    たった一言を上手に言えなくて
    ごめんなさい
    わたし 自分の心を伝えられない
    あなたに 私の心を
    上手に言えたら
    涙を流す事もないのに

       胸の奥の気持ちを
       素直に言えない
       あなたの前にいると
       なぜか 強がりを言ったり
       ふざけてばかり

     私の気持ちはそうじゃない
     もっとうまく気持ちを
     素直に伝えたいのに
     自分の心に素直ならいいのに
     自分の気持ちをうまく言えずに
     涙が出てくるわ 悲しい

     あなたに素直に気持ちを伝えたい
     あなたに素直な気持ちを
     聞いて欲しい



                    2008.2.9.


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   ◇38. 下記は新作です。
    

    「予約席」

                      詞  伊東和雄

     ♪
     公園の
     小さなベンチ
     座ろうとすると
     その時に
     風に吹かれた
     花びらがひとつ
     席に舞い降りた
     春の陽射しを受けて
     うすいピンク色に
     光っている
     とても
     気持ちよさそう

     そばの芝生の
     柵に腰かけて
     花びらを眺めた
     春のそよ風に
     かすかに揺れて
     花びらはとても
     気持ちよさそう
     ぽかぽかと
     春の光の中で
     ぐっすりと眠っている
     ぐっすりと眠っている



                    2008.2.11.


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  ◇39. 下記は新作です。 ★
    

    「恋をしてみたい」

                      詞  伊東和雄

     ♪
     これからは恋をしてみたい
     いままでできなかった恋を
     みんなが楽しんでいるように
     私も恋をしてみたい
     いつも窓から
     公園を眺めていた
     遠い遠い世界を見ていた
     やっとこの公園に来た
     きれいな花が咲いている
     せせらぎの音に
     耳を澄ますと 
     それは森のささやき
     森の小道を散歩しましょう、と誘う

     噴水のベンチに座り
     青空を見ると
     空は澄み渡り どこまでも青く広い
     風が吹いてくる
     春の風だわ
     ささやいている
     もう冬は終わったのよ
     いつまでも泣いていてはいけません
     さあ、恋をしましょう、と
     噴水の周りでは
     みんな手をつないで歩いている
     ベンチの二人は
     肩を抱きながら微笑んでいる    

     春が来たのね
     そよ風や花と小鳥に囲まれて
     わたしも 恋をしましょう
     わたしも 恋をしましょう


                    2008.2.11.


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  ◇40. 下記は新作です。
    

    「軽井沢」

                      詞  伊東和雄

     ♪
     やさしい陽を受けて
     山の緑も 草原の花も 
     夏の喜びを伝える
     滝は白く光り 霧となり
     せせらぎは清らか

       夏の風が吹くころ
       君は駅に着く
       手をふりながら僕を呼ぶ

       にぎやかな街の通り
       小さな自転車でサイクリング
       緑深い並木道で
       涼しい風を受け 君は微笑む
       高原を歩けば
       君の別荘が見えてくる
       鳥の声が森に響く
       テニスコートでは
       いつも君がアドヴァンテージ
              
       夏も終わるころ
       駅前のレストランで
       懐かしい都会の
       ケーキを見つけ 
       喜んで注文する君 
       山奥の軽井沢で
       都会のしぐさで食事をして 
       メニューを見る君 
       君の横顔はもう都会の少女 
       秋の風で窓も揺れる


                    2008.2.11.


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                       ナポレオン 



  ◇41. 下記は新作です。


モンマルトルの丘の上には修道院が有った。修道女たちはワインを作っていた。
そして、そのワインを街で売った。修道院の費用を得るためだ。立派な事だ。
だが、その事がモンマルトルが飲み屋街となる原因であった。
モンマルトルはパリ有数の歓楽街となり人々は夜毎モンマルトルに集まり酒を飲み干した。人々は酒に飲まれだめな人生を送っている。
丘の上の乙女たちは毎日清らかな生活を送っている。




   「モンマルトルのピアノ弾き ~ 清らかな修道女」 


                      作詞  ロバート・ランブン
              
     ♪
     俺は酒場のピアノ弾き
     モンマルトルの
     丘の上には 修道院
     美しい乙女たちがいる
     ただ神のみに仕えている
     清らかな人生を送っている
     ああ、立派な人生だ

      モンマルトルには
      酒を飲み 酒に飲まれて
      人生を歩いている人ばかり
      酒場で高尚な事を語り
      そのあと道路を
      ベッドとする人ばかり
      情けない連中だ

     丘の上の乙女は
     ワインを作っている
     修道院の費用を得るためだ
     ああ、立派だ すばらしい
     修道女は
     丘から降りて来て
     ワインを街で売る
     修道院の費用を得るためだ
     ああ、立派だ すばらしい
     人々は乙女のワインを
     喜んで買う
     ワインを買うことは
     神の手助け 立派な事
     人々はそのワインを
     店で多くの人に飲ます

     モンマルトルの街では
     そのワインを誰もが飲んでいる
     ワインを飲みながら
     怪しげな芸術論を述べ
     その後安らかに眠る 道路をベッドにして
     神に祈る事など
     忘れて ぐっすり眠っている
     ああ、退廃的だ

      丘の上の乙女は
      街にワインを売りに来る
      道路では寝ている人がいる
      みんなから くずと言われている
      乙女は 寝ている人を
      かわいそうな目で見る
      ああ、だめな人たちだわ
      ああ、神よ 
      この憐れな人たちを救いたまえ
      アーメン
      ああ、神よ
      この憐れな人たちを救いたまえ
      アーメン

      俺は酒場のピアノ弾き
      丘の上には修道院
      清らかな乙女たちがいる
      街にはだめな人間ばかり
      俺は酒場のピアノ弾き
      今日もモンマルトルの
      夜は更ける

                      2008.2.11.


      ※歌詞は一部です。
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                       ナポレオン 




 ◇42. 下記は新作です。    ★★★
  
   
     「愛のよろこび」


                      詞 伊東和雄


    ♪
    わたしを見つめる
    熱いその目は 愛
    手をとって
    肩を抱いて
    愛の言葉をささやいて

    あなたが私を見つめ
    強く抱きしめ
    愛の言葉をささやく時
    まわりは虹のように光り
    見上げる空は
    宝石のように輝く

      あなたがわたしの
      肩を抱き
      愛の言葉をささやき
      甘いキスをくれる時
      それは愛のよろこび

      私は目を閉じ
      光り輝く世界を
      ただよう
      すべてを忘れ
      まわりの森も花園も
      何もかもが消え
      愛の世界を
      ただよう

      あなたがわたしの
      肩を抱き
      愛の言葉をささやき
      甘いキスをくれる時
      それは愛のよろこび

      それは愛のよろこび

            
                    2008.2.11.


    ※ミディアム・テンポのとても美しいバラードです。
      語りかけるように歌って下さい。
 
      ※歌詞は一部です。
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                       ナポレオン  


  ◇43. 下記は新作です。


    「 春 」

                      詞 伊東和雄


    春だわ 恋をしましょう
    花は萌える
    風も甘くやさしい

    春の風は
    街にも流れる
    はやりの服を買い
    化粧をして
    唇を少し紅くする
    街を歩く 少し気取って

    恋をしてみたい
    初めての恋を
    素敵な恋をしてみたい

    恋をしよう 春だから
    冬は消え去り
    暗い季節は終わった
    幸せな恋を探して
    街を歩こう
    春の風のように
    私の肩をやさしく
    抱いてくれる人を
    探して 街を歩こう

    春だから 心は躍る
    花は萌える
    風は甘くやさしい

    春は心が浮かれる
    胸が熱くなる
    なぜだか分からない
    どうしても心が
    うきうきする
    ときめく 燃える

    春だわ 恋をしましょう
    花は萌える
    風も甘くやさしい



                    2008.2.13.

 
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                       ナポレオン  



  ◇44. 下記は新作です。


    「走れメロスのごとく」


                      詞 ナポレオン

        ♪
        走れ 走れ メロスのごとく 
        カレンダーのミスプリか
        目覚ましが壊れたか
        電車が遅れたのか
        時間の勘違いなのか
        理由は分からないが
        とにかく僕は 遅れてる
        走れ 走れ メロスのごとく
        君の待つ原宿駅の ホームへ
        早く行かないと
        少しでも遅れると
        君はすぐ電車に乗る くせがある
        走れ 走れ メロスのごとく
        待ってて欲しい あと10秒
        君のメロスの為に あと10秒
        改札口で 定期がない
        切符もない 財布もない
        待ってて欲しい あと10秒
        待ってて欲しい あと10秒 
            


                    2008.2.13.

 
      ※歌詞は一部です。
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                       ナポレオン  




  ◇45. 下記は新作です。



    「竹下通り」

                      詞 ナポレオン

        ♪
        デートをするなら 竹下通り
        しゃれた通りで いい店ばかり
        服も靴も いいものばかり
        しゃれた通りで いい店ばかり

        だけど理由は それだけじゃない
        超混雑の人ごみで
        君は迷子になるまいと
        僕の手を握りしめる
        親切なボクは 君のこと
        守るために 肩を抱いて
        しっかり歩く
        二人は自然とひとつ
        デートをするなら 竹下通り
        しゃれた通りで いい店ばかり
        デートをするなら 竹下通り
        二人がひとつに なれる場所
            


                    2008.2.13.


      ※陽気に愉快に歌って下さい。
 
      ※歌詞は一部です。
      発売の時にすべて記載します。
      歌詞は発売の時には少し変更になります。

       
                       ナポレオン  






     ◆ 歌詞のうち、7番から45番までがこの頁で掲載しています。

       2番から6番、そして、46番から81番までは別の頁の
        「新しい歌。作詞。」の頁を見てください。

      左の「最新記事欄」から「新しい歌。作詞。」をクリックして
        ご覧ください。 左の欄の1番目か2番目にあります。
          なお、1番もこの頁で掲載しています。



  ◇46. 下記は新作です。      ★★★



      「もうすぐ江ノ島」

                      詞 伊東和雄

        ♪
        広がる海を見ながら
        海岸通りを ドライブ
        潮風がとても 気持ちがいい
        けれど なんだか 少し 
        怒ってる 君の横顔
        分からない 
        I can’t see

        さっきの海辺のレストラン
        僕が話した 可愛い娘
        可愛い笑顔が 
        カチンと来たのだろう
        ダーリン どうか 怒らないで
        あの娘はただの友だちさ
        今度一緒に サーフィンを、と
        軽く言っただけなのさ

        ダーリン どうか 怒らないで
        あの娘はただの 友だちさ
        もうすぐそこに 江ノ島が
        見えてくるというのに お願いだ
        ダーリン どうか 怒らないで
        Don’t mind、ダーリン 怒らないで
        もうすぐそこは 江ノ島

        Don’t mind、ダーリン 怒らないで
        もうすぐそこは 江ノ島
   


                    2008.2.13.

 
      ※歌詞は一部です。
      発売の時にすべて記載します。
      歌詞は発売の時には少し変更になります。


       
                       ナポレオン  




  ◇47. 下記は新作です。



    「ラブリー・ブランチ」

                      詞 伊東和雄

        ♪
        そう、君の料理は最高さ
        ありきたりの材料で
        普通の料理を作るけど
        なんとも素敵な味がする
        何故だか、愛がわいてくる
        とても不思議なおいしさ

        どうして こんなにおいしいの? 
        たずねるボクに君は笑う
        「スパイスが入っているからかしら」
        「何の?」とたずねる ボクに君は
        もう一度大きく笑いながら
        「恋のスパイスじゃないかしら?」
        君の料理のかくし味
        恋のスパイス さりげなく
        知らずに食べた このボクは
        すっかり君に恋をした

        君の料理は最高さ
        とても素敵なかくし味

        君の料理は最高さ
        とても素敵なかくし味

                    2008.2.13.

 
      ※歌詞は一部です。
      発売の時にすべて記載します。
      歌詞は発売の時には少し変更になります。

       
                       ナポレオン  



  ◇48. 下記は新作です。



     「季節はめぐる」    ★★★

                          詞 伊東和雄

       ♪
       夏が過ぎ 
       秋ももう終わる
       風が流れ 
       花も色を変える
       季節はめぐリ
       時は過ぎて行く
       何もかも変わる

       この街も公園も
       姿を変えてしまう
       だけどあなただけは 変わらない
       あなたはいつも
       その優しい手で
       私を抱きしめてくれる
       私たちの周りのすべてが
       すっかり変わってしまっても
       あなただけは 決して変わらない
       そして いつも私の心を
       優しく抱きしめてくれる
       いつまでも私を 愛してくれる

       夏が過ぎ 
       秋ももう終わる
       風が流れ 
       花も色を変える
       季節はめぐリ
       時は過ぎて行く
       何もかも変わる

       ただ あなただけが 私を
       愛してくれる

       ただ あなただけが 私を
       愛してくれる


                  2008.2.14.


        ※ミディアム・テンポの歌です。
        ギターよりもピアノの弾き語りが最適です。

 
      ※歌詞は一部です。
      発売の時にすべて記載します。
      歌詞は発売の時には少し変更になります。

       このブログの歌詞はすべて一部です。
       歌詞は一部ですが、著作権が存在します。
       歌詞のあとの日付は歌詞の完成日でなく掲載の日付です。

       
                       ナポレオン  



  ◇49. 下記は新作です。             ★



      「江の島エンジェル」


                          詞 伊東和雄

          ♪
          君は江の島エンジェル
          いつも渚で輝く
          夏の光をあび
          焼けた肌がまぶしい
          真っ赤なボードに乗り
          青い海を走る
          君は江の島エンジェル
          誰もがそう呼ぶ

          君は江の島エンジェル
          浜辺にいるみんな
          君に恋しているのさ
          浜辺を走る君は
          夏のきらめきの中
          青い空へと向かう

          君は江の島エンジェル
          君は江の島エンジェル
          君は江の島エンジェル


                           2008.2.14.


       ※夏らしく軽快な歌です。アップ・テンポ、ハイ・テンポで。
       疾走するヨットのように歌ってください。


       
                       ナポレオン  




   ◇50. 下記は新作です


       「真実の愛」


                          詞 伊東和雄

          ♪
          あなたには 宝石はない
          あなたには 黄金はない
          けれども 私は 何も気にしない
          あなたに 望むものは
          輝く石でも
          まばゆい飾りでもない
          あなたに 望むものは
          愛 真実の愛
          それだけが ほしいの
          あなたに 真実の愛があり
          私を ただ心をこめて
          愛してくれるのなら
          ほかに 何がいるでしょう

          愛 真実の愛
          あなたに望むものは
          心からの 愛

          愛 誠実な愛
          あなたに望むものは
          永遠の 愛

      

                           2008.2.14.

 
       ※歌詞は一部です。
       発売の時にすべて記載します。
       歌詞は発売の時には少し変更になります。

       このブログの歌詞はすべて一部です。
       歌詞は一部ですが、著作権が存在します。
       歌詞のあとの日付は歌詞の完成日でなく掲載の日付です。

       
                       ナポレオン  


   ◇51. 下記は新作です。


      「ハートはこなごな」


                         詞  ナポレオン

          ♪
          キミが わたしを 心から
          好きだと 聞いた 最高
          昨日 わたしの 友だちが
          そっと 教えてくれたのよ
          ショックで 胸が震えたわ
          キミのいつもの 熱い目は     
          あれは やっぱり 本物
          じっと 見られる そのたび
          いつも 心が 燃えていた
          
          I don’t care if you break my heart.
          
          けれど まさかと 思ってた
          キミが わたしを 心から 
          愛していると 聞いたのよ
          あいつが 教えてくれたのよ
          ショックで 体が震えたわ
          キミのいつもの まなざしは
          あれは やっぱり 真剣
          じっと 見られる そのたびに
          いつも わたし 震えてた
          
          I don’t care if you break my heart.
          I’m so happy when you break my heart.
          I’m so happy when you break my heart.
          

                           2008.2.14.

       ※古いノートから。 かなり以前の作品です。
       ロックン・ロール、R&Bです。ハイテンポです。
       英語の歌詞の所は早口、のりのりで歌って下さい。
       少女が同じクラスの少年の愛を知った歌です。

       ※歌詞は一部です。
       発売の時にすべて記載します。
       歌詞は発売の時には少し変更になります。

       
                       ナポレオン 
 


   ◇52. 下記は新作です。


      「私は知っている」


                         詞 伊東和雄

          ♪
          あなたが何かを言おうとする時
          私にはそれがすぐ分かる
          私はその時どうすればいいか知ってる

          あなたが私をじっと見つめる時
          私にはその意味がすぐ分かる
          私はその時どうすればいいか知ってる

          あなたが私の手を取り愛をささやく時
          私にはその気持ちがすぐ分かる
          私はその時どうすればいいか知ってる

          あなたが私を強く抱きしめている時
          私にはあなたの愛情がよく分かる
          私はその時どうすればいいか知ってる


                         2008.2.15.


      
       ※歌詞は一部です。
       発売の時にすべて記載します。
       歌詞は発売の時には少し変更になります。


       
                       ナポレオン 
 


   ◇53. 下記は新作です。


      「原宿午後三時」


                         詞  伊東和雄

          ♪
          ね、君 黙っていないでね
          ほらほら コーヒーが 冷めていく
          ボクも君も まるで言葉を
          なくした おき物のように
          じっと 窓を見つめてばかり
          こんな時は 恋の話よりも
          軽い話が いいんだろうね
          通りを 歩く どこかの人の
          センスを軽く 笑ってみたり
          ケーキや料理の 話がいいのかな

          ほんとに 真面目に 
          恋の話を していたいけど
          慣れない 二人は 言葉が見当たらない
          さりげない 会話で どうにか 時間を
          つぶしてる 二人の 初めての デート
          原宿の カフェの 日曜日
          陽射しが 明るい 午後三時



                         2008.2.15.


       ※やや早め、軽快に。生ギターで。 ほんの少し愉快に。
      
       ※歌詞は一部です。
       発売の時にすべて記載します。
       歌詞は発売の時には少し変更になります。

       
                       ナポレオン 
 



   ◇54. 下記は新作です。 ゴスペル調です。



       「Oh、my God」 ★


                         詞 伊東和雄 

          ♪
          Oh、my God
          どうか 願いを 聞いて欲しい
          心から 祈り 悩みをうちあける

          Oh、my God
          あの夏 この浜辺で会った
          あの娘に 会わせて欲しい

          Oh、my God
          あの娘を 心から 愛してた
          あの娘は ある日 いなくなった

          Oh、my God
          この海で 愛を誓った
          あの娘に もう一度 会いたい

          Oh、my God
          どうか 願いを 聞いて欲しい
          心から 祈り 救いを求める

          Oh、my God
          Oh、my God
          Oh、my God


                         2008.2.15.


       ※ゴスペル調の歌です。 敬虔に歌って下さい。
        低音で。力強く。スローで。 友だちと一緒なら教会コーラスを。      

       ※歌詞は一部です。
       発売の時にすべて記載します。
       歌詞は発売の時には少し変更になります。

       このブログの歌詞はすべて一部です。
       歌詞は一部ですが、著作権が存在します。
       歌詞のあとの日付は歌詞の完成日でなく掲載の日付です。

       
                       ナポレオン 
 




   ◇55. 下記は新作です。 キャンディー・ポップです。



       「キミは年下」


                         詞 ナポレオン 

          ♪
          キミは私より 一つか二つ年下
          いつも私についてくる
          公園で ドライブで 
          いつもキミがいる
          まとわり付いてもいいけれど
          もっとクールにしていてね
          熱い気持ちは 分かるけど
          もっと、大人になってから、ね

          キミはこのごろ 突然大人になったわ
          何故か 私を 魅きつける
          ダンスの夜 フロアーで
          キミと踊ったわ
          とってもクールなステップで
          すっかり私を狂わせた
          クールな気持ちは 分かるけど
          もっと、大胆に愛して欲しい

                   ※ ダンスの夜     夜 ⇒ よ

                         2008.2.15.


       ※キャンディー・ポップです。軽快に楽しく。
         ツイストを踊りながらどうぞ。

       ※歌詞は一部です。
       発売の時にすべて記載します。
       歌詞は発売の時には少し変更になります。

       
                       ナポレオン 
 


■このブログに掲載している歌詞、歌、曲、小説、物語、童話、そして、ランブンの定理などはすべて発売をする予定のものばかりです。
 「銀座ぶらぶら歩きは」は日々のとりとめもないメモ書き程度のエッセーですから、特に発売する予定は有りません。

本当に皆さんにお勧めしたいのは、竜馬の小説「竜馬がくる~桂浜編」「竜馬小論」「森の中の宇宙人」と竜馬の主題歌15曲です。
仮タイトルで記載していますが、「長崎の歌」は本当に感動する歌です。
また、仮タイトルですが、「高知の街の歌」、これは衝撃的な歌です。
初めて聞いた時、衝撃を受けます。
とてもいい歌ばかりです。
もちろん、冒頭の合唱団による「文豪と美しい風景、東京、フランス、芸術家・・・、」の歌もお勧めです。

◆これから発売していく予定の歌詞を一部載せました。
これからも歌詞を掲載していきます。
ほとんどがこのブログで掲載予定の小説や短編物語の主題歌です。



◆◆◆ 90. 「竜馬がくる~桂浜編」の主題歌について説明します。 ◆◆◆


15曲有ります。竜馬の小説の主題歌です。
主題歌つきの小説です。小説は現在ブログで掲載しています。あらすじも記載しています。ご覧下さい。
映画にサントラが有るように、サントラが有る本といった感じです。

◇ ご 案 内  
この頁の5万字制限による字数不足のため、竜馬の主題歌の詳しい説明は音楽エッセーに移動しました。
 左のカテの、「音楽」のカテをクリックしてご覧ください。
 この歌詞の頁の前の頁に移動しています。




         ※この頁に掲載している歌詞は一部分の掲載ですが、
           すべて著作権が存在します。
         ※「あれから」の歌詞の一部の掲載は2008.1.9.です。
          「夢を信じよう」の歌詞の一部の掲載は2008.1.10.です。
          ※それぞれの歌詞の最後に日付を入れていますが、それは
           このブログへの掲載の日付です。作品が出来た日付では
           ありません。

        ※この頁に掲載している歌詞はすべて元の原詞とは異なります。
           原詞の一部です。ある行は全部変えています。
            言葉もところどころ変えています。
           ワン・コーラスの掲載が多いです。
           正規に掲載する時や発売の時は原詞で掲載します。

                    2008.1.9.    ナポレオン




◆このブログにはいろいろな小説、短編物語、評論、歌詞、歌などを掲載しています。

竜馬の小説「竜馬がくる~桂浜編」「竜馬がくる~明治編」、竜馬の評論「竜馬小論」、新作の歌詞、歌、新作の小説のあらすじ、連載小説「森の中の宇宙人」、サッカー小説「広場のイレブン」、ロバート・ランブンの短編物語、童話、数学の定理などいろいろ入っています。 どうぞご覧下さい。
ロバート・ランブンの短編物語や童話は左の「カテゴリー」欄の「短編物語」をクリックして下さい。
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竜馬小論はカテゴリー欄の「竜馬評論」、または「竜馬小論」をクリックしてお読み下さい。


◆このブログに来る時にアドレスを忘れた場合は、ヤフーやグーグル、SO-NET、SO-NETブログなどで下記の言葉で検索して下さい。
検索画面のトップに出てきます。あるいは上位で出てきますので、再度このブログを訪問する時にすぐ来れますので便利です。

◇ロバート・ランブン   ◇紫四季    ◇森の中の宇宙人
◇竜馬小論     ◇銀座ぶらぶら歩き   ◇広場のイレブン 

   あるいは、ダブル、トリプル検索で、

◇「歌 新作」と検索しますと、1600万中1位から12位で出ます。
◇「歌詞 新作」と検索しますと、500万中12位以内で出てきます。
◇「小説 新作」と検索しますと、120万中13位以内で出てきます。
◇「作詞 新作」と検索しますと、200万中4位ほどで出てきます。

◇「竜馬 小説」と検索しますと、40万中トップで出てきます。
◇竜馬 小説    ◇竜馬と小説   ◇竜馬 評論  
◇竜馬 紫四季 ◇竜馬がくる 小説  ◇竜馬 ナポレオン 
◇小説と魔法の歴史年代暗記    ◇数学 小説

ブログのアドレスは、 http://blog.so-net.ne.jp/rekishi/ です。
ブログ・タイトルは「竜馬と小説と魔法の歴史年代暗記」です。
タイトルとアドレスを確認してお読み下さい。

ヤフーで「歌 新作」と検索すると、1000万中トップで出ます。驚きです。
それだけ、このブログの歌詞、歌、新作の頁が読まれているのです。(2008.1.29.現在)
このブログに簡単に早く来る事が出来ます。
再度ご来訪の時は「歌 新作」と検索してご来訪下さい。

検索画面のトップに出てくるという事はそれだけ多くの人が、ロバート・ランブン、伊東和雄、紫四季などの短編物語、童話、竜馬の小説、竜馬小論、歌詞、歌などをご覧になっているからです。

「竜馬と小説」「竜馬 評論」「竜馬小論」と検索すると、やはりたくさんのホーム・ページ、ブログの中からこのブログ:竜馬の小説「竜馬がくる~桂浜編」が一番目に出てきます。
それほど多くの人がこの小説「竜馬がくる~桂浜編」、竜馬小論を読んでいるのです。








       「竜馬と小説と歴史のブログ」編集長  ナポレオン









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■数学 ランブンの定理 その1      12.9. 2007. [・・・・数学・学問・芸術]


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       2007.12.9. 一部更新しました。



  ■■■   数学・算数・学問     芸術   ■■■

         ★ランブンの定理


   この頁では、下記の項目が有ります。

  1.ランブンの定理。
    ランブン数列
    ランブンの定理その2、その3
    ガウスがランブン数列に気づいていたら・・・、

  2.素数を簡単にいくらでも作る方法。
    巨大数字が素数かどうかを判別する方法。
    ランブンの定理その5
    未完成素数定理
    ランブンの定理を活用するといろいろな事ができる。
    ロバート・ランブンに関しての説明。
     ・・・・別頁「ランブンの定理その2」をご覧ください。

  3.ランブンのいろいろな数列
    面白い表現をする数列
    10段セットの数列   
    2段、3段、4段、5段セットの数列

  4.学問    円周率暗記に関して
     ・・・・別頁「ランブンの定理その2」をご覧ください。

  5.芸術    美術
    日本美術   天才北斎と印象派芸術
    松方コレクションと国立西洋美術館とロダン、モネ、ルノワール
    日本芸術と世界   江戸時代の日本の高い学問レベル
    文明開化と日本芸術
    ※ロバート・ランブン「夢画廊」
     ・・・・別頁「ランブンの定理その2」をご覧ください。


    ※「ランブン素数定理」「学問」「芸術 美術」の項目は
     別頁の「ランブンの定理 その2」の頁をご覧下さい。



 1. ランブンの定理  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


   ◇ 「ランブンの定理」


 「1+2+3+4+5+6+・・・・+n+・・・・+6+5+4+3+2+1
   の合計は、nの2乗である。」

               公開日   2006年12月末日


 つまり、

 1+2+1
   の合計は、2の二乗の4である。
 1+2+3+4+5+4+3+2+1
   の合計は、5の二乗の25である。
 1+2+3+4+5+6+7+6+5+4+3+2+1
   の合計は、7の二乗の49である。
 0+1+0 
   の合計は、1の二乗の1である。

 1+2+3+4+5+6+7+8+9+10+9+8+7+6+5+4+3+2+1
   の合計は、10の二乗の100である。

 1+2+3+4+5+6+・・・+30+・・・・+6+5+4+3+2+1
   の合計は、30の二乗の900である。

 1+2+3+4+5+6+・・・+77+・・・・+6+5+4+3+2+1
   の合計は、77の二乗の5929である。

1+2+3+4+5+6+・・・+5397+・・・・+6+5+4+3+2+1
   の合計は、5397の二乗の29127609である。

 1+2+3+4+5+6+・・・+1000+・・・・・+6+5+4+3+2+1
   の合計は、1000の二乗の100万である。

   と、いう事です。
      「ランブンの定理」です。
       あるいは、「ロバート・ランブンの定理」です。


   ★「ランブンの定理」、「ロバート・ランブンの定理」はこのブログで物語を
    たくさん掲載しているロバート・ランブンの考案・発見です。
     考案の時期は、1980年から1983年です。
   ★この定理が過去古代ギリシャ、近代数学などにおいて考案されていな
    ければ、数学史上ロバート・ランブンの初考案となります。
   ★2006年12月にこのブログのこの頁にてランブンの定理を50頁ほど
    の頁数で詳しく掲載しました。その後1年間掲載しました。
    非常に多くの人がこのランブンの定理を見ました。
    以前から本やネットでランブンの定理と同じ定理、公式、計算方法などが
    有るかと調査してきました。特にランブンの定理をこのブログに掲載して
    からはいっそう本やネットで時間をかけて調査しました。
    古代のギリシャ、エジプトなどのピタゴラスやユークリッドなどの数学者の
    業績・記録も調査しました。
    しかし、ランブンの定理と同じ定理、公式、計算方法は有りませんでした。
    つまり、ランブンの定理は数学史上初登場です。
    ランブン2段数列も初登場です。
                          2007.12.9.
   ★この「ランブンの定理」の公開は、
    このブログ「竜馬と小説と歴史年代暗記」の中の
    数学少年タレスの物語の中で、「2006.10.19.」に公開されました。
   ★ その後、この頁にて2006年12月末に上記及び下記の記載方法で
     ランブンの定理の存在と計算方法の紹介がされました。



◆ランブンの定理は非常に便利な計算方法です。
これで1からnまでを足して、さらに1まで全部足していく作業をしなくてすみます。
nの場所の数字を二乗すれば合計が出るのですから、
どういった式でも答えは電卓なら2秒で出ます。

もし、このランブンの定理を知らなければ、
1+2+3+4+5+6+・・・+9738+・・・・・+6+5+4+3+2+1
と言った計算をする時に10時間ほどかかります。
2時間ではないか?と疑問の声が出ますが、計算のうまくて確実な人なら2時間でできますが、あまり電卓やそろばんが得意でない人は必ず途中でミスをしますから2時間で終わらず10時間は必要です。
それがたったの2秒で、94828644と計算できるのです。
非常に便利な計算方法・定理です。
革命的な計算方法です。

ランブンの定理により、世界中の数学者、算数・数学を行なう学生、また、会社で数字や計算を担当している部署のサラリーマン、OLなどの事務職の人々、あるいは計算の非常に不得意な人々はこういった計算で大変時間を節約できます。
世界中の数学、計算、数字を扱う人々に朗報です。


通常、
0,1,0や
1,2,1 や 1,2,3,2,1、 
また、 0+1+0 や 1+2+1 や 1+2+3+2+1 といった数字を見ても、数学を感じない。
それらを足せと言われるとすぐ暗算で簡単に正確に、1、4、9、と合計を出してしまうので、数学などと考える事などない。
特に、0+1+0を見て、何かを閃く人はいない。
0+1+0の合計と言われて、数学の定理や公式を考案しようなどと考える人はいない。
0,1,0や1,2,1、といった数字は合計を出すのも簡単だし、何か特別不思議な数字の並びでもない。1,2,3、とか1,2,1、といった数字は日常よく見かける並びだ。
だから、古代から世界中の人々はこういった数字を気にしないで見過ごしてきた。

だが、この0,1,0や1,2,1、といった数字の並びこそ、数学計算史上意義ある並びだったのだ。
0,1,0はともかく、1,2,1、の並びに鋭く注意すれば、そこで、ランブンの定理が完成する。
ランブンの定理ができた時、
「1+2+1の合計が2の二乗?」と驚き、
次に、
「1+2+3+4+5+4+3+2+1」 や、
「1+2+3+4+5+6+7+8+9+10+9+8+7+6+5+4+3+2+1」
「1+2+3+4+5+6+7+8+9+10+11+12+13+12+11+10+9+8+7+6+5+4+3+2+1」
「1+2+3+4+5+6+・・・・・28・・・・・・+6+5+4+3+2+1」
「1+2+3+4+5+6+・・・・・99・・・・・・・+6+5+4+3+2+1」
「1+2+3+4+5+6+・・・・・200・・・・・・・+6+5+4+3+2+1」
「1+2+3+4+5+6+・・・・・n・・・・・・・+6+5+4+3+2+1」
などの計算をやってみると、ランブンの定理が正しい事を確認できます。
nが1でも、2でも、10でも、1000でも、1億でも、ランブンの定理は成立する。
驚きでした。

そこで、ロバート・ランブンは「ランブンの定理」と同じ計算方法、公式、定理が既に有るかと、算数、数学の計算の教科書問題集、本、書物を見た。
あるいは、算数・数学の中学・高校入試問題集を調べた。
ネットでも調べた。
かなり広範囲に時間をかけて調べた。
だが、ない。

ただ、ガウスの計算方法が少し似ているだけだった。
もちろん後述のようにガウスの計算方法とランブンの定理は全然違う。
天才ガウスもランブンの定理と同じ計算方法を示していない。
次に、古代から近代までの数学、算数、計算などがいろいろ載っている数学関連の本をいろいろ見た。20年間かなり探した。
だが、ランブンの定理は見当たらない。

つまり、
1+2+3+2+1= といった問題で、答えは3の二乗です。1,2,3,2,1、を全部足す必要はありません。中央の3を二乗すれば答えは出ます。
といった記述がないのである。
全く見当たらない。
現時点で90%の確率でランブンの定理は、ロバート・ランブン以外によって考案・発見されていない。
この「竜馬と小説と歴史」のブログ以外で「ランブンの定理」が記載されていない。


1980年頃、ロバート・ランブンは、その他の幾何学、図形問題、便利計算などの問題とその答えや公式、定理を考案した時に、ランブン定理も一緒に、オリジナルで考案した。
現在も、オリジナルかどうか調査中だが、もし、ロバート・ランブンのオリジナルなら、天才ガウスがあと一歩で考案しそうだった計算方法の定理が1980年頃に数学史上に初登場した事となる。
果たして初登場で数学史上画期的な事か、すでに考案されていて、単なる「二番目に電話を発明した人」になるか、興味深い。

ランブンの定理における、nの二乗が総合計といった定理は偶発的でない。
nがどういった数字でも起こる。
また、ランブンの定理は証明される。
たまたまnを二乗したら総合計になり、その理由が不明だが、ただ経験的にnを二乗して総合計を出しているものではない。
何故、nを二乗すると、その数字:式の総合計となるのかは、ロバート・ランブンにより証明されている。説明も具体的にされている。

ピタゴラスの定理やその他の定理、公式が証明されて、説明されているように、ランブンの定理も証明されている。十分説明されている。
その証明と説明は、現在調査中の「ランブンの定理が数学史上初登場か?」といった調査が終われば、このブログで掲載します。
もちろん、数学史上オリジナルでロバート・ランブンが初考案なら、世界中の数学、算数関連の本、雑誌、教科書に発表する事となります。

数学・算数歴史上、ピタゴラスの定理、三角形や円の面積の公式、幾何学の作図方法、代数計算方法、分数や小数点、一次方程式など多くの定理、公式、計算方法は多くが紀元前の古代ギリシャやエジプト時代に、そして残りは19世紀までに殆ど発見された。考案された。

現在数学史上残された未解決の問題は非常に難解高度なものばかりだ。
そして、それらは世界中の数学学会でリストが作られ、数学関係者や教育関係者、数学・教育に興味を持っている人々、大学生、マスコミなどは殆ど知っている。
だから、現時点において、数学史上にまだ発見されていない計算方法、定理、公式が有るという事は、いや、有ったという事、奇跡のような事である。
そして、その定理がすでに証明されているという事も非常な驚きである。

地理で言えば、本日、地中海で新しい大きな島を発見したのと同じような奇跡だ。
しかも島を発見したのが、国の海上巡視の船や航海・船舶関係者、漁師、飛行機のパイロットなどでなく、ごく普通の町の市民だったとなるとなおさら奇跡となる。

本当にランブンの定理が数学史上初登場か、二番目の考案なのか興味深い。


仮に、
ランブン定理の考案が二番目だったとしても、ロバート・ランブンを責める事はできない。
ピタゴラスやガウスのような天才数学者ですら考案しなかった、定理、公式を独自で考案したのだから。
エジソンが蓄音機を発明した翌日に、エジソンが蓄音機を発明した事など知らず、アフリカの奥地の少年が蓄音機を独自で発明していたら、やはり、その少年は立派であると言える。
田舎の小学一年生が、ピタゴラスの定理を知らずに独自でピタゴラスの定理を考案・証明したら、その小学生を「ピタゴラスの定理を2500年も遅れて考案した愚かな子供」と笑うよりも、ほめないといけない

ガウスの少し後、18、19世紀、あるいは、20世紀中盤にランブンの定理とまったく同じ定理・公式・計算方法が他の数学者により考案・発見されていても、ロバート・ランブンを非難してはいけない。
もし、ランブンを非難するなら、18世紀までランブンの定理を発見できなかったそれまでの天才数学者たち、たとえば、ギリシャのピタゴラス、ユークリッド、タレス、エラトステネス、アルキメデス、ヘロン、さらに、その後の各国の数学者、ニュートン、デカルト、パスカルなども、1+2+3+2+1の答えを、3の二乗と分からず、小学生のようにそのまま1+2+3+2+1と足していった人々、あるいは、(1+2+2+1+3)と計算した人々として非難されることとなる。
数学史上の天才達:ピタゴラス、ユークリッド、タレス、エラトステネス、アルキメデス、ヘロン、ニュートン、デカルト、パスカルたちもランブンの定理を発見・考案できなかった人々として非難されることとなる。
だが、ランブンは独自でランブンの定理を考案・発見している。
だから、ロバート・ランブンがピタゴラス、ユークリッド、ニュートン、デカルトといった天才数学者と比して著しく劣るという事はない。
さらに、ロバート・ランブンは他に多くの数学のオリジナル計算方法、図形問題の考案と解答を考案・発見している。

古代から、てこ、滑車、車輪、電気、蒸気機関、ダイナマイト、ラジオ、映画など機械や科学関連の発見・発明がなされている。
数学上でもピタゴラスの定理、また、分数、小数点の計算方法、掛け算、割り算の計算方法、多くの定理、公式が考案・発見されている。
それらは殆ど19世紀末までに考案されている。

現代では機械の発明や学問上の発見はなかなかできない。
殆どが古代から多くの天才達により発見・発明・考案されてきているからだ。
歴史上の天才たちが既にすべてを発見・発明してしまい、もう、発明・考案すべき機械や学術関係は何も残っていないかも知れない。
だから、現代の人々が新しい発明や発見に遭遇する事は非常にまれだ。

だが、ここにランブンの定理が登場した。

今、このブログを見ている方々は貴重な体験をしている。
もし、ランブンの定理が初考案なら、皆様は数学歴史上の発見・考案を現在進行形で見ている事となるわけです。
非常に珍しい体験をしている訳です。

ですから、ロバート・ランブンの定理がオリジナルかどうかの調査結果に注目してください。
調査の結果、もし、ロバート・ランブンのオリジナル考案なら、皆様は数学史上の新しい定理の発見・考案の観客となります。また、同時に数学歴史の証人となります。

オリジナルでなく、すでに、ガウスの少しあとに数学者が考案していたら、ロバート・ランブンは「電話を二番目に発明した人」となり、皆様は二番目の発明者の観客となります。その場合は楽しい体験となります。それはそれで、また珍しい体験です。
何しろ、電話を二番目に発明した人、蓄音機を二番目に発明した人、エベレストに二番目に登った人などにはなかなか会えないからです。




★★★ ランブンの定理が定理かどうかについて述べます。


ピタゴラスの定理やタレスの定理が定理と認定されるなら、ランブンの定理も定理となると思えます。

もし、ランブンの定理を定理と認めなければ、数学上非常に困った事となります。

ランブンの定理が定理として認定されなければ、世界中の人は、1+2+3+4+・・・・+300+・・・+4+3+2+1の和は?と言った問題が出た時に、1から300まですべて足して、さらに299、298・・・・3,2,1、と足していかなければいけません。
電卓で計算しても、10分ほどかかります。さらに、ほとんど途中で計算をミスします。
何度も何度も検算しなければいけません。
大変困る事となります。

ガウス方式を使うにしても、300(300+1)÷2の和と299(299+1)÷2の和を足してやっと9万という答えを出す事が出来ます。
すばやく計算しても2分ほどかかります。
時間がかかります。ミスもおきやすいです。
まして、
1+2+3+4+・・・・+70538+・・・+4+3+2+1
と言った式なら、ガウス方式を使うにしても、式を作るのにさらに時間がかかり、計算がさらに時間がかかります。
電卓を使っても時間がかかります。
ミスもさらに増えます。
検算の回数が増えます。

しかし、ランブンの定理が定理として認定されると、この問題は300の2乗で、9万と一瞬にして答えを出せます。
3秒です。
1+2+3+4+・・・・+70538+・・・+4+3+2+1
の問題でも電卓を使えば3秒です。

1+2+3+4+5+4+3+2+1
といった非常に簡単な式でも、そのまま足すと時間がかかります。
筆算なら20秒ほどかかります。
ガウス方式を使うと、式を作るのに時間がかかり1分ほどかかります。
こういった簡単な式の場合ガウス式の方がかえって時間がかかります。
ところが、ランブンの定理を使えば、この式だと小学生でも1秒で、暗算で25と答えを出せます。
1+2+3+4+・・・・+9+・・・+4+3+2+1
1+2+3+4+・・・・+10+・・・+4+3+2+1
1+2+3+4+・・・・+50+・・・+4+3+2+1
1+2+3+4+・・・・+800+・・・+4+3+2+1
1+2+3+4+・・・・+1000+・・・+4+3+2+1
1+2+3+4+・・・・+3000+・・・+4+3+2+1
1+2+3+4+・・・・+1万+・・・+4+3+2+1
1+2+3+4+・・・・+1億+・・・+4+3+2+1
といった計算でもすべてランブンの定理を使えば、1秒で計算、暗算できます。
電卓は必要ありません。
全部暗算で答えを出せます。
1+2+3+4+・・・・+1000+・・・+4+3+2+1
はいくらか?
といった問題では、
「ランブンの定理により1000の2乗で、100万です。」
返答できるのです。
ランブンの定理が定理と認められなければ、こういった返答をすればテストや入試、あるいは、普通の場合でも、「ランブンの定理により・・・・・・」と返答できないのです。
ランブンの定理と認めていない出題者から、「そんな勝手な事を言ってはいけない。」とバツをもらう羽目となります。
ランブンの定理と認めない相手から、「なぜ、そこでいきなり1000の2乗とするのだ。途中を省略してはいけない。」と抗議がきます。
結果としてガウス方式と電卓を使っても1分ほど時間がかかることとなります。
大変な時間の無駄です。
非効率です。
そういった無駄と非効率が世界中で行われるのです。
永遠に。

筆算では、
1+2+3+4+・・・・+9+・・・+4+3+2+1
といった問題なら、まだ2分ほどでできます。
しかし、
筆算では、1+2+3+4+・・・・+1000+・・・+4+3+2+1
といった計算はそのまま足すしかないのです。
電卓を使っても1時間以上かかります。ミスの連続で数回検算が必要です。
検算の時間を入れると2時間を越えます。
ランブンの定理を使わないで筆算で計算する限り、1000の2乗を暗算で100万と答えを出す事はできないのです。
筆算では、1000の2乗といった式が途中で出る事はありません。
ただひたすら、1+2+3+4+・・・・・153+154+155+156+・・・・・・と足していくしかないのです。
ガウス方式を使えば、早くなりますが、それでも、式を作るのに1分ほどかかります。

いかがでしょうか?
ロバート・ランブンが考案したランブンの定理を定理と世界が認めなければ、世界中の人々は現在も、将来も非常に無駄な時間を使う事となります。
しかし、ランブンの定理を定理と認めた瞬間、世界中の人々は現在もこれからもいつでも、上記の計算をすべて3秒で計算できるのです。
1+2+3+4+・・・・+73984+・・・+4+3+2+1
といった面倒な計算も電卓で3秒です。
1+2+3+4+・・・・+8+・・・+4+3+2+1
1+2+3+4+・・・・+10+・・・+4+3+2+1
1+2+3+4+・・・・+20+・・・+4+3+2+1
1+2+3+4+・・・・+100+・・・+4+3+2+1
といった問題なら小学生でも電卓を使わず暗算で3秒です。

世界中の人々、学生、特に問題を出される解答者にとって非常に有益な事です。

世界はランブンの定理を定理と認めた方が「時間」「能率」といった面ではるかに大きな利益を受けるのです。

このブログを見た方は、すでに
1+2+3+4+・・・・+200+・・・+4+3+2+1
といった問題を暗算で1秒で4万だと解答を出します。
簡単じゃないかと言うはずです。

しかし、このブログを見ていない人に、この問題をだして見てください。
その人はガウス式を使って1分ほどかけてやっと答えを出します。
その間あなたは時間がかかり「遅いなあ、」と思うでしょう。
もし、相手が学校を卒業して10年ほど経つ社会人だとガウス式をすっかり忘れていて、そのまま足していくことでしょう
1分、2分、10分と時間が過ぎていきます。
あなたは大変いらいらします。
もし相手があなたの部下ならあなたはきっとこう言うでしょう。
「何をそんなに時間がかかっているのだ。そんな計算は1秒で暗算でできるだろう。4万じゃないか。」と。
あなたの部下は「何で400の2乗になるのか?」とポカンとするでしょう。

いかがでしょうか?

まだあなたは、
1+2+3+4+5+6+・・・+100+・・・+6+5+4+3+2+1

の計算をそのまま1、2、3、4、5・・・・と足していきますか?
   答えが出るまで20分も時間をかけますか?
それともガウス方式で式を作り計算しますか?
   式の作成と答えを出すのに合計3分もかけますか?

それとも、ランブンの定理を使い、100の2乗で1万と1秒で計算しますか?

どの方法を選びますか?

世界中の皆さん、まだランブンの定理を定理と認定しないのですか?



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


ロバート・ランブンは既に多くのオリジナルの計算方法・図形問題と解答を考案している。
それらも、いろいろな数学・算数関連の本を調べて、オリジナルの考案か、数学史上初登場かを調べて、オリジナル考案と断定できたら、このブログで掲載します。
あるいは、「広場の賢者と数学少年タレス」の物語のように、ロバート・ランブンの物語の中で記載します。

それらの、オリジナル計算問題と解答、図形問題と解答のうち、いくつかは、数学・算数史上初登場のオリジナル問題と解答、定理・公式であると思います。

◇なお、1+2+3+4+3+2+1や
1+2+3+4+5+6+・・・・+n+・・・・+6+5+4+3+2+1といった数字の並びに名前はついているだろうか?

ガウス数列とかパスカル数などときちんとした名前がついていればいいが、もし、この数字の並びに名前がまだついていなければ、「ランブン数列」と名前をつけます。


◇また、
1+1+2+2+3+3+4や
1+1+2+2+3+3+4+4+5+5+6+6+7+7+8+8+9+9+10
1+1+2+2+3+3+4+4+5+5+・・・・+(n-1)+(n-1)+(n)
の数列も同様に「ランブン数列」と名前をつけます。

そして、下記の上下二段の数字の列、
1+2+3+4
1+2+3

1+2+3+4+5+・・・・+(n-1)+(n)
1+2+3+4+5+・・・・+(n-1)

といった並びの数字に名称がついていなければ、それも「ランブン2段数列」名前を付けます。


◇もちろん、1+1+2+2+3+3+4は、
答えは、4の2乗、16。

1+1+2+2+3+3+4+4+5+5+6+6+7+7+8+8+9+9+10は、
10の2乗、100。

1+1+2+2+3+3+4+4+5+5+・・・・+(n-1)+(n-1)+(n)は、
nの2乗。

また、下記の上下二段の数字の列、
1+2+3+4
1+2+3
上記二段の和は、4の2乗、16。

1+2+3+4+5+・・・・+(n-1)+(n)
1+2+3+4+5+・・・・+(n-1)
上記二段の和は、nの2乗。

少しも不思議でないですね。
なぜなら、ランブンの定理だからです。

ただ、1列のランブン数列と2段のランブン2段数列とは、並んだ数列の合計を出すことにおいては同じです。
中央か右端の数字を2乗すればいいのです。
しかし、
ランブン2段数列を使用すると、1列のランブン数列よりもはるかに計算が楽なのです。
また、暗算が非常に楽になるのです。ミスも少なくなります。
2段数列にすることにより1段:1列の時とは格段に違う事が発生するのです。
1列の時には予想もしなかったような事が発生したのです。
それについてはいづれ詳しく述べるようにします。

※もちろん、上記の数字の並びに、ピタゴラスの数列、ガウスの数列などといった名前がすでについていれば、ランブンの数列といった名称・名前は不要です。

◇なお、上記の
1+1+2+2+3+3+4+4+5+5+・・・・+(n-1)+(n-1)+(n)の並びの数字は、ランブンの定理以外に別の表現をします。
それは、
機会が有れば、このブログのこの頁で述べたいと思います。

※ご注意   三行上で、
1+1+2+2+3+3+4+4+5+5+・・・・+(n-1)+(n-1)+(n) の数字の並びが別の表現をすると述べましたが、それは、この並びの時だけです。
この並びは、一番上のランブン定理の数字の並びの
1+2+3+4+5+6+・・・・+n+・・・・・+7+6+5+4+3+2+1 と
和の合計が同じだから、
1+2+3+4+5+6+・・・・+n+・・・・・+7+6+5+4+3+2+1 と
同じ表現をすると理解されますが、
そうではありません。
1+2+3+4+5+6+・・・・+n+・・・・・+7+6+5+4+3+2+1 と
1+1+2+2+3+3+4+4+5+5+・・・・+(n-1)+(n-1)+(n) の数字の並びは、どちらも、ランブンの定理を作る数列なので答え:和は、nの2乗で同じですが、表現する事が違います。

その理由はいずれ述べますが、現時点では、同じランブンの定理の数列なのに、
表現する事が違うといった点にご留意ください。


◇ロバート・ランブンは上記以外にも、いろいろな数字の並び、列を考案しています。
それらはすでに古代に発見・考案されている数列かもしれません。
しかし、ロバート・ランブンのオリジナルの数列かもしれません。

ランブンの定理同様、このブログでいくつかを紹介していく予定です。


   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 ◆18・19世紀の天才数学者ガウスは、
 1+2+3+4+5+6+7+8+9+10
  の合計を、10(10+1)÷2として計算した。

遥か古代紀元前のギリシャ、エジプトにはピタゴラス、ユークリッドはじめ数多くの天才数学者がいた。
そして、数多くの定理、公式を発表している。
だが、18世紀のガウスまで上記の、1+2+3+4+5+6+7+8+9+10の合計の計算方法を明確にしなかった。
古代ギリシャなどの計算方法を調べても、ガウスの計算方法は見当たらない。
1+2+3+4+5+6+7+8+9+10の合計を出すには、といった問題や記事が出るたびに引き合いに出されるのが必ず幼少時のガウスだ。
10歳ほどのガウスがこの数列の計算方法を独自に考案してわずか数分で回答を出した。
ガウスの天才ぶりはピタゴラスに匹敵する。
しかし、ガウスは、
1+2+3+4+5+6+・・・・+n+・・・・・+7+6+5+4+3+2+1
といった計算の解法を発表しなかった。
いや、そういった数列自体発表しなかった。
気づかなかったのだろう。
1+2+3+4+5+6+7+8+9+10の合計を鮮やかに出したので、1+2+3+4+5+6+7+8+9+10+9+8+7+6+5+4+3+2+1の合計算出方法も1+2+3+4+5+6+7+8+9+10の合計の算出方法と殆ど類似と考えたのかもしれない。

また、当時ガウスの1から10までの合計算出方法を聞いた人々も、同様に類似と考えたのかもしれない。
だが、1+2+3+4+5+6+・・・・+n+・・・・・+7+6+5+4+3+2+1の合計の算出方法、つまり「ランブンの定理」はガウスの、1+2+3+4+5+6+7+8+9+10の合計算出方法と完全に異なる。
上記の合計の出し方の式を見れば一目瞭然である。
ガウスは、10(10+1)÷2といった種類の計算方法だ。
だが、ロバート・ランブンは、10の二乗と鮮やかに非常に簡単に答えを出す方法を考案した。
ランブンの定理の証明・説明の過程で、10(10+1)÷2に類似する計算や式はまったく出てこない。
1+2+3+・・・+n+・・・+3+2+1 
といった式が出た瞬間に、nの二乗と即座に出るだけだ。
n+1+(n-1)+2+(n-2)+3・・・・・といった計算過程はない。
省略しているのではない。そういった計算過程は存在しない。
ガウス方式だと、必ず、10(10+1)÷2に類似する計算方法が出てくる。
計算方法も定理・公式に至る過程が全然違う。

ガウス方式をマスターした人々は
1+2+3+4+5+4+3+2+1の合計を下記の方法で出すだろう。

1+2+3+4+5
4+3+2+1
上記のように、後半の項を前半に持って来て各項目を上下に足すだろう。
そして、1+4、2+3、3+2、4+1、5として、5×5とするだろう。

しかし、ロバート・ランブンはそういった計算はしない。
即座に、5の二乗と答えを出す。
それは、nが100でも3984でも同様だ。
ガウス方式なら、
1+2+3+・・・・+3984+・・・+3+2+1
の合計を出せと言われると、1+3983、2+3982・・・・と各項を足していく作業を経なければいけない。それから式を作る。ランブンの定理と答えは同じだが、式を作るのに時間がかかる。ミスがおきやすい。

ガウス方式にかなり慣れた人でも、1+3983、2+3982・・・・3983+1、これでいいかなと少し確かめて、3983かける3984、そして、3984を足す。
あるいは、最後の3984を足すのを一気に行なって、3983+1は3984、だから、3984の二乗と、一見ランブンの定理のような計算をして答えを出す。
そういったガウス方式だと、電卓で計算しても、数が3984と大きいので、ガウス方式に慣れた人でも少し確認するので、5から10秒ほどかかる。
だが、ロバート・ランブン方式なら、即座に3984の二乗と計算して答えを出す。
電卓なら、2秒で答えが出る。
小学生が計算しても2秒でできる。
ロバート・ランブンの定理・計算方式が圧倒的に早い。また、簡単だ。
上記の計算を、3984の二乗として一瞬で答えを出すと、ランブンの定理を知らない人は神技と思うだろう。
あるいは、その計算をした人を計算の天才だと思うだろう。


ガウス方式でも答えが出せるからいいではないかと反論も出るだろう。
では、ガウス方式やその他の計算方法で、
 4+5+6+7+8+9+8+7+6+5+4
の合計はと聞かれると、すぐに答えが出ない。
答えどころか、まず式を作れない。
まして、暗算ですぐ答えを出しなさいと言われると無理だと思うでしょう。
こういった問題は面食らうでしょう。

さらに、
 12+13+14+・・・+7983+・・・+14+13+12
の合計を出せと問題が出ると、非常に時間がかかる。
ガウス方式を理解していない人は答を出せない
式すら作れない。
だが、上記の計算もロバート・ランブン方式なら即座に答えが出る。
上の方は9を二乗してから、3の二乗を引き、最後に3を引けばいい。
式を書くなら、
 9の二乗-3の二乗-3
 まとめると、 9の二乗-(3×4) となる。
上記の計算はランブンの定理を使うと「暗算ですぐに」できる。
ランブンの定理を知らなければ暗算ではできない。仮にやったとしても非常に時間がかかる。また、間違いやすい。
下の方も式の作り方は同様です。
7983を二乗して、11の二乗を引いて、さらに11を引けばいいだけだ。
電卓を使えば、たった10秒で答えが出る。
一見そのまま最初から最後に向かって足していくしかないと思える問題でも、ランブンの定理を使えば、公式が簡単にできて、答えもすぐに出るのです。
このようにランブンの定理は非常に役に立つのです。

(※どうですか?
すぐ上の
 4+5+6+7+8+9+8+7+6+5+4
あるいは、
 6+7+8+9+10+9+8+7+6+5+4+3
あるいは、
1+2+3+4+5+6+7+8
1+2+3+4+5+6+7
あるいは、
1+2+3+4+5+6+7+8
1+2+3+4+5+6+7+8

の合計は?
といった問題を見た事が有りますか?
ないでしょう。
ロバート・ランブンはこのような問題を作り、その問題の解答を作るのが得意なのです。
 この問題はランブンの定理を理解していると簡単に作ることができるのです。
逆に、ランブンの定理を知らないとこの問題は作る事ができないのです。
現在の小・中・高等学校の算数・数学の教科書や問題集でこの問題は出てこないでしょう。
当然です。
世界中の学校はランブンの定理をまだ知らないからです。
だから、ランブンの定理を基とした問題を作ることができないのです。
あと、数年したらこのような問題が世界中の教科書に載るでしょう。
何故なら、すでにランブンの定理がこのブログで世界中に公開されているからです。)



ランブンの定理など必要ない、ガウスの計算方法で十分だと言われる方々は、下記の計算を暗算でするように言われた場合や、急いで計算して欲しいと言われた場合困る事となります。

1+2+3+4+5+6+・・・+32+・・・・・+6+5+4+3+2+1

1+2+3+4+5+6+・・・+18+・・・・・+6+5+4+3+2+1

ガウス式ですと、上の計算は、
1+2+3+4+5+6+・・・+32
31+30+29+・・・・・2+1
として、32かける31として、最後に32を足す、あるいは、最後に32を足すのを一気に行なって32かける32とする。
すると、32の二乗を暗算でしなければいけません。
ガウス式を行う人がこのケースで32の二乗を暗算できるかどうか?
通常は32の二乗は暗算できる人はあまりいませんから、そこで計算が止まります。
電卓を必要とします。
暗算でできなくなります。
しかし、ランブンの定理を理解している人は、上の計算はすぐできます。
もちろん、ランブンの定理が、nの二乗だと聞いてその事を覚えたばかりの人でも、やはり、32の二乗をすぐには暗算はできません。
しかし、ランブンの定理の証明や説明を受けて定理を理解すると、このケースで32の二乗を簡単に暗算できるのです。

下の段の計算も同様です。
ガウス式でも、最後は18の二乗となります。
やはり、暗算では出せません。
暗算、あるいは筆算ですばやく計算できません。
しかし、ランブンの定理を理解していると、簡単に18の二乗の計算ができます。
ランブンの定理ですと、すぐ18の二乗の式となります。
ガウス方式でも、しばらくして18の二乗の式となります。
同じような事ですが、ランブンの定理を理解していないと、その先から時間がかかるのです。
18や32、あるいは、29、61といった数字の二乗が暗算でできないのです。

しかし、ランブンの定理を理解していると、そういった二乗の計算、あるいは、29かける28といった計算が楽々とすばやくできるのです。
それは、ランブンの定理を証明・説明を見ると、ついでに分かるのです。
29の二乗や61かける62といった計算を暗算ですばやくする事がランブンの定理の目的ではありません。
ランブンの定理とは、
1+2+3+4+5+6+・・・+n+・・・・・+6+5+4+3+2+1
が、nの二乗であるといった定理です。

ただ、ランブンの定理の証明・説明の過程を進んでいくと、18の二乗、39の二乗、71の二乗、あるいは21かける22、81かける82といった計算が暗算で簡単にできるようになるのです。
この事も、ランブンの定理の大きな収穫です。

ランブンの定理の証明・説明を知る前には、19の二乗、32の二乗といった計算を暗算でできなかった人が、ランブンの定理を知ると、そういった暗算が簡単にできるようになります。

ガウス方式をこなしても、18の二乗、39の二乗、71の二乗、あるいは21かける22、81かける82といった計算が暗算でできるようには、基本的に、なりません。
この点もランブンの定理とガウス方式との大きな違いです。

ランブンの定理とガウス方式は根本的に違うからです。

1+2+3+4+5+6+・・・+n+・・・・・+6+5+4+3+2+1
といった計算をする為のスタート地点、進む進路が全然違うのです。

ランブンの定理とガウス方式とは全然違うといった事を理解して下さい。


1+2+3+4+5+6+・・・+10+・・・・・+6+5+4+3+2+1
1+2+3+4+5+6+・・・+70+・・・・・+6+5+4+3+2+1
1+2+3+4+5+6+・・・+n+・・・・・+6+5+4+3+2+1
と言った計算の答えを、nの二乗、と非常にすばやく出す事ができるのが、ランブンの定理の大きな特徴です。
しかし、それだけでなく、
1+2+3+4+5+6+・・・+32+・・・・・+6+5+4+3+2+1
1+2+3+4+5+6+・・・+18+・・・・・+6+5+4+3+2+1
また、
 11+12+13+14+・・・+60+・・・+14+13+12+11
 21+22+23+24+・・・+70+・・・+24+23+22+21
と言った計算も楽々と早く、殆どのケースで暗算で行えるのです。

そして、
 4+5+6+7+8+9+8+7+6+5+4
あるいは、
 6+7+8+9+10+9+8+7+6+5+4+3
あるいは、
1+2+3+4+5+6+7+8
1+2+3+4+5+6+7
あるいは、
1+2+3+4+5+6+7+8
1+2+3+4+5+6+7+8

といった計算が簡単にできるのがランブンの定理です。
ガウスの計算方法では、こういった計算はなかなか簡単にはできないのです。
ガウス方式でやってみてください。
四苦八苦するでしょう。
いかに、ランブンの定理が独自で便利で簡単な方法かが理解できるでしょう。
特に「ランブン2段数列」の独創性、便利さは非常にすばらしいものです。
ランブン2段数列は数学計算史上上位に位置する事となります。


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ロバート・ランブンの計算方法、ランブン定理はガウスの計算方法とは完全に異なり、非常に早く簡単で鮮やかなのです。


◇下記のロバート・ランブンの物語をお読みください。
 物語の中に、「ロバート・ランブンの定理」が出てきます。
 物語はロバート・ランブンの創作です。実話ではありません。

  
◆上記のロバート・ランブンの定理の具体的な説明・紹介は、このブログの他の頁の物語の「広場の賢者と数学少年タレス」に有ります。
下記の物語を読んで、その中の計算方法に注目して下さい。
ロバート・ランブンの定理は、ロバート・ランブンのオリジナル考案の計算方法です。

 


 ◆「広場の賢者とタレス」


                  ロバート・ランブン


はるか昔、古代ギリシャの物語です。
賢者の一行は大きな都市に着いた。
町の中心ににぎやかな市場があった。沢山の人がいた。
そこの市場で小さな子供が一生懸命働いていた。
親方に言われてりんごをかごに入れていた。最初のかごに一個、次のかごに二個、その次のかごに三個、その次のかごに四個、次に五個、六個と入れた。そしてその次のかごには五個を入れた。次は四個、三個、二個、一個と入れた。

親方が全部でいくつ入れたか聞いた。子供は六個のかごを見て三十六個ですとすぐに答えた。
「タレス、次はこっちだ。」親方は子供に別のかごを指差した。
子供は別のかごへりんごを入れていった。今度は一個、二個、三個・・・・と入れていき、十二個まで入れていった。そして、十一個、十個、九個、八個と入れていき、三個、二個、一個としていった。また親方が聞いた。今度は全部でいくら入れたか?と。
子供はりんごが十二個入っているかごを見て百四十四個とすぐに答えた。

「おい、タレス、合っているのか?」親方は地面に数字を書いて計算しながら心配そうに聞いた。
「大丈夫です。合っています。」子供は自信たっぷりに答えた。

賢者は一番若い弟子に聞いた。
「どうしてあの子供は一番多いかごだけを見てすぐにりんご全部の数が分かるのか?」
「さ、さあ・・・、」弟子はさっぱり分からなかった。
「もし、あの子供がりんごをかごに一個、二個と入れていき一番多いかごが七個でその後六個、五個・・・・三個、二個、一個と入れていくと全部でいくらか?」
賢者は弟子を試した。
「え、えーと・・・、」弟子は一生懸命地面に数字を書いて計算した。
兄弟子が笑って「四十九個だ。」と答えを若い弟子に教えた。
「どうしてすぐに分かるのですか?」
若い弟子はまだ計算をしていた。
兄弟子も若い弟子を試した。「あの調子で一番多いかごにりんごが五十個の時にりんごは全部でいくらか?」
「とても計算できません。」
「二千五百個だ。」兄弟子は即座に答えた。
「いったいどうしてすぐに分かるのですか?」
若い弟子は目を丸くして賢者に聞いた。
賢者は若い弟子に子供が使っている不思議な計算方法を説明をした。
「なるほど。頭のいい子供ですね。タレスは天才だ。」
賢者の一行は一生懸命働くタレスをしばらく見つめた。
そして市場を後にした。 



       ※著作権者から掲載の許可を得ています。
          無断転載複写配布掲載禁止です。
       ※小説です。


             2006.10.19.  ナポレオン


※2006.10.19.にこの物語「広場の賢者とタレス」の中で、ランブンの定理が世の中に始めて登場しました。


          ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



※タレスの不思議な計算方法はロバート・ランブンの考案です。
つまり、1+2+3+4+5+・・n・・・+5+4+3+2+1
の計算で合計がnの二乗となる計算方法です。
たとえば、
1+2+3+4+5+6+7+6+5+4+3+2+1なら、
合計は7の二乗、49です。
非常に便利な計算方法です。
nが1000の時なら、答えは100万となります。
足す項目が1999でも、1億でも答えはすぐ出ます。
この計算方法や説明、証明は、古代のギリシャ、エジプトなど、
あるいは近代、現代の算数、数学の本を探しても見当たりません。
もし、なければ、ロバート・ランブンが最初の考案となります。

算数・数学史上にロバート・ランブンの計算方法と名前が記録されます。
なお、考案の時期は2006年でなく、かなり前です。 
      
さて、いったい何故、nの二乗になるのでしょうか?
何故、どうやって二乗になる事をロバート・ランブンは
発見したのでしょうか?
その理由と説明は機会があればロバート・ランブンが説明します。
また、この公式の証明も機会を見て説明します。
それまでは、皆様はnの二乗といった方法で答えを出して
おいてください。
仮称として、「ランブンの定理」 
あるいは、「ロバート・ランブンの定理」と呼んでください。

ランブンの定理の考案・発見に関して一言だけ述べます。
古代から現代まで、数学者を含めてすべての人が、
1+2+3+2+1 の
足し算をする時に何の疑問を持たずに暗算や筆算、あるいは算盤、電卓、各種計算機でそのまま、足していき、
1+2+3+2+1=9 と
答えを出してきました。
この数字の並びを見て、「あ!」と閃いた人はいなかったのです。
しかし、ランブンはまずこの並びで閃いたのです。
実は、1+2+1の並びを見た時にはランブンは格別閃かなかったのです。
1+2+3+2+1 の並びを見た時に「おや、」と閃いたのです。
そして、ランブンの定理を考案・発見・完成したのでした。

天才ガウスは、
1+2+3+4+5+6+7+8+9+10 の
数字を見て閃いた。
そして、
10+1、9+2、8+3・・・・と足していき、
10(10+1)÷2 といったような式を作った。 
    ※つまり、n(n+1)÷2 
すばらしい天才です。

しかし、
ロバート・ランブンは、
1+2+3+4+5+6+7+8+9+10+9+8+7+6+5+4+3+2+1
を見て、閃いた。
そして、この式の答えは、即座に10の二乗である、
n(n+1)÷2 のような計算式は出てこないし、不要である、
10の二乗と直接答えを出せると、定理を考案・発見した。

ガウスは世界中の誰もが天才と認めている。
ガウスも、1+2+1 や 1+2+3+2+1
1+2+3+4+5+6+7+8+9+10+9+8+7+6+5+4+3+2+1
といった数字の並びを何度も見ているのである。
上記のガウスとランブンの二人の閃きを比較するとどうだろうか?
ランブンもガウスに劣らず、なかなかである。


仮に、このランブンの定理がすでに過去に存在していても、ロバート・ランブンの計算方法の組み立て方、過程が独特ですから、従来の説明、証明方法とは別の新規の方法となります。
ガウスは、1+2+3+4+5の計算の合計を
   5×6÷の2として計算します。
すると、ガウスが
1+2+3+4+5+4+3+2+1 の
計算をすると、そういった計算方法となります。
つまり、
1+2+3+4+5
4+3+2+1
として、上下2段を、(1+4)+(2+3)+(3+2)+(4+1)+(5+0)
として、各カッコの中が5なので、(5)×5=25とするでしょう。
また、
1+2+3+4+5+6+7+8+9+10+9+8+7+6+5+4+3+2+1
の計算ではガウスは、
1+2+3+4+5+6+7+8+9+10
9+8+7+6+5+4+3+2+1
として、上下を足すでしょう。上下は、各項10です。
ですから、合計10となる項目が1から10まで10有りますから、
(10)×10=100とするでしょう。
時間がかかります。
ガウス方式に慣れていて、電卓を使っても、一応各項の合計が10で、それが1から10まで10あるので・・・・と確認しますので、5から10秒かかります。
しかし、
ロバート・ランブンのランブンの定理では、ガウスのような式は出てきません。ガウスのような計算の構築はしません。
1+2+3+4+5+6+7+8+9+10+9+8+7+6+5+4+3+2+1
の式を見た時に、中央が10と確認したら、
即座に、10の二乗と計算するだけです。nの二乗です。わずか2秒です。
何故、ランブンの定理で「ガウスなら行なうであろう計算過程」が出てこないのか?
何故、いきなり、nの二乗となるのか?
それは、ランブンの定理の証明・説明の時に出てきます。
調査結果が終わるまでしばらくお待ちください。


ロバート・ランブンはガウスとは全然別の方法で行ないます。
逆に、ロバート・ランブンの計算方法でガウスの式「1から10までの合計」の計算を行う事ができます。式はかなり違ってきます。
いずれ機会が有れば記載します。


天才ガウスは、1+2+3+4+5+6+7+8+9+10の合計をご存知の方法で計算しました。
その天才ぶりには感心します。

ところが、そういった計算、つまり、ロバート・ランブンの1+2+3+・・・・n・・・・・・3+2+1といった計算ではなく、1+2+3+4+5+6、1+2+3+4+5+6+7+8・・・・・・n の合計といった計算でも、ガウスのやり方よりもロバート・ランブンの計算方法の方が楽で早い場合があります。
たとえば、ガウスなら、1から12の合計を、12×(12+1)÷の2とします。
意外と暗算ができません。
ロバート・ランブン方式なら暗算が楽です。
1から49の合計などもガウス方式なら暗算が難しいですが、ロバート・ランブン方式なら暗算が容易です。
1から49までの合計ならロバート・ランブン方式で暗算ですぐ出ます。

天才ガウスの計算方法だと、1から10までの合計、あるいは、1から20までの合計といった計算は筆算で楽に出せます。
しかし、1+2+3+4・・・・4375+4376+4375・・・+4+3+2+1の合計をガウスの計算方法ではすぐに出せません。
ガウス方式でやってみてください。
数が大きくなると電卓でも少し時間がかかります。

しかし、ロバート・ランブン方式なら一瞬です。
4376の二乗でいいのですから。簡単です。
筆算なら数秒、電卓を使えば2秒です。

特に、1+2+3・・・・・+70+・・・・・+3+2+1や
1+2+3・・・・・+1000+・・・・・+3+2+1の合計などは、ロバート・ランブン方式が圧倒的に早いのです。
70の二乗で4900です。また、1000の二乗で100万です。
一瞬です。
ガウス方式で上記の二つを計算すると、暗算でも電卓でも少し時間がかかります。
初めて上記二つの計算をする人はうっかりすると数分かかる場合も有るでしょう。

1+2+3・・・・・+n+・・・・・+3+2+1の合計は?
の問題で、nが、10、100、500、1000、あるいは、20,30、50などといった数なら暗算で答えが一瞬です。
10なら100、100なら1万、500なら25万、1000なら100万、20なら400、30なら900、50なら2500となるのですから、非常に楽です。
しかし、この計算をガウス方式では暗算ではなかなかできません。

日常生活でも、1+2+3+2+1の合計、1+2+3+4+5+6+5+4+3+2+1の合計、1+2+3+4+5+6+7+8+9+8+7+6+5+4+3+2+1といったケースはよくあります。
そういった時に電卓で1+2+3+2+1と足していたら時間がかかります。3の二乗で9でいいのです。同様に6の二乗で36、9の二乗で81でいいのです。


式によってはロバート・ランブン方式が楽なケースが多くあります。
つまり、1+2+3+4+5+6・・・・・n・・・・・・6+5+4+3+2+1の合計を出す場合はロバート・ランブン方式がガウス方式よりも非常に早くて楽です。
そして、1から18の合計、1から98の合計などもガウス方式で計算するよりも、ロバート・ランブン方式の方が早く楽です。

そのほか、1から28の合計、1から48の合計などもガウス方式でやってみてください。
意外と暗算ができないでしょう。
ロバート・ランブン方式なら暗算が楽なのです。
それだけ、計算が確実となり楽になるのです。計算ミスが少なくなります。

また、1からでなく、20から50までの合計、30から200までの合計といった計算もロバート・ランブン方式でわりと簡単です。
殆どの場合、暗算ができます。

20から50までの合計をガウス方式で計算せよ、と問題を出されると戸惑うでしょう。
まず、1から50までの合計を50×51÷の2と出して、そこから1から19までの合計を差し引くといった計算をする羽目となります。大変面倒です。
あるいは、(20+50)×31÷の2とします。暗算が簡単にできないですね。
しかし、ロバート・ランブン方式なら暗算ですぐに答えが出ます。
非常に早く簡単です。



◆さて、学生の方々にここで案内をしておきます。
このロバート・ランブン計算法、ロバート・ランブンの公式がここで公開されました。
正確にいいますと、数学少年タレスの物語の中で、「2006.10.19.」に公開されました。
さらに、その後「2006年12月末」にブログの「数学・学問、ランブンの定理」の頁で50頁ほどの分量で詳しく掲載されました。
2007年12月9日まで1年ほど掲載されました。
ブログで公開されたという事は世界中に公開されたという事です。
ドイツ、フランス、イギリス、イタリア、アメリカなどの日本語を読める人がこのブログを見れば、それらの国の多くの人々はほどなくしてランブンの定理を知る事となります。
この計算方法が過去に既に有り、試験、入試などで出題されていれば、皆様は過去問で経験済みとなりますから、テストで困る事はありません。
しかし、この計算方法がガウス方式止まりで、ランブンの定理と同じ定理:計算方法が考案されていない場合、つまり、数学史上ロバート・ランブンが初考案者である場合、このブログを見た試験担当者が、このランブンの定理を出す場合があります。
ロバート・ランブンとしては、ロバート・ランブン公式がオリジナルの場合、著作権上試験出題はお断りする事となりますが、何かの理由で出題される場合も有ります。
ランブンの定理の問題が出た場合即座に間違いなく計算できるようにしておく事を提案します。
もちろん、答えを出す事だけでなく、何故、このような計算方法、公式となるか、つまりロバート・ランブン公式の証明の問題も出ます。
十分注意をしておいてください。

たとえば、こういった問題です。
1+2+3+4+・・・・・+356+357+356+・・・・・+4+3+2+1の合計は?

1+2+3+4+5+6+7+8
1+2+3+4+5+6+7     ・・・・・・の2段数列の合計は?

あるいは、
1+2+3+4+5+6+7+8
1+2+3+4+5+6+7+8   ・・・・・・の2段数列の合計は?

また、何故そうなるのか、ガウス方式以外の方法で理由を説明、あるいは証明せよ・・・と。
どうやってガウス方式以外の方法、つまり、ロバート・ランブン方式で説明:証明をすればいいのでしょうか?
いずれ機会を見てこのブログで証明:説明をしましょう。

ただ、現在このロバート・ランブン公式が数学史上にすでに存在しているか、あるいはロバート・ランブンのオリジナルか調査している段階です。
その調査が終わったら説明できるでしょう。
1983年から、また、2006年12月から本やネットでかなり時間をかけて調査しました。
しかし、ランブンの定理やランブン2段数列はどこにも有りませんでした。
つまり、ランブンの定理、ランブン2段数列は数学史上99.99%初登場です。

◆今まで20年間ほど、ギリシャ、エジプト、あるいは近代の算数、計算、数学の本をかなり見ましたが、ロバート・ランブンの定理を見ていません。類似の計算方式でもガウス方式以外見ていません。
上記でいくつか例題を出しましたように、ガウス方式とロバート・ランブン方式は全然違います。

◆「ロバート・ランブンの定理」が古代から現在まで考案されていなくて、ロバート・ランブンのオリジナル考案なら、この計算方法は「ランブンの定理」、あるいは「ロバート・ランブンの定理」として名前がつきます。
また、同時に数学史上に新しい頁が作成されます。
ロバート・ランブンの名前は数学歴史上に永遠に残ります。
ガウスの計算式と同等の扱いを受けるかも知れません。
世界中の数学者、また、数学に興味のある人々がこのブログを訪問するでしょう。

◆しかし、ロバート・ランブンの定理がすでに誰かによって考案されていて、さらに、その計算式を作る過程、計算の構築方法が同じなら、ロバート・ランブンは単に「電話を二番目に発明した人」、「蓄音機を二番目に発明した人」、「エベレストに二番目に登った人」といった事と同じとなります。

◆ただ、二番目の場合でも計算式が同じでも計算式の構築方法が異なれば、ロバート・ランブンは新しい計算方法の考案者として、数学史の頁の片隅に小さく名前が残るかも知れません。

◆万が一ランブンの定理がロバート・ランブンの考案以前に存在していたとしても、「ランブン2段数列」は数学史上初登場です。
なぜなら、ランブン2段数列はランブンの定理だけの時にだけ使う計算方法ではないからです。
ランブンの定理以外にもいろいろな計算の時に、ランブン2段数列、あるいは、2段数列は使用できるからです。
しかし、教科書や数学関係の本、ネットを見ても、「ランブン2段数列」や2段数列が全然出てきません。
つまり、「ランブン2段数列」は完全に数学史上初登場です。
ロバート・ランブンの初考案・新発見です。


また、ロバート・ランブンはこの計算方式以外に、種々のオリジナルの計算方法や図形問題と回答を考案しています。
それらも、機会が有るごとにこのブログで記載していきます。
それらのオリジナル、あるいは、オリジナルと判断した計算方法と図形問題は、ロバート・ランブンの短編物語「数学少年タレス」の中で記載されていくはずです。
「数学少年タレス」の新作が掲載されたら、時々ご覧ください。

※たとえば、すでに物語に有りましたように8枚の正方形を使って面積5の正方形を表示する方法などです。ピタゴラスの定理とコンパスは使いません。
もちろん、これはロバート・ランブンの考案です。
この、面積5の正方形を示す問題と解答は、ランブンの定理の考案・発見と同じ時期です。


◆◆◆ 著作権に関して。
上記、あるいは、このブログの中のランブンの定理、ロバート・ランブン公式、ロバート・ランブン計算方法、ランブン2段数列などの考案、説明、証明が数学史上初の場合、つまり、ロバート・ランブンのオリジナル考案の場合、それらの著作権は当然ロバート・ランブンに有ります。
それらの使用はロバート・ランブン、あるいは、このブログの編集者・ナポレオンに問い合わせてください。
ロバート・ランブンに著作権が存在する場合、ロバート・ランブンに無断での使用はご遠慮ください。
なお、考案の時期は1983年頃のはずです。
もちろん、ランブンの定理・ロバート・ランブン公式・計算方法、ランブン2段数列とまったく同一の公式、計算方法、計算の構築方法が既に存在していれば、ロバート・ランブンは著作権に関して何も言及しません。

なお、ランブンの定理はロバート・ランブンの考案・新発見ですが、これは、実を言いますと、著作権と言うよりも、学術・学問の考案、独創です。
ですから、「計算方法としてのランブンの定理」に関しての扱いは、学術・学問の扱いとなります。
小説、音楽などといった著作権の扱いとはなりません。
ですから、皆様はランブンの定理を日常計算に使用しても結構です。
日々、ランブン数列を見た時、あるいは、学校のテストや入試で問題が出た時は、ランブンの定理を駆使して解答を出して下さい。
そういった事に関して、ロバート・ランブンは特に制限を設けません。
学術の使用は人類共有の財産ですから。
世界中の人々が、平然とピタゴラスの定理やユークリッド幾何学、方程式、代数、各種公式を使うように、ランブンの定理も気楽に使って下さい。

ロバート・ランブンは世界中の60億の人々及び今後の22世紀、23世紀といった未来の人々すべてにランブンの定理を提供します。

ただ、使用する時には、できるだけ、ランブンの定理である、ごく最近公表された新しい定理だ、1983年頃考案された新定理だと表明したり、コメントをつけて下さい。
何故なら、ランブンの定理は2006年12月に公表されてから、まだほんの1年ほどしかたっていないのです。
皆様が、コメントなしで使用しますと、それを見た方々は、ピタゴラスの定理のようにはるか昔からある公式・定理と思ってしまうからです。

学術の考案ですから、日常の計算などに自由に使用していただいて結構です。
しかし、その権利は考案したロバート・ランブンのものです。
そして、ランブンの定理そのものと証明方法、説明、ランブンの定理全般に関する論文はロバート・ランブンの著作物です。
ですから、ランブンの定理および証明方法、説明などを本として出版したり、書物、雑誌などの中で記載や引用する時、及びホーム・ページなどで掲載する時はロバート・ランブンの許可が必要です。
それらに関しては、このブログのナポレオンに問い合わせをして下さい。
問い合わせは、このブログに記載していますメール・アドレス宛にして下さい。

※非常に紛らわしい事ですが、計算方法としてのランブンの定理の使用は、学術の扱いです。ご自由にどうぞ。
しかし、ランブンの定理を文章、本などとして出版する時、出版物の中の一部・一項目として記載するとき、出版物の中で引用する時などは、ホーム・ページ、ブログなどで掲載する時などは著作権の扱いとなります。
小説、詩、俳句、音楽、歌の著作権と同様の扱いとなります。
特に、学校、塾、予備校などの関係者の方々が授業、テスト、入試などで使用する時は著作権にご注意下さい。
授業用に使う小部数のテキストの作成でも同様です。
有料・無料、部数の多少を問いません。
著作権に違反しないようにして下さい。

小学校、中学校、高等学校、大学の先生が教室において授業で、生徒に対して、
 1+2+3+4+5+6+7+6+5+4+3+2+1
の問題と答えを出す事は結構です。
また、生徒の方々もこの問題が出たらランブンの定理を駆使して答えを出して下さい。
どうぞ、ご自由に。
ただし、授業でランブンの定理を使う時は必ず「ランブンの定理」であると、生徒に対して説明をして下さい。
最近考案されて公表されたばかりの新しい定理で、著作権が存在すると説明をして下さい。

何故なら、その説明をしておかないと、生徒はランブンの定理をピタゴラスの定理と同様にはるか昔から存在する定理・公式と思ってしまいます。
そして、はるか昔の定理だと思い著作権が存在する事に留意せず、その生徒のホーム・ページ、ブログ、あるいは、自費出版の雑誌などで自由に記載してしまいます。
そうすると、その生徒は著作権に違反する事となってしまいます。
十分ご注意下さい。

なお、学校関係者の方々が、授業のテスト、入試などでランブンの定理を使用する時は、必ず事前にこのブログのナポレオンに問合せて下さい。



       ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

このブログの中には、ロバート・ランブンの短編物語が多く掲載されています。
その短編物語の中に、「賢者とタレス少年」のように、数学少年タレスの物語がいくつか有ります。
その、数学少年タレスの物語の中には、ロバート・ランブンが考案した定理や計算方法など数学・算数関連の記述が有ります。
これからも、ロバート・ランブンが考案した新規の計算方法、便利計算、定理、公式、図形問題と解法などが物語の形で出てきます。
どうぞご覧ください。
左の最新記事一覧やカテゴリー欄をクリックしてお読みください。



 ※数学少年タレスの物語は「広場の賢者」シリーズの中のひとつです。
   勿論ロバート・ランブンの創作です。実話では有りません。
    
 ※エジプトで王様に示した、8枚の石板で5の面積を作る
  方法はロバート・ランブンの考案です。

  またタレスが行なった1枚の銅貨が21日で100万倍となる
  計算方法(うっかり騙される計算)は昔から有ります。

     
      ※なお、物語は架空です。
       登場する人物などは架空です。
       ただし、物語の中の子供・タレスの計算方法は
         ロバート・ランブンの考案です。

     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


◆ロバート・ランブンは、数学は専門外です。
 短編物語や童話や小説ばかり書いています。
 しかし、数学、算数、計算、幾何学は幾分得意です。
 
上記のランブンの定理のほかに、
便利計算方法を考案しています。

よくある例が、
1000-396といった計算を暗算でできない人が時々います。
また、106-78といった計算を暗算でできない人がいます。
13の2乗、17の2乗の暗算が全然できない人もいます。

個人でも商店でも、知人でも
そういった計算に遭遇した時に、電卓をすぐ使う人がいます。
つまり、1000円引く396円を暗算できないで、電卓を使ってやっと604円と答えを出す人がいるという事です。
電卓でもいいのですが、暗算でした方が便利です。
また、手元に電卓やソロバン、紙とペンがない時もあります。
2桁3桁のちょっとした計算は暗算でできた方が何かと便利です。

ロバート・ランブンは、そういった計算の便利な計算方法を知っています。

1000-396   1000-203  1000-798
106-78   113-86
13×13   16×16   44×44  53×53  15×17  

などと言った計算は日常、買い物などでよく出くわします。
あるいは、仕事でもよく出てきます。
そういった時に電卓がないから計算ができない、あるいは、電卓がないので紙に書いて筆算で計算するといった事では非常に支障がでるケースがあります。

ピタゴラスの定理、ガウスの計算方法、ランブンの定理、微分積分はすぐ理解できるが、
上記の暗算ができないといった方は意外と多いはずです。
また、小学生の方々は上記の計算を暗算でする事は不得意と思います。

上記の計算を暗算でする方法を近々記載できると思います。





◆ランブンの定理その2、その3、その4・・・・・。


◇下記の数字の列を見てください。

1+1+2+2+3+3+4+4

この合計はいくらでしょうか?
通常この計算は、1+1+2+2+3+3+4+4 とそのまま順に足していき、20と答えを出します。
世界中の小学生、あるいは普通の大人に質問しても同様の計算をします。
ランブンの定理では、この場合、
4の2乗として、それに4を足して、20とします。
この頁の一番上のランブンの定理のアレンジです。
やはり、ランブンの定理です。パート2、パート3・・・・です。

つまり、
1+1+2+2+3+3+4+4+5+5+・・・・+(n-1)+(n-1)+(n)+(n)
といった数字の列の合計は、
   nの2乗+n という事です。

ガウスの計算方法に似ていると指摘が出ると思います。
確かにそうです。
しかし、この問題作成と計算方法は、ランブンの定理からの発展です。
この頁の一番上のランブンの定理の説明から一歩隣の脇道に入った計算方法です。
ランブンの定理からの亜流、類似です。
ガウスの計算方法に似ているとしても、この計算問題の作成と計算方法は出発点がランブンの定理です。
第一、ガウスはこの
1+1+2+2+3+3+4+4+5+5+・・・・+(n-1)+(n-1)+(n)+(n)
といった計算方法と解答の出し方を生存中の18世紀にきちんと発表していないと思います。
ガウスの業績を見ても、この計算方法は出てきません。

この計算問題と計算方法、解答の出し方がランブンの定理の亜流といった説明は少し長くなりますし、また、それを行なうとランブンの定理の説明自体をきちんとしなければいけなくなり、非常に時間がかかります。
このランブンの定理パート2、あるいは、パート3がランブンの定理の亜流、ランブンの定理からのスタート、ランブンの定理の派生であるといった説明は、ランブンの定理の説明をきちんとする時にあわせて行なう予定です。

◇同様に、下記の二列の数字の列の合計の出し方も
ランブンの定理その2、その3、その4、として出す事ができます。
1+2+3+4+5
1+2+3+4+5
この2列の数字の合計は、5の2乗+5で、30です。
つまり、
1+2+3+4+5+・・・・+(n-1)+(n)
1+2+3+4+5+・・・・+(n-1)+(n)
の2列の数字の合計は
   nの2乗+n  です。

あるいは、
1+2+3+4+5
1+2+3+4+5
の2列の合計は、
   6の2乗-6  です。

つまり、
1+2+3+4+5+・・・・+(n-1)+(n)
1+2+3+4+5+・・・・+(n-1)+(n)
と言った2列の数字の列が有る時、

1+2+3+4+5+・・・・+(n-1)
1+2+3+4+5+・・・・+(n-1)
の合計は
     nの2乗ひくnです。

こう説明しますと、
何だ、少し上の
1+1+2+2+3+3+4+4
の並びの計算方法と類似だ、と言われるでしょう。
そうです。
1+1+2+2+3+3+4+4
の数字列も
1+2+3+4
1+2+3+4
の二段の数字列も同じです。
置き方を変えただけです。

この頁の一番上の「ランブンの定理」を理解していると、
1+2+3+4
1+2+3+4
この2段の数字の列の計算方法が、

  4の2乗+4 で、20.
あるいは、
  5の2乗-5 で、20.

といった説明がすぐに理解できるでしょう。

この頁の一番上のランブンの定理から、こういった類似の、いわばランブンの定理その2、その3、その4・・・・といった計算方法がいくつも簡単にできるのです。

ガウス方式からは、こういった計算方法はなかなか出てきません。
なぜなら、17世紀、あるいは18世紀にガウスがご存知の計算方法で
1+2+3+4+5+6+7+8+9+10 の
答えを鮮やかに出した後に、教科書などで、

「では、
1+2+3+4+5+6+7+8+9+10
1+2+3+4+5+6+7+8+9+10
の2列の合計はいくらか?」

といった問題と解法が出てこないのです。
見かけないのです。

ガウス方式からは、ランブンの定理その2、その3の計算方法が出てこないのです。
このように説明しますと、ガウス方式とランブンの定理とが根本的に違うといった事が理解頂けるでしょ。
さて、
1+2+3+4+5+6+7+8+9+10
1+2+3+4+5+6+7+8+9+10
の2段の合計をガウス方式で計算する場合は、
置き方を替えて
1+2+3+4+5+6+7+8+9+10
10+9+8+7+6+5+4+3+2+1
として、
2段の各項の上下の和が11なので、11かける10で、110とします。
そういった計算方法です。

1+2+3+4+5+6+7+8
1+2+3+4+5+6+7+8
なら、同様に置き方を替えて、
各項の上下の和が9で、9かける8で、72と出します。

各項を足して、数字の数を1から8で8だと確認しますので、計算式を作るのに、少し時間がかかります
さらに、
1+2+3+4+5+・・・・・・・・・・+397
1+2+3+4+5+・・・・・・・・・・+397
といった問題なら、数が非常に多くなるので、
397+1は398で、数字が1から397なので、
398かける397だと、さらに慎重に確認しながら計算します。
慎重に確認しながら計算式を作るために、時間がかかり、さらに、数字が大きくなるので、うっかりと計算ミスをしてしまいます。
ガウス方式ですと、なかなか大変です。
しかし、
ランブンの定理その2、その3の計算方法なら、ランブン方式なら、
1+2+3+4+5+・・・・・・・・・・+397
1+2+3+4+5+・・・・・・・・・・+397
の場合でも、
  397の2乗+397
あるいは、
  398の2乗-398
と、即座に簡単に計算式を作る事ができます。
電卓を使えば答えも即座に出ます。

1+2+3+4+5+・・・・・・・・・・+76295416
1+2+3+4+5+・・・・・・・・・・+76295416

でも、同じ事です。
数字がいくら大きくなっても驚く必要がありません。
どんなに大きな数字でも非常に簡単です。

小学生に電卓を使って下記の二段の合計の計算をしなさいと言ったら、
1+2+3+4+5+・・・・・・・・・・+76295416
1+2+3+4+5+・・・・・・・・・・+76295416
電卓を使って順番に、1+2+3+4+5+6+・・・・と足していくので、
15か20あたりで参ってしまいます。
そういった計算方法では、76295416まで行くのに、非常に時間がかかる、何時間も時間がかかると気付き、できない、と悲鳴を上げるでしょう。
ガウス方式を知らない大人でも、悲鳴を上げるでしょう。
ガウス方式を知っている高校生でも、計算式を作って、それが間違っていないか確認するのに、少し、5から10秒ほど時間がかかるでしょう。
しかし、
ランブンの定理その2、その3を理解した人なら、たとえ小学生でも、
「はい、76295416の2乗+76295416です。」 あるいは、
「はい、76295417の2乗-76295417です。」 
と、即座に計算式を作ります。
ランブンの定理は非常に速いのです。簡単です。ミスもおきません。
ランブンの定理なら、小学生でも1秒で式ができます。
しかし、ガウス方式なら、式を作るのに5から10秒かかります。

ランブンの定理、ランブンの計算方法は非常に簡単で、楽で、速くて、計算ミスが起きません。

そして、上記でさらに説明していますように、ランブンの定理から、ランブンの定理その2、その3、その4、その5・・・・とどんどん類似、亜流の定理、計算方法ができるのです。
しかも、それらは非常に便利でいろいろな計算をする時に役に立つのです。
日常生活や日常の仕事上での計算でも、ランブンの定理、ランブンの定理その2、その3、その4・・・・は役に立つのです。
それは、ロバート・ランブンの物語に有るように、紀元前のギリシャで数学少年タレスが市場でかごに入ったいくつかの果物の合計を素早く出す時にランブンの定理を活用したのと同じです。

※もちろん、
1+2+3+4+5+6+7+8
1+2+3+4+5+6+7+8
の2段の数字列は、
1+2+3+4+5+6+7+8+8+7+6+5+4+3+2+1
の並び替えですね。
つまり、
1+2+3+4+5+6+7+8+7+6+5+4+3+2+1
と、いったランブンの数列をアレンジした数列の並び替えです。
1+2+3+4+5+6+7+8
1+2+3+4+5+6+7+8
の2段の合計は?といった問題は、
1+2+3+4+5+6+7+8+8+7+6+5+4+3+2+1
の合計は?
といった問題と全く同じです。アレンジです。
数字の置き方を変えたのです。
もともとは、
1+2+3+4+5+6+7+8+7+6+5+4+3+2+1
1+2+3+4+5+6+・・・・n・・・・+6+5+4+3+2+1
の合計は?といったランブンの定理からの派生です。

ランブンの数列の数字を一つ、二つ替えて、さらに、一列から二段にすると、全然違った問題、計算方法かと思うでしょう。
類似、亜流、派生、アレンジなのです。
こういった点もロバート・ランブンが気づいた事です。
もし、こういった類似、亜流が算数・数学史上発見されていなければ、
当然、ロバート・ランブンが初発見・初考案となります。
ランブンの定理同様、ランブンの定理その2、その3、その4・・・・となります。

※ランブン2段数列は、ランブンの1段の数列と合計は同じですが、実は全然違う事が起きるのです。
非常に驚くことが起きるのです。
あるいは、非常に驚くような計算が楽々とできるのです。
それらについてはやがて発表します。

◆いかがですか?
上記の説明で、ロバート・ランブンのランブンの定理は、ガウスの計算方法とは全然違い、ガウス方式よりもさらに簡単で楽で早くて便利だと理解頂けるでしょう。


◆現時点で、この頁の説明を見た方は、
ランブンの定理がどうしてできたのかを完璧に推定できた人がいると思います。

このブログは、当然日本だけでなく、世界中の人が見ています。
このブログのこの数学の頁でランブンの定理は、「2006.10.19.」に公開されました。
その日以来、世界中の人はランブンの定理を知った訳です。
当然、それらの人々の中には、ランブンの定理の考案過程、構築過程を完璧に推定できた人がいる筈です。
「分かった、ランブンの定理はこうして考案されたのだ。」と机を叩いた人が100人いたら、そのうちの一人は、完璧に正解でしょう。
しかし、残りの99人はおそらく、違っているでしょう。
残りの99人の方々は、やはり、ガウス方式の類似・亜流となっているでしょう。


◆このブログでランブンの定理を見て、その計算式を見て理解した人は、ランブンの定理の考案過程を簡単に推定するでしょう。
しかし、その推定は殆どの人がガウス方式の類似です。
ランブン定理の考案過程を推定すると、おそらく全員がガウス方式の落とし穴に落ちるでしょう。

実は、
ランブンの定理は簡単にはできないのです。
勿論、ロバート・ランブンは専門の数学者ではありません。
単なる小説家、物語・童話作家です。
専門ではありませんが、算数、数学、幾何学に関して幾分得意なのです。
1983年頃にランブンの定理を考案するまでにも、種々の便利な計算方法をオリジナルで考案しています。
また、幾何学、図形関係もオリジナルの問題と解答を考案しています。
そういったロバート・ランブン自身が長年に亘って築き上げた「ランブンのピラミッド」の一番上に、ランブンの定理が乗っているのです。
ピラミッドの一番上に一足では行けません。
一番下から、一段一段上って行かなければ一番上には行けません。
ピラミッドが百段あるなら、百段上らないと一番上には行けません。
やはり、ランブンのピラミッドの上に有るランブンの定理には一足では行けません。

ロバート・ランブンが他の数学、幾何学のオリジナル問題の考案と解答を考案し始めてから、ランブンの定理を考案するまで、10年かかっています。
ですから、通常ランブンの定理はなかなか考案出来ません。
それは、ピタゴラス、ユークリッドといった超天才数学者が、ランブンの定理を考案・発見できなかった事からも理解頂けると思います。

このブログを見て、ランブンの定理の考案過程・構築過程が分かったと思われた方は、それが、本当にロバート・ランブンの考案と同じかどうか、もう一度見つめなおす事をお勧めします。
「いや、そんな事はない。簡単に分かった。」
と、言われるでしょう。
しかし、
ランブンの定理は、数学史上の天才達、ピタゴラス、ユークリッド、タレス、エラトステネス、アルキメデス、ヘロン、ガウス・・・・ですら、考案できなかった定理・計算方法です。
簡単なようで実はなかなか到達できない定理なのです。
同時にその考案過程・構築過程を推定する事も、また、なかなか難しいのです。


ロバート・ランブンは、ピタゴラスがどのようにしてピタゴラスの定理を考案・発見したかを推定してきました。何年間も、ずっと。
また、ピタゴラスの定理の新たな証明をいくつか考案し続けました。何年間も。
その時期に、ランブンの定理を考案したのです。


やがて、しばらくしたら、ランブンの定理が数学史上、ロバート・ランブンのオリジナル考案・発見かそうでないかが判明します。
その時に、ランブンの定理の考案過程、構築過程が公表されます。
その時に、あなた様の推定が正解であったら、ロバート・ランブンはあなた様を大きく賞賛するでしょう。


※今現在もロバート・ランブンは、ピタゴラスがどのようにしてピタゴラスの定理を発見・考案したかを「推定」「推理」し続けています。
また、ピタゴラスの定理の新しい証明方法も考案し続けています。
今現在も、そして、これからもずっと。
※数学関係の本でピタゴラスがピタゴラスの定理を神殿の石畳を見て考案・発見したといった記述をよく見かけます。
確かにもっともな推定です。
しかし、天才ピタゴラスがそういった方法でピタゴラスの定理を考案したでしょうか?
天才ピタゴラスならもっと鮮やかで高度な方法で考案したのではないでしょうか?
では、その高度で鮮やかな方法とは?
いづれ発表したいと思います。


◆ランブンの定理を知り、「なるほどこれは新発見だ、面白い計算方法だ、便利だ。」と思われた方が多いと思います。
特に、ランブン2段数列には感心したでしょう。
実は、ランブンの定理はピタゴラスやタレス、ユークリッドの時代に考案されていなければいけなかったのです。
何故1983年頃まで2500年もかかったのか?
その理由・原因についてここでは特に述べません。
数学史上の超天才達、ピタゴラス、ユークリッド達はいったいどうしたのでしょうか?
野球で言えば、最強の四番バッターがど真ん中のホームランボールを空振りしたようなものです。
ロバート・ランブンはいつも言っています。
「ピタゴラス先生、ユークリッド先生、何故あなた方はランブンの定理を考案しなかったのですか?先生方は毎日ランブンの数列、ランブンの定理を見ていたではないですか?」と。

ランブンの定理、またランブン数列を古代から現代までの世界中の人々は常時見てきたのです。
「えっ、ランブン数列など常時見た事がない。ランブンの定理も全く見ていない。」
と多くの人は言うでしょう。
いえ、世界中の人々は毎日見ています。勿論、あなたも。
昨日も先ほども今も、明日の朝も。
それほど毎日見ているのです。
もちろん、紀元前3000年前、300年前の人々も天才たちもみんな見ていました。
古代から現代まで100億人を超える人々がランブン数列を見てきたのでした。
しかし、ランブン数列、ランブン2段数列に気づき、ランブンの定理を考案・発見したのはロバート・ランブンだけでした。

世界中の人が古代から毎日りんごや木の葉、石、鉛筆、雨が上から下へ落ちるのを見ながら17世紀まで引力に気がつかなかったのと同じです。
誰一人りんごが落ちてもなんとも思わなかったのでした。
ある日ニュートンがりんごが上から下に落ちる事に疑問を持ったのです。
人類が引力に気づくのに、西暦元年から1700年ほど、古代からだと5000年ほどもかかったのでした。

ランブンの定理、ランブン数列も同じです。
ニュートンのりんごのように世界中の人々は古代からランブンの定理を毎日見てきたのでした。
現代も世界中の大人、子供、老人、そして学者はみんな毎日見ているのです。
それであるのに、誰一人ランブンの定理に気がつかなかったのです。
誰もランブンの定理を考案しなかったのです。
誰もランブン2段数列を考案しなかったのです。
ランブンの定理が考案・発見されるまで、人類は5000年もかかったのでした。

ランブンの定理が詳しく発表されたら、世界中の人は手を叩くでしょう。
「何だ、それは毎日見ているぞ。」
そして、
その日から、世界中の人々はランブン定理、数列を見ながらすごします。
ランブンの定理を見るたびに思うでしょう。
「どうして何年も毎日ランブンの定理、数列を見てきたのにランブンの定理・数列に気がつかなかったのか?」

その日から家の中や戸外に有るランブンの定理・数列を毎日常時見ながら苦笑するでしょう。
そして、その日を境として、今まで気がつかなかったランブンの定理・数列が常時目に飛び込んできます。
いつもランブンの定理・数列を見ながら家の中、戸外で生活をする事となります。
家の中でも、机でも、パソコンの前でも、学校でも、会社でも、町でも、戸外でもどこでも常にランブン数列、ランブンの定理が目に飛び込み、いつも目がちかちかする生活を送る事になります。
世界中から苦情が来るでしょう。
「ランブンの定理のおかげ目がちかちかするようになった。」

しかし、そうなってもロバート・ランブンを非難しないで下さい。
ロバート・ランブンは皆様の目をちかちかさせる目的でランブンの定理を考案したのではないのですから。
ロバート・ランブンは、世界中の皆様が計算において楽になると思い考案したのです。



◆◆◆ 天才ガウスが17世紀に、もし、ランブン数列を見過ごさないで、ランブン定理を考案していたらどうなっていたでしょう?
まず、ガウスが、
 1+2+3+4+5+6+7+6+5+4+3+2+1
あるいは、 1、2、3、4、5、6、7、6、5、4、3、2、1
といった数字列を見て気づき、閃き、注目していたら、
間違いなくガウス方式でその合計を出したでしょう。

きっとこうしたでしょう。
 1+2+3+4+5+6+7
 6+5+4+3+2+1+0

上下2段にして、その合計が7で、数列数が7なので、7の2乗としたでしょう。
そして、
nに来るあらゆる数字をチェックして、
 1+2+3+4+5+6+・・・+n+・・・+6+5+4+3+2+1
の合計は、
  1+2+3+4+・・・・・・・・・・(n-1)+n
 n-1、・・・・・・・・+4+3+ 2 +1 +0
と、2段の数列を活用した方法で、
  nの2乗だ。
と、定理を完成したでしょう。

そして、
 1+2+3+4+5+6+・・・+n+・・・+6+5+4+3+2+1
の合計を求める定理は17世紀に天才ガウスにより発見・考案されてその後の数学の本、世界中の学校の教科書に、ガウスの定理として広まったでしょう。

残念な事に、ガウスの記録を見ても、ガウスはランブンの定理を考案していません。
ランブン数列も見過ごしていたようです。
また、上記でガウスなら、こういった方法で合計を出す公式、定理を考案しただろうと推定しましたが、上記の方法は、以前記載しましたが、ロバート・ランブンが定理を構築した方法とは全く違います。
答え、公式・定理の、nの2乗は同じですが、そこへ至るまでのコースやスタート地点が全然違うのです。
ロバート・ランブンがランブンの定理・公式を考案・発見したスタート地点、コースは上記の「ガウスならこうして数列の合計を出す計算方法・公式・定理を考案しただろう。」といった推定の方法とは全然違います。

ガウスは、
 1+2+3+4+5+6+7+8+9+10
といった数列を見て、
この数列の合計の出し方を、
n(n+1)÷2  
と定理・公式を考案したのでした。
それが10歳ほどの子供の時ですから、ガウスの天才ぶりは群を抜きます。
しかし、
ガウスは彼の生涯において、
 1+2+3+4+5+4+3+2+1 や、
あるいは、
1、2、3、4、5、4、3、2、1
といった数字列を100回以上、いや確実に1000回以上見ていたはずです。
けれども、
ガウスはその合計算出の定理、公式を考案・発見しませんでした。
また、
1+2+3+4+5+6+7+8
1+2+3+4+5+6+7
といったランブン2段数列も考案・発見していません。

それは、ピタゴラス、ユークリッド、アルキメデス、タレス、ニュートン達も同様なのでした。

何故、彼らは考案しなかったのでしょうか?

その理由は?

   分かりません。

ピタゴラスやガウス達がランブンの定理を考案しなかったのは数学史上の大きな謎です。




       

    ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■


  2. 素数を作る方法   
    強大な素数を作る方法
    巨大数字が素数かどうかを判別する方法
 
         ・・・・・・・・・・別頁をご覧ください。




  3.ランブンのいろいろな数列


上記の、1.2.で記載しましたように、ロバート・ランブンはいろいろな数列を見つけました。
勿論、自然界:宇宙には昔から存在する数列です。
人類が気がつかなかっただけです。
そういったロバート・ランブンが見つけた数列をここに記載します。

まず、
◇1+2+3+4+5+6+・・・・+n+・・・・+6+5+4+3+2+1
 ご存知、ランブンの定理の数列です。
 この数列は重要な数列です。
 この数列に名前がついていなければ、ランブン数列と名前を付けます。

そして、下記の二段の数列。上下二段でセットの数列です。
面白いでしょう。
数列を二段にして使うといった感覚が面白いですね。
名前がなければランブン数列その2と名前を付けてください。
1+2+3+4+5+6+7+8+9+10
1+2+3+4+5+6+7+8+9+10
ただし、この上下に段セットの数列は、もしかしたらガウスが何度も使用しているかもしれません。
ガウスが何か名前を付けているかもしれません。
仮にガウスが何も記録を残していなくても、ガウスは頭の中で、この上下二段の数列を何度も何度も浮かべて使用しているはずです。そう思います。


これも上下に段でセットの数列です。
これは、ランブンの定理に使っている数列の並び替えです。
1+2+3+4+5+6+7+8+9+10
1+2+3+4+5+6+7+8+9

あるいは、
1+2+3+4+5+6+7+8+9+10
   1+2+3+4+5+6+7+8+9
としてもいいです。


そして
ランブン素数定理の数列
10+9+8+7+6+5+4+3+2+1+2+3+4+5+6+7+8+9+10

この数列を見て、即座に素数を作る数列だとは、世界中の誰も気がつかなかったでしょう。
ピタゴラスもユークリッドもこの数列の記録を残していないようですから、この数列を作っていないですね。また、この数列で何か数学的なトライをしなかったようですね。
この数列を見て、素数を作る数列だと閃いたのは、ロバート・ランブンだけです。
また、この数列は面白い表現をします。

下記は、素数定理の数列を上下に段に並び替えたもの。
上下二段にすると分かりやすいでしょう。
1+2+3+4+5+6+7+8+9+10
2+3+4+5+6+7+8+9+10

※新しく登場する数列

下記の上下10段の数列です。
これもランブン数列です。
ランブン数列その10と仮に呼称します。

1+2+3+4+5+6+7+8+9+10+9+8+7+6+5+4+3+2+1
1+2+3+4+5+6+7+8+9+10+9+8+7+6+5+4+3+2+1
1+2+3+4+5+6+7+8+9+10+9+8+7+6+5+4+3+2+1
1+2+3+4+5+6+7+8+9+10+9+8+7+6+5+4+3+2+1
1+2+3+4+5+6+7+8+9+10+9+8+7+6+5+4+3+2+1
1+2+3+4+5+6+7+8+9+10+9+8+7+6+5+4+3+2+1
1+2+3+4+5+6+7+8+9+10+9+8+7+6+5+4+3+2+1
1+2+3+4+5+6+7+8+9+10+9+8+7+6+5+4+3+2+1
1+2+3+4+5+6+7+8+9+10+9+8+7+6+5+4+3+2+1
1+2+3+4+5+6+7+8+9+10+9+8+7+6+5+4+3+2+1

1から10までの数字が上下に10段並びます。
10段でセットの数列です。
誰もが、「それがどうしたのか?」と頭を傾げるでしょう。
この10段セットの数列は面白いです。
面白い表現をします。
どういった表現をするかは今後発表します。

下記のランブンの数列は誰もがロバート・ランブンがこのブログに発表する以前に見た事があると思います。
こういった数字の並び古代から現代までランブンの定理とは関係なく出てきますから、誰かがどこかで見ているはずです。
おそらく、ピタゴラス、ユークリッド、ガウス、ニュートンなどもこの数列は見ているはずです。
ただし、彼らはランブンの定理は考案していないようです。
1,2,3,4,5,6,7,8,9,10,9,8,7,6,5,4,3,2,1
1,2,3、2,1、
1,2、1
1+2+3+4+5+6+7+8+9+10+9+8+7+6+5+4+3+2+1
1+2+3+4+5+6+・・・・・・・・+n+・・・・・・・・・+6+5+4+3+2+1
1+2+3+2+1
1+2+1

細かい事ですが、
重要なので述べておきます。
それは、
「ロバート・ランブンはこの、ランブン数列に気がついたのではなく、ランブンの定理を考案するために、このランブンの数列を考案したのです。」
という事です。

つまり、ロバート・ランブンは
1+2+3+4+5+6+5+4+3+2+1
といった数字の列を、どこかで見て、その数列を見て、ランブンの定理を考案したのではなく、先にランブンの定理を考案して、その定理をうまく説明・証明するために、また、分かりやすくするために、ランブン数列を考案したのです。ランブン数列を作り出したのです。

つまり、ランブン数列はロバート・ランブンによる人工的な数列なのです。
そういった点に留意をしてください。

元に戻りますが、
少し上の、1から10まで、そして1までのランブン数列が上下で10段あります。
この10段セットのランブン数列:仮称ランブン数列その10は、今までセットでは誰も見た事がないはずです。
ロバート・ランブンの創作した数列ですから。

世界中の誰も10段どころか、2段、3段、4段セットの数列すら見た事がないはずです。
そういった2段、3段、4段、5段、10段、20段、30段のセットの数列を考案していろいろと定理を考案しているのは、ロバート・ランブンぐらいですから。
こういった、二段セット、10段セット、3段セット、数段のセットの数列をロバート・ランブンはいろいろ考案しています。
それらも、今後発表していきます。

◆このブログのこの頁でランブンの定理を読んだ方は、「ランブンの定理」とは、その数列の合計を簡単に出す方法だな、あるいは、素数を作る方法だな、と思うでしょう。
そういった事も含みます。
しかし、ランブンの定理は皆様が思っている以上にさらに多くの事ができるのです。
ランブンの定理を活用すれば、数列の合計を出したり素数を作るだけでなく、いろいろな面白い事が出来るのです。
それらを知ると、「なるほど、こういった面白い事もできるのか、」と感心するはずです。
それらは、そのうち記載していきます。




◆◆◆なお、ロバート・ランブンに関して述べます。

ロバート・ランブンは上記で述べましたように専門の数学者ではありません。
小説家、物語作家、童話作家です。
ですから、一日中数学ばかりに没頭していません。
一日のうち殆どを小説、物語作成に費やしています。
数学に関して研究する時間は殆どありません。
一日に数分、月に数時間ほどの時間しか、数学・算数・幾何学の研究にあてる事ができません。
そういった状態が20年以上も続いています。
いわば、アマチュアの数学研究者です。
厳しい言い方をすれば、数学愛好者です。
数学の学会などに属していません。
ですから、
ランブンの定理が過去にほかの人によって考案・発見されているのか、ロバート・ランブンのオリジナルの考案かどうかの調査は非常に時間がかかります。
また、素数を作る方法の欠陥の修正、原因解明、巨大数字が素数かどうかの判別方法の完璧さの調査はどうしても時間がかかります。
「ランブンの素数の定理」の完璧な完成までまだまだ時間がかかります。
その点ご理解ください。

上記に述べましたように、ロバート・ランブンは月に数時間ほどしか数学研究に時間を割く事ができませんでした。以前も現在も、これからも。
ピタゴラス、ユークリッド、ガウス、ニュートンなどは専門の数学者、あるいは数学も担当する学者として一日中数学に取り組む事ができました。
ロバート・ランブンにはそういったハンディが有ります。
そういった少ない時間の中で、「ランブンの定理」を考案しています。
ピタゴラス、ユークリッドなどが考案できなかった定理です。
その点を考慮して頂きますと幸いです。





     「竜馬と小説と歴史ブログ」館長   ナポレオン

                  2007.1.21.

          ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


◇下記にロバート・ランブンの物語「数学少年タレス」を二作品掲載しています。
 ロバート・ランブンの短編物語のカテゴリーから持って来ました。
 「ランブンの定理」が入った物語ですので、ここに掲載します。
 どうぞご覧ください。
 勿論、ロバート・ランブンの創作です。架空の物語です。



◆「エジプトへ行ったタレス」



               ロバート・ランブン



ピタゴラスが三平方の定理を考案した。
その話を聞いてタレス少年は感心した。ピタゴラスに詳しく聞こうと思い訪問した。
三平方の定理について質問をすると、ピタゴラスは直角三角形の三辺の短い辺をそれぞれ二乗して足すと長い辺の二乗になる、と教えてくれた。
タレスが何故そのような神秘的な定理が出来たのかと尋ねた。どうやって発見したのかと聞いた。だが、ピタゴラスは三平方の定理の証明に関しては全然教えてくれなかった。
当然だ。高度な定理や公式の証明方法はどの数学者もそれを秘密とする。
タレスはピタゴラスと話したいくつかの会話をヒントにして三平方の定理の証明を試みた。だが難しかった。考えれば考えるほど頭が痛くなった。
「難しい。ピタゴラスの定理は神様の定理だ。」タレスはピタゴラスを天才だと尊敬した。

何日か過ぎたころ町の数学者がエジプトの王様からエジプトに来るようにと呼ばれた。
その数学者はタレスを一緒に連れて行ってあげようと誘ってくれた。
初めてのエジプト行きでタレスは喜んだ。話に聞く本物のピラミッドを見る事が出来る。
ギリシャを発ち小さな船で五日かかってエジプトに着いた。

大きな港の町からナイル川を少し上っていくと砂漠が見えてきた。
砂漠には沢山のピラミッドがあった。
タレスが見ているすぐ近くで役人達が無数の奴隷を指図してピラミッドを作らせていた。
巨大な石を奴隷たちが大きな台車に乗せて押して行きピラミッドの頂上へとどんどん運んでいた。
壮大な光景だった。タレスと数学者は感動した。
数学者とタレスは宮殿に入った。王様や大臣が歓待してくれた。
数学者が王様にタレスの事をギリシャのこれからの有望な数学者ですと紹介した。
「ほほう、まだ16歳だと言うのに立派だ。」王様は若いタレスを見てほめた。
宮殿の裏手に練習用のピラミッドがあった。本格的なピラミッドを作るための練習用だ。奴隷が練習をさせられていた。高さ20段ほどの小さなピラミッドだ。いくつかあった。
ピラミッドは小さいが一つ一つの石は大きい。石はタレスの背と同じほどだった。
役人がタレスに説明をした。
本物は100段ほどある。このピラミッドは特別の練習用だ。
これは20段だけ完成している。21段目から上はこれから奴隷が練習で運ぶ。
一番下に石は30個有る、その上は少し小さい石で29個だ。その上は28段だ。27,26・・・・13,12、そして、一番上が11個となっている。
上の方は小さい石を使っている。そうしないとピラミッド型にならない。上の方へ行くほど練習用なので小さい石を使っている。
完成すれば30段だが今は下から20段まででその上はまだ出来ていない。
今のところ台形の形となっている。21段目から上が完成すればきれいなピラミッド型になる。
役人はタレスがまだ少年なので馬鹿にしたのか偉そうに聞いた。
「この完成していない小さなピラミッドでも沢山の石を使う。何個使うか計算できないだろう。たくさん使っているので計算すると1ヶ月かかる。ははは、」
「一番下が30個で一番上が11個ですね。今は20段ですね。」
タレスは確認して即座に計算した。「410個ですね。」
役人は「ははは、あてずっぽうを言っても駄目だ。そんなに簡単に答えは出ない。それと計算を一個間違えただけで大変な問題なのだ。重たい石を余計に運んだりする羽目となる。石の数をひとつ間違うだけで大変な事なのだ。」
役人は腰の袋から計算表を取り出して見た。
「おお、」役人は計算表を落とした。

王様がその話を聞いて感心してタレスを呼んだ。王様は質問をした。
本当のピラミッドは100段ほどある。また、使う石も大きい。数も沢山使う。
窓から外を指差した。「あのピラミッドは小さいが、それでも50段ある。一番上は1個だが2段目は8個、3段目は12個、4段目は16個、5段目は20個、・・・・・・48段目は192個、49段目は196個、一番下の50段目は200個使っている。沢山の奴隷を使っても完成するまで1年かかった。」
「ところであのピラミッドは石をいくつ使ったか分かるか?」王様は聞いた。
周りの大臣も役人もさっぱり分からなかった。あまりにも石を沢山使ったので計算が面倒なので計算をしていなかった。
また、1+8+12+16+20+24+・・・・といった計算方法を知らなかった。
役人たちは誰も計算できなかった。
しかし、タレスは即座に答えた。「5097個です。」
タレスがすぐに返答したので王様も大臣たちもタレスがあてずっぽうを言っていると思った。
「そんなに沢山使っているわけがないだろう。」王様は笑った。大臣たちも笑った。
「奴隷の隊長を呼んで来い。」王様が役人に命じた。
王様はやって来た奴隷の隊長に聞いた。
「あのピラミッドを造った時に、石は何個使った。」
「確か、5000個ほど使いました。」奴隷は思い出しながら答えた。
王様はたいそう驚きました。
しかし、知らん顔をして奴隷隊長に聞きました。
「そうか。だが、5097個のはずだぞ。正確に覚えてないといけない。石の値段は高いのだぞ。正確な数を答えろ!」
「は、」奴隷隊長は服の下から建造の台帳を出した。
パピルスの頁をめくりながら返答した。
「そうです。正確には5097個です。」
「おお、」
王様と大臣と役人たちが驚きの声を上げた。

奴隷の隊長は広間から出て行く時にタレスに言いました。
「お前が有名なギリシャのピタゴラスか?いくつか?」
「いえ、タレスです。16歳です。」
「ほほう、」奴隷隊長は感心した顔をして出て行きました。

翌日タレスと数学者は役人に案内されて畑に出かけた。
畑では測量士たちが畑の面積を測っていた。
タレスと数学者は測量している所へ近づいた。



               つづく

         
             2006.10.25.


      ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


◆「数学少年タレスとピラミッド」




                 ロバート・ランブン



古代ギリシャには天才的な数学者が多くいた。
ピタゴラスはその代表格だ。しかし、専門の学者でなくても街には計算が得意な人が多くいた。
市場で働く少年タレスもそういったうちの一人だった。

ある日の夕方広場で二人の子供が石を積んで遊んでいた。
石を10枚置いてその上に9枚置き次に8枚、7枚・・・・3枚、2枚、1枚と積んでいった。積んだ高さを競い合っていた。
高さが3三段のピラミッド、4段のピラミッドといろいろの高さを作って遊んでいた。

やがて二人の子供が喧嘩を始めた。
そこへ広場の役人が来た。「どうしたのか。喧嘩をしてはいけない。」
子供は役人に訴えた。「僕の石を取るんだ。」「違う。お前こそ僕の石を取った。」
二人の子供は石を積んでいる途中崩してしまった。二人のピラミッドの石が混ざってしまった。どの石がどっちの石か分からなくなった。
「僕の石だ。」と二人は取り合いをしていた。
「石に名前を書いていないのか?」と役人は聞いた。
見ていた大人が笑った。「遊ぶ石に名前など書くものか。」周囲の人々も大笑いした。
「確かに、」広場の役人は苦笑いした。

そこへ仕事を終えて帰る途中のタレスが通りかかった。
「おお、タレス。」役人はタレスを呼び止めた。
計算の上手なタレスの名前は役人の間でも評判だった。
役人は解決方法をタレスに尋ねた。

タレスは子供に聞いた。
「石のピラミッドは何段積んだのか。」
「僕は5枚から始めて一番上まで積んだ。」「僕は6枚から始めて一番上まで全部積んだ。」
「それなら、」
タレスはすぐに解決策を言った。
まず5段積んだ子供に言った。
「お前の石の数は15枚だ。」
もう一人の子供には「お前は21枚だ。」
二人の子供は言われたとおりの枚数を取った。石は不足する事なく余る事なく分けられた。
そして、再び5枚と6枚から石を積み始めた。
すると二人ともきれいなピラミッドを完成させた。
「おお、」役人は喜んだ。
周囲で見ていた大人たちは拍手をした。




            おわり



見ていた大人たちは感心した。
「タレスは天才だ。」「やがてギリシャ一の数学者になるぞ。」
一人がタレスに質問した。「タレスよ、では、先ほどの子供が二人とも石を120段まで積んだら、その二つのピラミッドの石の合計はいくつか?」
そう言いながらその大人は小石を上にぽんと放り投げた。
タレスは即座に答えた。
「14520枚です。」
タレスが答えたすぐ後に小石が落ちてきた。
周囲の人々は再び大きな拍手をした。



     ※タレスの計算方法は恐ろしいほど早い。
       いったいどういう計算方法でしょうか?

       ※ 短編物語です。
       ※ ピラミッド型に積んだ石を即座に計算したタレスのすばやい
         計算方法とエジプトの王様の前で計算した方法は両方とも
         ロバート・ランブンの考案です。
       
  ※この物語は「広場の賢者」シリーズの中のひとつです。
             
    
          ※著作権者から掲載の許可を得ています。
         このブログに掲載の作品には著作権が存在します。
            無断転載複写配布掲載禁止です。


             2006.10.21.  ナポレオン


      ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ◆以上、数学、学問、ランブンの定理などの記載でした。
 
ランブンの定理などがロバート・ランブンのオリジナルの考案であった場合、その著作権、学術発見の権利はロバート・ランブンが所有します。

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      「竜馬と小説と魔法の歴史年代暗記」 館長   ナポレオン



             2006.10.19.

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■竜馬がくる~明治編....................... 1.6.  2008. 紫四季 [・・・・小説]

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       2008.1.6.  一部更新しました。

               ※この頁は「竜馬がくる~明治編」です。
               「竜馬がくる~桂浜編」は別の頁です。
               左の最新記事の「竜馬の小説・33」を
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 ■「竜馬がくる~明治編」 

                         紫 四季

         ★ あらすじ

竜馬が明治時代の政界、財界で活躍する小説です。

竜馬が幕末慶応3年1867年の夏現代の桂浜にやって来た。
桂浜で出会った竜馬の大ファンの美しい少女、楢崎京(ならさき・きょう)やその家族、海援隊の子孫などと過ごし事件を解決し活躍する。
やがて再び竜馬は慶応3年へと還る。京も一緒について行く。
幕末に還った瞬間竜馬の現代の記憶は消滅した。京の記憶もほとんど消えた。
現代から過去に行く時現代の情報や記憶、機械、製品・商品はすべて消えてしまう。
大政奉還成立を目指して竜馬は奮闘した。
10月15日、とうとう大政奉還成立。感無量の竜馬。京も喜ぶ。
竜馬は暗殺もかわし明治時代に西郷、木戸、海舟などと政府、財界で活躍。
海援隊隊員の陸奥宗光、中島信行も条約改正、初代国会議長就任と大活躍。
海援隊は貿易・海運事業を独占する。大企業となる。
ある時の政府、財界をみると全員が西郷、木戸、大久保、海舟、伊藤、由利、陸奥、三菱と竜馬の部下、知人、親友ばかりとなった。
野党や新聞から「竜馬政府」と批判を浴びた。
日清戦争、日露戦争が勃発。
この小説では竜馬は25才としています。
ヒロイン京は幕末の竜馬の妻:楢崎お龍(おりょう)の生まれ変わりです。

慶応3年11月15日竜馬は終日土佐藩邸に居た。
竜馬の暗殺を心配していた京は安心した。
だが、夕刻近江屋から急ぎの使いが来た。
中岡が近江屋に来ている。至急来て欲しいと使いを寄越した。
京は驚き、使いの者に中岡に藩邸に来て頂きたいと伝えて欲しいと頼んだ。
使いの者は、中岡はすぐ岩倉邸へ行くのでその前の打合わせで急いでいると言った。時間がなく土佐藩邸まで来れないと言う。
竜馬は立ち上がり近江屋へ行くと返事した。
驚いた京は止めたが、竜馬は大丈夫と言って出かけた。刺客の一人や二人ぐらい中岡と二人で返り討ちじゃと笑った。
京は真っ青になった。
入交達に四人で近江屋の周りを護衛するようにと頼んだ。
入交、朝田、土居、信清は竜馬が近江屋に入った後、店の周りを護衛した。
夜暗闇の中数人の武士が近江屋に近づいた。
京の心臓は止まりそうになった。

近江屋の店の前に数人が来た時入交達はその前に立ち塞がった。
店の前で大乱闘になった。
数人の武士は強い。かなりの使い手達だ。
入交達は劣勢となった。
途中で騒ぎを聞いた谷干城が来た。中井庄五郎もたまたま通りかかって加勢に入った。少し遅れて陸援隊の田中光顕、薩摩藩の吉井、黒田なども駆けつけた。
苦戦の末、入交達は暗殺団を撃退した。連中は退散した。

そのあと竜馬と中岡が二階から顔を出した。
どうかしたかと聞く二人に、京は説明した。
「とても怖かった。どうしていたの、騒ぎが聞こえなかったの?」と聞くと、中岡と大いに議論をしていたから音に気がつかなかったと竜馬は返事した。
中岡もそうだと言った。
中岡は岩倉邸に向かった。

竜馬はそのまま近江屋に居ると言った。
京は再び真っ青になった。
また、入交達に頼んで隣の部屋に居るように頼んだ。
京は竜馬の隣の部屋で震えながら夜を明かした。
いつまた、さっきの暗殺隊が襲撃して来るかと心臓が止まるほど怖かった。
入交達は、2階の入り口の部屋でずっと起きて見張っていた。
刺客達は来なかった。
長い夜が明けた。11月16日となった。
京はほっとした。
新しい一日だ、京は心の中で叫んだ。朝日がとてもまぶしかった。

西郷達が慶喜討伐の密勅を手にしていると中岡から聞いた。
西郷、岩倉、木戸、岩倉は12月初旬に王政復古宣言を行い、そこですかさず慶喜の罷免、辞官、徳川家及幕府領土没収、政界追放を行うと竜馬に告げた。
慶喜が少しでも反抗や抗議をすれば即座に徳川家・幕府を討伐すると宣言した。
薩摩、長州、陸援隊は軍の出動準備を完了していた。
中岡は早く竜馬も西郷軍に合流しろと誘った。
陸援隊はいつでも攻撃をすると言った。
大規模な内戦となる。危ない。

竜馬は西郷達と会議をした。
西郷は即座に攻撃とこぶしを叩いた。
慶喜は追放・壊滅であると決定事項を竜馬に伝えた。
岩倉公もその方針であると譲らない。
竜馬は三条公、岩倉公とも会ったが、二人は決定だと一切竜馬の話を受け入れない。
竜馬の必死の努力もむなしく慶喜は王政復古宣言が出された時には追放・壊滅すると決定された。
辞官納地も決定された。慶喜も徳川家全体も消滅である。

後は王政復古宣言の日を待つのみとなった。
西郷は新政府の閣僚名簿に竜馬の名を入れた。海軍大臣だ。
竜馬はしぶしぶ受け入れた。海軍は薩摩藩と竜馬、海援隊で行うと西郷は笑った。
陸軍は陸援隊と長州とで行う事となった。
陸軍副大臣には中岡が予定された。
新政府により慶喜追放、壊滅が宣言された場合、慶喜が兵を薩摩藩邸と御所へ進めて来るという情報が入って来た。
西郷と大久保は手を打って大喜びした。
木戸も駆けつけ西郷達と祝杯を挙げた。

竜馬は内戦になる、いかんと西郷達を説得した。
だが、西郷達は受け入れなかった。
薩長同盟、大政奉還政策と竜馬の政策を薩長は今まで協力して来た。今度は竜馬が薩長の政策を応援する時だと大久保は迫った。
板垣退助の軍勢も近々京に入る。
竜馬が渡した新式のライフルで装備している。
後藤象二郎もとうとう総攻撃に完全同意した。
竜馬は孤立した。

西郷と会談するが西郷は黙って竜馬を睨むだけだ。
竜馬の声に全く耳を貸さない。
横で中岡、大久保、木戸が早く準備しろと急かす。
海援隊の連中までもが早く攻撃しましょうと竜馬を煽る。
大政奉還の時には海援隊は近江屋で襲撃寸前だったではなかったか、何故今度は攻撃しようとしないのかと中岡は皮肉を言った。
竜馬は大いに困った。

何の為の大政奉還だったのか?
内乱をさけ即座に新政府を創り平穏に近代化のスタートをきる為の竜馬必死の大政奉還政策だった。
内乱もなく大政奉還は成った。
だが、ここに来て慶喜壊滅の動きが出てきた。
新政府において薩摩、長州、土佐が主導権をとるのは当然である。
新政府樹立に功績が有る。
また、欧州型の近代国家を創るにも薩摩、長州、土佐の方が徳川家・幕府よりも適している。
西郷、木戸、小松、五代、伊藤、井上など近代政府を進めて行く優秀な人材も多い。
だが、薩摩、長州が政権の主導権をとり、さらに徳川家を壊滅しようとすれば徳川家、旧幕府方の藩が抵抗して大規模な内乱となる。
慶喜は大政奉還をすれば新政府で有る程度重要な地位に就けると期待していた。
親しい公家や多くの藩からも同意を得ていた。
だが、それが一転して壊滅となれば慶喜、徳川家は怒る。
事実情報をつかんで徳川家の幹部の間で王政復古前に薩摩、長州、土佐を奇襲攻撃すべしという動きも出ている。
徳川方が先に攻撃をすれば西郷、大久保、木戸の思う壺だ。
徳川先制攻撃を口実に下関、三田尻に待機している数万の軍が一挙に京都にやって来る。
新政府スタート直後に大内乱となる。
下手すると列強に侵攻される。
危険だ。

王政復古宣言の日までもう数日しかない、竜馬は焦った。
ここ数日は竜馬が西郷、木戸、岩倉、三条などに面会を申し込んでも、訪問直前にみんな外出してしまい面会もしてくれなくなった。
「困った。」
竜馬は腕を組んだ。
「よし。やむをえん。」
最後の手段をとった。
竜馬は江戸の海舟に密使を飛ばした。
海舟は竜馬の手紙を見て永井、板倉を動かした。
竜馬と永井、板倉、そして、江戸から急ぎ駆けつけた海舟たちは密談した。

12月9日王政復古宣言が出された。
同時に、予定通り慶喜に辞官納地を即刻命じる過酷な勅命も出された。
慶喜は怒り狂ったが、海舟や永井達が必死で耐えるように説得した。
慶喜に辞官納地を全面的に受け入れさせた。
そして、そのまま慶喜を即座に江戸へ連れ戻した。
辞官納地を即座に受け入れそのまま江戸に帰った慶喜を見て西郷、木戸、岩倉は攻撃する訳にも行かず次の行動が起こせなかった。

鳥羽伏見の戦いは避けられた。

京都では海舟が全権総裁として西郷、岩倉などと交渉をした。
勝は持ち前の歯切れのいい江戸弁で話を進めた。

徳川家は新政府、新日本に全面的に協力する。徳川幕府の領地、職務は全面的に朝廷に奉還する。
これにより統一中央集権国家が誕生となる。慶賀に耐えない。ただ、完全な中央集権国家となるには徳川だけではいけない。他の藩も奉還しないといけない。
そう言って海舟は西郷に薩長も領地を返上しろと迫った。

徳川方は福井藩、土佐藩、宇和島藩、水戸藩、その他の親しい藩などとともに朝廷工作を強力に展開した。
春嶽、容堂、伊達など多くの藩主は徳川壊滅策は過酷であり道理に反する、大政奉還を早々としたのは慶喜の大きな功績だ。功績を認めて重要職に就任するのが当然だ。
討伐されるほど朝廷に対してひどい事はしていない。政治上大きな失策はしていない。寛大な処置をと徳川に親しい公家などを動かしていった。
徳川家と親しい公家や旧公武合体派の公家が三条、岩倉にあまり過酷な事をしないようにと圧力をかけた。

幕府も幕末に数々の失策をして来たが、それは慶喜以前の将軍の時である。
また、その当時慶喜は京都に居て朝廷の職務に就き朝廷の直接の部下として貢献していた。
今回開国、親英親仏外交が展開される。これは、当初から幕府の方針である。開国、親英親仏外交にそもそも反対していたのは薩長、朝廷などであると海舟は切り返した。
あの当時長州や薩摩の意見通り幕府が、国家を省みず攘夷戦を行なっていたら、江戸、日本は馬関戦争の下関砲台、薩英戦争の鹿児島の町同様激しい艦砲射撃を受け壊滅する所であった。
こういった幕府の現実的な政策も評価するべきだ。
慶喜の壊滅は道理に合わない。それよりも世界の情勢は緊迫している。
早く各藩も版籍、領地を朝廷に徳川家同様返上するべきだ。徳川のみの返上では統一集権国家の完成とならない。
議会も早く開催しないといけない。
内外情勢火急の折内乱は国家の大きな損失、危機である。
政策は武力よりも議論で決すべし、急ぐ。と海舟は大論陣を張った。

海舟、春嶽、容堂などが朝廷、西郷、島津久光、毛利と会談した。
竜馬も西郷、大久保、木戸、中岡、岩倉などと会談をした。
全国の藩の領地返還には島津久光が猛反対した。
多くの藩も西郷、木戸、岩倉に抗議を行った。
領地返上にはどの藩も猛反対だ。どうするかと海舟は西郷と談判した。
反対する藩が進んで返上するように、薩摩、長州こそ徳川同様早く領地返上するべきだ、と要求を突きつけた。
慶喜赦免のお願いと言うよりも、お願いに名を借りた薩長に対する領地返上を迫る論となって来た。
さすが海舟である。どちらが攻撃側か分からなくなってきた。
西郷は圧倒されて腕を組んで唸った。

だが、理詰めに頷く西郷ではない。
西郷はかんかんになって怒った。
徳川の理屈よりも砲で決すると叫ぶ西郷や大久保、中岡に海舟は少し折れた。
では、慶喜は新政府の役職には一切就かないと妥協案を出した。
民間人として過ごし政治力を行使しないと約束した。
春嶽も大いに動いた。やっと三条、岩倉も妥協した。
西郷は残念そうだったが、慶喜が決して政界に復帰しない、徳川家・旧幕府勢力は新政府に全面的に協力する、江戸城も新政府の役所として進呈するという約束を取り付けてやっと妥協案を呑んだ。
慶喜は政府各職からの辞職だけで終わった。
徳川討幕と壊滅の勅命書は岩倉のもとに回収された。
新政府はやっと満足に動き始めた。
内乱も一切起きなかった。
鳥羽伏見の戦いも長岡藩との戦闘もなく、会津白虎隊の悲劇も起きなかった。
彰義隊が上野の森に集まる事もなかった。
だが、榎本武揚はやはり江戸を脱出して蝦夷へと行った。
そして、高らかに蝦夷共和国独立宣言を内外に宣言した。
京は頑固な人だとため息をついた。
しかし、薩摩の特使黒田清隆が説得に行き戦闘をしないうちに榎本は江戸に帰ってきた。
内乱がひとつも起きず竜馬は喜んだ。
京はすごいと感心した。

新政府に列席出来ないと後で聞いた慶喜は海舟に怒った。
海舟はそうしないととても攻撃を抑えられない、やむを得なかったと説明した。だが、時機を見て政界に復帰出来るように西郷に頼むから大丈夫だと保証した。慶喜は納得した。
結局、海舟が竜馬と一緒に西郷の所へ行き頭を下げて頼み、ほどなく慶喜は政界に復帰し大いに活躍を始めた。
新政府が無事発足するとやはり慶喜のような優秀な政治家が必要となってくる。
フランスオランダからも慶喜の政界復帰の希望が出ていた。
また徳川家や旧幕府には榎本や西をはじめ優秀な人物、学者が多い。
そういった人材も新政府で使わないといけない。
政治面では西郷、小松、木戸、大久保などがいるので大丈夫だ。
しかし、新政府となり欧州の国々と互していくには政治以外にも産業、科学、工業、海運、海軍、陸軍、学問・教育などで優秀な人材がいくらでも欲しい。
竜馬は大規模な内乱で旧幕府方の優秀な人材が失われるのを恐れた。

慶喜は経済産業部門を担当した。
フランスから提案を受け銀行を設立した。
家臣の渋沢栄一が経済や産業、農業振興に堪能で渋沢は銀行をつくり同時に多くの会社、工場を設立した。
渋沢は古くから慶喜に仕えていた武士で下級武士ではあったが頭脳明晰鋭く、その為幕末欧州へ産業視察に派遣された。
渋沢は欧州各国を精力的に巡り銀行、株式会社、証券市場、工場などのノウハウを習得してきた。
銀行、産業界で多くの功績をあげた渋沢はやがて明治の実業界に君臨するようになった。

明治発足直後竜馬は木戸、由利、福岡などと共に五箇条のご誓文を作成した。
当初由利は「竜馬さんの船中八策をそのまま使用すればいい。」と提案した。
木戸も「そうだ。それでいい。少し手直しして使えばいい。」
と同意した。
しかし、中岡や佐々木などが「少し長い。もう少し短くした方がいい。」
と指摘が出た。
結局木戸と由利と福岡がいろいろ手直しして五箇条のご誓文が出来上がった。
「船中八策のかけらもない。」と中岡が笑った。
「いや、そんな事はない。船中八策の精神で作った。」と由利が述べた。
事実五箇条のご誓文を見ると竜馬の船中八策の精神が基礎となっている。
最後に木戸が文章を格調高く仕上げた。
それを見て西郷も満足した。
「竜どん、万機公論に・・・、とは国会の事か?」西郷は竜馬に聞いた。
「似たようなもんじゃが、ちょっと違う、」
竜馬は笑った。
「貿易が入ってないな、」木戸がからかった。
「そんなものを入れたら笑われる。」
竜馬は頭をかいた。

竜馬は新政府で憲法、国会を早くと提唱した。
木戸は大いに賛同した。憲法は伊藤博文に担当させる事にした。
伊藤は欧州に出航した。
国会開設は板垣、大隈、江藤などにやらせた。

大久保と岩倉はそんなに性急にやらずとも、もう少し新政府の基盤を強固にした後でもよかろうと難色を示した。

竜馬と木戸、大隈は大いに大久保達を説得した。
板垣も大いに動いた。土佐藩は国会開設の急先鋒となった。大久保は渋い顔をした。
結局世論も大きく国会開設に傾き、まず明治三年に憲法が公布され同年続いて国会も開設された。
近代立憲国家日本の誕生だ。
竜馬は涙を流して喜んだ。京も泣いた。
その夜、竜馬は関係者を集め憲法公布と国会開設記念盛大にパーティーを開いた。
ところで公布された憲法を見て竜馬や板垣、大隈は激怒した。
「伊藤、おんしはイギリスへ行ったんじゃろが、」
竜馬は伊藤博文に詰め寄った。
「はい、でも帰る途中プロイセンへ寄ったんです。ビスマルクに会い
まして・・・・・、」
伊藤は頭をかいた。
当初イギリスへ行き英国型憲法を採用するようにと木戸や小松、大隈などから命令されていた伊藤だったが、帰路たまたまドイツに立ち寄りビスマルクに会った事によりドイツ型憲法を採用した。
「伊藤は策士じゃ」竜馬や大隈はぼやいた。
大久保と岩倉は手を叩いて伊藤を褒めた。

大隈と江藤と板垣はかんかんになって政府に辞表を叩きつけ政府を去った。
伊藤は驚き困った。自分の責任だと頭を抱えた。
しかし、大久保は「結構、結構、」と笑い飛ばした。

初代内閣総理大臣は当然西郷が国会により指名された。
が、なんと西郷は断って薩摩に帰ってしまった。
あわてた竜馬と大久保は薩摩へ行き説得して西郷を政府に呼び戻した。じゃあ、おはんも早く海軍をやれ、海援隊と一緒に貿易ばかりやって全然海軍をやらんではないか、と言う西郷に竜馬は了承した。
新政府の強力な布陣は整った。

帝国議会の初代議長には元海援隊隊員中島信行が就任した。
また、外務大臣には同じく元海援隊隊員の陸奥宗光が就任した。
その他長岡謙吉など海援隊の隊員たちは政官界の要職に就き大いに活躍した。
中岡は陸援隊から田中光顕を初代内閣官房長官に送り込んだ。
田中の仕事振りがなかなか良かったので中岡は喜び、田中にさらに警視総監、宮内大臣をも担当させた。
薩摩や長州のような藩でなく浪人集団のような海援隊と陸援隊が政府、国会の要職を担当した。
竜馬は親友由利公正に大蔵大臣を担当させた。
明治早々の大蔵業務をやり遂げた由利は続いて大久保忠寛の後を受け東京府の府知事となり東京、特に銀座の整備・発展を行った。
銀座はロンドンのような豪華な煉瓦街となり一躍高級ビジネス街・商店街となった。

旧徳川方からは政府の要職に竜馬の知人や海援隊の連中ばかりが就任している、貿易や海運事業も株式会社海援隊が独占していると竜馬を非難する声が出てきた。
事実新政府の海運の仕事は海援隊がほとんど請け負った。
海外貿易も海援隊の独擅場となった。
株式会社海援隊は明治早々三井、住友と並ぶ大会社となった。

しかし、西郷、木戸、海舟から竜馬の政治家と事業の兼任は良くないと注意を受け、竜馬は海援隊の海運事業の一部を岩崎に譲り事業を縮小した。
岩崎とは幕末長崎で海援隊に対する会計や資金融通を担当していた土佐藩の岩崎弥太郎だ。
海援隊の業務を一部譲り受けた岩崎弥太郎は三菱会社を興したちまち事業を拡大していった。
岩崎弥太郎が行った海運事業・貿易のスタイルは海援隊そのものであった。
岩崎は長崎で竜馬や海援隊と接しているうちに海運事業・貿易のノウハウを習得していたのであった。
さらに竜馬は西郷、木戸と相談してグラバーを政府の貿易顧問とした。

福沢諭吉や西周は明治新聞を発行した。
そして、政府を批判した。
「見よ、新政府を。政府、国会、財界には西郷、木戸、大久保、小松、海舟、大久保忠寛、吉井、五代、黒田、伊藤、井上、由利、後藤、板垣、谷、佐々木、中岡、田中、中島、陸奥、三菱、グラバーと竜馬の親友・知人、部下ばかりだ。政府は竜馬に独占されている。」と痛烈に竜馬を攻撃した。
「そんな事はない。陸奥も中島も実力じゃ。」とぼやく竜馬に西郷と海舟は、まあ、むきになって反論しても無駄だ。放っておけと笑った。

当初福沢諭吉は政府を薩摩と長州が独占していると批判をしていた。
だが、ある日気がつくと政府、官庁、海軍、国会、財界を見ると、すべて竜馬の人脈で固められていた。
福沢や西は薩長藩閥政府批判をやめて竜馬独占政府を批判し始めた。

大久保、岩倉達は欧州へ近代国家の視察に出かけた。
その間に西郷は廃藩置県と士農工商廃止を完璧に成し遂げた。
そのほか社会制度を革命的といえるほど変更して行った。大いなる功績だ。竜馬はじっと見ているだけでよかった。
勿論問題は種々次々と出て来た。しかし、竜馬、西郷達は協力して難局を乗り切った。

大久保達が欧州から帰ってきた。
大久保は欧州のあまりの凄さに完全に驚いていた。大久保はいっそう富国強兵策を採った。
大久保の働きは帰国以来一層目覚しくなった。伊藤も大活躍をした。
鉄道も完成した。電信や郵便網も完成した。紡績工場など近代工場が各地にどんどんと出来た。
海軍も強力になった。
竜馬は海軍の各所に海援隊の隊員を送り込んだ。彼らは活躍した。

ところで国会開設の時には板垣退助が大奮闘した。
その功績によりみんなは板垣に初代議長をやればと勧めた。
だが、板垣は断りもっと民権運動をしないといけないと言って全国各地を演説に歩いた。
板垣はさらに民主的な国会と憲法を求めて運動をした。
やはりというか暴漢に刺されてしまった。京は思わず天を仰いだ。
 
京の願いもむなしく征韓論が起きた。
国会は大混乱となった。
国会で訪韓を否決された西郷は怒りまた鹿児島に帰った。
京は困った。大変なことになると竜馬に話した。
あわてた竜馬と海舟が説得に行った。
鹿児島での不平士族集団が政府に抗議を行うと上京軍を結成した。
驚いた竜馬は西郷よりも桐野を説得した。
あんまり西郷どんを焚きつけるな、西郷さんが中央政界に居ないと日本の損失だと説得した。
「分かった。」と桐野は西郷に東京へ帰るように説得した。
西郷はやっと東京に帰った。
西郷の自害は防止できた。竜馬はほっとした。
京も喜んだ。

だが、桐野が主導する鹿児島の巨大な不平士族の集団は新政府の大きな問題となった。
鹿児島だけではない。山口など各地でも不平士族の乱が起きた。
明治10年桐野が率いる3万を超える薩摩旧士族の大軍が鹿児島を出発した。
西郷は桐野を説得すると言って鹿児島へ向かった。
竜馬はあわてて西郷を引き戻した。西郷は話し合いの結果桐野と運命を共にしかねない。
竜馬と海舟の必死の願いで西郷は東京に帰った。
西郷、竜馬達の必死の説得が成らず、桐野は鹿児島を立ち直後に熊本で戦争が開始された。

乃木希典、谷干城の政府軍に制圧された桐野の自決を聞いた西郷はその夜号泣した。
桐野は残念だったが、西郷を救う事は出来た。
だが、残念な事にここ一年ほど具合の悪かった木戸が病に勝てず亡くなった。
新政府での激務が原因だった。
西郷も竜馬も大変悲しんだ。

大久保の暗殺の防止をしなければいけない。
どんな重要な未来の事を言ってもすぐに記憶から消えてしまう竜馬に困って、京は竜馬がいつも使う手帳に大久保の暗殺の噂が有る、護衛を常につけて置くようにとメモをはさんで置いた。
会議の折に竜馬はそのメモを見て首を傾げたが、西郷や海舟に大久保の護衛を付けるように耳打ちした。
大久保に言うと護衛など嫌うから少し離れた距離から護衛した。
大久保の暗殺は防止できた。

やがて日清戦争が起きた。
西郷は旧士族を大量に軍に雇った。
大久保率いる大蔵省は予算がないと大反対したが、不平士族の不満解消や困窮救済の側面もあると西郷は押し切ってしまった。
今度は大久保が怒って鹿児島へ帰ってしまった。

困った西郷は竜馬、伊藤と一緒に大久保を迎えに行った。半年ほどしてやっと大久保は政府に帰って来た。
予算の面ではもめたが、旧士族の不平がかなり収まった。意気あがる士族出身の兵士、下士官達は活躍し日清戦争は勝利した。

ほっとしたのもつかの間、ロシアが南進してきた。
ロシアの南進に政府は焦った。だが、ロシア政府との必死の交渉もむなしく開戦が迫って来た。
外交交渉を展開した。陸奥が大活躍した。
陸奥は数年前にすでに治外法権を撤廃していた。幕末以来の悲願であり、竜馬の悲願でもあった。
今度は日英同盟を締結した。
陸奥の活躍に竜馬は大いに感心した。
「陸奥、たいしたもんじゃ」竜馬は陸奥を褒めた。
陸奥は返答した。
「いや、隊長に海援隊時代にしごかれたからです」
二人は大いに笑った。
日清戦争後の講和会談では陸奥は日本全権となり中国全権李鴻章を相手に講和会議をまとめた。
日清戦争前から戦争中、講和会議、不平等条約改正、日英同盟と陸奥宗光の名は日本、アジアに轟き、欧州の新聞でも陸奥外交として賞賛された。
その鋭い外交手腕を人々はカミソリ陸奥と称した。
陸奥外務大臣のあまりの大活躍に政府は感心し陸奥の銅像を外務省内に建立した。

日英同盟を積極的に応援したのはサトウ公使である。
彼は先頃まで駐日公使を勤め、そのあとシナ公使となりアジアの政治情勢に於いて大きな影響力を持つようになっていた。

サトウ公使とは長崎で竜馬と喧嘩したあのアーネスト・サトウだ。
イカルス号事件の問題では申し訳なかったとアーネストは後年竜馬に謝った。土佐藩と海援隊に対して不名誉な事を行なったと陳謝した。
日本を援護する英国、アーネストに竜馬、西郷達は感謝した。
日露戦争直前にはアーネストからロシアの政策、ロシアの内政情況、ロシア軍の情報が克明に届いた。戦費も大いに援助すると言ってくれた。
全面戦争にならずアジアでの局地的な戦争だと日本が優勢だと分析を送ってきた。
また開戦の時には英国は全面的に日本を支持すると表明した。
イギリスの動きを受けて各国は日本支持、あるいは中立へと動いた。
英国のおかげで外交的に大いに有利になった。

とは言っても日露戦争の行方を冷静に分析したのはアーネストだけだった。
世界中の国々は大国ロシアによって日本は簡単に敗北すると見た。
英国に次ぐ世界最強のバルチック艦隊が日本の軍艦をすべて日本海に沈めてしまうと予想した。
シベリア鉄道の終着駅が東京になるだろうと、欧州の政界や社交界で囁かれた。

竜馬、西郷達はもう既に還暦、古希を過ぎ完全に老人となっていた。
全員白髪となり、歩く時に少し杖を必要とするようになった。
西郷78歳、大久保75歳、海舟82歳、竜馬70歳となっていた。
今や政治の主力は、伊藤、山県、黒田、松方など維新当時若かった連中ばかりだ。
彼らは優秀だった。

ロシア軍は予想以上に強かった。
当初二〇三高地は乃木希典の攻撃で数日で陥落すると思えた。
だが、陥落どころかロシア軍は日本軍にすさまじい被害を与えた。
日本軍兵士は二〇三高地要塞の下で次々と倒れていった。

さらに、バルチック艦隊が日本近海に迫って来た。
日本中が戦慄に包まれた。
さすがに竜馬、西郷達も大丈夫かと心配した。
竜馬と海舟はバルチック艦隊と日本海軍の比較をした。
比較をすればするほど敗北の可能性が大きくなった。
楽勝と思えた二〇三高地の戦闘ですらあれほど苦戦した。
ならば世界に名の轟くバルチック艦隊との海戦となるといっそう苦戦する。いや敗退の危険が大きい。
竜馬も海舟もため息をついた。
その報告を受け西郷、大久保も暗澹たる気持ちとなった。

だが、連合艦隊司令官東郷平八郎は悠然としていた。
心配する竜馬、西郷、大久保などを前にして任せて下さいと胸を叩いた。
東郷平八郎を司令官に抜擢したのは西郷だった。

西郷達の目の前では京も竜馬たちと一緒に心配した顔をしたが、東郷が作戦を説明している時には内心にこにこしていた。
京は竜馬に日本艦隊は鮮やかにバルチック艦隊を撃破するとそっと囁いた。
竜馬は本当かと半信半疑だ。
日本は勝つでしょうと言う京に、大久保や西郷、海舟はご婦人は呑気なものだ、羨ましいと呆れた顔をした。

バルチック艦隊が台湾沖を通過した。
竜馬、西郷、大久保、中岡、海舟は旗艦三笠に乗り込んだ。
東郷と共に甲板に立ち遥か東シナ海方面を見た。




                    ( つづく )

 ◇「竜馬がくる~明治編」のあらすじでした。

 ◇ひとこと、
現代から過去に行く時、現代の情報、記憶、記録、機械、武器、本、商品、製品、素材、材料などは過去に行く途中ですべて消滅します。
当然です過去に戻って行くのですから。過去にない品物、製品、素材、情報は消えていきます。
ですから、現代の人が過去に行った時には、すべての記憶は消え、持参したパソコン、電池、計算機、本、情報、機械などはすべてなくなります。
つまり、現代人が江戸時に行っても現代の記憶をすべてを忘れていて機械や記録ノートなど持ち物もすべてなくなっています。
そのまま未来の事をすべて忘れた人間、つまりその時代の人間として生活をする事となります。
自分が未来から来た事など全然覚えていません。
本人は「何も覚えていない。どうしたのか?私は誰だ。昨日まで、さっきまで何をしていたのだろう?」とうろたえ、周囲の人はおかしな格好をした変な人、よそ者と見ます。
今までこっそりとタイムマシンを発明して、誰にも言わず過去に行った科学者や冒険家は多いはずです。
しかし、現代に還って来ていません。
当然です。過去に移動している間に、移動時空の中で現代の物がすべて消滅するのですから。
ついた瞬間タイムマシンも消滅します。
現代の記憶もすべて消えています。自分が誰かさえ忘れています。
元の未来の時代に還ろうという意識さえなくなっています。
そのまま苦労しながらその時代で暮らす羽目となります。
ですから、皆さん、タイムマシンを発明しても決して過去に行かないで下さい。

過去に行き現代の機械や武器、情報、学問・知識などを使って大発明をして天才や英雄になろうとしたり、機械や武器、情報、知識を使い大儲けをしようとしても、そういった事は出来ないような仕組みとなっています。
何故、現代の記憶や機械、情報などが途中で消えるのか?
分かりません。
推定すると、歴史を狂わせない為だと思われます。

過去から未来に行く時はわりと平気です。持ち物、記憶などはほとんど残りです。
大きく重い物、大きな機械・金属・火薬など以外の軽い衣服、素材などは残ります。
過去の旧式の物、素材、品物、また記憶、情報などが少しぐらいなら、やって来ても歴史が狂う事がないからでしょう。
竜馬が幕末から現代に来て、記憶も服装、刀などを失っていなかったのは未来に来たからです。
再度竜馬が幕末に戻った時は、現代の記憶や機械、情報はすべて消えました。
京の記憶が残ったのは特別です。奇跡のようなものです。
竜馬の暗殺をくいとめたいという竜馬ファンとしての強い一念が有ったからなのでしょう。
と言っても京の記憶も竜馬暗殺、大政奉還など重要な事がぼんやりと残っている程度です。
あとはほとんど消滅しています。

小説やマンガを見るとタイムマシンを発明して過去に行き現代の知識・学問・情報、記憶、機械などを使い、大発明をしたり大儲けをしたり天才学者として威張ったり、宝くじや競馬を楽々と当てたり、あるいは、過去・古代の宝石などを現代に持って来て大儲けをするといった事が書かれています。
また、過去の歴史を都合よく変更して再度現代に戻り変更した歴史で楽しく暮らすなどといった事もよく書かれています。
しかし、上記の説明に有るように、そういった事は出来ない仕組みとなっています。
ですから、あなたがタイムマシンを発明しても、そういった事に十分気をつけて過去に行って下さい。
還って来れなくても責任を持ちません。

      「超絶宇宙時空理論」でした。
        平たく言えばタイムマシン理論です。
       この「超絶宇宙空間理論」には特に著作権が存在します。

 ◇「竜馬がくる~明治編」のあらすじでした。

 ◇やがて「竜馬がくる~明治編」の小説を開始します。
   開始時期は現時点では未定です。

 ◇この頁は「竜馬がくる~明治編」です。
    「竜馬がくる~桂浜編」は別の頁です。
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                2008.1.2.   ナポレオン
 

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       「竜馬と小説と歴史のブログ」館長  ナポレオン








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■竜馬の小説。33まで。まとめ。 25から33まで。 紫四季 [・・・・竜馬の小説]


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    2007.12.31. 更新しました。





◆小説 「竜馬がくる~桂浜編」  まとめ    その 33




◆「竜馬の小説:まとめ」へ、 その33 を追加しました。

この頁で、その25あたりから33まで連続で全部読めます。

その31に続けて、その32と33の文章を追加しています。その31まで読んでいる方は最後の方をお読みください。
初めての方は、左の最新記事の「竜馬がくる その31」をクリックして最初から31までを先にお読みになってからこの頁のその32と33をお読み下さい。


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◆最初に「あらすじ1」をお読みください。
別頁であらすじ2と3、そして説明を記載しています。左の最新記事欄の「竜馬がくる~あらすじ1、2、3と説明」をお読み下さい。

できるだけ先に、あらすじ 1、2、3、と説明すべてをお読みになってから小説をお読み下さい。
      
◆ 先に簡単なあらすじを紹介します。   あらすじ 1

竜馬が幕末慶応3年1867年の夏、京の三条大橋で雷に打たれ現代の桂浜にやって来た。突然現代の高知市に来て驚く竜馬。はりまや橋で車や周辺のビルを見て非常に驚く。
桂浜で出会った竜馬の大ファンの美しい少女、楢崎京(ならさき・きょう)やその父楢崎将蔵、家族、海援隊の子孫などに現代の高知、京都、東京などを案内される。
やがて再び竜馬は慶応3年へと還って行く。その時京も一緒について行く。
京都、長崎、土佐などを舞台に大政奉還成立を目指して竜馬の大奮闘が続く。京も竜馬に寄り添い幕末を駆け巡る。
大政奉還か武力倒幕か。西郷、大久保達と激論。西郷は総攻撃をかける寸前だ。
10月15日、とうとう大政奉還成立。感無量の竜馬。京も喜ぶ。
竜馬は約束した。近江屋事件を避けて明治の時代には一層日本の為に尽くす、と。
京は竜馬と二人で竜馬の作った新しい日本、明治時代を見る事を夢みた。

この小説では竜馬は25才としています。

ヒロイン京は幕末の竜馬の妻:楢崎お龍(おりょう)の生まれ変わりです。

大政奉還、明治維新の小説であると同時に青春ラブ・ストーリーです。
それではお読み下さい。








  ■ 小説「竜馬がくる~桂浜編」






                        紫 四季




          その25あたりから掲載しています。




やがて、出発の時刻となった。
首相は時間が無いのが本当に残念だと何度も言いながら、手を振って機内に入って行った。
飛行機は明るい南国の空へ吸い込まれるように舞い上がり、機首を東へ向けて速度を上げやがて小さな点になって青空の中へ消えて行った。
竜馬は見送りに来ていた知事や市長としばらく話をし、何日かしたらまた会おうという誘いを受けた。
喜んで訪問すると約束して空港のリムジン乗り場で別れた。

竜馬は一緒に来た将蔵と京、こころ達と野市町の竜馬歴史館へと向った。
物部川を渡ると十分もしないうちに広い敷地のある建物に着いた。
周囲は木々が立ち並び静かである。
桂浜の竜馬記念館とは反対にいかにも歴史館という造りの建物である。
駐車場には観光バスや乗用車が何台も停まっていた。
閉館ぎりぎりであったのでかけ足で館内を廻った。
館内にはまだ多くの観光客がいて小走りに館内を回る竜馬たちを見て観光客は「竜馬にそっくりだ。」と驚いた。

館内では竜馬の活躍の場面を実物そっくりの蝋人形で再現しており、写真ビデオで見るよりも立体的で迫力が有る。
特に薩長同盟の場面は見ているだけで、西郷、木戸、竜馬三人の迫力が伝わって来てなかなかいい。
薩摩、長州といった大藩の巨頭が互いに向き合い睨みあう。
中央で竜馬が堂々と座り双方を見つめる。
この三人のこの席での会談が日本の進路を大きく変えたのであった。

「どう、竜馬さん?薩長同盟の場面よ。思い出した?」
京は自分もその席にいたかのような言い方をした。
「うーむ、すごい。まるでそばにいて見ていたかのように再現している。」
竜馬は感心して見た。

薩長同盟こそ一介の浪人竜馬が歴史の表舞台に登場した記念すべき政治シーンだ。

それまでの竜馬は得意の航海術を駆使して貿易会社亀山社中を経営して活躍していた。
社中は当時最新の知識・技能である航海術や英語をマスターした最先端連中陸奥宗光、中島信行、近藤長次郎、長岡、沢村、石田など俊英を揃えていた。隊員は水夫を含め四十名ほどか。
日本有数のハイテク集団であった。
加賀藩、福井藩などの大藩ならともかく、脱藩して地位もなく住所も定まらず金もない浪人竜馬がこのような会社を作り上げたという事は幕末の奇跡である。

その時点において、亀山社中は政治面軍事面で直ちに軍隊を率いて幕府を攻撃するといったものではなかった。
まだまだ先の事である幕府との戦争に備えて航海・海運面で、やや模索をしているといった状態だった。
亀山社中が海援隊となるのはまだ先の事である。
応援してくれる薩摩藩を本拠地のようにして海運事業や艦船の運行代行などで日々を過ごしていた。
西郷や小松、大久保、五代、吉井など薩摩藩の人々、木戸、海舟、横井小楠達こそ竜馬の時代を超えた才能を知っていたが、全国的にはまだ名が知られてはいなかった。
後に歴史に名の残す竜馬であるが、この時点では無名の志士・浪人であった。

当時長州と薩摩は「会奸薩賊め。攘夷を忘れ幕府と手を組んだ薩摩め。」「何を言うか、やたらと過激に政権を主導しようとする長州藩め。」と激しく憎みあっていた。
長州の言い分は至極もっともだ。
幕府、会津、薩摩連合の画策により長州は御所守衛の大役から追放された。
八一八政変である。
屈辱極まりない。
その薩摩の主役が西郷隆盛である。
木戸はじめ長州の面々からすれば、西郷許せず、だ。
長州は幕府よりも薩摩を攻撃しかねないほど憎んでいた。
機会があれば西郷暗殺も敢行していただろう。

薩摩も反論する。
現実に日本の政治を支配しているのは幕府である。武士社会である。
そういった事実を置き去りにし政権は朝廷にある、攘夷だ、と声高に叫び幕府のみならず全国三百諸藩を無視するかのようにただ一人突っ走る長州は過激危険である。
全国を行政する役人も役所も、財政も軍隊も持たない朝廷がどうやって日本の政治を行えるのか、不可能である。
長州が、政権は朝廷にあると叫ぶのは、朝廷を担ぎ政治の実権を長州が独占する身勝手な策略からである。
日本国の政治は武士、藩が行う。
一八五四年の開国以来幕府の権威は地に落ちている。
もはや徳川家では日本国の政治を行う事は不可能である。
幕府に替わり力のある全国の雄藩が行わなければいけない。
それは薩摩藩である。
薩摩こそこれからの日本の政権を担当すべき藩である。
過激な攘夷思想を持ち事あるごとに問題を起こす長州が政治を主導するなど許せない。

思想面でも政権構想でも、政権奪還競争でも、感情面でもすべてにおいて対立し憎みあっていた。
そういった両藩であった。
薩摩、長州の両藩が進んで同盟を締結する可能性など毛となかった。

中岡慎太郎など少数の志士が同盟を画策した。
だが、全く進展しなかった。
多くの倒幕派の志士はやはり無理であると考えた。
その時点においては、薩長同盟など有り得ないと判断するのが常識であった。

ペリー来航以来権威が落ち軍事・政治両面で統治支配能力を失った幕府・徳川家を見て、薩摩と長州は絶好の機会と見た。
とうとう関が原の恨みを晴らす時が来た、と。

関が原の戦い以前薩摩、長州は大藩として君臨していた。
薩摩、長州、徳川家は対等の戦国大名だった。
徳川が薩摩、長州よりも上位であるという事などなかった。
薩摩も長州も、徳川家のみと戦えば撃破する軍事力を持っていた。
だが、薩摩も長州も関が原の戦いで西軍・豊臣方についた為不覚の敗北を喫した。
関が原の戦いで勝利を得た家康が全国統治権の将軍職を朝廷より賜り、全国の大名を支配し幕府制度を構築しその制度下に薩摩、長州を押さえ込んだ。

本来各領地の首領であり藩と言う独立国の王として君臨していた各地の大名は、家康の巧妙な支配戦略によりまるで徳川家の部下のような状態となった。
つい先ごろまで豊臣秀吉の部下であり、互いに同等であった徳川家康が突如全国の覇者となり薩摩、長州を押さえ込む事となった。
それは薩摩、長州にとっては屈辱であった。
すぐにでもその屈辱を跳ね返し徳川家を撃滅する心算であった。
だが、家康の作り上げた幕府制度は巧妙であり頑強であった。
島津家、毛利家とも頭(こうべ)を押しつけられたままとなった。
撃滅どころか戦争すら出来ず二百六十五年という長い年月が過ぎた。
その状態がさらに永遠に続くと思われた。

ところが好機は世界からやって来た。
世界の軍事・政治・経済の激変が日本を放置しなかった。
オランダが、ロシアが、イギリス、フランスが日本に開国を求め続けた。
幕府は何とかうまく逃げた。
だが、とうとうアメリカが幕府にとどめを刺した。
幕府の持つ旧式の大砲よりも遥かに射程距離が長く破壊力も凄まじい新式の大砲を幾十も備えた巨大な軍艦が直接江戸湾に進撃し幕府の抵抗を奪った。
ペリーは高圧的であり頑強だった。
一八五四年日本はとうとう開国をした。

鎖国を祖法とし統治を続けようとしていた幕府にとって黒船来航は厄介この上ない国難であった。
だが、二百六十五年間幕府打倒を目指してきた薩摩、長州にすれば絶好の機会であった。
黒船来航において幕府はわずか四隻の船を追い返せなかった。
幕府の軍事力はペリー艦隊に抵抗し得なかった。
幕府の軍事力の脆弱さを全国に露呈した。
また、政治・外交面においても終始ペリーに主導権を握られてしまい全面的にアメリカの要求を受け入れてしまった。

二百六十五年間日本を完璧に統治してきた幕府は、実は政治軍事両面で脆い政府である事が知られてしまった。
政治力の落ちた幕府に対して薩摩、長州は直接、あるいは朝廷を介して幕府に政治介入をし始めた。
幕府の軍事力が脆弱と知った島津、毛利は幕府を倒すべしと機を伺い始めた。
さらに、幕府にとってもっと恐ろしい事がペリー来航で起きてしまった。

それは、思想面での暴露だった。

関が原以来日本中の人々は日本国の支配者は徳川家康・徳川家であり、全国の大名、民衆は徳川の支配下に屈従するものだと思い込んできた。
事実、幕府は政治、行政、立法、司法、経済、産業、農漁業、教育、社会制度とあらゆる面で日本を治めてきた。
日本は幕府が支配統治するのが当然と誰もが思い続けた。
疑う者はいなかった。

だが、黒船来航により幕府支配の空気が揺らぎ動き出した。
それは、ペリーが日本国王と条約を締結したいと求めた瞬間から始まった。

「日本国国王?」

多くの人々はそれは、幕府・徳川家・将軍と当然に思った。
だが、一部の人はそこで気がついた。
いや、思い出した。
「そうだ、日本国の王は天皇だ。幕府・徳川家ではない。」
日本国の真の支配者は天皇であるという政治思想が、二百六十年余徳川によって深く閉じ込められていた筐底から噴出し始めたのであった。

一八五三年の黒船来航を見て欧米の軍事的来襲とばかり考えてはいけない。
ペリー来航は「日本の政治支配者は幕府でなく天皇だ。徳川は天皇の下数多くいる地方領主の中の一人に過ぎない。」といった政治思想面での暴露を行なったのであった。

徳川幕府は武士社会である。
その幕藩体制下において武士は幕藩体制の恩恵を受けていた。
幕府は士農工商といった制度:思想を日本国民に巧妙に定着させた。
徳川幕府が存在するから武士が政治を主として社会のあらゆる面で上位に位置する事が出来たのであった。
日ごろ意識をしなくても武士にとっては、幕藩体制:武士社会様様であった。
であるから武士が武士特権社会である幕藩体制を否定する思想を思いつく事など有り得なかった。
江戸時代において天皇元首論は封印されてしまった。
日本の支配者は徳川家・幕府であり、立法、行政、司法、外交とすべて幕府が独占した。
そもそも江戸時代初期に鎖国という外交政策を断行したのも幕府である。
徳川幕藩体制・封建制・武士社会こそ日本の国家体制であった。
徳川幕府支配思想をおかしいなどと考える武士、町人などいなかった。

だが、ペリーの来航によりその思想は揺らぎ始めた。
黒船来航は、幕藩体制こそ当然と何一つ疑問を持たなかった多くの武士に思想面での大転換をもたらす事となった。

いち早く反応したのが長州であった。
幕府・徳川家は日本国の王に非ず、日本国の王は天皇である。
幕府は朝廷の下単なる主席大臣に過ぎず。
幕府排すべし、と。

日本に開国を迫りあわよくば侵略しようとする欧米を追い払う攘夷運動と合体して尊皇攘夷思想が誕生した。
そして、それはほどなく尊皇倒幕思想へと転換していった。
ペリーの来航が尊皇攘夷思想を燃え上がらせ、やがてそれが倒幕運動となるとは幕府は予想もしなかった。

政治、軍事、思想面すべてにおいて、幕府・徳川家と薩摩、長州、尊王の志士、反幕府の志士達との間で闘争が始まった。
ペリーは日本に尊王運動を起こす為に訪日したのではなかった。
単に貿易や遭難したアメリカ船舶の乗組員保護の為に開国を求めただけだ。
だが、彼の気持ちとは裏腹に日本では激烈な尊王攘夷運動、さらに尊王倒幕運動が起きた。
それは毎年夏秋に薩摩や土佐に来襲するすさまじい台風のように日本中を荒れ狂った。

長州は尊皇攘夷の精神で政権は朝廷が行うべきと考えて倒幕を考えた。
もちろん、朝廷の下長州、毛利が実際の政治をする心算だった。
薩摩も倒幕を考えていたが、政治体制は徳川に替わり、薩摩、島津が行うと考えていた。
薩摩幕府である。また公武合体路線の延長線上の政府だ。
禁門の変や第一次長幕戦頃、つまり1864年頃徳川幕府や幕藩体制消滅を現実的に考える人はいなかった。 
が、長州は倒幕して政権を奪取する気構えであった。
薩摩は徳川家に替わり政権の首座に就く考えであった。
であるから当時としては倒幕後の政治体制構想として薩摩の方が現実的と言える。

いずれにしても、幕府は政権の座から降りるべきだといった点では両藩は一致していた。
だが、衰えたりと言えども幕府・徳川家はまだまだ強い。
軍事・兵員数・財政面でやはり、薩摩藩を上回り、長州は幕府に及ばない。
政権奪取を狙い薩摩が戦争を仕掛けても幕府に楽に勝てると予想などできない。また、長州が京都、江戸に向かい幕府を壊滅する事も不可能だ。
衰退した幕府は政権を交代した方がいいと考えるが、では、幕府を倒して政権を奪取できる藩は、実はいない。
結局、凋落してしまったといっても薩摩や長州よりもまだまだ強い力を持つ幕府・徳川家が政治を担当するしかないのである。

しかし、それでは薩摩も長州も我慢が出来ない。
だが、薩摩は単独では幕府を倒せない。
長州も一藩ではとても幕府を壊滅できない。
困った。

そこに現れたのが中岡や竜馬だ。

薩摩と長州が倒幕の為に同盟をすればいいと考える人は何人かいた。
筆頭が中岡慎太郎だ。
中岡は尊皇攘夷の志士として特に長州と親しい。
中岡は薩長同盟締結に向けて奔走した。
だが、うまくいかない。

薩摩のみでは幕府を倒せない、長州だけでも幕府を倒せない。
が、薩摩と長州両藩共通の敵は幕府だ。
薩摩と長州が連合すれば軍事力において幕府を凌駕し倒す事ができる。
だが、その両藩を同盟させる事が難しい。
八一八政変、禁門の変以来犬猿の仲だ。

仲直り、和睦といった事は言うほど易しくない。

平安末期源氏と平氏が和睦をし休戦できただろうか?
桶狭間の戦いの直前に信長と今川義元が友人となり酒宴をする事が出来ただろうか?
関ヶ原の戦いにおいて石田三成と家康が和睦し親友となれただろうか?
有り得ない事だ。
同様に幕末薩摩藩と長州藩が和睦して同盟をするなど有り得ない話だった。

実は薩長同盟といった事は薩摩や長州からすれば余計なお世話、といった面も有る。
「余計なお世話だと?」と日本の為に薩長同盟を画策する中岡が聞いたら火を噴いて怒りそうな話だが、そうなのである。

長州は八一八政変、禁門の変の恨みが有る。
薩摩に復讐するならともかく同盟など有り得ない。
同盟の話など聞くといっそう不愉快になってくる。
薩摩にすれば、薩摩のみで倒幕できるほどの軍事力と財力が有ると自負している。
何も滅亡寸前の長州と同盟などする必要はない。かえって荷物だと考えている。
だから、中岡や竜馬が日本の為に薩長同盟を締結すべしと持ちかけて来るのは、薩摩、長州双方とも余計なお世話と感じている事だった。
だから、当初木戸も西郷も中岡がいくら説得しても気乗りしなかったのである。

中岡は武力倒幕・幕府壊滅の為に薩長同盟を狙った。
竜馬もその時点では同様だった。
微妙に違う点が有る。
中岡は武力による幕府壊滅に重きをおいていた。
竜馬は新しい日本を求めた。
竜馬は因循姑息で時代を切り開いていけない幕府政権に代わる新しい近代的な政権樹立の為に薩長・長州を必要とした。
ただ手段としては中岡同様武力倒幕の路線だった。
竜馬が平和な船中八策、大政奉還政策を完成するのはまだ先の事だった。

中岡は新政権樹立の為に薩摩と長州は是非同盟すべしと考えた。いや、同盟が当然と信じて疑わなかった。同盟以外何が有るのか、と。
同盟が当然だから薩摩、長州は早く同盟すべしと中岡はぐいぐいと押した。
理論、理屈、尊王思想で同盟を押し付けた。
中岡の押しに、西郷も木戸も折れた。
同盟の会談が予定された。
同盟成立、と思えた。
だが、直前西郷はかわした。
西郷が会談場所を素通りして大坂に向ったと聞き木戸も内心ほっとした。
「日本の為に同盟」よりも感情、嫌悪感が優先された。

同盟は破談となった。
中岡は怒った。
「日本の為に何故同盟できないのか? 薩摩、長州は何しちょるか!」
怒ったが、大きな落胆が中岡を襲った。
薩摩、長州の気持ちや感情を考えない一方的な同盟押し付けが原因でもあった。

薩摩、長州は互いに憎みあっている。
また西郷、木戸両人も互いに不信感を持っている。親しくない。
薩摩、長州両藩はそれぞれ藩の政策、新しい日本の進路、構想をいろいろ考えている。
日々模索している。
そこへ中岡と竜馬が薩長同盟しか道はない、早く同盟せよと急かしていては鬱陶しくなってくる。
日本の為に同盟は当然だから早くせよ、と迫る中岡の考えは正論だが、互いに嫌悪感を持っている薩摩、長州の気持ちを考慮しない中岡と竜馬の身勝手だった。

中岡は途方にくれた。
竜馬も同様だった。
「薩長同盟不可能か?」
遠のく倒幕・新政権を見て竜馬も中岡も暗澹たる気持ちとなった。


竜馬は思案した。
もう一度西郷を説得して長州へ連れてくるか?
いや、西郷は来るまい。
薩摩藩もまだ長州との提携は迷っている。
同盟の話自体が時期尚早だったのだ。
西郷と再度の会談と言っても木戸も信用すまい。
何かいい方法はないか?

「中岡よ、」
「なんぜよ、竜馬さん、」中岡は元気のない返事をした。
「長州は軍艦は欲しゅうないかよ?」
「そら、欲しい。のどから手が出るほど欲しい。」
「長州は金は有るんかよ?」
「金は有る。けど、金が有っても軍艦は買えん。幕府が監視している。グラバーもどこの貿易商社も売ってくれん。軍艦どころか鉄砲ひとつ買えない。」
中岡は長州の苦境をこまごまと竜馬に述べた。
「よし。」
竜馬は笑った。
「長州に軍艦を進呈しよう。」
「な、何じゃと?」
中岡が驚いた顔をした。
「どこに軍艦が有る?」中岡は竜馬の顔をまじまじと見た。
竜馬は驚く中岡の顔を見て笑った。
「軍艦はグラバーの所でもどこでもいくらでも有る。」
「金はどうする。」
「薩摩から借りる。」
竜馬は事もなげに言った。
「そうか、」
中岡は膝を叩いた。
「竜馬さん、頭ええのう、」中岡は感心した顔で竜馬の顔を見た。
中岡も鋭い。すぐに竜馬の作戦を理解した。
「しかし、」
中岡は幾分困った顔をした。
「薩摩から金を出してもらって軍艦を買うのはいいが、どうやって長州に持って行く?鉄砲ひとつぐらいなら訳なく持ち込めるが、大きな軍艦を持ち込むのは無理だ。幕府の監視が厳しい。見つかったら軍艦没収になるぞ。」
「なあに、薩摩の金で軍艦を買い、亀山社中の船とする。それでそのまま長州に立ち寄ればいい。長州が使う時は長州が使えばいいし、長州が使わん時は我が亀山社中が使用する。わしらの船があちこち行くのは幕府も文句を言えまい。」
「亀山社中の船にして堂々と長州や瀬戸内海、シナ海を航行するのか?竜馬さん、ええ方法じゃのう」
中岡は喜んだ。
これなら長州も薩摩と仲直りするだろう。
中岡の顔に精気が蘇った。
二人は早速木戸に会いに出かけた。

「木戸さん、」
竜馬と中岡はニコニコしながら木戸に話しかけた。
「・・・・、」
木戸は機嫌が悪い。
元来真面目な性格だから西郷にすっぽかされて大変立腹している。
その怒りが竜馬と中岡にも向けられている。
無言で竜馬と中岡を睨んだ。
大した用がなければ忙しいので帰ってくれと言いたそうな顔だ。

「木戸さん、軍艦一隻とライフル五千挺いらんかよ?」
「何?」
木戸は驚いた顔で竜馬を見た。
中岡は内心笑った。自分の時と同じだ。
「欲しい。坂本君、軍艦を持っているのか?」
長州は来たる幕府との戦争に備えて軍艦を購入しようと長崎ですべての貿易商人と交渉をしてきた。
だが、いくら交渉してもどの商社も売ってくれない。幕府の目が厳しいからだ。
その軍艦を竜馬が持っている。
「ああ、持っている」
竜馬は気楽な声で返事をした。
「冗談言うな。幕府の目が厳しい。いくら君が海運事業をしていても軍艦をグラバーなどから買ったら大変だ。君が幕府に処罰される。第一いくら君でもグラバーは軍艦を売ってくれないはずだ。」
木戸は鋭く突っ込んだ。
「そこでじゃ、薩摩に頼むんじゃ。薩摩にグラバーから買ってもらうんじゃ。薩摩が軍艦を買うなら幕府も文句を言えん。薩摩が買った軍艦を我が亀山社中が長州へ運び込む。これでええじゃろ、木戸さん」
竜馬は笑いながら木戸の顔を覗き込んだ。
木戸は腕を組んでじっと竜馬を見た。
疑わしそうな顔をしているがもう頬が緩んでいる。
「坂本君、薩摩が長州の為に軍艦を買ってくれるなら薩摩に対する考えを改めなければいけない。」
「大丈夫じゃ、薩摩は長州の為なら軍艦もライフルもいくらでも買(こ)うてくれる。」
「有り難い、坂本君、」
木戸は大いに喜んだ。


翌日竜馬はすぐ船に乗り込み薩摩に向かった。
竜馬の提案を聞いて西郷と小松帯刀は賛成してくれた。
早速小松は保証書を書いてくれた。
軍艦一隻だ。五万両を軽く超える。
その大金の保証書をすぐに書いてくれた小松に竜馬は感謝した。
竜馬はすぐに長崎に引き返しグラバーの所へ駆け込んだ。
グラバーは手ごろな軍艦を持っていなかった。
そこで何社かあたってくれた。
ちょうど適当な軍艦を持っている商社があった。
竜馬はグラバーと一緒にその商社を訪れた。
薩摩とは何度か取引をした事がある商社だった。
船は上海に有った。
一か月ほどして船は到着した。
早速海援隊の連中が乗り込み長州へと向かった。
長州は大歓迎だった。
木戸も高杉も大喜びだった。
港に来ていた多くの武士や町人たちは軍艦で乗り込んで来た竜馬の部下たちを見て驚いた。
薩摩でもない、土佐でもない、どこの藩でもない、竜馬配下の浪人集団だ。
亀山社中の名前は長州に轟いた。

竜馬は軍艦搬入の日には京都にいたので数日遅れで長州に入った。
木戸は竜馬を出迎えて手を握り感謝をした。
「どうじゃ、木戸さん、これで幕府が攻めて来ても怖くはないじゃろう?」
「坂本君、感謝する。これで大丈夫だ。」
喜ぶ木戸に竜馬と中岡は西郷との会談を勧めた。
「うむ、」
木戸は腕を組んだ。
西郷との会談もやぶさかではない、といった表情だ。
「数日したら薩摩の黒田清隆が長州に来る。黒田と一緒に京都に行ってくれんかね?」
「よし、分かった。君も一緒に行くのだろうね。」
木戸は竜馬が一緒ならいいと承諾した。

結局竜馬は他藩の船やライフルの買い付けの商談が幾つも有り木戸と一緒に京都に行けなくなったが、それでも木戸は黒田と共に京都に出立した。
やはり軍艦の威力は大きい。

「これで同盟は大丈夫じゃ、」
竜馬と中岡は顔を見合わせて微笑んだ。

京都の薩摩藩邸に入った木戸は西郷、小松から大歓迎を受けた。
盛大なご馳走が出た。
木戸は喜んだ。
だが、同盟の話が出ない。
宴会は盛大だが、同盟の席が設けられない。
『こちらが頭を下げたら同盟か、』
その日は木戸は列強の動きや幕府の政治の拙劣さを軽く述べた。
西郷も木戸もそうだ、そうだと相槌を打ってくれた。
二人ともにこにこしている。
翌日木戸は同盟の話を切り出そうとした。
しかし、西郷はそれをじっと待っている。
西郷の様子を見て木戸は自分から切り出すのをやめた。
西郷から切り出すのを待った。
だが、西郷も小松も木戸の話をにこやかに聞くが決して自分から話を切り出さない。

『また、目の前でかわすのか?』
前回西郷が直前でかわした光景が思い出された。
木戸は内心舌うちをした。
数日が過ぎた。
木戸は竜馬を待った。
竜馬が京都に着いたのはそれからさらに数日してだった。
京都薩摩藩邸に入った竜馬は即座に異変に気づいた。

西郷、小松、木戸を前にして竜馬は詰問した。
「西郷さん、小松さん、木戸さん、どうした事ぜよ?」
三人とも黙っている。
竜馬は憤慨した。
「皆さんがここで会談を始めて何日たつんじゃ?」
「薩摩と長州は倒幕の為に互いに軍艦、ライフル、兵糧米を融通し合った。禁門の変の恨みは消えたろう。それでなぜ同盟が出来んぜよ。毎日ここで睨み合って過ごすんかよ?同盟を結んで倒幕をせんのかよ?日本の将来はどうなるんじゃ?」
竜馬は横の刀を前に持ち鞘の端で畳をどすんと強く突いた。大きな音が響いた。
温厚な竜馬がこういった荒げた所作をするのは初めてだ。
しかも天下の大物西郷、小松、木戸に対して、だ。
刀を持った竜馬を見て西郷の後ろにいた桐野が刀を手にして立った。
「坂本さん、過ぎませんか?」
竜馬の横の池と中島も立ち桐野に寄った。
「桐野、」
池と桐野は睨み合った。
竜馬は西郷と木戸を強く睨んだ。

竜馬は刀を横に戻した。
桐野が座った。池と中島も下がった。
「西郷さん、薩摩が長州に送った軍艦とライフルでもう幕府は長州に勝てない。しかし、長州一藩では幕府に勝てない。薩摩の力が必要じゃ。どうして、長州に手を差し伸べんですか? 小松さん、」
竜馬は西郷と小松をじっと見た。
沈黙が続いた。

しばらくして小松が西郷を見た。
西郷は頷いた。

「木戸さん、薩摩は長州と同盟する」
西郷が強く述べた。

竜馬の顔がぱっと明るく輝いた。
「西郷さん、」
木戸も喜んだ。
「有り難い。これで幕府を倒せる。貴藩と我が藩とで新政権を樹立できる。」

早速同盟の細部の詰めに入った。
竜馬と西郷、小松、木戸の四人が顔を寄せて話し合った。
大枠では同意だが細部になると何度も紛糾した。
日は没し夜半となる頃ようやくまとまった。
同盟は薩摩が全面的に長州を支持し応援する内容となった。
朝敵となり幕府から攻撃を受ける寸前で苦境の長州にとっては助かる。
これにて長州の壊滅はなくなり、やがて長州と薩摩が連合で倒幕の兵を進める確約が出来た。
薩長同盟成立。
この瞬間幕府の壊滅は確定的となった。
それは同時に日本の新しい時代の幕開けだった。
木戸は喜んだ。
西郷も安堵した。
だが、やはり一番喜んだのは竜馬だった。
竜馬の目に朝日に輝く日本の姿が浮かんだ。

帰り際木戸は同盟の控えを出して竜馬に署名を求めた。
一介の浪人が日本有数の大藩薩摩、長州の軍事同盟の保証人となった。
竜馬は力強く達筆で署名をした。
「木戸さん、この書類の通りじゃ。毛と相違ない」
「有り難う、坂本君」
木戸は竜馬の署名の入った同盟の控えを大切に懐にしまい再度竜馬に感謝した。

古来より歴史を変えた偉人・英雄は幾人かいる。
渋る薩摩、不信の長州を何度も説得してとうとう薩長同盟を成立させた竜馬は誠に偉大だ。
もし、竜馬いなければ薩長同盟は成立せず明治到来も相当遅れ日本の国益は大きく失われるところであった。
竜馬の奮闘により成立した。
まさしく南海の快男児竜馬であった。







                   つづく




       「竜馬がくる~桂浜編」その34へ続きます。
       


  ヒロイン京は幕末の竜馬の妻:楢崎お龍(おりょう)の生まれ変わりです。
  この点に留意してお読み下さい。




        ※著作権者紫四季から掲載の許可を得ています。
          無断転載複写配布掲載禁止です。
  
    

            2006.11.25.   ナポレオン





◆「竜馬がくる~桂浜編」 は1999年9月に完成した小説です。

◆この小説には主題歌が15曲有ります。主題歌付の小説です。
桂浜の歌、はりまや橋の歌、長崎の歌、竜馬の歌、「世界の海援隊」「俺は坂本竜馬」「すてきな京都」「潮風が知っている」「あこがれ」「波はともだち」・・・・などすばらしい歌ばかりです。
これらの歌は大ヒットして日本中を流れるでしょう。
「竜馬がくる~桂浜編」もテレビ・ドラマや映画、舞台となり、多くの人々を感動させる事でしょう。


◆この小説の著作権は、紫四季に有ります。
◆紫四季の小説、小論、あらすじ、歌詞、楽譜、歌、イラスト、写真などには、すべて著作権等が存在致します。無断・複写・配布・引用・レンタル・ネット送信や掲載などはご遠慮下さい。



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■銀座ぶらぶら歩き・5......      10.13. 2007. [・・・・エッセー、日記]

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        2007.10.13.  更新をしました。


       「銀座ぶらぶら歩き その 5 」です。

        
          
   ◇先日に続いて記載しています。
    この頁では下記の目次の26番目あたりから記載しています。
    初めての方は、左の最新記事欄をクリックして
    ひとつ前の頁の「銀座ぶらぶら歩き・4」をご覧ください。
    最初の1番から25番あたりまでをお読みください。
    銀座・・・4と5は連続していて4と5でひとつです。

   ◇前回ご覧になった方はこの頁の最後の方をお読みください。
        ※ 単行本換算で195頁ほどの文章量です。

  ◆ 目 次
      この頁では、目次の26番あたりから記載しています。

   1.「銀座」  「日比谷」   2.「国会議事堂」 「霞ヶ関」
   3.「東京タワー」   4.「上野動物園」
   5.「国立西洋美術館、モネ、ルノワール、ロダン」
   6.「皇居外苑」「一般参賀」 「クリスマスの銀座」
   7.「銀座とセレブ」    8.「有楽町ガード下」
   9.「銀座で安く食事をするには?」 10.「銀座は意外と普通の街」
   11「神聖三段論法」    12.「アメ横とサッカー
   13「銀座は街の女王」 「新年と神社と仏教とキリスト教」
   14「初詣と・・・、」「銀座の名店」「日本芸術と文明開化と音楽
   15「滝廉太郎、・・・・、黒船来航と日本美術、北斎、」
   16「西洋音楽、クラシック、流行歌、ジャズ、」
   17「いい街銀座」 「行楽地銀座周辺」 18「銀座周辺ハイキング」
   19「自然のままの宮殿、皇居、観光客」
   20「皇居をマラソンする外人」
   21「楠木正成像と外人観光客とお弁当」「外人さんの団体」
   22「陽気なアメリカ人、静かなイギリス人」    
   23「外人に道案内は簡単だ。奥の手が有る。」     
   24「銀座の外人は丁寧」   25「そもそも英語はおかしい」    
    26「皇居サイクリング」  27「皇居サイクリングは景色抜群」
    28「子供にとって皇居は旅行気分」 29「東京の子供は有利だ」
   30「皇居一周マラソン」 31「日比谷公園とレストランとテニスコート」
   32「日比谷公園と森林浴と児童遊園」
   33「日比谷公園は広い」 「初の西洋式公園」
   34「日比谷公園のイヴェント、盆踊り」 35「日比谷図書館」
   36「日比谷公園で安く食事をするには」
   37「公園の中の無料休憩所」 38「デートなら皇居、日比谷公園」
   39「有名人、政治家とすれ違う」 40 「27日の銀座歩行者天国」
   41「銀座に手頃なレストランは有るのか?」
   42「世界の高級街銀座に手頃なレストランが有る理由、」
   43「銀座は庶民の街?」 44「立春、混雑する銀座・・・、」
   45「オルセー美術館展が始まった。」46「東京マラソン2007」
   47「村治佳織・アルハンブラの思い出」 
   48「銀座の街や駅で無料ジャズ・ライヴ」
   49「春爛漫。桜は満開。花めぐり」
   50「首相官邸の桜」「オルセー美術展がいよいよ終わる」
   51「感動のオルセー美術展」
   52「ゴッホの絵から影がなくなっている。オルセー美術展」
   53「名画が次々と現れる。オルセー美術展」
   54「ルノワール」 「モネ」  55「ゴールデン・ウィークが始まった」
   56「日比谷公園盆踊り」 
  ⇒ 57「国会議事堂参観」



  ◆ 銀座ぶらぶら歩き その 5 





   ・・・・・ 銀座・霞ヶ関・国会議事堂・皇居・日比谷 ・・・・・




さて、楠木正成像の下で弁当を食べて一休みしたら、少し運動をした方がいい。
小学生の子供と一緒なら、じっとしていない。
皇居のベンチに座って遠く二重橋付近の緑を見て幸福感に浸ることができるのは、老人だけだ。
小学生はそんな事をしていたら退屈してしまう。
二度と一緒に銀座ピクニックに来てくれなくなる。

しかし、楠木像の付近には子供が満足する遊具など有るわけはない。
どうするか?
皇居サイクリングだ。
小学生に自転車を無料で貸してくれる。
その自転車で皇居をサイクリングできる。
毎週日曜日皇居に来た小学生の為に自転車を貸してくれる。
たしか、今でもやっているはずだ。
楠木像から100メートルほど北へ歩いた馬場先門の西寄り辺りで貸し出しをしている。
その自転車で内堀通りを走る事ができる。
小学生のための皇居サイクリング用の自転車なので、銀座へ行ってはいけない。
車が通行止めになった内堀通りを皇居の森を見ながら走る事ができる。
同伴の親も無料で借りる事ができるので、親子一緒に楽しめる。

日比谷公園や法務省・裁判所を背にして祝田橋に立ち、そこから坂下門、桔梗門、大手門を過ぎ平川門まで軽快に走る事ができる。
左に二重橋、皇居の森、江戸城の石垣、前方の外苑の松林、右に丸の内や大手町のビル群、東京駅、和田倉門のきれいな花の有る小さな公園、お濠などを見ながらのんびりとサイクリングを楽しめる。
皇居サイクリングは初夏の頃がいい。
皇居の森の緑がいっそう生き生きとして、吹く風もさわやかだ。
薫風を受け風を切り颯爽と走ると本当に気持ちがいい。

皇居サイクリングには沢山の子供が来ている。
銀座に子供など住んでいないから東京郊外の子供たちだ。
山手線周辺外の子供だけでなく、千葉、神奈川から来ている子供も多いだろう。
車を追い出した内堀通りを子供たちが占領して何十台もの自転車で我が物顔で走る。
壮観だ。気持ちがいい。
小学生なら非常に喜ぶ。
東京の小学生がこれほどの距離を自転車でノンストップで走り続ける事はない。
皇居サイクリングだと祝田橋から平川橋までおよそ2キロの距離を信号なしで走り続ける事ができる。
しかも普段は自動車専用の道路なので非常に広いからまた気持ちがいい。
景色も抜群にいい。
こういった場所は東京ではここしかないはずだ。
機会が有れば同級生など友だちと10人ぐらいで来て一緒に走ればなおさら楽しいだろう。
子供も楽しいが親も楽しい。
健康にもいい。
親も自転車でこれほど景色のいい道を信号なしで颯爽と走る事はなかなかない。
家族全員、親子、運動、健康、サイクリング、景色、名所、広大、近く、気軽、無料と三拍子も四拍子も揃っている。
皇居サイクリングは「無料で」親子で楽しめる絶好の場所だ。

通常小学生のいる家庭で親子が日曜日、無料で楽しもうと思ったら、近くの公園でボール遊びをしたりジョギングなどその程度しかない。
非常に平凡だ。近所の公園とは日常的だ。ありきたりだ。
住宅街を歩いて近くの公園に行ってもそれはいつもの景色。通学や買い物でいつも通っていて見慣れた景色。
いつもの生活の延長だ。新鮮味がない。

だが、ちょっと皇居まで来てサイクリングをすると、日ごろの景色とは違いすばらしい景色が待っている。
日本有数の観光名所だ。
周囲には外人など多くの観光客がいる。
カラフルな観光バスも10台以上止まっている。
にぎやかな観光地の雰囲気がある。それだけでもうきうきしてくる。
普段の日曜日の自宅の近所の街や通り、公園の散策などとは全然違う光景だ。
東京山手線の外の学校の小学三年生ほどだと学校も皇居に遠足など行かないから、子供にしても皇居は初めて見る光景だ。
子供にとって広大な皇居はちょっとした遠足気分となる。
銀座と言う街は、新宿、渋谷、池袋、上野などの町を知っている子供からすれば、それほど驚く事はない。
だが、皇居のような景色の場所は東京近郊の住宅街、新宿、渋谷、上野近辺でもない。
普段生活している住宅街、小学校の近く、渋谷などの商店街などでは味わえない景色だ。
子供にすればちょっとした旅行気分となる。
初めて皇居に遭遇する子供はとても感動する。

東京に住んでいる子供は有利だ。
もし、北海道や沖縄などの小学生がテレビや本で皇居や二重橋を見て、見に行きたいとなったら、親はわざわざ1泊2日の旅行として連れて行かなければいけない。
費用、服装、宿泊ホテル・旅館、切符の予約・手配、知らない東京の交通機関の調査、親の仕事や用事の中断などいろいろ大変だ。気軽には行けない。
だが、東京の子供は電車やメトロに乗って、おにぎりや弁当を持っていけばいい。普段着でいい。電車賃以外は金はかからない。気楽だ。
気に入れば翌週も来れる。土日連続で来れる。
友だち数人と一緒に来ることもできる。
皇居という日本有数の名所を持つ東京の子供たちは大変得である。
それは同時に子供を持つ親にとっても大変得な事である。

給料前に皇居サイクリングに行った場合は、その後すぐ帰宅する事となるが、給料日翌日に皇居サイクリングと皇居見物をした場合は、帰りはそのまま銀座に行き、家族連れで楽しく食事できる小さなしゃれたレストランや和食店でおいしい食事を楽しめばいい。
子供連れの家族で楽しめる気軽なレストラン、食堂はいくつか有る。
うまく見つける事ができなかったら、やはり、デパートの大食堂に飛び込めばいい。
ちゃんとお子様ランチを用意して待っていてくれている。

もちろん、マラソンが好きな方々はサイクリングコースや皇居一周コースを親子で走ればいい。
それもまた爽快だろう。
皇居の一周はいったいどれくらい有るだろうか?
六キロぐらいかな。もっと有るかもしれない。
かなり有る。
走って一周したことはないが、歩いてなら一度ある。
「皇居の一周は広い!」
と驚いた。
歩いても歩いても出発点の二重橋に着かなかった。
確か二時間ほどかかったと思う。
非常に疲れたけれど景色が良かったので楽しかった。

マラソンだと二十分ほどだろう。
もし、一周六キロなら、100メートル20秒・オリンピックの100メートル競走の半分の早さ・秒速5メートルの速さ・時速十八キロで、二十分ほどだろう。
なるほど、数字にしてみると皇居一周マラソンは、程好いマラソン・コースだ。
距離、時間、走る人の速さ、とバランスがいいマラソン・コースだ。

皇居一周、あるいは一部マラソンをしている人が多い。
それは上記のようにいろいろな点で非常にほどよいからだろう。
加えて景色がいい。
さらに走っている人の右側は車道で広く、左側は皇居の濠で、また広々としている。
左右とも走っているランナーに迫る圧迫感がない。
非常に広々した空間を走る事となる。
開放感満点のマラソンだ。
気持ちがいい。
そういった点もマラソン・ランナーの多い理由だろう。

それと皇居マラソンは方向音痴の人に有り難い。
常に左に皇居の濠と石垣、緑深い木々を見ているので、走っている途中に道に迷う心配が全くない。
つまり走っているうちに気がつくと隅田川や新橋に着いたといったような事がないのである。
その点も安心だ。


皇居では子供が退屈だと言うなら、すぐ隣の日比谷公園に行けばいい。
もちろん弁当と水筒を持って。
日比谷公園は皇居と隣接している。皇居二重橋前からは歩いて7分ほどだ。
銀座の大きな交差点からだとやはり7分ほどか。
二重橋から桜田門に向かい門の外:濠を出て警視庁の前で東、銀座方面に歩くとすぐ右手に公園が見える。
銀座方面からだとマリオン、首都高速道路の高架、山手線の高架、日比谷を抜けて皇居の濠に出たら左に見える森が日比谷公園だ。
左手に見える高い帝国ホテルの前に有る。

非常に高い木が公園を埋め尽くしている。公園は非常に広い。
大きな森の公園といった感じだ。
ベンチは非常にたくさん有るから弁当を食べる場所には事欠かない。
ベンチは大庭園の周囲、バラ園の中、池のほとり、高い木々の下といろいろな所にある。
好きな所で弁当を食べる事ができる。
公園の大噴水の近くには売店もある。
そこでジュースやアイスクリーム、お菓子などを売っている。
財布の中に大金があればアイスクリームを買って家族全員で食べると夏などは気持ちがいい。
ただし、お子様が虫歯になっても責任は持てない。

9月25日に行けば公園の中の有名レストランでカレーライスを10円で食べる事ができる。
記念に食べるといい。
ただしかなり行列となるので時間に余裕のある時に限る。

そのレストランはさほど高くないので、普段の日、少し財布に余裕が有る時利用すればいい。
一階はテーブルが外にも有るのでパスタやカレーなど軽食を食べ、あとはのんびりとコーヒーなどソフトドリンクを飲みながら公園の森を見てすごせばいい。
森の中のレストランだ。
初夏、秋にはいい気分だ。
ぼんやりと過ごしていると東京のど真ん中という事を忘れてしまい、信州の山奥の森の中のレストランにでも居るかのような錯覚に陥る。
夕暮れ、夜ともなると公園は暗くなりレストランの明かりだけが公園の木々を照らす。
幻想的な雰囲気となる。

値段はなんとかぎりぎり手頃なのだが、由緒が有りやや高級な雰囲気を持つレストランなので、遠足がてらのお子様連れだと少し違和感がある。
利用客も年配の方々、紳士淑女、サラリーマン、カップルなどが多い。
銀座ハイキングなどで子供と一緒の時は、やはりベンチで弁当を食べるのがいいかも知れない。

だいたい公園の中のレストランや食堂というと、とりあえず必要だから置いてあるといった感じで味は今ひとつといった場合が多い。
だが、日比谷公園の場合は、違う。
銀座の大通りにあってもおかしくないレストランが公園のちょうど真ん中あたりに有る。
日比谷公園は、ただ公園が広くてすばらしいだけでなく、このレストランや後述するテニスコート、図書館、公会堂とあわせて施設が揃っている点がいい。

日比谷公園がいい公園であるというのは、ただ広いだけでない。
テニス・コートが有る。
東京都民は誰でも利用できる。
もちろん非常に人気が有るので予約をしておかないと利用は難しい。
当日ふらりと行って利用をするというのは不可能だ。
予約する余裕があれば、テニス・コートを予約しておいて、親子全員でテニスをするのもいい。
テニスコートの周りは高い木々ばかりだから森の中でテニスをしている気分だ。
都会の中でテニスをしているといった気は全くしない。

日比谷公園は明治時代に造られた。
その時代の公園だと言うのに、テニス・コートも作ったという事は立派な事だ。
公園造園提案者と公園設計者に敬意を表したい。
銀座から歩いて10分ほどのところで優雅にテニスができるのも日比谷公園ならではだ。
料金は都立公園なので信じられないほど格安だ。
明治時代の人々は、この公園で西洋公園というものを知り散策して感心して、テニスをして楽しみ、前述のレストランで西洋料理を食べ、図書館で文化に親しみ、公会堂で西洋音楽を鑑賞した。
明治時代の人は何と優雅に過ごした事だろうか。

大庭園、花壇、池、大噴水も有り、公園の森の中を通る散策用の曲がりくねった小道も有る。ベンチも沢山有る。
公園の中を歩いているとヒノキ、ヒマラヤスギなど高木が有り、うっそうとした森の中を散策している気分になれる。
銀座のすぐ近くで森林浴ができる。
いい事だ。

また、日比谷公園の中には児童遊園も有る。
前述のレストランの近くに有る。
公園の中にもうひとつ公園が有るとはおもしろい。
そこには遊具が少しある。近くに鉄棒もある。10歳ぐらいまでなら楽しめる。
鉄棒ではお父さんも久しぶりに楽しめる。
おそらく年を感じるだろう。
子供用のもので、輪にぶら下がってロープを10メートルほど滑っていく遊具がある。
これは結構子供には楽しい。
同じようなもので大掛かりなものが、郊外のあの「子供の国」にも有る。
この輪にぶら下がって10メートルほど滑っていく遊具は、住宅街の中の近所の公園や区立公園などにはなかなか置いていないから、ここ日比谷公園に来た時がいいチャンスだ。
存分に楽しめる。
子供にとってもめったに見る事がなく珍しいから結構楽しんでいる。

日比谷公園の散策も楽しい。
高くて大きな木がたくさん有るので、小さな森の中をハイキングしているようなものだ。
日比谷公園は実はかなり広い。
銀座・有楽町方面から来ると、日比谷公園の角に出て来るので、日比谷公園を見た時にそれほど広い公園とは思わない。
だが、入って散策を開始すると向こうの端まで容易に行き着かない。
おそらく18万平方メートルほどは有ると思える。
広い。

皇居、皇居外苑、日比谷公園と緑が連続して続く。広大だ。
東京には緑がないとよく批判がでる。
しかし、皇居、皇居外苑、日比谷公園と続けて歩くと、東京にはこれほど広い緑が有る、と驚く。

東京タワーから皇居を見ても広い東京全体の中に皇居の森がぽつんと有る感じなので、皇居あたりが緑深いとは思えない。
東京はビルばかりだと思ってしまう。
だが、実際皇居や皇居外苑、日比谷公園を連続して歩くと、その緑の中に自分が埋没してしまい、広い、と驚いてしまう。
そして、思う存分緑・自然を満喫できる。

日本には名園が多く有る。
日本三大名園として偕楽園、兼六園、後楽園が有る。
さらに各地に無数の名園がある。
多くは江戸時代から続いている。
奈良、京都に行けば飛鳥時代、平安時代から続く名庭園が幾つも有る。
だから、日本の名園ランキングで日比谷公園が一位になる事は難しいだろう。

ただ、日比谷公園は日本初の西洋式庭園だ。
奈良・平安時代、江戸時代の日本式庭園とは成り立ちや趣が違う。
古代や江戸時代の大名庭園などとの大きな違いは、誰の為の庭園・公園かといった点だ。
江戸時代からのものは殆どが藩主の屋敷の庭園がその後公園となったものだ。
江戸時代の大名庭園は規模も非常に大きく、その優美さは芸術品とも言える。
庭園芸術だ。
だが、その庭園芸術は藩主一人の為にのみ存在する。
つまり、藩主が個人的に楽しむために作られた庭園だ。
その藩の町人、農民、さらに下級武士がその庭園に入り自由に楽しむ事など有り得ない事だった。

しかし、日比谷公園は西洋式の庭園という物に、東京都民、そして、日本中の国民が誰もが自由に無料で出入りして思う存分楽しむ事を目的とした。
江戸時代までは庭園は、藩主や寺社、富豪のみが所有して、そこの持ち主:藩主、僧侶、神主、金持ちのみが楽しんだ。
完全な個人の所有物であった。
明治となり四民平等の世になり、公園・庭園も国民全員に解放された。
文明開化らしく西洋式庭園が造られた。
その第一号が日比谷公園だ。

大花壇、バラ園、大噴水、森のような高木の並木、ベンチ、音楽堂、図書館、レストラン・・・と西洋の公園を意識したようだ。
非常に大きな大噴水が有り常時水が空高く舞い、西洋式大庭園が有り、バラ園が有り、ベンチが沢山有り、しゃれたレストランも有り、公会堂や音楽堂、図書館も有り、テニスコートまで有る。
何もかも従来の日本式庭園とは違う。

公園の中は国民が誰でも無料で自由に楽しむ事ができ、テニスをする事ができ、図書館も誰もが自由に利用できるようになった。
大噴水を自由に見る事ができる。
大庭園やバラ園の美しい花も心ゆくまで見る事ができる。
公園のベンチには無料で好きなだけ座る事ができる。
ベンチに座ったらベンチ税がかかるといった事などない。
もちろん公園利用税もない。
利用は華族・士族のみで平民は利用禁止、といった事もなかった。
公園の中の森のような木陰道を自由に散策できる。
散策に疲れたら二つの池のほとりのベンチに座り池の鯉を見ながらしばし休憩できる。
もちろん、おにぎりや弁当を持参してベンチで食事もできる。
一人でも家族連れでも友人たちと一緒にでもいろいろな楽しみ方ができる。

江戸時代までにはなかった庭園の楽しみ方ができるようになった。



日比谷公園ではよく催し物が開催されている。
テントがいくつも並び、そのテントに商品が並ぶ。
日本や世界の珍しい品物が並ぶ時もある。
公園の大庭園を全部使い開催する事が多い。非常に大がかりだ。
そういった時は各テントを見て歩くととても楽しい。
国際的なイヴェントだと、各テントはそれぞれの国のブースとなる。
それぞれの国のテントに日本人のスタッフが居る時もあるが、殆どはその国の人が応対している。
どういう訳か、なかなか上手な日本語で説明をしてくれる。
もしかしたら、その国の民芸品を扱う商人でなく大使館の係員だろうか。
恥ずかしながら、名前も聞いたことがないアフリカの国のテントでは、色、形、素材と想像外の民芸品が有った。
アフリカ諸国の民族衣装はきれいだ。
色使いが本当に独特だ。芸術センス抜群だ。
世界は広い。
本当に珍しいデザインの民芸品がある。
見ているだけで楽しむ事ができた。

ある時は鉄道博のようなイヴェントも有った。
各テントが鉄道の写真や模型でいっぱいだった。
一般人に混じって中学生、高校生が多くいた。
鉄道ファンは幅がとても広く各世代にいるようだ。
花:植木鉢を沢山飾って、園芸博のような催し物も見かけた。
公園中に植木鉢に入ったきれいな花が並び、森の公園がいっそうきれいになっていた。


夏には盆踊りもやっている。
去年の夏は確か八月初旬か中旬だったと思う。
丸の内音頭をやったようだ。
かなり前から日比谷公園やメトロ通路にポスターを貼っていたので、存分に楽しもうと予定していたが用事が入り少ししか見る事ができなかった。
夕方早い時間に少し覗いて時間を気にしながら帰った。
残念だった。
公園には沢山の屋台が出ていた。
浴衣姿のお嬢さんやご婦人方がたくさん居て夏の盆踊りの風情満点だった。
園内のやぐらでは丸の内音頭がなっていた。
世界有数の繁華街、セレブ街銀座のすぐそばで日本の伝統:盆踊りを楽しむ事ができるとは本当に楽しい。
毎年やるそうだから今年の夏はぜひ最後まで見たいものだ。

世界を紹介する催し物、世界の平和や病気撲滅の為の催し物、園芸の催し物、盆踊りといろいろなイヴェントが有るので本当に日比谷公園は楽しい。
世界を紹介するイヴェントをしていると、いかにも銀座近くだから会場に選んでいると思える。
しかし、園芸の催事や盆踊りを開催して屋台など出ていると、たちまち下町感覚となる。面白い。
夏に親子で銀座・日比谷公園・皇居ハイキングをする時は、盆踊りの日を狙うといい。
昼間皇居サイクリング、銀ぶら、日比谷公園散策をした後夕方から盆踊りを楽しむ事ができる。
盆踊りの屋台で食べるお好み焼き、焼き鳥、イカ焼きなどはおいしい。
そして、暑い夏の夕暮れには冷たいビールが最高だ。
想像するだけで今から盆踊りが楽しみだ。

夏、日比谷公園や皇居外苑、日比谷濠で花火大会などが有ると最高だ。
そして、日比谷濠に屋形船を浮かべてくれるとこれまた最高だ。
花火はそれほど大型でなくてもいい。近隣の火災や事故に注意をして小型の花火でもいい。
そうならないだろうか?
昔懐かしい丸の内音頭を復興した。
花火大会も是非実行して欲しい。
そうすると夏の夕暮れ銀座、日比谷、外苑に出かける事が楽しくなる。


さて、ちょっと真面目な気持ちになって図書館を覗いてみよう。
日比谷公園の中の南の端、新橋寄りに日比谷図書館が有る。
隣に有る公会堂とともに歴史を感じさせる古い建物だ。
年季が入っている。

日比谷図書館はなかなか優れものだ。
このブログを見ている方々の中でも利用した人は多いと思う。
いい本を置いている。
いろいろ調べ物をしようとして訪れると必要な本がだいたい揃っている。
また本棚をぼんやり眺めながら歩いていると意外といい本に出くわす。
「おや、こんな本が有るのか、」と感心する事が多い。
過去の新聞閲覧に関してはほぼ完璧だ。
戦前から今日まで紙面をにぎわした事件の調査には最適だ。
建物は古いがいい図書館だ。

ただ日比谷図書館は小学生、中学生には適していない。
大学生、社会人向けの蔵書となっている。
大学生、社会人が研究の為の調査、専門書閲覧、文学読書、芸術本閲覧、新聞記事閲覧などには適しているが、小中学校近くの区立図書館のように、小中学生向けとはなっていない。
小中学生の子供と一緒に日比谷図書館に入ると、少しあてがはずれる。
大人は予想以上に楽しめるが、子供は退屈する。
ただ現在退屈する子供、小中学生でも大学生や大人になったら確実に日比谷図書館のファンとなるだろう。

館内で利用している人々も殆どがサラリーマン、年配の人、学生だ。
中学生以下の子供は見かけない。
おしゃべりをしたり騒ぐ子供・学生がいないので館内は静かだ。
静か過ぎて机に突っ伏して寝ている人がいる。
これは良くない。

読書で目が疲れてしまい、背筋をのばしつつ目を閉じたり、あるいは、本の内容に感銘を受けてしばし瞑想したり、読書・研究・調査の事で背筋を伸ばした状態で目を閉じて考えたりするのならいいが、机に頭を横たえて居眠りはいけない。
日比谷図書館の利用者だけが居眠りをしているのではない。
都内のあちこちの区立図書館に行くと、どの図書館でも必ず机に頭を置いて寝ている人が何人かいる。
図書館を睡眠の為に活用している人がいる。
図書館を利用する人は全員、読書・研究・調査などで真面目に利用している。
そういった人々の横で、机の上に頭を置いて寝てしまうのはいささか問題だ。
必死で調査・研究の為に図書館に来て調べ物をしている時に隣でぐっすりと寝ていると、集中力に障害をきたす。

もちろん、読書・研究などで前日深夜遅くまで本を読み、次の日も図書館で必死で本を読んでいるうちに睡眠不足でつい寝てしまうといった事は理解できる。
だが、図書館は利用者全員が読書・研究・調査・閲覧をする場所であり、公共の場だ。
堅い事を言って申し訳ないが、公共の場である以上、公共のマナー、ルールが適用される。

公共のマナーとは「みんなのマナー」「お互い様のマナー」ですね。
マナーとは政府や警察が上から国民に押し付けるものではなく、街にいる人々が、図書館、公園、病院、駅、電車、メトロ、道路、レストラン、コンサート会場、行列、人が多くいる場所などで、お互いに気をつけあうことなのですね。
自分の隣にいる人にたいする思いやりなのですね。

図書館では、ほかの真面目な利用者の方々に少し配慮する事も必要ではないだろうか?
前日の調査・研究で疲れてつい寝る場合でも、背筋を伸ばして、目を閉じて考え事をしている風にして、瞑想をしている風にして寝るようにした方がいい。
つまり、隣で真剣に本を読んでいる人に気づかれないように睡眠を取るようにしたいものである。

今日は最後が少し堅苦しい話になりましたね。
すみません。

朝夕の混雑する山手線、メトロの中でパンを食べたりジュースを飲んだり化粧をしたり大きな音でウォークマンを聞いたりするのを何とか遠慮して欲しいと思っている人は多いのではないでしょうか?
「混雑する電車の中でおにぎりやパンを食べないようにして下さい。」
といった車内放送を聞いた事がない。
何故でしょうか?


ところで、日比谷公園散策や日比谷図書館に家族で来て弁当や水筒を持って来なかった場合は、日比谷図書館の地下の食堂を利用すればいい。
料金は非常に安い。
390円、400円、450円といった料金が並ぶ。学食並みだ。
ラーメン、うどん、カレーなど大衆食堂のようなメニューとなっている。
味はそこそこだが、料金を考えると非常に有りがたい。
料金を考えながら食べると満足するはずだ。
特に、持っている金をすべて本代に使うといった大学生や貧乏サラリーマンには有り難い価格の食堂だ。
食堂内やテーブルは学食か社員食堂のような雰囲気で、食堂には自動販売機が10台ほど有る。
うどんやカレーを食べた後、そのままテーブルに座り、自動販売機でジュース、コーヒー、アイスクリームなどを100円から120円で買い、席でゆっくりと飲めばいい。
いつもすいているし、図書館の食堂なので家族連れでものんびりと過ごせる。
ただし、夕方5時か6時頃で営業は終わるはずだから夕方遅くや夜の利用は無理だ。

この日比谷図書館の食堂を押さえておけば、銀座、日比谷、日比谷公園、皇居、霞ヶ関辺りをぶらぶらする時に、昼食や午後の一休み:コーヒー・タイムに困る事がない。

ただし、休館日が有るのでホーム・ページなどで事前にチェックをしておく事が望ましい。
日曜日は休まないが月に二、三回は休館日が有る。

やがて、日比谷図書館も取り壊して21世紀型の図書館として建て直しとなるだろう。
明治時代は日本有数の図書館だったが、現在ではごく普通の蔵書数の図書館となってしまっている。
日比谷界隈、日比谷公園全体の景観の問題があり、日比谷図書館を30階の高層にするとか、図書館の敷地を更に広くするといった事は無理だろう。
敷地を広くすると日比谷公園と釣り合いが取れない。
公園の中で図書館だけが巨大になりおかしくなる。
高層にすると日比谷界隈との景観のバランスが取れなくなる。
なかなか難しい。
だが、21世紀、22世紀型の新しい図書館とならなければいけないから、やがて建て直しとなるだろう。
その時はどういった図書館となるか楽しみだ。
おそらく22世紀を狙って超ハイテク図書館となるだろう。
図書館の蔵書や他の図書館:大学:国立:区立:博物館:海外図書館とネットか専用ラインで接続して、それらの図書が、図書館のコンピューターにすべて収録され、利用者はパソコンや図書館の専用高性能端末コンピューターで閲覧するだろう。
その頃のパソコン、小型コンピューターは進化していて、本物の本を読むよりも読みやすい画面となっているだろう。
図書館に行き、実物の本を読むのでなく、図書閲覧専用パソコンで本を読むようになるだろう。
そういった方法だと、読みたい本、調査する項目やその項目に関連する事項が即座にすべて出てくるので、研究する場合、研究者などには最適となる。
また、全国すべての図書館とオンラインとなるので、すべての本が上記の方法で読める。
調査事項とその関連事項が全国の図書館の蔵書から閲覧できる。
古典や戦前の本、貴重な本、破損を恐れて一般人閲覧禁止の本、外務省や宮内庁、各省庁に有る本もコンピューターで自由自在に読める。
インターネットよりもハイ・レベル:高精度の図書閲覧・調査・研究ができるようになる。
図書館を利用する人々の知識レベルがいっそう上がる事となる。
いい事だ。

いろいろな設備の有る広い西洋式庭園を親子で無料で自由に楽しめる。
散策やミニ・ハイキングができる。
ミニ森林浴ができる。
子供は児童遊園で楽しめる。
そういったいい公園が郊外へ電車で2時間も行った所に有るのではなく、日本一の繁華街銀座からわずか7分ほどの所に有る。
非常に便利で手軽だ。交通の便も良い。
とてもいい事だ。


日比谷公園には無料の休憩場所がある。
「ああ、それはベンチの事でしょう?」とみんな言うでしょう。
違います。
日比谷図書館から北の方へ道なりに50メートルほど歩いた所に有る。
もちろん公園内だ。
無料の休憩所というと、多くの公園などの汚れた粗末な休憩所を想像する。
だが、日比谷公園の無料休憩所は違う。
一見喫茶店かレストランのようなこぎれいな外観なので、そこが無料の休憩所とは思えない。
だが、間違いなく無料休憩所だ。
休憩所の中はきれいで、床やテーブルなどが木造なので落ち着いた感じだ。
入り口にコーヒー、ドリンク、軽食の販売カウンターが有るので、コーヒーを飲んだり軽く食事をしたい人はそこで注文してテーブルで食べるといい。もちろん、ドリンク、軽食は有料だ。
前日や当日朝、新車を買ったりして財布の中が空っぽで、コーヒー代もないという人は、何も注文せず、椅子に座って休憩すればいい。
何も注文せず座っている場合は無料です。
何も注文しないからといって軽食カウンターの係員がやって来て、無料で休憩している人達を追い出すといった事はない。
係員が無料で休憩している人々をじろじろ見るといった事もない。
心配ご無用。
公園に来てベンチでなく、室内で落ち着いて休憩したり、あるいは食事や喫茶をしたい人には最適だ。
特に冬に公園を訪れた人はベンチでは寒いのでこの無料休憩所が非常に有難い。
同様に夏の暑い日に公園を散歩していて暑くて汗だくになった時には、この休憩所はまさしく砂漠のオアシスとなる。
公園を訪れた人々の為に無料で休憩してもらおうといった趣旨の休憩所のようなので、何も注文せず無料で休憩する事が基本だ。
無料でしばらくの間休憩している人は結構いる。

ただ、カウンターで注文するドリンクや軽食は幾分安い料金なので、給料日前日でない限り、できるだけ何かを注文して過ごした方がいいでしょう。
もちろん、給料日前日や財布の中が苦しいといった場合、あるいは、足が疲れてほんのちょっと数分間だけ室内で椅子に座りたいといった場合などは有難く無料で休憩させてもらいましょう。
感謝だ。
有り難い休憩所であるが、日曜日は休みのようなので、そこが少し残念だ。

ところで日比谷公園に行く場合、銀座線利用の人は銀座から歩いて7分ほどで行く事となるが、丸の内線、有楽町線、日比谷線、千代田線、三田線利用の人は公園のすぐ近くで降りる事ができる。
日比谷線、千代田線、三田線の人は日比谷で降りれば、帝国ホテルの前の公園正門の近くに出る。
そこから大噴水を見ながら入って行けばいい。
時間と財布に余裕がある人は帝国ホテルで軽く食事をしてから公園に向かえばいい。
時間は有るが財布に余裕がない人は公園のベンチでおにぎりを食べればいい。
公園の前の道路を渡らないで食事をすればセレブな食事ができる。道路を渡れば庶民的な食事ができる。
どちらでも好きな方を選べばいい。
その人の自由だ。
あるいは、その時の気分しだいだ。

給料前のピンチの時に、費用をかけないで親子連れで一日を楽しむ方法、皇居・日比谷ピクニックでした。
皇居・皇居外苑・日比谷公園をうまく活用すれば一日楽しめる。
子供もそれほど退屈しない。
子供が喜べば親もそれなりに楽しい。
もちろん、20代の若いカップルが、給料前のピンチの日に一日を楽しむにもいい場所だ。
皇居サイクリングはともかく、二人で二重橋を歩き皇居の森を眺め日比谷公園の森を散歩して図書館でしばらく過ごし、花壇の薔薇を眺め大噴水の近くのベンチに座り楽しいおしゃべりをすればいい。
その時女性が作ってきたおにぎりや弁当を食べるととてもおいしいだろう。
一日を楽しく過ごせる。

同じ光景が同じカップルで5年後10年後、さらに子供が加わった家族構成で日比谷公園の同じベンチで見られるかどうかは恋の女神のその後の脚本しだいだ。
いい脚本を書いてもらえるように男性も女性も真面目に恋のひと時を過ごさないといけない。

おにぎりひとつで10年後を束縛されてはかなわない、と思うならその時その時の一瞬を楽しみながら過ごせばいい。
明日の事など考えないで今の一瞬に全精力を傾けて真剣に過ごすと言うのも高度な人生スタイルだ。
森羅万象に対峙しながら互いに今一瞬の高度な精神世界を築きあげ共有する茶道の静寂の境地だ。
などと、大げさになった。
また、脱線だ。

大噴水の近くのベンチは以前記載したが、テレビのロケ・シーンで俳優の小泉さんと女優の麻生さんが座っていた所だ。
デートする時はそのベンチに座る事も面白い。
そのテレビ・ドラマを見た人はいっそう楽しいだろう。
そのベンチは帝国ホテル側の正面玄関から大噴水に向かって入り、大噴水を中心として10時の位置に有る。
そのベンチに座ると大噴水が右後ろ5時の位置となる。

勿論男性が給料日直後なら日比谷公園で彼女のおにぎりを食べるだけではいけない。
おにぎりの返礼をしなければいけない。
ベンチで楽しく話をしたら歩いて銀座に向かえばいい。
銀座から日比谷公園まで7分だから当然公園から銀座まで歩いても7分だ。
銀座四丁目交差点付近の大通りの二階や三階に有るレストランで食事をすればいい。
ビルの地下名店街のレストランや和食店でもいい。
さほど贅沢をしなければ二人で4000円で食べれるレストランはいくらでも有る。
すし屋でも二人で4000円は可能だ。
勿論上を見ればきりがない。
ボーナス翌日ならもっと奮発してもいいが、普段の月末ならそれぐらいでいいだろう。
女性も何も高額な食事を楽しみたいわけではない。
男性の楽しくしゃれた話を楽しみたいのだ。
ユーモアがあり楽しく気取らず、リラックスできる男性が一番いいのだ。
いくら金が有り豪華なレストランで高級料理をご馳走してくれても、気障で気取っていて自慢話やうっとうしい話ばかりする男性は嫌われる。
そう・・・、だから世の男性としてそういった男性にならないように気をつけないといけない。
勿論、それはなかなか難しい。
いや、不可能だろう。



1月も最後の日曜日28日となった。
この頁のすぐ下に昨年銀座で荘村清志の無料ライヴを見た項目が有る。
日付を見ると1月28日だ。
早いものだ。
あれからもう1年たっている。

その後も銀座・赤坂周辺では時々有名人を見かける。
有名人が仕事をする拠点が銀座・赤坂・六本木周辺だからどうしても有名人はこの地域にいる事となる。
また、銀座から歩いて15分以内で霞ヶ関官庁街や国会議事堂、首相官邸、議員会館などが有るから政治家にも出くわす。
街角や有名ショップ、有名レストラン、あるいは国会議事堂周辺などで著名人を見かける事が多い。
レストランなどで何気なく少し先のテーブルを見るとテレビでよく見かける評論家や芸能人が座っていると言う事がある。
レストランの入り口ですれ違った人の顔を何気なく見ると有名な政治家や大臣だったと言う事もよくある。
テレビで見るテレビの中の芸能人や政治家のイメージと実際のイメージがかなり違う時がある。
テレビではいつも元気すぎるほどしゃべる芸能人が非常に静かに過ごしていたり、テレビではむっつりしている政治家がにこやかに会話などをしている。
意外な印象を受ける。
また、テレビでは鋭い理論を展開する政治家が、街では気さくに歩いている。
一度その有名な政治家に少しぶつかりそうになりながらすれ違ったら、その人は気さくに「あ、どうも」などと言いながら目の前を通り過ぎた。
もちろん私はその政治家を知っているが、先方は当然私を全然知らない。
気さくさにつられて思わず「今後の政局はどうなりますか?」などと聞きそうになった。
私がその政治家を知っていると言っても、テレビで知っているだけだ。
「織田信長?ああ、知ってるよ。」と同じ、知ってる、だ。

政治家と言う人達はテレビなどでは、ミスをしてはいけない、威厳を保たなければいけない、完璧な論評や理論展開をしなければいけない、などと構えるのだろう。
しかし、街角やレストランなどではそういった気構えを抜いてリラックスをしているので普段の表情となるのだろう。
気さくな一面を持っている。

去年の初夏、天気のいいある日の昼過ぎ赤坂から山王坂を通って国会議事堂の裏へ向かっている時に、坂の真ん中あたりで女性とすれ違った。
別にその女性の顔を見るわけでもなく前方を見ながら歩いていたが、なんとなく顔を見るとその女性はテレビで時々見かける有名な政治家だった。
秘書も連れずにたった一人で、難しい顔をもせずごくありきたりの表情で歩いていた。
「あれっ、」と思い、女性の後ろを見た。
後ろといっても山王坂はご存知のように何もない一本道の小さな坂道だから、見通しはいい。
誰もいない。
つまり、秘書もSPらしき人も連れずたった一人で有名な女性の国会議員が誰もいない100メートルの坂道を一人でのんびり歩いていたわけだ。
そんなものか、と思った。
つまり、総理大臣や大臣ならSPがつくが役についていない普通の国会議員にはSPらしきものはつかないのだ、と。
また、常時秘書が護衛のような事をしているわけでもないのだ、と。
場所が山王坂だから、安全面では問題ないから女性の国会議員が一人で誰もいない坂道をのんびりと歩いていたのだろう。
坂の下には日枝神社が有る。
あるいは有名ホテルが有る。(その時点では有ったというべきか、)
日枝神社にお参りか、ホテルの会議・パーティーに出席の為に歩いていたのだろう。
首相官邸へ行くのなら山王坂を通るわけはない。国会議事堂や議員会館から右に曲がらずそのまままっすぐ歩いて行けば2分ほどで官邸に着く。
紀尾井坂近くのホテルだと歩くには遠すぎる。

先入観として国会議員という立場の人達は100メートルほどのすぐ近くへ行くにも歩かず専用車で行くものと思っていた。
また常時秘書と一緒だと思っていた。ふらりと一人で歩くとは思いもしなかった。
国会議員は衆参合わせて750人ほどいる。
全員が常時テレビに出ている訳でもないから全部の人の顔を知っているわけではない。
すると、国会議事堂や霞ヶ関近辺を歩いている時は、こちらは全然気がつかないがすれ違う人の中には結構国会議員や大臣がいるかも知れない。
あるいは、すぐ目の前の信号で止まっている黒塗りの品川ナンバーの高級車の中には大臣や国会議員が乗っている事だろう。
国会議事堂周辺や霞ヶ関界隈を歩く時にはぼんやりとしないで注意して歩く事にしよう。

将来新聞記者やジャーナリストを目指す大学生、高校生、中学生の方々は暇さえあれば国会議事堂・首相官邸・霞ヶ関官庁街を常時散歩する事を勧める。
国会議員、大臣などとすれ違い多少の刺激となる。

また、高校生の頃からそれらの地区の地理に慣れておけば新聞記者やテレビ局のリポーターなどになった時に、急いで取材をする時に、迷子にならなくてすむ。

昨日27日の土曜日は銀座の歩行者天国を楽しんだ。
気のせいか人出も多かったような気がする。 
天気は良く暖かかった。
銀座の歩行者天国はいつ行っても楽しい。

いつもの事だが、歩行者天国で自動車道路に足を踏み入れると、道路を奪還したぞ、といった気持ちになる。 
いったい道路は自動車のものか人間のものか、といった領土争いの決着をつけなければいけないという気持ちにいつもなる。
土曜・日曜はいつも勝ち誇った気持ちで歩行者天国を歩く。
いい気分だ。

宝石店の窓を覗いた。
美しい色の宝石が光る。
連れの目が輝く。
危険だ。
宝石はいつも女性を惑わす。
きらめく宝石を見た瞬間女性の目は妖しく光る。

宝石といった呼び方は適切でない。
悪魔の石と呼んだ方がいい。
人々、特に女性を狂わす。

ウィンドウの端の方に非常に手ごろな価格の宝石が有った。
ちょっとしたアクセサリー程度の価格だ。
非常に安い。
「これはいいね、」
「あら、安いわ。どうしてこんなに安いの?」
「これなら買えるね、」
「いつ買ってくれるの、」
「ボーナスでも出たら、」
「それなら、あっちの方がいいわ、」
「いや、あれは遠慮しておく、」
危ない、危ない、うかつに生返事をするとそれが契約書となる。
ドアから中を覗くと沢山の客がいた。
さすが銀座だ。
店内の高額の宝石の周りで高級な服を着た女性客が何人も微笑んでいる。
セレブな空間だ。
庶民には関係のないエリアだ。

宝石とは不思議なものだ。
地球のちょっとした地殻の気まぐれな変動で鉱物や石が圧力を受け、それが偶然にも美しい光を放つ。
その気まぐれの結果誕生した石が女性をとりこにする。
元はと言えば灰色や黒色の鉱石であり単なる炭素元素の塊にすぎない。

その小豆か大豆ほどの石の塊が自動車と同じほどの価格となる。
東南アジアへ行けば家一軒が買える。
よくよく考えると恐ろしい価格だ。
そういった高額品をまるでショートケーキでも買うような感覚で買えと命令する。
世の男性はたまったものではない。
そんな事はビル・ゲイツにでも頼めと言いたいが、それを言うと、じゃあ、彼みたいに何か大発明を開発して稼ぎなさいと鞭を打たれそうなのでやめた。

いったい男性は人類の王様か、宝石を欲しがる女性の下僕か分からなくなってくる。
男性は一見魚をすばやく捕らえる鋭い野獣のようであるが、実は女性が巧みな鵜飼いなのかも知れない。
長良川の鵜に親近感を覚えてきた。

はるか昔から宝石は女性を狂わし虜にしてきた。
すばらしい宝石を持参して女性に与える男性は賞賛された。
女性を夢中にさせる宝石を求めて男は他国へ攻め入った。
宝石により事件が幾たびも起きた。
古代から女性が宝石に興味など示さなかったら世界の歴史は大きく変わっていただろう。


歩行者天国を八丁目方面へと行くと、ギターとドラムを一人で一緒に演奏する外人の大道芸人がいた。
ギターを弾きながら足踏みをして背中に背負ったドラムを鳴らす演奏スタイルだ。
足に紐がついていて足を上げ下げするたびにドラムが叩かれる。
ユーモラスな演奏スタイルだ。
19世紀のヨーロッパの街の大道芸人みたいだ。
歌と演奏はそこそこだが、その演奏スタイルが面白かった。
日本人が歌っていればそれほど受けないが外人なので人だかりが多い。
やはり日本人は外人に甘い。
時々親切な人がその演奏家の前の箱か帽子にコインを入れていた。
さて、今日の稼ぎでパンを買えるかな?

そのギター弾きを過ぎて少し行くと今度はヴァイオリンを弾く人形を操る大道芸人がいた。
その人形使いは以前も銀座でやっていた。
やはり面白い。
さらにぶらぶらしていると絵描きらしい人が絵を置いて売っていた。
なかなかきれいな色使いの絵だった。
眺めている人は多かったが、買う人はいなかった。
きれいな絵を置いていても飛ぶように売れるとは限らない。
なかなか難しい。

大道芸人はどこからも給料はもらえない。
自分の演奏や絵を道行く人に買ってもらうしかない。
飛び切り歌や演奏、絵がうまければいいが、そうでなければ人々の財布は開かない。
それでもほかの街でやるよりも銀座を通る人々は親切だからまあまあ稼げるだろう。

大道芸人がいると歩行者天国は楽しい。
銀座の歩行者天国は広くて長い。
もっと多くの大道芸人が出て欲しい。
手品師、パントマイムのピエロ、数本の棒を次々と投げて自由に操る軽業師などがいればさらに楽しい。

大通りから裏通りに入り小さな店で軽く食事をした。
小さな店だが味はわりと良かった。
料金も安かった。
最初は数寄屋橋寄りの店で食べるつもりだったが、歩行者天国をぶらぶらしているうちに数寄屋橋あたりまで帰るのが面倒になり裏通りに入り適当な所で食べた。
銀座のいい所は裏通りに入り安い店を探して適当に飛び込んでも、一定以上の味なので安心だ。
もっとも裏通りと言っても並木通り、みゆき通り、ガス灯通りなどはきれいな通りで、裏通りといった言い方は適切ではない。
ただ、いい言い方がないので裏通りと言っているだけだ。
この頁で裏通りと言った場合は並木通りなどの通りを想像して欲しいと思います。


その後有楽町をぶらぶらしていたら大型電気店の前で人だかりがしていた。
覗くと関根ツトム(?)という芸人がトークショーをしていた。
面白い話ばかりしていた。
いや、話の内容よりもしゃべり方と表情が面白かった。
面白く楽しい人だ。
見ている人々は爆笑の連続だった。

関根氏の隣に若い美人がいた。
若い美人とトークショーとはうらやましいと思っているとその美人は娘さんだった。
きれいな娘さんを持ち、さらに親子でトークショーをして関根氏は幸せ者だ。


それからまた銀座方面へとぶらぶら歩き適当な所で喫茶店に入り、窓から道行く人々を眺めながらたわいのないおしゃべりをして時を過ごしメトロへと向かった。
楽しい一日はあっと言う間に終わった。
月曜日からは再び地獄の日々が続く。



大富豪である限り銀座・日比谷・有楽町界隈は楽しい。
一流店・有名店が無数に有る。
思う存分飛び切りおいしいものを食べ、世界の超一流品を好きなだけ買える。
しかし、世の中には残念な事に大富豪でない人もいる。
そういった人々には銀座周辺は目の毒だ。
決して買えない高級品がウィンドウに並び道行くごく普通の市民を誘惑する。
レストランでは魅惑の料理が給料前のサラリーマンに呼びかける。
財布の中が空っぽの時に目の前に素敵な料理が出てくると、それは地獄だ。
銀座ではそういった状態によく陥る。
困った事だ。

銀座のおいしい高級レストランや寿司屋を知りたいと思ったら簡単だ。
書店で売っているカラフルで豪華なグルメ雑誌を見ればいい。
高級、いや超高級レストラン・寿司屋が満載されている。
だから、高級なレストラン・寿司屋へ行くにはそういった本を見ればいい。
簡単なことだ。

だが、手ごろでおいしくて、「とにかく安い店」がなかなか雑誌などに載っていない。
テレビで銀座の安いレストランの紹介をなかなかやってくれない。

テレビや雑誌でよく日本各地のいい店、おいしい店が登場する。
しかし、値段がやや高級だ。
テレビのグルメ番組を見ていると銀座のおいしい店が登場する時もある。
レポーターが「おいしいですね。」とほっぺたを押さえながらそのおいしさを伝える。
「本当においしそうだ。今度行ってみよう。」とその場所をメモする。
だが、次の瞬間テレビ画面の下にその料理の値段が流れる。
「・・・、」目が点となる。
気軽に行けない金額だ。
行く事をあきらめてしまう。
年に一度ならそういった店もいいかもしれない。
だが、常時、あるいは毎日通うには値段が手ごろでないといけない。

普通5000円といった金額を大金とは言わない。
だが、レストランと言う所へ一人ではあまり入らない。
レストランで楽しいひと時を過ごす為に食事する時はだいたい二人だ。
すると、二人分で1万円だ。
普通のサラリーマン、庶民ではそういった食事を毎日する事はできない。
しかし、レストランや料理店で週に一度は食事をしたい。
週に一度は二人で楽しいひと時を銀座のレストランで過ごしたい。

だから、「安い」店、「手頃な」店でないと困る。
だが、安くてもまずくてはいけない。
安くて味もいい、そういった店がないと困る。
人間は毎日生きている。
だから毎日気楽に入れるレストラン・食堂がなければいけない。
年に一度だけ手ごろなレストランに出会う、といった事ではいけない。
また、年にたった一度だけ豪華な食事をするといった事でもいけない。

手頃な店、安い店がいくつか有ると、本当に有難い。
銀座という日本一の超高級街でそういったレストラン、料理店、食堂など有るのか?
うれしい事に意外と有る。
だから、銀座は楽しい。

値段の上限を設定せずに、うまい店、おいしい店を探すのは簡単だ。
だが、普通のサラリーマンやOL、大学生、主婦、引退した老紳士が財布と相談しながら金額の上限を決めて、おいしい店を探すのはなかなか大変だ。
銀座の大通りを歩きながら超高級ショップばかり見ていると、そういった事は不可能と思える。
だが、銀座はやさしい街だ。
安くていい店、おいしい店がある。たくさん有る。
だから、銀座は好きだ。

お金に全然困っていない人がおいしい店を探すのは非常に簡単な事だ。
有名な店に堂々と入っていけばいいだけなのだ。
しかし、世の中には有名店に入る前に、ちょっと財布の中を覗き確認してから入るといった人々も多くいる。
そういった財布を確認してからレストランに入る習慣を持つ人々にとって手ごろでおいしいレストラン、寿司屋、食堂は非常に大切だ。

魚に海が必要なように、鳥に大空が必要なように、砂漠の旅人にオアシスが必要なように、銀座の庶民には手ごろでおいしいレストランや食堂が必要だ。

何故世界有数の高級街銀座に手ごろなレストランや料理店・食堂が多いのか?
よくよく考えてみると不思議だ。
何故だろうか?

それは、
銀座に庶民が多いからだ。
実は庶民が多くいるから、その庶民向けに手ごろな料金のレストランや食堂が多く有るのだ。
銀座に来る人がすべてセレブばかりだと、庶民向けの手ごろな料金のレストランなど開業すると即座に倒産する。
セレブはそういったレストランなどに行かないからだ。

銀座には庶民が多く来ているからそれに応じて庶民向けの店、レストランができる。

世界の超高級街銀座には超高級店が幾つも有りセレブが多く来る。
だが、同時にその高級な街を普通の市民、庶民がたくさん歩いている。
そして、そのたくさんの市民、庶民の為に手頃な料金のレストラン、食堂が多く有る。
世界でもトップクラスの高級な街だというのに、庶民を暖かく迎えてくれる。
なんと素晴らしい街だろうか、銀座は。



今日は節分、明日は立春。
だから、これから少しずつ暖かくなってくるはずなのだが、立春、立冬などといった季節・暦の言い方は旧暦なので、現代の新暦とは一か月ほどずれる。
だんだんと暖かくなるのは、やはり3月に入ってからだ。
それまでは暦の上だけで立春を感じていよう。

夕方の銀座はそれほど寒くなかった。
昼は銀座からかなり離れた街をぶらぶらした。
渋谷でも秋葉原でも上野でもなく、特徴は有るがごく普通の小さな街だ。

先日から、この土日は上野に行ってオルセー美術館展に行こうかどうかと思案していた。
結局今日は美術展はやめた。
オルセー美術展にはもう少ししてから行く事にした。
今は始まったばかりで超混雑だ。
絵の前でじっくりと30分も鑑賞できない。
展覧会は4月上旬までやっている。
3月中旬頃となれば少しは混雑がおさまるだろう。
その頃が狙い目だ。
だが、誰もが同じ事を考えているから結局はその頃も混雑するかもしれない。
仕方がない、美術史上有数の名画を所蔵する美術館の展覧会だ。
すいているのを期待する事自体虫が良すぎる。
しかし、待望の名画の前で混雑する人波に押されてわずか数秒で通り過ぎなければいけないといった状況はなんとしてでも避けたい。
何かいい作戦はないか?

オルセー美術展にはいついつ行こうとぼんやりと考えながらその街を歩いた。
銀座へ行かずその街に行ったのは買い物が有ったからだ。
期待通りの品が有った。
実際行ってみるとなかなか楽しい街だった。

夕方まで買い物をしてから銀座に戻った。
メトロはすいていた。
だが、銀座に着いて銀座四丁目の四つ角に出たら地上が混んでいた。
歩行者天国は終わっていた。
間に合えば大道芸人を期待していたのだが、残念だった。
陽は日比谷公園のはるか彼方に沈んでしまい、空は群青色となり銀座大通のネオンが華麗に輝いていた。
日本橋方面も東銀座方面も新橋方面もきれいなネオンだった。
何故かほっとした。

銀座では買う物が有った。
混雑する大通りを歩き目的の店に入った。
途中何件かの有名店を覗いた。
どの店もお客でいっぱいだった。
デパートも覗いた。
やはり超混雑だった。
ブランド・コーナーでは若い女性客が高額商品を手に取りにこやかに連れの友人と微笑みあっていた。
デザインと価格が予算範囲内だったようだ。
しばらくしたらそのバッグを買うのだろう。
リッチで楽しい光景だ。
一階の化粧品コーナーではまっすぐ歩けない状態だった。
化粧品のカウンターでは若い女性が座っていて化粧品コーナーのスタッフから説明を受けながら軽く化粧をしてもらっていた。
ごく普通の女性がスタッフから化粧をしてもらうとたちまち肌はきれいに光り、目元や眉の辺りが女優のような美しさとなる。
また、一人美人が誕生する。
そして、そのできたての美女はそのまま銀座大通に出て行き優雅に歩きはじめる。
道行く人々はふりかえる。


オルセー美術館展が始まった。
これはすばらしい美術展だ。
4月上旬まで開催されるはずだ。
かなり長期間開催される。ありがたい。
よくぞ開催してくれた。
オルセー美術館の館長や開催に尽力した方々に敬意を表したい。
今回逃すと二度と見る事はできないかもしれない。
早く行かないといけない。
だが、今は非常に混んでいる。
混雑していると鑑賞ができない。
人波に押されて名画の前を通り過ぎるだけとなる。

少しして、雨か雪の日に行くといいだろう。
そういった日は幾分すいている。
また、平日の午前中ならだいたいすいているだろうが、平日の午前中は行けない。
残念だ。
2月中旬の雨か雪が降る土曜・日曜日なら少しすいているだろう。
ひとつの名画の前で最低でも30分はゆっくりと鑑賞したい。
もちろん、混雑していなくていくらでも鑑賞できるのなら、ひとつの名画の前で一日中見ていたい。
はたして、すいている時が有るだろうか?

中学生以下は無料となっている。
これもありがたい。
是非中学生・小学生は行くべきだ。

小学生も中学生も勉強で毎日忙しいだろうが、このような最高の美術展は絶対見ておくべきだ。
芸術は人生に不可欠だ。
いや、芸術を知り理解し味わう為にこそ人生が有ると言っても過言ではない。
ある意味勉強などよりもはるかに重要だ。

もちろん開催する美術館は東京都美術館だ。上野だ。
いつも銀座は最高だが、オルセー美術展の時だけは、上野だ。
上野へ、上野へ・・・・・。

東京中のメトロにポスターが貼ってある。
誰もがすでに知っている。
すばらしい銀座だが、銀座には国立西洋美術館クラスの大きな美術館がない。
東京駅前というか八重洲にはブリジストン美術館が有り、ルノワールの名画を所有し展示している。しかし、八重洲は銀座ではない。

あらゆる面ですばらしい銀座だが、その点は残念だ。
名画を鑑賞する為に銀座を離れて上野へ行く羽目となる。
もちろん、以前記載したが上野は芸術エリアだ。
国立西洋美術館、東京都美術館、国立博物館、科学博物館が一緒に並ぶ。
これは日本一だ。

オルセー美術館展が始まったのがいい機会だ。
暖かくなる三月は上野公園で美術館・博物館を回り芸術三昧といきたい。



東京マラソン2007が開催された。
新宿の都庁を出発して皇居の北を回りお濠沿いに日比谷、銀座に向かい品川で折り返して再度銀座を通り日本橋、浅草に向かう。
ゴールは臨海副都心の東京ビッグサイトだ。
都内の名所・繁華街を通る。
マラソンという名を借りた「世界に向けた東京の名所宣伝」だ。
果たしてマラソンを見た世界の人々は観光で銀座、東京に来てくれるだろうか?

ところで、それらの名所は、新宿、皇居、銀座、品川、日本橋、浅草だが、よく見ると内藤新宿や品川という宿場町、江戸城、銀座、お江戸日本橋、浅草と江戸時代の名所ばかりだ。
東京マラソンと言うより「江戸マラソン」だ。

一般人も参加して計3万人のマラソンだ。
すごい。青梅マラソンを銀座で開催するようなものだ。
無数の人々が新宿から銀座、品川、浅草へと走る。
道路は3万人のランナーで埋め尽くされている。道路からあふれんばかりだ。
人、人、人だ。
テレビでは上空から映していたが、まるでゲルマン民族の大移動だ。

先日から見に行こうと予定していたが雨で行けなかった。
行けなかったというより朝窓の外の雨を見たら行く気が一瞬のうちになくなった。
真冬に雨の中道路に立ち何時間もじっとしている気はどうしても起きなかった。
また、時間も早かった。9時スタートだ。
9時に皇居や銀座に着くためには、さらに早く起きる必要がある。日曜日はゆっくりと朝寝坊をしていたい。早起きはしたくなかった。我ながらずぼらなものだ。
雨だし眠たいのでテレビでのんびりと観戦した。
今日は寒い日だった。
だが、冷たい雨の中を選手は走っている。
いくらなんでも寒いだろう。いや、冷たいだろう。
テレビで見ているこちらまで寒くなってきた。
選手達には申し訳ないが、熱いコーヒーを飲みながら観戦した。

皇居のお堀、和田倉門、内堀通り、銀座、日比谷などが見えると、「おお、」という気持ちとなった。
2月の真冬にあの雨の中を2時間も走って選手は風邪を引かないのだろうか?
マラソン競技専用の薄くて軽いビニール製のコートを着て走ればいいのにと思うのだが、それは規則違反なのだろうか。
あの雨ではいくらなんでも競技に悪影響が出る。
室内の競技ではない。仮に競技のユニフォームの規定が短パンとランニング・シャツと決まっていたとしても雨や低温を防ぐ服は必要だ。
第一スキーの選手は完璧な防寒服を着て競技をしている。
ならばマラソン選手も冷たい雨の日には防寒服や防雨服を着て走ってもいいだろう。
ハイテク防雨服なら、それを着て走っても競技のタイムに悪影響は出ないだろう。
また、いいデザインの防雨服・コートなら観戦する人々に不快感を与える事はないだろう。
優勝タイムは2時間10分ほどだ。大会前の予想を下回った。
途中リタイアした選手もいる。
やはり雨の影響だろう。
真冬の雨の中のマラソンのユニフォームについて考える事も必要ではないだろうかと思ったりもした。

ところでテレビで見ると銀座大通りがマラソンのコース使用の為に完全に封鎖されていた。
経済封鎖ならずマラソン封鎖だ。
「禁使用」だ。
通りの反対側に行く事もできなかったようだ。
有楽町方面から和光に来てそこから三越に行けず途方にくれた人は多かっただろう。
いつもなら和光から三越などすぐなのに、三越へ行くために階段を下りて地下鉄の通路を通るなど初めての経験だったろう。
ミキモトからルイ・ヴィトンやティファニーへ行こうとした人達はさらに困った事だろう。
マラソン・ファンには楽しい日だったが、買い物や銀ブラを楽しもうとした人達には大変な一日でした。

今年は雨だったので行く気がしなかったが、来年は応援に行く事にしよう。
きっと晴れるだろう。
内堀通りか銀座大通で選手を応援する事にしよう。
その後は手頃なレストランで食事だ。



先日夜テレビをなんとなく見ていた。
番組が切り替わり座談かバラエティーのような番組が始まった。
そういった番組だというのにギタリストの村治佳織が出てきた。
若い人だ。
クラシック・ギターのプロの演奏家と知らなければタレントかアナウンサーと間違えてしまう。
CDデビューは早く17歳ほどだったはずだと思う。
この人のCDは1枚購入した。
非常に若いのに演奏が的確で感心したからだ。
そのアルバムは良かった。

ギターは6本の弦を強く押さえないといけない。
でないときれいな音が出ない。
演奏するために非常に力が必要だ。
しかも指が長くないといけない。
趣味で弾くなら女性でもそこそこ楽しめるが、プロとなると女性には不向きの楽器だ。
番組はトーク主体で巨匠ロドリーゴを訪れた時の話など貴重で楽しいものばかりだ。
座談ばかりで終わるかと思ったら、最後に演奏を始めた。
驚いた。
「アルハンブラの思い出」だ。
アルハンブラは購入したアルバムには入っていなかった。
村治佳織の演奏では初めて聞く。
上手だ。
若いし、女性だし、指を見るとそれほど長くない。
しかし、流麗なトレモロでメロディーを奏でた。
すばらしい。
荘村清志の「アルハンブラの思い出」は名演奏だが、村治佳織の演奏もなかなかだ。
村治佳織の演奏はきれいで的確で端正だ。
荘村清志の演奏は遠くへ吸い込まれるような気持ちになる。

テレビは文明の利器だし、人類にとって最大の娯楽機械だ。
しかし、その番組内容は多数の人々、日本なら1億人を対象としているから、必然的に大衆的となる。
だから、どうしても娯楽的な喜劇的なにぎやかな番組や、楽しいバラエティー番組、高視聴率を稼げるドラマ、おいしいラーメン店、激安店の紹介などが多くなる。
また、野球やサッカーの番組を連日放映する。
超人気スポーツだからだ。
全員が求める番組を作るとどうしてもそうなる。

音楽で言えば今週のヒットチャートの上位の歌ばかり放映する。
そういった方法で音楽番組をやるとどうしても15歳から25歳ぐらいの人々を対象とした最新ヒット曲、新曲ばかりとなる。
ジャズ、クラシック、1955年頃のポピュラー・ソング、エスニックなどの番組・特番はなかなか放映してくれない。
ところが、普通のバラエティー番組に才能の有る女性ギタリストが気軽に登場して名曲アルハンブラの思い出を見事に演奏した。
そろそろニュースが始まるかな、とぼんやりとテレビをいたらそんなふうになかなかいいギタリストが突如登場して名曲をかなりいいレベルで演奏してくれた。
村治佳織が出演して演奏するなど全く予想していなかったので、非常に得をした気分になった。


2月25日夜テレビで「スウィング・ガールズ」という映画をやっていた。
ジャズなど全然知らなかった日本の田舎の女子高生がゼロの状態からスウィング・ジャズをやっていく物語だ。
ドラマのストーリー自体はそれほど興味がなかったので後半だけを見た。
演奏するスウィング・ジャズの曲を聞きたかった。
出演した女子高校生達は最初ジャズは全然できなかったそうだ。
それが映画の為に特訓をして最後はどうにか演奏できるようになったと聞いたから、ゼロの状態からどの程度までうまくなるのか興味もあった。
映画の為に数ヶ月特訓したようだが、そういった事を考えると上手だった。

最後の演奏会のラストで、女子高校生達がトランペットをくるりと回しながら演奏する場面が有ったが、そこまで上達するのかと思わず笑った。
トランペットや金管楽器をくるりと回しながら演奏するのはマーチング・バンドがお得意だ。
ニュー・オーリンズの街をトランペットを回しながら演奏し行進するディキシー・バンドやスウィング・ジャズ・バンドのスタイルを取り入れたのだろうか?

曲はグレン・ミラーやベニー・グッドマンの曲ばかりだったと思う。
「A列車で行こう」も有った。
高校生達の演奏場面でなく普通の演技の場面のバックで、サッチモの「この素晴らしき世界」やコールの「ラヴ」が流れたりしていてそれなりに楽しめた。
ただ、個人的な感想だが、あの映画のバックには「素晴らしき世界」や「ラヴ」は合わなかったと思う。
同じスウィング・ジャズでもグレン・ミラーとサッチモでは感じが違う。
というより、グレン・ミラーのサウンドは、完全にスウィング楽団ジャズであり、スウィング・ジャズ・ダンス曲だ。
挿入歌として使ったサッチモやコールの歌は、彼らは優れたジャズ・メンであるし、スウィングしながら歌っているが、ほとんどポピュラー・ソングに近い歌となっている。
だから、この映画で使うとやや合わない。

※後で調べたらナット・キング・コール歌唱の「ラヴ」がサントラに記載されていない。
確かにコールの「ラヴ」が流れたはずだが、コールの名前も「ラヴ」の曲名もクレジットされていない。聞き間違いか?
聞き間違いとしたらコールの「ラヴ」に非常に似たメロディーの歌だ。
また、歌い方や声もコールにとても似ている。
それとも映画では使用したが、サントラでは収録されなかったのか?


銀座駅のコンコースで時々地下鉄音楽会をやる。
去年の秋、モダン・ジャズ・バンドが演奏をしていた。
かなり有名なバンドのようだったが、恥ずかしながらそのバンドを知らなかった。
もちろん非常に良かった。
ダブル・アルト・サックスが鋭く地下鉄通路に鳴り響いた。
ベースもなかなか良かった。 
ただ気のせいかややフュージョン・テイストが入っていた。
ドロドロのモダン・ジャズを聞きたいが、無料の地下鉄ライヴを聞かせてもらって贅沢を言っては罰が当たる。

また、10月か11月には、銀座ジャズ祭といったような催し物もあり、いろいろな所でジャズの生演奏をしていた。
かなり規模が大きくさすが銀座だな、と感心するジャズ祭だった。
イタリアから来たジャズ・ピアニストの生演奏を楽しむ事ができた。
確かボサノバの曲を演奏していた。
良かった。

先日2月9日には、やはり銀座駅の地下コンコースでクミコという歌手がミニ・ライヴをやった。
クミコのミニ・ライヴは見に行こうと予定していたが、行く事ができず見損なった。
非常に残念に思っていた。
ところが、先日テレビを見ていたら、その銀座ミニ・ライヴを10分ほど放映していた。
見損なったライヴをすかさずテレビで見れるとはついている。
大変有り難かった。
ただ、テレビで聞くクミコの歌はまとまりすぎていると言うか、きれい過ぎる感じだった。
やはり生で聞くのが一番いいのだろう。

なんとなく銀座をぶらぶらしていると無料の生演奏に時々出くわす。
しかも、その歌手や演奏家が有名なプロだ。
だから、銀座は楽しい。



早いものだ。
先日まで寒い寒いとコートを着ていたというのに、はや4月となりぽかぽか陽気の春となった。
桜は満開だ。
日本中の人々が待ち望んでいた花見の季節となった。
九段の桜は3月20日過ぎに開花し、東京のあちこちの桜の名所でも桜が次々と開花した。
3月31日の土曜日は曇り空だったが桜の開花具合の面では最高の日だった。
小さすぎず、逆に咲きすぎてぼってりとはせず、最高の花の状態だった。
花の色も桜色やきれいな桃色となっていた。

先日国会議事堂の前を通った。
前庭の道路の横には幾本かの桜が有りきれいに咲いていた。
また、国会議事堂の中の左端にも一本桜があった。
その桜の花はきれいな桃色となっていて議事堂をいっそういい景観としていた。
昨年の秋議事堂の前を通った時には銀杏並木が全面的に黄色で見事だった。その後真冬となり銀杏の葉と実はすべて枯れ落ち冬空に枯れ果てた枝が細々と伸び寂しい冬景色となっていた。
しかし、冬が去り春となり議事堂も春爛漫となった。

東京で花見と言うとみんな「上野」を挙げる。
そう、確かに一番有名な花見の名所だ。
だが、上野は今や花見と言うよりドンチャン騒ぎの場所と化している。
ござの上で一日中、あるいは徹夜で同僚と酒を飲み歌い騒ぐには最適の場所だが、真面目に桜の花を愛でるには頗る適しない公園となってしまっている。
また、超混雑でもある。
昼頃上野公園に出かけると座る場所がない。
弁当を買ってきても公園の片隅で立って食べる羽目となる。

ならば、落ち着いて桜の美しさを味わえる場所を探さなければいけない。
残念な事に銀座には桜はない。
銀座の柳は有名だが、桜並木はない。

銀座の近くでは千鳥が淵が一番有名だ。
時間が有る人は銀座から日比谷濠、桜田門を通り皇居の濠を右廻りに歩いていけば行き着く。
ただし、30分ほどかかるだろう。
タクシーに乗れば5分ほどだが、出費となる。
地下鉄の半蔵門駅や麹町駅で降りてそこから歩いていけばいい。
そうすれば3分から5分ほどで行き着く。
皇居の濠と緑深い森と桃色の桜並木が目の前に広がり日本画のような美しさとなる。
「美しき日本」を満喫できる。
美しい桜並木の少し先にボート乗り場が有る。
ちょうど営業でもしていれば乗ればいい。
ボートから見上げる岸の桜や皇居の石垣の眺めはまた一種独特だ。
時間の有る人にはぜひボートに乗る事をお薦めする。
風が吹くと桜の木から無数の花びらが飛び散り濠とボートに乗っている人たちに舞い落ちる。
絶え間なく桃色の雪が降り注ぐようだ。
とても風流であり、時刻によっては非常に幽玄な情景となる。

そこからさらに北に歩き九段の靖国神社の境内まで行けば、東京の桜の開花の標準地点に着く。
桜のシーズンとなると開花かどうか、何分咲きかといった番組ではいつも出てくるおなじみの桜だ。
靖国神社の境内の桜が日本一美しいといったような事はないが、標準地の桜、いつもテレビで見ている桜という事でいい記念となる。

土曜日は桜を求めてとにかくメトロに乗った。
先に上野に行きオルセー美術展を見てから桜を見に行こうとも考えた。
しかし、連れがゴッホより桜だと言うので桜にした。
「いや、桜より世界的なゴッホやモネを・・・・」と言い争っても仕方がない。
素直に桜探しのスタートとなった。
もちろん上野公園は最初からリストからはずしている。
上野公園の花見は以前何度か行き、優雅に花見をする場所ではないと実感している。
連れがオルセーよりも桜と主張するのには訳が有る。
桜を見ながら饅頭を食べたいのだ。
花より団子だ。

では、どこへ?
新宿御苑もいいし、それほど有名ではないが、後楽園の小石川後楽園もいい。おなじみ水戸黄門様の屋敷だ。東京ドームに隣接している。
また、郊外のJRや私鉄沿線に有る多くの小さな公園にもだいたい桜が有る。
都内の有名な桜の名所で眺めるもよし、近所の公園の小さな桜並木で近所の人と一緒に花に見とれるもよし。

銀座を離れてのんびりと桜を探した。
花めぐりだ。
とある場所で花見をする事にした。
カフェに入り大きな窓からガラス越しに桜を眺めながらコーヒーを飲んだ。
空は相変わらず曇りで雨が降るかと思う色だった。
しかし、風はなく幾分暖かで曇りである事を除けばいい一日だ。

その窓際の席は普段はなかなか空いていないので期待していなかった。
しかし、どういうわけかその席だけが空いていた。
多分入る直前前の人が出たばかりだったのだろう。
運がいい。

食事をしながら花見をと考えた。
しかし、メニューに寿司はなかった。
二人とも寿司を食べたかった。
食事はやめにしてドリンクだけにした。
また連れの好物の饅頭や羊羹もなかった。

もちろん花見の日だ。
日本酒やビールという事も考えた。
しかし、連れの顔を見るとこちらを睨んでいる。
計画を察知されたようだ。
桜と酒といういい組み合わせは崩れ去った。
桜と饅頭はいいが、桜と酒はいけないようだ。

それでも窓からきれいな桃色となった満開の桜の花を眺めながら飲むコーヒーはいい味だった。
周囲の席は数人の団体やカップルが多い。
わりとにぎやかだ。
やはり桜の美しさで盛り上がっている。
格別聞き耳を立てていた訳ではないが、しばらくすると桜よりも世間話が多くなってきた。
さらに会社の人の話や近所の噂話ばかりになってきた。
ちょうど二人ともカップが空っぽになったので店を出た。
先ほど眺めた桜の木の下に行きあらためて花を見上げてそこを後にした。
その桜の下や近くでは20人ほどの人が座り桜を眺めていた。

銀座で買い物が有った。
四丁目の交差点に着いた。
やけに賑やかだ。
人もいつもより多い。
「やはり花見の時期だ。銀座も混んでいる。」
と思ったら勘違いだった。
石原都知事の演説が始まる所だった。
選挙カーが三越の前に止まっていて「お待たせしました。もう、石原が来ます。」とか演説が始まると案内の声が鳴り響いていた。
さて、どんな事を演説するかと見ていたが一向に知事は登場しない。
歩行者天国は混んでるし青信号で交差点を渡る人がぶつかってくる。
演説観覧はあきらめて買い物に向かった。
演説の様子は夕方のテレビニュースで見れるだろう。

店に入ったが目指すものがない。
二軒目に飛び込んだ。
ない。
三軒目に飛び込んだ。ない。
やれやれ、こういう事も有るのだ。
目指す物はあきらめてほかの物を買った。
第二希望の品物を買ってしまった。
といってもそれも早く欲しい物だった。

おなかが空いてきた。
すし屋に飛び込んだ。
買った品物を見ながら寿司を食べた。非常に行儀の悪い食べ方だ。
もちろん連れに品物をすぐ取り上げられた。
今日の寿司は少しおいしかった。
先日、いや、だいぶ前に行ったほかの寿司屋よりも幾分いい味だった。
期待以上の味だと得をした気分となる。

そこそこ満足して再び歩行者天国をぶらぶらした。
歩いていると懐石料理の店の大きな写真の看板メニューが見えた。
連れが何度か行った事の有る店だ。
美味しいらしい。
お皿がいくつも並ぶ写真のメニューをじっと見つめる連れの腕を引っ張り前方へ進んだ。
まごまごしていると「今度ここで食事を・・・・、」と言いかねない。危険だ。
そういった懐石料理の店に行く為には、普通の寿司屋に行く事を数回断念しなければいけない。
危ない、危ない。危険ははるか前に避けるのが鉄則だ。タイタニック号の例を見るまでもない。
メトロに乗る前に地下食堂街を覗いた。
超有名店はないが、いろいろな種類の食堂がたくさん並び食欲をそそる。
来週か月末はこの店か、とほぼ決めてその名店街を後にした。

メトロに着くと7時を過ぎていた。
おやおや、あっという間に一日が終わった。
早いものだ。
電車はすいていた。
がらがらではなかったが空席だらけだ。
平日がこうだったらどれほど楽だろうかと考えながら座席の中央に座りごそごそと買い物袋から品物を出して眺めた。寿司屋の続きだ。
別ににやにやする訳ではないが、買った物をすぐに見るのは楽しいものだ。

半分連れに渡すと連れは受け取りを拒否する事もなく手に取り眺めた。
あまり面白そうな顔ではない。
「こんな物を買うなら新柄のブラウスかネックレスの方がいいのに、」
そう思っている。
横顔を見てそう推測できた。

男性と女性では買い物に対する価値観が全然違う。
もちろん、男性の方がいい趣味をしている。
と、信じている。

入り口の上の広告にレオナールの顔があった。
六本木に出来た新国立美術館の宣伝だ。
「異邦人のパリ展」だ。
これも非常にいい展覧会だ。
来週か再来週に行ける。
また楽しみが増えた。

しかし、同時期に「オルセー美術展」と「異邦人のパリ展」と世界最高レベルの美術展が開催されるとは有り難い。
一度に両方を堪能できる。
幸福な事である。



桜の季節になると「日本」というものを特別に感じる。
四季の有る日本、美しい季節の日本、自然がすばらしい日本・・・・。
寒く厳しい冬の後に人々を救うかのように暖かい春が訪れる。
「季節の神」が人々に安らぎを与えるかのようだ。

桜は美しい。
木全体も美しい。花びら一つ一つも美しい。
沢山の木が並び桜並木となった光景も非常に美しい。

都内には多くの桜の名所が有る。
時間が有ればそれらすべてを訪れてみたい。
小石川後楽園、新宿御苑などへ行きたかった。
残念だが今年は行けなかった。
来年だ。

過日ぶらぶらと国会議事堂の裏手を通った。
国会議事堂の裏手は殺風景で石の建物ばかりだ。
道路には針葉樹林が植えられている。冬には花も葉もすべて落ちてむき出しの枝が殺風景な姿を見せる。
桜など咲いていない。
国会議事堂の周囲といった事を除くと平凡な道だ。

その道をまっすぐ行くと首相官邸に行き着く。
首相官邸の門を覗くと庭が見える。
他人の家の門越しに庭を覗くといった行為は頗る失礼だが、庭のあちこちを見た。
しかし、桜の木は一本もなかった。

桜は日本の象徴だ。
確か日本の国花のはずだ。
首相官邸は日本国の権力の最高位であり日本を代表する場所だ。
そこに国花である桜の木がないとはいささか不思議な感じだ。
庭の中央を見ると池が有りその上か向こうに黄色というか薄茶色というか大きな岩が二、三有った。
江戸時代や京都の名園にあるような見事な岩でなく、色も形も山の崖の中腹あたりからそのまま運んできたような岩だ。四角い形をしている。
どういった様式の庭園作りか分からない。
現代芸術のオブジェか何か特別な意味があるのだろう。

首相官邸の庭には美しい桜の木が何本も有ると期待して覗いただけに、桜の木が一本もなく代わりに大きな四角い石があるだけなので幾分がっかりした。

首相官邸の門を過ぎて官邸の塀に沿って30メートルほど行くと塀に接して桜の木が数本有った。
なかなかきれいな色の桜だ。
この桜の木々が官邸の中に有ったら・・・、などと思いながらぶらぶらと霞ヶ関ビルの向こうに出た。
そこらあたりにも桜はない。

そこから皇居の方へ歩いていくと財務省の前を通る。
財務省の前には庭がある。
沢山の木が植えられている。
だが、桜の木は一本もない。
桜に似た花が咲いている木が一本有るだけだった。

官庁の人々は桜があまり好きではないのかな、とぼんやり考えながらさらに歩いていると突然目の前に桜並木が出現した。
なかなか見事だ。
この省庁はどこかと左のビルを見て入り口の看板を見た。
外務省だ。
その入り口に向かって左側には緩やかな坂がある。
坂を上ると国会議事堂に着く。
その潮見坂を見ると外務省の塀に沿ってやはり桜並木が続く。
なかなかきれいなものだ。
潮見坂の一つ南の三年坂には桜はない。

二丁目、三丁目の霞ヶ関官庁街には財務省、外務省、総務省、経産省、裁判所、警視庁と官庁ビルが立ち並ぶが桜並木があるのは外務省だけだ。
何故ほかの官庁の前に桜がないのだろうか?
有るのは銀杏並木ばかりだ。
霞が関の官庁通り全体が桜並木となり春にそれらが満開となれば見事なのだが、霞ヶ関官庁通りを桜並木の大通りとする計画はないのだろうか?
.
.
.
オルセー美術展が4月8日で終わる。
世界最高レベルの美術展だ。
訪れた人は誰もが感動するだろう。
メトロのどの駅にもオルセー美術展の宣伝ポスターが掲示されているが、そのポスターに使用されているゴッホの寝室の絵やマネのベルト・モリゾを始めルノワール、セザンヌ、モネ、ラトゥール、ドガ、ミレー、シスレーなどの名画が待っている。
いよいよ明日で最後だ。
寂しいというかはるか遠くへ去っていく客船を見送るような気持ちだ。



とうとうオルセー美術展は終わった。
非常にいい美術展だった。
とても感動した。

美術展は当然の事ながら非常に混雑していた。
みんなのお目当てはメトロの宣伝ポスターで使用されていたマネの「すみれのブーケをつけたベルト・モリゾ」とゴッホの「アルルのゴッホの寝室」だ。
その2枚の絵の前は特に混雑していた。
見るためにしばらく待たなければいけなかった。
あちこちのメトロ通路で何度も見た2枚の絵の前に立ちじっくりと鑑賞したが本当にすばらしかった。
ベルト・モリゾの絵は意外と小さくA2ほどのサイズだ。
ゴッホの寝室の絵はベッドの木の黄色が非常に鮮明で驚いた。
メトロのポスターのゴッホの寝室の絵の木の色が鮮明なのは印刷の色だからだろうと思っていた。
だが、原画の色もポスターの色と同じく鮮明で明るかった。
驚きだ。
ほかの絵もそうだが展示されている殆どの絵が100年以上経っている。しかし、年月による退色が殆どない。
19世紀中盤には絵の具の質が飛躍的に向上して退色がなくなったのか、あるいは、何度かこまめに退色の修復をしているのか?
いずれにしても、どの絵もきれいな色で見る事が出来た。

その2枚は特にすばらしかったが、勿論ほかにも感激する絵はいくつも有った。
混雑しているので1枚の絵の前で立ち止まる時間はせいぜい数分だ。じっくりと見ていると後ろから来る人に押される。
また、30分も立っていると後ろから来た人が見る事が出来なくなる。
数分見たらいったんそこを過ぎてまた後ろに引き返して2度目、3度目の鑑賞をした。
さらに、最後まで見たら再び入り口の方に戻りもう一度最初から見た。
そういった事を繰り返していると「5時には閉館となります。」といった案内の声が聞こえた。
驚いた。もう5時となっていた。
一日があっという間に過ぎ去った。

マネの「すみれのブーケをつけたベルト・モリゾ」はメトロのポスターの印刷の色よりも深みが有り肖像画の顔、目も存在感がある。
ゴッホの「アルルのゴッホの寝室」はメトロのポスターの色と同じような明るさだ。
ベッドの木の黄色が非常にきれいで、なんとも言えないいいベッドだと感心してしまう。
ゴッホの部屋の床の色もまたいい色で、さらに床のはげた状態が非常にいいタッチで描かれている。
床のペインティングではひまわりの絵に見られるように絵の具を濃厚に塗りたくる手法はとっていない。
黄色の使い方、床の状態の細かなタッチ、ゴッホは本当に名画家だ。


ゴッホと言えば近年はひまわりの絵が非常に有名となったので原色や黄色を激しく分厚く塗る技法の絵ばかりと思ってしまうが、寝室の絵はさらっと描いている。
まるでポスター・カラーで描いたイラスト風のデザイン画のようだ。
印象派の絵はモネをはじめとして輪郭を強く描かない。
描くのは光だ。
だがゴッホはこの絵ではベッド、椅子、小さな机、ドア、窓などの輪郭をすべて濃い色の線で描いている。
さらに、影が全然ない。
そのため重苦しさがなく明るくて非常にポップな感じとなっている。
だから、イラストは好きだが本格的な美術・芸術はさほど興味がないといった人たちもゴッホの寝室の絵は何故か一度で好きになる。

 ※影や陰を描かないのは日本の絵・浮世絵の特徴だ。実はゴッホのこの絵では影はない。
椅子の側や下どころかベッドの真下までも影がない。
影や陰が完璧にない。
もちろんゴッホはほかの絵では影や陰をきちんと描いている。
浮世絵や日本に傾倒していたゴッホは少しでも日本に近づこうとアルルに滞在した。その時の部屋の絵がこの絵だが、浮世絵傾倒が頂点に達してとうとう洋画の基本である影と陰を絵から外してしまった。
ゴッホの日本好き浮世絵好きがよく分かる絵だ。
浮世絵は19世紀の西洋の画家に色、構図、輪郭線、対象・題材などで大きな影響を与えたが、こういった点においても影響が見られる。

「すみれのブーケをつけたベルト・モリゾ」もいい絵だ。
薄暗い室内に後ろから弱い光があたり白い壁は象牙色ほどとなり、ベルト・モリゾの顔の右半分を明るく照らしている。強烈な光ではない。ぼんやりとした光だ。夕暮に近い時刻の室内だろう。
ベルトの服は深い黒で首にも黒いスカーフのようなものをまいている。季節は冬か晩秋と推定できる。
服が深い黒のため後ろから光が当たってもベルトの右肩や帽子の右側が光によって明るくなっていない。
服も帽子もスカーフも深い黒で、さらに光を受けない瞳には反射による小さな白い点がなく輝いていない。
その為に画面を非常に重くしている。
背景の壁も年月を感じさせる灰色のような象牙色で鮮やかさは全然ない。
全体的にモノトーンだ。
だが、何故かこの絵には深刻な暗さがない。
何故?
モリゾの胸元に有るきれいなすみれのブーケと白のブラウスが暗さを救っている。
そして、光に浮かぶモリゾの右の頬の明るさだ。
後ろの壁が年月を感じさせる灰色だというのに、同じような弱い光を受けている頬は明るい。
弱い光を受けて壁がくすんだ灰色となるならモリゾの頬もぼんやりとしたアイボリーか灰色となりそうなものだ。
第一黒い服は光を受けても黒いままだ。服は光を吸い込んで黒いままだ。
だが、モリゾの右頬は光を少し反射して明るい肌色となっている。
パリのようにヨーロッパの北の方に住む人は肌が非常に白い。
肌が日本人のように肌色という事はあまりない。 
だが、モリゾの右頬は明るい肌色だ。
まるでワインでも飲んで上気したような肌色だ。
マネは黒い服と対比させてすみれのブーケを描きたかったのか?モリゾの明るい肌色の頬を描きたかったのか?
逆にすみれや頬の色と対比させて深い黒を描きたかったのか?
ただ、そこにたまたま親しい弟子のモリゾがいたから描いただけなのか?

分からない。
マネ本人に確かめるしかない。

東京美術館へは上野駅の公園口を出るとすぐだ。
国立西洋美術館の前を通り公園の中の大噴水を抜けるとすぐ赤か茶色のレンガ状の建物が見える。
入り口は地下となっているのでいったん地下へと階段を降りる。
入り口では入場制限のためにしばらく待たされた。
10分ほどして展覧会場に入れた。

まず最初に入場者を迎えてくれたのは、ベルト・モリゾ作の「ゆりかご」だ。
メトロのポスターにはマネが描いたベルト・モリゾの肖像画が載っていて多くの美術ファンをこの展覧会場に誘った。
「あのメトロのポスターにあったベルト・モリゾの肖像画を見たい。」そう思って来た人は多かったはずだ。 
その人たちにまずベルト・モリゾの肖像画でなく、ベルト・モリゾの作品を見せる。
ちょっとした洒落だ。愉快だ。

「ゆりかご」ではモリゾの姉とその子供とゆりかごを描いている。
こういったゆりかごの有る家庭は裕福だ。
印象派の作品というよりもパリの裕福な家庭の居間でのあるひと時の絵といえる。
やさしさの有るいい絵だ。
作品は人々を強烈に驚かす新規性は特になく、構図も色も題材も穏やかで当時の多くの市民、美術愛好家に気持ちよく受け入れられた事だろう。
この作品は1872年の作だから、完成後2年経ってから1874年の第一回印象派展に出品した事となる。
印象派展に出品するために必死で描いたというより姉とその子供の為に描き上げて、その後印象派展が開催される運びとなったので、いい出来のこの作品をタイミングよく出品した、のではないだろうか?

1872年は日本では明治5年だ。
前年には廃藩置県が実施されて明治日本が国家の基盤をいっそう強固にしていった時期だ。
新橋・横浜間に鉄道が開通した年でもある。
歴史年表を見ると福沢諭吉が「学問のすすめ」を発刊している。
1874年の印象派展の年には、民選議院設立建白書が提出されている。
1873年には征韓論が起きている。西郷、板垣などが下野し明治政府は早々に大分裂となった。
世界の美術界では印象派が登場し賛否両論、いやその時点では非難一色の大騒動となり、日本では明治日本が文明開化で躍動しながらも政界は征韓論で大激変となった。
日本もフランスも激動の時期だった。

モリゾの誕生年は特に記憶に無いが、マネは1832年、モネは1840年の誕生だ。ルノワールは1841年だ。ゴッホは1853年だ。
日本では、1833年に木戸孝允が誕生している。1830年には大久保利通、吉田松陰が誕生。
年表を見ると大鳥圭介が1832年の誕生だ。
1840年には久坂玄瑞が誕生している。ご存知吉田松陰の松下村塾の秀才だ。高杉晋作と並び塾の双璧だった。その高杉は1839年の誕生だ。セザンヌも1839年の生まれだ。
世界史を見ると1840年にアヘン戦争が勃発している。
ルノワールは1841年だが、日本では後の名宰相となる伊藤博文が誕生している。

ゴッホの生まれた1853年は日本国開闢以来最大の大騒動となった黒船来航の年だ。
そのゴッホの「アルルのゴッホの寝室」の絵は1889年に描かれている。
その3年前の1886年には、後に20世紀前半にエコール・ド・パリ派として大活躍をしモンパルナスの寵児となった偉大な画家レオナール、つまり藤田嗣治が誕生している。

モネやルノワール、ゴッホが生まれた年、第一回印象派展が開催された年は世界美術界、フランスにとっても激動の時期だったが、日本にとっても重要な人物が誕生し国家を揺るがす事件が多発した時期でもある。
世界の美術界が激変し日本の政界も社会も大激変した時期であった。

 ※少し余計でしたが、魔法の歴史偉人誕生年暗記方法を絡めてみました。
世界史、日本史、社会の出来事の年代、偉人の誕生年を暗記して知っておくと、ある一つの分野の歴史上の出来事が即座に立体的・多面的となり楽しくなります。
いちいち年表を開く必要がありません。
さらにショパン、リスト、ワーグナー、ヨハン・シュトラウス、滝廉太郎、夏目漱石、森鴎外、エジソンなどの誕生年を絡めるとより面白くなりますが、そうしますと、オルセー美術展の記載がかすみますし、文章が脱線状態となりますので魔法の偉人誕生年暗記はまた別の機会に行いましょう。


さて、ベルト・モリゾの「ゆりかご」に続いて美術ファンを待っていたのは、印象派の巨匠ルノワールの「猫を抱く子:ジュリー・マネ」だ。
この絵もすばらしい。

オルセー美術館展のホーム・ページの解説によるとマネの弟と結婚したベルト・モリゾの娘の絵だ。
女性、少女を多く描いたルノワールらしい愛らしい少女の絵だ。
この絵は少女といっても「イレーヌ嬢」「ピアノに寄る少女たち」などとは違い丸顔のまだまだ小さい9歳の子供だ。
顔も丸顔で頬がやや紅い。髪もわりと黒に近く東洋的な表情だ。日本人からすれば親近感の持てる絵だ。

着ている服や背景の壁、座っているソファなどを見ると裕福である。
先ほどの「ゆりかご」と同じモリゾの家庭の絵だから当然だ。
ベルト・モリゾ一家が非常に裕福であった事が簡単に分かる。
同時にモリゾの夫の兄のマネも裕福である事が推測できる。
また、そういった裕福な家庭から多くの肖像画の依頼を受けたルノワールも経済的に恵まれる事となる。
ゴッホが経済的に苦しみいつも弟に金銭を依頼せねばならなかった事を考えると恵まれている。

こうした裕福な家庭を描いた絵が2枚続けて入場者を待っていた。
美術ファンは入場するなり穏やかで豊かな気分となる。

もし、入場するなりムンクやピカソのゲルニカなどが有ると入場者はいきなり重い主題を突きつけられて深刻な気持ちで名画に対峙する事となる。
だが、今回のオルセー美術展では、まず穏やかな気持ちで会場を進む事が出来た。

次に待っていたのはモネの「アパルトマンの一隅」だ。
この絵は暗い。
1875年、つまり第一回印象派展の翌年に製作されたというのに、印象派といった感じはさほどない。
その絵は、大きな観葉植物らしい木の枝と葉の入り口を抜けて奥へ進むと部屋は暗く、その暗い部屋の中央に少年が立っている。
少年は首を少し傾げぼんやりとこちらを見ている。
何を思っているのだろうか?
その向こうに窓が有り白いレースのカーテンがかかっている。
そこから柔らかい白い光が部屋に入ってきている。
光は床を光らせて鑑賞者の目に入る。

1875年の作品だが印象派の巨匠モネの作品とは思えない。
絵の中に光は有るが、セーヌ川で描いたような明るい陽光ではない。
後で登場する1872年作の「アルジャントゥイユの船着場」の絵とは大変な違いだ。
アルジャントィユの絵では空は青く雲は真っ白で明るい川周辺の風景が見事に描かれている。まさしく印象派といった明快な絵だ。

絵にモネとクレジットが無ければ多くの人は通り過ぎかねないほど色も少年の姿も顔も暗いタッチの絵だ。
モネはこの絵で人々に何を訴えようとしたのか?



次はモーリス・ドニ、そして、オディロン・ルドン、クノップフ、ラトゥール、ホイッスラー・・・。
名画は次々と現れる。
どれもすばらしい。

かなり進んだ所でモネの「アルジャントゥイユの船着場」が登場した。
いい絵だ。
アルジャントゥイユはパリ近郊らしいが、静かでのどかな河畔だ。
まず空の青さと雲の白さが目に飛び込んでくる。
岸辺の草、並木も緑がきれいだ。
心がとてもやすらぐ。
こういったきれいな河畔で一日をのんびりと過ごせるととてもいい気持ちになるだろう。

1872年ごろの作だ。
革新的な技法で世間を驚かせる為に描いた絵、ではなく、自分が気に入ったパリ近郊ののどかな風景を描いたのだろう。
ただ、のどかといっても現代の我々から見てのどかと感じるのであって、当時としてはアルジャントウィユの船着場は「最新流行」のレジャー地だったはずだ。
時代は1872年だ。
日本では明治5年、近代社会のスタートを切ったばかりだ。
パリでは豊かな市民が新しいレジャースタイルを求めて蒸気機関車で郊外に出かけるようになった頃だ。
日本の、特に東京の人々が文明開化で西洋風の文明・文化、社会制度、服装、食事、娯楽、生活様式を取り入れて今までと違った新しい生活スタイルへ進み始めたように、パリ市民も新しいレジャーを求めて郊外へ向かった。
18世紀中盤に起きた産業革命によりイギリス、フランスにおいて国力も国民も飛躍的に豊かになった。
その豊かさが「生活スタイル革命」を生み出した。
レジャーの登場である。
レジャーという今までになかった娯楽の登場だ。
それまで社会全体で庶民が旅行やピクニックといった事を楽しむといった習慣はなかった。
景色のいい田園、海岸などへ出かけたり小旅行に行くなどといった事は王侯貴族や大富豪のみの生活スタイルだった。
普通の人々、庶民の娯楽と言えば年に数回の祭りぐらいだ。
あとは近所で集まってダンスをしたり歌ったりする程度だった。

前回にゴッホの誕生年1853年を記載したが、その頃パリ市の大改造が行われた。
パリはすっかりきれいになった。
しかし、人々は、モネやルノワールもそのきれいになったパリから郊外へと出かけた。
そして、モネ達は絵を何枚も描いた。

現在私たちが、モネの「アルジャントゥイユの船着場」の絵を見てのどかでほのぼのとした昔の風景といった印象を受ける。
しかし、その絵が完成した時期において「アルジャントゥイユの船着場」へ出かけるという事は「最新のレジャー」だったはずだ。
現代の我々は印象派の絵を見て、つい古く懐かしい昔の絵という印象を持つ。
しかし、やはり、1872年頃の印象派の絵は当時としては「一番最新の衝撃的・革新的な」絵だった。

「アルジャントゥイユの船着場」の絵を見ると、空は青く雲は真っ白だ。
当時のパリ郊外の空気がきれいだった事がよく分かる。
蒸気機関車が走っていてもその煙が空を灰色にするまでには至っていない。

川の上を注意してみると、白いヨットが見える。
これは高級な娯楽だ。
小さな小船ではない。ヨットだ。
川を渡ったり仕事で使うなら普通の小船でいいはずだ。
だが、帆のついた白いヨットが川に二隻も浮かんでいる。
ヨットで川遊びという新しいレジャーが定着している事が伺える。リッチなものだ。
印象派というのは美術界の新風だ。
アルジャントゥイユの船着場で一日を過ごすといった事もレジャーの新風だ。
モネやルノワールといった美術界の新しい人々が、レジャーの新しいスタイルを描き上げている。

一枚の絵をみて、その絵のすばらしさに感動する事は当然だ。
色、技法などの面で感心する事がまず第一だ。
絵そのものを味わい感動する事が当たり前の鑑賞方法だ。
しかし、その絵が描かれた時期・時代の社会の事をいろいろ考える事もまた面白い。

「アルジャントゥイユの船着場」は従来の絵とは違う印象派という新しいタッチで描かれている。
技法が革新性だが、同時に当時最新のレジャー地を描くという着眼点もまた革新的だった。


ゴールデンウィークが始まった。
日本国民全員が待ち焦がれていたゴールデンウィークだ。
4月28日から5月6日まで9日間だ。
正月以来久々にのんびり出来る。
残業続きでバテバテの体をゆっくりと休める事ができる。
かといってのんびり休んでいてはいけない。
レジャーが目白押しだ。
どこへ行こうか迷ってしまう。

成田空港は大混雑だ。
新幹線もそこそこ混んでいる。高速道路も渋滞だ。
都内も東京近郊も催し物が沢山ある。
十分楽しみたい。

問題は5月1日、2日だ。
ここで連休が途切れる。残念だ。
9連休の会社も有るという。うらやましい。

パンフレットを見たりしていろいろ計画しているが本当に迷ってしまう。
9連休にはならないが、3連休と4連休だ。
旅行もいいし、ピクニックもいい。

都内でも楽しめる。
銀座やその周辺でいろいろイヴェントがあるだろう。
美術館めぐりもいい。
出来たばかりのレジャー施設を訪れるのもいい。
六本木ミッドタウンもいまだに大混雑だ。
丸の内では新丸の内ビルが出来た。
小石川後楽園や六義園など都内の名園を訪れるのもいいだろう。
蔵前?の江戸博物館にはまだ行っていない。出来れば行きたい。

都内には、有名だがまだ行っていない所が沢山ある。
そういった所へこのゴールデンウィーク中にまとめて全部行ってみたい。
スケッチ・ブックを持ち歩き東京近郊や都内のいい景色を描くのもいい。
気分はモネ、ルノワールだ。
日比谷公園や神宮外苑をルノワール風に描くといい。
銀座で歩行者天国のベンチに座り銀座の街をユトリロ風に描くと素敵な事だ。道行く人々をモディリアーニ風に描いたら愉快な事だ。
いいバンドが出ていたらジャズ・ライヴにも行ってみよう。

また5月は秋と並んでスポーツに最適の季節だ。
公園に行きジョギングやテニスも出来る。
図書館に出かけて美術本や図鑑をじっくりと見るのもいい。
日ごろ手にしない専門書を見て深く「学問」する事もいいかもしれない。
また、図書館の中をくまなく歩き珍しい本を見つけて読むのもいい。

外でのレジャーだけではない。
家の中でも娯楽は沢山ある。
この連休中には日ごろなかなか聞けないCDをまとめて聴く事ができる。
もちろん大好きな歌手のCDを何度も好きなだけ聴く事ができる。
歌の練習もまとめて出来る。
コール・ポーターを歌ったりシナトラやサッチモに挑戦したりすることも出来る。
この連休中にレパートリーを10曲は増やしたい。

大好きな歌手のDVDも途中で停止する事なく最初から最後までゆっくりと見れる。
見ようと思って買ってきてまだ見ていない映画のDVDも何本かある。
それらも全部見る事が出来る。

ショッピングも大切だ。
CDショップへ行き、欲しいCDやDVDを沢山まとめて買いたい。
しかし、「欲しいCD&DVD一覧表」のリスト通りの買い物をした場合破産する。
レジャーかグルメか美術館めぐりかジャズ・ライヴかCDかどうすべきか?
迷う、悩む、ハムレットだ。

しかし、迷っても悩んでも楽しいゴールデンウィークだ。
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楽しかったゴールデン・ウィークはあっという間に過ぎ去った。

薫風の初夏は過ぎ五月雨の続く6月も行き過ぎ、万緑の夏となった。
日比谷公園、皇居の緑は一層深く重厚な色となり盛夏の中に佇む。

昼は溶鉱炉の中のごとく猛暑となり夜はまさしく熱帯夜。人々を疲労困憊へと突き落とす。
7月も終わり8月となり暦をめくっているうちにいつしか中旬盆踊りの時期となった。

8月中旬に日比谷公園で盆踊りがあった。
夕暮れ時有楽町方面からガードを抜け帝国ホテルの前の横断歩道を渡るとすぐ前の日比谷公園に盆踊りの提灯がたくさん見えてきた。
その正面入り口には手前左右から浴衣姿の婦人、旦那さん、お嬢さん、OLが次々と入っていく。
スーツ姿のサラリーマンやOLも多く入っていく。
空がだんだんと暗くなっていくと噴水の横:北側のやぐらがいっそう明るく輝く。
公園の中を一周するように無数の提灯が赤々とぶら下がっている。
これが超有名ホテル正面の都心か?
まるで下町だ。

公園の噴水と公会堂の間には例の大きな芝生が有るが、盆踊り当日は入ることができるようでたくさんの人が座っていた。
簡単な座卓もいくつかありみんなそこで焼きそば、焼き鳥、ビールなどを飲食していた。
早速芝生に入り何とか座れる隙間を見つけ横になり焼き鳥とビールを楽しんだ。
横の大蔵大臣がビールの値段をしきりに気にしていたが格別高くはない。普通の値段だ。
熱帯夜に大きな公園の芝生で横になり冷たいビールを飲むのは格別だ。
都会の蒸し暑さがすっ飛んでいく。
大蔵大臣は屋台を珍しそうに巡りジュースやお菓子をたらふく買ってきた。
人のビールの値段は10円単位で気にするが自分が買ってくるお菓子やジュースの料金はぜんぜん気にしないようだ。

やがて盆踊りが始まった。
元祖丸の内音頭だ。
東京音頭の元の音頭のようだ。
曲はよく似ている。
盆踊りは大噴水の周囲で行われた。
噴水のすぐ北の野外公会堂の手前ではやぐらが組まれそこで太鼓が打たれていた。
よく見ると数人の外人女性が赤いはっぴを着てばちを持ち太鼓を力強く叩いていた。
イギリス大使館の女性スタッフが参加しているようだ。
彼女たちの太鼓にはみんな感心したようで拍手があちこちから起きていた。

盆踊りは続く。
曲は丸の内音頭だけでなくいろいろかかっていた。
炭坑節もかかっていた。
どういうわけか日比谷、銀座の空の下で流れる炭坑節はぜんぜん違和感がなかった。愉快だ。
福岡出身の人々はご満悦だったことだろう。
そのうち、銀座カンカン娘がかかった。
服部良一と佐伯孝夫の作だ。
レコードが大ヒットしたのは戦後まもなくだ。
戦後のヒットということで古い懐メロだろうといった早とちりをする人もいるかもしれないが、ジャズセンスあふれる服部良一の曲なのでポップ感覚にあふれて軽快だ。
歌を聞くと明るい日差しの銀座大通を颯爽と歩く若い女性の姿が浮かぶ。
洋楽ポピュラー風の曲だがその歌が盆踊りに合う。面白いものだ。
日比谷公園の盆踊りで流れると、まるで銀座カンカン盆踊りだ。

踊りの輪に入り丸の内音頭や銀座カンカン娘を踊り、疲れたら芝生に戻り横になって冷たいビールを飲んだ。
なんとも爽快で楽しいひと時だった。

  芝生にて 音頭聞きつつ 麦酒飲む

誰の俳句だか忘れたが、おいしいビールだった。
思い出したこの句はナポレオンだ。

踊ったといっても自分の前の踊りの上手なご婦人を見ながら踊ったのである。
各町会などから踊りの会のご婦人たちがたくさん来ていたのでその人たちの後ろで踊ると何とか踊れるものである。

蒸し暑い熱帯夜を忘れさせる下町感覚満喫の日比谷公園盆踊りでした。
来年も楽しみである。




地球温暖化のせいか毎年毎年暑くなる。
今年の夏も猛暑だった。
夏のある日銀座から有楽町を抜けてふらりと日比谷公園へ向かった。
炎天下を歩いていると体中汗だらけとなる。
砂漠の旅人のごとくのどがからからとなった。
正面入口から入り噴水の前のベンチに座り清涼飲料水を飲んだ。
爽快だ。
喉も胸も胃袋も頭もスーッとした。
ベンチに座り噴水を見ていると気持ちがいい。
太陽の光を浴びて真っ白な噴水が青空に高く舞う。
時々風の向きが変わり水しぶきがかかる。
それも気持ちがいい。
だが、暑い。
ベンチに座っていると気持ちはいいが、噴水の前のベンチは日陰にならない。
太陽がまともにあたる。
また汗が噴出してきた。
これはたまらないと、公園の中央の森のような鬱蒼とした木々の下のベンチへと向かった。
木陰となり暑さが多少は和らいだ。



だいぶ前の話になるが、5月に国会議事堂を参観した。
普段国会議事堂を参観する時は裏の通用門から入る。
平日昼ごろ国会議事堂の裏の道路を通っていると小中学生がよく団体で参観に来ている。
授業にゆとりが有るのか、季節がいいのか5月や9月10月は国会参観に適しているようだ。
その時期に国会周辺を歩くと小中学生の団体に遭遇する。

別に学生の真似をするわけではないが国会議事堂を参観した。
当日は裏手からでなく正門から堂々と入場した。
これは気持ちがいい。

国会議事堂正門は普段は開かない。
いつ通っても大きな門は閉まっている。
正門前を通っていて門が開いているのを見た事がない。
選挙後の議員初登院の時や陛下入場の時だけ正門は開く。
普段一般人や学生が参観で入る時は前述のように裏手の門から入る。

当日は特別参観日だったので正門から入れた。
皇居の堀あたりから国会議事堂を見ると少し遠くになるのでそれほど迫力は感じない。
また、議事堂正門前の道路を歩いていて議事堂を見てもそれほど迫力は感じない。
だが、正門から中に入り議事堂に歩いていくとだんだんと議事堂が大きくなってくる。
議事堂に入る石の階段の所に立ち議事堂を見ると、議事堂の大きさに圧倒される。
間近で見ると大きい。

塀の外から議事堂を見ているあまりと気がつかないが、正門から議事堂の建物まで50メートルほどある。
だから、正門の所から議事堂の建物を見てもそれほど大きいと感じないのだ。
だが、正門から入り歩いて建物の玄関に向かっていると議事堂がどんどん大きく迫ってくる。
その巨大さの前で自分が小さな蟻のように感じられてしまう。

議事堂の建物の玄関の階段を数段上がると4本の円柱に着く。
その円柱は大きく高い。
まるで古代ギリシャの神殿のようだ。
その円柱を過ぎて中に入る。
中央広間に着く。

玄関の階段を上がり円柱を通り中央広間に入るという事は一般人はなかなかできない。
陛下、各国大統領の入場時、そして、選挙後の議員の初登院の時だけだ。
だから、国会議事堂の中央玄関から階段を登り円柱を通り、中央広間に入るのは非常に珍しく貴重な体験だ。
パルテノン神殿の円柱を思わせる柱を過ぎて赤い絨毯が敷き詰められた階段を上がり広い中央広間に着くと、「おお、とうとう来たぞ。」といった幾分高揚した気分になる。


国会議事堂の中は重々しく廊下、議事堂を巡り見るたび厳かな気持ちになってくる。
いつもテレビで見ている議事堂、予算委員会の部屋に自分が立っているというのは非常に不思議な気持ちだ。

国会の正門から入り柱のある入り口を通り赤じゅうたんを上がると中央広間に来る。
国会議事堂の中央の高くとがった建物の真下に位置する。
その広間には銅像が有る。
台座が四つ有り国会開設に奮闘した板垣退助、初代内閣総理大臣伊藤博文、日本初の政党内閣からの総理大臣大隈重信の三人が立っている。
日本の政治を語る時に最重要の三人であるが、国会議事堂をテーマとした時でもやはり最重要の三人だ。
三人の銅像は写実的であり見事だ。立派でもある。威厳に満ちている。
こういった見事な銅像を見ているといっそう三人が立派に思えてくる。
台座は四つで立っているのが三人。
残りひとつの台座はそのままだ。
誰が立つのか未定のようだ。
いまだに未定のまま空白状態とはなかなか選ぶのが難しいようだ。

明治政府を語る時西郷隆盛、大久保利通、木戸孝允ははずせない。
初代総理大臣は伊藤博文だが、明治政府の実質的な初代総理大臣は西郷隆盛だ。非常にすばらしい活躍をしている。ただ、総理大臣といった役職名がなかっただけだ。
で、西郷隆盛はどうだろうか。
そうすると、いや、大久保利通の方がすさまじい活躍をした。明治政府を完璧に整えたのは大久保利通だ、第一西郷隆盛は西南戦争で政府に反乱を起こしたといった声も起きるだろう。
いや、いや、木戸孝允も二人をしのぐ仕事をしているといった声も出てくる。
なかなか難しい。
では、戦後占領下といった悪条件の中でマッカーサーと互角にやり合い日本の復興:発展の基礎を作り上げた吉田茂はどうか?
すると、政治家としては活躍したが、国会議事堂と吉田茂は格別密接な関連はないと否定する人も出てくるだろう。
第一、彼は国会内でコップの水をまいたりバカヤローと怒鳴ったり種々問題を起こしていると眉をひそめる人もいるだろう。
いやいや、いっそう難しい。
早く、空白の台座に最適の人を選んで欲しい。


さて、国会観覧は一休みして、
天下祭りに行ってみよう。
先日9月29日、30日江戸天下祭りが有った。

日比谷公園、日比谷、丸の内のコースで行われた。






                      つづく




            2006.12.10~07.10.13.



          ※銀座をぶらぶらしながら気ままに
            書いているエッセーです。
           2006年12月10日から書き始めています。
            現在進行形エッセーです。


          別頁の「銀座ぶらぶら・・その4」から続いています。
          先にその4をお読みください。
          4と5は連続していて4と5でひとつです。
          また、その1、その2、その3もご覧ください。
          その1などは、カテゴリー欄の「エッセー、日記」欄を
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                       ナポレオン




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■銀座ぶらぶら歩き・4..............   4.1.  2007. [・・・・エッセー、日記]


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      2007.4.1. 更新しました。



    「銀座ぶらぶら歩き その 4 」です。

        
          
   先日に続いて記載しています。
    初めての方は一番上からお読みください。
   前回ご覧になった方は最後の方をお読みください。

   なお、この頁は2007.4.1.までです。
   下記の目次の1番から30番あたりまでを記載しています。
   この頁の続きは左の最新記事をクリックして
   4月7日以降の「銀座ぶらぶら歩き・その5」をご覧ください。 
   「銀座・・・その4」と「銀座・・・その5」で一まとめです。

   なお、「銀座・・・・その1、2、3」は、その4、5以前のものです。
   「銀座・・・その1,2,3」は、その4、5と重複しません。  
   
        ※ 単行本換算で180頁ほどの文章量です。

  ◆ 目 次
      この頁では、1番から30番目あたりまで掲載しています。  

   1.「銀座」  「日比谷」   2.「国会議事堂」 「霞ヶ関」
   3.「東京タワー」   4.「上野動物園」
   5.「国立西洋美術館、モネ、ルノワール、ロダン」
   6.「皇居外苑」「一般参賀」 「クリスマスの銀座」
   7.「銀座とセレブ」    8.「有楽町ガード下」
   9.「銀座で安く食事をするには?」 10.「銀座は意外と普通の街」
   11「神聖三段論法」    12.「アメ横とサッカー
   13「銀座は街の女王」 「新年と神社と仏教とキリスト教」
   14「初詣と・・・、」「銀座の名店」「日本芸術と文明開化と音楽
   15「滝廉太郎、・・・・、黒船来航と日本美術、北斎、」
   16「西洋音楽、クラシック、流行歌、ジャズ、」
   17「いい街銀座」 「行楽地銀座周辺」 18「銀座周辺ハイキング」
   19「自然のままの宮殿、皇居、観光客」
   20「皇居をマラソンする外人」
   21「楠木正成像と外人観光客とお弁当」「外人さんの団体」
   22「陽気なアメリカ人、静かなイギリス人」    
   23「外人に道案内は簡単だ。奥の手が有る。」     
   24「銀座の外人は丁寧」  25「そもそも英語はおかしい」    
   26「皇居サイクリング」 27「皇居サイクリングは景色抜群」
   28「子供にとって皇居は旅行気分」 29「東京の子供は有利だ」
   30「皇居一周マラソン」 
     31「日比谷公園とレストランとテニスコート」
     32「日比谷公園と森林浴と児童遊園」
   33「日比谷公園は広い」 「初の西洋式公園」
   34「日比谷公園のイヴェント、盆踊り」 35「日比谷図書館」
   36「日比谷公園で安く食事をするには」
   37「公園の中の無料休憩所」 38「デートなら皇居、日比谷公園」
   39「有名人、政治家とすれ違う」 40 「27日の銀座歩行者天国」
   41「銀座に手頃なレストランは有るのか?」
   42「世界の高級街銀座に手頃なレストランが有る理由、」
   43「銀座は庶民の街?」 44「立春、混雑する銀座・・・、」
   45「オルセー美術館展が始まった。」46「東京マラソン2007」
   47「村治佳織・アルハンブラの思い出」 
   48「銀座の街や駅で無料ジャズ・ライヴ」
   49「春爛漫。桜は満開。千鳥が淵、新宿御苑、後楽園・・・・」

     そして、「荘村清志、アルハンブラの思い出」
       ロバート・ランブンの「夢画廊」
         などの項目が掲載されています。





  ◆ 銀座ぶらぶら歩き その 4   2006.12.10~07.4.1.




  ・・・・・ 銀座・霞ヶ関・国会議事堂・皇居・日比谷 ・・・・・




早いものだ。もう12月だ。
夜の銀座通りを歩くとクリスマス・ツリーがどこまでも続き聖夜を歓迎している。
今年もミキモトの入り口の巨大なツリーが美しい。
その華麗さに道行く人々がため息を漏らす。

銀座は夜だけでなく昼間歩いてもきれいな街だ。
一つ一つのビルや商店がハイセンスで見ているだけで気持ちがいい。
それらを見ながら歩いているだけで楽しくなる。
いわゆる銀ブラだ。

銀座を西へと歩くとすぐ有楽町となる。
有楽町をさらに西へと歩いていくと山手線のガードを抜け皇居のお堀へ出る。日比谷濠だ。
左手を見ると帝国ホテルが見える。
その前に日比谷公園がある。大きい公園だ。
中には西洋花壇、バラ園、大噴水、大庭園、公会堂、野外音楽堂、図書館、児童遊園、テニス・コート、杉やケヤキの森、池、松本楼などが有る。
有楽町や銀座での買い物・散策に疲れたら日比谷公園のベンチで花壇や噴水を見ながら一休みするのもいい。
昼頃だと近くのオフィスのサラリーマンやOLがベンチでサンドイッチをつまみコーヒーを飲んでいる。

日比谷公園では時々テレビの撮影も行われる。
二ヶ月ほど前か、噴水の横のベンチを見ていると一組のカップルが話をしていた。
二人の前には多数の撮影スタッフがいてカメラが回っていた。
男性は俳優で前首相のご子息だ。女性は麻生さんと言う女優だ。
二人とも俳優・女優だからハンサムで美人だが、実物はやはりテレビで見るよりも遥かに格好いい。
スタイルもいい。絵から抜けでた、といった言い方がぴったりと言えるほどハンサムで美人だ。

日比谷公園を左に見ながら日比谷濠をさらに歩いていくとすぐ桜田門に着く。
右手に本物の桜田門が江戸時代を感じさせながら建っている。
左手にも桜田門、つまり警視庁が堂々とそびえ立っている。
歩きながら警視庁の玄関を見ていると常時背広姿の男性が出入りしている。いわゆる桜田門の旦那連中だ。
玄関から出て行く人を見てもそれほど厳しい顔をしている人や慌てては出て行く人はいない。凶悪事件が起きてその現場に向かっている訳ではなさそうだ。

この桜田門の警視庁のビルはテレビの刑事ドラマでは必ずタイトル画面に出てくる。
刑事ドラマ・ファンにはおなじみの建物だ。

桜田門を過ぎるとすぐ道がY字型に分かれる。
右の方へ行けば千鳥が淵、最高裁判所、イギリス大使館、靖国神社が有る。
左へ行けば国会議事堂が有る。
国会議事堂へと歩いて行くと道は少しゆるい上り坂となっている。

国会議事堂への道の両側はイチョウ並木だ。
黄色く色づいていていい眺めだ。絵になる。
道路には黄色のイチョウの葉が無数に落ちていて道路はイチョウに埋め尽くされている。
落ち葉がまるでじゅうたんのようだ。
国会議事堂の中は赤じゅうたんだが、議事堂の前は黄色いじゅうたんだ。
国会議事堂前の庭園を通り国会議事堂正面に立つと議事堂が大きく迫る。
石造りであるからどっしりとして非常に重量感が有る。
議会制民主主義国家日本の総本山だ。
重々しい雰囲気が当然かもしれない。

議事堂の正面には小学生が沢山並んでいた。
議事堂見学だろう。いい事だ。
しっかり勉強して欲しい。

その小学生たちは国会議事堂に入れるが、一般人はふらりと中に入る事は出来ない。
議事堂を左へ進み右に曲がると内閣府が見える。そこをさらに進むと首相官邸に突き当たる。
警官の数が急に増える。
三権の建物のうち国会議事堂と最高裁判所は散歩がてらに周囲をのんびりと歩くことが出来る。
しかし、首相官邸の周囲は警官が多すぎてのんびりと散歩する気分にはなれない。
散策には不向きの通りだ。

首相官邸の玄関越しに中をのぞきながら坂道を下っていくと坂道の左端がせせらぎになっている。なかなか風流だ。
源泉は首相官邸だ。湧き水なのか水道水を使った池の水か分からないが、堅苦しい官庁付近でせせらぎを聞きながら歩くのはいい気分だ。
せせらぎの左、つまり首相官邸の塀の下は竹林のようになっている。
坂道とせせらぎはおよそ50メートルほど続く。
ほどなく坂の下に着く。30階ほどの高いビルがそびえ立っている。
山王タワー・ビルだ。

間違っていたら申し訳ないが、226事件の時に反乱軍達が立てこもった山王ホテルの跡地だ。
首相官邸とは道路一本を隔てて向かい合っている。
そういった歴史的大事件を忘れて歩いていると、国会議事堂は堂々としていて、首相官邸は改築が終わり華麗になり、せせらぎは有り、道路の歩道は敷石がきれいで道の両側には緑の木が植えられていて、なんとも落ち着いた気分となる。

山王タワー・ビルの北側に首相官邸と角で向き合ってキャピトル・ホテルが佇んでいる。
10階建てのこじんまりとしたホテルだ。
首相官邸と国会議事堂と最高裁判所、つまり日本国の三権の建物すべてに一番近いホテルだ。
二、三度入った事があるが落ち着いた名門ホテルだ。コーヒーはおいしい。
昭和41年1966年ビートルズが宿泊した事で有名だ。
当時のホテル名はヒルトン・ホテルだった。
ビートルズ・ファンにとっては憧れのホテルだろう。
11月で営業を終了したそうだ。
数年後には高層ビルとなり再開となるそうだが、どんなホテルとなるか楽しみだ。
首相官邸へはホテルの前の道路を渡ればすぐで、五階以上の部屋に泊まると窓から官邸が全部見える。官邸の庭で安倍首相が散歩でもしていればよく見える。
首相官邸には道路一本:20メートル、国会議事堂や衆参議院会館、内閣府へは歩いて一、二分、財務省、外務省、経済産業省へも歩いて五分ほどだから政治家・官僚志望の大学生や政治に興味のある方々は、ホテルが新しく建ち再度営業を開始したら宿泊すると便利だろう。
その時は30階建てほどになるかもしれませんから、そうすると皇居、首相官邸、国会議事堂、霞ヶ関官庁街、衆議院・参議院会館、千鳥が淵、憲政記念会館、丸の内、東京駅、日比谷公園などすべて見渡せるでしょうからいい眺めとなるでしょう。

キャピトル・ホテルに隣接して深い緑に囲まれた日枝神社が有る。
日枝神社の北側には多くの政治家、著名人を輩出している名門都立日比谷高校が有る。
日比谷高校を過ぎて少し赤坂の方へ行くと衆議院議長と参議院議長の広い公邸がある。

ホテルと日枝神社を背にして赤坂方面に出て道路を左へと進むと霞ヶ関ビルが見える。
少し先には先ほど見えた内閣法制局と財務省、外務省が有る。
財務省はすべての省庁の総本山であるというのに、その館は小さく古ぼけている。意外なものだ。
周囲の他の官庁の建物の方が高く豪華である。
以前財務省に、大蔵省時代かな、一度中に入った事がある。
建物は口の形で、中が中庭となっている。
中庭をじっくりと見た。
何本かの木が有った。
しかし、金の成る木は植えられていなかった。

そこから右に曲がると経済産業省に着く。
左をみると皇居の森が見える。
その森に進んでいくと裁判所が見えてくる。東京地方裁判所だ。
大きな裁判が有るとよくテレビに映るのでおなじみの建物だ。

最近ではホリエモンの裁判の日に裁判所入り口がごったがえした。
裁判所の前を通り過ぎ一分も歩くと先ほどの桜田門に着く。
その後ろに広大な緑の森・皇居が広がる。

そのまままっすぐ行き、堀の上の道を渡り門に入る。
門に入るともうひとつ大きな門がある。敵軍を二重に防御する大門だ。
二つ目の門を抜けると皇居広場・外苑に入る。
緑濃い松林が延々と続く。非常に広大だ。
その前を左に歩いて行くとすぐに皇居二重橋に着く。
東京見物で一番有名な場所だ。
多くの見物人がいる。
外人観光客もたくさんいる。
松林を背にして二重橋を見ると絵葉書のような美しさだ。



普通休日などに都内のどこかへ行こうかといった話になった時に、皇居、東京タワー、上野動物園などと提案すると全員から笑われる。
「おのぼりさんコースだ。」と言うのだ。
確かに。
しかし、東京タワーは東京の街を一望できる。遠く富士山も見ることができる。
非常にいい眺めだ。
だが、しょっちゅう行っていると確かに平凡だと思う。
ところが、三年ほど間隔をおいて行くと「おお、いい眺めだ。」と感動してしまう。
しかも最近は高層ビルが次々と建っているので一年ほど間隔をあけて行くと東京の街の変貌に驚く。
東京は日々ダイナミックに変貌する大都会だと実感できる。

上野動物園も平凡だ。
おまけに小学生遠足コースみたいだ。
だが、上野動物園は大人でも楽しい。パンダだけでなくライオン、白熊、バイソン、シマウマといろいろな動物がいる。鳥もいる。水族館もある。
ペンギンの池で泳いだり歩くペンギンたちを見ていると本当に愉快で楽しい。
多摩動物園の方が広大ですごいと言えばすごいのだが、上野動物園は気軽に行けるからいい。
山手線に乗り上野駅で降りればすぐ、三分ほどだ。
近くなので着くまでに交通費もかからない。手軽だ。財布に負担をかけない。
休日に予定が全然なく財布も空っぽでどこへ行くべきか困った場合は、東京タワーに登り、時間が余ったら上野動物園に行くのがいい。
費用もかけずに楽しめる。
動物園を出たらさらに楽しいものが待っている。

それは、美術館である。


上野動物園を出るとすぐ国立西洋美術館が有る。
と言うより、山手線の上野駅を出るとすぐ国立西洋美術館が有る。動物園は美術館の先に有る。
上野駅の西方面・公園口を出ると道路が有る。そこを渡るとすぐ右手に西洋美術館が見える。
美術館の入り口には、有名なロダンの「考える人」と「地獄の門」が展示されている。

上野駅を降りて上野公園・動物園・科学博物館などに来る人は殆ど西洋美術館の前を通る。その時西洋美術館の前の庭に有るロダンの彫刻「考える人」を見てレプリカ・模造品だと思い、そのまま気にもしないで通り過ぎる。
だが、本物である。

西洋美術館のコレクションの素晴らしさには驚く。
前述のロダンはもとより、ルノワール、モネ、セザンヌ、ドガ、ゴッホ、ピカソ、レオナール、スーティン、ゴーギャン、シスレー、マネ、ピサロ、ビュッフェ、クールベ、ドラクロワ・・・と美術史上の巨匠の絵画や彫刻が展示されている。

誰もがこれらの作品を美術本やテレビの美術番組などで幾度も見ている。
中でもロダンの「考える人」「地獄の門」、ルノワールの「アルジェリア風のパリの女たち」モネの「舟遊び」「睡蓮」、ゴーギャンの「海辺に立つブルターニュの少女たち」、ゴッホの「ばら」などは圧巻だ。
モネなど印象派の作品が多い。
何故、西洋美術館にこれほどモネ、ルノワール、印象派の作品が多く有るのか?
松方コレクションである。

19世紀後半から20世紀初頭世界の美術・芸術・文学の中心地はパリだった。
モンマルトル、モンパルナスを中心に多くの画家、芸術家、文豪が集まり名作を次々と生み出した。
1920年頃その芸術の都に渡りモネ、ルノワール、ロダンを始めとして無数の名画・彫刻を収集したのが松方幸次郎だ。

モンマルトル、モンパルナスの芸術に感銘を受けた彼の精力的な収集のおかげで現代の日本人は気軽にモネ、ルノワール、ロダン、ゴッホの名画などを原画・本物で鑑賞できる。
大感謝だ。

上野と言うと原宿、表参道、六本木、青山などと比較して古い町、野暮ったい町といった冷たい言い方をされる。
だが、上野こそ芸術と学問の町だ。ハイ・レベルな町だ。

西洋美術館の隣には、国立科学博物館が有り、その先には国立博物館が有る。
さらに東京都美術館や東京文化会館が有る。
上野公園のすぐ近くには東京大学も有る。
東京、いや日本有数のアート、アカデミック・ゾーンだ。

美術館などの入場料は国立・都立なので非常に格安だ。さらに中学生以下は無料だ。
休日予算がない時は家でぼんやりとテレビの特番を見るのもいいが、電車に乗ってふらりと上野に行くといい。
芸術を満喫できる。


さて、
皇居、銀座、有楽町に戻ろう。 
上野からメトロに乗ると10分ほどで銀座に戻って来る事が出来る。銀座線です。
出口が三越、和光の有る一番にぎやかな交差点の所だから便利だ。
そこから西に行くと有楽町を過ぎて皇居の堀に出る。
右に曲がり第一生命、帝劇を過ぎて馬場先門から皇居外苑に入る。
外苑の広大な松林を過ぎると二重橋にたどり着く。

皇居二重橋はあまりにも有名すぎるし絵葉書的観光名所そのものなのでわざわざ行くという気にはなかなかなれない。
しかし、行ってみるとやはりいい眺めである。

12月23日は天皇誕生日で一般参賀も出来る。
だから、一般の人もその石橋と二重橋を渡り皇居内に入り新宮殿に行く事が出来る。
天皇誕生日と正月の一般参賀の様子はテレビで何度も放映されるからおなじみの光景である。
普段は石橋、二重橋は眺めるだけで渡ることは出来ない。
庶民にとって二重橋の向こうは遠い世界なのだ。
しかし、参賀の日だけは誰でも入る事が出来る。
まるで開かずの門がぎいーっと重厚な音をたてて開くようだ。

その日銀座、丸の内、八重洲など皇居付近に居る人はふらりと立ち寄ればいい。
新宮殿に現れる陛下や皇族の方々を見る事が出来る。
いい記念となる。

すぐ近くで見る新宮殿は豪華華麗といった事はなく質素な造りだ。
イタリア、フランス、イギリス、ドイツなどの宮殿を見ると壮大豪華で圧倒される。
しかし、日本の新宮殿、御所、離宮などを見ると、質素というか静かで周囲の森や庭園とごく自然に調和している。
静寂と自然を基調としている日本美術の精神により建立されている。
いにしえから未来永劫につづく日本の美を静かに味わう事が出来る。

参賀が終わると人々は二重橋には戻らず坂下門から出て行く。
時間が有れば皇居外苑を散策してもいい。
松林と芝生がいつも緑濃く美しい。
皇居の森を背にして遠く丸の内などのビルを見ていると外苑の広さに改めて驚く。
25万平方メートルほどはあるからとにかく広い。

東京を歩いていると常に周囲にはビルが有る。
ビルに囲まれた狭い箱の中を歩いているようなものだ。そういった事に慣れきっている。
だから、時折皇居外苑に来て広い松林越しに丸の内などのビルを見ていると、「広大」といった気持を味わう事が出来る。
都内で「広い!」といった気分を味わえるのは、ここ皇居外苑と明治神宮の拝殿の向こうの広場、新宿御苑ぐらいだろうか。
神宮外苑もわりと広いが皇居外苑の広さには及ばないと思う。
都内にある有名な六儀園、小石川後楽園、古河庭園などはいい庭園だ。
しかし、庭園の柵の周囲全体こそ広いものの中の広場・庭園そのものはさほど広くない。
皇居外苑に来て松林、丸の内のビルを見ていると体全体が広がっていくような気持ちになる。

休日に銀座、渋谷、新宿などの繁華街で映画、ゲームセンター、スポーツ・娯楽場などで家族や友人グループと楽しく過ごすのもいい。
だが、たまには皇居外苑で一日散策して過ごしてみるのもいいものだ。
朝早く皇居に行き昼過ぎまで二重橋、皇居外苑で過ごし、あきたら銀座に繰り出すのがいい。
昼の銀座はにぎやかだ。
買い物客や観光客が楽しそうな笑顔で歩いている。
手には有名ブランド・ショップの紙袋をさげている。
銀座が楽しいのか人生が楽しいのか、念願のブランド品を買ってうれしいのか分からないが、とにかく楽しい顔をして歩いている。
見ているこちらまで楽しくなってくる。

やがて夜となる。
今頃の銀座の夜景の美しさは格別だ。
華麗というか夢のような美しさだ。
大通りの端から端までクリスマス・ツリーが無数に並ぶ。
そして、ミキモトの巨大なクリスマス・ツリーが道行く人々を感動させる。
人々は立ち止まり大きなツリーを見上げる。
ツリーや銀座全体の灯りを受けて見上げる人々の目や頬はきらきらと輝く。
どの人の顔を見ても喜びで笑顔となり幸福そのものだ。
聖なる一夜だ。
思わず敬虔な気持ちになる。
心が洗われる。

日本は仏教国であるとか銀座のクリスマス・ツリーを見て感動している人々の99%はキリスト教徒でないといった議論は評論家や宗教家の方々にしてもらうとして、クリスマス時期の銀座の夜は理屈ぬきに美しい。

普段なら買い物が特になければ夜の銀座へわざわざ繰り出す必要はない。
しかし、クリスマス・イヴ当日と直前の銀座は用がなくてもぶらぶらする事をお勧めする。
夢のような輝きに幸福なひと時を過ごせる。


銀座は魅惑の街だ。
「銀ブラ」と言う言葉どおり歩いているだけで楽しい。
大通りに面する日本・世界の一流ショップのバッグや服、宝石を窓越しに眺めているとため息が出る。 
女性にとって宝石は危険だ。
美しい輝きで見ている女性を誘う。
それはライン川のローレライのようだ。思わず衝動買いをしてしまいそうになるだろう。
女性にとって宝石は永遠の憧れ、夢、そして、ため息。

素敵な服、靴、バッグ、宝石などを見ていると買えない事で悲しくもあるが、それなりに結構楽しい。
勿論、セレブは見るだけでなくドアをさっと開けて、いやドアなど開けなくても入り口の格好のいいギャルソンが絶妙のタイミングでドアを開けてくれる。そして、ふかふかの絨毯を歩いて店の中央へと進む。
すると、早くもなく遅くもなく奥から店主やマネージャーが近寄りお好みの柄やサイズの服を肩にかけてくれる。
初めての店だというのに、初めて会ったマネージャーだというのにまるで20年来の得意様のように柄もサイズもぴったりの服、コートを選んでくれる。
だから、いっそうその品物に満足してしまう。
あるいは、光り輝く宝石を手に取りすぐ係員に包んでもらうように頼む。
勿論料金を払うのは一緒に来ている紳士だ。
そういった買い物が出来る。
しかし、庶民には縁のない光景だ。

セレブにとって銀座は手ごろなショッピング・エリアだ。
欲しい物が、たとえ世界の一流品でも、いくら高額でもすぐ手に入る。
だが庶民にはウィンドウ・ショッピングの街だ。
欲しくても手が届かない品物ばかりだ。
庶民は決してそういった店のドアを開けることはない。
開ける事が出来る場合は、宝くじが当たった時だけだ。

数寄屋橋と有楽町の宝くじ売り場はいつもごった返している。
数寄屋橋の売り場はよくテレビで映っている。
当選確率が高いのだろう。
今年こそ幸運の女神に微笑んでもらいたい。

有楽町の宝くじ売り場の前でビルの工事をしている。
昨年か一昨年は整地をやっていた。気がつくともうビルが半分、いや外側は殆ど完成しているようだ。
大きなショッピング・ビルかデパートになるようだ。
有楽町マリオンが有り西武、阪急が有るところへさらにデパートや大規模ショッピング・センター・ビルが出来ると買い物に非常に便利になる。
有楽町の駅前10メートルだから有楽町を利用しているサラリーマンやOLにはとても便利だ。
工事中の周囲の塀には出店する店の名前も記載していた。
どういったビルとなるか楽しみだ。

有楽町は銀座と隣り合わせの町だが、新橋同様庶民的な空気が有る。
サラリーマンが日常食事や買い物をするなら銀座よりも新橋が最適だ。有楽町も同じだ。
ただ有楽町には新橋のように普通の商店は少ない。
飲食店はそれなりにある。特にガード下の飲食店は有楽町ならではの名物だ。
値段が安い。
銀座で買い物をしても食事となると困る。店は多いが値段が高い。
そこで有楽町へ行くと手ごろな店が多くある。
デートや何かの記念日、特別な日の食事なら銀座がいい。
料金よりもいい料理・食事、おいしいワインを優先して選ぶなら銀座にはいい店は無数にある。
だが、予算をぎりぎり節約してこの金額以下と制約をした場合、銀座ではなかなか難しい。
そこで有楽町が有り難くなる。
歩いても二、三分だ。
サラリーマンならガード下の食堂で十分だ。
だが、OLや女性、ご婦人、淑女はガード下の店は嫌がるだろう。
ガード下以外にも通りに幾らでもレストランや食堂は有る。
殆ど手ごろだ。
食べた後から料金を見てびっくりするといった事はない。安心だ。
特にビルの地下などの食堂街に行けばいろいろな種類のレストラン、料理店、地方の味の店などが有り十分楽しめる。
駅の反対側、皇居側のビルの地下にも食堂街がある。そこは東側よりは幾分高い。それでも銀座よりはまだまだ手ごろだ。
給料前なら、男性は立ち食いうどんに飛び込めばいい。
有楽町の駅周辺には幾つか有る。
銀座にも立ち食いうどんは有るが、かなり探さなければ見つからない。
その点有楽町は駅にくっついて有るので便利だ。
立ち食いうどんなど嫌だ。というなら寿司でも食べるといい。
有楽町の駅の近くには廻るお寿司屋が有る。値段は高くない。

有楽町のガード下は夕方から楽しくなる。
昼間は軒下にぼんやりと場違いのようにぶら下がっている赤提灯が夜ともなると生き生きと輝いてくるから面白い。
どの店も満席となる。当然だ。安い。ヴォリュームが有る。店と料理の種類が多い。
第一ガード下なので帰る時に楽だ。
帰ろうと思ったらすぐ駅に入り電車、メトロに乗る事が出来る。
一杯飲んでいい気分の千鳥足になって寒風の中を駅まで五分も歩くといった面倒な事はない。
いい気分に酔って体がぽかぽかしたところですぐ電車やメトロに乗れる。
これはとても楽だ。

東京はどんどん新しいビルが建つ。
新規のショッピング・センターやプロムナード、ビル地下街ができる。
新しい店ができるときれいで前を通るだけでいい気分になる。
それは結構なのだが、問題がある。
料金が高くなる事だ。
本はどんなに豪華な大型店でも、老舗、名店街、銀座で買っても同じだ。
全国どこで買っても同じ定価だ。
だから買う時は安心して買える。
だが、食事、レストラン、食堂は豪華な店、銀座など豪華な地域、場所、名店街、名所となると料金が非常に高くなる。

私鉄沿線、メトロ沿線のレストラン、食堂なら600円で済ませる事ができる食事が、都内の新しい豪華な名店街、レストラン街などで食べると800円、1000円となる。
山手線内では600円で気軽に食事ができない。

だが、有楽町、新橋は有り難い。
600円で気軽に食事ができる店がいくつも有る。

特に、有楽町、新橋間のガード下の食堂、レストラン、赤提灯、和風・洋風居酒屋は安月給のサラリーマンの聖地だ。
安かろうまずかろうではない。
安くて種類が多くておいしい。
だから、いいのだ。

周辺のレストラン、食堂、居酒屋などがモダンで高級・高額になっていってもガード下だけは料金を上げずにおいしい料理と酒で頑張って欲しい。

おや、いつの間にか銀座ぶらぶら歩きでなく、有楽町・新橋ガード下ぶらぶら歩きとなってしまった。
いけない。
銀座の安くておいしい店を探さないといけない。
銀座に安くておいしくて、しかもしゃれた店が有るのか?
実は意外と有る。

銀座で安くてうまいものを食べる方法は幾つかある。

いい方法のひとつがいいレストランに行き、カレー、パスタのみを単品で注文する事だ。
それらの料理は単品だとそれほど高くない。
外観がしゃれた銀座のレストラン、食堂でも単品だと意外と1000円以下の料理がある。
コーヒーやワインなどドリンクを飲まずにそれらの単品のみを注文すれば1000円で食事ができる。
中にはコーヒーとセットで1000円を切る店もある。ありがたい。

ドリンクを注文しないでカレーだけ単品で注文するなど気が引ける、などと生真面目に考えていたら給料前に銀座で行き倒れになってしまう。

ラーメン屋、和食の食堂ならラーメン、そば、うどんなどの単品だと1000円以内で十分収まる。
ここで述べているそば、うどんは立ち食いでなく普通の蕎麦屋、うどん屋などです。

すし屋でも1000円で食べる事ができる。もちろん廻らないすし屋だ。
銀座でも少し探せば普通のすし屋で1000円以内で食べる事ができる。
もちろん、そういったすし屋でも入るなり座って「大トロ、あわび、うに・・・、」などとやっていたら、福沢諭吉先生の世話になる羽目となる。
壁の勘定書きを見てつつましく「並を、」とか「梅で、」と注文する事だ。
そういったセットならきちんと勘定書きの値段となるので、野口英世先生一人だけですむ。
食事をするたびに福沢先生が去って行くようではたまったものではない。

                        
銀座といってもそこで食事する人々がすべて王侯貴族や金持ちの観光客ばかりではない。
銀座や有楽町、日比谷に有る会社で働く普通のビジネスマン、OLも多い。
銀座界隈には一流企業も多いが中小の会社も多く有る。
つまり銀座には庶民が多く働いているわけだ。
また日比谷公園の西側の住人、つまり、霞ヶ関の官庁の職員も公園を通り抜けて銀座にやって来る。
高級官僚ならともかく、官庁の一般職員の給与は一流企業には遠く及ばない。普通のサラリーマンといった収入だ。
当然日々高額の食事など不可能だ。
だから上記の人々が気楽に食事できるレストランや居酒屋などが多くある。
つまり探せば意外と安くていい店が有る。

ほとんど大通りからひとつ中に入った通りに有る。
一階にも有るが、ビルの地下や二階などに有るケースもある。
店の入り口に料理の見本や大きなメニューを飾っているので料金を確認して安心して食事をする事ができる。

銀座に初めて来たとか、三年に一度ほどしか来ないので大通り以外の通りなどうまく探しながら歩けない方々、また、方向音痴で大通りから中に入ってあちこち歩いていると自分の現在位置が不明となる方々、つまり迷子になってしまうといった方々はデパートに飛び込めばいい。
大通りの有名デパートの食堂なら、手ごろな料理から少し高級な料理まで多くの種類がある。
入り口に料理のサンプルが大きく飾られているので分かりやすいし安心だ。

デパートの食堂街のうちテナント専門店でない、いわゆるデパートの食堂は、味、応対、室内装飾とすべてが平均的で安心して食事をする事ができる。
ただし、デパートの食堂には家族連れでお子様がよく来るのでにぎやかになる事がある。
自宅と錯覚して騒ぐお子様が近くに座った場合は運が悪かったとあきらめるしかない。
そういった不運がなければデパートの食堂は気楽に利用できるからいい。

デパートの食堂は味も店内装飾も接客も平凡だと不平を漏らす方はその食堂の隣などに有るテナントの専門レストラン、高級レストラン、寿司屋に入り、そこで高級料理を注文すればいい。
おそらく食後レジで会計する時に、次の給料日はいつだったかなと計算する羽目となるだろう。

ま、いずれにしても銀座は高級レストランも多いが、安くておいしい庶民向けのレストラン、食堂も多くある。

グルメ雑誌やテレビのグルメ番組などを見ていると銀座はハイクラスで超高級レストランばかりだと思いがちだが、意外と普通の街でもある。
かえって渋谷、新宿、池袋などよりも安くておいしい店を発見する。

そういった時は非常に得をした気分になる。
そして、すぐ手帳にその店の名前と電話番号をメモする。
何日かして食事の時に予算が不足した時はあわててその手帳をめくる。


とうとう12月30日。
今日を入れて今年もあと2日を残すみのとなった。
明日は大晦日、非常に慌しい一日となる。

長い長いと思った1年も過ぎてみるとあっという間だった。
28日でやっと仕事納め。1月4日まで少しのんびりできる。
29日はどこかへ出かけようかと思ったが、たまっていた雑用の片付けばかりで身動きがとれず平凡な一日となった。
書き忘れていた年賀状も二、三有ってあわてて書いた。
近所の公園へ散歩に行く事すらできなかった。
昼頃ほんの5分ほど近所へ買い物に出かけただけだ。
天気は良く明るい日だった。
しかし、やはり大晦日間近だ。寒い。

テレビを見ていると成田が混雑している。
多くの人々が海外へと出発している。
ハワイや中国、ヨーロッパで年末年始を過ごす人々だ。
中には10日ほどヨーロッパ旅行をする人もいる。
リッチだ。うらやましい。
「パリ、ローマでのんびり過ごす豪華な10日間」といったツァーで年末年始を贅沢に楽しむ身分となりたいものである。
いつの事やら・・・。
さて、年末ジャンボの女神は微笑んでくれるか?

ヨーロッパ豪華旅行は女神次第だ。
女神が微笑まなければ箱根か鬼怒川あたりで一泊してのんびり温泉かな?
あるいは湯元あたりで箱根駅伝を見ながら過ごすのもいい。
いやいや、正月の箱根、鬼怒川は超混雑だ。
年末ジャンボの結果を見てから予約しても部屋は空いていない。
困った。
正月をどう過ごすか?
一年ぶりに神様に挨拶するか?
日枝神社か神田明神か豊川稲荷か浅草か?
明治神宮もいいが、やはりあの超混雑はこりごりだ。

それに明治神宮は屋台が出てないので、ちょっとおでん、やきそばと軽く食事ができない。
立派な神社なのだが、小腹がすいた時に困るのである。
さらに正月神社で一杯、と予定している左党の方々には明治神宮は適していない。
「罰当たりめ。正月早々神様の前で一杯とは何事か?」
と怒ってはいけない。
おみき・お神酒という訳だから、神社で酒を飲むのはいい事なのである。
神聖なる神社で酔っ払うのはいけないが、神様と乾杯する事はいいことだろう。
ぜひ明治神宮にも屋台を沢山出して欲しいものだ。

神様に一年の幸福をお祈りし、いや、頼み込んで、神聖なる酒を頂き心も体もほかほかになって神社を後にしたいものだ。
友人が言っていたが、元旦に神社で酒を飲むとその年はひどく酔っ払う事がなく酒のトラブルもないそうだ。
本当か?
その友人は筋金入りの左党だから、少し首を傾げる。
「神社は神聖である、酒はお神酒であり命の飲み物だ、よって元旦神前の飲酒は頗るいい事である。」
と、神聖三段論法だ。
全然信用できない。
          

テレビでアメ横や築地の混雑が映る。
恐ろしいほどの超混雑だ。
正月用品で必需品だし、安いし、美味しいし混雑するのは当然だろう。
アメ横の混雑ぶりは年末の風物詩だ。
以前一度買出しに出かけた事があるが、あまりの混雑にこりてそれ以来訪れていない。
まっすぐ進む事が不可能だ。
それどころか前から来る人々に押されてどんどん後ずさりする。
持っている荷物がちぎれてなくなりそうになった。
通りを抜け出た時はほっとしたものだった。

あの通りをすいすい歩けるのはロナウジーニョかジダンぐらいだろう。
ワールド・カップで日本サッカー・チームが今ひとつ勝てない。
ゴール前であと少しというところで相手チームに押し返されたりかわされたりする。
どうだろう、大晦日のアメ横で練習する事を提案する。

また店に並ぶ超特価のカズノコ、マグロを見つけて目の前の人々をかき分けて一番前に出る事ができるのはラグビー選手か関取ぐらいだろう。
体力勝負、いや、体重勝負だ。
アメ横に行く時は数日前からスポーツ・ジムで体を鍛えておくべきだ。
つくづく痛感した。


いよいよ12月31日。
大晦日だ。
今年もあと1日のみとなった。



1日どころかあと1時間余となった。

銀座周辺の会社や官庁も殆ど28日で御用納めとなり年末年始休みに入っている。
夕方の銀座を歩く人々に変化が見られる。
新橋ほどではないがいつもなら夕方の銀座は帰宅するサラリーマンやOLが多い。
だが、29日からはそういった人々が減る。
代わりにのんびりと買い物を楽しむ人々が増える。
また観光客も幾分増えるようだ。
多少気難しい表情をして急ぎ足で歩く人々がいなくなり、楽しそうにゆっくりと歩く人が増える。
観光客はカメラで大通りやビルを写している。
ティファニーをバックに携帯で写真を撮る観光客も見かける。
カメラを前にして店の前でVサインをしている人の後ろのショーウインドウで宝石が煌めく。
写真だけでなく、ティファニーで朝食をどうぞ。

銀座のレストランでは朝食を1000円で食べる事ができる。
しかし、ティファニーで朝食となると20万円は必要だ。

混雑してにぎわう銀座も大晦日までだ。
元旦の銀座はゴースト・タウンのように寂しい街となる。
デパートも商店も全部休みだ。歩く人もいない。
一年中いつも夢のように輝いている銀座だが元旦だけはひっそりと静かな街となる。


銀座は街の女王だ。
いつも美しい。
誰もが愛し訪れるたびに銀座の街に微笑み流れるそよ風を抱きしめる。
銀座で楽しい一日を過ごした人は帰りぎわ銀座に手をふる。
「いつまでも私の恋人でいて欲しい。」と誰もが願う。
しかし、元旦の日だけはみんな銀座の事を忘れてしまう。
そして、移り気な小娘のように明治神宮や浅草寺、日枝神社へと去っていく。

元旦のテレビでは銀座は映らないだろう。
代わりに明治神宮、浅草寺、川崎大師、伊勢神宮、鶴岡八幡宮、その他日本中の有名な神社が映されるだろう。
天気予報では日本中殆どがいい天気となる。
敬虔な気持ちでお祈りをする人々がテレビ画面に登場するだろう。


元旦は神道、お盆は仏教、クリスマス・イブはキリスト教。
これが日本人の宗教感覚だ。

日本人は仏教、神道、キリスト教の多神教かも知れない。
混合宗教かもしれない。 
いや、無頓着教だと言った方が正確かもしれない。
「失礼な。そんな事はない。」と怒る方がいらっしゃるだろう。
しかし、だいたいそういった風だ。

家の宗教が仏教だからといって、正月神社にお参りに行かない人はいないだろう。
自分の家が神道だからといって知人宅・親戚などのお盆に参加した時に、「おのれ、弘法大師め、」と叫ぶ人などいないだろう。
家に仏壇を置いている人でも、クリスマス当日意外と平気で仏壇のある部屋でクリスマス・ケーキを食べるだろう。
正月神社で買ったお守りを平気で仏壇に置いたりする。

クリスマス・ケーキを食べた事がないお坊さんは多分いないのではないか?
逆にキリスト教の人でも、千歳飴を食べたり、日頃つい「そんな殺生な、」「縁起がいい、」「大安吉日」「馬の耳に念仏」「おはらいをしなきゃ、」などと仏教用語、あるいは神道用語などを使用しているだろう。
お互い、他の宗教に寛容なのである。

日本において初めて会った人に、「あなたは仏教徒ですか?神道ですか?キリスト教徒ですか?私は仏教徒ですから、もし、あなたがキリスト教徒なら知人となる事は拒否します。」
などと言う人はいない。
相手が仏教徒でも神道の人でもキリスト教徒でも気にせず友人となる。

また、神社でもお寺でも教会でも気軽に入っていく。
もちろんクリスマス・イヴの夜に銀座でワインと日本酒をたらふく飲み、クリスマス・ケーキを食べ千鳥足となり大声で「メリー・クリスマス!」と叫ぶ事など当たり前の光景だ。
日本の風物詩だ。

正月神社に行き、二ヵ月後お彼岸でお寺に行き、しばらくして教会で結婚式を挙げるといった神技を平気で行なうのが日本人だ。
その事がいい事か悪い事かなどといった事をこの「銀座ぶらぶら歩き」の頁で述べる気は毛頭ない。
ただそういった日本がとてものどかで気楽に暮らせるという事も事実だ。


あと1時間余で新年、2007年。
しばらくしたら紅白歌合戦も終わり、日本中のお寺で除夜の鐘がつかれる。
その光景がテレビで映る。
お寺で百八の煩悩を追い払ったら、数分後にはその足で神社に行きお祈りをする。
明治神宮は超混雑となる。
いや、既に今の段階で明治神宮の入り口は門が開くのを持つ人々で混雑しているだろう。
浅草寺、鶴岡八幡宮も同様だろう。

その喧騒が一段落したら夜が明ける。
日本のはるか東の空に美しい朝日が昇ってくる。



夜が明けた。
平成19年2007年となった。

空を見ると秋晴れのような日本晴れではないが何とかいい天気だった。
今年はいい年になるかどうか?
もちろんいい年になって欲しい。


年末ジャンボの女神は微笑まなかった。
いや近くに来る事すらなかった。
いったいどこへ行ったやら。
宝くじは買ってから発表の直前までが楽しい。
当たったら何を買おうか、どこへ旅行に行こうかと考えている時が結構楽しい。
次回サマージャンボに賭けよう。

元旦は日本人らしく神社へお参りに出かけた。
明治神宮は屋台が出ないので申し訳ないが敬遠した。
やはり屋台が賑やかに出ている神社が楽しい。

毎年の事だが、どういう訳か神社についた頃はお腹がすく。
参道の両側に屋台がたくさん出ていた。
焼き鳥、おでん、焼きそば、いか焼き、たこ焼きなどのおいしそうなにおいが参拝の人々を誘惑する。
砂漠で水を求める旅人のごとく屋台に飛び込んだ。
もちろん、神殿に拝んだ後だ。
柏手も打たない前に屋台をくぐるほど不謹慎ではない。
と言うより着いた早々屋台に飛び込もうとしたら連れに腕をつねられた。

神聖三段論法を信じた訳ではないがお神酒、いや普通のお酒も頂いた。
元旦はわりと寒くストーブをたいている屋台の中も寒かった。
マフラーをして「寒い、寒い、」と言いながらあったかいおでんを食べ、ほどよいお燗の日本酒を飲むと生き返った気分となった。
これで今年一年酒に関する事故も病気もなく過ごせるかと思うといい気持ちとなった。
もちろん神聖三段論法が正しい場合だ。
結果は今年の大晦日に判明する。

連れは屋台で日本酒をおいしそうに飲む男を冷ややかに睨みながらおでんをつついていた。
そして、屋台や居酒屋に入った事などないから屋台の中をぐるぐる珍しそうに見ながら食べていた。
要注意だ。これほどぐるぐる周囲を見る人間は有楽町のガード下の赤提灯に連れて行く事はできない。みっともない。

神様にお祈りしお神酒も頂き空腹もおさまり満足して神社を後にした。
銀座を少し覗いてみようかと思ったが勿論やめた。
人通りが少なく殺風景な銀座など見る気はしない。

銀座はやはりたくさんの人で混雑している時が一番いい。



銀座は歴史の街だ。
とは言うものの時代劇のテレビ・ドラマや江戸時代を取り上げた雑誌で銀座という名前は出てこない。
江戸時代は銀座という役所の所在地であり、ある程度賑やかではあったものの日本橋、神田、浅草、隅田川界隈の方がはるかに繁華街であった。
しかし、明治時代となり築地が外人居留地となり、その後新聞社が多く入り込み煉瓦街となり整備されていくにつれ銀座は文明開化の象徴としてその名を日本中に轟かせていった。
明治時代以降銀座は日本の高級街の代名詞となった。

現在銀座に名店として看板を出している有名店は殆どが明治以降の店だ。
皇室の御用達の店も有る。
四丁目交差点の近くの有名なパン屋がいい例だ。
当然のことながらその店は江戸時代にパンなど作っていない。
明治時代にパンの製造を始めそのおいしさで、そして、あんぱんを創めて作った事でその名を有名にした。
雑誌を見ると明治天皇もその店のあんぱんを好まれたそうだ。
明治の文明開化を見ると西洋の文明・文化・風俗・習慣が洪水のように日本に流れ込み全面的に受け入れた印象を受ける。
だが、意外と和洋折衷なのだ。和魂洋才なのだ。
あるいは、西洋の優れた発明にさらに日本独自のきめ細かい技術・細工を付け足して一層優れたものにして使用している。
圧倒的に優れている西洋文明を受け入れながらもどこかで必ず日本流のアレンジを施して使いこなしている。
日本風西洋建築、すき焼き、人力車、郵便制度と年賀状、正統フランス料理でなく洋食、とんかつ、カレーライス・・・・・と日本流にアレンジしている。
古来より中国文明・文化を受け入れながら、必ず日本流に変えて活用してきた日本人の知恵が巨大な鋼鉄のような西洋文明を前にしてもひるむことなく元気にいかされた。
知恵者日本人の面目躍如だ。

さて、
その店のパンも和洋折衷だ。
外は西洋パン、中身は日本古来のあんこ。
西洋パンはおいしいと飛びついて食べていても最後は日本の精神に行くつく。
面白い。
日本人の発明の仕方そのものである。
思わず食べながら微笑んでしまう。


パン屋の隣にはCDショップがある。
その少し先のビルにも明治創業の有名CDショップ、レコード店が有った。
当然明治時代は蓄音機やSP盤を売っていた。
おそらく当時は蓄音機商会とかなんとか称していたのではないか。
その後SP盤はレコードとなった。レコード屋となった。
ピアノ、ヴァイオリンなどの楽器や蓄音機も販売していたようだ。
明治時代にピアノ、ヴァイオリン、トランペットを扱う店はまずなかった。
だから、銀座の二軒の店は日本中のお客や楽器関連で学校・音楽家などを得意先として大繁盛した事だろう。
日本のクラシック音楽・流行歌・楽器を語る時にはずせない両店だったろう。

日本の音楽もまた和洋折衷なのである。
芸術文化のうち、文学、彫刻、絵画は日本のものが西洋よりも遥かに優れている場合が多い。
和歌、つまり、詩は日本が西洋よりも優れている。
万葉集、古今和歌集、小倉百人一首などを見ればその高度な詩の世界には感動してしまう。

また、俳句と言う世界最短の言葉で表現する詩の世界も日本独自でハイレベルだ。
松尾芭蕉の美と静寂の世界には世界中の誰も到達できない。

あるいは源氏物語など古来より日本には優れた小説文学がある。
また、絵画・彫刻も運慶・快慶、雪舟、狩野一派、そして、北斎、広重、歌麿、写楽、晴信などが西洋美術と互角に戦う。時に上回る。
運慶・快慶の仁王像はその豪快さでミケランジェロすら圧倒する。

北斎の天才ぶりには驚く。
写楽の独創性にも感嘆する。
雪に埋もれた蒲原を描いた広重の絵は、冬のパリの街を描いたユトリロの絵よりも遥かにすばらしい。

19世紀フランスで印象派が登場し世界の美術はその方向を変える事となった。
その印象派の画家たちを魅了し影響を与えたのが北斎など日本の浮世絵師たちであった。
つまり、北斎、広重、写楽など日本の天才画家たちが世界の美術の方向転換をさせる事となったのである。
19・20世紀の印象派・世界美術やエコール・ド・パリの源流のひとつが北斎・歌麿・晴信など浮世絵であるとは何と素晴らしいことか。
日本美術、文学は世界の頂点に位置する。

だが、残念ながら芸術分野のうち音楽に関しては日本は西洋に及ばなかった。
日本にも高度で洗練された雅楽・宮廷音楽が有り、琴、三味線、長唄、端唄、小唄、各地の民謡とすばらしい音楽が存在した。
だが、西洋のバッハ、ベートーヴェン、モーツァルト、ヴェルディ、ワーグナー、ショパンたちにはかなわない。
そういった高度の西洋音楽を日本は明治になり突如知る事となった。
ペリーの鋼鉄の黒船を見た時も驚いたが、ベートーヴェン、モーツァルト、ショパンを知った時も日本人はショックを受けた。
完敗だ、と感じだ。

日本を侵略しようとする列強は幕末西郷、木戸、海舟、竜馬たちの奮闘で防いだ。
また、教養、学問においては格別ひけをとるものではなかった。
日本人の識字率は幕末当時世界一であった。
全国三百の各藩に有った藩校という高等教育学校・大学、寺子屋という庶民初等学校の数も当時世界一であったはずだ。
美術、文学、彫刻、工芸、デザイン、服飾、織物なども世界トップ・クラスであった。
教養国家日本・江戸時代であった。
和算も高度であり関、吉田といった天才を輩出している。
伊能忠敬が世界トップレベルの日本地図をいともた易く完成させる事ができたのも日本中、そして、幕府天文方に数学に堪能な役人・学者が多数いたからである。

さらには茶道、華道も有る。
こうして列挙してみると江戸時代の日本の文化・教養・芸術レベルの高さに改めて感心する。

また、見落としがちなのがからくり人形である。
人形?と笑ってはいけない。
江戸時代の複雑な動きをするからくり人形は、現在で言えばロボットだ。
当時からくり人形の高度さにおいても抜群であった。
今日日本がロボット王国として世界のトップを走るのも当然だ。
このように芸術・文学、学問、文化、教養、さらに精密機械の領域においても日本は当時世界のトップ・クラスであった。

だが、音楽関しては完敗だった。
いくら日本びいきの人が見ても、幕末・明治初期の日本の雅楽、三味線・小唄・民謡などがベートーヴェン、ショパン、ヴェルディ、交響曲、管弦楽、歌劇、ピアノ演奏などに勝るなどとはとても言えない。
ただひとつ琴の宮城道夫や後の三浦環だけが世界の音楽家・音楽愛好家を感心させただけだ。
大雑把に言えば全面的に日本音楽の敗北だった。

日本音楽家の苦闘が始まった。
だが、なかなか西洋音楽に勝てない。いや、それどころか追いつけない。
機械文明においてはあっさりと西洋に追いつきやがて追い越した日本だったが、音楽の面では本当に悪戦苦闘だった。
学校を作ってもそこで演奏する日本オリジナルの音楽がない。生徒が歌う歌がない。
教える先生がいない。ピアノ、オルガンを弾ける先生がいない。
ドレミファソラシドとは?西洋音階とは?和音、リズム、ワルツ、合唱とは?
???の連続だった。

「ええい、面倒だ。」とばかりに行なったのが、西洋音楽の全面受け入れだった。
完全敗北した以上それしか方法はなかった。
日本における西洋音楽の導入はほかの文明・文化と違い完敗・完全受け入れから始まった。
だが、やはり日本人である。
完敗しながらもしぶとく和洋折衷を残した。
唱歌である。

蛍の光、庭の千草など西洋メロディーに日本語歌詞をつけて歌った。
しかも、原詩と日本語詩が全然違う。
蛍の光、庭の千草など西洋歌唱曲、スコットランド民謡、ドイツ民謡などは日本の初等学校で見事に定着した。
蛍の光は今なお卒業式歌の定番だ。
そして、日本中のデパート、商店が閉店時のテーマ曲として使用している。
日本人の誰もが知っていて歌える歌のナンバー・ワンは蛍の光である。
その歌はスコットランド民謡である。

殆どの日本人が幼児期、小学校で西洋の音楽・民謡に日本語詩をつけた唱歌、愛唱歌を習い、歌い過ごしている。
あるいは、シューベルト、モーツァルトなどの歌と知らず歌っている。

前述の蛍の光のほかに、
ちょうちょ、むすんでひらいて、ローレライ、アルプス一万尺、かっこう、おお牧場はみどり、故郷の空、埴生の宿、かえるの合唱、もりのくまさん、雪山賛歌・・・・、

あるいは、クリスマス時期には賛美歌の、聖しこの夜、オー・ホリーナイトなどを歌っている。
小中学校の運動会は、雷神、ワシントン・ポスト、星条旗よ永遠なれ、忠誠などスーザ・マーチのオンパレードだ。
小学校、中学校で一番生徒が聞く作曲家はベートーヴェンでもショパンでもなく、実は、スーザ・マーチの作曲家の、ジョン・フィリップ・スーザである。
明治開始早々、クラシック音楽も合唱も歌曲もさらにマーチも全面的に完敗だった。

そこに天才滝廉太郎が登場して、荒城の月、箱根八里、花などを作曲し巻き返しがはかれるかと思った。
だが、病魔により明治36年1903年わずか23才で亡くなる。
日本音楽界はまた振り出しに戻った。

日本音楽界が天才滝廉太郎を失った事は非常に残念であるが、しかし、それでも明治、大正の日本に西洋音楽は定着し、和洋折衷の翻訳唱歌も一切非難される事なく愛好された。

人々は明治以降初等学校で習った翻訳唱歌、あるいはシューベルトの歌などを歌うようになった。
江戸時代に庶民が歌う歌と言えば近隣やその地方の有名な祭り歌や民謡、あるいは幼少時はわらべ歌だったはずだ。
武士や富裕商人・豪農などは雅楽や長唄、謡曲に親しみ、あるいは、料亭などで歌われる端唄、小唄などを歌った事であろう。
曲だけだと武士や富裕な町人・豪農の家内・令嬢は琴を習った事であろう。
上流階級令嬢のたしなみであった。
三味線は庶民の女性はあまり弾かず演劇や料亭にて歌や踊りなどの伴奏を勤める女性などが主として演奏した事だろう。
三味線はプロの演奏家用の楽器だったと言える。今日で言えばギターだ。

江戸時代まで日本に音楽がなかったわけではない。
琴、笛、雅楽、民謡、長唄、端唄、三味線、津軽三味線などかなりハイレベルの音楽があった。
しかし、明治時代に日本に乗り込んできたピアノ、オルガン、ヴァイオリン、トランペットなどの楽器とバッハ、ベートーヴェン、ショパン、ヴェルディ、ワーグナー、シューベルトなどの高度な音楽と歌曲は完璧に日本人を打ちのめした。

ペリーの黒船はかえって日本人の闘争心を燃え上がらせ、武士、医者、学者、僧侶、公家、豪商・豪農などの危機意識を煽り俄然奮闘させる事となり、結果として日本国は西洋型近代国家となり国力が格段に高揚する事となった。

美術に関しては痛快だ。
ダ・ビンチ、ミケランジェロなどを輩出した西洋美術こそ世界一の芸術と呑気に日本にやって来たフランス、イギリス人たちを驚嘆させた。
尾形光琳、狩野一派、鈴木晴信、広重、歌麿などの日本画・浮世絵を見て、その精巧緻密華麗鮮やか且つ繊細独創的な美術・工芸にショックを受けた。
西洋とは全く次元が異なり且つハイレベルの美術が存在する、と。
会談で高級武士と面談する時そばに座するその武士の奥方などの女性の美しい着物を見て眼は開きっぱなしとなった。
京友禅、加賀友禅を身に付けた女性を見た時には華麗な絵画をまとっていると思ったことだろう。
日本女性は衣服でなく友禅という芸術品を着ている、と。

世界の地の果ての小さな島国にかくも高度な美術・工芸があるとは想像外だった。
さらに北斎を見て卒倒寸前となった。
絵心のある紅毛碧眼の人々は東洲斎写楽を見て唸ったはずだ。


しかし、音楽に関しては西洋人は日本の音楽を聞いても敗北感を味わう事はなかった。
むしろ、ショパン、ベートーヴェン、モーツァルトなどの小品曲を軽く演奏して聞かせるだけで優越感を得た。
それは同時に日本人が敗北感を味わう瞬間であった。

日本人には対抗意識、闘争心、向上心がある。
ペリー来航以降強大な西洋文明・文化・軍事力に対峙しても昏倒する事なく、かえって闘争心を燃やし彼の諸国を凌駕せんと奮闘邁進し、やがて追いつき追い越した。
日本民族の負けん気・対抗意識がいい方向に発揮された。

美術・工芸においては西洋と同等かそれ以上のレベルを持っていた。
文学においては上回るものを多く持っていた。
日本民族は文学・美術・工芸においてはさほど努力もしないのに独自で高度のレベルに達している。
高度な文化芸術民族である。
理由?
いくら考えても分からない。
文化美術に関しては先天的な資質が有るのだろう。


ただ音楽に関してのみどうも見ても後れをとった。
明治以降悪戦苦闘した。
文化美術面とは大きな違いだ。
滝廉太郎、山田耕作、中山晋平が登場し名曲を作った。
さらに、その他文部省に属し名前を出さないが多くの音楽家が唱歌を作った。

三浦環も登場した。藤原義江も欧州を巡り美声を発し好評を得た。
西洋オペラと日本歌謡・演芸とを和洋折衷した浅草オペラでは田谷力三が出てスターとなった。
多くの日本人はドイツ、フランスに渡りクラシック音楽の習得を試みた。
徐々に日本の音楽レベルは向上していった。

中国から漢字が入ればひらがなを発明し、西洋から馬車が入れば人力車を発明し、肉食の習慣が入れば、ステーキでなくすき焼きを食する。
欧米から電気機器が輸入されるとオーブンよりも先にたちまち電気炊飯器を発明する。

そういった改良型、和洋折衷型民族日本人は音楽の世界でも、和洋折衷の精神、和魂洋才の精神をいかんなく発揮した。

西洋人が持ち込んだヴァイオリンを使用し日本古来の歌曲、謡曲、民謡とミックスして歌謡曲を歌った。
流行歌の出現である。
当初は演歌などと称したようだがその後日本歌謡界に登場した演歌とは異なる。
街頭などで歌う人は演歌師と呼ばれたようだ。

流行歌、はやり歌も初期は小唄、端唄の影響が多い。
当初歌を上手に歌える人と言えば芸者さんぐらいしかいなかった。
当然そういった人が吹き込みをする事となり、曲調もそういった小唄、端唄風となる。
一方でクラシックを源流とする西洋型歌謡曲も出てきた。
それらはシューベルトなどの正統的クラシック歌曲と欧州ヒット・ソングのミックスと日本歌謡のミックスであった。
歌手の多くは音大出身のクラシック畑の人である。
大正、昭和初期のハイカラ流行歌・日本ポピュラー・ソングであった。
多くの人は唱歌、翻訳唱歌、流行歌を歌い、一部の人は西洋型流行歌に親しんだ。

一部の上流階級・富裕層の人々はわりと気軽にクラシック音楽を愛好した。
比較的金持ちの家庭に生まれた宮沢賢治がクラシックを愛好し蓄音機でクラシック音楽を愛聴した事はよく知られている。
農学校の教師時代の事である。
彼の作品にはクラシック音楽が少し登場する「セロ弾きのゴーシュ」がある。
夏目漱石の小説・坊ちゃんの中でも、松山で教師たちのクラシック音楽会のシーンが出てくる。
但し、夏目漱石の事であるからそのシーンは皮肉混じりに書いている。
富裕層においてクラシック音楽はだいたい定着した。

クラシック音楽は文部省が推進した事もあり徐々にレベルが上がっていった。
だが、一般大衆が好む流行歌・ポピュラー音楽はなかなかレベルが上がらなかった。
普通の大衆が聴く音楽は難解なクラシックでなく流行歌・ヒット・ソングである。

大正、昭和初期でもヒット・ソングはある。
殆どが唱歌風のメロディーを持つ健全なものである。
健全がいけないとは言わないが、日本流行歌ポピュラー音楽界は幅の狭い世界だった。

日本音楽界、特に流行歌界がゆっくりと進んでいるうちに、欧州、アメリカのポピュラー音楽界は格段の進歩を遂げた。
名曲を次々と作り上げて行った。
曲、歌だけでなく演奏スタイル、興業スタイル、ファンへの宣伝方法、大ヒット作戦、ポピュラー音楽世界の種々のスタイルなども進歩を遂げた。
特にアメリカである。

アメリカは20世紀になり機械・工業も産業・経済も驚異的に伸び巨大な経済大国となった。
その資金・経済力で大衆映画・音楽・娯楽の世界で世界をリードした。

アメリカでジャズが誕生した。

また日本は世界の音楽シーンから遅れをとる事となった。
いや、ジャズに関しては欧州も完全に遅れを取った。

20世紀に登場したジャズという高度な音楽がアメリカで独走態勢に入った。
高度な音楽といえばクラシック音楽であった。
クラシックに関しては欧州の独壇場であり、その他の国はすべて欧州の模倣であった。
その事は欧州だけでなく日本もアメリカも十分承知していた。
音楽がクラシックとポピュラーだけである限り、音楽世界において欧州は君臨し続けるはずであった。

だが、アメリカはジャズという高度な音楽を作り上げてしまった。
そして、その分野で独走態勢に入った。

日本はクラシック音楽で欧州に遅れを取り、さらにジャズという新規の音楽でアメリカにも遅れをとる事となった。

ジャズ? JAZZ?・・・・・、
ブルース?
ブルーノート??
アド・リブ?
スウィング?
モダン?

日本人はまた面食らった。


ジャズはいい。
モダン・ジャズもスウィング・ジャズもいい。
パウエル、コルトレーン、マイルス、ピーターソン、エヴァンス、ルイ・アームストロング、サラ・ヴォーン、エラ、クリス・コナー、ホリディー、グレン・ミラー・・・・、多くの巨人がいる。
日本にも鈴木、北村、世良、中村、前田・・・・といる。
ルイもヘレンもいい。マルもコナーも・・・・。
しかし、鈴木も泣かせるほどいい演奏だ。

無数の名曲がある。
すばらしいジャズ・メンばかりだ。すばらしい名曲ばかりだ。
真夜中に聞くジャズの名曲は心をうつ。
ジャージーな暗闇に吸い込まれていく。
ジャズの世界は深く、広大だ。
ジャズの名曲やアーティスト達に触れてみたい。


しかし、この銀座ぶらぶら歩きの頁でジャズを書いてしまうと、途方もない迷路に迷い込む。
第一銀座ぶらぶら歩きとジャズはさほど関係ない。
銀座の四丁目とその先の二つの老舗CDショップを見て音楽の事をいろいろ書いてしまった。
だが、ジャズまで行くと境界を超える。
銀座を飛び越してはるか彼方ニュー・オーリンズまで行ってしまいそうだ。

ジャズはいずれ何かの機会があれば書くとして、再び銀座ぶらぶら歩きに戻ろう。



銀座はほかの街とは違う。
豪華な街の外観だけでなく空気が違う。
商店でもレストランでも中に入ると、雰囲気が違う。
銀座はどの店に入っても一定のレベルを超えているから安心だ。
料理もそうだが、店員、係員の感じがいい。

これはたまに遭遇する事だが、東京23区内のほかの街の商店、レストラン・食堂などに行くと、店はきれいでいいのだが、出てきた店員・係員・店主などの応対がやや良くない、接客・対応が雑といった事が時々有りがっかりする場合がある。
また、やたらとおしゃべりをしているレストラン・食堂もある。
楽しく食事をしている時に、係員同士がすぐそばでおしゃべりをしていると食事の味が変化してくる。
楽しい時間が灰色になってくる。

だが、銀座ではそういった事はない。
ゼロとは言わないだろうが、お目にかかった事がない。
運がいいのかもしれない。

それと何か些細なトラブルがあった場合でも係員・責任者の対応が非常に真面目で丁寧だ。そういった点も感心する。
銀座の場合料金が手ごろなレストランに入っても、一定のレベルを超えた食事と良い応対の係員のもとで食事ができる。
やはり銀座はいい。

何故銀座のレストランや食堂、商店の接客・対応がいいのか分からない。
理由は分からないがいい事である。
とにかくリラックスして気持ちよく食事ができる。
良い気持ちで買い物ができる。

商店やレストラン、食堂にはそれぞれその店の方針がある。
料理の味以外の接客や対応はその店の方針により千差万別だ。
元気にやる店、非常に静かに対応する店、豪快にやる店、友だち感覚で馴れ馴れしくする店いろいろだ。

だが、とにかく客がいい気分で食事ができないといけない。
いくら陽気に元気にやっていても、それが元気を超えて荒っぽく雑になると客は困ってしまう。
リラックスしてやるのはいいが、係員がのびのびしすぎて、自由気ままに行動しおしゃべりをしてお客が困惑してはいけない。
初めての店でいきなり係員が10年来の友人のような話し方をするとびっくりする。
静かにするのはいい方法だが、あまりにもシーンとしていると、客は気分が沈んでしまう。
もちろん、店の接客方針はその店が決める事だ。
時おり、あるいはたった一度だけ利用する程度の客があれこれ言うのは失礼な事なのだろう。

銀座の店は丁寧で落ち着いていていい。
元気な店でも陽気で対応が暖かい。
クールで静かな店でもそっけなさを感じない。
店を出る時にはいつも満足して出て行くことができる。

いい街だ。
これからもいつもそういった銀座であって欲しい。




小さな子供を持つ家族が休日楽しく過ごそうとした場合、どこへ行くだろうか?
一番有名なコースはディズニー・ランドだ。
一日中夢の世界を過ごせる。子供も大人も。

だが、料金の問題がある。
行楽に行く日が毎日給料日とは限らない。
給料日前の日曜日に出かける羽目になることもある。
さあ、出かけようと思って玄関を出たら、その日は給料日前日だったという経験をお持ちの方は多いはずだ。
財布を見る。野口英世氏が3枚しかない。
二人の子供は楽しそうに親の両手を握っている。
今更、今日は家でテレビを見て過ごしましょう、などと言えない。

困った。
野口氏の隣にキャッシュ・カードが入っていた。
ほっとした。
しかし、次の瞬間思い出した。
先日買い物をして銀行残高は0となっていた。

一体どうすればいいのか?
「Oh、my God!」
と叫んで天を仰いでも神様はその程度では助けてくれない。
神様は困った時だけすがりつく人を嫌う。

砂漠でオアシスの場所を忘れた旅人の心境になった。

そういう時は、とにかく出かけるのです。
電車やメトロに乗りましょう。

「え、野口英世さん三人と一緒に行楽に出かけるなど、浮き袋で太平洋を渡るに等しい。」
と、驚く必要はありません。

電車、メトロに載って銀座を目指しましょう。
「いつ銀座にディズニー・ランドができた?」
出来るはずなどありません。
第一銀座にDランドができたとしても給料日前日には縁のない事です。

「では、どこへ??」
そんな不安そうな顔をしなくても大丈夫。
銀座に誘拐魔はいません。
銀座界隈では野口氏3枚で家族四人が過ごせる場所が有るのです。

銀座に着いた。
さあ、行きましょう!

おっとその前に、弁当を。
野口英世氏3枚、3000円で銀座に四人家族で行くわけですから、弁当が必要です。
出発前に冷蔵庫からすべてを出して、弁当を作ります。
最低限のりをまいたおにぎりが8個あれば十分でしょう。
玉子焼き、ウィンナーなど有ればなおさらです。
後は水筒です。

銀座に着いたらまっすぐ皇居に向かいます。
小学生の子供は高級ブランド・ショップが並ぶ銀座など興味を示しません。
銀座ブラなどはしないで、まっすぐ皇居です。

有楽町ガードをくぐり抜け日比谷濠に出ます。
そこから真っ直ぐ桜田門へ行きそこから皇居に入ってもいいですが、日比谷濠の角から右に折れ馬場先門から皇居二重橋を目指した方がいいでしょう。
いかにも丸の内・東京駅側から皇居を目指しているといった気分になります。

馬場先門から広い松林越しに遠く見る二重橋とその向こうのお城のような櫓は美しい景色です。
広い広い江戸城へ向かっている気分です。
馬場先門から、どうでしょう、二重橋まで500メートルほどあるでしょう。
ですからかなり歩きます。

ところで、細かい事を言って恐縮ですが、皇居のあの有名な橋を二重橋といつも簡単に記載していますが、皇居の二つ有る橋に向かって、手前が石橋、奥の橋が二重橋です。
意外ですが、地図や案内板にはそう記載しています。
私はずいぶん長い間手前の石橋が二重橋と思っていました。間違っていました。

橋が二つで二重だから、二つの橋を二重橋というわけではないようです。
また、眼鏡橋のように橋の下の丸い眼鏡の部分二つになっているから二重橋というわけではないようです。
普通みんな手前の橋を二重橋と呼んでいますから、それで良さそうですが、皇居の中の案内板などには、石橋と記載しています。
石橋と言うと何かイメージに合わないので、特に石橋と二重橋を厳密に分けて指さない限り、また、遠くから皇居と二つの橋を見る風景の場合には、このブログでは、石橋と二重橋の二つをまとめて二重橋と記載します。

二重橋とその向こうのお城のような白い櫓が絵葉書のように見える位置で、二重橋と櫓をじっくりと見ます。
二重橋を見る最高のポイントです。
本当に絵葉書のような美しさです。

カメラを持って来ていればここで記念写真です。
平凡ですが、やはり貴重な思い出となります。

皇居を紹介する雑誌・写真には必ず、この位置から撮った二重橋と白いお城のような櫓が写っています。
10年前、いや50年前からおなじみの景色です。
その位置から二重橋を見ると本当に雑誌などの写真とそっくり同じです。
不思議な気持ちになります。
昔の雑誌・写真集に写っている二重橋の写真と何も変わっていないのです。
30年前40年前と何ひとつ変わらない景色を目の前にして立っているのです。

立っている自分の後ろ側、つまり丸の内や日比谷、銀座の街並みは日々激しく姿を変えていき、歩く人々も数分後には全然違う人々が歩きます。ビルはどんどん高層ビルとなっていきます。
一ヶ月二ヶ月もすると、町の風景はがらりと変わります。
しかし、目の前の二重橋だけは20年30年立っても全然変わらないのです。
時が止まったように、そこに有り続けるのです。
そして、永遠に美しいのです。
おそらくあと100年後にその同じ場所に立って二重橋と櫓を見ても、何ひとつ変わっていないでしょう。
悠久の二重橋と皇居です。

そこから玉砂利道を進み二重橋のたもと、一番お城・櫓寄りの所に行き、二重橋をじっくりと見ます。
手前の石橋の向こうの端の門には儀丈兵のような姿の警官が立っています。
橋のこちら側からその儀丈兵・警官を見ますと、いつもきちんと不動の姿勢で立っていて、いかにも宮殿の衛兵といった様子でいい眺めです。

そこで心行くまで二重橋、お濠、お濠の向こうの皇居の木々、白い櫓などを見たら足が深く沈む玉砂利の道を引き返し、松林を過ぎて楠木正成公の銅像の有る広場に向かいます。


皇居二重橋には外人観光客が多い。
日本に来て外国にはない古き佳き日本を感じたいのか、あるいは、宿泊している国際ホテルの近くだからついでに寄るのか、あるいは日本に来て旅行会社のパック行楽ツァーの中に入っているから来たのか分からないが、皇居二重橋には連日外人観光客が来る。
外人観光客は誰もが二重橋を見て感心している。
「すばらしい!」といった表情をしながらカメラのシャッターを押す。

銀座や有楽町を歩いている時は特に観光地などといった気持ちになる事はない。
日常的な街だ。
しかし、皇居の二重橋前でたたずみ沢山の外人観光客や地方からの何組かの団体さん達などと一緒に皇居の深い緑を見ていると観光地にいるといった気分になる。
ちょっとした旅行気分になれる。
銀座やコンクリートの高層ビル群からほんの少ししか離れていないのに、観光地にいるといった安らいだ気持ちとなり開放感を味わう。
皇居二重橋前はいい所だ。

東京に来て銀座や丸の内を眺めた後に皇居二重橋に来たら、それまでの近代的な繁華街・ビル群とはぜんぜん違う自然に任せた皇居二重橋付近の緑が外人観光客の目には優しく、日本的美と感じるかもしれない。
外人向けの観光パンフレットには、おそらく、皇居は「パレス」、「エンペラー・パレス」などと記載しているだろう。
世界を旅している人々が、ローマやパリに有る歴史を感じさせる遺跡や1,2世紀前の有名な建築物を見てきた後に東京のビル群の中に突然現れる皇居を見たら、どう感じるだろうか?
王宮とか宮殿と感じるだろうか?
バッキンガム宮殿やベルサイユ宮殿と違い、王宮・宮殿・王城といった物々しさや威圧感を皇居から感じる事はできない。
しかし、明治以降天皇が、別の言い方をすれば日本国の王がずっと、現在も住んでいる場所だ。
実際、宮殿なのである。現在進行形で宮殿なのである。
また、江戸時代は幕府、つまり現在の首相官邸と同じ政府最高官庁だった。
同時に将軍という江戸時代の最高権力者が住んでいた。
そして、皇居二重橋あたりは江戸時代と基本的に変化していない。
橋が木造から石や鉄になっただけだ。付近の石垣やその周辺の草むら、木々は変わっていない。
だが、皇居を見ても江戸時代の政府官庁とか最高権力者の住居、明治以降には宮殿であるという威圧感は全然感じられない。
非常に静かである。
姫路城や各地のお城のように、すでに城主のいない半ば史跡か公園となったかのようである。
江戸城跡地といった感じがする。
しかし、二重橋前の濠に立ち向こうの石垣の森を見ると、そのすぐ向こうに宮殿が有る。
さらに奥に行くと御所、つまり現在の天皇の住まいがある。
皇居の中では多くの人が住んで生活をしている。
だが、非常に静かで人が生活をしているといった空気を感じられない。
橋と濠と石垣と森と草むらの史跡と言った方がいいほど静かだ。
そういった静かさを求めて皇居を訪れる人が多いのかもしれない。
あるいは、皇居に来て、こけおどしの人工的装飾を廃した手付かずの自然と緑を気に入るのかもしれない。


マラソンをしている外人も多い。
東京の中心部、高層ビル群の中に400年も昔の自然を残した皇居外苑を見てニューヨークのセントラル・パークを思い出したのか、セントラル・パークでマラソンをする感覚で皇居二重橋付近や皇居外苑をマラソンするのだろう。

マラソンする外人を見ると、付近のホテルの宿泊客と勝手に想像してしまうが、そうでなく永く日本に在住している外人かもしれない。
いずれにしてもマラソンしているのは殆ど外人だ。
日本人で二重橋前・皇居外苑をマラソンしている人はあまりいない。
日本人がマラソンするのは、皇居の外周だ。
皇居一周のマラソンは日本人が多い。もちろん外人も幾人かいる。
皆なかなか速い。
オリンピックでの優勝は無理でも各地の市民マラソン大会ぐらいなら確実に優勝できる速さだ。

緑深き皇居の森を見ながらマラソンする事はいい事だ。
走っている本人も景色が良くて楽しいだろうし、見ている方も感心できる。
皇居がただ美しいだけでなく、ただ公園のように憩いの場であるだけでなくスポーツ愛好家にも十分活用されている。
眺めて見てよし、散策してよし、休んでよし、スポーツをしてよし、だ。
幾通りにも活用されている。
太田道灌、徳川家康も本望だろう。

ところで、どういう訳か全員左回りに走っている。
右回りに走ると罰金といった法律はない。だが、全員左回りに走っている。
不思議だ。オリンピックや学校の競争でも野球でも左回りだ。
どうやら人類は左回りに走るのがごく自然のようだ。

皇居の外をマラソンするのだから、大学の陸上部の人たちかと思うとそうでもない。
40歳ほどの人もよく走っている。
すると付近の会社の人が昼休みなどで走っているのか?
まさか。昼休みには気軽にマラソンはできない。時間が足りない。
では、近隣に住んでいる人たちが皇居に来てマラソンをしている人たちだろう。
だが、不思議だ。
今まで一度も電車やメトロでジョギング姿、マラソン姿の人を見た事がない。
皇居で着替えるのか。どこで?皇居や桜田門の中の門の所などで着替えている人を見た事がない。
学生はよく桜田門の中の門のところでマラソンやジョギングの練習をしている。
だが、着替えている人は見かけない。
いったいどこから来ているのか?
皇居マラソンの謎だ。


外人観光客やマラソンする外人を眺めながら、楠木正成の銅像のある広場に着くと、ベンチが沢山ある。
松林の柵の中には芝生がある。芝生に座るといいのだが、もちろん禁止である。
広場の周りには観光バスが沢山止まっている。
見ていると次々と観光バスがやって来る。
東京の有名なバス会社だけでなく、地方の社名の観光バスが多い。
日本全国から東京ツァーに来ているバスだ。
地方からの東京ツァーに皇居は外せない観光ポイントだ。

バスから降りたたくさんの観光客は日本人、外人を問わずまず楠木正成像を見る。
殆どの人は楠木正成という人物を気にしない。
外人観光客はまず名前すらご存じない。
それでも、勇壮な正成像を見上げてカメラに撮ったり一緒に記念写真を撮っている。
バスが来ると下りて来る沢山の観光客で楠公像の所は賑わうので観光地のようなあわただしさとなる。

お昼時ならそこでベンチに座り弁当を食べるのがいい。
ベンチは数多く有るので、よほどの事がない限りベンチに座れないといった事はない。
春、初夏、秋ならいい日差しを受けて気持ちよく食事ができる。
周囲にはバスから降りた外人観光客や地方からきた観光客が沢山いる。
自分たちが座ったすぐ隣のベンチにも外人が沢山座る事もある。
そういった沢山の観光客の中で弁当を食べるのも賑やかでいいかもしれない。

勇壮な楠木正成像を見ながら食べてもいいし、遠くの松林や二重橋辺りの皇居の森を見ながら食べてもいいし、陽気に笑い楽しそうな外人観光客を眺めながら食べてもいい。
広々として松林の緑が美しく景色全体がすばらしいのでおにぎりが非常においしく感じられる。
おにぎりが自宅や近所の小さな公園で食べるより遥かにおいしく感じる。
食事は同じものでも、場所を変えて景色のいい名所、美しい所、華麗な室内で食べるとおいしく感じる。

すぐ横で外人観光客が座る場合がある。
そういった時はやや国際的な雰囲気となり、食事も楽しい。
金髪や青い眼、珍しい服装、楽しそうに笑うたくさんの外人観光客、英語や初めて聞く外国語を見たり聞きながら食事をするのも面白いものだ。
連れて行った子供が小学生1年ぐらいで日ごろ外人など見た事がなければ、子供にとっても面白く楽しい経験となる。

東京に住んでいる子供なら日ごろ駅や銀座、新宿、渋谷などでよく外人を見かける。
だが、そう言った所でも20人以上のまとまった団体の外人を見る事はなかなかない。
皇居二重橋の前だと団体の外人を常時見る事ができる。
しかも観光できているから楽しそうにニコニコしている人々だ。
皇居二重橋では地球上にはいろいろな種類の国の人々が沢山いるといった体験をさせる事ができる。
半日ほど子供と一緒に二重橋前にいればいい。
子供にとって、いや、大人にとってもちょっとしたカルチャー・ショックを味わえる。

陽気なアメリカ人の観光客だと小さな子供を見て平気で話しかけてくる。
子供たちが英語を話せなくても身振り手振りで外人観光客とコミュニケーションができたら、子供たちには面白い経験となる。
子供たちが中学一年生なら、英語で外人観光客と話しなさいとけしかけるのも面白い事だ。
だが、意外と話しかけない。
中学生にもなるとどういう訳か理由もなく恥ずかしがったり、変に格好付けたりして外人と話そうとはしない。
だが、英語の授業が好きで多少ものおじしない中学生の場合は、観光客に英語で挨拶をし、その後は身振り手振りを交えて会話をするかもしれない。

観光客が子供を連れていると会話のきっかけがいっそう楽になる。
外国を旅行中の子供は探検家のごとくいろいろな事に興味を示す。
日本人が気にもしない事や物を面白おかしく興味を持つ。
ちょっとした遊具のような物や道具などを持っていると青い眼で面白そうに見つめる。
きっかけが有れば「貸してください、」と言いたそうな事もある。
アメリカ人でもイギリス人、フランス人、ドイツ人、中国人でも同じだ。
愉快なひと時を過ごせるだろう。

東京で外人の団体を見る事ができるのは皇居二重橋ぐらいだ。
銀座でも外人観光客がよく散策しているが、せいぜい数人だ。
有名ホテルのロビーには当然外人の団体は多い。
だが、いったん外に出ると団体では行動しないようだ。
日本人と違いアメリカ人などはあまり団体で街を歩く事をしないようだ。
すると、「ダンタイ」という言葉ももしかしたら英語となっているかも知れない。
「スシ」「テンプラ」「ダンタイ」かな・・・?

アメリカ人は基本的に陽気で人なつっこい。よく笑う。
彼らは観光地ですぐその地の人々と友達になる。
また、逆に私たちもアメリカ人観光客とは容易に親しくなる事ができる。
アメリカ人に話しかけるとすぐ笑顔で返事をしてくれる。
下手な英語で話しかけたと言うのに、ニコニコとしている。
見知らぬ街で話しかけられるのが非常にうれしいようだ。

イギリス人は静かである。
アメリカ人のように陽気に笑うといった事はあまりない。
丁寧で静かである。
もちろん、ジョークを言うと笑う。いや、無理して笑ってくれる。親切だ。
また、こちらの英語が下手くそだと知ると、非常にゆっくりと話してくれる。
きめ細かいし、気配りがある。
イギリス人はやや日本人と性格が似ているのかも知れない。
同じ島国の国民同士だからか?
ただ時おり、発音などを注意してくれる。
有難いがおせっかいである。
イギリス人は日本人が米語発音で米語をしゃべるのが気に喰わないようだ。
また、ジャパニーズ・イングリッシュも許せないようだ。
英語は当然イギリスが本場:正統であり、米語など亜流といった気持ちを持っているのか?
子供が悪い遊びを覚えてはいけないように、日本人も悪い言葉を覚えてはいけないと親切心を抱いているのか?
また、学校で6年から10年も英語を学びながら、全然上達しない日本人を憐れんでいるのか?

本当に日本人は学校で何年も英語を習っている。
だが、全然話せない。
何故か?
永遠の謎だ。

もし、その謎が解決すれば日本人は銀座や皇居、あるいは駅や電車、商店、レストランなどで気軽に外人観光客などと楽しく会話ができる。
あるいは迷子になって途方にくれている外人に正しい方向を教える事ができる。

銀座ミキモトのすぐ近くで、ミキモトを探して当方にくれている外人が、通りかかった若者二人にミキモトへの道順を聞いた時に、「ミキモト、ミキモト、」と連発する外人の声が聞き取れずに、若者の一人がもう一人に「ミキって言っているよ。」「ミキって何?」「ミッキーマウスじゃないか?」「ディズニーランドへ行きたいんだよ。」「ゴー・ツー・ウラヤスでいいんじゃないの?」


明治元年以来日本は西洋文明を一気に導入した。
科学、工業、機械、学術、法律、政治システム、軍事技術、鉄道、社会制度、金融制度、産業システム、経済システム、芸術、西洋音楽、洋服、西洋生活スタイル、西洋食生活、洋食、西洋風俗・・・。
文明開化である。
その中には語学も有った。
英語、フランス語、ドイツ語だ。
だが、140年たってもこの有様だ。
英語を流暢に話す日本人は滅多にいず、フランス語、ドイツ語に至っては、「・・・・、」と目が点になりそうである。
日本人が知っているフランス語は「ボージョレ・ヌーボー」
もう少しある。「ブティック」「オムレツ」「クロワッサン」「オードブル」「ア・ラ・カルト」「ルージュ」「ブルジョワ」
日本人が知っているドイツ語は「ベンツ」
それと、「アイゼン」「ザイル」「ヒュッテ」「ゲレンデ」「レントゲン」「ガーゼ」「カルテ」「アルバイト」
嗚呼・・・、いや、Oh、my God!


アメリカ人やイギリス人以外の外人と話す時がある。
だいたい道案内やどこそこはどこか?といった会話だ。
英語を駆使して地球温暖化問題やヨーロッパの経済問題に関して高度な会話などはした事がない。
先方はできるだろうが、当方ができない。
困った事だ。
道に迷った外人が聞くのは銀座近くの有名ホテルの場所や有名ショップだ。
銀座の大通りに立っていて、この店はどこかと聞かれたら、少し先を指差して、「向こうです。」と日本語を言えば十分通用する。
それで多分大丈夫だ。
次の日のニュースを注意して見ても、銀座で行き倒れになった外人のニュースは流れない。
どうやら日本語の案内できちんと目的地に着いたようだ。
道案内の場合は、方向を指差すといったボディーランゲージという万国共通の会話方法が活用できる。
英語もフランス語もドイツ語も必要ない。

外人もいろいろだ。
陽気な人、静かな人。
親切に道案内をしようとすると、親切すぎるのか却って警戒する外人。
だが、ちゃんと目的地に着くと非常に喜ぶ。
誘拐犯でない事を理解してもらえた。

アクセントが強烈で、方言なのかまったく聞き取れない英語を話すアメリカ人もいる。
あるいはアメリカ人といってもその人のルーツがスペイン、ドイツ、イタリア、ポーランド、ロシア、アフリカといろいろで、そういったスペイン系英語、ドイツ系英語、アフリカ系英語などをしゃべるのでなんとも聞き取れない。
「聞き取れない、やっぱり駄目か、」英語力のなさを自覚する瞬間であるが、開き直る。
日本語を習って自信満々で来日した外人でも、日本に来ていきなり大阪弁や京都弁で話されたら、それこそチンプンカンプンだろう。
「おこしやす、」
「おおきに、」
「阪急べりまっち」(Thank you very much.の事らしい。)
「丸ビルへ行くんどすか?四角いビルやのに丸ビルとは、分かりまへん。」
「ほな、さいなら、」
いや、自信喪失で帰国するかもしれない。


銀座ですれ違う外人は丁寧だ。
品がある。いつも微笑んでいる。
当然の事だが先方は私と初めて遭遇する。
だが、初めてすれ違うというのに、エレベーターやドアなどですれ違うと、微笑んで通り過ぎる。
通路や階段、入り口などでぶつかりそうになった時やすれ違う時に微笑むという丁寧な習慣があるようだ。
非常にいい習慣だ。
ぜひ日本人も取り入れたい習慣だ。

外国かぶれは困るが、外国の、アメリカでもフランス、イタリア、ドイツでも、いい習慣はどんどん取り入れるべきでしょう。

以前、銀座のとある店に入ろうとしたら、ドアの向こうに外人の28歳ぐらいの女性が立っていた。
人が居るとは知らずドアを開けようとしたらその女性がすーっとドアを開けてくれた。
びっくりした。
思わずその女性の顔、目を見つめた。
向こうもこちらを見つめた。顔があった。
こちらは、「・・・・?」といった感じで目の前の人物の顔を失礼にも見つめたわけだが、先方の女性は、静かににこやかに非常に品良く微笑んでいた。
まるで、「ようこそ、いらっしゃい、」といったふうに微笑んでいた。
もちろん、その店のドア係ではない。
ごく普通の買い物客のようだった。
びっくりしていたせいか、生来の礼儀知らずの性格からか私はそのまま店に入った。
その女性は完全に私の為にドア・ガールをする羽目となった。
その時の私の頭の中には「レディー・ファースト」といった言葉はなかった。
私が店に入るとその女性はそのまま出て行った。微笑みを残して。
服装から見て観光客のようだった。
母国を遠く離れた街で見ず知らずの平凡な男の為にドア・ガールをして、上品に微笑みそのまま去って行った。
そういった丁寧な人は、いったいどこの国の人なのか聞いておきたかった。

それよりも、今思い出した。
私はその時「サンキュー、」の一言も言っていなかった。
きっとその女性は「銀座の男は礼儀知らずね。」と思った事だろう。


勿論、通路や階段、ドア、駅の改札などで私が日本人とぶつかりそうになったりすれ違う事は多い。
だが、そういった時に微笑む人は滅多にいない。
いる事はいるが、本当にまれだ。
まして、相手が20代の女性の場合、微笑むなどといった事など有り得ない。
下手すると、ぶつかりそうになったこちらを「失礼ね、」と言わんばかりに睨む。
時には叱られる。
通路や曲がり角、エレベーター、混雑する駅などでぶつかりそうになったりする事はお互い様だ。
だが、一方的にこちらが失礼者となってしまう。
だが、相手が外人の場合、男性でも女性でも、まず「Sorry、」と外人の方が先に声を出し、軽く微笑む。
叱られた事などない。
だから、通路などで人とぶつかったり、ぶつかりそうになった場合、相手が外人の場合は非常に安全なのである。

外人が相手にぶつかりそうになった時、狭い通路などで相手とすれ違う時、何故、にこやかに微笑むのか、丁寧であるのか、その理由は分からない。
外人が日本人よりあらゆる面で立派だと短絡的に賞賛するといった事はしないが、この点だけは非常に感心する。


以前、観光で日本に来ていた外人と長い時間話した。
英語が母国語でないヨーロッパ人だった。
面白かった。
どこが?
実は英語のレベルが非常に下手くそで、日本人並みというか私と同じで、ミスの仕方が日本人と同じだったからだ。
笑ってしまった。
日本人は英語が先天的に下手だと自虐的になる必要はない。

そのヨーロッパ人とあれこれ話していたら、
「I was go to New York ten years ago.」
と来た。
心の中で笑った。
分かる、分かる。
「10年前にニューヨークへ行った。」のだね。
動詞の過去形を全部be動詞でやってくれる。

「寿司を食べた。」なら、
「I was eat SUSHI .」と言ってくれる。
だから、日本人には非常に分かりやすい。

殆どの日本人が中学生の時に同じような言い方をしたはずだ。
am、wasで現在形・過去形を全部やってくれる。 
ニューヨークへ行く・です。 ・・・現在。
ニューヨークへ行く・でした。・・・過去。
だから、本当に分かりやすかった。
これなら動詞の過去形、過去完了など不要となる。
中学生が動詞の過去形と過去完了形を覚ええるために徹夜をする必要がなくなる。
英語がこういったふうなら日本人はもっと英語が得意になる。

地球は大きいようで狭い。
日本人と同じような英語のミスをする国が存在する。
うれしくなった。

そもそも英語の方がおかしいのだ。
日本語なら、です。でした・・・、
行く。行った。見る。見た・・・、
と現在形と過去形は似ている、変化が末尾だけだ。
だから、感覚で分かる。

だが、英語はくせものだ。
am  was  been
go  went  gone
see  saw  seen
などとなる。
その変化は日本人には分からない。
日本語なら、そうです。が、そうでした。となる。似ている。
すぐ分かる。
だが、英語は、am が was となる。
何故、am が wasとなるのか?
さらに、been となる。
????だ。
どうして、goが went となるのか?
goと went は、全然似ていないではないか。

日本語なら、行く、行った、だ。
そっくり賞とは言わないが、似ている。
だから、日本語は楽だ。

だが、英語は全く似ていない言葉を過去形などと称して持ってくる。
おまけに過去完了形などといったものまで作っている。余計だ。
いったい英語を作ったのは誰だと言いたくなる。

おまけに、the や a さらに、anといった冠詞と称するものが名詞の前につく。
これがまたまたくせものだ。
幼少以来、漢詩ならともかく冠詞などと言う余計なものに慣れていない日本人はここでも困惑する。

日本人がしゃべる時に、いちいち、ザやアをつけるだろうか?
つけない。
だが、英語人はわざわざ付ける。暇な人たちだ。

もし、日本語にアやザを付けたら日本人は大変な事となる。
りんごなら、ア りんごとなる。
何やら、蟻んこ、に似ている。
食べる気がしなくなる。
ザを付けると、ザ りんご となる。
ザリンゴだ。ざらざらして砂のりんごみたいだ。

その方法なら椅子の事を、ザ イス。と言う。
椅子は座椅子なのか、だから座るのか、と喜んでいてはいけない。
椅子なのか、座椅子なのか区別がつかなくなる。
第一、文法のうるさい人から、椅子は母音だから、ジ イス です。
などと薀蓄が入る。
そうか、分かった。では、ひとつの椅子の時は、アを使って、ア 椅子だな。
アイスか、冷たくて夏向きだなと思ったら、やはり母音だから、アン イスと注意される。
ややこしい。
やれやれ。

パンに、アンなどと冠詞をつけたらこんがらがる。
アンをつけたら、アンパンになる。紛らわしい。
あんこがはいっているのか入っていないのか区別がつかない。

寿司屋に行ったら大変だ。
「まぐろとイカとたまご下さい。とろも。お椀も。」が、
「アまぐろとアンイカとアたまご下さい。アトローモ。アンオワーンモ。」
となる。
注文できなくなる。

ひとつの名詞だけならいいが、文章となると大変だ。
「机の上の絵本を読んだ。そして、車で店にお菓子を買いに行った。」が、
「ザ机の上のアン絵本を読んだ。そして、ザ車でザ店にアンお菓子を買いに行った。」
となる。舌がつまずく。
疲れた・・・。
日本語に冠詞がなくて良かった。

英語が得意ですらすら話せる人には上記の過去形、過去完了、冠詞のぼやきは全く理解できないだろうが、殆どの日本人は上記の事で悩む。

日本人は英語と中国語で大変苦労する。
漢詩は書けず、冠詞は使いこなせない。


話がそれた。
いや脱線しすぎだ。
銀座ピクニックに戻ろう。

銀座を少しぶらぶらするだけでこれほど英語に関して恨みつらみを書くなど、きっと深層心理として英語コンプレックスが有るのだろう。


さて、楠木正成像の下で弁当を食べて一休みしたら、少し運動をした方がいい。
小学生の子供と一緒なら、じっとしていない。
皇居のベンチに座って遠く二重橋付近の緑を見て幸福感に浸ることができるのは、老人だけだ。
小学生はそんな事をしていたら退屈してしまう。
二度と一緒に銀座ピクニックに来てくれなくなる。

しかし、楠木像の付近には子供が満足する遊具など有るわけはない。
どうするか?
皇居サイクリングだ。
小学生に自転車を無料で貸してくれる。
その自転車で皇居をサイクリングできる。
毎週日曜日皇居に来た小学生の為に自転車を貸してくれる。
たしか、今でもやっているはずだ。
楠木像から100メートルほど北へ歩いた馬場先門の西寄り辺りで貸し出しをしている。
その自転車で内堀通りを走る事ができる。
小学生のための皇居サイクリング用の自転車なので、銀座へ行ってはいけない。
車が通行止めになった内堀通りを皇居の森を見ながら走る事ができる。
同伴の親も無料で借りる事ができるので、親子一緒に楽しめる。

日比谷公園や法務省・裁判所を背にして祝田橋に立ち、そこから坂下門、桔梗門、大手門を過ぎ平川門まで軽快に走る事ができる。
左に二重橋、皇居の森、江戸城の石垣、前方の外苑の松林、右に丸の内や大手町のビル群、東京駅、和田倉門のきれいな花の有る小さな公園、お濠などを見ながらのんびりとサイクリングを楽しめる。
皇居サイクリングは初夏の頃がいい。
皇居の森の緑がいっそう生き生きとして、吹く風もさわやかだ。
薫風を受け風を切り颯爽と走ると本当に気持ちがいい。

皇居サイクリングには沢山の子供が来ている。
銀座に子供など住んでいないから東京郊外の子供たちだ。
山手線周辺外の子供だけでなく、千葉、神奈川から来ている子供も多いだろう。
車を追い出した内堀通りを子供たちが占領して何十台もの自転車で我が物顔で走る。
壮観だ。気持ちがいい。
小学生なら非常に喜ぶ。
東京の小学生がこれほどの距離を自転車でノンストップで走り続ける事はない。
皇居サイクリングだと祝田橋から平川橋までおよそ2キロの距離を信号なしで走り続ける事ができる。
しかも普段は自動車専用の道路なので非常に広いからまた気持ちがいい。
景色も抜群にいい。
こういった場所は東京ではここしかないはずだ。
機会が有れば同級生など友だちと10人ぐらいで来て一緒に走ればなおさら楽しいだろう。
子供も楽しいが親も楽しい。
健康にもいい。
親も自転車でこれほど景色のいい道を信号なしで颯爽と走る事はなかなかない。
家族全員、親子、運動、健康、サイクリング、景色、名所、広大、近く、気軽、無料と三拍子も四拍子も揃っている。
皇居サイクリングは「無料で」親子で楽しめる絶好の場所だ。

通常小学生のいる家庭で親子が日曜日、無料で楽しもうと思ったら、近くの公園でボール遊びをしたりジョギングなどその程度しかない。
非常に平凡だ。近所の公園とは日常的だ。ありきたりだ。
住宅街を歩いて近くの公園に行ってもそれはいつもの景色。通学や買い物でいつも通っていて見慣れた景色。
いつもの生活の延長だ。新鮮味がない。

だが、ちょっと皇居まで来てサイクリングをすると、日ごろの景色とは違いすばらしい景色が待っている。
日本有数の観光名所だ。
周囲には外人など多くの観光客がいる。
カラフルな観光バスも10台以上止まっている。
にぎやかな観光地の雰囲気がある。それだけでもうきうきしてくる。
普段の日曜日の自宅の近所の街や通り、公園の散策などとは全然違う光景だ。
東京山手線の外の学校の小学三年生ほどだと学校も皇居に遠足など行かないから、子供にしても皇居は初めて見る光景だ。
子供にとって広大な皇居はちょっとした遠足気分となる。
銀座と言う街は、新宿、渋谷、池袋、上野などの町を知っている子供からすれば、それほど驚く事はない。
だが、皇居のような景色の場所は東京近郊の住宅街、新宿、渋谷、上野近辺でもない。
普段生活している住宅街、小学校の近く、渋谷などの商店街などでは味わえない景色だ。
子供にすればちょっとした旅行気分となる。
初めて皇居に遭遇する子供はとても感動する。

東京に住んでいる子供は有利だ。
もし、北海道や沖縄などの小学生がテレビや本で皇居や二重橋を見て、見に行きたいとなったら、親はわざわざ1泊2日の旅行として連れて行かなければいけない。
費用、服装、宿泊ホテル・旅館、切符の予約・手配、知らない東京の交通機関の調査、親の仕事や用事の中断などいろいろ大変だ。気軽には行けない。
だが、東京の子供は電車やメトロに乗って、おにぎりや弁当を持っていけばいい。普段着でいい。電車賃以外は金はかからない。気楽だ。
気に入れば翌週も来れる。土日連続で来れる。
友だち数人と一緒に来ることもできる。
皇居という日本有数の名所を持つ東京の子供たちは大変得である。
それは同時に子供を持つ親にとっても大変得な事である。

給料前に皇居サイクリングに行った場合は、その後すぐ帰宅する事となるが、給料日翌日に皇居サイクリングと皇居見物をした場合は、帰りはそのまま銀座に行き、家族連れで楽しく食事できる小さなしゃれたレストランや和食店でおいしい食事を楽しめばいい。
子供連れの家族で楽しめる気軽なレストラン、食堂はいくつか有る。
うまく見つける事ができなかったら、やはり、デパートの大食堂に飛び込めばいい。
ちゃんとお子様ランチを用意して待っていてくれている。

もちろん、マラソンが好きな方々はサイクリングコースや皇居一周コースを親子で走ればいい。
それもまた爽快だろう。
皇居の一周はいったいどれくらい有るだろうか?
六キロぐらいかな。もっと有るかもしれない。
かなり有る。
走って一周したことはないが、歩いてなら一度ある。
「皇居の一周は広い!」
と驚いた。
歩いても歩いても出発点の二重橋に着かなかった。
確か二時間ほどかかったと思う。
非常に疲れたけれど景色が良かったので楽しかった。

マラソンだと二十分ほどだろう。
もし、一周六キロなら、100メートル20秒・オリンピックの100メートル競走の半分の早さ・秒速5メートルの速さ・時速十八キロで、二十分ほどだろう。
なるほど、数字にしてみると皇居一周マラソンは、程好いマラソン・コースだ。
距離、時間、走る人の速さ、とバランスがいいマラソン・コースだ。

皇居一周、あるいは一部マラソンをしている人が多い。
それは上記のようにいろいろな点で非常にほどよいからだろう。
加えて景色がいい。
さらに走っている人の右側は車道で広く、左側は皇居の濠で、また広々としている。
左右とも走っているランナーに迫る圧迫感がない。
非常に広々した空間を走る事となる。
開放感満点のマラソンだ。
気持ちがいい。
そういった点もマラソン・ランナーの多い理由だろう。

それと皇居マラソンは方向音痴の人に有り難い。
常に左に皇居の濠と石垣、緑深い木々を見ているので、走っている途中に道に迷う心配が全くない。
つまり走っているうちに気がつくと隅田川や新橋に着いたといったような事がないのである。
その点も安心だ。








    ※※※この頁はここまです。
     この続きは、左の最新記事欄をクリックして
     「銀座ぶらぶら歩き・その5」をご覧ください。
     「銀座・・・・その4」と「銀座・・・その5」で
     一まとめとなっています。



                      つづく




            2006.12.10~07.4.1.

          ※銀座をぶらぶらしながら気ままに
            書いているエッセーです。
           2006年12月10日から書き始めています。
            現在進行形エッセーです。


          別頁の「銀座・・・その1,2,3」は別のエッセーです。   
          かなり以前に記載したものです。
          「銀座・・・その4,5」とは重複しません。
          左のカテゴリー欄から「エッセー、日記」をクリックして
          「銀座・・・その1,2,3」もご覧ください。



                       ナポレオン




    ※この少し下に荘村清志のライヴのエッセーなどと
      ロバート・ランブンの「夢画廊」が入っています。      
      ご覧ください。
                   


◆ヤフーで「竜馬」と検索しますと、150万中、8位から40位、あるいは70位の間でこのブログが出てきます。「竜馬」と打ち込むだけで素早くこのブログに来る事が出来ますから、再度ご来訪の時はご利用ください。
ブログのアドレスは、 http://blog.so-net.ne.jp/rekishi/ です。ブログ・タイトルは、「竜馬と小説と魔法の歴史年代暗記」です。アドレスとブログのタイトルを確認してお読み下さい。

      ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 ◆ 銀座ぶらぶら歩き     2006.2.3.

       ・・・ 銀座と有名人   荘村清志  ・・・


銀座を歩いていると時々有名人を見かける。
前から歩いて来る人がどこか見覚えがあると思っていると有名人だったという事が有る。あれっと思った時にはもうだいぶ後ろの方へ行ってしまい後姿しか見えなくなってしまっている。
名前を思い出した時にはもう人ごみの向こうに行ってしまい追いかけて話をしたり握手を求める事もできない。

この間の土曜日1月28日、銀座ヤマハの前を歩いていると店の人が数人チラシを配っていた。
何気なくもらったチラシを見て驚いた。
荘村清志だ。
そう、あの世界的なギタリストの荘村清志だ。
3時からヤマハの店内でミニ・コンサートとサイン会をするという。
信じられない。世界の巨匠が銀座ヤマハの店内の小さな舞台で無料ミニ・コンサートをするという。
荘村清志のコンサートを見ようとした場合、普通はかなり前から予約をしないといけない。
直前だとチケットは入らない。予約してチケットが入っても前の方の席はまず取れない。はるか後ろで見る羽目となる。料金も高額だ。
その巨匠のミニ・ライブをあとしばらくしたら見ることができる。しかも、目の前、まん前で見ることができる。
これは素晴らしいと大喜びでヤマハに入った。
当然のことながら中は超満員だ。後ろの方に立ち開演を待った。
時計を見ると2時半だ。
しかし、30分はすぐに過ぎた。
3時になった。長い髪を後ろに束ねて黒いシャツを着た荘村清志が現れた。
非常に盛大な拍手が起きた。
1曲目はボサノバ調の曲だ。その後3曲ほどラテン系の曲を演奏した。
最新アルバムからの選曲だ。
指が驚く速さでギターのネックの上を動く。
鮮やかな超絶テクニックだ。
世界の巨匠がほんの5メートルほど前に座って素晴らしいテクニックを披露している。
感激だ。
ミニ・コンサートの30分はあっという間に過ぎた。
しかし、拍手は鳴り止まない。
誰もが大きな拍手をしてアンコールを求めている。

荘村清志は世界的なギタリストだ。超大物だ。
こういった無料のイヴェントなどでアンコール演奏などする訳がない。そう思った。
しかし、盛大な拍手を受けて荘村清志は微笑んだ。
「では、定番のアルハンブラの思い出をやります。」と言ってトレモロを開始した。
滑らかに指が動く。
その動きはまるで魔法のようだ。
目の前にスペインの古い宮殿と庭園が浮かんで見えるようだ。
目を閉じると遠い世界に吸い込まれていく。銀座にいる事を忘れてしまいそうだ。
何度も何度もアルハンブラの主旋律が流れた。
やがてすばらしい演奏は終わった。
荘村清志はゆっくりと立ち上がり盛大な拍手に見送られながら舞台を去っていった。
ありがとう、素晴らしい演奏を。
イエペスのあと世界ナンバーワンとも言える巨匠の演奏を目の前で見ることが出来てその日は幸福な一日だった。

かなり前一度街で荘村清志を見かけたことがあった。
しゃれたレストランの前だった。顔は若々しかった。一言二言話したいと思い近づこうとしたら向こうへと歩いて行ってしまった。残念だった。
その頃も髪は長かったが後ろで束ねてはいなかった。フォーク系の歌手のように長い髪を5分に分けて伸ばしていた。
あれからかなりたって見た荘村清志はとても渋い演奏家となっていた。
しかし、巨匠といってもソファにどっかりと座り込んでいる引退同然の巨匠ではない。
顔は浅黒く精悍で目は温和だがぎらぎらしている。ギターの道をひたすら歩み続ける挑戦者の目だ。
これからもいい演奏をし続けて欲しい。


明日あさっては土日だ。
今週は大した出来事もなく月曜から金曜まで過ぎて行った。
今週の土日は予定がない。
何をするか悩んでしまう。
近所の公園を散歩するか、スポーツをするか。
財布の許可が下りたら箱根か草津、鬼怒川などへ行きたい。
ホテルでも旅館でもいいからいい温泉につかりおいしい食事をしてのんびりすごしたい。
土日を快適に過ごすと月曜から金曜までの地獄の日々をどうにか過ごす事が出来る。
しかし、財布から許可が下りることは有り得ない。
けちんぼの財布に文句を言いたいが、財布の方も口答えをするだろう。
「私の持ち主がいけないのだ」と。
結局明日も銀座を一日中ぶらぶらする羽目となりそうだ。
土日の歩行者天国をぶらぶらするのも悪くない。
銀座の歩行者天国はあまり大道芸人がいない。
広い銀座通りにベンチとパラソルがところどころに有るだけだ。
あれだけの広さだ。もっと大道芸人や手品師、音楽師がでてヴァイオリンや民俗音楽を奏でてもいいと思うのだが。
時々外人が演奏をしている時がある。
そういうふうにもっと音楽などをやればいいと思う。
腕に自慢のある手品師は、通りの真ん中で空から美しい花を次から次へと出して道行く人々にどんどん配ればいい。みんな喜ぶだろう。
先週の土曜日は5メートル先で荘村清志の演奏を見ることができた。
そういった奇跡のような事が起こるだろうか?


銀座はいい街だ。
洗練されている。
昼も夜も両方ともいい街だ。
青山も六本木もいい街だ。だが、銀座は格別だ。
歩いている人たちがしゃれている。
銀座の素晴らしさは建物やネオンの美しさだけではない。
素敵な服を着て歩いている人たちも銀座という街を作っている。

昼間の銀座は老人がわりと多く歩いている。
老人と言ってもよぼよぼの年寄りを想像してもらっては困る。
銀座の老人は男性も女性も非常に上品でしゃれている。
かってのモボとモガだ。
男性は白のスーツをうまく着こなしてそのスーツに合わせたいい靴を履いている。
背筋はぴんと伸び軽やかに歩いている。
女性もセンスがいい。
女性は洋装だったり和服だったりするがどちらも品がある。
紳士淑女だ。
銀座はダンディーな老人が品のいいファッションで歩ける街だ。
老人になるという事は気が重たいが、銀座の老人たちを見ていると老人になって銀座を格好よく歩くのもいいものだと思えてくる。




               ・・・・・つづく



           エッセーです。
           銀座のあれこれです。
          

           2006.2.3. ナポレオン


※そのほかの「銀座ぶらぶら歩き」は、左のカテゴリー欄から、
 「エッセー・日記」をクリックしてお読み下さい。
 「銀座ぶらぶら歩き」は、その「エッセー・日記」のカテゴリーに
入っています。

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

※続いてロバート・ランブンの短編物語を掲載します。
 「銀座ぶらぶら歩き」とモンパルナス、絵の物語が
  どういった関係が有るのかと首を傾げるでしょうが、
  どうぞ、お読み下さい。



  ■ 夢画廊   
  


                 ロバート・ランブン



その画廊はモンパルナスに有った。
ラ・ロトンドの前の通りを渡り、ル・ドームを過ぎてモンパルナス劇場の方へ少し歩いて行った所に有る。
賑やかな通りから横丁に入った所に有る。
19世紀の終わり頃から営業している。建物は小さいけれどエコール・ド・パリの面影を残している。いい画廊だ。
70才を過ぎている主人の顔はシャイム・スーティンに少し似ている。

一月のある寒い日その画廊に一人の少女が訪れた。
マリー・ローランサンの絵に出てくるようなほっそりとした可憐な少女だった。
少女は小さな声で画廊の主人に言った。
「個展を開きたいのです。」
「個展? 誰が?」
「私です。」 少女は答えた。
主人は驚いた顔をしたが、少女が作品を見せると感心した。
「よろしい。」 主人は快諾してくれた。
数日先に空いている日が有ったのでその日でどうかと主人は少女に聞いた。
運がいいというか、土曜日だった。
高校生の少女にとっては願ってもいない日だった。
費用も予算以内の金額だった。ほっとした。
「お願い致します。」少女は微笑んだ。

土曜日となった。少女にとって初めての個展だ。
画廊には少女の友達やクラスメート、ポスターを見て興味を持った人達が訪れた。
通りがかりの人も何人か入って来た。
観光でパリに来ている異国の人も何人か訪れた。
いろいろな絵が有った。
南フランスの田舎の風景。美しい南太平洋の小さな島。バラやひまわりの絵。友人をモデルにした絵。曇りの日の寂しそうな街角の絵・・・・・。
どの絵もすばらしい。

人々は絵の前に立ち真剣に鑑賞した。
しかし、よく見るとやはり少女の絵である。
離れた所から見るとなかなかいい。だが、近づいてみると少し、弱い。
構図や色使い、筆やナイフの技巧がはっきりいって未熟だ。
細かい点を良く見ると荒いというよりも、腕が及ばない。
ある絵ではモンマルトルの古い家をいいタッチで描いているのに壁の色があまりにもきれい過ぎる。白すぎる。漆喰の質感を出せていない。
時々首を傾げる人がいる。仕方がない。
そういった人を見ても少女は格別恥ずかしそうにしたり口惜しそうな表情をする事もない。
自分のレベルと批評家の厳しい目を素直に受け止めている。
もちろん、画廊に入って来て首を傾げるような人は、絵を描いた人が十代でおそらく画廊の中央に立っている少女がそうだろうとすぐに気づいた。
首を傾げたあと、少女に微笑みながら 「なかなかいい。絵に愛情がある。」と褒めてくれた。
「絵を見ているととても気が落ち着いてくる。」
そう褒めてくれる人もいる。
「そうだ。この絵を見ていると風景に誘われていくようだ。」
決して高水準の絵とはいえない少女の絵を見て感じたまま優しく褒めてくれた。
みんな少女の描いた絵を真剣に見てくれた。

壁のはずれの方に一枚の風景画が有った。
南フランスの館と美しい庭の絵だ。
タイトルは 「夢」 と有った。
すぐ下に 「この絵を見ている時は決して目を閉じないで下さい。」と注意書きが有った。
一人の紳士が絵の前に来た。
「この絵はよろしい。南仏の陽光が庭に降りそそいでいる。光が上手く描かれている。庭のひまわりの強烈な黄色には少し困るが、絵全体が明るくてすばらしい。」
少女の方を見て褒めてくれた。
少女は有難うございますと言ってうれしそうに微笑んだ。
紳士はその絵が気に入ったみたいだ。じっと見ている。
技巧的には問題があるが丁寧に描いている。まるで自分の家の庭で半年ほどじっくりと描き続けたような感じの絵である。
館といってもこじんまりした屋敷だ。庭も大きな庭ではない。庭にはテーブルが二つある。コーヒー・カップが二、三個置いたままだ。
庭の隅の方の木には、ブランコが有る。ブランコが有るといっても、大きめの板をロープで縛り木の枝に結んだ手作りのブランコだ。
素朴で楽しそうなブランコだ。小さな子供が乗って遊んでいる。子供の横には老人が立っている。
その部分の絵がとてもいい。
小さな子供の乗ったブランコが本当に動いているような感じだ。
「ここはよく描けている。」
紳士はつぶやいた。
「ルノワールのブランコの絵よりもいい。」
と言いかけてやめた。褒めすぎになる。
こういった光が降りそそぐ庭のテーブルに座って、綺麗なひまわりに囲まれてコーヒーでも飲んでいるといい気持だろう。紳士はそう思った。
紳士は少し目を閉じた。
目をしばらく閉じているととてもリラックスした気持ちになった。
決して上手いとはいえない絵だが、懐かしいというか心がやすらぐ絵だ。

しばらく見ていると、誰かが紳士の肩を叩いた。
紳士が振り返ると老人だった。
老人は紳士と話をしたいと言った。
老人は画廊の外へ出た。紳士はついて行った。
紳士はその老人を思い出せない。
「さて、どこかのクラブの人だったかな?」 紳士には絵の仲間が多い。
いろいろな絵のクラブで多くの老人と懇意になっている。
だが、その老人の名前が浮かんでこない。
顔は知っている。
だが、どこで会ったか思い出せない。




            つづく


       ※著作権者から掲載の許可を得ています。
         無断転載複写配布掲載禁止です。
    
            2005.9.11.    ナポレオン





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■数学 ランブンの定理 その2      12.9. 2007. [・・・・数学・学問・芸術]

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         2007.12.9. 一部更新しました。

       ランブンの定理 その2 です。

ここでは、「ランブン素数定理」と「学問」「芸術 美術」に関して記載しています。
「ランブンの定理」に関しては、その1の頁に記載しています。

     先に「ランブンの定理 その1」の頁をお読み下さい。

  ■■■   数学・算数・学問     芸術   ■■■

         ★ランブンの定理

   この頁では、下記の項目が有ります。

  1.ランブンの定理。
    ランブン数列
    ランブンの定理その2、その3
    ガウスがランブン数列に気づいていたら・・・、
     ・・・・その1の頁をお読み下さい。

  2.素数を簡単にいくらでも作る方法。
    巨大数字が素数かどうかを判別する方法。
    ランブンの定理その5
    未完成素数定理
    ランブンの定理を活用するといろいろな事ができる。
    ロバート・ランブンに関しての説明。
     ・・・・この頁で記載しています。
        
  3.ランブンのいろいろな数列
    面白い表現をする数列
    10段セットの数列   
    2段、3段、4段、5段セットの数列
     ・・・・その1の頁をご覧下さい。

  4.学問    円周率暗記に関して
     ・・・・この頁で記載しています。
       
  5.芸術    美術
    日本美術   天才北斎と印象派芸術
    松方コレクションと国立西洋美術館とロダン、モネ、ルノワール
    日本芸術と世界   江戸時代の日本の高い学問レベル
    文明開化と日本芸術
    ※ロバート・ランブン「夢画廊」
     ・・・・この頁で記載しています。

※※※この頁でも「ランブンの定理」に関して少し要点のみ記載します。

 1. ランブンの定理  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

   ◇ 「ランブンの定理」

 「1+2+3+4+5+6+・・・・+n+・・・・+6+5+4+3+2+1
   の合計は、nの2乗である。」

               公開日   2006年12月末日

 つまり、

 1+2+1
   の合計は、2の二乗の4である。
 1+2+3+4+5+4+3+2+1
   の合計は、5の二乗の25である。
 1+2+3+4+5+6+7+6+5+4+3+2+1
   の合計は、7の二乗の49である。
 0+1+0 
   の合計は、1の二乗の1である。

 1+2+3+4+5+6+7+8+9+10+9+8+7+6+5+4+3+2+1
   の合計は、10の二乗の100である。

 1+2+3+4+5+6+・・・+30+・・・・+6+5+4+3+2+1
   の合計は、30の二乗の900である。

 1+2+3+4+5+6+・・・+77+・・・・+6+5+4+3+2+1
   の合計は、77の二乗の5929である。

1+2+3+4+5+6+・・・+5397+・・・・+6+5+4+3+2+1
   の合計は、5397の二乗の29127609である。

 1+2+3+4+5+6+・・・+1000+・・・・・+6+5+4+3+2+1
   の合計は、1000の二乗の100万である。

   と、いう事です。
      「ランブンの定理」です。
       あるいは、「ロバート・ランブンの定理」です。

   ★「ランブンの定理」、「ロバート・ランブンの定理」はこのブログで物語を
    たくさん掲載しているロバート・ランブンの考案・発見です。
     考案の時期は、1980年から1983年です。
   ★この定理が過去古代ギリシャ、近代数学などにおいて考案されていな
    ければ、数学史上ロバート・ランブンの初考案となります。
   ★2006年12月にこのブログのこの頁にてランブンの定理を50頁ほど
    の頁数で詳しく掲載しました。その後1年間掲載しました。
    非常に多くの人がこのランブンの定理を見ました。
    以前から本やネットでランブンの定理と同じ定理、公式、計算方法などが
    有るかと調査してきました。特にランブンの定理をこのブログに掲載して
    からはいっそう本やネットで時間をかけて調査しました。
    古代のギリシャ、エジプトなどのピタゴラスやユークリッドなどの数学者の
    業績・記録も調査しました。
    しかし、ランブンの定理と同じ定理、公式、計算方法は有りませんでした。
    つまり、ランブンの定理は数学史上初登場です。
    ランブン2段数列も初登場です。
                          2007.12.9.
   ★この「ランブンの定理」の公開は、
    このブログ「竜馬と小説と歴史年代暗記」の中の
    数学少年タレスの物語の中で、「2006.10.19.」に公開されました。
   ★ その後、この頁にて2006年12月末に上記及び下記の記載方法で
     ランブンの定理の存在と計算方法の紹介がされました。

◆ランブンの定理は非常に便利な計算方法です。
これで1からnまでを足して、さらに1まで全部足していく作業をしなくてすみます。
nの場所の数字を二乗すれば合計が出るのですから、
どういった式でも答えは電卓なら2秒で出ます。

もし、このランブンの定理を知らなければ、
1+2+3+4+5+6+・・・+9738+・・・・・+6+5+4+3+2+1
と言った計算をする時に10時間ほどかかります。
2時間ではないか?と疑問の声が出ますが、計算のうまくて確実な人なら2時間でできますが、あまり電卓やそろばんが得意でない人は必ず途中でミスをしますから2時間で終わらず10時間は必要です。
それがたったの2秒で、94828644と計算できるのです。
非常に便利な計算方法・定理です。
革命的な計算方法です。

ランブンの定理により、世界中の数学者、算数・数学を行なう学生、また、会社で数字や計算を担当している部署のサラリーマン、OLなどの事務職の人々、あるいは計算の非常に不得意な人々はこういった計算で大変時間を節約できます。
世界中の数学、計算、数字を扱う人々に朗報です。

◆◆◆ランブンの定理のその他の記述に関して詳しくは、「ランブンの定理 その1」の頁をご覧下さい。
30頁ほどで詳しく記載しています。
数学物語「数学少年タレス」なども記載しています。

◆◆◆この頁での記載は下記の項目、文章です。

          ■■■■■■■■■

 2. 素数を作る方法   
    強大な素数を作る方法
    巨大数字が素数かどうかを判別する方法
    ランブンの定理その5

■■■ 素数の作り方。
そして、巨大な数字が素数かどうかの判断。
            
                     2007.1.21.掲載。
             
皆様は、素数を簡単に作る事ができますか。
33007758793458232といった巨大な数字に一番近い素数を作る事ができますか?
また、77998866439988776543といった巨大な数字が素数かどうかを判別できますか?

10+9+8+7+6+5+4+3+2+1+2+3+4+5+6+7+8+9+10
この数字をご覧ください。
勿論並べたのはロバート・ランブンです。
通常数字は、1+2+3+4+5+6+7・・・・と並びます。
ランブンの定理では、
1+2+3+4+5+6+7+8+9+10+9+8+7+6+5+4+3+2+1と並びます。
上記の、10+9+8+7+6+5+4+3+2+1+2+3+4+5+6+7+8+9+10の並び方、つまり、
n+・・・・+7+6+5+4+3+2+1+2+3+4+5+6+7+・・・・+n
の並びは「ランブンの定理」に出てくる仮称「ランブンの数列」に似ています。
よく見ると、ランブンの定理の数列では、
1+2+3+4+5+・・・・+n+・・・+5+4+3+2+1と1からスタートして最大の数字に来ると再度1に向かっていきます。
ところが、この数字の並びは、
n+・・・・+5+4+3+2+1+2+3+4+5+・・・・+n と、
最大の数字から始まり、1に来ると、再度nに向かって大きくなっていきます。

こういった数字を記載しますと、
「また、ランブンの定理だな。合計はいくつだ?」と思うでしょう。
確かに、この数字列の合計を簡単に出す計算方法が有ります。
ランブンの定理を熟知した人なら、

nの2乗+n-1 

あるいは、(n+1)の2乗-(n+2)
とすぐ計算式を作るでしょう。
6+5+4+3+2+1+2+3+4+5+6なら、
6の2乗+5で、41ですね。
あるいは、7の2乗-8で、41ですね。
あるいは、7かける6-1で、41ですね。
それも、「ランブンの定理その5、あるいは、その6」となるでしょう。
新しいランブンの定理:ランブンの定理その5、その6、その7の完成となるでしょう。

さて、この項目では、上記の「新しいランブンの定理」だけでなく、
別の計算方法の記述をします。

それは、素数の作り方です。
新しいランブンの数列の和:合計を出す事が目的でなく、
素数をどんどんたくさん作る事が目的なのです。

つまり、
1,2,3、5、7、11、13、17・・・・という素数です。
数字が小さい時は素数は、1,2,3、5、7、・・・・と簡単に分かります。
しかし、
数字が79457337と大きくなると、それが素数かどうかなかなか確認できません。
さらに、もっと大きくなり、7777739599999332484777となると、一体どうして、その数字が素数かどうかを確認する事が大変となります。
そういった素数に関して述べます。

まず、素数の作り方です。
上記のランブンが記載した数字の列です。
n+・・・・+10+9+8+7+6+5+4+3+2+1+2+3+4+5+6+7+8+9+10+・・・・+n
この合計を足してください。
たとえば、
3+2+1+2+3
公式は、上記のように、 
nの2乗+n-1 です。
すると、
3+2+1+2+3 は、11となります。
素数です。
4+3+2+1+2+3+4
では、19となり、素数です。

次に、
10+9+8+7+6+5+4+3+2+1+2+3+4+5+6+7+8+9+10
を計算してください。
公式では、10の2乗+10-1となります。
すると、109です。素数です。
では、13から1まで行き、13に戻る数字列では、
13の2乗+13-1となります。
181です。素数です。
では、20から1まで行き、20に戻る数字列です。
20の2乗+20-1となります。 419です。
こうして素数を作ります。
この数列で、nが19なら、数列の数の合計は379。

こうして簡単に素数を作る事ができます。

つまり、
n+・・・・+7+6+5+4+3+2+1+2+3+4+5+6+7+・・・・+n

この数列の合計は素数なのです。
nが2でも、3でも素数となります。
nは無限です。
100、1000、1億、100億とどんどんいくらでも大きくできます。

nがいくつの時でも、この数列:仮称「ランブンの素数数列」は、その合計を素数にします。
この数列を活用すれば素数を、非常に簡単に、無限に、いくらでも作る事ができます。
大変便利な定理です。

この数列は素数を作る数列です。

大発見だ。と思うでしょう。
「ランブンの素数の定理」です。しかし・・・・、

しかし、実はこの定理は、素数の作り方は欠陥があるのです。
nが7、12、など一部の数字の時には、成り立たないのです。
殆どの数字の時には、成り立ちます。
99%は上記の公式で成り立ちます。

しかし、一部の数字の時には成り立ちません。
素数とならないのです。
その原因・理由は現在調査中です。
調査が終われば完成した定理として、発表できます。
ですから、
現在では、未完成の定理です。
殆どの場合、99%は、
 nの2乗+n-1 で、素数はできます。

ですから、この公式を活用すれば、たまに素数でない数字ができますが、殆どは素数となります。
それを考慮しながら、素数をどんどん作ってください。
簡単に素数を、100、200、1000、1万、100万・・・・・と作る事ができます。

※なお、作った数字が素数とならない場合でも、その数字の一つか二つ隣の数字が素数となります。

◇さて、素数かどうかの判別です。

巨大な数字が素数かどうかの判別は大変です。
3,5、7、19といった数字なら素数かどうかの判別は楽です。
しかし、
181   209  271  2449 などは、
判別が大変です。
なかなかできません。

181が、13・・・・1・・・・13の数字列の合計。
209が、14・・・・1・・・・14の数字列の合計。
271が、16・・・・1・・・・16の数字列の合計。
2449が、49・・・1・・・・49の数字列の合計。
181   209   271  といった数字が、
nの2乗+n-1 の公式で作られているかどうかを確認すればいいのです。
この公式でできている数字なら、素数です。
ただし、一部上の方に記述したように、一部例外があります。
が、やはり、99%は使用できる公式です。

では、
巨大な数字が素数かどうかの判別です。

上記の、79457337という巨大な数字が素数かどうか調べるには、

  nの2乗+n-1=79457337

となるかどうか、計算すればいいのです。

この式で、nが整数として存在するかどうか見ればいいのです。
n+・・・・+10+9+8+7+6+5+4+3+2+1+2+3+4+5+6+7+8+9+10+・・・・+n
の、合計が79457337となり、しかも、nが1から連続する整数となればいいのです。
こうして素数かどうかを判断します。

この
「素数を作るランブンの方法」
「巨大な数字が素数かどうかを見分けるランブンの方法」
は、殆どの場合有効です。
しかし、上の方で指摘したように、一部例外が有ります。
原因・理由不明です。(理由は調査中です。)

しかし、
素数で巨大な数字を作りたい時、
巨大な数字が素数かどうかを判別したい時、
には、非常に簡単で有効な方法です。

たとえば、
nを1305とした時、
1704329とすぐ、数字ができます。
おそらく素数でしょう。
nを777788889999とした時、
nの2乗+n-1 で答えがでます。
その数字は99%素数のはずです。
nが1億の時、その数列の合計は素数かどうか?
99%素数のはずです。
こうして、
nが10億でも、100億4300万7893 でもその数列は99%素数となります。
強大な素数を簡単に作る事ができます。

また、
77559988330076543といった数字が素数かどうかを判別する時は、
nの2乗+n-1 の公式を使います。
それで、nが整数となれば、77559988330076543は素数です。

こうして、
巨大な数字が素数かどうかを簡単に判別できます。

一部欠陥が有り、未完成の方法、未完成定理です。
その欠陥部分、未完成部分を知り、その部分を修正しながら、活用すれば、
非常に簡単に巨大な数字の素数を作る事ができ、
また、どのような巨大な数字でも素数かどうかの判別が簡単にできます。

簡易素数製作方法、簡易素数判別方法として役に立ちます。

現在の欠陥部分、未完成部分が完成されれば、
新規の定理、
新規の計算方法、となります。

欠陥部分の原因が分かり、修正された新規の定理が完成したら、このブログで発表します。

※ですから、時々、この「数学 ランブンの定理」の頁をご覧下さい。

★というわけで、現在は、

「未完成ランブン素数定理」です。

未完成ランブン素数定理として利用して下さい。

◆なお、当然の事ですが、この素数を作る方法、巨大数字が素数かどうかを簡単に判別する方法、数列の合計が必ず素数となる数列、つまり、「ランブンの未完成素数定理」「未完成ランブン素数定理」「ランブン素数数列」も、過去に考案・発見されているかどうかを調査中です。

過去に既に有れば、やはりランブンは「電話を二番目に発明した人」となります。
過去にこの未完成ランブン素数定理が存在していなければ、新規の定理となります。

   「ランブン素数定理」
   「ランブン巨大数字素数判別の定理」
   「ランブン素数数列」
      と、名称がつきます。

※当然、考案・発見はロバート・ランブンです。

※勿論、上記に記載したように一部の欠陥を修正して完璧な定理としなければいけないのは当然です。
 それまでは、「未完成ランブン素数定理」です。

※「未完成定理」などおかしいと批判が出そうです。
しかし、シューベルトは第九交響曲を未完成のままとしています。
夏目漱石も未完成の作品を残しています。
未完成の作品は学術・芸術史上それほど珍しくはありません。
そして、それらの未完成交響曲など未完成の作品はそれなりに人々に愛好されています。

そういった訳で「未完成ランブンの素数定理」をご容赦ください。
上記にあるように、「未完成ランブンの素数定理」は、一部例外、一部欠陥が有りますが、99%は有効に利用できる定理です。
シューベルトの未完成交響曲を楽しむように、ロバート・ランブンの「ランブン未完成素数定理」を未完成のまま、承知の上お楽しみ下さい。
一部の数字の時の例外を除いて、99%の領域では正確に有効に活用頂けます。

シューベルト、夏目漱石は最後の作品を未完成のままとしましたが、ロバート・ランブンは「未完成素数の定理」をそのままにする事はありません。
しばらくしたら、完成した完璧な「ランブン素数定理」と致します。
その時は、安心して信頼してご利用ください。

◆なお、素数の作り方に関してランブン素数定理によるランブン方式を読まれた方々は、ここで気がつくでしょう。
つまり、ガウス方式では、決して素数の作り方や素数かどうかの判断はできないといったことです。
ガウス方式は、
1+2+3+4+5+6+・・・・+nといった数列の合計の計算に有効です。
しかし、ガウス方式では素数の作成はできません。
ランブン定理は、
1+2+3+4+5+6+・・・・+n+・・・・+6+5+4+3+2+1
の、数列の合計を簡単に出すとともに、この定理を一歩進めると、アレンジすると、たちまち素数作成の定理:素数判別の定理となります。
ガウス方式を一歩進めても、アレンジしても素数作成の定理とはなりません。
第一、今までの数学史上において、ガウス方式をアレンジして、一歩進めて、ガウス方式から素数作成の方法や定理を作り出した人はいないでしょう。
今後も出ないでしょう。

ところが、ロバート・ランブンは彼自身のランブンの定理から、彼自身がアレンジして、一歩進めて、ランブン素数定理を考案しています。
ランブンの定理とガウス方式との大きな違いはここでも見る事ができます。
何故でしょうか?
ランブンの定理と、ガウス方式とが根本的に違うからです。
いかがですか?
ランブンの定理とガウス方式が根本的に違う事が理解されたでしょう。



◆◆◆ ランブンの定理の著作権に関して。

上記、あるいは、このブログの中のランブンの定理、ロバート・ランブン公式、ロバート・ランブン計算方法、ランブン2段数列、ランブンの素数定理などの考案、説明、証明が数学史上初の場合、つまり、ロバート・ランブンのオリジナル考案の場合、それらの著作権は当然ロバート・ランブンに有ります。
それらの使用はロバート・ランブン、あるいは、このブログの編集者・ナポレオンに問い合わせてください。
ロバート・ランブンに著作権が存在する場合、ロバート・ランブンに無断での使用はご遠慮ください。
なお、考案の時期は1983年頃のはずです。
もちろん、ランブンの定理・ロバート・ランブン公式・計算方法、ランブン2段数列とまったく同一の公式、計算方法、計算の構築方法が既に存在していれば、ロバート・ランブンは著作権に関して何も言及しません。

なお、ランブンの定理はロバート・ランブンの考案・新発見ですが、これは、実を言いますと、著作権と言うよりも、学術・学問の考案、独創です。
ですから、「計算方法としてのランブンの定理」に関しての扱いは、学術・学問の扱いとなります。
小説、音楽などといった著作権の扱いとはなりません。
ですから、皆様はランブンの定理を日常計算に使用しても結構です。
日々、ランブン数列を見た時、あるいは、学校のテストや入試で問題が出た時は、ランブンの定理を駆使して解答を出して下さい。
そういった事に関して、ロバート・ランブンは特に制限を設けません。
学術の使用は人類共有の財産ですから。
世界中の人々が、平然とピタゴラスの定理やユークリッド幾何学、方程式、代数、各種公式を使うように、ランブンの定理も気楽に使って下さい。

ロバート・ランブンは世界中の60億の人々及び今後の22世紀、23世紀といった未来の人々すべてにランブンの定理を提供します。

ただ、使用する時には、できるだけ、ランブンの定理である、ごく最近公表された新しい定理だ、1983年頃考案された新定理だと表明したり、コメントをつけて下さい。
何故なら、ランブンの定理は2006年12月に公表されてから、まだほんの1年ほどしかたっていないのです。
皆様が、コメントなしで使用しますと、それを見た方々は、ピタゴラスの定理のようにはるか昔からある公式・定理と思ってしまうからです。

学術の考案ですから、日常の計算などに自由に使用していただいて結構です。
しかし、その権利は考案したロバート・ランブンのものです。
そして、ランブンの定理そのものと証明方法、説明、ランブンの定理全般に関する論文はロバート・ランブンの著作物です。
ですから、ランブンの定理および証明方法、説明などを本として出版したり、書物、雑誌などの中で記載や引用する時、及びホーム・ページなどで掲載する時はロバート・ランブンの許可が必要です。
それらに関しては、このブログのナポレオンに問い合わせをして下さい。
問い合わせは、このブログに記載していますメール・アドレス宛にして下さい。

※非常に紛らわしい事ですが、計算方法としてのランブンの定理の使用は、学術の扱いです。ご自由にどうぞ。
しかし、ランブンの定理を文章、本などとして出版する時、出版物の中の一部・一項目として記載するとき、出版物の中で引用する時などは、ホーム・ページ、ブログなどで掲載する時などは著作権の扱いとなります。
小説、詩、俳句、音楽、歌の著作権と同様の扱いとなります。
特に、学校、塾、予備校などの関係者の方々が授業、テスト、入試などで使用する時は著作権にご注意下さい。
授業用に使う小部数のテキストの作成でも同様です。
有料・無料、部数の多少を問いません。
著作権に違反しないようにして下さい。

小学校、中学校、高等学校、大学の先生が教室において授業で、生徒に対して、
 1+2+3+4+5+6+7+6+5+4+3+2+1
の問題と答えを出す事は結構です。
また、生徒の方々もこの問題が出たらランブンの定理を駆使して答えを出して下さい。
どうぞ、ご自由に。
ただし、授業でランブンの定理を使う時は必ず「ランブンの定理」であると、生徒に対して説明をして下さい。
最近考案されて公表されたばかりの新しい定理で、著作権が存在すると説明をして下さい。

何故なら、その説明をしておかないと、生徒はランブンの定理をピタゴラスの定理と同様にはるか昔から存在する定理・公式と思ってしまいます。
そして、はるか昔の定理だと思い著作権が存在する事に留意せず、その生徒のホーム・ページ、ブログ、あるいは、自費出版の雑誌などで自由に記載してしまいます。
そうすると、その生徒は著作権に違反する事となってしまいます。
十分ご注意下さい。

なお、学校関係者の方々が、授業のテスト、入試などでランブンの定理を使用する時は、必ず事前にこのブログのナポレオンに問合せて下さい。




■■■  学問    ■■■

◆なお、年代暗記に関しては歴史年代暗記や偉人年代暗記の頁で、また、円周率暗記は歴史の頁でそのうちに記載していきます。

円周率、つまり、3.1415926535897932384626・・・・・の事ですが、これの暗記は簡単です。
数年前ニュースで、小学生か中学生が円周率を計算する時に、3.14でなく、3でいいとしたようです。
3.14では、計算が面倒とか、あるいは、3.14を覚えるのが面倒らしいのです。
円周率を1万桁も暗記する必要はないですが、10桁ほど暗記すると、いい事があります。
円周率10桁暗記はわりと簡単です。
5分で十分です。
1回の暗記に1分。その1分が5回、合計5分です。
5分で10桁暗記ができますから、日本全国の小中学生は暗記した方がいいと考えます。

日本中の小学生4年生以上全員が、円周率10桁を暗記してしまえば、円周率を3で計算するとか、3.14を暗記するのが面倒だといった問題は起こらないのです。

中学生、高校生なら円周率30桁の暗記は簡単です。
すぐできるようになります。
暗記するまでの時間は合計、1分が60回、合計1時間ほどでしょうか?
ですから、機会があれば30桁ほどを暗記した方がいいでしょう。
「円周率を30桁覚えてどうするのか?意味がない。必要がない。入試試験に出る事もないし。」
とおっしゃる方が多いと思います。
実は、円周率を30桁、50桁、100桁暗記すると、予想外の効果が有るのです。

歴史年代暗記:偉人誕生年暗記で、
奈良時代、平安遷都、鎌倉幕府開府、江戸開府、フランス革命、ペリー来航、戊辰戦争、世界恐慌、第一次世界大戦、第二次世界大戦など重要年を暗記すると歴史の理解に非常に有効です。
また、エジソン、レオナルド・ダ・ビンチ、ルノワール、ピカソ、ベートーヴェン、徳川家康、西郷隆盛、夏目漱石、宮沢賢治などの誕生年を暗記すると歴史・時代の理解が進みます。やはり、有効です。
              ( ・・・・・・・2007.1.13. )


  ■■■   芸術   ■■■

 このブログのほかの頁に記載している芸術関連の文章の抜粋をこの「数学・学問・芸術」のカテゴリーに転記します。
抜粋ですから省略して記載しています。
「銀座ぶらぶら歩き」の文章の中からの抜粋です。
その前後の文章や全文を見る時は「銀座ぶらぶら歩き」のカテゴリーをご覧ください。
その中に載っています。
音楽に関しては「音楽」のカテゴリーをご覧ください。

    ◆ 日本美術・芸術・文明開化

・・・・・それは、美術館である。

上野動物園を出るとすぐ国立西洋美術館が有る。
と言うより、山手線の上野駅を出るとすぐ国立西洋美術館が有る。動物園は美術館の先に有る。
上野駅の西方面・公園口を出ると道路が有る。そこを渡るとすぐ右手に西洋美術館が見える。
美術館の入り口には、有名なロダンの「考える人」と「地獄の門」が展示されている。

上野駅を降りて上野公園・動物園・科学博物館などに来る人は殆ど西洋美術館の前を通る。その時西洋美術館の前の庭に有るロダンの彫刻「考える人」を見てレプリカ・模造品だと思い、そのまま気にもしないで通り過ぎる。
だが、本物である。

西洋美術館のコレクションの素晴らしさには驚く。
前述のロダンはもとより、ルノワール、モネ、セザンヌ、ドガ、ゴッホ、ピカソ、レオナール、スーティン、ゴーギャン、シスレー、マネ、ピサロ、ビュッフェ、クールベ、ドラクロワ・・・と美術史上の巨匠の絵画や彫刻が展示されている。

誰もがこれらの作品を美術本やテレビの美術番組などで幾度も見ている。
中でもロダンの「考える人」「地獄の門」、ルノワールの「アルジェリア風のパリの女たち」モネの「舟遊び」「睡蓮」、ゴーギャンの「海辺に立つブルターニュの少女たち」、ゴッホの「ばら」などは圧巻だ。
モネなど印象派の作品が多い。
何故、西洋美術館にこれほどモネ、ルノワール、印象派の作品が多く有るのか?
松方コレクションである。

19世紀後半から20世紀初頭世界の美術・芸術・文学の中心地はパリだった。
モンマルトル、モンパルナスを中心に多くの画家、芸術家、文豪が集まり名作を次々と生み出した。
1920年頃その芸術の都に渡りモネ、ルノワール、ロダンを始めとして無数の名画・彫刻を収集したのが松方幸次郎だ。

モンマルトル、モンパルナスの芸術に感銘を受けた彼の精力的な収集のおかげで現代の日本人は気軽にモネ、ルノワール、ロダン、ゴッホの名画などを原画・本物で鑑賞できる。
大感謝だ。

上野と言うと原宿、表参道、六本木、青山などと比較して古い町、野暮ったい町といった冷たい言い方をされる。
だが、上野こそ芸術と学問の町だ。ハイ・レベルな町だ。

西洋美術館の隣には、国立科学博物館が有り、その先には国立博物館が有る。
さらに東京都美術館や東京文化会館が有る。
上野公園のすぐ近くには東京大学も有る。
東京、いや日本有数のアート、アカデミック・ゾーンだ。

美術館などの入場料は国立・都立なので非常に格安だ。さらに中学生以下は無料だ。
休日予算がない時は家でぼんやりとテレビの特番を見るのもいいが、電車に乗ってふらりと上野に行くといい。
芸術を満喫できる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

その日銀座、丸の内、八重洲など皇居付近に居る人はふらりと立ち寄ればいい。
新宮殿に現れる陛下や皇族の方々を見る事が出来る。
いい記念となる。
すぐ近くで見る皇居の新宮殿は豪華華麗といった事はなく質素な造りだ。
イタリア、フランス、イギリス、ドイツなどの宮殿を見ると壮大豪華で圧倒される。
しかし、日本の新宮殿、御所、離宮などを見ると、質素というか静かで周囲の森や庭園とごく自然に調和している。
静寂と自然を基調としている日本美術の精神により建立されている。
いにしえから未来永劫につづく日本の美を静かに味わう事が出来る。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

銀座は歴史の街だ。
・・・・・・・・・・・・・・・
明治時代以降銀座は日本の高級街の代名詞となった。
・・・・・・・・・・・・・・
明治の文明開化を見ると西洋の文明・文化・風俗・習慣が洪水のように日本に流れ込み全面的に受け入れた印象を受ける。
だが、意外と和洋折衷なのだ。和魂洋才なのだ。
あるいは、西洋の優れた発明にさらに日本独自のきめ細かい技術・細工を付け足して一層優れたものにして使用している。
圧倒的に優れている西洋文明を受け入れながらもどこかで必ず日本流のアレンジを施して使いこなしている。
日本風西洋建築、すき焼き、人力車、郵便制度と年賀状、正統フランス料理でなく洋食、とんかつ、カレーライス・・・・・と日本流にアレンジしている。
古来より中国文明・文化を受け入れながら、必ず日本流に変えて活用してきた日本人の知恵が巨大な鋼鉄のような西洋文明を前にしてもひるむことなく元気にいかされた。
知恵者日本人の面目躍如だ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
日本の音楽もまた和洋折衷なのである。
芸術文化のうち、文学、彫刻、絵画は日本のものが西洋よりも遥かに優れている場合が多い。
和歌、つまり、詩は日本が西洋よりも優れている。
万葉集、古今和歌集、小倉百人一首などを見ればその高度な詩の世界には感動してしまう。

また、俳句と言う世界最短の言葉で表現する詩の世界も日本独自でハイレベルだ。
松尾芭蕉の美と静寂の世界には世界中の誰も到達できない。

あるいは源氏物語など古来より日本には優れた小説文学がある。
また、絵画・彫刻も運慶・快慶、雪舟、狩野一派、そして、北斎、広重、歌麿、写楽、晴信などが西洋美術と互角に戦う。時に上回る。
運慶・快慶の仁王像はその豪快さでミケランジェロすら圧倒する。

北斎の天才ぶりには驚く。
写楽の独創性にも感嘆する。
雪に埋もれた蒲原を描いた広重の絵は、冬のパリの街を描いたユトリロの絵よりも遥かにすばらしい。

19世紀フランスで印象派が登場し世界の美術はその方向を変える事となった。
その印象派の画家たちを魅了し影響を与えたのが北斎など日本の浮世絵師たちであった。
つまり、北斎、広重、写楽など日本の天才画家たちが世界の美術の方向転換をさせる事となったのである。
19・20世紀の世界美術やエコール・ド・パリの源流のひとつが北斎・歌麿・晴信など浮世絵であるとは何と素晴らしいことか。
日本美術、文学は世界の頂点に位置する。

だが、残念ながら芸術分野のうち音楽に関しては日本は西洋に及ばなかった。
日本にも高度で洗練された雅楽・宮廷音楽が有り、琴、三味線、長唄、端唄、小唄、各地の民謡とすばらしい音楽が存在した。
だが、西洋のバッハ、ベートーヴェン、モーツァルト、ヴェルディ、ワーグナー、ショパンたちにはかなわない。
そういった高度の西洋音楽を日本は明治になり突如知る事となった。
ペリーの鋼鉄の黒船を見た時も驚いたが、ベートーヴェン、モーツァルト、ショパンを知った時も日本人はショックを受けた。
完敗だ、と感じだ。

日本を侵略しようとする列強は幕末西郷、木戸、海舟、竜馬たちの奮闘で防いだ。
また、教養、学問においては格別ひけを取るものではなかった。
日本人の識字率は幕末当時世界一であった。
全国三百の各藩に有った藩校という高等教育学校・大学、寺子屋という庶民初等学校の数も当時世界一であったはずだ。
美術、文学、彫刻、工芸、デザイン、服飾、織物なども世界トップ・クラスであった。
教養国家日本・江戸時代であった。
和算も高度であり関、吉田といった天才を輩出している。
伊能忠敬が世界トップレベルの日本地図をいともた易く完成させる事ができたのも日本中、そして、幕府天文方に数学に堪能な役人・学者がいたからである。

また、見落としがちなのがからくり人形である。
人形?と笑ってはいけない。
江戸時代の複雑な動きをするからくり人形は、現在で言えばロボットだ。
当時からくり人形の高度さにおいても抜群であった。
今日日本がロボット王国として世界のトップを走るのも当然だ。
このように芸術・文学、学問、さらに精密機械の領域においても日本は当時世界最高レベルであった。

だが、音楽関しては完敗だった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・
美術に関しては痛快だ。
ダ・ビンチ、ミケランジェロなどを輩出した西洋美術こそ世界一の芸術と呑気に日本にやって来たフランス、イギリス人たちを驚嘆させた。
尾形光琳、狩野一派、鈴木晴信、広重、歌麿などの日本画・浮世絵を見て、その精巧緻密華麗鮮やか且つ繊細独創的な美術・工芸にショックを受けた。
西洋とは全く次元が異なり且つハイレベルの美術が存在する、と。
会談で高級武士と面談する時そばに座するその武士の奥方などの女性の美しい着物を見て眼は開きっぱなしとなった。
京友禅、加賀友禅を身に付けた女性を見た時には華麗な絵画をまとっていると思ったことだろう。
日本女性は衣服でなく友禅という芸術品を着ている、と。

世界の地の果ての小さな島国にかくも高度な美術・工芸があるとは想像外だった。
さらに北斎を見て卒倒寸前となった。
絵心のある紅毛碧眼の人々は東洲斎写楽を見て唸ったはずだ。

しかし、音楽に関しては西洋人は日本の音楽を聞いても敗北感を味わう事はなかった。
むしろ、ショパン、ベートーヴェン、モーツァルトなどの小品曲を軽く演奏して聞かせるだけで優越感を得た。
それは同時に日本人が敗北感を味わう瞬間であった。

日本人には対抗意識、闘争心、向上心がある。
ペリー来航以降強大な西洋文明・文化・軍事力に対峙しても昏倒する事なく、かえって闘争心を燃やし彼の諸国を凌駕せんと奮闘邁進し、やがて追いつき追い越した。
日本民族の負けん気・対抗意識がいい方向に発揮された。

美術・工芸においてはすでに西洋と同等かそれ以上のレベルを持っていた。
文学においては上回るものを多く持っていた。
日本民族は文学・美術・工芸においてはさほど努力もしないのに独自で高度のレベルに達していた。
高度な芸術民族である。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
中国から漢字が入ればひらがなを発明し、西洋から馬車が入れば人力車を発明し、肉食の習慣が入れば、ステーキでなくすき焼きを食する。
欧米から電気機器が輸入されるとオーブンよりも先にたちまち電気炊飯器を発明する。

そういった改良型、和洋折衷型民族日本人は音楽の世界でも、和洋折衷の精神、和魂洋才の精神をいかんなく発揮した。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

明治元年以来日本は西洋文明を一気に導入した。
科学、工業、機械、学術、法律、政治システム、軍事技術、鉄道、社会制度、金融制度、産業システム、経済システム、芸術、西洋音楽、洋服、西洋生活スタイル、西洋食生活、洋食、西洋風俗・・・。
文明開化である。
その中には語学も有った。
英語、フランス語、ドイツ語だ。
だが、140年たってもこの有様だ。
英語を流暢に話す日本人は滅多にいず、フランス語、ドイツ語に至っては、「・・・・、」と目が点になりそうである。
日本人が知っているフランス語は「ボージョレ・ヌーボー」
もう少しある。「ブティック」「オムレツ」「クロワッサン」「オードブル」「ア・ラ・カルト」「ルージュ」「ブルジョワ」
日本人が知っているドイツ語は「ベンツ」
それと、「アイゼン」「ザイル」「ヒュッテ」「ゲレンデ」「レントゲン」「ガーゼ」「カルテ」「アルバイト」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
日本には名園が多く有る。
日本三大名園として偕楽園、兼六園、後楽園が有る。
さらに各地に無数の名園がある。
多くは江戸時代から続いている。
奈良、京都に行けば飛鳥時代、平安時代から続く名庭園が幾つも有る。
だから、日本の名園ランキングで日比谷公園が一位になる事は難しいだろう。

ただ、日比谷公園は日本初の西洋式庭園だ。
奈良・平安時代、江戸時代の日本式庭園とは成り立ちや趣が違う。
古代や江戸時代の大名庭園などとの大きな違いは、誰の為の庭園・公園かといった点だ。
江戸時代からのものは殆どが藩主の屋敷の庭園がその後公園となったものだ。
江戸時代の大名庭園は規模も非常に大きく、その優美さは芸術品とも言える。
庭園芸術だ。
だが、その庭園芸術は藩主一人の為にのみ存在する。
つまり、藩主が個人的に楽しむために作られた庭園だ。
その藩の町人、農民、さらに下級武士がその庭園に入り自由に楽しむ事など有り得ない事だった。

しかし、日比谷公園は西洋式の庭園という物に、東京都民、そして、日本中の国民が誰もが自由に無料で出入りして思う存分楽しむ事を目的とした。
江戸時代までは庭園は、藩主や寺社、富豪のみが所有して、そこの持ち主:藩主、僧侶、神主、金持ちのみが楽しんだ。
完全な個人の所有物であった。
明治となり四民平等の世になり、公園・庭園も国民全員に解放された。
文明開化らしく西洋式庭園が造られた。
その第一号が日比谷公園だ。

  

※続いてロバート・ランブンの短編物語「夢画廊」を掲載します。


  ■ 夢画廊   
  

                 ロバート・ランブン

その画廊はモンパルナスに有った。
ラ・ロトンドの前の通りを渡り、ル・ドームを過ぎてモンパルナス劇場の方へ少し歩いて行った所に有る。
賑やかな通りから横丁に入った所に有る。
19世紀の終わり頃から営業している。建物は小さいけれどエコール・ド・パリの面影を残している。いい画廊だ。
70才を過ぎている主人の顔はシャイム・スーティンに少し似ている。

一月のある寒い日その画廊に一人の少女が訪れた。
マリー・ローランサンの絵に出てくるようなほっそりとした可憐な少女だった。
少女は小さな声で画廊の主人に言った。
「個展を開きたいのです。」
「個展? 誰が?」
「私です。」 少女は答えた。
主人は驚いた顔をしたが、少女が作品を見せると感心した。
「よろしい。」 主人は快諾してくれた。
数日先に空いている日が有ったのでその日でどうかと主人は少女に聞いた。
運がいいというか、土曜日だった。
高校生の少女にとっては願ってもいない日だった。費用も予算以内の金額だった。ほっとした。
「お願い致します。」少女は微笑んだ。

土曜日となった。少女にとって初めての個展だ。
画廊には少女の友達やクラスメート、ポスターを見て興味を持った人達が訪れた。
通りがかりの人も何人か入って来た。
観光でパリに来ている異国の人も何人か訪れた。
いろいろな絵が有った。
南フランスの田舎の風景。美しい南太平洋の小さな島。バラやひまわりの絵。友人をモデルにした絵。曇りの日の寂しそうな街角の絵・・・・・。
どの絵もすばらしい。
人々は絵の前に立ち真剣に鑑賞した。
しかし、よく見るとやはり少女の絵である。
離れた所から見るとなかなかいい。だが、近づいてみると少し、弱い。
構図や色使い、筆やナイフの技巧がはっきりいって未熟だ。細かい点を良く見ると荒いというよりも、腕が及ばない。
ある絵ではモンマルトルの古い家をいいタッチで描いているのに壁の色があまりにもきれい過ぎる。白すぎる。漆喰の質感を出せていない。
時々首を傾げる人がいる。仕方がない。
そういった人を見ても少女は格別恥ずかしそうにしたり口惜しそうな表情をする事もない。
自分のレベルと批評家の厳しい目を素直に受け止めている。
もちろん、画廊に入って来て首を傾げるような人は、絵を描いた人が十代でおそらく画廊の中央に立っている少女がそうだろうとすぐに気づいた。
首を傾げたあと、少女に微笑みながら 「なかなかいい。絵に愛情がある。」と褒めてくれた。
「絵を見ているととても気が落ち着いてくる。」そう褒めてくれる人もいる。
「そうだ。この絵を見ていると風景に誘われていくようだ。」
決して高水準の絵とはいえない少女の絵を見て感じたまま優しく褒めてくれた。
みんな少女の描いた絵を真剣に見てくれた。
壁のはずれの方に一枚の風景画が有った。
南フランスの館と美しい庭の絵だ。
タイトルは 「夢」 と有った。
すぐ下に 「この絵を見ている時は決して目を閉じないで下さい。」と注意書きが有った。
一人の紳士が絵の前に来た。
「この絵はよろしい。南仏の陽光が庭に降りそそいでいる。光が上手く描かれている。庭のひまわりの強烈な黄色には少し困るが、絵全体が明るくてすばらしい。」
少女の方を見て褒めてくれた。
少女は有難うございますと言ってうれしそうに微笑んだ。
紳士はその絵が気に入ったみたいだ。じっと見ている。
技巧的には問題があるが丁寧に描いている。まるで自分の家の庭で半年ほどじっくりと描き続けたような感じの絵である。
館といってもこじんまりした屋敷だ。庭も大きな庭ではない。庭にはテーブルが二つある。コーヒー・カップが二、三個置いたままだ。
庭の隅の方の木には、ブランコが有る。ブランコが有るといっても、大きめの板をロープで縛り木の枝に結んだ手作りのブランコだ。
素朴で楽しそうなブランコだ。小さな子供が乗って遊んでいる。子供の横には老人が立っている。
その部分の絵がとてもいい。小さな子供の乗ったブランコが本当に動いているような感じだ。
「ここはよく描けている。」 紳士はつぶやいた。
「ルノワールのブランコの絵よりもいい。」と言いかけてやめた。褒めすぎになる。
こういった光が降りそそぐ庭のテーブルに座って、綺麗なひまわりに囲まれてコーヒーでも飲んでいるといい気持だろう。紳士はそう思った。
紳士は少し目を閉じた。
目をしばらく閉じているととてもリラックスした気持ちになった。
決して上手いとはいえない絵だが、懐かしいというか心がやすらぐ絵だ。
しばらく見ていると、誰かが紳士の肩を叩いた。
紳士が振り返ると老人だった。
老人は紳士と話をしたいと言った。
老人は画廊の外へ出た。紳士はついて行った。
紳士はその老人を思い出せない。
「さて、どこかのクラブの人だったかな?」 紳士には絵の仲間が多い。
いろいろな絵のクラブで多くの老人と懇意になっている。
だが、その老人の名前が浮かんでこない。
顔は知っている。だが、どこで会ったか思い出せない。

            つづく

       ※著作権者から掲載の許可を得ています。
         無断転載複写配布掲載禁止です。
    
            2005.9.11.    ナポレオン




◆以上、数学、学問、ランブンの定理、ランブン素数定理などの記載でした。
 
ランブンの定理やランブン素数定理などがロバート・ランブンのオリジナルの考案であった場合、その著作権、学術発見の権利はロバート・ランブンが所有します。

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      「竜馬と小説と魔法の歴史年代暗記」 館長   ナポレオン

             2006.10.19.

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■竜馬の小説。31まで。まとめ。1から31まで。 紫四季 [・・・・竜馬の小説]

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        2006.12.23. 更新しました。



◆小説 「竜馬がくる~桂浜編」  まとめ   その1 から 31




◆「竜馬の小説:まとめ」へ、 その31 を追加しました。

この頁で、その1から31まで連続で全部読めます。
その30に続けて文章を追加しています。その30まで読んでいる方は最後の方をお読みください。
初めての方は最初からお読みください。


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◆最初に「あらすじ1」をお読みください。
小説の最後には、あらすじ2と3、そして説明を記載しています。最後にご覧ください。
      
◆ 先に簡単なあらすじを紹介します。   あらすじ 1

竜馬が幕末慶応3年1867年の夏、京の三条大橋で雷に打たれ現代の桂浜にやって来た。突然現代の高知市に来て驚く竜馬。はりまや橋で車や周辺のビルを見て非常に驚く。
桂浜で出会った竜馬の大ファンの美しい少女、楢崎京(ならさき・きょう)やその父楢崎将蔵、家族、海援隊の子孫などに現代の高知、京都、東京などを案内される。
やがて再び竜馬は慶応3年へと還って行く。その時京も一緒について行く。
京都、長崎、土佐などを舞台に大政奉還成立を目指して竜馬の大奮闘が続く。京も竜馬に寄り添い幕末を駆け巡る。
大政奉還か武力倒幕か。西郷、大久保達と激論。西郷は総攻撃をかける寸前だ。
10月15日、とうとう大政奉還成立。感無量の竜馬。京も喜ぶ。
竜馬は約束した。近江屋事件を避けて明治の時代には一層日本の為に尽くす、と。
京は竜馬と二人で竜馬の作った新しい日本、明治時代を見る事を夢みた。

この小説では竜馬は25才としています。

ヒロイン京は幕末の竜馬の妻:楢崎お龍(おりょう)の生まれ変わりです。

大政奉還、明治維新の小説であると同時に青春ラブ・ストーリーです。
それではお読み下さい。








  ■ 小説「竜馬がくる~桂浜編」






                        紫 四季






はりまや橋から南へしばらく行くと太平洋に出る。
美しい浜辺が広がる。月の名勝桂浜である。
空は青く水平線のあたりを純白の雲がゆっくりと流れていく。
海は碧く沖の方から波が盛り上がるように桂浜へと押し寄せて来る。濃厚な碧さだ。黒潮だ。
風が吹く。強い。遥か遠く南太平洋から黒潮と共にやって来る南風(なんぷう)である。
波が力強く浜辺へ押し寄せる。激しく音が響く。波がはじける。波打ち際が真っ白くなる。
波が引いて、いったん沖へ戻ると時おりエメラルド・グリーンに色を変え、再び浜辺へ激しく押し寄せて来る。
青い波は岸に近づくと真っ白く姿を変え砂浜をさらに昇っていく。
空へはじけた波しぶきは潮風に吹かれ、ほんの一瞬雪のようにあたりを舞う。
波打ち際を歩く観光客の顔や服に飛び散り観光客はあわてて後ずさりする。

南国高知の夏は暑い。降りそそぐ太陽の光は強烈である。
海辺ではいっそう激しく浜辺の人々を襲う。
きらめく光と痛いほどの暑さで海岸を歩く人はめまいすら感じる。
思わず目を閉じてしまう。
けれども、その夏の強烈な太陽と南風を求めて桂浜にやってくる人々がいる。

浜辺に十人ぐらいの集団がやって来た。市内の高校生だ。
女生徒ばかりだ。皆靴を脱ぎ素足になって波打ち際ではしゃぎ始めた。
波が押し寄せ足首まで来ると 「キャー、キャー、」 と逃げまくる。
波が引くと追いかけて行く。
寄せる波に追いつかれ、膝までまくり上げた綿パンやスカートがずぶ濡れになると、また 「キャー!」 と喚声を上げる。
それを見て残りの連中が「ははは!」と大笑いする。
誰かが波を手ですくって他の連中にかける。
「キャー! だめ、だめ」 と逃げまくるが、自分の足元に波が来ると今度は自分が波を皆にかける。
「冷たくて気持ちいいよ!」
しばらくすると全員顔も上着もスカートもすっかり水浸しになってしまった。
一人が両手を大きく広げて浜辺へ倒れた。
そして、真っ青な空を見た。残りの連中も次々と同じように倒れていった。
浜辺が静かになった。

「空が真っ青! 気持ちいいね」 
「でも、暑いね」 「アイスクリームを食べよう」 
「暑い! 水族館に入ろう」 皆次々に立ち上がって水族館へ走っていった。
京とこころの二人が残った。
陽射しが痛い。ジリジリと肌が焼けていく。
「潮風が気持ちいいね」
「うん。ね、こころちゃん大きくなったら何になる?」
「大きくなったら高知城のお姫様になって市内中のアイスクリームを全部食べる。京ちゃんは?」
「大きくなったら竜馬さんのお嫁さんになる!」
「ふふ、」 こころが噴出した。京もくすくすと笑った。
「京ちゃん、私達全く進歩がないよ! 幼稚園の時からいつも二人で桂浜へ来るとこの会話だけだもの。もう十二年間ずっと同じ会話よ」
「こころちゃんは、お姫様にはなれていないけど、アイスクリームの方はほぼ達成。夢がまあまあ叶った」
「京ちゃんの夢は永遠に叶わない。竜馬様に恋したはりまや橋のお嬢様。ああ、悲劇」
京は体を起こし、目の前に広がる太平洋を指差した。
「いつかきっと、海の向こうから竜馬様が私を迎えに来る。竜馬は来る、南風(なんぷう)に乗って」
こころはニヤニヤ笑いながら立ち上がった。
「アイスクリーム買ってくるよ」

突然ピカッと大きな稲妻が光った。
続いてドンと大きな音がした。青空に亀裂が何本もでき青白い光が上空から海へ走って来た。さらに音は大きくなってきた。
稲妻が続けざまに光る。空が暗くなっていく。
「キャー。京ちゃん、帰ろう!」 雷の大嫌いなこころは真っ青になって走って行った。
「早く、早く。今だとちょうどバスに間に合うよ。」
「大丈夫よ。天気雷よ。今日は百パーセントお天気で雷の予報なんてなかったもの」
京はこころを大きな声で呼んだが、こころはもう売店を通り越して坂道を上って行っている。
水族館にいたみんなも続いて走って行った。
「みんな大げさなんだから、」 仕方なく京も立ち上がった。
そして、みんなのあとを追いかけ坂道の方へ歩いて行った。
あたりはどんどん暗くなっていく。
「おかしいわ、こんなにひどくなるなんて・・・・」
雨も激しくなってきた。
灯台や竜頭岬にも雷が落ちてきた。そのたびに桂浜全体が青白く光る。
ドーン、ドーンと和太鼓を打ち鳴らすようなすさまじい音が響く。
坂を上がってみんなを捜したが誰もいない。
もうバス停に行ってしまったようだ。京は駆け足で竜馬像の所へ行った。
夜のように暗い闇の中に竜馬像がじっと立っている。
激しい雷雨の為に像の周りには誰もいない。
「竜馬さん、今日は雷がひどいから帰るね。また来るね」
京は竜馬像を見上げながら軽く手を振った。

バリバリ、バキーン。
その時史上空前かと思うほどの凄まじい雷が竜馬像に落ちた。
ドーンという凄い音とともに、巨大な閃光が天空から何本も竜馬像に突き刺さるように落ちて来た。
竜馬像が青白く光り、京は台座に叩きつけられるように飛ばされた。
「痛い!」 京は肩を押さえながらうずくまった。

「あれ?」 足元を見ると人が倒れている。
「変ねえ、誰も居なかったのに・・・・、」
倒れている人は侍の姿をしている。刀も大小差している。
気絶しているようである。
二十五才ぐらいの若者だ。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん、」 
京は若者の肩を揺すった。
男は目を覚し体を起こした。
「大丈夫? お兄ちゃんはさっき浜辺で練習していた竜馬保存委員会の竜馬役の人ね。竜馬にそっくりよ。でも、ずいぶん飛ばされたわね」
男は立ち上がって周りを見た。
不思議な事にあれほど凄まじかった雷はすっかりやみ、空はもとの青空となっている。
「お、ここは桂浜じゃないか。なんと言う事か・・・・、」
「何言ってるのよ、桂浜に決まっちゅうじゃないの」
「さっき、わしは京の三条大橋を歩いちょって・・・・、突然凄い雷に打たれ気を失ったが・・・・、」
「京の三条大橋? 何をさっきから変な事ばっかり・・・・」
若者の足を見るとひどく血が出ている。
京は急いでハンカチを出して血を拭いてあげた。
「痛くない? 凄く斬れているわ」
京は心配そうに若者に聞いた。
「大丈夫じゃ、これくらい。それよりここが桂浜ならはりまや橋へ行ってみよう」
「はりまや橋なら一緒に行きましょう。私の家は、はりまや橋の所よ。お父さんは竜馬保存委員会の幹事をやっているのよ。知っちゅうでしょ?」 
「知らん」
「まあ、知らないの。足の怪我はいい薬が有るから手当てしてあげるわよ」
「そうかよ。じゃあ、悪いけど少し薬を頂こう」

二人はバス停の方へ歩き出した。並んで歩くと若者は背も高く堂々としていて、いかにも武士という感じで迫力がある。
何より顔が竜馬にそっくりである。
竜馬を尊敬し大ファンである京は話をしていると少しドキドキしてしまう。本物の竜馬と話しをしているみたいである。
若者は周囲を見てばかりいる。大変不思議そうな顔をしている。
「どうしたの、何を見ているの?」 
「いや・・・、」
そう言いながらもしきりと首を傾げている。
「馬か駕籠はないのかよ?」 
「駕籠? 車ね」 二人はタクシー乗り場に来た。
次のバスまではだいぶ時間がある。京はタクシーに乗り込んだ。
「タクシーで行きましょう」
若者はタクシーを見て凄く驚いた顔をした。
「何という乗り物か・・・・。 駕籠か、蒸気の車か?」 
「え?何か言った?」
「いや、」 とにかく若者は続いてタクシーに乗り込んだ。

車は静かに走り出した。
「京ちゃん、何処へ行くがぜよ? はりまや橋かよ?」 
運転手が振り向いて京に笑いかけた。
「あれ? おんちゃんじゃないの。そうよ、家まで」
「よし。ところで京ちゃん、そっちのお兄ちゃんは竜馬会の人かよ? 竜馬そっくりじゃね」
「そうよ、凄いでしょ。今年の大竜馬祭は盛り上がるわよ」
若者は相変わらず不思議そうに窓の外を見ている。
「ね、お兄ちゃん、名前はなんて言うの?」
「わしか? 竜馬じゃ」 
「ふーん、ま、いいか。ね、竜馬さん、家はどこなの?」
「わしの家かよ? それより京殿と言うのかよ、一体どしたがぜよ?」
「何が?」 竜馬が声を強めて聞いたでちょっとびっくりした。
「何がって、この町並みじゃ。田んぼがすっかり無くなって、家ばっかりじゃ。それも長崎の異人館のようなビルヂングばかりじゃ。五階建てのビルヂングが多い。歩いている人は皆洋服で、着物を着ている人がいない。それに第一この車じゃ、どしたがぜよ。この車はエゲレスから沢山輸入したかよ。道をいっぱい走っちゅうが、」
本当に驚いた声で京に尋ねた。
そして、京の目をじっと見つめた。京にすればかなり照れる眼差しである。
「後藤殿の活躍じゃな。それにやはり容堂公の力であるな。さすが名君じゃ。何年か帰らんうちに土佐は大発展じゃ!」
京は感心する竜馬の目を見た。竜馬の目は当然真剣である。
「くくく、ははは!」 京は思わずおもいっきり笑った。
「もう最高! 涙が出て来ゆう。お兄ちゃん、本当に竜馬になりきっちゅう。今まで毎年竜馬役の人を見て来ちゅうけど、お兄ちゃんみたいに完全になりきっちゅう人は初めてよ。それに侍姿もばっちり決まっちゅう。第一、顔が本物そっくり」
体を折り曲げて笑い続ける京を見て、少々あきれ顔の竜馬はそれでも続けて尋ねた。
「あれは一体どしたがぜよ」 指さす方を見ると大竜馬村である。
柵越しに寺田屋、近江屋が見える。さらに京都御所、グラバー邸、オランダ商館が続々と見えてくる。
「何という事か・・・・」 呆然と大竜馬村を見続ける竜馬。
その横顔を見て京は感心した。
『竜馬大会の審査会の日でも何でもないのに、普段からこんなになりきっちゅうなんて、この人本当に竜馬が好きなのね』
 
そうこうするうちにタクシーは、はりまや橋に着いた。二人は降りた。
はりまや橋に立ち竜馬は周りのビルや、道路を洪水のように走る車を見て驚嘆の声を上げた。
「京殿いったいこれは! 信じられん夢のようじゃ。この無数の車、高いビルヂング。このビルヂングは十階もある。向こうのビルヂングはもっと高い。人通りの多いこと。皆西洋の服を着ちょる。商店の明るく綺麗な事。一体全体・・・・。もう5年ほどになるか、土佐を出る時にこのはりまや橋を歩いたが、何という変わりよう・・・・」
「すごいでしょう、ふふふ」思わず京も竜馬に合わせた。
タクシーに料金を払ってお釣りをしまっていると 「京殿、小判や銀貨は使わんのかよ?」 竜馬は京の手のお札を珍しそうに見つめた。
「そうよ、それにほら!」と、一万円札を竜馬の目の前に突き出した。
「何でわしの顔が藩札にのっちゅうがぜよ?」
京は笑いをこらえながら、「当たり前じゃないの。大渕首相の鶴の一声で6月から一万円札のデザインは竜馬さんになったんじゃないの」
一万円札を手にした竜馬は顔を近づけてじっと見つめた。
その姿を見ていると本当に竜馬が一八六七年から現代に迷い込んで来て途方にくれているみたいである。
京は思わずもしかしたらと、つい思ってしまう。
「大渕氏とは?」 
「総理大臣じゃないの」
「?・・・・、どこの?」 
「日本の」
「三条公と岩倉公は?」 
「さあ・・・・、」
京は涼しい顔をして歩き出した。
「ねえ、私の家はここよ」
京が振り返ると、竜馬はまだ先ほどの所に立ったまま呆然とビルの上の方を見ている。
空からビルの谷間にいる竜馬の姿を見れば、まるで浜辺で玉手箱を持ったまま途方にくれている浦島太郎そのものである。
いや、竜馬は浦島太郎よりも遙かにショックが大きい。何しろ1867年の江戸時代から一挙に133年後の近代都市の繁華街にやって来たのであるから。

「竜馬さん、早く」 京は少し大きな声で竜馬を呼んだ。
そして、また竜馬の方へと歩いて行った。
竜馬は財布から小判を出して京に渡した。
「車の代金じゃ」 
「え?」 出された小判を両手で受け取った京はそのずしりとする重さに驚いた。
「重たい。これ本物じゃないの?」
「何でわしが贋金(にせがね)を使うがぜよ」
「小判まで本物を使うのね、本当に今年の竜馬さんには感心するわ。これ、記念に貰っとくわ」
京は嬉しそうに小判を財布にしまった。
「ね、竜馬さん、早く私の家へ行きましょう」 京ははりまや橋の欄干にもたれながら言った。
竜馬は相変わらず不思議そうにビルや車を見ている。

「竜馬だ、竜馬がいるぞ」
周りに沢山の人が集まって来た。
「本物そっくりだ」 
「本当ね、そっくり。竜馬とはりまや橋ってとても絵になるわ」   
「さすが、高知県ね。竜馬役の人に市内を歩かすなんて、いいアイデアね」
竜馬が何事かと周りの人を見ていると、三人のOLが竜馬の横へやって来た。
「竜馬さん、写真一緒にお願いします。私達さっき東京から着いたばかりなんです。三人とも竜馬さんの大ファンなんです」
竜馬は三人を見て呆れた顔をした。一人が写真を撮ろうとカメラを向けた。
ところが竜馬はさっさとOLから離れて歩き出した。
京が慌てて声をかけた。
「ね、竜馬さん、一緒に写真を・・・・、」
「どうして?」 竜馬はすごく変な顔をした。 
「観光よ、観光。サービス、サービス。あなたは竜馬役でしょ」
「また京殿は分からん事を言い始めた。わしは行くぜよ」
竜馬は帯屋町の方へ足早に歩いて行った。
「あ! ひどいわ」 OL達が怒る。
「すみません、ちょっと急ぎの用事が、また今度・・・・。ごめんなさい」
京はOL達に謝りながら竜馬の後を追いかけた。

竜馬の足は速い。帯屋町を高知城の方へとどんどん歩いて行く。
「ちょっと待ってよ、竜馬さん」 京は竜馬の袖を引っ張った。
「どうして一緒に写真に写ってあげないの? お願いしますって頼んでいたのに、」
「知らん女の人達と一緒に写真なんか撮ったら、木戸さんや中岡にからかわれてしまう」
なおも竜馬はどんどんと歩いて行く。
「ねえ、待ってよ。何をそんなに急ぐの?」 京は思いっきり竜馬の袖を引っ張った。竜馬は立ち止まった。
「わしは急ぐ。家へも寄らんといかん・・・・、」
「私の家へ寄るって言ったじゃないの。薬も塗らないと、」
竜馬は足を見た。まだ少し血が出ている。
「そうか。じゃあ、ちょっとだけお邪魔させて貰おう」 二人ははりまや橋へと引き返して行った。
帯屋町を通る人々がみんな驚く。
「竜馬だ。刀を差している。本物みたいじゃ」
「ほんまじゃ、そっくりじゃ」
「おい、竜馬が来たぜよ」

「ここよ」 京は店の入り口から中へ入って行った。竜馬も続いた。
「ただいま、お母さん」
「お帰り、京ちゃん」 奥の台所から母の声がした。
「お母さん、今日は凄い人を連れて来たわよ」
「あら、どなた、お友達?」 奥から京の母が出て来た。
「竜馬さん、お母さんよ」 京は竜馬に母を紹介した。
竜馬は立ち上がり 「竜馬です。お邪魔します。薬を頂きに参りました」
軽く挨拶をする竜馬を見た母は大層驚いた顔をした。
「まあ、 竜馬様! 何と言う事でしょう。ど、どうぞお座り下さいませ。京の母でございます。あの、薬と申しますと・・・・? ま、その傷は。大変。血がひどいですわ。今すぐ持って来ます。京ちゃん、とりあえずお茶を差し上げてちょうだい」
「はあーい」 京は母の驚いた様子が意外だった。
いつも冷静な母が芝居でもしているみたいにすっかり驚いてしまっている。
母が薬を塗り包帯をすると竜馬はすっかり恐縮して 「恐れ入ります。ご丁寧に」 頭を深く下げてお礼を言った。
痛みが取れたせいか竜馬の表情がくつろいだ感じになった。

「はい、竜馬さんコーヒーをどうぞ」 京はコーヒーを出した。
「頂きます」 竜馬は格別珍しそうな顔もしないで、砂糖もいれずそのままコーヒーを飲んだ。
『おいしそうに飲んで・・・・、竜馬になりきったって食事まではなりきれないわね』
江戸時代の人がコーヒーに驚かないなんておかしいわ、と京は竜馬役の人の失敗を見つけたぞ、といった気持ちになった。
しかし、残念でもある。
もしかしたら、本物? とほんの少し思ったりしたからだ。    
「うまい。グラバーさんとこのコーヒーよりもずっとうまい」
「ふふふ、」 思わず京は笑った。
「竜馬さん、今の、うまいわよ。参っちゃうわ」 
京は軽く拍手をする真似をした。
竜馬は 「?」 といった顔で京を見た。
「京ちゃん、何言ってるの、失礼でしょう。すみません、竜馬様」
母は少し頭を下げた。
「いえ、何も。しかし、本当に驚きました。昼過ぎ京の三条大橋を歩いちょったら突然凄い雷に打たれて気を失い、気が付くと土佐の桂浜ですき、まっことびっくりしました」
竜馬は本当に不思議そうな顔をして母の顔を見た。
「そうですか、信じられない出来事ですね」 母は大きく頷いた。
そして、竜馬の右手の大きな傷跡を見た。
親指のつけ根から手首にかけて大きな傷が有る。
母も京もその傷をとても怖そうに見つめた。
「足の傷は一体どうなさったのですか?」 刺客ですかと母は聞いた。 
「雷が落ちる少し前に沖田総司が斬りかかって来よって、雷に打たれ身動きができない時に足を斬られてしまいました」
「まあ、危ない所でしたね」
母はとても怖い、という風な顔をした。

「ちょっとちょっと、二人とも何よ。完全になりきっちゃって。芝居でも見てるみたいよ」
京は立ち上がって母と竜馬の顔を交互に見た。
「お母さん、今年の大竜馬祭に出るつもり?」
「出る訳ないじゃないの、何言ってるのよ。京ちゃん、少しおかしいわよ、さっきから」
「おかしい? おかしいのはこの竜馬さんでしょう」
京は竜馬を指差した。
「少し黙っていなさいよ。ところで竜馬様、これからどうなさるのですか?」
「これから家に寄り、あと後藤殿の家へも寄ってみます。それより、母上殿、土佐は一体いつからこのように大発展を?」
竜馬は真剣な顔をして母の顔をじっと見つめた。
「大発展と申しましょうか・・・・。説明致しますと大変長くなりますし、私も今は突然の事で大変頭が混乱してまして・・・・」
「いや、申し訳ないです、突然お邪魔しまして。本当に土佐はすごい。長崎の町以上じゃ。話に聞くパリやロンドンの街みたいです。特にあの車には驚きましたぜよ。速いこと速いこと」
竜馬はすっと立ち上がった。
「すっかりお邪魔してしまいました。有難うございました。傷もすっかり良くなりました。いずれまたお礼に伺います。今日はこれで失礼致します」
頭を下げ竜馬はそのままドアを開けて外へ出て行った。
「あ、竜馬様、お待ち下さいませ!」 母が慌てて立ち上がり後を追いかけた。
「京ちゃん! 何をしているの、早く竜馬様をつかまえて!」
京も母と一緒に表へ出た。いない。
竜馬の生誕の地が有る上町方面か? 
土電(とでん)通りを見たがいない。
「帯屋町の方へ行きました」 店の娘(こ)が教えてくれた。
京は小走りに追いかけたが竜馬の姿はない。
「どうしたの、お母さん、すごくあわてて。まるで本物の竜馬さんを追いかけているみたいよ」
「何言っているのよ、また。本物じゃないの! あの竜馬さん」
母が恐い顔をした。真剣だ。
「どうしてよ。何で昔の竜馬さんが現代にいるわけ?」
「雷に打たれて現代の桂浜へ来たのよ。第一、あの顔、言葉遣い、アザ、手の凄い傷、何から何まで本物よ」
顔は確かに本物そっくりだが、まさか。本当に・・・・?
「お母さん、本当に本物?」
「本物よ! このまま竜馬さんが現代の高知の街を一人で歩いていたら大変よ。早く見つけて!」
京は帯屋町を走って竜馬を探した。しかし、いない。
帯屋町の中で呆然と立ちつくす京。
『本物だ。本当に竜馬さんが来た・・・・』
心臓がドキドキしてきた。破裂するかと思うほどだ。
胸が大きく波打ち始めた。


夏休み中だというのに、次の日も陸上部は真夏の特訓だ。
部長が何やら大変怒っている。
とても休ませて欲しいという雰囲気ではない。
「みんな、昨日はどこへ行っちょったがぜよ! 秋になるとすぐ竜馬杯が有るというのに!」
整列している全員を睨みつけた。
「午前中は校庭で一生懸命練習してました。でも昼過ぎから猛烈に暑くなり全員倒れてしまいました。
その時桂浜からとても爽やかな潮風が吹いて来たのです。私たちは思わず潮風に誘われて桂浜へ行き浜辺で練習をしました」
こころが昨日の出来事を部長に報告した。
「本当か?」 部長は再び皆をジロリと睨んだ。
「本当です」 夢がこころの横に並んで説明した。
「美しい五色石の浜辺を走っていると、白い波が私たちの疲れた細く白い足を洗い癒してくれるのです。波は知っているのです。美しい乙女達の毎日の哀しい猛練習を」
「輝く真夏の太陽、青空、どこまでも広い太平洋、美しい渚、陽の光にきらめく白い波しぶき、」
さな子も夢の横に並んだ。
「部長、」 りょうも一歩前へ出た。「潮の香りがとても素敵でした」
部長はさらに目を大きく開けた。
「そうかよ、いい練習になったな。波をかけあい、大声で叫びながら観光客の邪魔をし・・・・、」
『もうすぐ雷だ・・・・』 全員下を向いた。
「おっ、呼んでいるぞ」 
「は?」 京が聞き返した。
「みんな、呼んでいるぞ、すぐ行って来てくれ」
「桂浜ですか?」 こころと夢が嬉しそうに顔を見合わせた。
「いや、高知城だ」 
「え?」 
「石段往復十回だ。急げ!」 
全員すごすごと校門へ歩いていった。正門を出てすぐ目の前の高知城へ走った。
追手門をくぐり抜け砂利道を過ぎ石段を駆け上って行った。往復三回ぐらいでもう全員ふらふらにな
ってしまった。
「高校の真正面にお城が有るゆうがも考えもんよね」 夢がぼやいた。
全員暑さも加わってよたよたと走り続けた。観光客がくすくすと笑いながら追い越して行く。
「ねえ、」 こころがみんなに声をかけた。
「また、桂浜へ行っちゃおうか?」 みんなもう返事する気力もない。

何回目だろうか、板垣退助像の横の石段を下りている時、門の外から一人の侍姿の男が現れ速い足取りで砂利道を歩いて来た。
「あ!」 京は思わず声を上げた。
「竜馬さん!」 という前に竜馬は京達の横を足早に通り過ぎ、天守閣の方へと上って行った。
京とすれ違った時竜馬は少し京の方を見たようだったが、京と分からなかったのか何も言わずに歩いて行った。
追手門に着いたとたん陸上部のみんなは暑さと疲労の為その場にへたり込んでしまった。

竜馬は天守閣に来た。
南を見た。筆山が正面に大きく見える。山の緑が美しい。
左向こうには五台山が見える。その手前には入り江のような浦戸湾が有り太平洋へと続いている。
空は抜けるように青い。その真っ青な空に綿のかたまりのような白い雲が所々に浮かぶ。風が南から吹いてくる。気持ちがいい。 

「いい眺めだ」 竜馬はつぶやいた。
「天守閣から城下を見るとこうも町全体が良く見渡せるものか」 竜馬にとって天守閣に登るのは生まれて初めてである。
土佐藩の家臣であるというのに一度も登城していない。
「筆山も五台山も青空も相変わらず素晴しい。数年前藩を出た時と同じじゃ。しかし・・・、」 城の下の道路を通り過ぎる車、高いビル、洋服姿の人々・・・・。
「風景以外は何もかも変わっちょる」 竜馬はため息をついた。
昨日京の家を出てから自宅へ行った。何も無い。
驚き、後藤象二郎の屋敷へ行くとやはり何も無い。道行く人々に聞くと「さあ・・・」と言うばかりである。
高知城へ来てみると追手門が開いたままだ。門兵もいない。
「これは?」 と思い中をのぞくと全く誰もいない。
これでは他藩の兵が五百人も攻めて来ればたちまち城は陥落してしまうではないか、何をしちょるかと、あきれながら入って行くと上の方から一人の老人が歩いて来た。
老人は竜馬を見ると大変驚いた顔をした。
「竜馬さん! 竜馬さんじゃないですか!」
竜馬はその老人に見覚えがなかった。
「どなたでしたかのう?」 
「長岡ですよ! 海援隊の、」
「おお、長岡かよ。しかし、どしたがぜよ、えらい年取ってしもうたが、」
「ちょっとあそこのそば屋へ」 長岡は竜馬をそば屋へ案内した。
そば屋の二階で長岡は竜馬に詳しく説明をした。
今は西暦2000年で、竜馬は133年も未来へ来てしまった。
日本は竜馬のいた幕末以降大きく変わり大発展をとげた。勿論世界も、と。
自分は海援隊の長岡の子孫であると改めて挨拶をした。
幕末、明治初期の歴史を簡単に説明して長岡は席を立った。
誠に残念だが、非常に重要な医学会議がアメリカで有り、すぐ飛行場に行かないと間に合わない、京の父とは大の親友である、京の家へ行けば何日でも十分面倒を見てくれるので行くようにと言い残して長岡は慌しく店を出た。
 
長岡との事を思い出しながら竜馬は再び空を見た。
空の青さが目にしみる。
「わっ!」 後ろから誰かが竜馬を押した。竜馬の左側から女の娘(こ)が顔を出した。
「びっくりした?」 
「うむ、刺客かと思うたぜよ」
「ふふふ・・・・。竜馬さん、昨日あれからどうしたの、ずいぶん探したのよ」
「桂浜へ行っちょった。夜は桂浜で過ごした」
「どうして私の家にすぐ来なかったの? 長岡のおじいさんに来るようにと言われたでしょう?」
「うむ、そうしょうと思うたが、考えながら歩いちょったら気がついたら桂浜に着いていた」
「そう・・・・。やっばり気持ちの整理がつかなかったのね」
京は竜馬の右側へ並んで立った。
「どう、久しぶりに登った天守閣は? 高知もすっかり変わったでしょう?」
「わしは天守閣に立つのは生まれて初めてじゃ。いい眺めじゃ」
「えっ? 初めて?」 
「城に入ったのも初めてじゃ」
竜馬は城に常時出入りしたりするのは家臣のうちでも上級の武士で、まして天守閣に入る者は家老とか相当の上級職だけだと京に説明した。
「まあ、そうなの。天下の竜馬さんを城にも入れなかったなんておかしいわ」
京は山内のお殿様はいけないね、と憤慨した。
「さっきから竜馬さんの後ろ姿を見ていたけど、とても悲しそうだったわ」
「・・・・・、」
「幕末からたった一人だけ違う時代に来て寂しいんでしょう。乙女姉さんも兄さんもいないし、悲しいんでしょう?」
「・・・・・、」
「ごめんなさいね、竜馬さん。昨日は本物の竜馬さんじゃないみたいに言ったり、いろいろ笑ったりして、」
「当たり前じゃ、誰だって笑ってしまう。わしも昨日長岡のじいさんに言われて133年後の高知にやって来たという事がやっと分かった」
「今朝もみんなで竜馬さんの実家の所とかいろいろ探したのよ」
「悪かったな。今朝も浜辺で海を見ながら考えてばかりいた。桂浜の浜辺は昔とちっとも変わっちょらん」
二人とも黙った。正面の筆山を見つめた。
京は竜馬の横顔をじっと見つめた。
とても悲しそうに見える。気のせいか目に光るものが見えるようだ。
「おかしいわ、竜馬さん、泣くなんて。あなたは幕末の刃の下をくぐって来た志士でしょう? 涙なんか似合わないわ」
「泣いちょるもんか。太陽の光が目に入ったんじゃ」 竜馬は左側の東の方へと向きを変えた。
京も東側を見た。竜馬は追手筋に目を落とした。
「祭りか・・・・」
「よさこい祭りよ。今集まっているのは練習と準備よ。あと何日かで始まるのよ」
「凄いもんじゃなあ」 竜馬は追手筋の大きな舞台と集まっている沢山の人を見て感心した。
京は祭りの本部を指差した。
「あそこの大きな舞台が祭りの本部よ」 「随分大きいな」
「ね、竜馬さん、私の高校へ行きましょう。ほら、お城の追手門の真ん前に有る高校がそうよ。図書館へ行って少し幕末の本を見ましょう」
「歴史の本がたくさん有るのかよ?」幕末の本と聞いて竜馬は凄く興味を示した。
「幕末、明治維新、竜馬さんの本はたくさん有るわ」
「行ってみよう。ところで京殿、そのあと京殿の家へお邪魔したいが、かまんかよ?」
「ええ、ぜひ来て下さい!」 京は大喜びで返事をした。
 
二人は高校へ行こうと天守閣を出た。
そこへ陸上部の連中がやって来た。「いたいた。京ちゃん、部長カンカンよ」 さな子が早くと手招きした。
「いけない! ね、竜馬さん、早く行きましょう。」
「うむ、しかし、それよりみんなその格好は一体何ぜよ。まるで田植え女か風呂たきの下女のような格好じゃが、」
竜馬はみんなの陸上部のユニフォームを見て呆れた声を出した。
みんな顔を合わせて笑った。「これ、陸上部のユニフォームですよ」
「いやですね、江戸時代の人は。着物を着て走れと言うんですか?」こころが前に出て来て竜馬の袴をつまんだ。
皆けらけらと大笑いした。
竜馬が左手で刀をさっと動かした。皆一瞬焦った。
「わ!」 こころは慌ててみんなの後ろに隠れた。
「みんな何しゆう?」 刀の柄に止まった虫を払った竜馬を見てみんなほっとして顔を見合わせた。
「早く行こうよ」 りょうがみんなを促した。
「そうよ、早く行きましょう」 みんな石段を走って下りて行った。
竜馬は悠然と歩いて行った。
高校へ着くと京は竜馬を図書館へ連れて行き、幕末の本を何冊か出して説明しながら頁をめくってあげた。
竜馬は真剣に本を読み始めた。
意外と読むのが早い。文字がきれいで読みやすいと感心している。カラー印刷もとても美しいと驚いている。
所々昔と違った文字やカタカナ英語を尋ねてくる。そのつど京は丁寧に説明をした。
竜馬は真剣な目で本を二、三冊読むとかなり沈痛な表情をして本を置いた。
「どう?」
「だいたい分かった。新政府では国会も憲法もでき立派な立憲君主国家となった」
「竜馬さんの目指していた通りになった?」
「うむ、その通りじゃ」 竜馬の話し方がとても重たくなってきた。
京はとても近江屋の件は話題に出来なかった。
かなり時間がたった。五時近くになった。

京は剣道部の方へと竜馬を案内した。京の父楢崎将蔵は剣道部の顧問である。
剣道部と聞いて竜馬の表情が少し明るくなった。
道場へ行くと将蔵はちょうど中央にいた。家では優しいが学校では、特に道場では鬼と恐れられている。
京は道場の戸を少し開けて恐る恐る声をかけた。
「お父さん・・・・、」 
「何だ」 ぎろりと京を睨んだ。
「竜馬さん、居たわよ。連れてきたけど・・・・、」
「おお、そうか!」 とたんに将蔵の顔が喜色満面となった。
竜馬が道場に入って行くと将蔵は急いで竜馬の前へ来た。
面を外して深々とお辞儀をした。
「坂本先生! お待ちしていました! 京の父でございます。楢崎将蔵と申します」
将蔵は竜馬に少し待っていてくれるように言って控え室に行った。竜馬をすぐ家へ案内すると言う。
京は驚いた。道場では鬼と恐れられ京にさえ大声で怒鳴る父が、まるで新入生のように緊張した表情で深々とお辞儀をしていた。
京は左側の竜馬をみた。
「先生!」 と言われ照れくさそうに立っている。
『坂本先生か、偉いのね』 京はますます尊敬の気持ちになった。そして、自分が褒められたようでとても嬉しかった。
主将の宮本が竜馬の前へ来た。
「坂本先生、一本教授願います」
宮本は県大会、全国大会などでも度々上位に食い込むなかなかの腕前である。
外部から高段者が来ると必ず試合を申し込む。と言うより、あわよくば撃破しようと言うのである。
将蔵が 「坂本先生」 と言うので相当の高段者と思ったのだろう。
竜馬は強引に竹刀を渡され道場の中央へ出た。
「坂本様、防具を!」 
「いらん、打って来(き)いや」
「む!」 宮本は小馬鹿にされたと思い、ギッと竜馬を睨んだ。
宮本がつつっと間合いを詰めて行く。
打つか、と思った瞬間竜馬はふっと下がって行く。簡単に踏み込めない。

将蔵が控え室から出て来た。
「こら、宮本、またやりゆうかよ」 将蔵は困ったような顔をした。
「宮本! 一本勝負だぞ。坂本先生、突きは、なしですよ」 将蔵は二人の間に入って審判を務めた。
「えい!」 宮本が鋭く打ち込んだ。同時に竜馬も踏み込んだ。
宮本が思いきり振り下ろした竹刀をバシッとすり上げ鮮やかに胴を抜いた。
「一本!」
将蔵の右手が上がった。宮本の竹刀が壁まで転がって行った。
「宮本、真剣だったら胴が真っ二つになっちょったぞ」
将蔵は相手が悪いと言った顔で宮本の肩を叩いた。
「はあ・・・・、」 宮本は少しショックのようだった。

竜馬達三人は高校を出てはりまや橋へと向かった。
帯屋町を道行く人々は驚いた。
「竜馬さんじゃ!」

京の家に着き応接室に入るとすっかりご馳走が出来ていた。
正月か祭りの時のように豪華な料理が並んでいる。皿鉢の大皿がびっしり並んでいる。
「すごい、食べきれないよ」 
京が驚くと、「これぐらいじゃ足りないわよ。もうすぐ長岡の先生や池さんも来るのよ。」
母は忙しそうにお皿やお酒を運んで動き回っていた。

母が竜馬に日本酒をすすめた。竜馬は嬉しそうにぐっと飲んだ。
将蔵は上機嫌だ。
「坂本先生、まずどんどん飲んで食べて下さい。もうすぐ長岡や池も来ますき」
「先生は照れますき、やめて下さい。竜馬でかまんです。長岡さん、池さんとはやはり海援隊の子孫ですかのう?」
「そうですよ。海援隊の子孫の皆も今はおおかた東京や大阪の方へ行っちょりまして、市内にはもう何人も残っちょりません。長岡は昨日竜馬さんがお城で会ったじいさんの孫です」
「長岡、池か・・・・」 竜馬は懐かしそうな顔をしながら杯を傾けた。
みんなで軽い話しをしながら食べていると長岡と池が来た。二人とも上気した顔をしている。 
「坂本先生!」
「おお、長岡さんと池さんかよ、二人ともそっくりじゃ、懐かしい気分じゃ」
京の三条大橋から桂浜に来たいきさつなどを簡単に話していると、陸上部のこころとさな子、りょう、夢が来た。
一緒に剣道部の宮本と塚原も来た。
こころ達が来たのでたちまち賑やかになった。
こころ達には竜馬が本物と言ってないが、集まったみんなの話を聞いているうちにだんだん本物と分かって来たようだ。 
こころ達は唖然とした表情になった。おしゃべりのこころが一言も喋らなくなった。
ただもう夢を見ているような表情で竜馬や京の父達の話を聞いている。京もだいたい同じだ。
将蔵達と竜馬の会話が凄すぎて、京が何か聞こうと思っても声も出せない。
話が寺田屋の死闘へと入っていった。
竜馬は料理をつまみながら淡々と話をするが本当に驚いてしまう。 
「三吉(みよし)が槍の先で襖を開けると役人がびっしり立っちゅう。無礼者! と一喝すると、坂本竜馬!神妙にしろと言いゆう。二、三人かかって来たので三吉が槍で倒すと、下がって遠巻きになって何とか近づこうとしゆう。ピストルで二、三人撃ち、三吉が四、五人倒した時横から右手を斬りつけられた。すぐ一発撃って倒したがかなり傷が深くて血がどくどくと出て来て困りましたよ」
みんなの顔が真剣になった。
料理も食べず動きもせず、じっと竜馬の右手の大きな傷跡を見た。
チラッとこころ達を見るととても怖そうな顔をしている。
「もうこれはいかんと思うて最後の一発を撃って裏口から走って逃げた。みっともないのう」
竜馬は笑いながら芝居の話でもするみたいに話すが、聞いている方は自分が真っ暗な夜の京の町を走って逃げているみたいな気持になって心臓がドキドキして来る。
「大変でしたね」 母が酒をついだ。
「もう、かまんですよ」 竜馬は手を振った。かなり疲れた表情をしている。足の傷がひどく痛むようだ。
「竜馬さん、疲れましたね」 
将蔵が心配そうに聞いた。
「竜馬さん、足の傷も深いし、もう酒はいかんですよ」 長岡は医者だ。
「うむ、ちくと痛む」 
竜馬は少し傷のあたりを押さえた。
「じゃあ、今日はこの辺で終わりましょう。竜馬さんは昨日今日と慌ただしい日でだいぶ疲れちゅう。まだまだ、お聞きしたい事が山ほど有りますが、また、明日。長岡、池、来られるかよ」 
将蔵が二人に確認した。
「当たり前じゃないですか、何言(ゆ)うがですか!」
二人とも笑った。皆も大声で笑った。
帰り際長岡は竜馬の傷の手当てをして帰った。

次の日、京は竜馬に歴史の本を十冊ほど渡した。
将蔵は剣道部へ出かけた。 「すぐ帰って来ますき」
竜馬は本を目の前に積んで次から次へと読み続けた。とにかく真剣である。声をかけるのも悪いほど食い入るように読んでいる。
時々頷いたり溜め息をつく。首を傾げる時もある。
将蔵はすぐ帰って来た。続いて長岡と池も来た。皆走って来たらしく汗をかいている。

数分ほど雑談をした後みんなで上町の竜馬の実家の跡を訪れた。
それから高知城へと向かった。
天守閣から市内を眺めた。天気は良く相変わらず真っ青な空だ。
「竜馬さんの家はあそこのビルの所ですよ」 
長岡が南西の方向を指差した。
「そうそう、実家の所の生誕の碑に文字を書いたのは吉田首相と言います。土佐の人で、1950年頃の首相です。明治維新から80年ぐらいたった頃ですよ」
首相が碑の文字を書いてくれたと聞いて竜馬は有り難い事だと喜んだ。
「ところで、吉田首相の奥様の祖父は大久保利通様なのですよ」 長岡が説明した。
「そうですか。大久保さんのお孫さんが吉田首相と・・・・、」 竜馬は大変驚いた。
京もびっくりした。そんな事は知らなかった。
維新から80年も過ぎた頃、再び維新の英雄達の接点が有った訳だ。
その時代だけで終わらずに未来に続いて行くまるで意思と使命感を持っているかのような歴史の流れを感じた。
幕末の悲運の英雄竜馬の為に、倒幕運動の盟友大久保が孫の夫吉田茂を代理として石碑に文字を書き上げたかのようである。

五人は天守閣を出て高知城内をゆっくり歩き回りながら軽い話を続けた。
「どうですか? 2000年という実感がして来ましたか」 と将蔵が尋ねた。
「いや、まだ夢を見ているようで・・・・」
「しかし、桂浜に来てその後はりまや橋に着いた時、町の様子には驚いたでしょう?」
長岡が尋ねた。 
「本当にびっくりしました。一体どうすれば4,5年でこうなるのかと・・・・、」
「はりまや橋で竜馬さんは茫然としてたわ」 
京が笑いながら話した。
「浦島太郎の気分じゃったですよ。ビルヂングはパリで10階建てのが沢山有ると本や話で聞いちょったですから、土佐も随分高いのを沢山建てたなあと全く感心したのでしたが、とにかく車には本当に驚きました。速い事、速い事。それが道路一杯溢れんばかりに沢山走りゆう。いつイギリスやフランスがこんな凄い物を発明したのかと。どうして、京の都や長崎に全く無いのに土佐にだけこんなに車が有るのかと。どこか別の国へ来たのでは? と思いましたよ」
「2000年に来たと思いましたか?」
池が聞いた。池は今貿易会社をやっている。
「いや、まさか、」
竜馬は笑いながら大きく首を振った。
一行は城の坂道を下り板垣退助像の横の石段辺りに来た。
「ちょうどこの辺りでじいさんが追手門に居(お)る竜馬さんを見かけたがですね」
長岡が前方の大きな追手門を指差しながら言った。
「よく長岡のじいさんは、わしが本物だとすぐ分かりましたなあ、」
「いや、それはすぐ分かりますよ。私もそうですが海援隊の子孫は、毎日親から竜馬さんの話を聞かされている訳ですから、目の前に来ればすぐ分かりますよ」
長岡は懐かしそうな表情で改めて竜馬を見た。
「私はてっきり竜馬さんにそっくりの人が竜馬さんになりきってると思ったわ」
「京ちゃんは竜馬さんファンとして失格じゃのう」
池が笑いながら京の顔を見た。
「だって仕方ないわ。133年も昔の人が現代に来るなんて信じられないもの。でも、本物の竜馬さんにそっくりだから、何か有るとは思っていたのよ」
京は負け惜しみを言った。
五人は追手門に来て立ち止まった。
「さて、どうしましょうか。竜馬さん足はどうですか、痛みますか?」
将蔵が心配そうに尋ねた。
「大丈夫ですよ。長岡さんの手当てがよう効きましたよ」
「いや、竜馬さんの体力と回復力が一般の人より桁外れに凄いからですよ」
「じゃあ、鏡川へ少し行ってみましょう」 
将蔵が先に歩き出した。
京の高校の正門を通り過ぎしばらく行くと鏡川に着いた。
容堂記念館や日根野道場跡を見ているともう五時になった。
「おお、もう五時じゃ、家へ帰りましょう。料理も出来ちゅうはずじゃ」
将蔵が振り返って皆に家へ帰ろうと促した。
「じゃあ、私はちょっと病院へ行って、少し片付け物をして来るき。六時には行きますよ」
長岡は自分の病院の方へ走って行った。
「池は?」 
「わしは別に。わしが居ない方が仕事がはかどるでしょう」
池は笑いながら先にはりまや橋の方へと歩いて行った。
「お父さん、私ちょっと学校へ寄ってこころちゃん達を連れて来るわ」
「そうかよ、陸上の部長によろしく。宮本と塚原にも来るように言っちょき」
「うん」 京は高校の方へ走って行った。

家に着くともう料理は出来ていて、母が早速竜馬に酒をついだ。
将蔵もぐっと飲み干した。
「竜馬さん、今日は疲れも取れたでしょうから、とことん飲みながら幕末の話をたっぷり聞かせて下さい」
「そうです。大いに飲みましょう!」 池もうまそうに杯を傾けた。

しばらくして長岡が来た。
続いて京がこころや宮本達を連れて帰って来た。
応接室がいっぱいになった。こころ達が喋りまくるので賑やかになった。
「それで、寺田屋から逃れてどうなさったのですか?」
母が昨日の続きを問いかけた。
「真っ暗な裏通りをどんどん走って行きましたが、手の出血がひどく動けなくなり、わしは川沿いに身を隠した。三吉が一人薩摩藩へ走った。その後、役人の提灯が周りからだんだん近づいて来た。息を潜めてじっとしていたがもう駄目だと諦めましたぜよ」
竜馬は料理をおいしそうに食べながら、昨日同様まるで関係ない他人の逃亡劇の説明でもするように話を続けた。
「北辰一刀流の腕前で役人をバタバタなぎ倒せば?」 
こころが真面目な顔で聞いた。
「無理じゃ、提灯の数から見てざっと50人ぐらいが周りを取り囲んじょる。槍も持っちゅうのに。おまけに斬られた手はもう感覚がなくなり動かん。もう駄目じゃと諦めた」
「捕まったの?」 
こころが心配そうに聞いた。
「うむ、捕まった」 
竜馬は短く言った。 
「えっ?」 
長岡や将蔵が大声を上げた。
「竜馬さん、そ、それは本当ですか?」
将蔵は興奮して大きく体を乗り出した。
池も長岡もそうだったのかと座卓をドンと叩き非常に驚いた顔をした。京も興奮した。
幕末の新事実だ。
「と、思うたら薩摩の連中が来て助かった」
母が大きな声を上げて笑った。
将蔵はどすんと音をたてて腰を落とした。
長岡や池はなんとも言えない表情で竜馬の顔を見た。
「いやあ、びっくりした」
将蔵も長岡も池も吹き出した汗を拭いながら言った。竜馬は少し笑っている。
京も笑った。こころを見るときょとんとしている。
「ぐるりと役人に取り囲まれて、坂本だなと言われ腹でも切ろうかと思うたら、向こうの角から、どけ、どけ、と大声で叫ぶ三吉(みよし)の姿が見えて来た。続いて、薩摩の吉井さん達が二十人ほどで来て大声で役人どもを追っ払った。役人どもは口惜しそうにしちょったぜよ。ははは」
「いやあ、歴史の記録というか本に書いて有る事と違う事が出て来たもんで一瞬驚きました」
長岡がまだ興奮冷めずといった顔で話した。
「あ、それでみんなびっくりしたんだ」 こころと夢がけらけらと笑った。
「いやあ、竜馬さんが冗談の達人とは知りませんでした」 と言いながらも池は少し残念そうな表情をした。
「池さん、一瞬特ダネかと思うたがでしょう?」 こころが笑いながら池の顔を見た。
「う、」 池は咳払いしてこころを睨んだ。
「ははは」 みんな大笑いした。
「危ない所でしたね。百人もの役人に囲まれて、三吉さんとたった二人で恐怖感とかは無かったですか?」 宮本が聞いた。
「そりや誰だって恐い。しかし、いざ目の前に役人が十人も二十人も来て、こちらも刀を抜いたら気持ちがカッと高ぶるき、もう恐いとか何とかそういう気はなくなる」
「そうですか」 宮本と塚原は全く凄いなという顔をした。
「あの・・・、竜馬さん薩長同盟の時の様子は?」 京とりょうが同時に聞いた。
「これこれ、そんなに次から次へ聞いたら竜馬さんがゆっくり食べられないじゃないの」
京の母が笑いながら、寿司などを竜馬に取ってあげた。
池が隣から竜馬に酒をついだ。
「しかし、本当によくぞ薩長同盟を成立させたもんですなあ」 
将蔵が感心しながら酒をついだ。 
「時代の流れというか、必然ですきに。それにわしはただちょっと間に入って西郷さんと木戸さんに声をかけただけですよ、」 
竜馬は飲みかけた杯を止めてあっさりと言った。
しかし、少し真剣な目になっている。
「しかし、薩長双方ともかなり反対意見が多かったし、特に長州では薩摩を憎んでいたから不可能とも言える同盟ですね」
将蔵も杯を置いて竜馬に確かめるように問いかけた。
「後世から見ても、あの薩長同盟は大政奉還成立と並んで維新の大偉業ですよ」
誠に凄いと長岡が声を強くして賞賛した。
「もし、薩長同盟が成らなければ場合によっては維新も成らなかったでしょう」
池も竜馬の顔を見ながら話した。 
「西郷さんも木戸さんも勿論同盟の気は有るんじゃ。が、互いに向かい合って座ると自分の方から切り出さんのじゃ。藩の面子が有るんじゃな」
困ったもんだという風な表情で竜馬はその時のようすを説明した。
「ご先祖様も困っちよったぜよ」 竜馬は池の方を見た。池は苦笑いした。 
「それで竜馬さんが乗り込んで行って二人を大いに怒ったんですね?」
りょうとさな子が聞いた。 
「天下の西郷さんと木戸さんを怒ったりなどするもんかよ」
竜馬はあきれた顔をした。
「でも、本にはそう書いてるわよ」 夢は持って来た竜馬伝の本を出して竜馬の目の前に突き出した。
「そう書いちゅうかよ、」 
竜馬は苦笑しながら本を手に取った。
「あの時・・・、わしにすれば去年じゃが、十日ほど遅れて、三吉や池なんかと薩摩藩邸に着いた。もうとっくに同盟が済んだとばっかり思うちょったら、同盟書どころか、同盟の話しも全くしてないという。あきれて二人にどした事ですかと聞いた訳ですよ。それから再度強く同盟を勧めてまとまったがですよ」
相変わらずあっさりと語る。
「でも当時の資料などを見ると、竜馬さんが大いに怒った、西郷さんに激しく迫ったと有りますよ」
長岡が竜馬の持っている本を取って、薩長同盟の頁を捲りながら竜馬に話した。 
竜馬はその頁を少し見て懐かしそうに笑った。
「いずれにせよ、二人の倒幕を目指す熱心な気持ちが同盟を成立させたがですき、偉いのは西郷さんと木戸さんですよ。小松さんも居たし。わしは、早く早くと二人を急かしただけですよ」
竜馬はローストビーフを見て珍しそうに食べた。
「うまいですなあ。そうそう、池も一緒に頑張りましたよ」
「そう聞いちょります」池は喜んだ。 
薩長同盟の話が一段落しても次の話がどんどん続く。京も話の中に入ろうとするが、なかなか入れない。 
将蔵や長岡、池がどんどん尋ねる。ただ、三人の会話を見ているだけだ。こころ達もひたすら竜馬や将蔵などを見ているだけである。
時計を見るともう九時だ。早い。
話が大政奉還に入って行った。
「大政奉還建白は政局大転回の建白でしたね。大元は竜馬さんの船中八策ですから、慶喜公は船中八策を朝廷に差し出した訳ですね」
長岡が竜馬の船中八策と大政奉還成立は偉業だと大声で絶賛した。
「しかし、どうなるか分からん」 竜馬の顔が厳しくなった。
「あら、徳川慶喜は受け入れたんでしょう?」 こころが言った。 
「まだこれからじゃ」 竜馬は苦笑した。
「あっ、そうか。でも結局歴史では通っちゃうわ」 
こころが竜馬や長岡の顔を交互に見ながら気楽に言った。
「そうなって欲しい。そうすれば日本にとって一番いい」
杯を置き皆の顔を見渡しながら竜馬はゆっくりと話した。 
「いつまでも倒幕だ、薩長打倒などと、やっていちゃいかん。早く強力な近代国家を創り世界の国々に負けない日本にせんといかん」 
ゆっくりと話す竜馬だが、その言葉がみんなの心にずしりと重く入り込んで行った。
将蔵は竜馬の目をじっと見つめ長岡と池は背筋を伸ばした。
「まっことその通り。が、しかし、大政奉還は竜馬さんにとってはまだこれからの事、ちくと話しづらいでしょう」
将蔵が話題を変えた。 
「西郷さんや木戸さんの人となりはどうですか?」
「高杉さんや大久保さんは? 高杉さんは四月に亡くなり残念ですが・・・・、」
長岡と池も続いて尋ねた。 
「西郷さんはまさに今、天下一の人物。とにかく大きい。人間も思想も心もみな大きい。ただたんに地位が高いというだけでなく、人間としても立派な人じゃ。高杉さんは大変残念じゃ。胸が悪かったきね。激情の人じゃ。去年の長幕戦の戦いぶりは見事じゃった。戦闘の天才じゃ」 
「竜馬さんも一緒に闘いましたね」 と将蔵が付け加えた。
「わしも乙丑丸に乗って大いにやろうと思ったが、二、三発砲撃した頃には、もう奇兵隊が敵陣へ上陸して暮府方は逃げて行った。見物しに行ったようなもんじゃ。まっこと高杉さんの闘いぶりは鮮やかじゃった」 
「竜馬さんも一緒に闘ったがですか?」 こころと夢がびっくりした。
「なあに、高杉さんの後ろでぶらぶらしちょっただけじゃ」
竜馬はおかしそうに笑った。
「木戸さんは冷静。思想は進んじょる。真面目でいい人じゃ。大久保さんは思想が格段に凄いとは感じないが、仕事を成す手腕は凄い人じゃ。無駄な事をしない人じゃのう。小松さんは聡明で欧米の事を良く知り人格が格段に立派な人じゃ。薩摩は、西郷さん小松さん大久保さんという大人物を三人も持って凄いもんじゃ」
「土佐だって竜馬さん中岡さん達が居るじゃないですか」
宮本が言うと、塚原も 「そうですよ。後藤さん板垣さんも活躍したし、」
「西郷さん達にはかなわん」 人物の大きさが違うと竜馬は説明した。
「私は何といっても竜馬さんが維新の第一の人と思うわ」 京は少し大きな声で言った。
「そうですよ」 長岡と池も身を乗り出して領いた。竜馬は照れて酒をぐいっと飲んだ。
こころや夢たちが一番凄いのはやはり竜馬さんだと口々に言った。
「お、もう十二時じゃ」 将蔵が時計を見て驚いた。
「もう十二時?」 みんなも驚いた。
「早い。竜馬さんと話していると、時間がたつのが早い。明日は朝早く京都へ行くきに、今日はこれで終りましょう。みんな泊まって行きや。竜馬さん疲れたでしょう?」 
「いや、少しも。みなさんと話しているとまっこと楽しいき、すぐ一日が終わる」 
池と長岡は帰った。宮本と塚原は三階に泊まった。こころと夢は京の部屋に泊まった。 
その後、将蔵と竜馬は二人で明け方まで話しを続けた。
近江屋事件、戊辰戦争、江戸開城、明治になってからの事など、かなり重たい話が続いた。
京達は部屋で朝まで竜馬の事をあれこれと話し続けた。
「今度サイン貰おうか?」 と、こころ。
「ハハハ、やめちょき」

翌朝五時にもう長岡と池が来た。
竜馬と京達の五人は高知駅から特急で京都へ向った。こころ達が悔しそうに五人を見送った。
「竜馬さん、お土産買って来てよ!」

列車はあっという間に瀬戸大橋を渡り岡山に着いた。そこから新幹線に乗り換え京都へと向かって行った。
竜馬は窓の外を見て速い速いと嬉しそうに驚く。
「これぐらい速いと脱藩するのも楽でしょう?」 
池が笑いながらひとこと言った。皆大笑いした。
「ほんまじゃ、中岡にも見せてやりたいもんじゃ」 皆また笑った。
「瀬戸内海はあんまり変わっちょらんね。いつ見ても美しい海じゃ」
新幹線は神戸を過ぎて行く。
「竜馬さん、この方角のずっと向うですよ、神戸海軍繰練所が有ったのは」
長岡が遥か遠くの海岸辺りを指差した。 
「そうかよ。この先が神戸かよ・・・、」 竜馬は懐かしそうに南の方を見た。
海舟を思い出したか・・・。
皆であれこれと話し、笑っているうちに、もう列車は京都駅のホームに着き静かに停まった。
「もう着いた! まっこと速いぜよ!」 竜馬が声高に感心した。
周りの乗客がくすくすと笑いながら降りて行く。
「竜馬さんにそっくりねえ」 
「高知から来やはったみたいよ」 
「京都で何か行事でもあるんとちゃう?」
あまりみんなが竜馬を見ていくので竜馬はすっかり照れてしまった。

京都駅に降り立った竜馬は街並みを見渡し絶句した。
「これが京の都か? 何という変わりよう!」
「ここは東本願寺の手前ですから、京都御所は四キロメートル、一里ばかり行った所ですよ」
長岡が御所の方を指差した。
五人はタクシーに乗ってまず寺田屋へ向かった。タクシーの運転手が驚いた。
「今日は寺田屋で竜馬祭でも有るんですか?」
寺田屋へ着くと 「おお、変わっちょらん!」 竜馬は懐かしそうに叫んだ。
中に入ると女将(おかみ)さんが出て来て大層驚いた。
「これは!」 女将さんは竜馬の顔を見て立ちつくした。 
「高知から来ました。大竜馬保存会の者です。今晩泊めて下さい」
「高知からですか。竜馬様御一行様、大歓迎です。さ、どうぞ、どうぞ」 
竜馬たち一行は特別に無理を言って泊めてもらう事にした。
二階の竜馬の間に通されたみんなは座りもせず、床の間の掛け軸や柱、壁の傷、天井などを見たりしながら動き回った。 
「竜馬さんは何処に立っていたのですか?」 池が聞いた。
「ここじゃ、」 竜馬は今立っている所だと足元を指差した。 
「すると役人は向こうの襖から来たがですね?」 長岡がすっと襖を開けた。 
「かかってくる役人を三吉(みよし)さんが次々と倒したがですね?」
将蔵が槍をドンと突き出す構えをした。 
「そうです」 竜馬は三吉の立っていた位置を説明した。
「ここの陰からいきなり役人が襲って来たがですね?」 池が右側から近寄り竜馬の右手を切る真似をした。 
「そうなんじゃ、真夜中で灯も消していて部屋が暗かったき全く気がつかんかった」 
その時の事を思い出したのか、竜馬は右手をさすった。
しばらく寺田屋での死闘の話をしたあと、五人は土佐藩邸跡へと向かった。 
「跡形もないのう・・・」 がっかりしながら、酢屋へも行ったが全く変わっている。
店の前で話していると、中から主人が出て来てやはり驚いた顔をした。 
酢屋をあとにして京都御所へ行き、その後三条大橋に着いた。
「ここね、竜馬さん。雷に打たれたのは?」 京は竜馬が雷に打たれた場所を指差した。 
「そうじゃ、ここじゃ! 沖田とあと二人ぐらい居たが、斬りかかって来よって。この欄干に寄って刀を抜こうとした時、すごい雷に打たれたんじゃ」 
「で、気がつくと高知の桂浜に居た訳ですね」 将蔵が欄干に手を置きながら聞いた。 
「一瞬にして百三十五年も未来の、しかも土佐の桂浜ですき、誰だって信じられんですな」
池が沖田の斬る真似をしながら言った。 
「百三十五年前、ここに竜馬さんが居たのね」 京は百三十五年前という年月の長さを考えて、ちょっとため息をついた。
竜馬を見ると笑っている。
「三日前じゃ」 竜馬はぽつりと言った。みんな大笑いした。
池田屋へも回ったがやはり跡形もない。
「寺田屋だけじゃな変わっちょらんのは・・・・、」 竜馬は腕を組みつぶやいた。
「近江屋は?」 京が皆に聞いた。
将蔵は、いかんという顔をした。長岡も池も黙っている。
「行きましょう」 竜馬は笑いながら皆を誘った。
河原町商店街を入って行くと通りの脇に小さな碑が建っている。近江屋跡だ。
五人は無言で碑の文字を見つめた。 
竜馬が口を開いた。「ここは土佐藩邸にも近く、場所として大変便利なんじゃ。よく海援隊の連中と打ち合わせをしたんじゃ」 
「近江屋の前は殆んど酢屋でしたか」
「そうですよ。たまに藩邸にも行きましたぜよ」
竜馬は碑の遭難という文字をじっと見つめた。
「大丈夫よ、竜馬さん。今、現代に居るんだもの。十一月十五日が来たって暗殺される訳ないじゃないの」 
京が冗談めかして竜馬の肩をポンと叩いた。
「仮に、何かの拍子に昔へ帰ったとしても、その日近江屋へ海援隊の隊士を皆集めといて、刺客を返り討ちにしてしまえばいいんじゃない?」
そうでしょう、という顔をして竜馬の顔を覗き込んだ。 
「そうするか」 竜馬は笑って京を見た。 
「さて、八坂神社へ行って、それから清水寺でも行きましょう」 池が将蔵を促した。
「そうじゃのう。そうしよう」皆が行こうと後を振り返ると、たくさんの人が竜馬達を遠巻きに囲んでいる。 
「やっぱり竜馬だ。そっくりだよ」
「高知から来たんだ」 「土佐弁で喋ってるよ。すごいなあ」
竜馬達は少し驚いて足早やに碑の前を離れた。


八坂神社で拝んだ後、円山公園に入り竜馬と中岡の像を見た。
「おお、中岡じゃ」 像の前で竜馬は懐かしそうに声をあげた。
「ついこの間も会って話したが、大政奉還などでは駄目だとばかり言いゆう。どうしても武力で幕府を壊滅したいんじゃ。気が荒(あろ)うて困る」
中岡の像に語りかけるように竜馬は少し大きな声で話した。
「そうどすなあ、やはり、竜馬様の平和な大政奉還路線の方がご立派どした」横にいた老婦人が静かに言った。 
「竜馬さまは心が優しくて、立派な方どしたなあ」 老婦人は竜馬の顔を見つめ深々とお辞儀をして立ち去った。
孫なのか、小学生の女の子が一緒だ。女の子は老婦人と竜馬の顔を交互に見ながら歩いて行った。
京の横を通った時、女の子は京の顔をじっと見あげた。 
可愛い瞳だ。
 
八坂神社を出ると祇園へ行き新橋通りを歩いた。
「まるで、昔のままね」 京が古い町並に感心して声をあげた。
舞妓さんが通る。「綺麗だわ」 京はうっとりして見とれた。
「昔に帰ったみたいじゃ」 竜馬の表情がとても和やかになった。 
「いやあ、まるで江戸時代に来たみたいですなあ」
将蔵も格子戸の家を見ながら言った。 
それから東大路通りへ行き清水坂へ入った。
焼物店や漬物店、おみやげ屋の並ぶ坂道を歩いているといつの間にか清水寺に着いた。 
清水の舞台から眺める京都の町は、美しく素晴らしい。
「いい景色じゃ」 「桜の頃もいいし、紅葉の頃も美しい。また、夏は夏で見事だ。」
池と長岡も景色に見とれた。 
「絶景かな、絶景かな」
欄干に手をつき手を額に当てて、遠くの子安塔を眺めながら京は芝居じみた声を出してはしゃいだ。 
「やめんか」 将蔵が笑いながら京を見た。長岡と池が笑った。竜馬も笑った。 
「何でみんな笑うの?」 京は皆を見た。 
「若い娘が五右衛門の真似をして」 将蔵は困ったもんだといった顔をして笑った。 
「絶景かなは、清水寺ではなくて南禅寺じゃ、京ちゃん」 池が笑いながら言った。皆笑った。 
京は一人笑いに取り残されてしまった。
清水寺を楽しんだ後、皆再び寺田屋へ向かった。

陽が大分傾いて来ている。
寺田屋に着くと早速皆風呂に入り、少し早いが夕食にした。
主人が来て丁寧に挨拶をし、「サービスです」 と言って日本酒を一本持って来た。
しばらく主人を交えて話がはずんだ。
そうこうするうち、女将さんもやって来た。話が盛り上がった。 
一時間程して二人は 「お邪魔しました。本物の竜馬さまと話しているみたいでした。本当に楽しかったですわ」 と階下へ降りて行った。 
その後も話は大いにはずんだ。
寺田屋という事もあって、まるで幕末の志士が四人政局を声高に論じ合っているというふうである。夜の十二時を過ぎても話は賑やかに続いた。 
やはり、寺田屋の話が一番多い。
薩長同盟や海援隊の話が少し一段落するとすぐ寺田屋の乱闘の話に戻る。十回ぐらいは寺田屋の話をしている。 
近江屋の暗殺の件は誰も全く話題にしない。大政奉還や明治の話など、八月より先の事にも全然触れない。
寺田屋の話が一段落するとだいたい海援隊の話に入って行く。海援隊や船の話になると竜馬の目が輝く。本当に海が好きな人だ。
結局寝たのは四時過ぎだ。東の空が少し明るくなって来ていた。 

ほんの少し眠っただけで起きて九時にはもう寺田屋を出た。主人と女将さんが名残り惜しそうに見送りをしてくれた。
「また、皆さん来て下さいね」 いつまでも手を振っていた。
一行は先に金閣寺を訪れ、それから二条城へと回った。
東大手門を入り唐門の前に至った竜馬は 「見事なもんじゃ」 と唸った。
それから二の丸御殿に行き、大広間を見た。 
大広間を見つめる竜馬の目は鋭い。まるで、そこに慶喜が居るかのようにじっと見つめる。
竜馬にすれば、これから来る大政奉還決定の日の舞台だ。真剣になるはずだ。 
「竜馬さん、頑張ってね」 思わず京は竜馬に声をかけた。
「うむ」 自分自身に言いきかせるように竜馬は強く返事をした。 
二条城を出た一行は京都駅へ向かった。

三時頃京都駅に着いた。男性が二人駆け寄って来た。
「竜馬さん!」 武市と中岡の子孫だ。 
「おお、武市さんに中岡さんじゃな。分かるぜよ」 竜馬が二人の名前を言った。
「皆、何ですぐ教えん。昨日聞いて慌てて飛んで来たぜよ」
二人は竜馬と握手しながら、将蔵や長岡を睨んだ。 
「連絡したら旅行へ行っちゅう言(ゆ)うき、東京から帰って来てから行こうと思うちょったんじゃ」
将蔵が説明した。
「旅行どころじゃないですよ。どうして竜馬さんが桂浜へ着いた日に、すぐ旅行先に電話をしてくれんかったのですか」
武市が将蔵や長岡に文句を言った。 
「いや、重要な旅行じゃないかと思うて…」
「竜馬さんより大切な旅行など有るもんですか」 
全員大笑いした。 
「陸奥は?」 中岡が聞いた。
「東京駅で待っている」
竜馬の一行は七人になった。
京都駅から再び新幹線に乗った。
列車は東京へ向かった。
                

席に着くと武市と中岡が続けざまに竜馬に問いかけた。
どうやって来たのか? 着いた時の気持は? 市内を見て変わったので驚いたか? ずっと将蔵の家に泊まっているのか? などと次から次に聞いて来た。 
「まるで訊問じゃな」 長岡達が笑った。
「京都じゃ寺田屋に泊まったがですか。寺田屋の襲撃の話をしてくれんですか」
武市と中岡が竜馬の方にぐっと膝を詰めた。
竜馬は先日と同じように淡々と話した。
「いや、誠に危なかった。手は大丈夫ですか?」 中岡が竜馬の手を取った。 
「こんなに斬られて。もうちょっとで指が飛ぶところじゃ」
中岡は傷口を少しさわりながらほっとしたようにつぶやいた。
列車は関ヶ原を過ぎて行った。
「ここで勝って家康公は、幕府を開いた。その幕府ももう消滅寸前じゃ。どうですか、大政奉還は?」
武市が幕末の政局を聞いた。 
「いや、そんなに簡単にはいかん。幕府方どころか、こちら側にも反対意見が多いき困る」
竜馬がぼやいた。 
「そうじゃな、西郷、大久保、木戸さん、皆武力倒幕路線じゃからな。おまけに中岡まで・・・・、」
武市は中岡を非難するように見た。 
「ご先祖様の悪口を言うたらいかん」 中岡が武市に抗議した。
池が大声で笑った。「喧嘩したらいかん」
みんなも大笑いした。京も思いっきり笑った。
列車は名古屋を過ぎ、桶狭間の奇襲地跡あたりもあっというまに通りすぎた。
左手前方に富士山が見えて来た。
「竜馬さん、富士山よ」 京が指差した。
竜馬は窓へ顔を寄せ富士山を懐かしそうに見た。 
「変っちょらん。美しい。雄大じゃ」 ひとしきり富士山の事をあれこれ話しているうちに、列車は熱海を過ぎて行った。
平塚あたりを過ぎる頃長岡が右前方を指差した。
「この先が江ノ島と鎌倉ですよ。竜馬さん、頼朝公の開いた幕府ももう崩壊寸前ですな」
「申し訳ない事じゃ」 竜馬は静かに言った。
「頼朝公は立派な人じゃ。だが、世界情勢が大きく変わった訳ですよ。弓と刀ではもう日本の政治はやっていけない時代ですな」
武市が幕府という政治体制では駄目だ、近代国家でないといけないと言った。
それはまさしく今幕末で竜馬が進めている政策だ。
「もう東京じゃな。竜馬さん、江戸ですよ。旅館へ着いたらいろいろ聞くき頼みますよ」
武市と中岡が口を揃えて言った。
竜馬は頷いたが苦笑いしている。
「竜馬さんがゆっくり食事できないわ」 京が竜馬をかばうように言った。
列車は東京駅のホームへ滑るように入って行った。
一行が列車のドアから出ると、男性が三人近寄って来た。
「やあ、待っていました。夢じゃないだろうね」 陸奥宗光と勝海舟、由利公正の子孫だ。
三人は竜馬と強く握手した。


「この手だ、この手で寺田屋へ来た役人供を百人まとめて撃退したんだ」
陸奥が両手で竜馬の右手を掴み嬉しそうに言った。

一行は赤坂の勝海舟邸宅跡近くの静かな旅館に泊まった。
「疲れた。竜馬さん風呂へ行きましょう。ここは結構凝った作りの岩風呂が有るんですよ」
男性達は皆一斉に風呂場へ行ってしまった。
京は一人で荷物を片付けて運ばれて来た料理を並べた。
「やっぱり、こころちゃんも連れて来るんだった。失敗、失敗」
長岡と池が帰って来た。
京も風呂に入ったが、素早く出た。部屋へ戻ると皆座って京を待っていた。
「では、竜馬さまを歓迎して、乾杯!」
陸奥が乾杯の音頭を取った。
人数が十人だから賑かだ。竜馬はたまったものじゃない。
全員から次から次へとあれこれ聞かれる。
「そんなに皆さん次から次へ聞いたら、竜馬さんは食事が出来ないわ。ゆっくり聞きましょう。私が代表して聞きます」
「京よ、とんちんかんな事聞いたら皆に笑われるぞ」
将蔵が大丈夫かと心配した。
「大丈夫、任しといて」
京は竜馬の横に来て、竜馬にお酒をつぎながら聞いた。
「では、まず、竜馬さん。昔この旅館の近くに住んでいた勝海舟様を訪問しましたね。本当に斬るつもりだったのですか? どうです、皆様いい質問でしょう」
京は皆を見渡した。
「うむ、うまい」 長岡が義理拍手をした。
「どうですか? 竜馬さま」 マイクでも突き出さんばかりに聞いた。
「斬る訳ないじゃろ」
竜馬は有り得ない、と言った。
困ったような迷惑そうな顔をしている。
「あら、本当に? 勝さんに遠慮しているんでしょう」
京は竜馬の顔を覗き込んだ。
「遠慮はしちょらん。第一、わしは人を斬るがは好きじゃない。もう何年前じゃ、大分前じゃな。千葉の重太郎と一緒に訪問したんじゃ。とにかく、奸物と悪評判の勝海舟とはどういう人物かこの目で確かめたかったんじゃ。重太郎も同じ気持ちだったんじゃ」
竜馬は思い出しながらゆっくり話した。
「北辰一刀流の剣豪が二人では海舟様もかないませんね」
京はつまみを取ってあげながら竜馬の顔を見た。
「京ちゃん誘導尋問じゃ」
中岡が笑った。将蔵も苦笑した。
「でも、竜馬さんだって現代に来てから歴史の本を殆ど読んだでしょう。どの本も暗殺しに行ったと有るわ。海舟様も氷川清話で竜馬さんが斬りに来たって言ってるわよ」
京はどうしても竜馬を刺客にしたいらしい。
「そうじゃないんじゃ。世界情勢と日本の今後を聞くのも目的じゃった。勝さんは咸臨丸でアメリカへも行っとるし実際の経験が有る。そういった人の意見を聞くのがええんじゃ」
皆を見た。しかし、誰も何も言ってくれない。
竜馬は困ったな、といった顔で話を続けた。
「勝さんに会うのに松平の殿様に紹介状を書いて貰ったんじゃ。大大名の殿様の紹介状を持って暗殺に行く刺客がどこにおるぜよ。聞いた事がない。そんな事をしたら、紹介状を快く書いてくれた春嶽公に申し訳ないぜよ。それに、重太郎は千葉道場の跡継ぎじゃ。勝さんを斬ったりしたら、一家取り潰しじゃ。父上の定吉殿に大迷惑じゃ。そんなに無鉄砲に人を斬るもんじゃないぜよ」
竜馬の話し方が真剣というよりもむきになって来た。
「でも、竜馬さん、海舟さんに斬るつもりだったと言ったんでしょう?」
「言(ゆ)うたよ」
「そらご覧なさい。そんな事言うから、氷川清話に書かれるのよ」
京は笑いころげた。皆も笑った。
竜馬は憤慨した顔で、「斬るつもりだったと言うたがは、あとの事ぜよ。一ヶ月ぐらいあとじゃ。勝さんと酒を飲みよった時に言うたんじゃ。勝さんは大笑いしちょった。酒の上のおもしろ話じゃ」
竜馬は隣の勝に酒をついだ。
「私は竜馬さまを信じております」 勝は真面目に言った。
「京よ、あんまり訊問したらいかんよ」
将蔵が笑いながら次の質問をしろと言った。
「よし、では・・・・、」 京は、膝の上の本をパラパラッとめくった。
「この有名な竜馬さんの写真が有ります。この時竜馬様は懐に何を持っていたのでしょか?」
京は竜馬のあの有名な台座にもたれている写真の頁を皆に見せながら聞いた。
「万国公法じゃ」
長岡が断定した。
「そうじゃな、万国公法しかない」 陸奥も続いた。
「あの頃はいつもその本ばかり見ちょった。あるいは、英語の辞書かだ」
池もはっきり言った。皆も当然と頷いた。
「という事で万国公法の本ですね」 京は確認して次の質問に移ろうとした。
「短銃じゃ」 竜馬はあっさりと言った。
「え? どうして?」 京は驚いて聞いた。
「どうしてと言われても、あの写真館へ行った時、本なんか持って行ってなかったぜよ」
竜馬は苦笑しながら本の写真の頁をじっくり見つめた。
「ああ、夢が壊れる。万国公法じゃないの?」
京はとてもがっかりした。
「悪いな。だけど、この写真を見ればすぐ分かるじゃろ。万国公法の本は、こんなに大きいんぜよ。懐に入れたりしたら、こんなに膨らんでしまうぜよ。この時は懐に短銃を入れちょったんじゃ」        
竜馬は手で本の大きさを示した。
長岡と池が顔を見合わせた。
皆も、そうかという風に頷いたり竜馬の写真を改めてじっくりと見つめた。
「分かりました。残念でした。では次の話をお聞きしましょう。一番人気の有る寺田屋の死闘、そして脱出の話です」
京が竜馬にどうぞ、という風に合図をした。
「一番の人気たあ、どういう事ぜよ、人が危うく役人に斬り殺されるかも知れんかったちゅうのに」
竜馬は京を少し睨んだ。
中岡と池が笑いころげた。陸奥も大笑いした。
竜馬もつられて笑った。
「しかし真っ暗闇じゃったき闘いがやりにくかったでしょう。」
池が聞いた。
中岡が口を挿んだ。「何が、やりにくかったでしょう、ぜよ。第一、池さん達はなんで、三吉さんと一緒に竜馬さんを護衛せんかったんぜよ。危ないとこぜよ。いったいあの時何処へ行っちょったがぜよ!」
「いや、あの時ご先祖様はな・・・・、」
池は汗をかきながら必死で弁解した。
しばらく池と中岡、陸奥のやりとりが続いた。
話は続いて行った。
薩長同盟、千葉道場の猛修業、神戸海軍操練所、勝海舟の事、西郷と初めて会った時の事。そして、やはり海援隊の話になる。
「海援隊はいいですなあ。男のロマンですなあ。」 勝が言った。
「海国日本の進む道は、勝さんにたっぷり仕込まれたきに。勝さんのおかげじゃ」
竜馬は勝に酒をついだ。勝は喜んだ。
「そうじゃ、初めて勝さん宅を訪問した時に、」 竜馬が話を戻した。
「え、なあに?」
京が期待して聞いた。皆も杯を置いて耳を傾けた。
「世界の情勢を語ったあと、勝さんは言ったな」
「何て?」 京が身を乗り出した。
竜馬は海舟の喋り方を真似して言った。

「竜馬さん、土佐の出だね。
太平洋は広いね。
でもね、
世界はもっと広いよ」

言ったあと竜馬は当時を思い出したのか目を閉じた。
「そんな事言ったの・・・・。それで、竜馬さんは何て言ったの?」
目を閉じている竜馬の右手を指でとんとんと叩いて聞いた。
「わしは感心したぜよ。勝さんと横の地球儀を交互に見た。本当にそうじゃ。わしは小さい頃いつも桂浜で太平洋を見て、こんなに広い海がほかに有るか、と思うちょった。だが、世界は太平洋よりもっと大きい。その大きい世界の国々が太平洋の向うから海を越えて日本へどんどん押し寄せて来よる」
酒をぐっと飲み干し竜馬は続けた。
「勝さんは言った。竜馬よ、世界の強国は海から日本へやって来る。海防こそ急務だ。強い海軍を作るんだ、手伝ってくれ、と」
皆大きく頷いた。勝は初めて聞いたと感心した。
「わしは感激して言った。勝さん、やりましょうってな。そして、弟子入りしたんじゃ。」
懐かしい瞬間を思い出して再び竜馬は天井を見上げた。
「日本海軍第一歩の瞬間ですな」
武市が竜馬と勝を見て言った。
「海軍の第一歩とは大げさじゃが…」 竜馬は頭をかいた。
「いやいや、そんな事はない。勝さん竜馬さん二人の出会いの延長に海国日本が有るんですよ。日本の海軍、海運事業は勝さんと竜馬さんの二人を抜きにして語れんですよ」
陸奥が熱く語りながらドンと座卓を叩いた。
「そうじゃ!」 と皆一斉に拍手をした。
竜馬は照れ笑いをしながら寿司をつまんだ。
「世界相手に貿易はやりたい。日本のすばらしい品物を積んで各国へ行くんじゃ。帰りは世界のすぐれた文明の品々を日本へ持って帰るんじゃ」
貿易の話をする時の竜馬の目は生き生きと輝く。
京はその目に見とれる。
「海軍の方も強力にやらないと・・・」 由利が持ちかけた。
「海軍は勝さんじゃな。わしより年季が入っちゅう」
「海援隊がそのまま海軍になればいい」
勝がいい案だろうと言った。
「そうじゃ!」 大きな拍手が起きた。


長岡が時計を見た。もう夜の二時だ。
「どうりで少し眠たいはずじゃ。どうする。皆さん?」 池が聞いた。
「明日は何時出発?」 「七時じゃ」
「じゃあ、寝よう」 武市が立ち上がった。
「風呂へ入って来る」 竜馬が部屋を出た。
「竜馬さん、風呂へ行くんですか。じゃあ、わしも」
「わしもちょこっとだけ入ろう」 皆ぞろぞろとついて行った。
京一人部屋に残された。「もう! みんな行っちゃて。これどうする?」
京は一人でぶつぶつ言いながら料理を片づけた。
こころの顔が浮かんで来た。
蒲団を全部敷いた所へ皆帰って来た。
「あーあ、いい湯じゃった。さ、寝よう寝よう」
皆さっさと蒲団にもぐり込んでたちまち眠ってしまった。
おまけに竜馬と少し話をしようと思っていたのに、将蔵と長岡が竜馬の横で大の字になって気持ち良さそうに寝ている。竜馬もぐっすり寝ている。
京は父を壁の方へぐっと押しやってそこへ入り込んで座った。
隣の竜馬を見ると、もう気持ち良さそうにすやすやと寝ている。
京は竜馬の手をつねった。
「痛い、痛い」 竜馬は目を覚ました。
「痛いじゃないわよ。もう少しお話しましょう。海舟さんや千葉道場時代の事をもっと教えて下さい」
「だめじゃ、もう眠たい」 そう言うと竜馬はむこうを向いた。
京は竜馬の肩をゆすった。
「明日はどこへ行くの?」 「知らん」 
「何時に起きるの?」
「長岡が起こしてくれるじゃろ」 竜馬はそのまま寝てしまった。
「お父さん!」 京は父の肩を揺すった。
「明日何時に起きるの?」
「うーん、何じゃ京か? 明日は六時に起きて七時にここを出る」
将蔵はそう言うと向こうを向いて寝てしまった。
京は時計を見た。もう三時半だ。あわてて隣の六畳の部屋に行き布団にもぐりこんだ。
ところが、みんなの鼾が凄い。襖が全然役に立たない。
おまけに 「新撰組め!」 とか 「竜馬さん逃げろ、危い!」 などと、あちこちから寝言が聞こえて来る。
結局、京は一睡もできなかった。六時に皆を起こした。
「お、もう朝か。よく眠れた」 
「よし、ちょっと朝風呂じゃ」 皆ぞろぞろと風呂へ行った。
京は一人で蒲団を片づけ、ちょうど運ばれて来た朝食を並べた。
そこへ皆帰って来た。
「いやー、いい風呂じゃった。おなかがすいた。お、もう用意が出来ちゅう」
皆さっさと座り食べ始めた。
「うまいうまい。京ちゃんおかわり」
「わしも」 「わしもじゃ」
皆食欲旺盛だ。
京はてんてこ舞いだ。
『く・・・・、これじゃ、こころちゃんだけじゃなく、陸上部全員連れて来ないと参っちゃう』

七時に旅館を出た一行は、いったん勝の家に行きそこから車に乗って上野へ向かった。 
一行は西郷隆盛の銅像の前に来た。
「お、優しい顔になったね、」
竜馬は非常に驚いた顔で銅像を見上げた。 
「西郷さんはこんな顔じゃなかったのですか?」 勝が確認した。
「もっと怖い顔をしちょった。笑う時はいいんじゃが、一言でも大政奉還と言おうものなら、この太い眉を吊り上げて人の顔をぎょろっと睨むんじゃ。怖い、怖い」
「普段は?」 
「普段じゃって怖い顔をしちゅう。こんなに優しい顔をしちょったら会談の時も気楽なもんじゃ」
竜馬は嬉しそうに銅像を見上げた。
「そうか・・・・、」 みんな改めて西郷さんの銅像を見上げ顔をじっと見つめた
西郷さんの銅像を見た後、京橋方面へ向かった。千葉道場の跡だ。 
「全く何も残っちょらん」 竜馬は悲しそうにつぶやき、周りの町並みを見た。
「すごいもんじゃ。変ってしまった」 剣士の代わりにサラリーマンが歩いているだけだ。
一行はそれから首相に会いに行く事にした。
「陸奥よ、会えるかよ?」 将蔵が陸奥に確認した。
「伯父に頼んでおきましたよ。一分でも時間が取れたら、会ってくれると言っていたそうです。一秒でもいいと言ってたそうですよ。大ファンだからすごく喜んでいたそうですよ」
「誰に会うの?」 京は聞いた。
「大渕首相じゃ」 
「会ってくれるの?」
 「竜馬さんの大ファンじゃ。国会抜け出したって来るぜよ」 池と中岡が断言した。
「今の総理大臣じゃな?」 竜馬が京に聞いた。
「そうよ。竜馬さんのお札を作った人よ。竜馬さんの後輩よ」
「後輩? 土佐の人かよ?」
「違うのよ。竜馬さんがやがて幕末か明治へ帰ったとしたら、当然総理大臣になるでしょう。だから、大渕首相は竜馬さんの総理大臣としての後輩よ」
「そうですよ、竜馬さん」 由利が言った。
「わしが総理大臣なんかになれるかよ」
竜馬はおかしそうに笑った。
「いや、当然総理大臣ですよ。第一、竜馬さんの子分みたいなご先祖の陸奥宗光だって外務大臣をやったじゃないですか」
陸奥が竜馬の総理大臣は当然と言った。
「由利だって、実質的には財務・大蔵大臣として大活躍をした。長岡も中島も高松も皆大活躍だ。伊藤博文も総理。西郷、大久保、木戸さんだってまだ総理大臣という名称が無かったが、総理大臣と同じ地位にいた。それらを考えると竜馬さんの総理大臣は当然ですよ。しかも、薩長同盟成立、大政奉還成立、海援隊と成し遂げた事や活躍が、はっきり言って西郷、大久保、木戸さん達よりも凄い」
池が竜馬の業績を並べた。
竜馬はあきらめて黙った。


車は日本橋へ寄った。
「日本橋ですよ」 勝は車を日本橋の手前で止めた。
「ここが日本橋かよ」
竜馬は周囲や日本橋の真上を走る高速道路を眺め落胆した声を出した。
勝はそれから車を日銀へ走らせた。
「日本銀行ですよ」 
「ほー、すごいもんじゃ。新政府じゃ、まずこれを作らんといかんなあ。由利さんの仕事じゃな」
「由利はあの頃手いっぱいで日銀まで無理ですよ」
由利が弁解口調に言った。
「ふふふ」 京が笑った。
竜馬は何がおかしいのかと京の顔を見た。
「竜馬さんてそうやってすぐ部下や知り合った人に重要な仕事を与えてやらせるのね」
目の前で竜馬の人の使い方の一端を見て京は感心した。
「そう、竜馬さんのすごい点の一つが人の使い方と人材発掘じゃ。他の人には真似できん」
陸奥が由利と長岡の肩をポンと叩いた。
「日銀がどこの跡に建っているのか分かりますか?」
由利は地面を指差した。
「うむ、日本橋があっちじゃろ・・・・。金座の跡かよ?」
「そうですよ」 
「由緒ある場所の受け継ぎじゃな」 竜馬は感心した。
しばらくすると車は銀座に入って行った。
「街がすごく立派になって来たな」
竜馬が窓から両側を見て感心した。
「ここら辺りは銀座の跡地じゃな。えらい綺麗になったもんじゃ」
本当に凄いものだと感心した。
「銀座の街を当初発展させたのは、当時東京知事をやっていた由利公正ですよ」
武市が説明した。
「そうかよ、いい仕事をしたねえ」 竜馬は由利の肩をポンと叩いた。
「いえいえ、」 由利は頭をかいた。
国会議事堂へ着いたのは昼前十一時だ。
陸奥の知り合いの議員に頼んでおいたので、一行は中へ入り見学ができた。
夏だが臨時国会が召集されていたので、ちょうど本会議の演説を聞く事ができた。
京は国会に入ったのは初めてだ。とても緊張した。
横の竜馬を見ると腕を組んで真剣に各党首の演説を聞いている。感慨深そうに時おり広く高い天井を見上げている。
「船中八策の議会が目の前に有ります。どうですか?」
長岡が感慨深げに竜馬に語りかけた。
「本当にすばらしい」
竜馬は各党首の演説を一言も聞き漏らすまいとするかのように食いるように見つめている。
昼休みになった。陸奥が首相の秘書の所へ行き、会えるかと聞いて来たが、秒刻みで重要な会議が続き全く抜け出せない、大変残念だと返事が有った。
ただ明日以降は少しスケジュールも楽になる。何とか、高知へ行ってでも会いたいとメッセージが有った。
「申し訳ない」 がっくりと肩を落とす陸奥に 「いやいや、ここまで良くやってくれた」 と竜馬が労った。
「陸奥腹を切れ!!」 中岡が怒り狂って言った。
「私の腹でよければ切るぞ!」 陸奥が立ち止まった。
「やめちょき。国会で腹なんか切ったら、ニュースになって竜馬さんの事も大騒ぎになる」
武市が中岡に無茶言うなと言った。
「さて、皇居へ行こう」
一行は桜田門へ着き、橋を渡って行った。
「江戸城は変ってないのう・・・、」
竜馬は二重橋の前に立ち、広がる堀、静かな木々を眺めた。
「昔もこうだったの?」 京が聞いた。
「変っちょらん。橋は勿論木でもう少し小さかった。桜田門はそのままじゃ。今にも井伊大老の行列が出て来そうじゃ」 桜田門の方を少し見て竜馬は話した。
「井伊大老が来たら斬りますか?」 池が言ったが、口調が真剣だ。
池こそ斬りに行きかねない。
「また人を刺客にしよる。血気盛んな先祖の血が、そのまま子孫に伝わっちゅう」
竜馬は池を見て笑った。
皆もつられて笑った。池は頭をかいた。
「いやあ、竜馬さんと話していると本当に幕末に居るような気がして仕方がない」
池は何とか幕末に行き勤王党の皆を手伝いたいと言った。
「しかし、城の前はこんなに広くなって・・・・。前はここら辺まで旗本の屋敷がびっしり並んじょったのに、」
竜馬は後を振り返り広がる松林を見渡した。

一行は大手門から江戸城の庭園へ入って行った。
百人番所あたりで、剣道の練習の音が聞こえて来た。
「やっちょる、やっちょる。午後の猛練習じゃ。さっき通りすぎた建物が道場なんですよ」
「気合いがいい。達人だらけじゃな」 竜馬は呟いた。
天守閣跡に登った。風が吹く。周りがよく見渡せる。
「ここだけは、昔のままという感じですな」
城跡の前のよく手入れされている広い庭園を見ながら竜馬はしみじみと言った。
「江戸城の天守閣も明暦の大火で消失しなければ、現代でも高知城みたいに堂々と建っているのに。惜しい」
長岡が残念そうに説明した。
一行は庭園を歩いた。 
「ここら辺が大奥の有った所ですな。あそこの木の所が松の廊下ですよ」
由利が説明しながら先頭を歩いた。

        
一行はやがて皇居前広場の楠公像の前へ来た。
「楠公の像か、迫力有るね」 京が見上げて感心した。
「くすのき公じゃない、なん公だ」 将蔵が京の頭をポンと叩いた。
長岡と池が下を向いてくすくすと笑った。
他のみんなも京の顔を見て笑った。
「面目ない」 将蔵が困ったという風に言った。
「幕末史に出て来ない人だもの、ちょっと勘違いしただけよ」
京はくやしそうに竜馬の方を向いた。
「ねえ、楠公様ってどんな人なの?」
武市が代りに答えた。「忠臣楠木正成公じゃ。朝廷の為数々の戦さで功をあげ最後は湊川で戦死した」
「なるほど、それで皇居前に建っている訳ね。それだったら、」
京は竜馬の袖を引っぱった。
「この竜馬様の像もここへ建てないと」
「おいおい、ここは桂浜じゃないぜよ」 池がまた笑った。
「だって、そうじゃない。幕末に勤王の志士として大活躍をし、大政奉還を成しとげ政権を七百年ぶりに朝廷に取り戻したのは、この竜馬様よ!」
京は誇らしげに竜馬の顔を見上げた。
「そうじゃ!」
中岡と陸奥が拍手をした。皆もそうだ、と同意した。
池が感心したように京の顔を見た。
「京ちゃんも、時々いい事言いゆう」

それから一行は靖国神社へと行った。
中岡がどうしても行こうと勝に言った。
靖国神社には竜馬と中岡が祀られている。
全員神妙に祈った後首相官邸へ向った。
内堀通りをゆっくり進み国会議事堂を過ぎて行き、ほどなく車は溜池の首相官邸に着いた。
陸奥が降りて門の中へ入って行った。
後から中岡が叫んだ。
「会えないんだったら、陸奥よ、帰って来れんぞ!」
「そうだ」 池も声を出した。
「やめちょき、二人共。プレッシャーかけたらいかん」
武市が真剣な顔をして二人に言った。
「そうだ、本当に腹を切ってしまうぞ」 由利が心配顔で言った。
「いや、それぐらいの必死の覚悟で行くのがいい。気迫で、とにかく首相をさらって来るんじゃ」 勝が陸奥に頑張れと言った。 
「よせよせ、誘拐罪で逮捕されるぜよ」 長岡が困った連中めと言った。
「ハハハ」 京は思いっきり笑った。竜馬も笑った。
十分ほどして陸奥が官邸から出て来た。
「どうだった」 中岡が駈け寄った。陸奥は無言だ。
「竜馬さんが会いに来たちゅうのに、一分でも会えんとは、一体どういう話をしたがぜよ!」
中岡が顔をまっ赤にして怒った。 
「よし、わしが行って来る」 池が門の中へ走り出そうとした。
「やめとけ」 由利と勝が止めた。
「どうも土佐人は気性が荒くていかん。戦さの時はいいけど普段は困るなあ」
勝は車のドアを開けた。
「もう二時だ。飛行機は七時でしょう。あんまり、のんびり出来ない。さあ行きましょう」 勝は皆を車へ急がせた。
念の為、中岡、池と陸奥の席は離した。
「陸奥よ、皇居前で見事に腹を切れ! わしが介錯をしてやるき!」
「中岡、もうええじゃろ」 武市がなだめた。 
「首相があさって、高知へ来てくれる言うき、ええじゃないか」 陸奥も頑張ったぞ、と武市は中岡に言った。
「よし、じゃあ、あさっての結果を見よう」
池が陸奥の腹をじっと見つめた。
勝は明治神宮へ車を乗り入れた。
一行は玉砂利の道を神殿へとゆっくり歩いて行った。
「静かなもんじゃ。外は凄いビルだらけじゃのに、ここは太古の森の中のようじゃ」
竜馬が左右の巨木を見上げながら感心した。
「元旦はとても静かとは言えませんが、普段は散策するのにいい」
由利が腕を組みながら明治神宮の見どころを説明した。
明治神宮を出て神宮外苑へ行き聖徳記念館に入り、維新の名画の数々を見たあと、「並木道を歩きましょう」 と言う京を車に押し込み南へと向かった。


車は高輪の薩摩藩邸跡に着いた。
「ここです」 勝が石碑を指差した。
西郷と海舟の会談の場所だ。
「ここでの海舟と西郷の会談が決裂していたら、江戸は戦火の中に消滅していたでしょう」
由利が言った。武市も大きく頷いた。
竜馬は石碑の大きく深く刻まれた文字をじっと見た。
二人とも竜馬にとって一、二の重要な人物だ。
「勝さんも偉いが、西郷さんも立派だ。京都の方では徳川を壊滅させろ、慶喜を切腹に、という声が殆どじゃった。それを押さえて、いわゆる講和を行った。徳川壊滅の所を条件付降伏で受け入れ許した。なかなか出来ない。太っ腹だ。」
長岡が西郷を誉め讃えた。
「じゃあ、皇居前に竜馬さんと勝さんと西郷さん三人一緒の銅像を建てないといけないわ。天皇に尽くした人と江戸城、江戸の町を守った人、皆立派よ」
京が竜馬と勝を見て言った。
「本当にそうじゃな」 由利が大きく頷いた。
「由利公正さんが大蔵大臣並みの地位の時、予算をどんと取って造っとくべきだったのよ」
京が由利の顔を見上げて言った。少し責めている顔だ。
「いやあ、それを言われると耳が痛い。もうすぐお盆だからその時ご先祖に言っときます」
由利が顔を赤くして京と竜馬に頭を下げた。
「そうだ、それに、竜馬さんが大政奉還後、福井へ行って公正さんを呼ばなかったら、公正さんはあと十年くらい幽閉されたままで、大蔵省どころか家から一歩も出れんかったんじゃぞ」
少しは感謝して銅像ぐらい建てるべきだったと、中岡と池が由利に詰め寄った。
「まあまあ、そういじめなさんな」 陸奥が中岡と池をなだめた。
「いや、まあ、全く中岡、池の言う通りだ」 由利が本当に申し訳ないという顔をした。
「わしの銅像より、明治初期の一番大変な時、大蔵の業務を完全にやり遂げたんじゃから、それだけで十分じゃ。凄い」
竜馬が由利公正は非常に立派だったと褒めた。
三人の銅像をなんとか早いうちに建てようと皆意見が一致した。
その後、一行は薩摩藩邸跡を出て羽田へと向かった。
陸奥は残った。あとの皆はゲートへ向かった。
「車を頼んだよ。当分使ってていい」 勝が陸奥に言った。
「車より、首相を頼んだぞ!」 中岡と池が陸奥に念を押した。
「任しといてくれ。もし、万が一失敗したら・・・」 陸奥が必死の顔で言った。
「月の夜桂浜で腹を切れ。絵になるぞ」 中岡が陸奥の腹を叩いた。
「もう、中岡も池もいいかげんにしいや。桂浜で切腹なんかしたら五色の石が汚れて、観光客が来なくなる。高知県の損失じゃ」
武市が少しは考えろと中岡、池に言った。
皆声を出して笑った。

飛行機は定刻通り羽田を飛び立った。
夜空を一路高知へ飛び続ける。皆、東京での楽しかった事を賑かに話し続けた。
飛行機は高度数千メートルを飛び続ける。京は窓の外を見た。
まっ暗な夜空に無数の星が輝いている。空じゅうに真珠を散りばめたようだ。
「雲の上を飛んでいるからこんなに星がくっきりと見えるのね。すてき」
隣の竜馬を見た。
「綺麗なもんじゃ。こんなに星がくっきり見えると航海の時とても楽じゃ」
竜馬も星空を見上げてすばらしいと言った。
「ふふ、すぐ海と船の方に気持ちが行くのね」
「海の事はひとときも忘れん。それにしても、鉄の蒸気船が海に浮かぶのも不思議じゃが、鉄の塊が空の上を飛ぶがも誠に不思議じゃ。すごいのう」
長岡から飛行機の飛ぶ仕組みを説明されていたが、竜馬はそれでも不思議だ、凄いと感心した。
やがて飛行機は高知空港に着陸した。
車に乗り三十分ほどで高知市内に着いた。土電が走っている。
街の灯りが多くなって来た。賑やかな交差点に着いた。
はりまや橋だ。夜のライトに赤いはりまや橋がくっきりと見える。
「着いた!」 京の家はすぐそこだ。 
玄関で京の母が手を振りながら待っている。
皆手を振りながら京の母の方へと歩いて行った。




                   つづく




       「竜馬がくる~桂浜編」その32へ続きます。
       

  ヒロイン京は幕末の竜馬の妻:楢崎お龍(おりょう)の生まれ変わりです。
  この点に留意してお読み下さい。




        ※著作権者紫四季から掲載の許可を得ています。
          無断転載複写配布掲載禁止です。
  
    
            2006.11.25.   ナポレオン






  ◆ 「竜馬がくる」 あらすじ 2

京の父楢崎将蔵や家族は竜馬が本物である事を周りには秘密にする。
大竜馬祭の竜馬役の人だと説明する。高知、京都、東京などを案内する。
竜馬はいつか再び幕末へ還れる時の為に現代の科学技術、政治システム、法律、歴史などを研究。京も手伝う。
京は高校3年生。高校は高知城の正面に有る。陸上部に入っている。父は同じ高校の教師であり剣道部の顧問でもある。
優しい父であるが、道場に入ったとたん鬼になる。大竜馬保存委員会の幹事をやっている。家族全員竜馬を尊敬している。特に京は友達の間でも有名な竜馬の大ファン。
竜馬はある日京や陸上部のみんなと高知城、はりまや橋、竜馬の生家、五台山、筆山、竜馬記念館、幕末大竜馬村、桂浜などを回る。よさこい祭りも楽しむ。
京の父、長岡、京などと京都、東京へ行き中岡、勝、陸奥などの子孫とも会う。西郷、大久保、木戸の子孫とも桂浜で会う。京都で竜馬は寺田屋に行きその変わらぬ佇まいに懐かしい顔をする。酢屋、近江屋と訪れ溜息を漏らす。一行は八坂神社、清水寺も訪れる。     
東京では千葉道場跡、江戸城、日本橋、銀座などを見てその変わりよう、大発展に改めて驚く。
首相が竜馬の来ている事を知り高知へ来る。首相は竜馬の大ファンだ。首相がはりまや橋をパレードしている時テロ団に襲撃される。竜馬は襲いかかるテロ団から首相を守る。
現代に来て10日ほどした時竜馬は再び幕末へ還れると分かる。京は悲しむ。
みんなに見送られて竜馬は桂浜から再び幕末へと還る。幕末へ還る竜馬を追いかけ京も幕末へと行く。
ところが竜馬が現代から幕末へ持ち帰った機械、資料、本などはすべて途中で消滅。違う時代の品物、資料は移動が出来ない。竜馬の現代の記憶も着いてすぐに完全に消滅。京の記憶も竜馬ほどではないが殆ど消滅していく。
京はかすかに残った未来の記憶を竜馬に伝えようとするが、未来の事を伝えようとするとどうしても言葉が出てこない。伝えようとしない時は割と未来の記憶が有るのに、いざ竜馬に伝えようとするとその瞬間記憶がふっとすべて消えてしまう。
何も伝える事が出来ないまま京は竜馬の活躍を見守る。
幕末に還った竜馬は、京を連れて各地を回り倒幕大政奉還実現の為に大奮闘する。
京は幕末の各地の美しさに感嘆する。特に京の都、長崎の美しい港。土佐へも行き昔の土佐も見て大喜び。竜馬の姉の乙女にも会う。
9月下旬から10月上旬にかけて竜馬は大政奉還実現の為に西郷、木戸さらに幕府の要人などとも会談を重ねる。
幕府の要人は竜馬の話を理解し受け入れの方向へと進む。だが、逆に西郷、大久保、木戸、中岡達は竜馬の大政奉還策に頑として首を縦に振らない。
皆竜馬に面と向かって大政奉還策そのものに強く反対や激しく非難はしないが、言葉厳しく竜馬の大政奉還策の不備な点、漠然とした所を突いてくる。さらに時おり穏やかな口調で大政奉還など実現不可能だ、慶喜が大政奉還を行なう訳などないと竜馬の政策の撤回を求めてくる。
それよりも早く一緒に武力総攻撃を行なおうと竜馬に迫ってくる。
竜馬譲らず。「今日内外の情勢を見れば、もはや幕府には大政奉還しか道はない。必ず大政奉還は成される。出兵を急ぐな、内戦の愚を避けよ」 と皆に説く。
西郷、木戸とも竜馬の要請により出兵を保留する。勿論攻撃、武力倒幕を放棄した訳ではない。西郷の右手が高く上がれば薩摩、長州の兵は一斉に出撃する。土佐も続く。 
慶喜が大政奉還建白書を蹴った瞬間、一挙に総攻撃に入る。むしろ大政奉還よりもその方を西郷は待っている。
徳川慶喜の処遇をめぐって連日激論が続く。
竜馬と激論する西郷、大久保はすさまじい形相である。
あまりの凄まじい会談に、一緒にいる京は驚き一瞬にして胃が激痛に襲われた。




 

■   説 明

「竜馬がくる~桂浜編」は実録物語ではなく小説ですのでご了承下さい。
小説「竜馬がくる~桂浜編」は簡略編です(300頁)。本編の「「竜馬がくる~はりまや橋編」(1000頁)よりかなり短くしています。背景などの描写が省略されていて読みづらいと思いますが、大政奉還頃の竜馬の活躍を大いに楽しんで下さい。

◇大政奉還当時の幕末・維新小説であると同時に青春物語です。
読者は、高校生から28才ぐらいを想定しています。30才以上の方は自分が25才の竜馬になった気分で読んでみて下さい。
◇文中に登場する人物、団体、大竜馬祭、竜馬保存委員会、大竜馬村などは架空です。
桂浜の波打ち際で小説のように遊ばないで下さい。桂浜は波が非常に荒く危険です。

◇小説の人名は有名な言い方を使用しています。西郷吉之助、桂小五郎、三岡八郎・・・と書かず、西郷隆盛、木戸孝允、由利公正・・・と幕末明治全体で一般的・有名な言い方を使用しました。
◇官職名、職名等に於いても江戸時代・幕末の、議定、参議、卿、摂政、関白、太政官・・・などをそのまま使わず現代の用語を使っています。 総裁、総理大臣、大臣、内閣と置き換えています。
ただし、現代に同じ内容の役職、名称がない場合も有り正確に置き換えている訳では有りません。
人名、官職名を変えているのは、高校生、中学生などの若い読者も多くいるので読みやすくする為です。
年配の読者の方には逆に読みにくくなると思いますがご容赦下さい。

◆この「竜馬がくる~桂浜編」は「竜馬小論」同様高知、東京で一部配布していますのでお読みになった方が既に何人かいると思います。今回はこのブログでご覧下さい。
前回配布した本を一部手直ししています。
◆「竜馬がくる~桂浜編」 は1999年9月に完成した小説です。

◆この小説には主題歌が15曲有ります。主題歌付の小説です。
桂浜の歌、はりまや橋の歌、長崎の歌、竜馬の歌、「世界の海援隊」「俺は坂本竜馬」「すてきな京都」「潮風が知っている」「あこがれ」「波はともだち」・・・・などすばらしい歌ばかりです。
これらの歌は大ヒットして日本中を流れるでしょう。
「竜馬がくる~桂浜編」もテレビ・ドラマや映画、舞台となり、多くの人々を感動させる事でしょう。


◆この小説の著作権は、紫四季に有ります。
◆紫四季の小説、小論、あらすじ、歌詞、楽譜、歌、イラスト、写真などには、すべて著作権等が存在致します。無断・複写・配布・引用・レンタル・ネット送信や掲載などはご遠慮下さい。



◆このブログにはいろいろな小説、短編物語、評論などを掲載しています。

竜馬の評論「竜馬小論」、連載小説「森の中の宇宙人」、サッカー小説「広場のイレブン」、ロバート・ランブンの短編物語、童話などいろいろ入っています。 どうぞご覧下さい。
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竜馬小論も多くの人が読んでいます。




       「竜馬と小説と歴史のブログ」館長  ナポレオン





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■竜馬小論「大政奉還建白書は船中八策の模写」 紫四季  07.1.14. [・・・・竜馬の評論]

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        2007.1.14. 更新しました。

 
 
   2007年は大政奉還成立140周年です。
    竜馬の偉業に改めて感嘆する年です。
   また、海援隊結成140周年でもあります。
    そして、竜馬没後140年でもあります。

※この頁には三つの竜馬小論が掲載されています。

 1.「大政奉還建白書は船中八策の模写」
      これは、
   「後藤象二郎は・・・」「後藤、容堂、土佐藩は・・・」
   「何度見ても船中八策と・・・」「大政奉還建白書の発案・・・」
   「竜馬の船中八策は・・・・」の五作連続の合計です。

  2.「竜馬は自由人」      3.「海援隊と新撰組

  4.『大政奉還建白書とは、すなわち船中八策」

  5.竜馬の有名な写真

  6.「竜馬小論の各項目タイトル
      です。 続けてお読みください。



 ◆「大政奉還建白書は船中八策の模写」


                     紫 四季

後藤象二郎は優秀である。
竜馬という人物がこれからの日本には重要と理解した。
後藤は同時に竜馬の持つ貿易、船舶、軍艦、兵器、海運、商社などの実務のノウハウも大いに必要とした。
だが、後藤が一番希望したのは、竜馬の持つ倒幕側等の豪華な人脈だ。
西郷、大久保、小松、木戸、あるいは海舟、春嶽、横井小楠・・・・、そういった人物、藩と土佐藩、後藤自身が懇意になる事によって、新政府に於いて土佐は間違いなく主流に入り込む事が出来る。
動きは早かった。たちまち竜馬に接近し意気投合した。
後藤は豪放な性格だ。竜馬を再び土佐藩に引き戻すよりも、土佐藩を竜馬に合わせてしまった。
竜馬が頑として土佐藩に戻らないので、困った末の方法だったかも知れないが、愉快な方法である。
竜馬が大物であるから当然だと言ってしまえば当然だが、なかなか出来る事ではない。
第一土佐藩に於いて倒幕派の竜馬が全面的に支持されている訳ではない。
保守的な連中から見れば、脱藩した勤王党の大物竜馬と手を組む後藤は許せない人物という事になる。
が、後藤はそういった非難など気にもせず竜馬との提携を続けその関係は一層深くなって行った。
西郷や大久保よりも若いが、やはり土佐藩を背負う男である。ただの優秀ではない。
後藤も人物である。

後藤、容堂、土佐藩は幕府の存続を必死で模索した
幕府と薩長間の戦争を回避出来ないか。
つまり幕府の壊滅を防止できないか。
何とか幕府と薩長がうまくやって行けないか。
共同政権を作れないか。
同時に、土佐藩がもう少し政局の重要な位置を占める事が出来るようにならないか。
妙案が出ない。

その時後藤は竜馬から船中八策を示された。
これだ。
後藤は喜んだ。

これで幕府と薩長が戦争をする事なく新政府が出来る。
同時に土佐藩が政局の主流になる事が出来る。
しかも軍事攻撃寸前の薩長も、船中八策、すなわち大政奉還政策を支持してくれるはずだと竜馬は後藤に明言した。
薩長も支持するとは凄い。
これ以上のものは無いと喜んだ。

後藤はすばやく土佐藩全体を動かした。いい手腕をしている。
竜馬が大政奉還政策の為に動くのは当然であるが、後藤も大政奉還政策の理解と支持を得るために精力的に各藩を回った。
すでに竜馬の船中八策、すなわち大政奉還政策を理解した後藤は竜馬の分身の如く大奮闘した。
大政奉還政策を説く後藤に対してどの藩も不可能だと驚いたが、土佐藩がそれほど力を入れるなら反対はしないと一応支持はしてくれた。
難関である薩長は竜馬が必死で頼んだ。

西郷も木戸も怒ったが、盟友であり親友の竜馬に頼まれ仕方なく一応総攻撃は保留してくれた。
ほかならぬ竜馬が推進する大政奉還政策だからしぶしぶ賛成である。
但し、大政奉還など不可能である。いつまでも待てない。慶喜が即座に大政奉還を実行する事が条件だと念を押された。

竜馬の発した船中八策という奇策と後藤の奮闘により土佐藩は幕末の最終段階に於いて先頭に躍り出て最後の大舞台で政局を主導する事となった。

そして、各方面から不可能だと言われ続ける中で大政奉還建白書は慶喜に受理され、即座に朝廷に大政奉還の上表文が提出された。 
翌日早くも朝廷に正式に受理された。

大政奉還成立。

倒幕側も幕臣も全国の各藩も、そして、当の竜馬や後藤も驚くあまりにも早い大政奉還成立であった。
慶喜に大政奉還建白書が提出されてから、わずか十日ほどの事である。
信じられない速さであった。

とにかく、この時点に於いて土佐藩は政局の最前列に位置する事となった。
これからの朝廷における議会に於いて必ず対立する薩長と徳川の間に入り、議題、政策を調停しまとめ上げて実施して行く重要な役割を持つ事となった。
いや、上手くいけば主導権を取れる。
更に大政奉還建白書に記載されている近代国家が完成した時には、大政奉還建白書を提出した土佐藩は大きな功績となり、完全に新国家の主流となる。
後藤も容堂も喜色満面となった。

何度見ても船中八策と大政奉還建白書はそっくりである。  
どちらも八項目である。
項目数だけではない。
書かれている内容がそっくりなのである。
勿論ご存知のように先に作成されたのは船中八策である。
竜馬が後藤象二郎に渡した船中八策を見て、後藤や容堂達は大政奉還建白書を作成したのである。
後藤や容堂達は大政奉還建白書を作成する時に、国家の重要基本項目として、徴税、財政、国境、交戦規定、前政権者の処遇、産業発展、社会制度、科学文明の海外からの取入れなど、あと五つや六つぐらい追加しても良さそうなものであった。
時間も十分に有ったのである。
しかし、増える事なく八項目のままであった。
名君と世に知られた容堂公と優秀後藤の二人をもってしても、船中八策以上の建白書は作成できなかった。
いかに竜馬の船中八策が当時のレベルを超えた高度な政策書であったかが理解できる。

大政奉還建白書の発案・作成は後藤の功績か?

「大政奉還建白書の発案及び作成は土佐藩が主導して始めた。
主力は後藤象二郎である。
竜馬はほんの少し参考程度の事を提案しただけだ。
後藤は竜馬の短い荒削りのメモ書き程度の船中八策を軽く参考にして、持ち前の学識と政治能力で高度の大政奉還建白書を完成した。
大政奉還建白書は後藤と土佐藩の大きな功績である。」
と、思っていた方は前述をご覧頂ければ、そうではないという事がお分かり頂ける。

竜馬の船中八策は後藤と容堂によって大政奉還建白書となり幕府を消滅させる事となった。

だが、どういう訳か幕末、明治に於いては、いや現代に於いても大政奉還成立は土佐藩と後藤の功績となっているようだ。
大政奉還建白書の真の作成者、大政奉還成立の真の功労者として坂本竜馬の名は、特に、大政奉還直後や明治初期に於いてあまり出なかったようである。
何故であろうか?
大きな理由が有ったのだろう。

だが、歴史は正しく坂本竜馬を評価する。
竜馬の功績を知る事の出来る二つの書類が現代にも残っている。
竜馬の船中八策と土佐藩が作成した大政奉還建白書両方の書類である。
船中八策と大政奉還建白書は同じ八項目、内容が複写したようにそっくりである。

後藤と容堂の書き上げた大政奉還建白書を見れば、竜馬の船中八策の模写であるとすぐに分かる。

             

         
       ※「大政奉還建白書は船中八策の模写」は、
          「後藤象二郎は優秀である」と
          「後藤、容堂、土佐藩は幕府の存続を必死で模索した」
          「何度見ても船中八策と大政奉還建白書はそっくり・・・」
          「大政奉還建白書の発案・作成は後藤の功績か?」
          「竜馬の船中八策は後藤と容堂によって・・・・・」
             の五作の合計です。
          重複となりますが、連続すると読みやすくなりますので、
          掲載しました。    

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              2007.1.14.  ナポレオン





  ◆「自由人竜馬」



                    紫 四季



西郷や木戸、大久保など多くの志士達は武力倒幕・戦争を睨んで活動していた。
西郷や木戸などは政治家であると同時に軍人・武将であった。
多くの志士達は毎日政治家というよりも軍人、戦士といった気構えで倒幕運動をしていた。
だが、竜馬は独特であった。
まるで商人のようであった。
もちろん多くの要人と倒幕や政治的な会談をしている。
だが、それ以外の竜馬を見ると船に乗って商業活動をしている。
竜馬と知らない人がそれを見たら商人と思うであろう。
つまり、小曽根や白石、伊藤のような大商人が倒幕運動をしているのと同じだ。
多くの志士は朝から晩まで武器を持ち常に攻撃する事ばかり考えている。
中岡がいい例だ。
西郷、木戸も同じだ。朝から晩までいつ攻撃の命令を出そうかと考えてばかりいる。
頭の中は戦争の事ばかりだ。
だが、竜馬は全然違う。
武器を運ぶ事も多いが、それ以外は通常の産物・商品を運んでいる。
完全に商人である。
そういった毎日では刀を抜く事もまずない。
刀より算盤を握り英語、オランダ語を話す時間の方が多かったはずだ。
算盤や英語、オランダ語も上手かった事であろう。
商人、実業人といった方がいい竜馬がいざ武力攻撃となれば、米や海産物を港に下ろして代わりに大砲、ライフルを大量に積み込み薩長の兵士も多数乗せて幕府軍に向かっていくのである。
ユニークな倒幕の武士である。
同時に海援隊という集団もユニークな倒幕の集団だ。

倒幕運動の中心にいたが竜馬を武闘派の武士、つまり軍人・戦士だと断定できない。
海援隊という会社を率いて海運業を行い活躍した。
別の角度から見るとまるで商人・実業家のようだ。
陸奥、中島といった後に明治時代に大活躍する大物を育てた。
そのほか多数の海援隊の隊員を育てた。
つまり後年政治家、思想家、軍人、官僚・官吏となる連中を育てた。
優れた教育者である。
竜馬を「教育者」として取り上げる人は殆どいない。
だが、竜馬は実践的な教育者だった。
海援隊は会社でありながら商船大学という学校の側面を持つ。

もちろん竜馬は政治家だ。
新政府創建を目指した。
薩長同盟において見せた竜馬の斡旋能力、交渉術は老練な政治家だ。
大政奉還直後に作成した新政府・明治政府の要職を記載した人事案は抜群である。
竜馬の作成した人事表と明治時代の政府要職一覧表はまったく同じだ。
大政奉還の時点で、明治時代に政府要職に就き活躍する人々を見事に予想している。
竜馬の人を見る目、未来を見通す目は鋭い。
遥か先の時代を的確に見る優れた政治家だ。
船中八策という政策書で大政奉還を成し遂げ日本を大きく変えた。
封建制の日本において劇的に進んだ議会制国家を目指し竜馬自身の手で完成直前だった。
封建制・幕藩体制と竜馬の目指した議会制近代国家を比較すると革命と言える大変化だ。
では、思想家か?
しかし、思想家だと言うとかなり雰囲気が違うと言う人が多い。

では、いったい竜馬は何なのだ?
と、分からなくなってくる。

竜馬は、自由人なのだ。




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                    2006.11.5.



                    
 ◆ 海援隊と新撰組

                  紫 四季

共に幕末同時代の集団だ。
人気が有る。共通点が有るからだろうか?

共に浪人集団である。
藩に属して来た正規の武士集団ではない。
いや、武士集団というより出身が武士でない者が多い。
寄せ集めだ。
その為に同じように考えて比較する人も居る。
倒幕側のヒーローと幕府側の崩壊していく哀しきヒーローとして扱う人もいる。
海援隊と新撰組、比較してみよう。



               つづく

             
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            2006.10.19.  ナポレオン

                     


■ 大政奉還建白書とは、すなわち船中八策

紫 四季

つまり慶喜は恭しく朝廷に竜馬の船中八策を差し出した。
そして、朝廷もそれを受理した。
日本はこの時大きく変わった。
大砲を撃つ事もなく刀を抜く事もせず、たった一通の書類によって、その瞬間幕府は消滅し歴史は方向を変えた。
一介の浪人の思想が日本の歴史を変えた一瞬である。

竜馬は非常に多彩な面を持つ英雄である。
倒幕派の志士であるが、限りない夢とロマンを持つ海の男。
だが、寺田屋事件に見られるように百人の役人を相手に平然と死闘を演じる千葉道場出の凄まじい剣豪、豪傑である。
ライフルなどの最新兵器を輸入し、兵器や軍艦などの近代機械の操作に堪能なハイテク人間である。
海援隊を率い潮の香りのする政治家、思想家。時代の最先端を行く男だ。
竜馬が求め続けたのは、ただひたすら新しい日本。
たんに幕府壊滅が目的ではなく大きな目標を目指した。
船中八策に有るように議会開設、憲法制定、統一近代国家、能力主義、平等社会、素晴しい日本の大発展である。
権力や名誉も財産も欲しない。
薩長同盟、大政奉還、この二つの内どちらか一つを成し遂げただけでも歴史的偉業であるというのに、何の後ろ盾も持たない浪人である竜馬が両方とも成し遂げてしまった。
凄まじいとか破天荒と言っても表現しきれない。桁外れの政治家であり、思想家である。

誠に坂本竜馬は天才である。
二度と竜馬のような真の英雄は出て来ないであろう。





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              2006.8.16.

※ブログの最初の方に記載していますので見落とす方がいると思います。
 再掲載しました。

            


■ 竜馬の有名な写真

                            紫四季

上野彦馬が撮った台座にもたれている写真である。
部屋の中で撮った写真だというのに、船の舳先かマストに立って前方の海を見ているように颯爽としている。
右手を懐に入れている。大切な物が入っているのであろう。
いったい何を持っているのか?
法律か海運の本だろう。みんなそう思う。
だが、ピストルである。
腕や手首の角度をじっくり見ればどう見てもピストルである。
本が入っていれば懐は大きく膨らむ。あの頃の本というのは殆ど大きく分厚い。
当時の外国の法律の本が文庫本サイズというのは寡聞にして知らない。


※竜馬の例の写真を見て、懐にはピストルを入れていると断定すると、「そのような事は分からない。確実な歴史の記録や当時の人の日記でピストルを入れていたといった記録が残っていないのに手首の角度だけで断定する事はおかしい。ピストルでなく本でないか。第一写真を撮る時に何故ピストルなど持つ必要があるのか?」と反論が出ると思います。
しかし、腕、手首の角度、懐のふくらみ具合からして間違いなくピストルです。

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                      ナポレオン



6. 下記は「竜馬小論」の各項目のタイトルです。タイトルのみ掲載。
   これらのタイトルを順次当ブログにて掲載予定です。
   下記に記載しているタイトルの順番と
     竜馬小論に掲載している順番とは違います。

◆ 明治維新の真の英雄は坂本竜馬。
◆ 大政奉還建白書とはすなわち船中八策。
◆ 竜馬のハイテク技術をみんなは必要とした。
◆ 竜馬は、「最先端」人間。
◆ 竜馬の生誕の碑の文字を書いたのは、大久保利通の孫の夫だ。
◆ 薩長同盟締結斡旋。竜馬の大政奉還政策と並ぶ偉業である。
◆ 倒幕という事だけを考えれば、この薩長同盟成立により幕府壊滅は・・・・
◆ 少し竜馬の多彩な面に触れてみよう。
◆ 世界を目指す者は海援隊に集まれ。
◆ 後藤象二郎は優秀である。
◆ 後藤、容堂、土佐藩は幕府の存続を必死で模索した。
◆ 何度見ても船中八策と大政奉還建白書はそっくりである。
◆ 大政奉還建白書の発案・作成は後藤の功績か。
◆ 大政奉還建白書は船中八策の模写
◆ 竜馬の船中八策は後藤と容堂によって幕府を消滅させる事となった。
◆ 日本のみならず、世界の政権史上に於いてもすばらしき大政奉還。
◆ 竜馬と海援隊と榎本武揚
◆ 日本・世界の歴史上多くの英雄、偉人がいる。
◆ 船中八策はハイレベルである。
◆ 船中八策を現代人は当然と思うが、当時は革命的な政策だ。
◆ 明治維新の真の英雄竜馬。
◆ 薩長同盟の後再び竜馬が破天荒な事をやり遂げた。
◆ 竜馬は小さい頃劣等生であった?
◆ 維新に於いて竜馬の活躍は群を抜いている。
◆ 竜馬は凄まじい努力家。
◆ 明治の大発展は西郷、大久保、木戸の大奮闘による。
◆ 竜馬は優れた経営者
◆ 大政奉還政策を採らず薩長同盟により総攻撃をかけた場合・・・・
◆ この小論の中では大政奉還建白書と船中八策とは同じもの。
◆ 竜馬の特技
◆ 政治力の落ちた幕府を追放した後、どのような国家なら日本は強国と・・・・
◆ 海援隊と新撰組
◆ 慶喜は修正要求もせず大政奉還建白書を受理した。
◆ 幕末は軍事力で勝った方が正義という時代
◆ 大政奉還建白書はそれ自体が平和
◆ 大政奉還は成立した。現政権者からも日本中にも支持された。
◆ 大政奉還を検討している幕府の要人の屋敷を竜馬は訪れた。
◆ 言論の勝利である。
◆ 竜馬は言論、思想による政権交代を行なった。
◆ 竜馬の有名な写真が有る。 
◆ 竜馬の大政奉還建白書はオリジナルではない?
◆ 竜馬の真髄は政治家であり思想家である。
◆ 明治維新の本を見ていると、西郷、大久保、木戸はどの本に於いても・・・・
◆ 何故、大政奉還成立の日の翌日十月十六日が明治初日とならないのか。
◆ 革命とは? 明治維新は革命か?
◆ 戊辰戦争に於いて江戸城に対する攻撃を止めたのは、勝海舟と西郷である。
◆ 戊辰戦争は結局起きた。悲惨な内戦であった。
◆ 勿論、大政奉還政策は慶喜に辞職を要求するだけの政策ではない。
◆ 大政奉還建白書通りの国家となった時に日本は素晴らしくなる。
◆ いったい大政奉還政策とは何か? この凄まじいもの。
◆ 西郷は立派な人間だ。
◆ 竜馬の凄い所。     
◆ 西郷、小松など薩摩の人々は何故あれほど、竜馬を応援したのか。
◆ 竜馬はいい人々に恵まれた。
◆ 竜馬は孤独な英雄。
◆ 明治時代は竜馬の目指したとおりの時代となったのであろうか。
◆ 竜馬が大政奉還建白書を出さなくてもやがて誰かが出すだろう?
◆ 桂浜の竜馬の銅像の下に立ち、竜馬を後ろにして遠く太平洋を望めて・・・・
◆ 竜馬像の下で竜馬と同じポーズで海を見ていると気持がいい。
◆ 大政奉還は朝廷と慶喜との高度の契約
◆ 大政奉還は慶喜と朝廷の契約。破棄は許されない。  
◆ 大政奉還成立によって明治近代国家は完成した。
◆ 大政奉還が成立し徳川幕府が消滅した。
◆ 竜馬が大政奉還政策を採った理由は。
◆ 西郷達も竜馬の人脈には感心した。
◆ 竜馬が薩長同盟を成立させた事はどの本を見ても大きく評価されている
◆ 江戸時代の終結が大政奉還によって成されたという事は大きい
◆ 大政奉還には、重大な事が三つも入っている。
◆ 竜馬の先見性、柔軟性
◆ 竜馬は超越している。
◆ 倒幕なら薩長同盟だけで十分である
◆ 夢のような大政奉還政策
◆ 慶喜の大政奉還は大英断である
◆ 大政奉還建白書すなわち船中八策はすべてを超越した政策
◆ 薩摩藩家老小松帯刀 
◆ 小松帯刀は重要な人物である。
◆ 黒船来航で幕府が狼狽したとよく言われるが、幕府だけの問題であろうか
◆ 竜馬と薩長の間のすれ違い。      
◆ 西郷隆盛
◆ 竜馬の凄い点
◆ 竜馬は聞き上手か
◆ 西郷も竜馬の才能には感服   
◆ 竜馬の夢、世界の海援隊
◆ 寺田屋事件
◆ 竜馬は好奇心旺盛な科学者のようだ。探検家のようでもある。
◆ 竜馬七不思議    
◆ 竜馬は学問に於いて優秀
◆ 竜馬は学問は出来ない?
◆ 竜馬の学問のレベルは日本有数
◆ 竜馬の功績。    
◆ 竜馬は時代の先頭にいた。
◆ 竜馬の功績。    
◆ 竜馬は薩長同盟を斡旋したのではない。
◆ 後藤象二郎の銅像を見たことがない。
◆ 西郷も以前は慶喜を支持していた。
◆ 竜馬は組織を嫌う自由人
◆ 何故、西郷は幕府に完勝すると確実に自信を持って予想したのか
◆ 竜馬は海援隊に於いて世界を志す者は藩や身分に関係なく集まれと宣言
◆ 大政奉還は即藩政奉還。法律的根拠がある。
◆ 竜馬の船中八策、すなわち大政奉還建白書の真の凄さ。
◆ いったい大政奉還政策、すなわち船中八策とは? この凄まじいもの。
◆ 寺田屋事件でおりょうの機転により竜馬は助かったが、竜馬だけでない。
◆ 薩長同盟に於いて見落としてはいけない事が有る。
◆ 他の人ではなくて、竜馬が薩長同盟の斡旋をしたという事が大きな意味。
◆ 即平和が訪れ近代国家となる。そんな夢のような政策が一体有るのか。
◆ 幕府も薩長も朝廷も全国みんなが賛成するような政策が有るのだろうか。
◆ 大政奉還建白書通りの国家となった時に明治維新の完了と言える。
◆ 明治時代に竜馬が居ればどうなっていたか。
◆ 竜馬が明治時代に過小評価された理由。
◆ 賢明な将軍慶喜の不幸。
◆ 慶喜は敗戦が確定した時、フランス軍の援助を要請しなかった。立派だ。
◆ 慶喜は亡命しなかった。立派である。
◆ 鳥羽伏見の戦いを避け慶喜が戦略を誤らず朝廷工作で政権に復帰し・・・・
◆ 明治維新は革命と言えるだろうか。
◆ 勝海舟は何故脱藩して倒幕側に入らなかったのか?
◆ ところで海舟といえば、疑問に思う事が二つ有る。
◆ 明治維新とはいつからいつ迄か。
◆ 竜馬と海舟、西郷の銅像を皇居前に作ればいい。
◆ 西郷は凄い。政治家として、武将としても凄い。
◆ 竜馬がいた土佐藩について。
◆ 竜馬は本当に海舟を斬りに行ったのか?
◆ 竜馬という事で中学生の方や小学生の方も読んでいる事と思います。
◆ 大久保利通は明治時代の英雄。
◆ 江戸時代と現代、どちらが優れているか。
◆ 日本文化・芸術論。  

   ほか、

       ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


◆このブログにはいろいろな小説、短編物語、評論などを掲載しています。
竜馬の小説「竜馬がくる~桂浜編」、竜馬の評論「竜馬小論」、連載小説「森の中の宇宙人」、「広場のイレブン」、ロバート・ランブンの「モンマルトルのピアノ弾き」、ロバート・ランブンの短編物語などいろいろ入っています。 
左の「最新記事一覧」「カテゴリー」欄をクリックしてお読みください。

伊東和雄の長編小説「森の中の宇宙人」と、サッカーの長編小説「広場のイレブン」は、カテゴリーの「森の中の宇宙人」と「広場のイレブン」をクリックしてご覧ください。

◆このブログに来る時にアドレスを忘れた場合は、ヤフーやグーグル、SO-NET、SO-NETブログなどで下記の言葉で検索して下さい。
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◇数学 小説   ◇ランブンの定理    ◇銀座ぶらぶら歩き

※ヤフーで「竜馬 小説」と検索すると、40万ものホーム・ページ、ブログの中からこのブログ:竜馬の小説「竜馬がくる~桂浜編」が一番目か上位に出てきます。驚きです。
それほど多くの人が小説「竜馬がくる~桂浜編」を読んでいるのです。




       「竜馬と小説と歴史のブログ」  編集長  ナポレオン




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■「森の中の宇宙人」30まで。 1から30まで。伊東和雄。 [・・・・森の中の宇宙人]

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        2007.1.20. 更新しました。



 小説「森の中の宇宙人」 まとめ  その1から その30


 ◆ご案内
その30までまとめました。 この頁でその1からその30まで読めます。
初めての方は最初からお読みください。既にその29まで読んでいる方は、最後の方をお読みください。
 簡単なあらすじを記載します。先にお読みください。

     あらすじ・・・・・・・・・

◆海の美しい惑星地球に憬れてやって来た宇宙人イーア。
イーアは地球で住む為に宇宙船を逃げ出して来た。優一達はイーアと知り合いイーアを守っていくと約束した。優一達のおかげでイーアは地球で楽しい日々を送った。
だが、イーアには重大な秘密があった。  
◆7月のある日軽井沢で優一は変わった女の娘(こ)に出会った。
発音や話し方、しぐさが非常におかしい。どういう訳かその娘を軽井沢の駅まで案内する事になり、一緒に歩いて行ったがやたらと見るものを細かく質問してくる、しかも、平然と。
「それは自転車ですよね。」
自信たっぷりの表情で語りかけるイーアに優一はあきれた。
優一はイーアを帰国子女と思った。
みんなはイーアを外人かハーフで海外駐在商社マンの娘だと思った。
イーアは地球人として生活していけると思った。
イーアのしぐさ、話し方、生活の仕方があまりにも頓珍漢なので、とうとう舞はイーアに細かく質問した。
舞と優一はイーアがハーフでなく外人で軽井沢や日本と全然関係がないのではないかと思った。イーアが家出してきたのではないかと思った。
舞の尋問調の質問で答に詰まったイーアは宇宙人だと告白した。
優一と舞は腰が抜けるほど驚いた。
宇宙人と告白しておびえるイーアを優一と舞は守っていくと誓った。
イーアは涙を流しながら感謝した。
海のない星に生まれたイーアは海というものに非常に憧れていた。
優一が夏休み伊豆の伯父さんの民宿でアルバイトがてら滞在するというので、無理を言って一緒にアルバイトに雇ってもらった。舞も一緒に行く事にした。イーアは非常に喜んだ。
列車の中でははしゃぎっぱなしだ。茅ヶ崎あたりで遠くに広がる海を見てイーアは大きな声を出した。
「優一、あれが地球で一番広い太平洋でしょう? 面積はどれくらい有るのですか?」
「悪いけど、あれは相模湾・・・・。」 周りの乗客が笑っているから地球の事や細かい事をいつものようにやたらと質問しないように注意した。
イーアは伊豆で、そして、軽井沢で楽しく過ごした。
イーアは優一と舞に隠している事が有った。その重大な秘密を言うと、きっと優一と舞に嫌われると思っていたので黙っていた。あまりにも悲しい秘密だった。
イーアは夏休みの終わる頃、二人にとうとう秘密を打ち明けた。
イーアは・・・・・、

そして、夏の最後の日イーアの恐れていた事が・・・・・。 

◆それでは本編をお読み下さい。
長編ですので、かなり省略して150頁ヴァージョンとしています。

  
   




  ◆長編小説「森の中の宇宙人」



  
                     伊東 和雄



夏の暑い日だった。
優一は軽井沢の友達の所へ行き、帰って来る途中だった。
国道を自転車で軽快にとばして行き、深い森の近くで国道を曲がり林道へと入って行った。
林道からさらに小径に入ってしばらく行くと森の中に小さな泉が有る。
優一は自転車を降りて泉の岸に座った。
優一はこの小さな泉が好きだった。
森の奥でひっそりと静かに水をたたえ、いつも清らかな水が湧き出ている。
優一は冷たい水を手ですくって飲んだ。
「うまい」 ここの水は本当にうまい。今日のように暑い夏の日は特にうまい。
しばらく休んだ後、立ち上がって帰ろうとした時少し先の木陰に一人の少女の姿が見えた。
見かけない娘(こ)だった。第一この泉に人が来る事などめったにない。
国道からかなり入った所に有るし、地元の人も用事が無ければこの泉に来る林道などまず通らない。
この泉に一番近い家でも一キロは離れている。
友達か家族と来たのかと思って周りを見たが誰もいない。
変だなと思って少女の顔をよく見ると、少女も優一の顔をじっと見つめている。
『どっかで会った事があるのかな?』
優一は「こんにちは」と少し丁寧に声をかけた。
「こんにちは」と少女も言った。
少し発音がおかしい。外人みたいだ。
「初めまして、わたくしはイーアと申します。お目にかかれて非常に光栄でございます」
続けて少女は驚くほど丁寧な言い方で挨拶をした。
優一はびっくりした。
『何だ、この娘は?』
しばらくぽかんとした後、優一は気を取り直して少女に尋ねた。
「僕は優一と言います。軽井沢の人ではないですよね。旅行かハイキングですか? 家族の人達と一緒なのですか?」
我ながらくすぐったくなるような丁寧な調子で聞いた。
「はい、別の場所から来ました。家族は今は離れています。この場所は初めてです。あなたの住宅はこの地域ですか?」
イーアは相変わらず真面目くさった顔をして優一に尋ねてきた。
優一はイーアの話し方に少しくすぐったくなると言うか、疲れるというか何とも気が抜けるような気分になった。
「みんなは何処にいるの?」
優一は周りを見ながら再び聞いた。
少女は7月の暑い日だというのに、長袖の薄いベージュのスポーツ・ウエアーを着ていた。 
少し微笑みながらイーアは答えた。
「今は遠くにいます。すぐに会えます」
イーアは歩き出した。
そして、相変わらずおかしな発音で優一に尋ねた。
「お聞きします。銀行はどこに有りますか?」
「銀行は軽井沢に行けばいくらでも有るさ」
優一も自転車を押しながら一緒に歩き出した。
イーアは自転車を珍しそうに見た。
見るというよりも点検するような目だ。
「それは自転車ですね」
イーアは得意そうに言った。
そして、タイヤやペダルを面白そうに見た。
優一はおもわず立ち止ってイーアの顔を見た。
「自転車がいったいどうしたって言うんだよ?」
「ああ、いえ、なんでもありません。性能が良さそうな機械なので驚いたのです」
そして、銀行の事を再び聞いてきた。
イーアは話すたびに手に持っている携帯電話のような小さな器械をちらちらと見る。
「どの銀行でもいいです。金(きん)とダイヤモンドを通貨に交換出来ればいいのです」
「金(きん)? 通貨?」
優一は再びぽかんとした顔でイーアの顔を見ながら聞いた。
「金(きん)を通貨に交換するってどういう事だよ。第一、金やダイヤモンドを今持っているの?」
イーアはすました顔で優一をじっと見ながらごく当然のように言った。
「ええ、少し持って来ました。この・・・・、えーと、日本では通貨でないと買い物は出来ないですね?」
「お金を持ってないの?」
「はい。ですから金(きん)やダイヤモンドを交換するのです。」
優一は何を言っていいか分からず少女の目をじっと見た。
少女の目はよく見ると少し蒼い。髪も茶色だ。
しかし、染めているような色ではない。
『ハーフか・・・・、』
やがて二人は林道に出た。
「どっから来たの? アメリカ? フランス?」
「はい、違います。でも大丈夫です。日本の事はよく知っています。大丈夫です」
『何が大丈夫なんだよ、変なやつだなあ・・・・、』
優一はおなかがすいたので、バッグからおにぎりを出して食べだした。
少女はとても珍しそうな顔をしておにぎりをじっと見つめた。
そして、また手に持っている器械を見ながら聞いてきた。
「それは何ですか?」
相変わらずものの聞き方が平然としている。
優一は思わず、口の中のおにぎりを吹き出すところだった。
「おにぎりを知らないの?」と言いかけてやめた。
「そうか、イーアは帰国子女か、」
優一は自分でそう言って何となくほっとした気分になった。
「これはおにぎりって言うんだよ。日本のトラディショナルな食べ物だよ。食べるかい?」
優一は一個少女に渡した。
少女は大切そうに手に取ると優一の真似をして少し食べた。
「美味しい?」と聞くと「はい」と嬉しそうに答えた。
そして、のりを少しつまんで「この物質は何ですか?」と少し不審な顔をして尋ねた。
「その物質はねえ、のりって言うの。大丈夫だよ。毒じゃないから」
優一は疲れた声で答えた。
「のりですか。ずいぶん薄い食物ですね」
「外国にはのりはないの?」
「外国? ああ、はい、のりはないですね。初めて見ました。とても栄養が凝縮している食物ですね。長期間旅行に出かける時持って行くにはいいですね」
イーアは手に持っている携帯電話か何かをちらちらと見ながら返事をした。
優一はどういうふうに会話を続けたらいいか見失ってしまい黙った。
やがて、二人は国道に出た。
少女は通り過ぎる自動車を真剣な目で見つめた。
そして、自信に満ちた表情で優一に尋ねた。
「あれは自動車ですね?」
「当たり前じゃないか。飛行機じゃないぞ。イーアはアフリカの奥地にでもいたのかよ?」
「燃料は水で走っていますか。電磁誘導ですか」
「・・・・・・」
優一は返事をしないで黙った。
「ああ、そうですか。この国ではまだガソリンなのですね」
イーアはマフラーから出ている排気ガスに気がついて優一に確認した。
優一は空を見上げた。
避暑地の軽井沢といっても7月下旬はやはり暑い。
真っ青な空に太陽がぎらぎらと輝いている。
優一はいつもより非常に暑く感じた。
二人は話をしながらゆっくりと国道を歩いて行った。
話といってもイーアにすれば会話だが、優一にすればとても会話とはいえない言葉のやりとりだった。
イーアの言葉は恐ろしいほど丁寧だが、質問というより尋問に近かった。
優一の足取りは重かった。

熱い日射しの中を二人は軽井沢へと歩いて行った。
どういう訳か優一はこの変な少女を軽井沢の街まで連れて行くはめになってしまった。
優一は何度かこのおかしい女の娘を置いて、さっさと自転車で帰ってしまおうと思った。
しかし、いくら国道とはいえ山の中に女の娘を一人置いてきぼりにして行く訳にも行かず、疲れるような女の娘の会話に付き合いながらとぼとぼと歩いた。
イーアはひたすらしゃべる。
見る物、現れる物がとにかく珍しい。
その度に優一に聞く。聞くというよりもまるで調査だ。
細かい事をやたらと聞いてくる。
さらに自転車や自動車、服など見る物すべての材質や素材を質問する。
優一は軽井沢までの1時間を耐えきれるかどうか自信がなかった。
後ろから車のクラクションがした。
「ハーイ。優一じゃないの。何処へ行くの?」
舞がワゴン車から手を振っている。
家の手伝いで軽井沢の街へ野菜を届けに行くと言う。
おじいちゃんが運転している。
「舞、頼むよ。乗せてくれよ」
「いいけど、自転車で座席のカバーを傷つけないでよ」
イーアがいるせいか舞のしゃべり方がいつもより丁寧だ。
「おじいちゃんお願いします」
「いいとも、いいとも」
おじいちゃんは二人を見てニコニコと笑った。
優一達は乗せてもらった。
舞が来てくれたおかげで優一はほっとした。
「こんにちは、初めまして。わたくしはイーアと申します。お会いできて大変光栄でございます」
イーアはおじいちゃんと舞に丁寧な挨拶をした。
「は、はい。こんにちは。私は舞です」
舞は思わずつっかえながら挨拶をした。
ついアクセントがイーアのようなアクセントになってしまった。
「ハハハ」優一は思わず声を出して笑った。
舞が振り返って優一を睨んだ。
『てめえ、笑うんじゃねえ』といった顔 をした。
おじいちゃんは少し驚いた顔でイーアを見た。
「優一君の友達にしては丁寧な娘じゃ、ははは」
舞はイーアの事を優一に聞こうかと思ったが、優一が知らん顔して黙っているので何となく聞くきっかけがつかめなかった。
車は橋を渡り軽井沢へと向かって行く。
「今のは橋ですよね」
イーアはごく普通の顔で舞に話しかけた。
「えっ?」
舞は何と言っていいのか返事が出来なかった。
一瞬自分の目が止まったような気がした。
「材料は木ではなくて鉄を使っているのですよね」
イーアはまるでそこに咲いている花の名前でも聞くような感じで舞に聞く。
「くくく、」優一が下を向いて声を押し殺して笑った。
「下を流れているのは川ですよね。海ではないですよね」
珍しそうにイーアは川を見続けた。
「そうだけど・・・・、」
舞はなんて返事をしたらいいのか戸惑った。
「この川には船は無いようですね。漁はしないのですか?」
「漁?」
イーアの話し方には舞も完全に呆れたみたいだ。
優一の方をそっと見て、『なんなの、この娘?』といった顔をした。
それでも気のいい舞は疲れきった優一に変わって丁寧に答えた。
舞はイーアが優一のガール・フレンドかな、と思った。てっきり外人かハーフと思った。
『もてない男の優一が、どうした事か。この娘はちょっと変だが、よく見ると少し美人だぞ。おい、おい、優一め』
舞は優一に聞こえないように小声でつぶやいた。
「え? なんだよ、舞」
優一は舞の顔を覗き込んだ。
「暑いねって言ったの」
舞はぶっきらぼうに言って窓の外を見た。

やがて車は軽井沢の街の中に入って行った。
車から降りたイーアはすぐに銀行へ行こうとしたが、優一と舞に説明されて行く事をやめた。
三人はハンバーガー・ショップに入った。
優一は釘を差した。
「いいかい、店に入ったら大きな声でいろいろ質問をしないで欲しい」
イーアはさすがに照れくさそうな顔をした。
「分かりました。黙っています」
舞は思わず笑った。
つられてイーアも笑った。笑うととても可愛い顔になる。
金やダイヤモンドをお金に交換しようとするイーアをどうするか、優一と舞はいろいろ話した。
優一はイーアが家出をして来たと思った。
舞はよく分からないが、とにかく優一の知り合いだと思った。
やっかいな事は嫌だと優一は逃げだそうとした。
「そうだ、舞、おまえの家に泊めてやれよ」
優一は面倒を舞に押しつけた。
「いいよ」
舞はあっさり返事した。
舞の家は大きな農家だから部屋数は多い。空いている部屋も幾つか有る。
親戚の人がいつも泊まりに来たりするので、人が来て泊まるという事に関しては両親も大らかだし、むしろ娘の友達が遊びに来るという事は大歓迎だ。
優一と別れて舞はイーアを乗せて自分の家へと向かった。
「イーアの質問をあまり真剣に考えるなよ」
優一は車が出る時舞に小声で言った。
「優一の大切な人の質問をそんなふうには出来ません」
舞はにやにや笑いながら言い返した。
「おい、何を言ってんだよ」
優一が言った時にはもう車は走り去っていた。 

舞はイーアを友達の友達と家族に紹介した。
イーアが夏休みの間軽井沢で過ごすので泊めて欲しいと両親に頼んだ。
「何日でも泊まっていって下さい」
娘の知り合いと言うので両親はとても喜んで笑顔でイーアを歓迎した。
「ご両親様、大変有難うございます。心から感謝致します」
イーアは非常に喜んで例のごとく丁寧に挨拶をした。
「あ、はい、これはご丁寧にどうも、」
両親は顔を見合わせた。
「まあまあ、今時の子にしては珍しいね。舞ちゃんも少し見習わないといけない
ね」
おばあちゃんはイーアの挨拶の仕方が大変気に入ったようだ。
イーアはみんなに帰国子女と思われて大歓迎だった。
それにイーアは外国の事をよく知っている。
特に地理については非常に詳しい。
気候、気温についてはもう完璧だ。
言葉も英語、フランス語、イタリア語、ドイツ語などだいたいの国の言葉は話せる。
「すごい」舞は感心した。
両親も祖父母もイーアの事を世界中を駆けめぐる商社マンの娘でハーフだと思った。

次の日優一は心配になって午前中に舞の家へ行った。
家の玄関で二人に会った。
舞もちょうど優一の家へイーアを連れて行く所だった。
「どうだった?」
優一は舞にそっと聞いた。
舞はげらげら大笑いしながら昨日の事を話し出した。
イーアは恥ずかしそうに舞と優一の顔を見た。
まず、イーアはみんなにご馳走を食べろ食べろと言われて、言われるままに食べてすぐに腹痛をおこした。
扇風機やガスの炎を珍しそうに見て、おばあちゃんに笑われた。
お風呂の入り方や布団で寝る方法、その他生活の仕方を完璧に舞に尋ねた。
舞はあきれ果ててしまった。
家族のみんなは「ずっと外国に居たのだから仕方ないわよね」と優しくフォローしてくれた。
「お父さんが帰って来るまでずっとここに居ていいわよ」
おばあちゃんはイーアがとても気に入ったみたいだ。
おまけにおじいちゃんはイーアが金(きん)を持っていると聞くと、細工物に使うからと50グラム買ってくれた。
イーアはとても嬉しそうな顔をした。
「良かったね」と舞が言うと、イーアは舞のおじいちゃんに貰った数枚の1万円札を手にして、このお札の価値はどのくらいなのかと聞いて来たので、またまた舞はがっくり来た。
家族全員大爆笑した。
イーアは本棚で図鑑を見つけるとじっと穴が開くほど真剣に見続けた。
花の写真を見て「綺麗だ、綺麗だ」と大騒ぎをするので、またまた みんな大爆笑した。
花といっても、桜とか菊などのありふれた花で大騒ぎするので、おばあちゃんは腹を抱えて転がってしまった。
とにかくやる事なす事がおかしくて仕方がない。
さらに、お風呂に入ると石けんで皮膚がかぶれてしまった。
目も痛い痛いと涙を流した。
食事の後に腹痛を起こして家中大騒ぎになった。
料理を作ったおばあちゃんは真っ青になった。
おじいちゃんが医者を呼ぼうとしたが、不思議な事にイーアが持っている薬を飲むとすぐに治った。
イーアはいつもこういった食事をしないので、それで内臓が拒絶反応を起こしたとみんなに謝った。
みんなは分かったような分からないような顔をして「ああ、そうなんですか」と頷いた。
夜、舞が寝る時に電気を消すと、イーアは驚いた声で何故灯りを消すのか、事故が発生したらどうするのかと言った。
「何の事故?」舞は仕方なく電気をつけたまま寝たが寝れない。
イーアを見るとすやすやと寝ている。
「変わった娘だよ」舞は目の上にタオルを置いて寝た。
ところが、イーアは3時間ほど寝ると起きて舞にも起きろと言った。
舞が相手をしないで寝ていると、イーアは仕方なく夜通しさっきの図鑑を見続けた。
朝、聞くとイーアはいつも3時間しか寝ないと言う。
それが普通だと言った。
「羨ましい、ナポレオンの娘か、」舞は感心した。
そういった話を舞から聞いた優一はげらげらと大笑いした。
自分が相手をしない限り愉快で楽しい話だ。
舞は優一の腕を肘でつついた。
イーアは照れくさそうに二人の顔を見ながら微笑んだ。
十八才というのに微笑むと16才ぐらいに見える。
イーアが身の回りの物を買うので優一と舞も一緒に軽井沢の街へ行った。
とにかくイーアは一人では殆ど何も出来ないので舞が頼りだった。
舞も何となく慣れたというかイーアのペースの方に入ってしまったというか、もうあまり気にもせずにイーアの買い物を手伝ってやった。
買い物の様子が爆笑物だ。
何を買うにしても当たり前の事を細かく店員に聞いて、店員に笑われてしまい、舞も優一も何度も顔が真っ赤になった。
店員はイーアの発音がおかしいのと眼が少し蒼いので外人と思って親切にしてくれた。
「この町にはフランス人やイギリス人が多いのですか?」とイーアが聞いた。
舞がどうしてかと聞くと、町中フランス語や英語の看板が多いからだと言った。
優一と舞がまた変な事を聞いてきたぞと、困りながら説明をした。
優一の下手くそな説明を聞いてイーアはだいたい分かったようだ。
イーアは自分の店の名前や輸出用でもない商品に外国の言葉を使用するとは面白い習慣だと笑った。
それでフランス語の名前の商品が多い店でフランス語を話す人が誰もいないのだね、とイーアは言った。疑問が晴れたようだ。
さっきフランス語の看板の有る店でフランス語でいろいろと聞いたら、店員があわてて手を振った意味が分かったと言った。
ボンジュールと言っただけで店員が真っ青になった店も有ったとイーアは少し心配そうに話した。
なるほど、と優一と舞は笑った。
どうでもいいような事を細かく気にするというか調べるイーアを面白い娘だと感心するというか呆れた。
イーアが少し離れた時に優一は舞に小声で聞いた。
「ボンジュールって何だよ?」
舞は軽蔑した顔で優一の顔を見て足を蹴飛ばした。

イーアは仕事をしたいと言った。
舞はじゃあ、うちの畑仕事を手伝えばと提案した。
畑仕事なんか嫌だと言うかと思ったらイーアはとても喜んだ。
働いたらずっと家に置いてくれるかと聞くので、いいよと舞が適当に返事をすると イーアは大変喜んだ。
しかし、駄目だった。
畑や草むらにしばらく入るとイーアはすぐにかぶれてしまう。皮膚が非常に弱い。
それで、家で野菜の箱詰めなどの簡単な仕事をやらせる事にした。
イーアは仕事をしながらおばあちゃんにしつこいほどいろんな事を聞いた。
小学生でも聞かないような事を聞くのでみんな笑ったが、おばあちゃんはそんなイーアがとても可愛くて丁寧に丁寧に教えてあげた。
ひらがなや漢字もおばあちゃんに教えて貰った。
山とか花とかの易しい漢字を聞いてもおばあちゃんは笑いもせずに、「イーアちゃんは 一生懸命勉強して偉いね。外国ばかりに居て日本に居なかったから仕方がないね。そうそう、上手だね」と何度も誉めながら教えてくれた。 
2、3日もするとイーアはだいたい普段の生活に困らなくなった。
ひらがなは全部覚えて、漢字もだいたい覚えた。
夜も電気を消して寝るようになった。
食事も腹痛を起こさないように少しだけ食べた。
後は夜こっそり布団の中で持って来た固形食料を食べた。
地球の生活に慣れたというか自分を上手く合わせていった。
適応力が有るようだ。

怪我をして、サッカー部を休部している優一は、夏休みの間伊豆の伯父さんの家でアルバイトをして過ごす事にした。
伯父さんは漁師だ。
漁師と言っても船を三隻も持ち兼業で民宿も二軒経営している。
夏休みの間は民宿の方が大忙しとなるので、いつも優一がアルバイトがてら遊びに行くと大歓迎してくれる。
優一が伊豆の話をすると、イーアは目を輝かして伊豆の伯父さんの家で雇ってくれないかと聞いた。
海を見た事がないのでどうしても海の有る所で働きたいと言った。
優一と舞はあきれた。
「海を見た事がない? 嘘だろう?」 と聞くと本当だと真剣に言った。
一度でいいから波というものにさわってみたいと言い始めた。
優一はどっと疲れが出て来た。
『こんな女の娘を伊豆へ連れて行ったら大変な事になる。』
優一は即座に断った。
イーアはとても悲しそうにした。下を向いたままじっと黙った。
舞がそっと見ると涙を流している。
「いいじゃない。優一、私がついて行ってイーアの面倒を見るからいいでしょう? 一緒に行こうよ」
「冗談じゃないよ」事故でも遭ったらどうするんだと優一は舞に文句を言った。
結局、舞と舞のおばあちゃんが優一の父や伯父さん所に電話をして頼んだので、 イーアは海へ行ける事になった。
特に伯父さんは、女の子が二人も来てくれると民宿の方がとても助かる、やはり男よりも優しい女の子がいいと喜んでいるという。
「ほらね。やはりお客様の相手は美しい女性がいいのよ。私とイーアが行けば、優一は用無しよ。毎日船の底でも磨いていればいいのよ」
舞が優一をからかった。
「ちえっ、勝手な事言ってらあ」
           

優一達は7月25日に伊豆へ出発する事にした。
海へ行ける事になって、イーアは信じられないほど喜んだ。
夕方イーアは海の図鑑を広げて、優一と舞に海の事をあれこれと聞いてきた。
本当に海の事を何も知らない。小学生どころか、完全に知らない。
百科事典を読んだ後のように知識としては知っているが、では実際波とは何か、砂浜とは、泳ぐと言う事はどういう事かと言う事がまるで分かっていない。
そのくせ、人類が泳ぎ方を覚えたのはいつからか、海水浴というのは世界中で行われている習慣なのか、溺れないようにするにはどうすればいいのか、などといつものように頓珍漢な事を聞いてきた。
あまりの事に舞は真剣にイーアを問い詰め始めた。
舞は事細かくイーアの生まれた場所、今まで住んでいた国、通った学校の様子、両親の事などをいろいろと訊問調に聞き始めた。
おまけに昨日、優一からイーアは知り合いでもなんでもない、あの国道の奥の泉で見かけただけだと聞いたのでいっそう尋問調になった。
舞に徹底的に質問されてイーアは答えられなくなりとうとう泣きだした。
そして、下を向いたまま、か細い声でぽつりと言った。
「私、宇宙人・・・・、」
拷問でもうけているような苦しそうな悲しそうな声だった。
「宇宙人?」
優一と舞は驚いた。
イーアはどこか絶対おかしいと質問した舞自身が呆然とした表情になった。
優一も自分の眼が完全に点になったと思った。
イーアの告白は本当だった。 
イーアは二人に自分の星の事、宇宙船の事などをぽつりぽつりと話し始めた。
二人とも何か言おうとしたが、胸が押さえつけられたような気持ちになって声が出なかった。
『宇宙人か・・・・、』
優一と舞はじっとイーアの顔を見た。
イーアはとても悲しそうな、不安そうな顔で二人をじっと見ている。
イーアのそういった表情を見た二人は、イーアが宇宙人というのは本当なんだなと確信した。
宇宙人なら今までのイーアの会話、しぐさ、行動などがすべて説明がつく。
「本当なのです。私、地球に住みたくて宇宙船から逃げて来たのです。この美しい地球で住んでみたかったのです」
イーアはすがるような眼をして二人に説明した。
宇宙船が深夜、軽井沢に近い山の頂上に着陸して近辺を調査している時に、森の中へ逃げ出したのだと言った。
そして、黙っている二人に話を続けた。
脱出してから森の中を走り続け小さな泉で夜を過ごし、次の日の昼頃優一に出会ったのだと話した。
イーアは何も言わす相変わらず黙ってじっと自分を見ている二人に不安を感じた。
イーアはまるで何か悪い事でもしたかのように、小さくなって二人をじっと見つめた。
『もしかしたら、政府や役所などに通報されて捕まってしまうのかな? 政府の人達に連れて行かれたら、牢獄のような所に一生閉じこめられるのかな? 研究材料にされるのかな?』
二人が完全に沈黙しているので、イーアはますます不安になってき た。
心臓がドキドキと大きな音をたて始めた。
優一と舞の二人はじっとイーアの顔を見続けている。何も言わない。
イーアは息が止まりそうになった。
「お願いします。優一、舞、どうか私を捕まえないで下さい」
イーアは一生懸命頭を下げて二人に頼んだ。涙が出て来た。
「優一、舞、お願いよ。私を政府に連れて行かないで。私は地球に何も危害を加える事はないのよ。地球で住みたいだけなのよ。このままずっとここに置いて欲しいのよ」
イーアは頭を下げて頼んだ。
物事を真剣に頼む時に頭を下げるというのは地球に来て覚えた習慣だ。
優一と舞は顔を見合わせた。
何か言おうとするがどうしても言葉が出ない。
あまりにも衝撃が大きすぎた。
「でも、優一と舞に迷惑がかかるようなら、ここを出て行きます。そして、森へ行きそこで生活します。ですから、政府には教えないで下さい。お願いよ」
イーアは泣きながら訴えた。
涙が次々と溢れてきた。
「な、何言ってんのよ、イーア。私達、友達よ。いや、家族同然よ。大切なイーアを政府や警察になんか連れて行く訳、ないじゃない」
舞がやっとのおもいで声を出した。
言葉がうまく出ない。
続いて優一もやっとイーアに声をかける事が出来た。
「そうだよ。僕たちはイーアの友達だよ」
優一は安心しろよと優しく言った。
二人の言葉を聞いてイーアはほっとした。
同時に大粒の涙がぼろぼろと溢れてきた。
「安心してね。私達は永久にイーアを守るよ」
舞がイーアの肩に手を置いて大丈夫だよと力強く言った。
「ありがとう。優一も舞も本当に優しいね」イーアは真剣な顔をして二人にお礼を言った。
「僕達だけじゃないさ。舞のおばあちゃんや家族もみんなイーアを守ってくれるよ。僕の友達だってみんなイーアの事を守るさ」
優一は力強く 言った。
イーアはその言葉を聞いて優一をとても頼もしく感じた。
この惑星で一番立派な地球人だと思った。

二人はイーアにイーアの星の事や宇宙の事、宇宙船の事などを聞 いた。
しかし、まるで頭に入らない。二人とも頭が混乱していて、ただ淡々と説明するイーアの顔をじっと見るだけだった。

「どこの星から来たの?」
舞が聞くとイーアは軽く微笑んだ。
当ててご覧なさいと言うふうだった。
「1光年の遠くから?」
優一が距離を適当に言うと、イーアは「もっとよ」とあっさりと言った。
「3光年?」舞が真剣な顔をして聞くとイーアは笑った。
「もう少し遠くよ。100億光年よ」
イーアはわりと簡単に言った。
「100億光年と言ったって、イーアはいったい何才? 18じゃないの?」
舞はそれはおかしいよと言った。
「18よ。優一や舞と同じよ」
首を傾げる二人にイーアはゆっくりと返事した。
だが、優一と舞はよく分からないといった顔をした。
仮に光速で来たとしても100億年もかかるのに、何故18歳なのだと優一は聞いた。
「分かったわ。光速以上の速度で航行するんだよね。光速以上で航行すると年を取らないとか、年が逆に若くなるとかアインシュタインか誰かが言っていたよ。イーアは本当は100億才なんだ。いや、118億才なんだ」
舞がマンガかテレビで覚えた事をちょっと得意そうに披露した。
イーアは舞の顔を見ながらとてもおかしそうに笑った。
笑うととてもあどけない表情になる。
「光速以上で航行すると確かにそうなるけど、今はどこの星も光速航行や光速越え航行は使わないわ。私はちゃんと18才よ。118億才のおばあちゃんではありません。118億才だと舞のおばあちゃんよりも、もっともっとおばあちゃんになります」
三人は同時に笑った。
笑ったけれど優一も舞いも何がなんだかさっぱり分からない。
イーアは少し真面目な顔をして二人に光速航行とか宇宙の航行の方法について簡単に話した。
淡々と話すイーアの話を聞いていると、優一と舞の二人は専門の科学者から講義を受けているような気分になってきた。
「光速航行を今は使わないって、光速よりも早く飛べる方法が有るの?」
優一はとにかく質問をした。
猛スピードで走るトラックにしがみついていて、今にも振り落とされてしまいそうなそんな気分だ。
「宇宙の空間移動航行よ」
イーアは簡単に説明し始めた。
イーアは出来るだけ易しい言葉を選びながら二人に説明し始めた。
やさしい言葉を使うのは、二人に専門的な言葉や用語を使っても全然理解されないからである。
また、地球にはそういった宇宙航行の用語に対する言葉がまだ無いので、同じ意味の用語を使ってうまく話すという事が出来ない。
それと、実はイーア自身もそういった航行の学問的な原理を完全に理解していない。
イーアがそう言うと、「なーんだ。少し安心した。俺、イーアがすごい科学者に見えてきて困ったよ」優一がほっとした顔で頭をかいた。
また三人は大爆笑をした。
「そうよ、私もよ。もう、正座して聞かなきゃいけないかなって思っちゃったわよ」
優一と舞がまた笑うと、イーアは照れた顔をした。

イーアは宇宙空間移動航行について話を続けた。
宇宙はいつも非常に速い速度で膨張している。
同時にいろいろな方向へも移動している。
さらに宇宙空間は大きくねじれたり歪んでいる。
また波のようにうねっている。100億光年の場所が歪みやうねりによって、1光年どころかすぐそこに来る。
そのうねりの動きをコンピューターで計算し、近づいて来たうねりの空間内に入り込み、うねりが再び元の1光年、100億光年先の位置へと戻って行く動きに乗って一瞬のうちに1光年、100億光年先へと移動して行く。
光速で進むよりもうねりに乗って航行する方が早い。
宇宙空間の巨大なうねりや歪みが動いたり元の位置へと戻って行く速さは凄まじい速さである。
光速の100倍から時には数1000億倍以上の早さである。
宇宙のうねりなどの動きに乗って移動する限り光速超えの法則の影響を受けない。
巨大な宇宙空間がうねって移動するのは、宇宙船などの物体が動くのとはまた運動の性質が違う。
太陽系よりも大きな空間がそのまま一瞬のうちに10光年、100億光年先へと位置を変えているのである。
その空間の中にある物体はすべて、空間が動いていると感じない。
高速で飛ぶ飛行機に座っている乗客がスピードを全然感じないのと同じだ。飛行機が静止しているのと同じ感覚で機内にいる。
巨大な空間全体が宇宙で一瞬のうちに位置を移動しているが、その空間の中にいる物体や生物は空間全体が静止しているのと同じような状態で運動したり、静止したり生活、生存している。
巨大な空間に入り込み、どこかの惑星の岩だらけの平原で宇宙船が停止していて数日たつと、もう10億光年は移動している。
巨大な空間自体は光速越えの法則を受ける。うねっている間に凄まじい運動エネルギー、圧力を受ける。
だが、巨大な空間の中の惑星や物体、生物は、一切巨大空間の外からの凄まじいエネルギーを受けない。
飛行機の中の乗客が中にいる限り外の風、超低温、落雷、スピード、あるいは引力などの影響を感じないのと同じだ。
巨大な宇宙空間の歪みやねじれという乗り物に乗って宇宙を旅行しているのと同じである。
これが宇宙空間移動航行だ。

このほかにも宇宙には地球では発見されていない不思議な空間がある。
ニュートン力学やアインシュタインの理論では理解も想像も出来ないような空間や運動現象が無数に存在する。
そういった空間や運動現象を利用して宇宙船は航行して行くのである。

イーアは宇宙航行の方法などについて、二人にほんの少しだけ話した。
あまり長い時間専門的な話をすると二人の脳が疲れ切ってしまうからだ。
非アインシュタイン理論や非リーマン空間については非常に簡単に説明した。
それでも気がつくともう3時間もたっている。夜の8時近くだ。
「へえー・・・・、」
イーアから宇宙航行と宇宙空間の不思議な仕組みや現象をいろいろと聞いて、二人は気が抜けたような声を出した。
非アインシュタイン理論と非リーマン空間の説明は何がなんだかさっぱり分からなかった。
二人ともすっかり疲れてしまった。
頭の奥の方がジーンとしびれてしまったような感じがする。
「優ちゃん、舞、イーアちゃん、ご飯食べないといけないよ」
おばあちゃんが三人を呼びに来た。

下へ降りるともうみんな食べている。
お父さんとおじいちゃんはビールを飲んでいて顔が赤い。
みんなはイーアに外国の事などを聞いた。
聞かれた事についてイーアはまるで自分の国の事のように詳しく答えていく。
舞の弟は各国の言葉を質問した。
イーアはすらすらと答えた。
優一にはフランス語やイタリア語などの外国語はさっぱり分からなかったが、イーアのしゃべり方は滑らかで綺麗な発音だ。
「すごい、すごい!」舞の弟はすごく感心した。
「当たり前よ。イーアちゃんは頭がいいもの。それにとても一生懸命詳しく聞いて勉強するからすぐ何でも覚えてしまうのよ。本当にイーアちゃんは偉いわよ」
おばあちゃんはイーアは天才だと何度も褒めた。
イーアは照れて少し顔を赤くしたが、ちょっと嬉しそうだった。
「ひらがなと漢字はおばあちゃんに全部教えてもらいました。おばあちゃんは偉大な先生です」
イーアはおばあちゃんの教え方はとても上手だと笑顔で褒めた。
「そうかい、嬉しいね」
おばあちゃんは目を細めて喜んだ。
「イーアちゃんは本当に偉いわねえ」
お母さんは大きく頷きながらイーアを褒めた。
そして、舞と舞の弟の顔をじっと見つめた。
「えっ、何で僕の方を見る訳?」
舞の弟が母に抗議した。
優一もみんなも大笑いした。
イーアはあまり意味が分からず不思議そうな顔をして、舞の弟と母の顔を見比べた。
それを見てまたみんな爆笑した。

次の日も優一と舞はイーアから宇宙の事を聞いた。
朝寝坊の優一が、珍しく早起きして舞の家に午前中に来た。
自転車を飛ばしながらやって来る優一を舞とイーアは庭から見つけた。
「おい、県大会の日も朝寝坊した優一がどうした事だ」
舞がけらけらと笑って優一をからかった。
イーアはよく意味が分からなかったが舞と一緒になって笑った。

一階の広い居間で二人はイーアに昨日の続きを聞き始めた。
「イーアの星ってどんな星なの?」
優一も舞も秘密の宝石箱を開けるような気持ちになった。
胸がドキドキしてきた。
「私の星はね、」イーアは少し目を閉じた。
そして、自分の星の事を懐かしそうに思い出しながら話し始めた。             

「小さい星よ。直径が地球の半分ぐらいよ」
地球ぐらいの大きさが有るといいのに、地球が羨ましいと言った。
「地球に似てるの?」
舞が一瞬砂漠のような星を思い浮かべて聞いた。
「そうね、だいたい似ているよ。海がないのよ。その代わり大きな湖がいくつも有るの。それが海といえば海だけど、塩分が全然ないの。だから地球の海のように湖の中の生物は豊富じゃないの。山もあまり高くないわ。なだらかな高原が多いの。海と高い山を除けばだいたい地球と同じよ」
それで海や高い山の有る星を見ると感動してしまう、と海に憧れる理由を説明した。
また、月のような衛星がないので衛星からの引力がない。
大きな湖でも波が全然高くならない。
地球のように大きな海というものが有り、風もないのに巨大な波や満潮、干潮が有るという事は大きな驚きだと言った。
特に浜辺に波が次々と押し寄せて行くのは不思議な光景だと感心した。
「そうなのか・・・」
浜辺の波が不思議だとは思いもよらなかった。
そんなに珍しかったら波なんかいくらでも持って帰っていいよ、と優一は気前よく言った。
「ありがとう」
イーアはとてもおかしそうに声を上げて笑った。

「花とか、草などの植物は?」
やはり地球と同じ花が有るのかと舞は聞いた。
「花は有るけれど、でも地球みたいに色鮮やかな花は多くないわ。形は地球の花とよく似ているわ」
とても地球の花の美しさにはかなわないとイーアは微笑んだ。

「科学は発達しているよね。宇宙船で地球に来たり広大な宇宙を駆け巡っているんだもの」
宇宙船でほかの星へ行ったりする星の人々は、いったいどれくらい科学が進んでいるのだろうかと優一は興奮しながら尋ねた。
「地球より1000年は進んでいるんじゃないの? 国中を小型の空飛ぶ乗り物で動き回っているのでしょう? コンピューターなんかすごいんでしょう?」
舞はイーアの星の高度な文明について聞いた。
「文明、科学は地球よりも少し進んでいるようよ。でも、科学が進んでいるからといって立派な星という訳ではないわ」
イーアは自慢していると思われたり、地球が遅れている星だといった言い方にならないように慎重に言葉を選んだ。
文明、科学は、地球よりも100年ぐらい進んでいる。
当然、機械関係は地球では発明されていない物が多く有る。
宇宙工学は当然だが、医学、生命学、遺伝子工学も進んでいる。
政治や社会の制度も進んでいるようだ。
1000年ぐらい前から議会制民主主義が行われている。
そして、100年ほど前から民主主義よりもさらに新しい政治体制に変更になった。
イーアの星では戦争は500年ほど前に完全になくなった。
イーアの星の人は、イーアを見れば分かるように殆ど地球人と同じである。
まず区別が付かない。
しいて言えば少しほっそりしている。
もちろん、どう見てもほっそりしているとは言えないような人も少しはいる、らしい。
人種(星人種)は3種族である。言語は5種類である。
星全体でも人口は1億人ほど。非常に少ない。
海のない小さい星である。
海の代わりに川と湖だけである。
高い山がない。500メートル以下の山というより、なだらかな高原である。
それ以外はだいたい地球と似ている。
塩分は岩塩から取っている。
ミネラルは地下水と岩塩に非常に多く含まれている。
動物、植物もわりと地球に似ている。
生物の進化、文明の発達の仕方も不思議なほど地球と似ている。
しかし、これはどこの星もだいたい同じようなものだとイーアは説明した。
水、空気、酸素、水素、窒素などの元素、太陽光、適度な気温、たんぱく質、ミネラル、ビタミン、栄養分、土、海などが有れば、結局どこの星でも生命体の誕生と生物の進化は同じようになってくる。
生物の進化がほぼ同じであれば、次は高等生物の誕生である。
そして、文明が発達する。
発達の速度や特徴はそれぞれの星で違ってくるが、地球の生物、人類、文明の発達の様子と大きく違うという事はない。
SF小説やマンガに出てくるような、奇妙な怪獣のような宇宙人は存在しない。

イーアの星の事を簡単に聞いた二人は意外な感じがした。
遥か遠くの星には地球とは全く違った高等生物がいると思っていた。
「僕は宇宙人て人間と全然違う姿をしていると思っていたよ」
優一は小さい頃は宇宙人はタコみたいだと思っていたと思わず言ってしまった。
「私もよ。宇宙人て映画に出て来るような変わった動物や怪獣みたいな姿をしていると思っていたよ」
舞も優一と似たような事をずけずけと言った。
イーアは別に怒りもせずにおかしそうに笑った。
「高等生物でそんな奇妙な姿の生き物がいる訳ありませんね」
どこの星でも映画やマンガに登場するような奇妙な宇宙人や摩訶不思議な植物は存在しない。
高等生物のいるような星はだいたい人々も動物、植物も地球と似ていると説明した。
それは地球で言えば、大昔、海の向こうの遥か遠くの国から来た、初めて見る異国の人が怪獣でも奇妙な生物でもなく、結局自分達と同じ人間だったという事と同様である。
「へえー、そんなもんなんだ・・・・、」
二人は感心して頷いた。

「宇宙船から見た星は綺麗でしょう?」
舞は宝石のような星空を思い浮かべて聞いた。
「とても美しいわ。でも、何年も見続けていると飽きるわ」
「贅沢だわ」
宝石のような綺麗な星宇宙の中を進んで行くのに、飽きるなんてもったいないと舞は言った。
「それよりやはり地球よ。地球の花や木はとても綺麗よ。鳥も見たけど可愛いよ。花や草、木は手に取ってさわれるからいいのよ。星はいくら美しくても手に取れないわ」
イーアは地球の花はとても美しい、森や浜辺の風景も大変素晴らしいと何度も褒めた。
さらに、地球にはどこの星にもない素晴らしいものや出来事がたくさん有ると言った。
「へえー、そうなのか・・・・、」
イーアから地球の事をしきりと褒めてもらった二人はすっかり嬉しくなった。
「イーアはどれくらい宇宙船に乗っているの?」
宇宙船の乗員になって宇宙を長い間旅するなんてすごいな、と優一は尊敬をこめて言った。
「ずいぶん長く乗っているよ」
少し退屈そうにイーアは答えた。
やはり何年も宇宙船の中にいると飽きるのだろう。
「星には帰らないの?」
寂しいでしょうと舞は聞いた。
「時々燃料や食料の補給などで帰るのよ」
永久に星には帰らない任務なのかと思ったらそうではないらしい。
「やはり星にずっといたい?」
宇宙船があまり楽しそうでないようなので、ずっと星に帰っていたいのかと舞は聞いた。
イーアはしばらく考えた後で短く答えた。
「宇宙船がいいわ。地球とかいろいろな星に行けるし。地球はいいわよ」
ちぐはぐな返事をするイーアの表情はあまり明るくなかった。

「お茶、飲もうか?」
舞が話を止めて冷蔵庫から飲み物を出した。
舞は話題を変えて伊豆の話を始めた。
伊豆の伯父さんのいる所の海はとてもきれいだと説明した。
海と聞いてイーアの顔が明るくなった。
イーアは図鑑を広げてこれよりもきれい?と聞いた。
「その写真よりももっときれいだよ。泳ぐと最高だよ」
世界で一番きれいな海だと優一は大げさに自慢した。
優一の説明を信じたイーアは楽しそうな顔をした。
「ね、優一も舞も泳げるの?」
イーアが二人の顔を覗き込むようにして聞いてきた。
「泳げない人間なんか地球上にいないぞ」
馬鹿な事を聞くんじゃないと優一は偉そうに言った。
「そうだよね・・・・、」
イーアは恥ずかしそうに下を向いた。
「イーアは泳げないんだろう?」
優一はからかった。
宇宙の話の時はすっかり小さくなっていたので、地球の事では少し威張らないといけないと優一は半分真剣に考えていた。
「何を威張ってんだか・・・・、」
舞はイーアに地球ではめだかだって泳ぐ事は出来る、泳げる優一が天才でもなんでもないと慰めた。
イーアはそれを聞いて少しほっとしたが、今度は「私はめだかにも負けるのね」と下らない事を言い出した。
「はっきり言ってめだかに勝てないな。イーアの星の学校にプールは無かったの?」
ひどい学校じゃないか、と優一は笑いながらからかった。
「プールは有りましたよ。でも、私は宇宙船乗員の授業を取ったからプールの時間が無くなったのよ。それで泳ぎは出来ないのですよ」
「そうだよね、犬かきよりも宇宙船に乗る方が大切だものね」
舞が優一の泳ぎ方だって華麗とは言えない、とイーアを慰めてくれた。
優一の泳ぎ方は地球の代表的な動物の泳ぎ方に似ていると説明した。
それを聞いてイーアはイルカを想像した。
優一はライオンを想像して胸を張った。
胸を張る優一を見て舞はくすくすと笑いながら庭を見た。犬がきょとんとした顔をした。
「イーア、大丈夫よ。すぐ泳げるようになるよ」
伊豆に行ったら泳ぎ方を教えてあげると舞は約束してくれた。
「ありがとう、舞は優しいね」
イーアは喜んだ。

次の日7月25日の朝三人は伊豆へ出発した。
朝、おばあちゃんが大きなおにぎりを沢山作ってくれた。
のりがたっぷり巻いてある。
中にはイーアの大好きなおかかやたらこが入っている。
「うわあ、すてき。おばあちゃんのおにぎりは宇宙一よ」
両手に一杯におにぎりを持ってイーアは飛び上がって喜んだ。
「宇宙一かい? すごいね」
おばあちゃんも喜んだ。
「あっ、日本一か。おばあちゃん、日本一よ」
イーアが言い直すと「いや、宇宙一でいいんじゃ。おばあちゃんのおにぎりは昔からうまかった。ほんとに宇宙一じゃ」
おじいちゃんが何度も宇宙一と言った。
優一と舞も宇宙一と言おうかと思ったが、何となく言えずイーアの喜ぶ顔を見て笑った。

いい天気だった。朝早く軽井沢を出発し9時前には東京駅に着いた。
そして、下田行きの踊り子号に乗り換えた。

期待に胸を膨らますイーア達三人を乗せて、踊り子号は軽快に海へ向かって行った。
大磯あたりで海を遠くに見たイーアは 「海だ!」 とアメリカ大陸でも発見したような歓声を上げた。
「とても広いよ」と感動したままじっと水平線を見た。
「これが地球一広いという太平洋でしょう? 大きいね」と言いながら面積はどれくらいなの?と聞いてきた。
「申し訳ないけど、これは相模湾・・・・、」
優一はほかの乗客が笑っているからもう少し小さな声で話せと言った。
さらに、あまり地球の事について人前で細かく質問をしないようにと注意した。
イーアは顔を赤くして頷いた。
舞は笑ったらイーアが可哀想だと思ったが、こらえきれず笑ってしまった。

途中で踊り子号から伊豆急行の特別パノラマ列車に乗り換えた三人は喜んだ。
特にイーアは大きく広い窓が非常に気に入った。
「優一、舞、海よ! ほら、青いね。 綺麗よ。 美しい!」
小田原を過ぎ真鶴、熱海、伊東と間近に海を見たイーアは窓に顔をくっつけるようにして大声を上げた。
目が輝いている。
「すごい。こんなに窓が広いと、海に手が届きそうだね。迫力満点」
舞もまるでイーアのようにはしゃいだ。
伊東、熱川、河津を過ぎ下田へ着くまでイーアは声を上げて海を見続けた。
「あまり大きな声を出すなよ。海を見た事が無い山奥の人間かと思われるぜ」
優一は小学校の遠足の引率の先生のような気分になった。
「私は海は見た事がありませんよ。それに軽井沢は山奥よ」
イーアは平然と言い返した。
「山の中に有るけどハイセンスな都会だよ」
位置の事を言ってるんじゃない、洗練されているかどうかが大切だ、軽井沢は日本一の避暑地でハイセンスな町だと自慢した。
ほかの乗客に変な所から来たと思われないように、と注意した。
「そうよ。軽井沢は素晴らしい町よ。優一も舞も変ではないし。森は美 しいし、川はきれいだし、でも海が無いのが残念よ」
イーアは優一と話すよりも海を見続けた。
青く輝く海を見続けているうち三人はお腹がすいてきた。
舞がバッグからおばあちゃんのおにぎりを出した。
美味しいおにぎりをほおばりながらイーアは海を見続けた。
列車のすぐ下の岩場に荒く打ち寄せる真っ白い波を見てため息を漏らした。

伊豆の美しい海岸線を最南端まで進みやがて列車は下田駅に着いた。
イーアは真っ先に降りると早く海へ行こうと二人の袖を引っ張った。
「行こう、行こう」
舞もイーアも走り出した。
「ちょっと待てよ、荷物どうすんだよ」
優一はイーアと舞の大きな荷物を持って二人の後を追いかけた。

下田港に着いたイーアは海を見て飛び上がった。
「素敵よ!」 大きな声を出した。
「来たぞー!」優一も大声で叫んだ。
潮風が汗ばんだ三人の頬に気持ちよく吹いてくる。
「塩分のにおいがするよ」
イーアのお得意が始まった。
「潮の香りって言ってくれよ。化学工場に来てるんじゃないんだぜ。ロマンも何も無くなるなあ」
優一が大声で笑った。舞も笑った。
「潮の香り、ね。きれいな言い方だね」
イーアは頭をかいて笑った。
三人は駅に戻りバスに乗って伯父さんの住む漁村へと向かった。
海岸線を走るバスの中でもイーアははしゃぎっぱなしだ。
海岸の岩の面白い形には大喜びだ。
浜辺で遊んでいる子供を見て、「すごい、すごい」泳ぎ方が素晴らしいと褒めた。
ああいった泳ぎ方は見た事がないと感心した。
「しーっ、」優一は少し静かにしろと言った。
あれは泳いでいるのではなくて、歩いているだけだと小声で言った。
ただ水が腰まで来ているだけだと説明した。
「あぁー、」イーアは気の抜けたような声を出して舞を見た。
三人とも大声で笑った。

バスはやっと伯父さんの村に着いた。
小さな漁村だが浜辺はとても美しい。
白い砂浜は真夏の太陽にキラキラと輝いている。
「すてき!」
浜辺に立ち白く輝く砂浜と真っ青な海を見てイーアは感動した。
「優一君!」海岸の道路からおばさんが大きな声で呼んだ。
「こんちは、」
優一はイーアを紹介した。
「初めまして、私イーアと申します。よろしくお願いします」
最近はイーアも地球に慣れてきて、挨拶も普通になってきた。
舞は前におばさんが軽井沢に来た時に会っている。
「こんにちは、お久しぶりです」
舞はおばあちゃんから預かったお土産を渡した。
「いらっしゃい。みんな遠い所からよく来たわね、疲れたでしょう」
おばさんは三人を家へと連れて行った。
家に着いてお茶を飲んでいると伯父さんが帰って来た。
「お、来たな、優一君」
陽に焼けた真っ黒な顔をした伯父さんが優一とがっしりと握手した。

真っ黒な顔をした伯父さんを見たイーアは大変驚いた顔をした。
「舞ちゃん、ようこそ。そちらの人がイーアさんだね」
伯父さんは舞とイーアににこっと微笑んだ。
真っ黒い顔から真っ白な歯がこぼれた。
イーアは不思議そうな顔をしながら挨拶をした。
「初めまして、私はイーアと申します」
イーアが丁寧に挨拶をすると伯父さんは喜んだ。
「いやあ、イーアさんは上品だ」
民宿のお客さんが満足すると手を叩いた。
伯父さんはまた船で沖へ出るという。
「船に乗るのですか?」
イーアは一緒に乗せて欲しいと頼んだ。
「いいよ」三人は伯父さんと一緒に浜辺の漁船に向かった。
「すごい」船の甲板に立ったイーアは珍しそうにあちこち歩き回った。
船が出るとイーアは喜んだ。
伯父さんの漁船はエンジンの音を大きく上げながら、すぐに沖に出た。
港の中と違って波が荒い。
船が上下に揺れる。時おり大きな波が来ると、横へもぐっと揺れる。
舞は少し酔ってきた。操舵室に入り椅子に座って海を見た。
イーアは揺れる甲板の上を自由自在に歩き回っている。
「へえー、イーアさんは本当に船に乗るのが初めて?」伯父さんは驚いた。
「初めて船に乗ってこんなに揺れたら、みんなすぐ船に酔うのになあ」
上下に揺れる舳先に立ってイーアは広い太平洋を見た。
どこまでも紺碧の海が広がる。
果てしなく広がる海を見てイーアはすごい、すごいと大声を上げて喜んだ。
憬れの海の上に立ち大満足だ。大きくうねる波を見て波は生きているようだとはしゃいだ。
舳先の上で楽しそうに海を見ているイーアを見て優一と舞は「危ないよ!」と注意した。
優一は激しく揺れる船の上で上手く歩けない。
だが、イーアは大きく揺れる船の上をよろめきもせず軽快に歩き回った。
そして、水平線や大波を見続けた。
時おり高波が来て波しぶきをかぶっても却って大喜びをした。
「舞、このままあの水平線の向こうまで行けると最高だね」
遥か海の彼方を指差しながらイーアは眼を輝かした。
漁が終り港に帰ったイーアは素晴しい経験だったと伯父さんに感謝した。
喜びのあまり頬が上気して赤くなっている。
「そんなに喜ぶなんてイーアちゃんは本当に海が好きなんだね」
伯父さんは大喜びするイーアに呆れた。
「伊豆の沖ぐらいでそんなに喜んでいたら八丈島や小笠原辺りへ行ったら気絶してしまうよ」
伯父さんは大笑いした。
「ああ・・・、小笠原は知っています。日本の一番南の方ですね。鯨も来ますね。美しい所ですね。気絶してもいいからぜひ連れて行って下さい」
真剣な顔で頼むイーアをみんなは大笑いした。

夕方おばさんに民宿のアルバイトの仕事の説明を受けてから、三人は玄関の入り口の応接間で雑談をしていた。
そこへ近所の優一の友達が五人やって来た。
優一は小学校の時から伯父さん所によく来ているのでこの村に友達が多い。
中に軽井沢に遊びに来た友達も二人居る。
舞もその二人の顔は少し知っている。
みんなは今年は優一だけでなく、舞と一見外人のようなイーアがいるので照れくさそうだった。
優一はイーアが何かとんちんかんな事を言い出さないうちにみんなに紹介した。
「この人は、イーアって言うんだ。ずっと外国に行ってたから日本語とか日本の習慣に慣れていないんだ。海も初めてなんだ。いろいろ初歩的な事を聞いたりするかも知れないけど、そういう訳だから」
イーアは緊張した顔でみんなに挨拶をしたあと、優一の顔をチラッと見た。
なかなかうまい言い方をするね、といった顔だ。
舞も挨拶をしたあと「イーアは日本の事は分からないけど、フランスやイギリス、イタリアの事は詳しいよ。言葉も世界中の言葉がぺらぺらよ。気象学、物理も大得意よ」と、みんなにイーアの凄さを教えた。
「へエー。凄いなあ」
みんなのイーアを見る目がたちまち変わってきた。
みんなの驚いた表情を見て、これでイーアが頓珍漢な事を言ったりしたりしても誰もイーアの事をからかわないだろうと舞は安心した。

夕食はおじさんが獲って来たばかりの魚がずらりと食卓に並んだ。
「うまい! やっぱり伯父さんの獲って来た魚は最高だよ」
伊豆の新鮮な魚をどんどん腹に詰め込みながら優一は、伯父さんの漁の腕前 と魚の新鮮さを褒めた。
「軽井沢じゃこんなに活きのいい魚は食えないだろう。どんどん食べなよ」
食卓の中央に魚の活き作りの大きな盛り合わせが有る。豪快だ。
まだ魚のしっぽがぴくぴくと動いている。タコの刺身も動いている。
イーアの表情が止まった。どうやら活き作りというのは初めてらしい。
イーアはお皿の端の方の焼き魚をつまんで食べた。
「イーアさん、遠慮しちゃ駄目だよ。どんどん食べなさい。こっちの大とろはさっき福ちゃんが持って来てくれたんだ。すぐそこで獲ったんだ。最高の近海ものだ。これはいけるぞ」
伯父さんは焼き魚なんか食わず、大とろや刺身を食べなさいと大きな声ですすめた。
いくら伊豆でも本マグロは滅多に獲れないぞと豪快に笑った。
イーアはぴくぴく動く魚と伯父さんの大きな声、日焼けして真っ黒な顔と腕に圧倒されたようだ。
おばさんが刺身やカニ、エビなどをたくさんお皿に取ってイーアの前に置いてくれた。
イーアは優一と舞を見ながら少しずつ刺身を食べた。
「大変美味しいですわ」
イーアはにこっと伯父さんに笑って、毎日こんなに魚をたくさん獲るのですか、と食卓の上の魚を見ながら聞いた。
「いやあ、これぐらいじゃないよ。毎日あの船にいっぱい獲るんだよ」
獲った魚は市場で売り、民宿のお客さんにも出すのだと説明し た。
「すごいですね」
イーアは感心した様子でしきりと伯父さんの漁の腕前を褒めた。
舞がイーアのお皿を見ると、イーアは殆ど刺身を食べていない。
舞は焼き魚とお肉を取ってあげた。
「イーアさんは外国が長いからやはりお肉がいいんですかね?」
おばさんが尋ねた。
「いいえ、お魚はとても大好きです。とても伯父さんの魚は美味しいです」
かなり気を使う性格のようである。
動く刺身は初めて見たが魚は好きな方だと言ったあと、たらこやおかかも大好きだと平然と言った。
「おかか?」伯父さんは一瞬箸を止めて、にこっと笑った。
「おかかは太平洋で取れる美味しい魚ですよね。舞のおばあちゃんに教えてもらいました」
続けて舞のおばあちゃんの料理は素晴らしいと話した。
「イーアさんは日本の魚も大好きなんだね。良かった、良かった」
伯父さんは大きく笑いながら優一の方を少し見た。
優一は何とも言えず舞の顔を見た。
「イーアはまだ日本の魚の名前をきちんと覚えてなくて・・・・」
舞が困った顔をしながら説明した。
伯父さんはとりあえず笑ったあと、海や漁の話をした。
海の話が始まるとイーアの顔がいきいきとして来た。
海の深さとか海流の動き、海水の温度などについてイーアが質問したので、伯父さんは意外な顔をしたが、海流、黒潮の蛇行などについて説明した。
優一はイーアの方を見て、あまり細かい質問をするなと目で合図した。
イーアは優一の心配そうな顔を見てにこっと笑い、大丈夫よといった顔をして海の事についていろいろ聞いた。
次々と質問を続けるイーアに伯父さんはすっかり喜んで詳しく答えていった。

次の日、伯父さんは朝暗いうちから漁に出かけた。
優一達は民宿の手伝いをしたあと、昼過ぎから夕方まで休憩を貰った。
浜辺に行くと近所の優一の友達がいた。
「泳ごうぜ」みんな海へ走った。
舞もイーアもみんなについて走った。
「熱い!」舞が振り向くとイーアが足をばたばたさせている。
優一がイーアの困ったような顔を見て、「ははは、」と笑ったが、イーアが砂浜に腰を落として泣き顔で「熱いよ、本当に」と足の裏を手で押さえ始めるとあわてて走って来た。
優一と舞は二人でイーアを抱えてビーチ・マットまで連れて来た。
舞はすぐイーアの足の裏に水をかけた。
「アー、もう大丈夫」イーアは助かったといった顔でありがとうと言った。
「こんなに熱い砂や土は初めてよ。火山の上を歩いているようよ」
イーアは足の裏をさすりながら海の砂がこんなに熱いとは思わなかったと驚いた声で言った。
そのあとイーアはビーチ・サンダルをしっかりと履いて、手には水を持ち波打ち際まで恐る恐る歩いて行った。
近所の連中が少し笑っている。
渚に立ち、押し寄せて来る雪のように白い波が足に当たった瞬間、イーアはとても感動した声を出した。
「すてき!」
次から次へときれいな波が足元に押し寄せて来るのをじっと見ながら、すごい、きれいだ、すてきだと何度も喜びの声を上げた。

「泳ごうよ」と舞がイーアの手をとった。
イーアの顔にさっと緊張が走った。
「大丈夫、大丈夫。ここは浅いから」舞はイーアの手をとって腰ぐらいの深さの所を歩き回った。
「イーア、これはまだ泳いでいるんじゃないからね」
舞はからかった。
「はい、水が腰まで来ているだけですね」
イーアは空を見て笑った。
真夏の青い空がどこまでも広がっている。
夏の光が痛いほど降りそそぐ。

「ほら、これ使えよ」
優一が浮き袋を持って来た。
「ありがとう」
イーアは浮き袋につかまりながら泳いだ。
「泳げたよ、舞」うれしそうに笑顔を見せた。
「うまいじゃない。すごい、すごい」
舞は喜んでイーアの浮き袋を引っ張って歩いた。
「すごい、泳げたよ」優一は手を叩いて褒めた。
舞はイーアに泳ぎ方を教え始めた。
浮き袋は横にどけた。
平泳ぎというより犬かきに近い泳ぎ方だが、わりと早くイーアは泳ぐことが出来 た。
「本当に泳げたよ!」浮き袋を使わずに泳いでイーアはすごくうれしそうな顔をして二人に笑顔を見せた。
運動神経はかなりいいようだ。
優一と舞は大きな拍手をした。
だが、顔に海水がかかると大騒ぎになる。
「からい、からい」としかめっ面をする。
「海水が甘かったらどうするんだよ」
優一は大笑いした。
「塩分濃度がちょっとオーバーかな?」続けてからかった。
「そうよ、塩の水に入った事が無いから、本当に辛いよ」
イーアは目が痛い痛いと困った顔をした。
からいとか、しょっぱいとか言いながらイーアは楽しそうに泳ぎ続けた。
優一は近所の連中と沖の方へ泳いで行った。
「すごいね、優一は」とイーアは感心した。
舞はおぼつかない様子で泳ぐイーアのそばで一緒になって泳いだ。
ちょっと見た目には男勝りの感じのする舞だが、わりと優しくて気のいい所が有る。
イーアは3時間ほどするとかなり泳ぎが上手くなった。
「ふーん、」舞は感心した。

夜、優一達は伯父さん達が寝たあと民宿の玄関兼応接間のテーブルで、シーツをたたんだりして軽い仕事をしながら小さな声で話をし た。
イーアはしきりと日焼けした肩や、腕が痛い痛いとつぶやいている。
「それなあに?」
舞はテーブルの上のイーアの小型の機械を指差した。
携帯式のコンピューターでしょう?と聞いた。
前から聞こう聞こうと思っていた事だ。
高性能なんだろうなあ、と優一も聞いた。
イーアは軽くうなずいた。
「僕は最初、それ、携帯電話かと思っていたんだ」
「ごめんなさいね。携帯電話ばかり見てよそ見しながら話す変な人と思ったでしょう」
イーアは優一が最初思っていた事を代わりに言って謝った。
「いや、そんな事はないよ」
全然気にしていなかったよと優一は手を振った。
「迷惑そうな顔をしていたよ」
イーアは優一に本当の事を言ってもいいのよ、と微笑みながら最初会った時の優一の表情について話した。
「僕はイーアに謝らないといけないや」
「私もよ」
優一と舞はイーアに真剣に謝った。
「イーアが宇宙人と分からずいろいろ笑ったり、変な女の娘だと思ったりしたんだ。失礼な事も言ったと思うけど本当にごめんよ」
「私もよ。 ごめんなさいね」
二人とも真面目な顔をして少し頭を下げた。
「そんな事はないわ。優一も舞も本当にとても親切で嬉しかったよ」
やはり最初、地球の人、つまり優一に森の奥の泉で会った時は怖かった、と言った。
宇宙人と分かって攻撃されたりするのじゃないかと、とても緊張したと胸に手を当てながら話した。
「でも優一の優しそうな目を見て安心したよ。やっぱり地球は優しい星だと」
そう言ってイーアはじっと優一の目を見つめた。
優一も少しイーアの目を見つめた。
イーアの蒼い瞳を見ていると遠い宇宙に吸い込まれていくような気がする。
「な、僕の立派さは宇宙でも証明されたよ」
優一は舞を見て自慢した。
「何言ってんだか。イーアは優一の事を何も立派だなんて言ってないじゃないの。イーアの美しさに驚いて普段のひどい自分を見失っていただけじゃないのさ」
舞は笑いながらからかった。
「第一、サッカーの試合じゃイエロー・カードばかり貰うくせに。ラフプレーの連続でいつも試合の後に相手の監督が抗議して来るじゃない」
試合の時こそ立派にプレーをしなよと舞は優一の足を蹴った。
イーアはサッカーの事はあまり分からなかったが、優一と舞のいつも通りのやり取りを見て可笑しそうに笑った。
舞も大声で笑った。
優一は向こうずねを押さえながら苦笑した。

話をしている間イーアはひりひりする手や背中を時々さすった。
イーアにとって海で激しく日焼けをするというのは、もちろん初めての経験である。
イーアも気をつけて陽があまり当たらないようにヨット・パーカーを着ていたが、それでも体中日焼けして炎症を起こした。
おまけに海水に初めて入ったので塩水の刺激とで二重に痛かった。
肩や腕と言わず体中真っ赤だ。
皮がむけてしまっている。
結局舞は夕方からイーアの体に薬を塗る係となってしまった。
薬はイーアが持っている薬だった。
白い普通のクリームのような薬だが、よく効いた。
腫れがあまりひどくならない。
「舞、美しくなる薬を塗って貰いなよ」
イーアの薬の効き目に感心した優一が半分本気で、イーアにいい薬を貰いなよ、と言った。
「何さ、それよりイーアは頭につける薬を持っているってよ、貰いなよ」
舞は優一の頭にさっきの薬をつけようとした。
「よせよ」優一は自分の部屋へ逃げて行った。
もう夜の1時を回っている。
舞とイーアも自分の部屋へと帰った。
布団に入ってからもイーアは体中痛い痛いと泣いた。

次の日も優一達は昼過ぎに休憩をたっぷり貰って海で泳いだ。
イーアはかなり泳ぎが上手くなった。
だが、海水が日焼けした皮膚にしみこんで痛くてしょうがないとつらそうに言った。
「じゃあ、泳ぐのやめて見てればいいじゃないか」と優一が言うと、でも、やはり泳いでいたいとイーアは泳ぎ続けた。

夜、舞に浴衣を着せてもらったイーアは大喜びした。
「着物だ、着物だ」と鏡を見て嬉しそうに眺め続けた。
「きれいだよ」と舞が褒めると、イーアは少し顔を赤くして喜んだ。
「地球のいろいろな写真を見た時に着物を見て美しいと思ったのよ。いつか着物を着てみたいと思っていたのよ」
イーアは夢がかなって嬉しいと喜んだ。
そこへ優一が来た。
「それ、浴衣じゃないか」優一がからかうと、イーアはがっかりした。
「よけえな事を言うんじゃねえよ、」舞が思いやりがないなあ、と優一の背中を叩いた。
「一応着物を着た宇宙人第一号だな」
優一がイーアの前で小声で冷やかすと、イーアは「それは大変名誉ね」と却って喜んだ。
浴衣を着て喜ぶイーアは何故か本当の地球人、いや、日本人のように見えた。
『きれいだ・・・、』
舞と話しているイーアの横顔を見て優一は思った。

毎日夕食のあとは伯父さん達と海や軽井沢の話をしたりした。
応接間や部屋であるいは浜辺を散歩しながら優一と舞はイーアに星の事や宇宙の事を聞いた。
浜辺で綺麗な星空を見ながら宇宙の話を聞くと宇宙の事がとても身近に感じられる。
輝く星空を見ながらイーアは自分の星の位置を指差した。
光速で行っても100億年もかかる距離だ。気が遠くなる。
イーアの指差す方向を見て優一も舞も神秘的な気持ちになった。
宇宙の事を聞くたびに新しい不思議な面白い話が出てくる。
イーアに宇宙の事などをいろいろ聞いているうちに、イーアが非常に優秀だという事が分かった。
星全体で高校生枠とはいえ宇宙船の乗員試験という難関の試験に合格したのだという。星全体の同学年で3人だけという。
イーアは別に何も言わないが、やはり宇宙船の乗員というのは優秀な人達ばかりのようだ。
イーアの星でも重要で憧れの任務らしい。

自分の星を離れて一人だけで地球に来ていて、家族と一緒でなくて寂しくないか、みんな大変心配しているだろうと聞いた。
「大丈夫よ。寂しくないよ。地球が大好きよ。家族には地球にいると言っているから、みんな心配はしないよ」
そういった話になると、イーアは簡単な返事しかしない。
そんなものかなあと思ったが、深く聞こうとするとイーアは楽しそうにしないし寂しそうな表情になる。
やはり、自分の星から離れているので悲しいのかなと心配になってくる。
あまりいろいろと聞くのも悪いかなと思ってしまう。
宇宙の事は割とよく話してくれるのに、家族の事はあまり話さない。
文明の進んだ宇宙人の家族とはそんなものかなあ、少しついて行けないなあと舞は思った。
優一も舞もイーアを見ていて本当にいい宇宙人だと感心している。
そういったイーアの両親や兄弟姉妹はきっと素晴しい宇宙人のはずだ。
いつも、イーアの家族の事をいろいろと聞こうとするのだが、なかなか上手く聞けない。
少しでも聞こうとすると、すぐに優一や舞が喜びそうな話題へと話を切り替えていく。

優一に言わせると、宇宙人のくせに地球の事を本当にいろいろと知っているイーアだが、殆ど百科事典少女である。
知識はそのつど携帯コンピューターで覚えていく。
宇宙船にいる時から地球の事、日本の事も研究してきたのでよく知っている。
しかし、それは知識である。実際の使い方や感覚がぴんと来ない。手にとって使おうとするとうまくいかない。
会話ではどんどん話せるが、実際そのものを見た時はどうすればいいのか戸惑っている。
「優れた評論家、百科事典博士だな」
優一が真面目な顔をしてイーアを褒めた。
優れた評論家とか博士とか言うので最初イーアは喜んだ。
だが、舞が優一に文句を言っているのを見て、どうやらからかわれていると分かって優一を少し睨んだ。

優一達は民宿の仕事が一段落するたびに休憩時間をたくさん貰って海で泳ぎ続けた。
だいぶ泳げるようになったイーアは休むことなく泳ぎ続けた。
水中眼鏡をつけて浅い岩場に潜り魚を追いかけた。
イーアは3分ぐらいは平気で潜れる。最初はイーアが水から出て来ないので、
潜ったまま溺れたと思った優一と舞は真っ青になった。
あわてて潜って探すと、岩場の底の方でゆらゆらと漂いながら小さな魚をじっと見ていた。
苦しくないかと聞くと「そんな事はない」とあっさりと答えた。
「すごい」優一も舞も驚いた。
「どうしてかしら、」
イーアにも理由は分からないと言う。
星の授業で潜り方の練習の時間などが有るわけではないと説明した。
「地球で海女(あま)さんとして生きていけるぜ」と優一はからかった。
「海女さんて?」イーアは舞を見た。
海の底に潜って貝や真珠を採る仕事だと舞が説明した。
「真珠・・・、それは美しい仕事よ」
イーアは喜んだ。

「地球に生まれたかったよ」
イーアはだんご岩やヨットの上で青い海を見ながら何度も言った。
「こんなにすてきな海が有るんだもの、最高よ」
そう言いながらイーアは遠く水平線や岬、真っ青な大空を見た。
大空の遥か彼方にはイーアの星が有るはずだ。
優一と舞も一緒になって大空の彼方を見続けた。
強烈な夏の陽射しにうたれる海辺の人々を救うかのように、時おり風が優しく吹いてくる。
イーアの細くきれいな髪が潮風にゆれる。
「地球は海が美しい星として宇宙でも昔から大変有名よ。地球の人達がその美しい海にそんなに関心を持たないのはもったいないよ」
イーアは地球の人達は美しい海に強い誇りを持ち、海をもっともっと大切にして今よりもさらに楽しめばいいのにと言った。
波や浜辺も美しいが、海の中の珊瑚礁は信じられない美しさだとため息をついた。
色鮮やかな熱帯魚を見ていると、空から天使がやって来て姿を変えて泳いでいるのではないかと思うと微笑んだ。
真珠が海の底で柔らかい光を放ちながらひっそりとしているのは神秘的だと言った。
イーアは珊瑚礁や熱帯魚、海の底の真珠などは図鑑やテレビでしか見ていない。
本物の珊瑚礁や真珠などを見たり触れてみたいと楽しそうな表情で優一と舞を見た。
いつかきっと南の島へ行き、珊瑚礁や真珠のある海に潜って熱帯魚と戯れながら何日も過ごしてみたいと希望を語った。
イーアの最大の夢だ。

夜は民宿の玄関の応接間や伯父さんの家の座敷で相変わらず宇宙の事などを話し続けた。
海や高い山を除いて、丘陵、高原などの風景はイーアの星も地球もよく似ている。
全体的に景色は地球が美しい。
空の美しさはとても地球にはかなわない。
イーアの星の空はいつもどんよりと曇っている。
青空というのは殆どない。
イーアは空というものはクリーム色か灰色が当たり前だと思っていた、と話した。
初めて地球を低空飛行した時、回りを見たら空が青いので大変驚いたという。
宇宙には地球と同じような星はかなり有るという。
そして、それらの星の殆どに高等生物、つまり人間が住んでいるという。
もちろんすべての星が地球よりも文明が進んでいるという訳ではないという。
地球の科学、文明は宇宙全体でも進んでいる方である、というよりもトップ・クラスであるとイー
アは説明した。
「へー、地球も捨てたもんじゃないね」
優一と舞は少しほっとした。
どうもイーアと宇宙の事について話していると、自分達が地球の代表のような気持になってしまう。
他の星に負けていると思うと口惜しいが、宇宙でもトップ・クラスだと聞くととても嬉しくなってくる。
文明の進んだ星は多いが、地球で言えば十九世紀のレベルやそれよりも遅れている星も多いとイーアは説明した。
中には、相変わらず戦争ばかりやっている星もいくつか有ると嘆いた。

8月の10日ごろ浜辺で花火大会が有った。
夕方、浴衣を来て優一達と浜辺に出かけた。
たくさんの人がいた。観光客が多い。
伯父さんの民宿に泊まっている人達もみんな来ていた。
イーアの浴衣姿を見てとても綺麗だよ、大和撫子みたいだとみんなが冷やかした。
イーアは顔を赤くして、ありがとうとみんなに手を振った。
民宿のお客もイーアをハーフか外人と思っているようだ。

花火の打ち上げが始まった。
「すばらしい!」
イーアが感動した声をあげた。
「きれいね」 
舞もイーアと同じくらい大きな声をあげた。
イーアの星にも花火は有るが、地球というより日本のような美しい花火はない。
日本の花火は本当に凄いと感動して大きな拍手をした。

屋台に綿菓子の機械が有った。
綿菓子が出来るのをイーアは不思議そうにじっと見た。
綿菓子を食べようと言うと、優一は笑って子供のお菓子なんか食べないと手を振った。
イーアはがっかりした顔をした。
舞が綿菓子を二つ買ってイーアに一つ渡すとイーアは凄く喜んだ。
「うーん、これは美味しい。これは最高よ。ふわふわして甘くて溶けていく」
イーアはすっかり綿菓子が気に入った。
堅い粒々の砂糖がふんわりとした綿菓子になるのが不思議だったが、食べてみてその味にも大満足だ。予想以上の美味しさだ。
「綿菓子すらないようなどっかの星へ持って行ったら、すごく売れて大金持ちになれるぞ」
優一がからかった。
「そうよ。私、貿易商人になりたくなったよ」
「綿菓子が無いような遅れている星も宇宙には有るんだ。宇宙は広いなあ」
優一は地球は進んだ星だと自慢した。
下らない事で自慢するなよと舞が優一の肩をつついた。

「優一、地球はやはり凄い星よ。立派よ」
イーアは地球の素晴しさに拍手をした。
綿菓子やたこ焼きを食べている間も花火は次々と打ち上げられて行く。
ぱっと空いっぱいに色鮮やかな大きな花が広がって行くようだ。
花火が連続して打ち上げられ空いっぱいに赤、黄色、青、白と色とりどりの花火が乱れるように広がっていくとイーアは飛び上がって喜んだ。
「凄いよ。空いっぱいに宝石が飛び散っているみたいよ」
本当だ。ルビーやサファイア、ダイアモンドなどのありとあらゆる宝石が空でぶつかり合い飛び散って輝いているようだ。
「本当にそうだなあ、」
優一も舞も凄いと言いながら空を見上げた。
イーアはすてき、きれいだと何度も言いながら空を見続けた。
花火大会は三時間ほどして終わった。

民宿へ帰ったイーア達は本当に凄かった、素晴しかったと花火大会の事を話し合った。
イーアの頬が喜びで上気したようにピンク色になっている。
綿菓子やたこ焼きは美味しかった。
イーアの星では綿菓子はないし、たこ焼きも当然ない。
花火もとても地球の花火にはかなわない。
イーアは地球は本当に凄い星だと何度も褒めた。
イーアが何度も褒めるので優一はすっかり上機嫌になった。

次の日は楽しかった花火の話をしながら仕事をした。
「最高だったわ。」イーアと舞は何度も言った。
イーアは仕事の途中で時々目を閉じてみた。
すると、閉じたまぶたの中で昨日の花火がいくつも広がった。
目の中が赤、黄色、青、紫と万華鏡のようになった。
おまけに綿菓子まで見えてきた。
「うーん、すごい」
イーアはニコニコしながら仕事をした。
「何をにたにたしてんだよ。」にこにこしているイーアを見て優一が笑った。
「何かいい事あるの?」舞が聞いた。
「花火よ、花火、宝石、宝石、」イーアはニコニコと微笑んだ。
花火を思い出しながら仕事をするイーアの動きは軽快だった。
仕事がどんどんはかどった。

午後3時になるとおばさんが「今日はあがっていいわ。」と言った。
「やった。おばさん、ありがとう!」
イーア達は喜んで海へ走った。
前方に広がる青い海に向かって三人は思いっきり走った。
白い砂浜を飛び跳ねるように走って行った。
砂が飛び散りパウダーのようになって舞い上がった。
空では太陽が強烈に輝いている。その光がイーアたちの肌を焦がす。
雲は殆どない。潮風が強い。ヒュー、ヒュー、と耳元で鳴る。
民宿から50メートルほどしか走っていないのに三人とももう汗だくだ。
イーアは浜辺から飛び込んでそのままだんご岩へ一直線に泳いで行った。舞も続いた。
イーアはここ2日ほどで泳ぎがすっかり上手くなっていた。
舞が簡単に追いつく事が出来ないほど速く泳げるようになっていた。

イーアは軽快に泳いだ。両腕がきれいに回転しながら波をかき分けて行く。
しなやかな脚が波を打ち蹴飛ばしていく。ザバザバと小気味のいい音がする。
速い。イーアは魚にでもなったようだ。
イーアの水着は鮮やかなブルーに白の線が入っている。
まるで青い人魚が波の中をすべって行くようだ。
イーアの進んだ後には白い波しぶきが細長く続く。
イーアのすぐ後ろを舞が続く。舞は全力で泳いだ。しかし、イーアを抜けない。
その後から優一が迫って来た。
優一は舞を抜いた。イーアに並んだ。
「よし、抜くぞ。」と優一が思った時に、イーアがピッチを早めた。
優一はあっさり引き離された。
優一はイーアの足先を見て泳ぐ羽目となった。イーアの脚がはね飛ばす波しぶきが優一の顔にかかった。
前方にだんご岩が大きく見えてきた。
イーアは岩にタッチした。
優一は結局イーアに追いつけなかった。
「やったあ。一番乗りだ」
すばやくだんご岩に登ったイーアは手を大きく広げて喜んだ。
そして、さっと立ち上がり「遅いぞ」と水面にいる優一をからかった。

だんご岩は浜辺から五十メートルほどの所にある。
小さい岩だ。高さは一メートルほどだ。
形はだんごとそっくりで幅も二メートルほどだ。
上にあがると四、五人ほど座れる。
だんご状だが斜面が平らなので二人ぐらいの時は横になる事もできる。
飛び込んで遊ぶのに高さがちょうどいいので中学生がよく来て遊んでいる。
伊豆へ来たばかりの時、イーアはだんご岩を見て遥か遠くに有ると思っていた。
泳げない自分はとても優一達のように、あの岩までは行けないだろうと思っていた。
今は、一人でだんご岩まで泳いで来れる。
しかも、優一と泳ぐスピードがほぼ同じぐらいになった。
「やあ、驚いた。すっかり早くなったなあ。高性能のロケット・エンジンでもつけているみたいだよ」
優一はだんご岩の下からイーアを見上げた。
感心する優一を見てイーアは唇をきゅっと結び微笑んだ。
優一が参ったよ、と言ったのでイーアはとてもうれしかった。

「ほんとに速いわ。」
舞が感心しながらだんご岩に上がって来た。
「はい、どうぞ」
イーアは優一に手を差し出した。
いつも優一がしていた事へのお返しだ。
いつか優一よりも先に岩に上がって、どうぞと言って手を差し出すのが夢だった。
こんなに早く叶うとは思わなかった。
「ありがとう」と言いながらイーアの手を取って上がって来る優一を見てイーアはとても満足だ。
優一はイーアに少し引っ張ってもらい岩に上がった。
イーアの手は白く柔らかい。指も長くしなやかだ。
イーアの手を持った時優一はドキッとした。
指先から肘にかけて軽く電流が流れたような感じがした。
思わずイーアの顔を見た。
優一に強く見つめられてイーアはうれしそうに微笑んだ。

三人ともだんご岩の上に座って浜辺を眺めた。
真っ白な砂が遠くまで続く綺麗な浜辺だ。
遠浅というわけではないが、浜辺の近くは割りと浅い。
波は静かで海はとても澄んでいる。
顔面を付けて泳いでいると2メートル下の海底の小石や小さな魚がきれいに見える。
海水浴には最適の浜辺だ。
たくさんの人が浜辺で遊んでいる。殆ど観光客だ。
数人の男女がビーチバレーをしている。
ビーチボールでやっていらしくボールが簡単に風に流される。
あちらこちら、左へ右へと流れるボールを追いかけながら転んだりひっくり返ったりしている。
そのたびに本人も見ている友達もキャー、キャーと大声で笑う。
ビーチボールの試合と言うより、ボールで遊んでいる。
柔らかい砂の上を転げまわって楽しんでいるのだ。
大人はみんな浜辺で寝ている。
小さい子供が元気に走り回っている。
お父さんやお母さんたちは帽子を顔にのせて眠っているが、子供たちだけは機関車のようにぐるぐると走り回っている。
若者はゴムボートや小さな船に乗って遊んでいる。
ヨットで沖へ繰り出す連中も多い。海岸の端の方に小さなヨットハーバーが有る。
浜辺の向こうにはホテルや旅館、民宿が並んでいる。
水がきれいで浜辺も美しいので有名ホテルがいくつも建っている。
冬や春の浜辺は静かで人影はほとんどなく近所の人が散歩する程度だ。
しかし、夏になるとたちまちホテルも民宿もすべて超満員となり浜辺は大混雑だ。
イーアたちが働いている伯父さんの民宿が左前方に見える。

玄関付近でかごを持って歩いているおばさんが小さく見えた。
「あ、おばさんだ。」イーアが指差した。
「かごを持っているぞ。魚だ。今日の夕食だ。また、魚だ。」
魚ばかりで少し飽きたと優一はぼやいた。
「贅沢言うんじゃないの。」
仕事をしないくせに文句を言うなと舞が笑った。
「たまにはステーキを食べたいぞ。」優一が吼えた。
「豆腐ステーキなら食わしてあげるよ。」舞がからかった。
「ふふ、」イーアがとてもおかしそうに笑った。
日差しが強い。イーアは汗をぬぐった。
優一は汗だらけだ。
もともとサッカーの練習で日焼けしているところへ、連日泳いでいるので優一はもう真っ黒になっている。
真っ黒い優一の背中をみて、イーアは手を自分の額にかざした。少しでも日の光が顔に当たらないようにした。
イーアも舞もかなり日焼けしている。
焼けてはいるが、二人ともイーアのクリームを塗っているので、それほど黒くなっていない。
きれいな小麦色となっている。
イーアは小麦色になった自分の腕をじっと見た。
不思議な気持ちだ。
イーアの星ではみんな肌の色は真っ白だ。
星にいる時も宇宙船にいる時も、腕や顔の色を気にする事などなかった。
肌の色は白いのが当たり前だと思っていた。
イーアの星では太陽はいつも雲に隠れている。日焼けすることなどない。
それが伊豆に来てたちまち顔も腕も胸も背中も全部茶色になった。
「お父さんもお母さんもこれを見たら驚くよ。ふふ、」イーアは心の中でつぶやいた。
笑うイーアを見て舞も笑った。
「イーアはすっかり黒くなったよ。」
「そうよ。このままだと真っ黒よ。困るよ。」
イーアは胸の前で両手を広げて笑った。
「真っ黒になったら星に帰れないぞ。どこかとんでもない星の人間と思われて追い返されるぞ。」
優一が大変な事になるぞと言った。
「あはは、」イーアはおなかをよじらせて笑った。
ちょうど今真っ黒になったら星にいるお母さんがびっくりすると考えていたところへ、優一が同じような事を言ったのでおかしくてたまらなかった。
イーアが体をくねらせて「ふふ、ふふ、」と笑い続けるので舞と優一もつられて大声で笑った。

「空がきれいだね。真っ青。」
イーアは真上を見てとてもうれしそうに大声を出した。
「きれいね。」舞も声を上げた。
空は青一色だ。太陽は少し西に傾いたが、まだまだ強烈に光を放っている。
日の光をうけてイーアの髪が金色に輝いている。
「イーアの髪は金色だね」
舞がイーアの髪の毛を一、二本つまみ上げながら羨ましそうに言った。
確かに少し金色になっている。
もともと栗色だったが伊豆に来てから少し金色に変化していった。
普通の状態だときれいな栗色で金色には見えない。しかし、太陽が強く当たり髪の毛が太陽の手前にある状態だと金色に見える。
角度によって非常にきらきらと輝く。
強い光か紫外線の作用で色素が変化する性質のようだ。
「そんな事ないけど、太陽の光線に当たったので色素が変化したのかも知れないよ、」
優一もイーアのきらきら光る髪を見た。
長い髪が潮風にそよいでいる。
風が吹くたびに髪がふわっと浮いて揺れる。
そういった状態で日の光が強く髪に当たるといっそう金色に輝く。美しい色だ。
目を細めて浜辺を見るイーアの瞳はブルーだ。
横顔を見ると鼻も少し高くすらりとしている。
まるで外人のモデルようだ。
優一はイーアの横顔をじっと見た。
きれいだ。
横から見るイーアの形のいい鼻、ブルーの瞳、風に揺れて時々金色に輝く髪。すこしふっくらとした頬。やわらかそうな唇。
優一は胸が少し苦しくなった。
そういった気持ちは初めてだった。

イーアは優一が見ている事に気がつかないで眼を細めて浜辺を見ていた。
優一は海辺に座る少女を描いた一枚の絵を見ているような気持ちになった。
時が止まったような錯覚に陥った。
静止した海辺の風景の中でイーアの髪だけが少し揺れ、唇が微笑むようにかすかに動く。
そして、優一の胸はドキドキと痙攣するように動く。
潮風にイーアの髪が揺れると優一の心も揺れる。

胸の痛みと真夏の暑さで優一は一瞬めまいを感じた。
イーアと舞はそんな優一の気持ちなど知る訳もなく楽しくおしゃべりをしていた。
真っ青な伊豆の青空に太陽がぎらぎらと強烈に輝き続けていた。

イーアの星では太陽は殆ど見えない。
空はいつも灰色の雲に覆われている。
空を見上げても星人(ほしじん)の頭上では、いつも灰色かくすんだ白い色の雲が果てしなく広がっているだけだ。
星人達は太陽の光、強烈な光を受ける事はない。
イーアは地球の海辺の伊豆に来て強烈な太陽光線を受けた。
生まれてはじめての経験だ。
その為に肌、髪、瞳が太陽光と紫外線を受けてたちまち化学変化をおこした。
肌はたちまち茶色となり髪の毛は小麦色から金色へと色彩変化をおこした。瞳も同様だ。薄いブルーだったのが濃いブルーとなった。
まるで北欧の人のようになった。
しかし、夕方太陽が沈み太陽光線がなくなると、再びイーアの髪の色は栗毛色となり、肌も色が薄くなっていく。小麦色の肌がたちまち白くなっていく。瞳も薄いブルーとなる。
短時間で色彩変化がおきる体質のようだ。
その性質はイーアだけでなくイーアの星人全員に見られる特有の変化・現象だとイーアは説明した。

「ああ、暑い、暑い、」
優一が叫びながら後ろに倒れた。
太陽の光を全部受けるように両手を大きく広げた。
「暑いね、」
舞も優一のように後ろに倒れて両手を広げた。
後ろに倒れて両手を広げる二人を見てイーアも真似した。
優一のように思いっきり両手を広げ足を伸ばすと本当に気持ちがいい。
真上に広がる空はどこまでも真っ青だ。
しかし、
「痛い、痛い、」

イーアは起きて太ももとすねをさすった。
太陽がまともに当たって日焼けが急激に進んだようだ。
やはりまだまだ地球の太陽に慣れていない。
イーアは手のひらで太ももから足先にかけてマッサージのようにさすった。

その足を優一は見つめた。
イーアの足はすらっとしている。色も白くてきれいだ。
肩や腕ほど焼けていないがそれでもかなり茶色になっている。
イーアは身長は少し低い。小柄だが、足は長い。
ひざが全然出てないので真っ直ぐでとてもすらっとしてきれいだ。
外人のモデルのようにすらっとしている。
小柄だのに足が長いのでいっそう足が長く見える。

浜辺に立つイーアを遠くから見ると本当にスタイルがいい。
イーアが波打ち際にいると浜辺にいる人はみんな振り向く。
足の長いきれいな少女が水平線を見ながら浜辺に立っているので、近くにいる人達は映画かコマーシャルの撮影かと思い撮影スタッフやカメラを探して浜辺の周囲を見る。

「イーアは足が長いね。それにすらっとして真っ直ぐ、きれいね」
舞がほめた。
「そんな事、ないよ、」
イーアは照れた。照れると頬がすぐにピンク色になる。
正直というか心の中を隠したり演技をする事が出来ない性格だ。
思っている事が素直に表情に出る。
「舞の方がずっと長いよ、」
舞をほめた。
イーアは威張るといった事はしない。小さいころからの習慣らしい。性格も少し控えめだ。
「きのう間違えて舞のジーンズをはいたらとても余ったよ、」
イーアは笑いながら舞を見た。
舞はイーアより10センチほど身長が高い。166センチぐらいだ。小柄なイーアはどうやら156ほどのようだ。
それほど身長差が有ると舞のジーンズをはくとすそはどうしても余る。当然だ。
「そんな事ないでしょう?」
舞が言うと、「余ったのはおなかの所だろ?」優一が舞のおなかを指差した。
「おい、こらっ、」舞が怒った。
「少しダイエットしろよ、」優一が岩の端の方に逃げながら笑った。
「ふふ、」
イーアが思わず下を向いて小声で笑った。
「・・・・・、」舞は何も言えずじっと自分のおなかを見た。
別に舞のおなかが大きいわけではない。普通だ。いや、舞の名誉の為に言うとちょうど平均だ。太っているといった事はない。
だから優一が舞のおなかをあれこれ言うのは当て外れだ。
イーアも別に舞のおなかが太っているから笑ったのではない。
優一の言い方が面白かったら思わず噴出しただけだ。
「今晩は食事抜きか・・・・、」
舞はぼやいた。
「そんな事ありません。夜はたくさん食べましょう、」
食事を抜くと言う舞に驚いてイーアは食事を抜くと健康に良くないと真面目な顔をして言った。
「エネルギー不足になります。特に太陽光線を強く浴びる夏はたんぱく質や良質の糖分を主として毎日安定的にエネルギーを補給しないと・・・・、」イーアが真剣な表情で言い出した。
「おい、ここは生物の授業室じゃないぞ、夏休みだ。勉強お断り、」優一がイーアを指差した。
イーアと舞は顔を見合わせて大きく笑った。

舞がすっと立ち上がった。
「浜辺まで競争だ。よーい、どん、で行くよ。今度は負けないよ」
「はーい、」イーアも立ち上がった。
優一も立ち上がろうとした時に舞が早々と飛び込んだ。
舞が飛び込んだ時に、イーアにぶつかった。
その弾みでイーアも優一にぶつかった。
ぶつかったといっても軽くさわった程度だ。痛いといった事はない。
優一にぶつかったイーアの体はふわっとしていてとても軽く柔らかかった。
どういう訳か優一はイーアがぶつかった時に、ふんわりとした焼き立てのパンを思い浮かべた。

「ああ、ごめんなさい。優一、痛かったでしょう」
イーアは軽く優一を見て笑いながら飛び込んで行った。
綺麗なフォームで飛び込んで行くイーアの姿を見ながら優一は岩の中央に立った。
あまり大きな波の音を立てないでイーアは飛び込んだ。
波が立たないのはイーアの体が軽くて柔らかいからだと、何故かそんな事を考えながらイーアの飛び込んだあとの波模様を見た。
その横で舞が優一の姿を見ていた。
優一は舞が自分をじっと見ていると気がつくと素早く飛び込んだ。
舞の視線がきつく感じられた。

いつもより深く潜った。底の方から海面を見ると舞とイーアが見えた。
優一は舞のすぐそばに出て来た。
「行くぞ」
優一は先に浜辺に向かって泳ぎだした。
イーアと舞が後に続いた。
真剣に泳ぐ優一にイーアは追いつけなかった。
舞はイーアを何とか追い抜いた。しかし、優一には追いつけなかった。
中学校三年までは優一に負けなかったのに。
そんな事を舞は何故か思い出した。

どうしても追いつけない優一の姿を見て舞はこのまま優一が自分の知らない遠い世界に行くのかなと思った。
小さい頃からいつも舞は優一と遊んでいた。
小学校の頃は舞の方が背が高かった。
かけっこやスポーツの時舞は必ず優一の前を走っていた。
いつも後ろを振り返り優一を呼んでいた。

浜辺に着くと優一は友達からヨットを借りた。
三人は沖へ出た。
風はそれほどないが、ヨットは軽快に走った。
波は穏やかだが、ヨットが小さいので結構激しく揺れる。
イーアが立ち上がった。
「危ないよ、」舞が注意した。
大丈夫だった。
イーアは非常に揺れに強い。
どんなに激しく揺れても転ぶ事はない。
大きく揺れても床が斜めになっても必ず垂直に立つ事が出来る。
だから、船やヨットがいくら揺れても平気だ。
実は宇宙船の授業でかなり訓練したからだ。相当高い所も平気だ。
優一も舞も知らないがイーアは後ろ宙返り、前方宙返りなどを軽くこなす。
鉄棒や吊り輪などでくるくる回りながら飛んでいくといった事は非常に得意だ。
オリンピックの体操選手並みの能力を持っている。
ヨットの上でイーアは動き回った。
歩くというよりぴょんぴょんと跳ねるように飛び回った。
イーアは波でゆらゆら揺れるヨットが大好きだ。
どんなにヨットが激しく揺れてもイーアは全然よろめかない。
大きな横波が突然来て体が斜めになって倒れそうになっても次の瞬間両足をすばやくスライドさせて真っ直ぐに態勢を立て直す。
あるいは、斜めになった状態でさっと飛び上がり真っ直ぐ着地する。
そして、何事もなかったように軽やかに歩く。
「すごい!」
優一は本当に感心した。
「オリンピック選手になれるぜ、」そう言おうかと思ったが、やめた。
優一はイーアと違って人をほめる事は得意でない。
得意なのは人をからかう事だ。
それとサッカーの試合におけるラフ・プレーだ。
試合中に審判に気づかれないようにする反則が優一の生きがいだ。
あまり立派な性格ではない。
もちろん、優一がイーアのように素直で立派な性格になったら舞は驚き唖然とするだろう。

青い海と空を背景にして白いヨットの上を軽やかなステップで歩き飛び跳ねるイーアは真夏の妖精のようだ。
ヨットが強く揺れるとさっと青い空の中に舞い上がるイーアの姿はバレリーナーのようだ。
小柄でほっそりして足が長いイーアが金色の髪をなびかせながらヨットの上をふわふわと歩く姿は幻想的だ。
優一も舞も童話のワンシーンを見ているような気持ちになった。

「舞もイーアみたいにヨットの上を歩きなよ、」
優一が舞の肩を押した。
「ああ、やめて、やめて、」
舞は腰を落としてマストを強く握った。
スポーツ万能の舞だが、船の揺れには弱い。
「優一こそ歩いてみろ、」
舞は優一を強く押した。
「あ、」
優一は態勢を崩して倒れそうになった。
「おっと、」優一は倒れないようにバランスを取った。両手をばたばたして倒れないようにした。
そこでさらに舞が優一を押した。
「あ、ああ、ああ、」
優一は完全に倒れた。
ざぶんと大きな音がして海に落ちた。
「ははは、」
舞が大声で笑った。
「くそ、ひでえや、」
優一は怒った。水も飲んでしまった。
「ごほ、ごほ、」
両手をばたばたして優一は溺れるふりをした。
それを見たイーアは真っ青になった。
「優一、」さっと飛び込んだ。
優一に近づき強く手を取った。
優一を助けないといけないと真剣に思った。
「大丈夫ですか?」
すごく心配した顔で優一の顔を見た。
「だ、大丈夫だよ、」
イーアが飛び込んで助けに来たので優一は驚いた。
溺れたふりをして舞を笑わそうとしたらイーアが真剣に助けに来た。
優一の手を引きヨットへ引っ張るイーアに優一はあわてて大丈夫、大丈夫と言った。
優一の左手を強く握っているイーアの手と指をいそいではずした。
そして、イーアから少し離れた。
優一がイーアの手をはずし離れたのでイーアは少し悲しそうな顔で優一を見た。
「イーア、そんな奴、ほっときな、魚の餌だよ、」
舞がヨットの上からげらげら笑ったので、やっとイーアは優一がふざけていたのだと気がついた。
「なんだ・・・、」
イーアは照れ笑いをした。
イーアはヨットに上がった。続いて優一も上がった。
イーアは軽く優一をにらんで笑った。
「見ろ、イーアは優しいぞ。すぐ助けに来てくれた。舞は何だよ。人を殺す気か。」
優一も笑った。
「あー、は、は、は、」
舞は大声で笑った。
イーアは二人の顔を見て困ったような顔をして微笑んだ。

三人は再び浜辺に戻り、浜辺で遊んだり再びだんご岩へ行ったりと夏の日の午後を楽しんだ。

その夜優一は眠れなかった。
優一はだんご岩で触れたイーアの柔らかい感触を思い続けた。
その時の感触を思い出すと優一は体中が熱くなって来た。
舞に海に突き飛ばされた時イーアは真剣に助けに来てくれた。
イーアは優一の手を強く握り締めて引っ張った。
優一を助けようとするイーアの気持ちが優一に強く伝わった。
目の前にイーアの笑顔や腕、体がちらついてくる。
海に飛び込んで優一の前で「大丈夫?」と必死で声をかけるイーアの顔が浮かぶ。
とても小柄なイーアが体格のいい優一を助けようと必死だった。
「やさしい・・・、」優一は小さな声でつぶやいた。
「大丈夫?」とイーアの声が何度も耳に聞こえてくる。
イーアの笑顔が次々と現れてくる。
部屋の天井がぐるぐると回り始めた。
頭がくらくらしてきた。
俺は一体どうなってしまったんだと、優一は頭を抱えた。
早く眠ろうとした。布団に頭を突っ込んだ。
しかし、目が冴えて寝れない。
真っ暗な天井を見つめているとイーアがだんご岩から海へ飛び込む姿が浮かんでくる。
飛び込む時に、ほんの少しイーアの体の柔らかい部分が触れただけだ。
どうって事ないことなのに。
イーアも優一に触れた事を全然気にしていなかったようなのに。
サッカーの試合で激しく肩や胸、腕、腰がぶつかり合う事は平気だのに、何故、ほんの軽くイーアが自分の肩に触れたぐらいでこんなに心臓が痛くなるのだ。
助けに来て優一の腕を強くつかんだイーアの手の感触が残っている。
優一の腕を一生懸命つかんだイーアの指は細くとても柔らかだった。
思い出すと胸がますますどきどきしてきた。
団子岩に上がる時にイーアの手を握った。
その時優一は腕に強い電流が流れたように感じた。
その感触を思い出してまた腕がびりびりと震え胸が熱くなった。

突然優一は小学校六年の運動会の時のフォークダンスを思い出した。
全員で輪になって踊っていた。
男子と女子がそれぞれ逆方向から進んでいきぶつかった所で男子と女子がペアになり両手を取りぐるっと周り、そして、次のペアに移っていく。
大きな円を一周すると全員が一度はペアになる。
踊りの輪の中には当然クラスの子もいたが、優一はその時好きな女の子がいた。
可愛い子だった。
ぐるぐる回っているうちにとうとうその子がやってきた。
その子が恥ずかしそうに手を差し出した。
手を握った時、優一の背中が電流が流れたようにびりびりと震えた。
思わず目をつむった。
体中から汗が吹き出して手も汗びっしょりとなった。
胸がどきどきしてきた。
優一はその子の顔を見る事ができず下を向いて踊った。
顔が真っ赤になるのが分かった。
その子も優一を見ないで恥ずかしそうに下を向いて踊った。
頬がピンク色になっていた。
その子も優一をきっと好きだったのだ。
どういう訳かそんな事を思い出した。
すると、突然その女の娘の顔がイーアになった。
優一ははっと息をのんだ。
優一の思い出の運動会にイーアが現れ、優一の手を強く握りくるくると舞った。
踊っている間イーアは優一の目を見て微笑んでいる。
イーアのブルーの目が優一をじっと見つめる。
長い髪がふわっと揺れる。
優一は下を向いた。
下を向くとイーアの細くきれいな長い足が目に入った。
すーっと真っ直ぐ伸びた白い足が軽やかにステップを踏みながら回っている。
くるくる回る。
ブルーのスカートが真横にすべるように回った。
さらにイーアがもう一度回るとスカートはふわりと高く浮いた。
イーアの太ももが見えた。
とても白くほっそりとしている。
とてもきれいだ。

優一は息を呑んだ。
すらりとしたきれいな足とすべるように回るスカートをじっと見つめた。
見てはいけないものを見てしまったかのように優一は目を閉じた。
優一は汗だくになった。
心臓がどっくん、どっくんと大きな音を出した。

「わ、どうした。」優一は目を閉じた。
何も考えないようにと頭を振った。
しかし、考えないようにと思えば思うほど目の前にイーアが微笑みながら現れてくる。
優一はもうろうとしてきた。


                     つづく

              その31へ続きます。
               次回をご期待ください。

  ※「森の中の宇宙人」は2001年6月25日に完成した小説です。
    250頁ほどの長編です。
    ブログでは、短くして150頁ヴァージョンとしています。

       ※著作権者から掲載の許可を得ています。
         無断転載複写配布掲載禁止です。
    
           2006.10.29.    ナポレオン


◆ヤフーで「竜馬」と検索しますと、150万中、8位から40位の間でこのブログが出てきます。
「竜馬」と打ち込むだけで素早くこのブログに来る事が出来ますから、再度ご来訪の時はご利用ください。

◆このブログにはいろいろな小説、短編物語、評論などを掲載しています。
坂本竜馬の連載小説「竜馬がくる~桂浜編」、「広場のイレブン」、竜馬の評論「竜馬小論」、ロバート・ランブンの短編物語などいろいろ入っています。 
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       「竜馬と小説と歴史のブログ」編集長  ナポレオン





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■物語「一年泣きむし組」その3  その1からその4 連載物語 [・・・・小説]

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      2006.12.29.更新しました。
       
         その1から4まで掲載しています。

この物語は今から50年ほど昔の昭和30年頃のことです。
大きくてきれいな川の近くにある小学校での物語です。
学校の回りは田んぼと畑ばかりです。

  ※初めての方は最初からお読みください。
    最初の方を読んだ人は後半からお読みください。





  ■ 一年泣きむし組     その 1から 4

            

太郎は小学校に入学した。
憧れの小学校だ。
幼稚園では太郎にかなう者はいないのでもう飽き飽きしていた。
小学校では、よその幼稚園や保育園から来た奴らをぶっ飛ばして威張るんだと張り切っていた。
太郎は早速教室で強そうな奴をつかまえて相撲を挑んだ。
太郎は強い。みんな投げ飛ばした。
太郎より相撲が強い奴がいたらげんこでぽかりとやってやろうと思ったが、その必要はなかった。
太郎の相撲の強さにみんな驚いて降参した。
太郎は相撲の少し強い子を大臣にした。そして勉強の出来る子も大臣とした。
強い太郎から大臣に任命された子は大臣と言われて偉そうなので喜んだ。
強い子を大臣にしたのは隣のクラスやよその小学校と戦う時に必要だからです。
また、勉強の出来る子を大臣にするのは宿題をやらせるためです。
入学した最初の日に太郎はクラスの王様となった。ははは。
太郎の小学校は川の近くに有る。
すごく大きな町から川に沿ってバスで何時間もかかって行くと少し大きい木の橋がある。その橋を渡ると小さな町が有りすぐに小学校が見える。
そこが太郎の学校です。
太郎はそこを宮殿と呼んだ。
学校の下の川は広い川だ。流れは緩やかだが、ところどころ急な瀬がある。
とてもきれいな川だ。夏になると鮎がたくさんやって来る。 
学校の裏手には山がある。山には猿がたくさんいる。狸もいる。
時々いのししも出るそうだ。
学校、いや宮殿の周りは田んぼと畑だらけです。

王様のクラスには、のんちゃんという子がいます。さか上がりができません。
さか上がりが出来ないのでのんちゃんをからかう男の子がいます。
そういった時に王様はからかった子をごっちんします。
王様はのんちゃんのような弱い子をいじめる事はあまり好きではありません。
のんちゃんは遊ぶ時などはいつも王さまのそばにいるようにしています。
家に帰る時もすこし遠回りになりますが、王様達と一緒に帰るようにしています。
王様がそばにいるといじめっ子は誰も近寄って来ないので、のんちゃんは安全なのです。

のんちゃんは少し頭がいいので王様が宿題をできない時は手伝ってあげます。
王様は足し算がよく分かりません。
2たす3ぐらいは分かりますが、3たす9などとなると、どうしても分かりません。
非常にむずかしい事は大臣達に聞きますが、この程度の事を大臣に聞くと威厳をそこなうので聞いたりはしません。
しかし、答えが分からないので困ります。そういう時は、のんちゃんに聞きます。
しかし、王様にはプライドが有ります。教えて下さい、などと言うわけがありません。
「おい、のんちゃん、」普段王様はのんちゃんをのんと呼び捨てにしますが、そういった時はのんちゃんと優しく言います。
「なあに、」のんちゃんはのんびりと答えます。
「2+3は知っているか。」王様は偉そうに聞きます。
「5だよ、」とのんちゃんが返事をすると、「よろしい。よくできた。では、3+9は知らないだろう。」と質問します。
「12だよ、」とのんちゃんがすぐに答えると「うむ、よろしい。合っている。のんちゃんはなかなか頭がよろしい。」と言って王様は廊下に出て行きます。
そして、急いで今聞いた答えを宿題帳に書きます。
そういった日の帰り道には、王様はキャラメルをのんちゃんにくれたりします。
優しい王様です。のんちゃんは喜びます。そのキャラメルはたいてい大臣達から分捕ったものです。
こうして王様は毎日宿題や勉強と戦っています。
もし、二年になってのんちゃんとクラスが別々になると王様は大変な事になります。

ゆり子も今年一年生になった。
すごく偉くなった気持だ。
一年生の組には名前がある。
一組、二組、三組ではない。一年王様組、お姫様組、いじめ組、なきむし組、おわらい組だ。
誰がいったいそんな名前をつけたのだろうか。
決まっている王様組の太郎だ。
先生がそんな名前などつけるわけはない。先生はきちんと一組、二組とつけている。
だが、太郎はそんな名前は下らないと思った。
第一自分のいる組は、一番偉い。王様組とするべきだと思った。
お姫様組は、きれいな花子ちゃんがいるのでそうつけた。
いじめ組は、いじめっ子のごん太がいるからだ。
なきむし組はいつも泣いてばかりいるゆり子がいるのでそうつけた。
すると、僕達は泣き虫ではないとゆり子の組の子は怒った。
それで、おこりんぼ組という名前も付けた。おこりんぼ組という名前だと少し強そうなのでいいだろうとみんな怒るのをやめた。
だが、ゆり子は私はおこりんぼじゃないと泣き出した。
おわらい組は三吉がいるからだ。
いつもおかしいことばかり言ってみんなを笑わせている。
三吉のいるクラスはいつもみんな笑っている。
先生も三吉のクラスで授業をするのが一番楽しい。
だが、授業中も三吉がおかしい事ばかり言うので笑ってばかりいて授業にならない。
楽しいが一番成績の悪いのが三吉のクラスだ。先生は頭を抱えた。

ゆり子のクラスにおこりんぼ組という名前をつけた時、周りの頭のいい友達~王様太郎が大臣と呼んでいる~は、ゆり子の組のみんなに言われたからといって、すぐ名前をおこりんぼ組にしたのは、王様としていけないぞ、と注意した。
だが、太郎は言い返した。
王様は国民の言う事をきちんと聞くべきだ。みんなのいう事がもっともだと思ったら、その事を取り上げて聞いて上げるのが、王様の大切な役目だと言った。
そういうと、みんなはおかしいと思いながらも、そうかなあ、と黙った。
太郎のいう事は守られた。
太郎の言う事が立派だとみんなが理解したからではない。
太郎は一番喧嘩が強いので、太郎の言う事には誰も逆らえないのだ。
王様太郎に逆らうと、放課後処刑になる。
刑罰は恐ろしい。太郎の馬の役目をやらされるのだ。
馬となって王様太郎を乗せて運動場を走る事となる。
そういう時王様太郎はどういう訳かむちなどを持っているのでなおさら怖い。

太郎は王様として快適な毎日を送っていった。
学校へ行く時は、友達にカバンや荷物を持たした。
毎日堂々と胸を張って学校へと通った。

楽しい遠足や夏休みなどが過ぎてもう秋となりました。
秋は王様の大好きな運動会が有ります。
王様はかけっこが早いので、かけっこの競争や最後の学年別リレーでは大変張り切っていました。
もちろん王様の組が優勝すると思っていました。
ゆり子の組のリレーの選手は誰がいいかと話し合った。
みんな誰がいいか分らなかった。
なきむし組みはみんな走るのが遅い子ばかりだ。
みんな下を向いた。もう泣いている子も何人かいる。
先生はゆり子に決めた。
先生は家庭訪問の時、谷川の上の方のゆり子の家に行った。その時ゆり子が谷川をぴょんぴょんと飛んでいくのを遠くから見て驚いた。

先生はゆり子に走る時の注意をした。 
足元を見ないでもっと手を振って足を伸ばして走りなさい。前の方に大きな岩が有ってそこへ飛んでいくような感じで走れといった。
谷川をぴょんぴょん跳ねて飛んでいる感じで走りなさいといった。
ゆり子は先生の言ったとおりに走った。なんとなく早くなったような感じだ。
でも、そんな事を考えながら走るので、時々つまずいて転んだ。先生は天を仰いだ。
ゆり子は走る時よく転ぶ。小さい頃からのくせだ。
急な山道や岩だらけの谷川ではそんな事はない。どういうわけか平らな道や校庭でころぶのだ。
先生は、ゆり子が太郎に睨まれると怖いのを良く知っている。
太郎のすぐ後ろを走っていると、後ろを近づくランナーに気がついてふりかえった太郎が怒る。走っている時太郎に近づかないように言った。
そんな事をしたら、追い抜けないよ、とゆり子は泣きながら言った。
「そうね・・・、」先生は言った。
だから、太郎の後ろを走っている時には、下を向いて走りなさい。そうすると太郎が振り返っても目が合わないので怖くない。
最後の角を曲がった所でそこからスピードを上げなさいといった。
その時は太郎はゴールを必死で見ているからもう後ろを振り返らない。ゴール前で抜けば、太郎がゆり子に気がついて大きな声で怒鳴ってもその時はゆり子はゴールを通り抜けている。
でも、ゴール前の太郎を角から追い抜ける訳などないとゆり子はまた泣き始めた。
先生は、大丈夫、角からゴール前に太郎を見た時、ゴールを谷川の向こうの方の岩と思ってぴょーんと飛んで行きなさいと言った。
先生は、一緒になって練習をした。
先生がゴールの前に走って行き、最後のコーナーに立っているゆり子にさあ、ここでスピードを上げていきなさいと言った。
ゆり子は、向こうの方の岩に飛んでいく気持ちになってぴょーんと跳ねるように走った。ゴール前を走る先生をあっという間に抜き去りゆり子はゴールに飛び込んだ。
その調子よ、と先生はゆり子を褒めた。
ゆり子は走り方が分った。
リレーとか三十メートル競争、百メートル走などと言うのでとても難しい事かと思ったら、いつも谷川や山の林道で走っているのと同じ事だと分かった。何だ、リレーとか百メートル競争ってそんなことなのかと、ゆり子は心の中で思った。
ゆり子は、時々林道でウサギより早く走る。ウサギさんからゆり子ちゃんは山で一番かけっこが早いと褒めてもらった事が有った。
百メートル走とかリレーと言うのは、ウサギさんとかけっこするのと同じ事だと分った。なあんだ、そんなことかと思った。
でも、きっと自分の思っている事はどこか間違っていると思ったので、ゆり子は黙っていた。
そそっかしいゆり子はいつも早とちりしてみんなに笑われる。いや、馬鹿にされる。
馬鹿にされると恥ずかしくて泣いてしまうので、ゆり子はウサギさんのとのかけっこと三十メートル競走やリレーとが一緒だという事を黙っていた。
でも、運動会のリレーの時ウサギさんとかけっこするときの事を思い出しながら、走れば誰よりも早く走れると思った。

運動会は意外と接戦となった。
王様組が楽勝かと思ったら泣きむし組やお笑い組みが頑張ってどこが優勝するか分からなくなった。
しかし、最後の競技は王様の得意なリレーです。最後のリレーで太郎はアンカーとして走った。
優勝間違いないと思った。いじめっ子組のごん太も足が早いが王様にはかなわない。
王様がバトンをもらった時は、二位に五メートルは差をつけていた。最後はなきむし組だ。王様の横でゆり子が泣きそうな顔でバトンを待っていた。
王様はゆり子頑張れと激励した。
だが、ゆり子はきっと負けると泣き出した。
王様はバトンが来たので取って走り出した。少し走って後ろを見た。二番目のいじめっ子組、三番目のお姫様組、四番目のお笑い組がバトンを取って次々と来る。
だが、王様には誰も追いつけない。
王様太郎はトラックを悠々と走った。時々後ろを見た。
みんなはるか後ろを走っている。
誰も追いついて来れない。
王様太郎は笑いながら最後の角を曲がった。
向こうの方にゴールが見えた。大きな歓声がわき起こった。
太郎はみんなが自分に拍手をしているのだと思った。
目の前にゴールのテープが見えた。
太郎は王様のように堂々と両手を挙げて胸でテープを切ろうとした。
大きな拍手が起きた。太郎はニコニコした。
保育園、幼稚園に続いて小学校一年でも優勝だ。三連覇だ。王様太郎はご満悦だ。
あと、もう一メートルほどとなった。
だが、その時、太郎の横をすごい速さで走り抜けた者がいた。
「?」太郎がきょとんとした時、目の前のテープはその走者が切った。
一瞬遅れてゴールに飛び込んだ太郎は自分の目の前を走って行った走者を見た。
「あ、ゆり子だ。」太郎が大きな声でゆり子を呼んだ。
振り返ったゆり子は、太郎を追い抜いて自分が優勝したので太郎に怒られると思って泣き出した。
もちろん太郎は大変怒っていた。自分を追い抜いて優勝の邪魔をしたゆり子の頭を思わずぽかんと叩こうと思った。
だが、自分は王様だ。決して怒ってはいけない。こういう時に怒ったりしたらみっともない。尊敬されなくなる。
太郎は優勝したゆり子に駆け寄り、手を上げてやった。「優勝だ。ゆり子、偉いぞ。」
大きな拍手が起きた。
ゆり子はびっくりしてまた泣き出した。
ゆり子の活躍で泣きむし組は優勝した。
なきむし組のみんなはゆり子の所に駆け寄り、大喜びでゆり子を褒めた。
優勝だ、優勝だと笑いながら万歳を始めた。
だが、やはりなきむし組だ。万歳、万歳と言いながらも感激してみんな泣き出した。
周りのみんなは大きな拍手をした。
次の日、王様太郎はなきむし組みに行き、組の名前を「早い組」と変えた。
みんなはなきむし組みやおこりんぼ組でなくなったので喜んだが、「早い組」ではおかしいと、また、文句を言った。
王様太郎は、思わず、「文句組」にしようかと思った。だが、ぐっとこらえた。下らない事で怒ると威厳に関わる。
「よろしい。では、にこにこ組としよう。優勝の時みんなすごくにこにこしていた。」
その名前を聞いてみんなは喜んだ。
そして、ゆり子のおかげだとゆり子に拍手をした。
ゆり子は照れくさそうににこにこと笑った。
みんなに褒めてもらってとても嬉しそうだった。
なきむし組はにこにこ組みとなった。
それからもうゆり子は泣かなくなった。

今日はいい天気です。
王様太郎は今日も元気に学校に行きました。

王様太郎の組の先生は貴美子先生だ。
美人では有るが少々怒りっぽい。
いつも太郎や大臣たちを大声で叱る。
先日も王様が田んぼでとったかえるをのんちゃんに投げつけた時に先生は太郎を叱った。
太郎は「貴美子先生は、おこりん子だ。」と嘆いた。
もちろん怒られるようなひどいいたずらをする王様がいけないのだ。
しかし、王様太郎は自分がいけない事をしているなどと思った事は一度もない。
王様太郎の辞書には「反省」といった言葉はない。

おこりん子であることを除けば、貴美子先生はいい先生だ。とても優しい。
優しい先生をいじめるということはいけない事だ。
ある日王様は貴美子先生をいじめるのをやめようと思った。

しかし、王様は忘れっぽい。次の日にはもう忘れてしまう。
翌日王様が何もしないでじっとしているので貴美子先生はほっとした。
王様のクラスに入る時はドアーをゆっくり開けるのは当然だ。
ドアーの上から黒板消しが落ちてくる。
黒板消しがないからと安心して入ると、すぐ足元に水のいっぱい入ったバケツが置いてある。
やっと教壇に立ったと思ったら滑ってころんでしまう。
教壇の立つ位置にはろうそくをたっぷり塗っている。危険がいっぱいだ。
その日は何事もなかった。
やっと王様が反省して心を入れ替えたと思った先生は喜んだ。

お昼休みとなった。
みんな弁当を広げて食べ始めた。
先生も自分の弁当を机の上に出した。
先生は教室を見渡した。
いつもと違って全員静かだ。
やはり、王様が反省していると静かだ。教室も落ち着く。
やっと教室に平和が来た。
先生は平和の喜びをかみしめながら弁当箱を広げた。
王様を見ると、いただきますと言いながら、お祈りをしている。
先生はびっくりした。
お祈りをする王様を初めて見た。
先生は感心しながら、弁当箱の玉子焼きを取って食べた。
次の瞬間先生は、大きな叫び声をあげて倒れてしまった。
それを見た王様は大きく飛び上がり大喜びの歓声を上げた。
続いて周りの大臣達も立ち上がって拍手をした。
先生が食べた卵の下には、かえるが入っていた。
その日先生は早退してしまった。

教室で怖いものなしの王様太郎だったが、男の先生達にはなかなか勝てない。
昼休みに相撲を挑むが投げ飛ばされる。
「くそっ、」
太郎はくやしくて仕方がない。

先生たちが集まる職員室は太郎にとって憎むべき場所だ。
王様太郎は職員室を役所と名づけた。
先生たちを役人と呼んだ。
二学期から新任で来た先生は教頭先生からそれを聞いて面白いと喜んだ。
偉いから役人でしょうと同僚や先輩の先生に聞いた。

教頭先生がしかめっ面をして説明した。
太郎は先生がすぐ賄賂をもらうから役人と名づけたのだ。
生徒の親は子供がいつもお世話になっていますと、感謝の気持を込めて先生に時々とれたての卵や野菜、みかん、山鳥、川の美味しい鮎などを持ってくる。
生徒も登校の途中にとった竹の子やしいの実を先生にくれる。
それはそれはとれたてで新鮮で美味しい。
あんまり美味しいので、ついついテストの時、その鮎などを持ってきた親の子供の点数を10点から20点にしてあげる。通信簿も、1から何とか2にしてあげる。

その事を知った太郎は、早速職員室を役所と名づけた。
先生を役人と呼んだ。
第一王様は太郎で、太郎の子分は大臣と言う名だ。
すると、役人と呼ばれる先生たちは太郎の部下のそのまた部下となる。
「そうか、」事情を知らなかった新任の先生は感心した。
「感心してはいけない。君もあまり親からいのししの肉や鮎などをもらわないように。」と教頭先生から釘を刺された。

王様太郎は最初から役所などと名前をつけたわけではない。
最初は「わいろ館」と名づけたのだった。
さすがに校長先生は王様太郎と交渉してその名前は使用しないようにと抗議をした。
その交渉の席で太郎の方から、いのししの肉や鮎を食べてもいいが、えこひいきをしないようにと厳重に申し入れがあった。
えこひいきはしないと校長先生は約束した。

わいろ館という名前が使えなくなってがっかりした王様太郎だったが、交渉がまあまあ上手く行ったので喜びながら職員室、いや、役所をあとにした。
職員室を出る時、太郎の点数だけは加算してもいいと先生たちに命令していく事を忘れなかった。
自分の事となるとしっかりしている王様でした。

「でも、テストの点数をおまけしなければいいんでしょう?」
新任の先生は、もう新鮮ないのししの肉や鮎をもらった気になった。
ついでに美味しい地酒など持って来てくれたら嬉しいのだがと言おうと思ったが教頭先生が怖い顔をしているので黙った。

夏になりました。
暑い暑いと言っている間にすぐ夏休みとなりました。
「ばんざい!夏休みだ。」
待ちに待った夏休みです。
王様は両手を高く上げて喜びました。
今年も夏休みの間に学校の前の川原でキャンプが始まります。
近所の小学生、中学生が3日ほどその川原でキャンプをするのです。
もう10年以上も続いている王様の村の夏の行事です。

キャンプには大人は来ません。
子供たちだけで行なうキャンプです。
キャンプの大将は中学生のお兄さんです。
残念ながら王様太郎はキャンプではまだまだ大将になれません。
キャンプの小屋は近くの山から竹を持ってきて作ります。
作る時は全員で作ります。
小屋が完成するとその日からキャンプ開始です。
大人は一人もいません。
子供たちだけで過ごします。
もちろん食事も自分たちで作ります。
お米と野菜を家から持ってきておかずは川で釣る魚です。
鮎やイダ、うなぎなどです。あと、缶詰やカレーです。

キャンプの日はとても楽しみです。
うるさい大人や叱るお母さんがいません。天国です。
もちろんキャンプの時には勉強や宿題などしません。それが一番うれしいのです。
今年も20人ほどが川原でキャンプをします。
中学生は六人です。あとは小学六年生、五年生などです。
一年生も三人います。

キャンプの大将は中学三年生の隆くんです。
体も大きく力もあります。
さすがに王様も隆くんにはかないません。
この間も相撲をしましたが、簡単に投げ飛ばされました。
でも隆くんはとても優しい人です。
家も近所なのでよく王様と遊んでくれます。
王様と違って人をいじめたりごっちんしたり、さらにかえるを投げつけたりといった事はしません。
第一王様と違って勉強がとてもできるのです。
近所でも評判のいいがき大将です。

隆君は水泳が得意で中学校で一番速いのです。
王様を背中に乗せてよく川を泳いで渡ります。
実は王様はその時ちょっと怖いのです。
水に沈んだら、溺れたらどうしょうかと怖くなります。
でも怖がっていると分かるとみっともないので「うおー、うおー、」と大声で叫びます。
すると隆君も「おー、おー、」と大声を出しながら泳いでいきます。

中学校は王様の小学校の少し先に有ります。なかなか大きい学校です。
生徒も沢山います。
そこの一番のがき大将ですから、王様太郎も隆君には全くかないません。

さあ、キャンプが始まります。
まず、キャンプ小屋作りです。
王様は隆くんなどと一緒に山の方へ行き竹を切りに行きました。
小屋の柱にするためです。
隆君はのこぎりで太い竹をどんどん切ります。
切った竹を王様たち小学生が川原に運びます。
山と川原を何回も往復します。

川原ではやはり中学生の公平君が小屋を作ります。
スコップで川原に穴を掘り、そこへ太い竹を立てて埋めます。
柱の完成です。
この時深く埋めておかないと強い風が吹いた時に小屋が吹き飛ばされてしまうのです。
ですから、柱を立てるのは難しく非常に大切な仕事です。
王様は公平君の仕事をじっと見ていました。
別に王様が公平君の仕事を監督しているわけではありません。
すごいなと感心して見ているだけです。



              つづく

 
         連載です。
          その5 へ続きます。

         一年泣きむし組は連載です。
           300頁の長編です。
         本編では入学、春、遠足、夏、夏休み、秋、運動会、遠足、冬と
         物語が進みますが、
         ブログ用に掲載の順番を変えています。

         ※著作権者から掲載の許可を得ています。
          無断転載複写配布掲載禁止です。
    
            2006.12.3.    ナポレオン



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       「竜馬と小説と歴史のブログ」編集長  ナポレオン



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■物語「うそつきのいない王国」    ロバート・ランブン [・・・・ロバート・ランブンの作品集。]

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   ■ 「うそつきのいない王国」    



                    ロバート・ランブン



貿易商のエリックがジャンとうそつきのいない国へ行った時の貴重な記録です。
ニューヨークに住むエリックはフランスへ商用で出かけた。仕事に数日空きが出来たので古くからの友人であるフランス文化省局長のジャンを訪問した。
サンジェルマン通りのカフェで二人は会った。
ジャンはエリックの久しぶりの訪仏を歓迎した。
「どこか良い所へ案内して欲しい。だけどディズニーランドはお断りだ。フロリダで散々行って来た。」
エリックは驚くような所を案内しろと迫った。
ジャンは考えた。
真面目な顔をしてエリックに確認した。
「エリック、君は約束を守れるか?」
エリックは驚いた。
ジャンのそのような真面目な顔は初めてだった。
「ジャン、僕は正直な貿易商人で通っている。約束を破る事などありえない。今まで一度もうそをついた事はない。」
エリックは少しむっとして返事した。
「そうか、失礼した。分かった。では、いい所へ案内する。しかし、これはフランス国家の最高機密だ。これから行く所は絶対に秘密だ。分かったね。」
「何?国家機密の場所へ案内してくれるのか?」
エリックはたいそう喜んだ。
ジャンはエリックを文化省手配の特別車に乗せてパリを出発した。
車はアルプス方面に向かった。
途中で東に曲がり深い森の中を進んだ。
「ずいぶん深い森だ。ブローニューの森よりも大きい。」
貿易商人であるエリックはフランスの地理には詳しい。
しかし、このような大きい森は知らない。
どこだろうかと思った。
さらに車は進んだ。
半日進んでもまだ森の中だ。ずいぶんと大きな森だ。

「エリック、君は歴史に詳しいか?」
「ああ、一通りはな、」
エリックが退屈そうに返事すると、ジャンは重大な事だがと切り出した。
ナポレオンイタリアを侵攻する時にこの森を通った。
その時にここに有った小さな王国を占領した。
ところがこの王国は質のいい金を産出していた。
ナポレオンはこの王国の事を秘密にした。政府の最高機密としこの王国を諸国には秘密にしてずっと植民地にした。
産出する金の大半をフランスというよりナポレオン皇帝が独占した。
そして、ナポレオンは皇帝退位後殺害を狙う王党派と取引をした。
ナポレオンの命を保証するかわりにこの王国の存在を教えた。
ベルサイユ宮殿の秘密地下室の大量の純金を保管している金庫も教えた。
大量の金塊を王党派の連中に与えた。
それでナポレオンはギロチンを免れた。
さらに、この王国の秘密は革命軍、ナポレオン三世、共和制政府、現在の政府へと引き継がれている。貿易の輸出が年々減少していて没落に歯止めがかからないフランスが今日未だに豊かなのはこの金(きん)のおかげさ。」
ジャンはスイス近くにある秘密王国の事をエリックに話した。
「そんな王国が有るのか?」
エリックは驚いた。
「そうだ。何しろパリの五区と六区よりも小さな王国だが、金の産出量がすごい。毎年フランスの国家予算の10%ほどの金を産出する。」
「ほっ、本当か?」
「しっ、大きな声を出すな。」
ジャンはエリックの肩を叩いた。
「そうだ。その王国へ今から案内する。」
エリックは興奮した。
森はますます深くなった。木々は高くなり鬱蒼としてきた。
「この地域は森が深いので衛星写真でもただの森としか写らない。」
車が森から出た。
目の前に中世のような街並みが見えた。
こじんまりとした町だ。
「ここだ。」
ジャンは車から降りて前方の町を指差した。
イタリアやドイツの中世の町をそのまま再現したような街並みだ。
町の向こうには深い森が再び続く。

少し歩くと大きな門があった。
「ここが入り口だ。」
ジャンは門の前で立ち止まった。警備員がいる。大男だ。
「入り口でもあり国境でもある。」
「パスポートやビザがいるのか?」
エリックは一応確認した。
「ああ、いる。しかし、ビザなど誰にも発給しない。だから、誰もこの国には入れない。」
「じゃあ、どうやって入るのだ。」
「心配するな。僕は特別だ。この王国はフランスの植民地だ。この王国を担当しているのは文化省の僕の局だ。僕はこの国には特別外交官として入る事が出来る。さあ、入国しよう。」
ジャンは門兵に何やらパスポートのような物を見せて中に入った。
エリックもあわてて続いた。
中はすばらしく美しい。
まるで中世の町にタイムスリップして来たような錯覚に陥った。
「すごい。まるでルイ十四世のフランスだな。いや、ルネッサンス期のフィレンツェだ。」
エリックは感心した。
町の家はすべて石造りで道路は石畳だ。建物はすべて中世の様式で建てられている。
建物にはすばらしい神々や女神、天使の像が彫られている。
ミケランジェロよりも優れている。
遠くには神殿が見える。
ギリシャのパルテノン神殿よりもはるかに大きく荘厳だ。
車は走っていない。馬車が道を行く。
歩く人々の姿は中世の服装だ。
注意深く見ると絹の服を着ている人が多い。
豊かな国だ。
「まるでおとぎの国に迷い込んだようだ。」


エリックは感嘆してつぶやいた。
「ああ、そうだ。僕も最初この国に入った時は驚いた。今でも入るたびに興奮する。」
ジャンは立ち止まった。
「エリック。これからこの国で二、三日過ごすが、絶対にこの国ではうそをつかないで欲しい。」
ジャンは強く確認をした。
「ああ、うそなどつくものか。僕は生まれて一度もうそなどついた事がない。」
エリックはきっぱりと言った。
「そうか。それなら大丈夫だ。何しろこの国はうそをつくと重罪だ。気をつけてくれたまえ。」
ジャンは石畳の町を前方へと進んだ。
「どこへ行く?」
エリックは聞いた。
「そうだな。まず食事でもしよう。いや、コーヒーでも飲もうか?」
ジャンは通りに有る小さな店に入った。
どうやらカフェのようだ。
いや、レストランのようだ。
店の中には電灯はない。テーブルの上にはろうそくがある。
この国では電気を使わないようだ。
店に入りテーブルに座ってエリックは驚いた。
テーブルやいす、室内の調度品などあらゆる物に金が使われている。
しかも輝きがいい。
質のいい金を使っている。
「驚いた。さすが金の産出国だけの事はある。金をふんだんに使っている。」
運ばれてきたコーヒーを飲みながらジャンはこの王国について説明を始めた。
「この王国はもちろん王制だ。ここの王様もフランスとの現在の関係を変更したくない。中世のままの王制を続けたいのだ。フランスと関係を続ける限りフランスはこの国を保護していく。この国の王室は永遠に守られる。」
ジャンはこの王国がいつまでも現在の状態を続けていくと説明をした。
「という事は、フランスはこの国から産出される金(きん)をすべて奪い取るわけだ。」
エリックは皮肉を言った。
「奪うとは人聞きが悪い。税金を金(きん)でもらうだけだ。その代わりフランスはこの国がどこの国にも侵略されないように保護している。森の上には常時特殊電波を発信していてアメリカやロシアの衛星がこの国を撮影しても普通の森にしか見えないようにしている。また、この森の周囲に農家があり農民が畑で仕事をしていただろう?」
「ああ、そういえば農家があったな。農民もいた。」
エリックは途中の光景を思い出した。
「あの農民は全部フランス軍の特殊部隊だ。不審者が近づくと即座に逮捕する。誰もこの王国には近づけない。」
ジャンは森、つまり王国の周辺警備の完璧さを自慢した。
「なるほど、それでどこの国もこの王国のことを知らないわけだ。」
エリックは感心した。
同時に内心何とかしてこの王国と貿易して巨万の富を得る事が出来ないかと考えた。
なにしろこのカフェの金の輝きはすごい。非常に質がいい。
「さて、行こうか、」
ジャンは店の外に出た。エリックも続いた。
通りは車がなく人が歩いているだけだ。人は多い。
のんびりしたものだ。
二人が歩いていると一人の少女というか女の子が近づいて来た。
「おじさん、花を買ってください。」
少女は花かごを二人の前に差し出した。

花はしおれている。あまりきれいではない。
女の子の服装もみすぼらしい。
「花を売っているのかい?感心だね。家の手伝いをしているのかい?」
エリックは女の子をほめた。
「うん、お母さんが病気なの。それで花を売って薬を買うの。」
「ああ、なんて大変なんだ。」
エリックはかわいそうに思い花を買う事にした。
ジャンもそう思ったらしくポケットから銅貨を出した。
銅貨を払って花を二人分もらったジャンは女の子に言った。
「この花はあまりきれいでないな。」
女の子は悲しそうな顔をした。
エリックはびっくりした。
そんなひどい事を言ってはいけない。女の子がかわいそうではないか。
貧しくて花を売り家計を助けているというに。
エリックはジャンの心ない言い方に怒った。
「ジャン、失礼でないか。お嬢さん、気にしなくていい。この花はとてもきれいだ。美しい。」
エリックはしおれた花を持ちとても美しいとほめた。
女の子はとてもうれしそうな顔をした。
ジャンがびっくりした顔をしてエリックを見た。
そして、エリックの背中を強く叩いた。
「おい、エリック、」
「な、何だよ、ジャン、」
いきなりジャンが背中を叩いたのでエリックは驚いた。
「エリック、さっきあれほど注意をしたのに、」
ジャンが怒った声で言った。
その時、一人の大男が横に来てエリックの肩をつかんだ。

「こら、逮捕する。」
「えっ?」
エリックは驚いてその大男を見た。
役人だ。警官のようだ。
「うそをついた罪で逮捕する。」
その大男はエリックの手を強くつかみ役所に連行しようとした。
花売りの女の子が周囲の人に呼びかけた。
「皆さん、うそつきです。」
たちまちたくさんの人がエリックの周りに集まった。
「えっ、うそつきだって?」
みんな驚きの声を上げながら集まりエリックの顔を怪獣でも見るような表情で見た。
「恐ろしい。なんてひどい。ああ、神様。」
一人の老婆が天を仰いで神に祈った。
「なっ、何をする。」
エリックは抵抗した。
「抵抗するな。おとなしくしろ。」警官はなおも強く腕をつかみ引っ張った。
エリックは警官に説明をした。
「何もしてない。花がきれいだとほめただけだ。ジャンがこの子の花がきれいでないと言うのでかわいそうになりきれいだとほめただけだ。うそをついたわけではない。本当だ。信じてくれ。」
ジャンが警官にやめるように申し入れた。
「待ってくれ、彼は正直な男だ。私の長年の友人だ。信じてくれ。彼はこの国にさっき入国したばかりだ。まだ、この国の法律に慣れていないだけだ。」
警官はジャンの願いを聞きいれてエリックを放した。
「あなたの友人ですか。では今回は逮捕しないで注意だけにしておきます。その代わり後でよくこの国の法律を説明してあげて下さい。」
警官はエリックに注意をした。
「いいかね。この国にいる限りこの国の法律は守らなければいけない。うそを二度とつかないように。今度うそをつくと親友が頼んでも逮捕しますぞ。」
「分かった。うそなどつかない。慣れていなかっただけだ。」
エリックは怒った調子で警官に約束した。
警官は去った。
周囲の人々もだんだんいなくなった。
去って行く人々はみんな口々に話し合った。
「ああ、恐ろしかった。」
「ひどい、恐ろしい顔をしていた。うそをつく人間はああいったひどい顔をしているのだ。」
「許したりしないですぐ牢獄へ入れるべきだ。」
「そうだ、あの警官は甘い。あれではまたあの男はうそをつくだろう。」
「この国からうそつきが一人もいなくなるようにしないといけない。王様もそれを願っている。」
「5年前にうそつきが発見された時、王妃はそれを聞いて気絶したそうだ。」
「ああ、おそろしい。おそろしい。」
人々は暗い表情をして去って行った。
花売りの子供もエリックの顔を何度も見ながら怯えた顔をして去って行った。
無理もないその子は今までうそつきなど見た事がなかったからだ。


「ひどいなあ。まるで怪獣か犯罪人を見るような目だった。参ったな。ひどい国だ。ジャン、いつもこんな調子かい。この国は?」
ジャンに尋ねた。
「ああ、だから最初に注意をしただろう。この国ではうそは重罪だ。気をつけろ。僕がいたからよかったが、もしいなかったら君は今頃牢獄だ。禁固三年になっていたぞ。」
「ほ、本当か?恐ろしい所だ。」
エリックは震え上がった。
「おいおい、この国でうそなんかつくもんか。本当の事だ。しかし、君がうそをつくとはなあ。正直者だとばかり思っていた。少し見損なったよ。」
ジャンは少し軽蔑した目でエリックを見た。
二人は無言で歩いた。
エリックはとたんに無口になった。
うっかり何かを言ってそれがもしうそと判断されたら、また警官がやって来る、恐ろしい。
エリックは何も言えなくなった。
「おなかがすいたな。食事をしよう。」
ジャンが少し先にあるレストランを指差した。
「ジャン、ジャンではないか?」
レストランに入ろうとすると、後ろからジャンを呼ぶ声がした。
見ると老夫婦が立っている。
「おお、ピエール。それにイヴォンヌも。久しぶりです。」
ジャンは二人と握手した。
「食事ですか?食事なら私の家でどうぞ。ちょうどおいしい牡蠣が手に入ったのです。ぜひ一緒にどうぞ。」
「そうですか、ありがたい。ではご馳走になります。」
ジャンは二人の申し出を快く受けた。
それからエリックを紹介して老夫婦の家に向かった。
「遠いから馬車で行きましょう。」
ジャンは馬車を呼び止めた。
四人は馬車で老夫婦の家に向かった。
しばらくして馬車は老夫婦の邸宅の前で止まった。

門のなかから召使が出てきた。
ジャンとエリックは豪華な食堂に通された。
やはりテーブルの上や室内の調度品などには金が使われていた。
食器にも金が使われている。
「すごい、豪華だ。すばらしい。」
エリックはため息を漏らした。
やがて食事が運ばれてきた。
大きな皿に牡蠣が山盛りだ。
「どうぞ、たくさん召し上がってください。」
ピエールはエリックに勧めた。
ジャンはすでに食べ始めている。
「おいしい。最高だ。トレビアン、」
ジャンは笑顔でピエールとイヴォンヌに牡蠣のおいしさをほめた。
エリックも喜んで牡蠣を手に取った。
そして、大きく口を開けて牡蠣を放り込んだ。
「どうですか?おいしいでしょう。今日フランスから輸入したばかりの最高級品です。」
老夫婦はニコニコ微笑みながら話した。
エリックが牡蠣をかんだ時、苦いすっぱい汁があふれ出た。
腐ったにおいがした。
『腐っている。』
エリックは驚いた。
口の中が我慢できないほどの悪臭と苦味とすっぱさでいっぱいとなった。
「おいしいでしょう。たくさん召し上がって下さい。」
イヴォンヌがエリックに微笑んだ。
「いやあ、最高だ。」ジャンもどんどん口に放り込み食べている。
「本当にうまい。」
ピエールもおいしそうに食べている。
「味はいかがですか?」
イヴォンヌがエリックに尋ねた。
腐っている、とエリックは言おうとしたが、イヴォンヌやピエールの優しい笑顔を見てつい言ってしまった。
「おいしい、とてもおいしい。最高です。」と返事した。
「そうでしょう、そうでしょう、」
ピエールは満足した笑顔で胸を張った。
その時、食堂の入り口のドアがさっと開いた。
「動くな、逮捕する。」

数人の役人がどやどやと入って来た。
さっきの大男もいる。
ジャンとピエールがエリックを睨んだ。
「またか?」
ジャンがあきれた。
役人がエリックの両側から肩と腕を持ちエリックを立たせて連行しようとした。
「待ってくれ。誤解だ。うそをつくつもりはない。」
エリックは抵抗した。
だが無駄だった。
大男二人がエリックを抱えて食堂から連れ出した。
ピエールとジャンがあわてて役人を追いかけ許しを願った。
「待ってくれ。あの人はアメリカから来た外人だ。貿易商だ。まだこの国に慣れていない。寛大な処置をお願いします。」
ピエールはこの地区の名士だ。
役人はピエールに丁寧に挨拶をした後申し訳なさそうに言った。
「ああ、ピエール様、お気持ちは良く分かります。ピエール様のお知り合いですね。でも仕方がありません。彼は本日二回目の犯行です。」
エリックは馬車に乗せられて役所まで連行された。
両手は縄できつく縛られた。
道行く人々がたくさん馬車の周りに集まり怯えたような顔をしてエリックを眺めた。
「うそつきだ。うそつきだ。恐ろしい。ひどい人だ。」
中には泣き出す子供もいた。
ほとんどの人がうそをつく人間を初めて見たので珍しそうにする人もいた。
「どうしてうそなどつくのだろう。あの男は人間として失格だ。」
「うそつきなど小説や芝居の中でしか見た事がなかったが、本当にいるのだ。驚いた。」
「おや、あの男は外人だ。だからうそなどつくのだ。」
「そうか、外人か。それなら仕方がない。わが国の人間ではなかった。良かった。」
「そうだろう。わが国の人間でうそをつく人などいるわけがない。」
みんな口々にエリックを非難した。
さすがのエリックもだんだんと恥かしくなりうなだれてしまった。
「おれは人間として失格だ。ああ、神よ、助けたまえ。」
エリックは大男の警官に引きずられるように役所の中に連れて行かれた。
すぐに役所の中で裁判が始まった。

裁判は当然公開だ。
傍聴席には多数の市民が来ていた。
うそつき人間の裁判と言うので非常に珍しく普段より多くの人が来ていた。
役所の入り口に長蛇の列ができた。
あまりの多さに裁判官が驚いた。
裁判長は書記官に尋ねた。
「何、そんなにたくさんの人が並んでいるって?本当かね、うそじゃないだろうね?」
書記官はむっとした顔をして返答した。
「私はうそは申しません。」
法廷が開始された。
検察官らしき役人が大声でエリックの罪状を事細かに述べ禁固10年を求刑した。
「きっ、禁固10年?」
エリックは飛び上がって驚いた。
いけない事をしたし、その国の法律に違反した事は申し訳ないが禁固10年は重すぎる。
弁護士を見た。
弁護士は立ち上がりエリックの弁護を始めた。
「裁判官、この被告人はこの国は初めてです。アメリカ人です。普段は正直な人間です。貿易商でもありうそを言う事など有り得ないのです。慣れない為に失言をしたのであります。失言は特に刑法上問題はないはずです。」
続いて陪審員から意見が出された。陪審員は三名いる。
「わが国は法と正義の国です。建国以来わが国はうそを言わない事を国是としています。憲法の第一条にも記載しています。社会においてうそを言うなら、商売や仕事、役所の業務だけでなく日常の家族や知人との間で人間関係が成り立ちません。もし、うそが無罪となればこの国はにはうそが横行し、うそつきだらけとなり世界中の笑いものとなります。そして、わが国は崩壊します。法と正義の観点から検察官の禁固10年を支持します。」
陪審員は力強く主張した。
傍聴席から大きな拍手が沸き起こった。
裁判官は検察官と弁護士、陪審員全員の弁論を聞いた後で机の上の純金の皿を強く叩いた。
ハンマーも純金だ。
コーンと大きな音が法廷に響いた。
「判決、被告人を禁固5年とする。」
傍聴席がどーっとどよめきたちまち非難の声が起きた。
「ひどい。軽すぎる。うそつきは重罪だ。死刑にすべきだ。」
「そうだ。裁判官はその外人から賄賂をもらっているのだろう。」
「おかしいぞ、裁判をやり直せ。」
すさまじい罵声が沸き起こった。

エリックは耳をふさぎながら弁護士に尋ねた。
「弁護士さん、控訴は出来るのか?」
「ああ、出来ます。当然です。5年とはひどい。早速控訴をしてきます。大丈夫です。無罪を勝ち取りますから、心配しないで。」
弁護士は胸を叩いて法廷を出て行った。
エリックは役所の一部屋に連れて行かれた。
部屋はどうやら留置場らしかった。しかし、鉄格子はない。
「紳士的な留置場だ。」エリックは感心した。
そこへ弁護士がやって来た。
「控訴をしてきました。裁判は明日の昼です。また法廷で会いましょう。」弁護士はエリックにそう告げると帰っていった。
役人が近づいて質問をした。
「エリック、君はこの留置場を逃げる予定か?」
「ああ、逃げたい。しかし、逃げるとまた何かの法律違反となりさらに罪が重くなるだろう。逃げたいが逃げない事にした。」
エリックは正直に話した。
こんな所でまた逮捕されてはかなわない。
「よろしい。それでは、では鉄格子室には入れないでこの留置場で明日までいるように。君は今逃げないと約束した。うそを言わないように。」
役人は念を押した。
「ああ、分かった。逃げない。うそなど言うもんか。」

エリックは面倒くさそうに言い「面会はいつだ?」と尋ねた。
「面会はいつでも出来る。先ほどジャン氏が面会の申し込みをしていたからすぐここへ来るだろう。」
役人は留置場を立ち去った。
しばらくしてジャンとピエールが面会に来た。
「エリック、どうだ。元気か。いったいどうしてうそなどつくんだ。君を見損なったぞ。」
ジャンが怒ったような声で言った。
「おお、ジャン、来てくれたか。面目ない。しかし、あれはうそではない。」
ピエールを傷つけないため招待客として当然の事だと言った。
「弁解はいい。うそはうそだ。それより帰ろう。」
ジャンは部屋の扉を開けて出るように言った。
「えっ、無罪となったのか?」
エリックは喜んだ。
「いや、保釈申請をしたので明日の控訴審まで保釈だ。おなかが空いただろう、食事に行こう。ご馳走するよ。保釈祝いだ。」
ジャンはご馳走をしてくれると言った。
「ご馳走?本当か。うそじゃないだろうな?」
エリックは喜こび確認した。
「君と違って僕はうそなどつかない。」
ジャンはエリックを見て冷ややかに答えた。
「そうか、有難う。感謝する。」
エリックは頭をかいた。
三人は街に出た。
役所にほど近いレストランに入った。
メニューを見ながらピエールは「皆さん牡蠣はいかがですか。上物が入っていると説明がありますよ。」
ピエールはよほど牡蠣が好きらしい。また牡蠣を食べたいようだ。
ピエールは係りを呼んで牡蠣をたくさん注文した。
ジャンも牡蠣を注文した。
「牡蠣ですか、いいですね。ただし私はステーキにします。」
エリックは一人だけステーキにした。
牡蠣はこりごりだ。

ピエールとジャンは牡蠣をおいしい、おいしい、とほめながら食べた。
エリックはやや固めの肉をほおばりながら「少し硬くてあまりおいしくないです。」と正確に語った。
「エリックさん、せっかくこの国に来て頂いたのにとんだ災難でしたね。でも心配しないで下さい。無罪になるように私も精一杯努力します。ジャンの親友で外国の方でもありますし、法務大臣を知っていますので、なんとか無実になるようにお願いをしておきます。」
ピエールが最大限の努力を惜しまないと約束してくれた。
「本当ですか。有難うございます。お願いします。」
エリックはピエールの親切な申し出に感謝した。
「僕も文化省担当官として国王にお願いしてみるよ。実は国王とも少し親しい。」
ジャンも協力を惜しまないと約束してくれた。
「有難う、やはり持つべきは親友だ。」
ジャンは感謝した。思わず涙がこぼれそうになった。
「ま、それもあるが、もし君が有罪で何年間かの禁固刑となれば何かと大きなトラブルとなる。結果としてフランスの国益を大いに損なう。君の事よりもフランスの国益が大切なのだ。フランスに損失が出なければ君が10年ぐらい牢獄にいても構わない。」
ジャンは正直に心の中を明かした。

「ジャン、正直な発言をありがとう、」
エリックはむっとして正直に感謝した。
「とにかくエリックさんの無罪を勝ち取らなければいけない。いろいろといい方法を考えましょう。」
ピエールが話題を少し変えた。
三人は無罪を勝ち取る為の方法をいろいろ出し合った。
なかなかいい案が出なかった。
エリックは少し絶望的になった。
牢獄で5年過ごしている自分の姿を想像してぞっとした。

食事の後ピエールはこれから王宮に行くと言った。
王様に会う為だ。
もちろんエリックの裁判の件だ。
ピエールはたくさんの豪華な品物を買った。
馬車の荷台がたちまち品物でいっぱいとなった。
「そんなにたくさん買ってどうするのですか?」
エリックは大きな馬車いっぱいの品物を見て尋ねた。
「王様に贈り物をするのです。」
ピエールは事もなげに言った。
「贈り物?」
不思議そうな顔をするエリックにジャンが代わりに答えた。
「そうさ、たくさんの品物を王様にプレゼントして君を無罪にしてもらうのだよ。」
ジャンは当たり前のような顔をして説明した。
「賄賂?」
エリックはほんの少し、いや、もうちょっと飛び上がって驚いた。
「そんな事をしたら逮捕されるでしょう?」
エリックは賄賂などやめるべきだとピエールとジャンに主張した。
賄賂はうそをつくよりもっと重罪だ。
ほんの少しのうそをついただけですぐ警官がやって来て逮捕される。
しかも禁固5年だ。
賄賂など贈って全員即座に逮捕されたらどうするのか?
大変困ることとなる。
自分がこの国に来ているのは誰も知らない。
ジャンだけだ。
そのジャンまでが禁固5年の刑を喰らったらいったい誰が助けてくれるのか?
だれも自分を救ってくれなくなる。
「ははは、」
ピエールとエリックは一緒に大声で笑った。
「何がおかしいのですか?」
エリックは理由が分からず二人の顔を見た。
「この王国では賄賂は罪にならないのです。」
ピエールは誇らしげに答えた。
「えっ?」
エリックはびっくりした。

「この国では賄賂という言葉はない。贈り物と言うのだ。相手に何かをしてもらう時に贈り物をするのは当然だ。」
ジャンは平然と言った。
「おい、ジャン、そんな事を言っていいのか。腐敗を認めるのか?」
エリックはジャンを詰問した。
「ここはこの国だ。フランスでもアメリカでもない。その国ではその国のルールに従うのが当然だ。贈り物が大好きな王様に贈り物をする事はいいことだ。」
ジャンは当たり前の事だと言った。
「許される事ではない。」
エリックは正義感で怒りを感じた。
「おい、エリック、正義感ぶっていると君は牢獄行きとなるぞ。禁固5年を喰らうぞ。いいのか?」
ジャンは強い口調で言った。
「そうですよ。」
ピエールも同意した。
エリックは沈黙した。

ピエールとジャンは馬車に乗って王宮へと向かった。
馬車からは豪華な贈り物がこぼれんばかりだ。
純金の飾りなどがたくさん有るので太陽の光を受けて馬車全体がきらきらと輝いている。
見送るエリックはそ金の輝きで目が痛くなった。
「痛い、痛い。参った。すごい輝きだ。」
エリックは目を押さえて立ち尽くした。
「黄金の輝きでこれほど目が痛くなるとは俺は金持ちにはなれないな。」
変なところでエリックは自分の未来を予想できた。

エリックは釈放終了の時間が迫ったのでジャンと一緒に王宮には行けない。
エリックは役所に戻った。
戻らないと大変だ。またうそをついたと言って警官に逮捕される。
あの大男の警官はすごい力だ。
いまだにつかまれた肩が痛い。

エリックは留置場に戻りベッドに入り寝ながらぼんやり考えた。
もし、禁固1年でも食らったら大変困る。
貿易の仕事が出来なくなる。
この国は秘密の王国だ。
ニューヨークの会社に連絡が取れない。
会社の連中がエリックを探しまくるだろう。
困った。
いったいどうなるのか。
エリックの頭上を暗い雲が覆った。

しばらくするとジャンとピエールが面会にやってきた。
にこにこしている。
王様への賄賂工作はうまくいったようだ。
「おい、ジャン、どうだった?」
エリックは聞いた。
「うむ、一応王様には頼んだ。王様は分かった、分かった、と大きな声で笑い、大丈夫、大丈夫と言ってくれた。」
ピエールが王様に賄賂を渡した時の様子を語った。
「おお、それはありがたい、分かった、分かったと言ってくれたんですね?」
エリックは天から七色の光が差し込んでくるような気分となった。

その夜エリックは寝付かれなかった。
何しろはじめての留置場での夜だ。
食事はまあまあだったし、ジャンとピエールが差し入れてくれたので腹いっぱい食べることが出来た。
しかし、やはり留置場だ。娯楽の物が何もない。部屋から外にも出れない。
本もない、テレビもない。トランプなどのゲームもない。
「そうだ。」
エリックはいい考えを思いついた。
エリックは留置場の係員に聞いた。
「この王国では賄賂は違法かね?」
「いや、賄賂は違法ではない。」
係員は正直に答えた。
「では、私があなたに金貨を渡すとあなたは私を外へ出してくれるか?正直に答えてくれ。」
エリックは係員の正直さを試した。
「あなたが私に金貨の贈り物を渡すなら、外へ出してあげよう。大切な金貨を人に贈るのは非常に立派な行為だ。」
係員は正直に答えた。
さすがうそを言わない王国の国民だけのことはある。
すべて正直に答えてくれる。いい事だし便利だ。
なるほど、いつも正直であることはいい事だ、とエリックはこの王国の立派さが初めて分かった。
「何というすばらしい国だ。尊敬したくなった。」

「では、金貨を一枚贈ろう。少ないかね?何枚ならいいだろうか?」
エリックは係員に再度聞いた。
「一枚では少ない。五枚は必要だ。」
係員は正直に答えた。
「では、五枚を贈りましょう。外へ出してくれ。」
エリックは財布から金貨を出し渡した。
入国の時に通貨を両替していた。
「よろしい。では、こちらの出口から出なさい。向こうの出口はほかの係員がいるので見つかると連れ戻される。」
係員は裏口のような所へ案内した。
エリックは無事外へ出た。
「ブラボー、」エリックは両手を挙げて喜んだ。
「待てよ、」
エリックは心配になり係員に聞いた。
「この国では脱走は罪になるのか?」
係員は変な顔をした。
しばらく考えてから答えた。
「わが王国では脱走罪という法律はない。」
「ありがとう。ご親切に、」
エリックは正直に答えてくれた係員に手をふり裏口から外へ出た。
出る時に気がついたが、裏口の取っ手も純金製だ。
「まったくこの王国の金の使い方は贅沢なものだ。よほど産出量が多いようだ。何とか貿易して儲けたいものだ。うまくいけば世界の純金王になれる。」
エリックはビジネスの事を考えながら街を歩いた。
ちょうど向こうからジャンとピエールがやって来た。

「おお、エリック、ここにいたのか?」
ジャンはあきれた声でエリックの肩をたたいた。
「今留置場へ行ったら脱走したばかりだと聞いたのであわてて探していたのだ。」
「そうか、心配をかけたな。留置場など退屈で退屈で真っ平だ。明日の裁判の時間まで街で過ごす事にしたのだ。」
「そうか、それならダンス・ホールへ行こう。」
三人はダンス・ホールという所へ出かけた。
比較的小さなホールだが、入り口の装飾がすごい。
古代ギリシャの神殿を小さくしたような造りでそこかしこに純金が使われている。
きらきら光ってエリックはまた目が痛くなった。
中に入ると大勢の人が踊っていた。
「おお、200年前のウィーンのハプスブルク家に来たみたいだ。」
エリックは感嘆して言った。
「そうですね。この王国はハプスブルク家出身の貴族が多いですから、どうしてもウィーンと同じようになります。マリー・アントワネットもルイ十六世とよくここでダンスを踊ったのですよ。ナポレオンもイタリア遠征やエジプト遠征の時もまずここに立ち寄りここでワルツを踊ってから遠征に向かったものでした。」
「そうですか、」
エリックは感動した。
服装が18世紀の豪華な貴族の衣装だ。テーブルや壁にガス灯が有り、中は明るかった。電気はない。
中央がダンス・ホールで周囲がレストランとカフェになっていた。
エリックたちは壁際のテーブルに腰掛けた。
ピエールが食事をご馳走してくれた。
美しいウエイトレス達がやって来て豪華な食事がつぎつぎとテーブルに運ばれた。
豪華な食事を前にしてエリックは王侯貴族になった気分となった。
ワインも年代ものが出てきた。
「1789年ものですよ。」
ピエールが年代をエリックに教えた。
「フランス革命の年のワインか、すばらしい。」
エリックはすっかり喜んだ。ワインは大好きだ。
しかもおいしい。
「これはすごい。最高の味だ。」
エリックは仕事柄世界中のワインを扱っているが、これほどうまいワインは初めてだ。
「この王国はいいワインが取れるのです。」
ピエールは秘密を教えてくれた。
「最高のものはフランスの大統領など我が国との特定の関係者だけにプレゼントするのです。世界最高のワインです。世界中でわが国のワインを飲めるのはフランスの大統領とルイ16世の子孫とナポレオン皇帝の子孫だけです。」
「そ、そうなのですか?」
エリックは驚きますますこの王国と貿易したくなった。

食事をしながら中央のダンスを見た。華麗だ。
ウィーンのワルツが演奏されている。まるでウィーンの貴族のワルツ舞踏会にいるようだ。
全員すばらしく豪華な服で踊っている。
女性はみな純白の長いドレスで踊っている。
ヨハン・シュトラウスの美しく青きドナウがかかった。美しい音楽だ。
流麗なワルツのリズムが会場を満たした。
女性の長いドレスがワルツのリズムに合わせて白いバラのように回る。
よく見るとドレスのあちこちに純金の飾りが無数についている。
ますます踊りは華麗になった。エリックはうっとりした。
「最高だ。」
食事もおいしい。
エリックは華麗な夜を満喫した。
1789年もののワインをたらふく飲んで酔っ払ってしまった。
心地よい。
夜は近くのホテルに泊まった。
ホテルは小さいがこれまた豪華な室内だ。部屋中純金の飾りだらけだ。
純金の輝きでエリックはちかちかしてあまり寝れなかった。

翌日の裁判はちょうど正午に開かれた。
エリックは二日酔いの状態で出廷した。頭が痛い。
しかし、酔っ払っていても裁判官や書記官は何も言わない。
酔っぱらって裁判を受けても罪にならないようだ。
エリックは禁固1年の刑となった。
エリックは被告人席で天を仰いだ。
「なんということだ。王様は大丈夫と言ったのに。」
同時に傍聴席から非難の声が沸き起こった。
「罪が軽いぞ。死刑にしろ。」
「うそつきはこの国にはいらない。地中海に沈めてしまえ。」
誰もが死刑は当然だと叫んだ。
エリックはその怒号を聞いて震えた。
エリックは弁護士に尋ねた。
「上告できるのだろう?」
弁護士は残念そうに言った。
「わが国は二審制なのです。」
「ジャン、」
エリックは傍聴席のジャンを見た。
ジャンは両手を広げて仕方がない、残念だと言った。
「そっ、そんな無責任な、」
エリックは牢獄に入れられた。
今度は鉄格子付の部屋だ。いよいよ罪人だ。囚人となった。

室内は狭く暗い。もちろん電気はない。
小さなろうそくが有るだけだ。
だがやはり純金の王国である。テーブルの上のお皿とスプーンが純金製だ。
暗い牢獄でお皿とスプーンだけがきらきら光っている。
「おい、出してくれ。」エリックはまた牢獄の看守に金貨を10枚見せて頼んだ。
「金貨を10枚欲しい。しかし、この牢獄から出す事は出来ない。大臣の許可がいる。」
看守はすごく金貨を欲しそうな顔をしたが、懸命に賄賂、いや贈り物を断った。
しばらくするとジャンとピエールが見舞いに来た。
エリックはジャンに言った。
「おい、ジャン、君がいい所へ案内すると言ったのはこの牢獄の事だったのか?」
エリックは鉄格子をつかみガシャガシャと鳴らした。
「申し訳ない。この王国の美しい街並みと郊外の田園風景を見せるつもりだった。しかし、もともと君がうそなどつくからいけないのだ。まっ、しかし、牢獄を体験するのも貴重な人生経験だ。」
ジャンは謝りながらもエリックを非難しさらにからかった。

「確かにそうですな、牢獄を体験する事は貴重です。いい経験です。」
そばでピエールも正直に感想を述べた。
「おい、ジャン、何とか出してくれ。ピエールさん、王様にもう一度頼んでください。」
「そうですね。今晩王様の晩餐会がありますから、それに出席することにしてとりあえずここから出る事にしましょう。では私は大臣に会い三人分の招待状をもらってきます。」
ピエールは法務大臣の館へと向かった。

夕方ピエールがやって来た。
「エリックさん、招待状をもらいました。あなたの招待状も有ります。招待状があれば今晩この牢獄から出れます。」
ピエールは金色の招待状をエリックに見せた。
「ありがたい。」
エリックはピエールと一緒に牢獄を出た。
いったん昨夜のホテルに行きシャワーを浴びひげをそり服を着替えてホテルを出た。
何故?
なぜ服を着替えるのか?
囚人服のままでは王様の晩餐会に出席できないからだ。
食事はもちろんしない。
何故?
王宮でたらふく食べるためだ。
二人は馬車に乗り王宮へ向かった。

馬車は中世の街並みをゆっくりと進んだ。
道路はたくさんの人で非常に混雑している。
馬車は人ごみをかき分けながら王宮へ向かった。
エリックは古代ローマ帝国の街を凱旋している気持ちになった
カエサルになった気分だ。爽快だ。
「ジャンは?」
ジャンはどこにいるかとピエールに尋ねた。
「ジャンはもう王宮に行っているでしょう。おそらく王様と会っているでしょう。」
「そうか、ジャンは先に行って一人だけで1789年もののワインを飲んでいるのだろう。許せん。」
エリックはつぶやいた。

大通りは非常に混雑している。
しかも皆正装をしている。それがまた豪華だ。
男性は胸にたくさんの純金の勲章をつけ女性はすそが広がった広く大きいスカート姿だ。
王宮で晩餐会があるからだ。
晩餐会に出席する人が大通りに出ているので非常に込んでいる。
通りに役人が何人かいる。
エリックを逮捕したあの大男の役人もいる。
「おっ、あの役人だ。憎いやつだ。そうだいい事がある。」
エリックは閃いた。
役人をぎゃふんと言わせる事にした。
「ちょっと馬車を止めてください。」
エリックは馬車を止めて通りに降りた。
そして、街の一番人通りの多い場所に立ち大声で叫んだ。

「私はうそつきだ。」通りの人々は驚いた。
たちまちたくさんの人がエリックを取り囲んだ。
「うそつきがいるぞ。」
「うそをついているぞ。」
エリックをぐるりと取り囲んだ人々は怪獣でも見るような目でエリックを見た。
すぐ役人が数人やって来た。
「おっ、またお前か。」
例の大男の役人がエリックの肩を強くつかみ逮捕しようとした。
エリックは大男の役人に文句を言った。
「なぜ逮捕するのか。」
「今うそつきだと言った。うそをつけば逮捕する。当然だ。」
「ああ、私はうそつきだと大声で言った。だが、私はうそを言ってない。私はうそつきだから、うそつきだと正直に言ったのだ。その発言はうそでない。うそを言っていないのになぜ逮捕するのだ。」
エリックは胸を張って答えた。
役人は頭を抱えた。
確かにそうだ。
うそつきだと正直に言っている。
うそを言ってなければ逮捕できない。
逮捕すべきか、しないべきか悩んだ。
「しかし、お前はうそつきだろう?うそつきは逮捕する。」
役人は再度エリックの肩をつかみ連れて行こうとした。
「ああ、うそつきだ。私はうそつきだ。うそつきの私が言う事は全部うそだ。だから、私がうそつきだと言う私の発言はうそだ。だから私はうそつきでない。うそつきでない私をなぜ逮捕するのか?」
エリックは堂々と言った。
役人はこんがらがってきた。
役人は頭を抱えた。
うそつきは逮捕しなければいけない。
私はうそつきだと言うなら、エリックはうそつきだが、うそつきのエリックが言う言葉は当然うそばかりだから、私はうそつきだと言う言葉はうそなので、エリックはうそつきでない。
うそつきでなければ逮捕できない。

いったいエリックはうそを言っているのか、言っていないのか、うそつきか、うそつきでないのかわからなくなった。
うそつきだ、と正直に言う正直者を逮捕できない。
うそを言ってなければ逮捕できない。
うそつきだと言うので、そのうそつきを逮捕しようとするが、うそつきが言う事は全部うそだから、そのうそつきはうそつきでない。
うそつきでない者を逮捕できない。

困った。
役人は頭が痛くなってきた。
役人は警察大臣に尋ねた。警察大臣も分からなくなった。
考えすぎた警察大臣は熱を出してしまった。
そこで、この国で一番偉い学者に尋ねた。
その学者も分からなくなった。
学者は考えすぎて頭痛で倒れてしまいとうとう入院してしまった。
大男の役人もとうとう倒れてしまった。
「ははは、いい気味だ。」
エリックは大声で笑った。

エリックと役人のやり取りを見ていた人々も何人かが頭痛で倒れた。
無理もない。
この王国の国民は誰もうそつきなど生まれてから一度も見た事がない。
うそつきがうそをついているのを見てめまいがしたのだった。
「うそつきがうそをついている。そのうそはうそか本当か?」
「うそつきの言う事は全部うそだから、うそだ。」
「うそつきがうそだと言うのはうそだから、うそでない。」
「ああ、分からない、分からない。痛い、痛い、頭が痛くなってきた。」
人々は初めての経験で頭がくらくらしてきた。

エリックは大声で笑い再び馬車に乗り込み王宮へと向かった。
「エリックさん、あなたはうそつきなのですか?うそつきではないのですか?」
通りで役人とやりとりをしたエリックを見てピエールも頭がこんがらがった。熱が出てきた。
「ははは、」
エリックはピエールの質問に答えず大声で笑った。

やがて馬車は王宮の入り口に着いた。

王宮は豪華だ。
すばらしい。バロック調の造りで高く堂々とそびえている。
馬車がついたとたん衛兵が数人やって来た。
同時にファンファーレが鳴った。二人を歓迎している。
エリックは感動した。王様か貴族になったような気分だ。
馬車から降りる時少し胸を張った。
正装をした召使が二人を王宮の扉へと案内した。
案内してくれるのはいいが、入り口から扉までかなり有る。
おまけに坂道で疲れる。
「立派な王宮ですが、疲れますね。」
エリックは召使に文句を言った。馬車を用意して欲しいと言った。
「文句をおっしゃる気持ちはよく分かります。この坂道では馬車は禁止で誰もが歩くのです。私を含めてみんな文句を言っています。しかし、王様の命令です。王様はこのところ太り気味でこの坂道を歩いて少し痩せようとしているのです。ですから馬車を禁止にしたのです。私の責任ではありません。王様がいけないのです。文句は王様にどうぞ。何なら私が文句を王様に伝えましょうか?」
召使はごく普通の顔で説明した。
正直なものだ。秘密を持つという事をしない。この王国の立派なところだ。
「いえ、それには及びません。私も文句はありますが、文句は直接王様に言います。それにしても王様もいい気なもんだ。人の迷惑を考えていない。」
エリックも正直に答えた。
エリックもだんだんこの王国になれてきた。返答の仕方もうまくなった。
もうエリックはうそをついて逮捕される事はないだろう。
正直に王様を非難したエリックを見て召使は逮捕したり怒ったりせず「そうです、そうです。」と同感した。

いよいよエリックたちは王宮の扉に着いた。
エリックとピエールが玄関に着くと人の10倍ほどの高さの扉がさっと開いた。
中から歓迎の召使や衛兵が数人出てきた。
再度ファンファーレが鳴り、中にいるたくさんの招待客もいっせいにエリックとピエールを見た。
大歓迎を受けてエリックは大変喜んだ。
「これほど歓迎してくれるとは王様に賄賂、いや贈り物をしないといけない。」
エリックは真剣に考えた。
中の広間ではすでに晩餐会が始まっている。
巨大なテーブルのすぐ横にはダンスのフロアーがある。
100人ほどの紳士淑女が華麗なワルツを踊っている。
全員豪華な服で純金の飾りがたくさんつけられているので光り輝いている。
エリックはまた目がちかちかしてきた。
よく見ると踊りの中にジャンがいる。
美しい貴婦人と踊っている。
「ジャンもなかなかすばやいものだ。」
イヴォンヌも来ていた。
ピエールは早速イヴォンヌと踊り始めた。
一人取り残されたエリックは肩をすくめた。
「一人じゃつまらない。」
エリックは踊りの相手を探した。
ちょうどその時目の前を一人の女性が通りかかった。
連れの男性はいない。少し遅れて老人が着いてきているだけだ。
どこかの貴族のお嬢さんのようだ。
なかなか美しい。
エリックはその女性に声をかけた。
「これは美しいお嬢様。今日は素敵な晩餐会でいい日ですね。」
急に声をかけられたその女性はびっくりした顔をしたが、「ええ、そうですね。とても素敵な晩餐会ですね。誰もが楽しめるといいですね。」
女性は非常に上品な話し方でエリックに答えた。
「お嬢様はダンスは得意ですね。」
エリックは質問した。
「ええ、ダンスは得意です。」
「では、ダンスをしましょう。さあ、どうぞ。」
エリックはその女性の手をとり踊りの輪の中に入っていった。
後ろから老人が何か声を出したが、エリックは気にせずどんどん中央の方へと進んだ。
女性は踊りが上手だ。
エリックはダンスはそれほどうまくはない。
しかし、貿易商人として世界中を駆け巡っているので世界のいろいろなダンスを知っている。
面白いステップ、愉快なステップを知っている。
エリックはワルツに合わせていろいろなステップを踏んだ。
その女性は動くたびにステップを変えるエリックに戸惑った。
「そんなにステップを変えてはなりません。」
言葉は上品だが命令口調だ。
エリックはかちんと来た。
「これはこれは失礼しました。しかし、ただ同じステップでは面白くありません。お嬢様はアフリカの奥地に行った事はありますか?」
再び質問をした。
この国では質問をどんどんした方がいいとエリックはすでにコツをつかんでいた。
「いえ、アフリカの奥地へは行った事はありません。」
女性は申し訳なさそうに答えた。
うそつきのいない王国だから、正直に答えが返ってくる。
これがニューヨークのパーティーならどの女性でも見栄を張ってアフリカなど何度も行ってますとうそをつくのである。
しかし、この国では正直なものだ。

「こうです。もっと早いリズムで。足をすばやく動かして。」
エリックは次々と女性に指示を出した。
踊りながらエリックはくるくる回りどんどん位置を変えた。
女性はとても困惑した顔をした。
エリックは回りながらジャンを探した。
早く探して牢獄から出れるようにしてもらわないといけない。
なかなかジャンがいない。
エリックが移動するたびに老人がエリックと女性を追いかけてくる。
しかし、エリックの気ままな動きが早くて老人はたびたび見失い、なかなか女性に追いつけない。
女性に追いつけない老人は非常に困った顔をしている。
エリックはその女性と踊りながらダンス会場をぐるぐる動き回った。
動くたびにいろいろ面白いステップを踏んだ。
女性は困った顔をしながらも、だんだん変わったステップが気に入ってきた。
「最初はおかしいステップだと思いましたが、だんだん気に入ってきました。なかなかよろしい。」
女性は正直に言った。
だが、言い方がどうも偉そうだ。
エリックはその言い方が気に食わない。
女性の顔をよく見た。近くで見ると非常に美しい。
長い金髪が室内の灯りで純金のように輝いている。
しかも髪や服の飾り、イヤリングなどを見ると純金だけでなくいろいろな宝石をたくさんつけている。
胸のペンダントは貿易商のエリックでも見た事がないような見事なラピスラズリだ。
女性が踊るたびにそのペンダントは揺れ紫に近い濃い青色の中の金色の模様がきらきらと光る。美しい。
服もすばらしく上質な絹できめ細かな刺繍が入っている。
飾りも宝石も服も恐ろしく高価だ。
『結構金持ちの貴族のお嬢さんのようだ。それで勝手気ままに育ち高慢な言い方をするのだな。まるでこちらが奴隷のような言い方をする。』
エリックはこの高慢な女性をぎゃふんと言わせてやる事にした。

エリックはステップを変拍子にした。
女性はリズムが合わなくなり転びそうになった。
「ははは、どうしました。お嬢様、こんな簡単なワルツで転んではいけません。踊りの学校へ行かなくちゃ行けませんな。」
女性は怒った顔をした。
しかし、「私は踊りの学校へは行った事がありません。自分の家で習っただけです。ですから、知らないステップがあるだけです。」
正直に足運びに失敗した理由を述べた。
この王国の人間は怒るよりもまず自分の気持ちを正直に発言する習慣がある。
エリックは内心笑った。
「では、こういったステップはどうですか?」
エリックは次々と変拍子でステップを踏んだ。
そのつど女性はつんのめったり転びそうになった。
「そういったステップは知りません。」
女性は素直に返事をした。
「踊りが下手ですね。ニューヨークの社交界ではこの程度のステップなどどんな女性でも踊れますよ。ニューヨークへ行った事がありますか?」
エリックはさらにたたみかけた。
「ニューヨークは行った事がありません。」
女性は困ったような顔をして返事した。
少しうなだれてきた。
言葉が弱々しくなり高慢な言い方がなくなってきた。
「ニューヨークへ行った事がないなんて小学生のようですね。私はフランスやイタリアの名門のお嬢様をたくさん知っていますが、みんなニューヨークへは行ってますよ。」
女性は沈黙した。参ったようだ。
エリックはさらに難しいステップで動きさらに軽く飛びはねた。
「あっ、」
女性は小さな悲鳴を上げた。

ステップについていけなくなり躓いて床に手をついた。
エリックはすばやく女性を起こし「踊りも踊れない人は見学していた方がいいですね。」
と女性をテーブルの方へと連れて行った。
「そうです。私は踊りに失敗しました。」
女性はミスを認めてエリックに謝った。
テーブルに座ったエリックは女性に言った。
「私は食事をします。そして、これから非常に重要な仕事がありますので、踊りはしばらく休みます。あとでまた踊りましょう。」
女性はテーブルに座らないで立ったまま返事をした。
「私は食事をしません。あなたとはもう踊りません。」
怒った顔で言った。
「ほう、何故?踊らないのですか?転ぶから恥ずかしいのでしょう?」
エリックは笑いながら質問をした。
「そうです。転んだりしてとても恥ずかしかったのです。」
女性は顔を少し赤らめて返事した。
「転んだのは小学校の時以来?」
「ええ、そうです。」
女性はエリックの質問に素直に答えた。
『まったくこの国の人は質問に素直に答えるものだ。ははは、』
エリックは内心笑った。
質問をされると必ず答える。面白い。

さらに厳しい質問をした。
「あなたのような年齢でニューヨークへ行った事がないとか、最近流行のステップができないとは情けないと思うでしょう。ところで幾つですか?」
「ええ、恥ずかしいと思います。でも、ほんの少しです。非常に恥ずかしいとは思っていません。年齢は20歳です。今日が誕生日なのです。」
女性は聞かれていない事まで返事した。
エリックは苦笑しながら、「そうですか。今日が誕生日ですか。それは大変おめでたい。では、あとで誕生日のお祝いをしてあげましょう。」
エリックは手を差し伸べて握手をしようとした。
女性はさっとうしろへ手を引っ込めた。
「知らない男性とは握手をしません。お父様から怒られます。」
女性は怒ったような顔をした。
「ははは、」
エリックは声を出して笑った。
「何がおかしいのですか?正直に答えなさい。」
女性は叱るように言った。
「あなたはその知らない私と踊った。長い時間とても楽しく踊った。それなのに知らないからと握手もできないとは愉快だ。ははは、」
「・・・・・、」
女性は困ったような顔をしてエリックを見つめた。
そして後ろに引っ込めていた手を差し出した。
エリックはその手を取り握手した。
「では、あとでこの知らない男とダンスを踊って下さい。」
エリックは微笑んだ。
「あなたとはダンスはしません。でも、少しならいいです。珍しいステップを知っているからです。」
女性はエリックを睨みながら正直に答えた。
エリックはさらに何かを言おうとして女性を見つめた。
そこへ先ほどの老人がやっと追いついてきた。
「ああ、ここでしたか。やっと見つけた。早く行きましょう。父上がお待ちです。」
老人はエリックを睨みながら女性を引っ張るようにして連れて行った。

エリックは女性と老人をなんとなく見送った。
やがて女性は中央の一段高い所に立った。
そこへ胸に大きな勲章をいくつもぶら下げた威厳の有る男性がやってきた。
そして、女性の頬にキスをした。
女性はその男性を見て微笑んだ。
エリックは隣の紳士に「あの勲章をぶら下げていて威張っている男性は誰ですか?」と尋ねた。
紳士は「あの男性を知らないとは恥かしい。あなたはこの国にいるべき人間ではないですね。あの男性はこの国の王様ではないか。」とエリックを冷ややかな目つきで見て答えた。
エリックはびっくりした。同時にまずい、と思った。
あの女性は王様の娘だ。つまりこの国の王女だ。
大変な事をしてしまった。
王女とは知らず普通の貴族の生意気な娘と思いからかった。
言葉遣いも年下扱い、いや子供扱いで話した。尊敬した言葉など全然使わなかった。
ダンスでは変則ステップで転ばしてしまった。
エリックは再度その紳士に尋ねた。
「この国では王様や王女様に失礼な事をするとどうなりますか?」
紳士は下らない事を聞かないで欲しいといった顔でエリックを再び見た。
「決まっているではないですか。牢獄に行きます。場合によっては死刑ですね。」
エリックは心臓が震えた。

「ろ、牢獄、死刑?本当ですか?」
紳士はまたエリックをじろじろ見た。
「失敬な、うそなどつくものか。」
「失礼しました。王様や王女様に失礼な事をして逮捕された人間は最近いますか?」
エリックは丁寧な声で聞いた。
「逮捕?いるわけがない。王様や王女様に失礼な事をする馬鹿な人間などこの国にいるわけがない。」
紳士はあっさり答えて向こうの方へ行った。
エリックは心臓が痛くなってきた。
以前アフリカの奥地へ貿易の仕事で行き象の大群に出くわして象に倒され大きな足で心臓をドスンと踏まれた経験がある。
その時よりも心臓が痛くなってきた。
「どうしよう、今度王女に出会ったら逮捕されるぞ。逃げようか?」
エリックは会場を立ち去る事にした。
中央にいる王女に見つからないように人影に隠れながらこそこそと出口に向かった。
「エリック、」
後ろから大声で呼ぶ声がした。
ジャンだ。



                    つづく



※このあとのあらすじを簡単に少し記載。



エリックと踊ったその美しい女性はなんと王女だった。大変だ。
エリックたちはこの後王女のピアノ演奏を見る。
そこで大変な事が起きる。
エリックは窮地に陥った王女を救う。
エリックはまたまた逮捕され牢獄に入れられる。王女はエリックを救い出す。
役人に追いかけられたエリックと王女は宮殿を脱出して街へ出る。
生まれて初めて宮殿の外に出た王女は街が珍しい。
エリックは王女を連れて街や遊園地、森、田園のすばらしい場所を訪れた。
市場や商店、遊園地、演奏会場、広場、街の普通のレストラン、カフェなどを訪れた
王女は大喜び。
しかし、とうとう役人達に見つかり囲まれてしまった。
槍、弓、刀、鉄砲を持ちエリックを逮捕しようとする役人相手にエリックは大奮闘。
しかし、役人の数は増え100人となり完全に包囲された。
しかも、役人は大砲まで持ってきた。
(大砲だなんで、うそだろうって? うそなど言いません。逮捕されてしまいます。)
エリックと王女の大ピンチ。
どうなる?



         ◇ 次回に続きます。
           しばらくお待ち下さい。


                  2008.2.3.




       ◇著作権が存在します。
       ◇この物語のブログへの初掲載は2008.1.14.ですが、
          この物語りの完成は2001年です。
       ◇この王国の事はフランスの国家機密です。
           ほかの人には教えないで下さい。
          もし漏らすとナポレオン法典により罰せられます。



                 2008.1.14.     ナポレオン







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■「魔法の歴史年代暗記方法」 「偉人誕生年暗記方法」 [・・・・歴史。暗記。学校。]

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         2006.12.30. 更新しました。
           
     ※最後の方の「学問、数学」の項目です。
       ロバート・ランブン方式計算方法のところです。

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